Ⅳ 魔界編
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✴︎79✴︎幽助と私
幻海邸のキッチンで、三人の若者が並んで皿洗いをしていた。
(三人だと仕事がはかどるなあ)
今まで家事を一人でやっていた未来は、労働人口が増え、かつ家が賑やかになったと喜ぶ。
「お願いします、飛影さん」
雪菜から手渡された皿を飛影は無言で受け取る。
洗剤をつけたスポンジで未来と雪菜が皿を洗い、飛影が流水ですすぐ。効率よく三人で作業を分担すれば、皿洗いも早く終わった。
(雪菜ちゃんと飛影が来てからもう一週間か)
一週間前、魔界の穴事件の噂を耳にして桑原らの安否を心配した雪菜が幻海邸を訪問したのを機に、彼女はここに居候することになった。
人間界で家がないならと未来が勧め、幻海も了承したのだ。
雪菜は遠慮していたが最終的には折れて、では二週間ほどお世話になりますと申し出、同居する運びとなった。
というのも、まもなく雪菜は兄を探す場所を人間界から霊界に移すことを考えているという。
霊界は人間界、魔界の情報を広く把握しているからと。
(霊界の人…コエンマ様やぼたんは飛影が雪菜ちゃんのお兄さんだって知ってるんだよね)
探し場所に霊界を照準に当てた、雪菜の鋭い慧眼には恐れ入る。
家族は一緒に住むべきだ。
飛影と雪菜が共に時間を過ごす機会を、お節介かもしれないが未来は作りたかった。
その日の午後。
薄く空が赤みがかり、日が沈む頃合いの夕暮れ。
「晩御飯は三人で食べといてね。私はまかないがあるから」
「未来さん、いってらっしゃい。お気をつけて」
幻海は霊的相談の客の相手をしているし、飛影は鍛錬をしに外出中のため、見送りは雪菜だけだ。
「いってきます」
可愛い雪菜の笑顔に見送られるのは癒されるなあ、とルンルン気分で未来は雪村食堂へと出発した。
(バイトに向けて気合が入る…!)
桑原の気持ちも分かるというものだ。
今日の未来のバイトのシフトは夜からだった。
雪村食堂でのバイトは、この世界に来た時から週数回のペースでずっと続けている。
バイトの前に本屋に寄ろうと、未来は早めに家を出発していた。
(今日はメガリカライブのインタビュー記事が載った音楽誌の発売日だもんねー!)
ライブの帰り道に散々な目にあったというのに、全く懲りてない未来。
彼女のメガリカ魂はいまだ熱く、本屋までの道を急ぐのだった。
「オレ魔族になっちまった」
「はあ?」
夕日に照らされた若い男女が二人、河川敷に隣り合って座っている。
「魔族?何それ。前の幽助とどこが違うの」
「基本的には変わりねーんだけどよ」
「ふーん。ならいいんじゃない」
相変わらず学校をサボってばかりの幽助に、久しぶりに会えたかと思えば“話がある”と言って呼び出された。
幽助の話にはまだ続きがあるような気がして、螢子は探るような視線を彼に向ける。
「で?なんでそんなことになったのよ」
「話せば長いんだけどな。オレまた死んじまって」
「…死んだ?」
それは一見静かで平淡なものだったけれど、ゆっくりと立ち上がる怒りと動揺を孕んだ声だった。
ろうそくに灯り、徐々に勢いを増す炎のように。
「まあちゃんとこうして無事生き返れたんだけどよ。オレが実は魔族だったからさ」
「へえ…よかったわね」
今抱いている感情は、怒りというより、哀しみに近いものかもしれなかった。
去年幽助が死んだ時に感じた痛みを思い出し、螢子の心臓は鷲掴みにされる。
一番に私に教えて、なんて約束を結局一度も果たすことなく、破り続けた挙句また自分の知らないところで死んだというのかこの男は。
きっと、はなから果たす気もなかったのだ。
螢子の拳が、膝の上でギュッと強く握られる。
(やっべえ…怒らせたか)
幼馴染の機嫌を損ねたと察した幽助は、ポリポリと頬をかく。
「オレも驚いた。まさか魔族だったとはなー!そうそう、未来も魔族だったんだぜ?」
空気を変えようと、明るい口調で幽助が持ち出した話題は完全に螢子の地雷を踏むものだった。
「…未来さんも、一緒にいたんだ」
「ああ。未来もオレと同時に死んで、生き返った」
「幽助と同時に死んだの?」
「二人一緒に殺されちまったんだ」
「大変だったのね」
「まーな。けど二人共生き返って一件落着したから心配すんな」
螢子が淀みなく受け答えするから、幽助は気がつかなかった。
彼女が精一杯気丈に振る舞っていることに、気づけなかった。
「それでよ、本題なんだけど」
「まだあるわけ」
「オレ魔界に行こうと思ってんだ」
もう何を言われても驚かない自信があった螢子だが、幽助の台詞に息が止まる。
「…いつ?」
「来週のいつかだな」
「帰って来れるの?」
「たぶん」
「いつごろ?」
「わかんねー」
曖昧な返事を重ねる幼馴染にもう、螢子は怒る気力もわかなかった。
「そう」
ライターで煙草に火をつける幽助の横顔を、ひどく冷めた気持ちで眺める。
感じているのはただ、彼に対する“諦め”だ。
「あ、おい」
咎める声も無視し、衝動的に幽助から煙草を奪って螢子は口に含んだ。
しかし。
「あ~気持ち悪い」
「慣れねーモンに手出すからだよ」
「なんでそんなモノ吸えるの!?信じらんない」
初めて煙草を吸ってむせこんだ螢子は、河原に仰向けになり身体を休めていた。
視界に広がる夕焼けが、苛立つ心を落ち着かせる。
「私ね、第一女子受ける」
何かを決意し、吹っ切ったような声色をもって唐突に告げた螢子に、幽助は顔を向ける。
「そっか。女子校受けんのか」
「すぐ隣は男子校よ」
つっけんどんに言い返した螢子。
「魔界には未来さんも行くの?」
「なんでだよ。行かねーよ」
「どうして?未来さんも魔族だったんでしょ。連れていってあげたらいいじゃない」
螢子は本当に不思議そうに、驚いた風にして言う。
「一人で行って魔界で寂しくて泣いても知らないわよ。あんただけで行かせるのも不安だしね。未来さんが一緒なら温子さんも私も安心だわ」
「おい、螢子」
「帰ってきたら教えてね。私の彼氏紹介してあげる」
さてと、と螢子は立ち上がる。
もう言い残したことは何もない。あとはこの場から立ち去るのみ。
「いってらっしゃい」
「螢子!」
背を向け歩き出した彼女を、幽助は呼び止める。
「お願いボクを捨てないで」
「あははバーカ。もー手遅れよ」
おどけた調子で言ってみた幽助だが、螢子が動じることはない。
「バイバイ」
オレンジ色に照らされた彼女の顔は、同い年で今までずっと一緒にいた幼馴染の少女とは思えないほど随分大人びていた。
「……」
螢子の背中が小さく見えなくなっても、しばらく呆然と彼女が去った方向を見つめ続け。
それから、ぼすっと勢いよく倒れ幽助は河原に大の字になる。
「男なら~ラリラリラ~」
自分をフる時の螢子の顔が、息をのむほど綺麗で思わず見惚れてしまった。
なんてことを自嘲しながら、失恋を馬鹿げた歌で紛らわす幽助だった。
(あれ…幽助?)
螢子が立ち去った道とは反対方向から歩いて来た未来が、そんな彼の姿を目に留める。
(なんでこんなところで大声で歌って…)
様子がおかしいのは明らかである。
(メガリカの雑誌を買うのは明日にするべきか…)
メガリカと友人を天秤にかけた未来は悩んだ末、良心に従い幽助の元へ足を運ぶ。
「幽助。どうしたの?」
「未来?」
河原まで来た未来は、幽助の隣に腰をおろす。
二人が顔を合わせたのは、入魔洞窟で解散してから初めてだった。
どうしたの?と問われた幽助は、ん~と迷った後、あっけらかんと答える。
「螢子にフラレた」
「え…なんでまた。喧嘩したなら早く謝って仲直りしなよ。きっと幽助が螢子ちゃん怒らせたんでしょ」
原因は螢子ではなく幽助にあるに違いない、と読んだ未来である。
「土曜に皆で集まった時言おうと思ってたんだがよ、オレ魔界に行くことにしたんだ」
幽助は、元霊界探偵の真田黒呼の家を訪れた際の出来事を簡単に語った。
「未来は人間を食べる妖怪がいるって聞いてどう思った?」
「どうって…仲良くはなれそうにないよね。怖いよ」
妖怪を理解したい。
そう思っていた未来だが、さすがに人間を捕食対象とする妖怪まで受け入れ歩み寄るのは難しかった。
「普通そうだよな。でもオレは違和感なしに割り切れられたんだ」
“キミ魔界へ行った方がいい。それが多分一番いい”
“今はキミが怖い”
真田黒呼から告げられた言葉を思い返しながらも平然と幽助が言い、戸惑う未来は目を見開く。
自分も幽助も、魔族になったとしても何も変わっていない。
そう信じて疑っていなかったが、幽助は戦闘を重ね強くなるにつれ少しずつ変わっていたのだ。
(幽助、変わってしまった自分にショックを受けてる…?)
人間を食料とする妖怪の存在を受け入れられたと語った幽助が、未来にはどこか寂し気に見えた。
刺激を求め雷禅のいる魔界に行きたいと、幽助が思っていることは事実だろう。
けれど、彼が魔界に行く理由はきっとそれだけじゃない。
幽助は、人間界での生き方が分からなくなってしまったのかもしれない。だから魔界に行かざるをえないのかもしれない。
「さすがに幽助が人間を食べ始めたら、引くけど」
「それはねーよ。安心しろ」
「ならいいや。いってらっしゃい。気をつけてね」
ならば問題ないと、未来は柔らかく微笑む。
変わってしまおうが、全部丸ごと幽助なのだ。
今の心にぽっかりと穴が開いたような幽助の顔が魔界に行くことで変わるなら、受け入れようと、彼の背中を押そうと未来は思う。
「でもさ、螢子ちゃんやお母さんのことはどうするの?ちゃんと帰って来れるの?」
「たぶん」
「たぶんて…そんなんじゃ螢子ちゃんに捨てられるのも当然だよ」
「冷てーな。オレら心中した仲じゃねえか」
「その言い方だいぶ語弊あるよ?」
これじゃあまるで幽助と自分が男女の仲だったみたいじゃないかと感じた未来が、はたと思い至る。螢子はこのことを知っているのだろうかと。
「幽助、螢子ちゃんには私たちが魔族になったこと言ったの?」
「おお言ったよ。未来と一緒に死んで二人共魔族として生き返ったって言った」
「…そっか」
きっと螢子にとっては面白くないことだっただろうと未来は思い、罪悪感がチクリと胸を刺す。
二人同時ではなく未来が先に殺されたとしても、すぐに幽助も仙水に殺られていただろうけれど…
あの時、未来はただ皆を守りたくて。
その守りたい皆の中には幽助も含まれていたはずなのに、共に死ぬことを選んだ彼を未来は拒まなかった。死の恐怖に打ち勝てなかった。
(幽助と一緒がいいって思ってしまった…)
後ろめたいところがあるから、次に螢子と会った時にうまく笑えるか、未来は自信がなかった。
***
とうに日は落ちた夕飯時、雪村食堂の店先からは食欲を誘う匂いが漂う。
(幽助と螢子ちゃん、どうなるんだろ)
ただの痴話喧嘩ではなく、謝ってすむ問題ではないことは未来も分かった。
二人の行く末を案じ、悶々としながら未来は客が帰ったテーブルを片付ける。
「未来ちゃん、注文お願い!」
「はい!」
客に呼ばれて一旦片付けを中断し未来が注文を受けていると、ガラッと食堂の扉が開いた。
「いらっしゃいませ…」
意外な客の入店に、未来は驚く。
「いらっしゃい!幽ちゃん久しぶりだな!おーい螢子!幽ちゃん来たぞ!」
幽助の来店に喜ぶ螢子の父親は、二階の自室で勉強している娘を大声で呼ぶ。
「何よもう勉強してるのに」
不機嫌そうに登場した螢子と、未来の目が合った。
「未来さん、こんばんは」
「…こんばんは。螢子ちゃん」
受験生の螢子は最近学校や勉強が忙しかったらしく、久しぶりの対面となった。
裏御伽戦後に螢子と会話した時と同様の緊張感を覚えながら、未来は挨拶する。
「お待ちどーさま」
いつまでたっても上手くならねーなと父親から小言を言われつつ、作った料理を幽助に出す螢子。
「ごゆっくりどーぞ」
「何だよ座んなよ」
大人しく幽助に従い、螢子は向かいの椅子に腰をおろす。
「美味いな。食う?」
「いらない」
(すっごい気になるけど…仕事に集中、集中)
二人の様子に気を取られるが、未来は仕事に没頭せねばと自分に言い聞かせる。
「螢子」
「何よ」
「ちょうど三年したら戻ってくるよ。そしたらさ…」
「そしたら?」
ぶっきらぼうに復唱した螢子だったが。
「結婚しよう」
思いがけないプロポーズに、手持ち無沙汰に髪をすくっていた手が止まった。
「はっはっはっ久々に聞いたな幽ちゃんのその台詞」
「喧嘩するたび言ってたもんねぇ」
「…ふられた後のプロポーズ?あんたなんて節操ないの」
呆れ顔なのは螢子だけで、彼女の両親も、幽助も皆笑顔だ。
彼らを包む和やかな空気からは、過ごしてきた時間の長さと深さが感じられる。
「三年ね」
「そう!きっちり三年だ」
不服そうな螢子だったが、観念したようにハァ、と溜息をつくと椅子から立ち上がる。
「どーなるかわかんないわね。そんな先のこと」
「螢子~愛してるって」
「はいはい私もよ」
うまくいったようだと一安心し、未来も小さく口角を上げる。
「未来さん」
そんな未来の名を呼んだのは、螢子だった。
「今日仕事終わったら私の部屋に来ませんか?ちょっと未来さんと話したくて。最近未来さんと会えてなかったし」
螢子の申し出に驚いた未来だったが、断る理由もない。
「いいよ。わかった」
迷うことなく、了承したのだった。
バイトが終わった未来は、螢子の部屋を訪れていた。綺麗に整理整頓された、女の子らしい部屋だ。
カーペットに座る螢子の隣に未来も並ぶ。
(なんだか緊張する…)
喉が渇いて、未来は出されたカップに口をつける。
先に口を開いたのは、螢子だった。
「私、未来さんが羨ましかったんです。なんで未来さんは幽助と一緒にいれて、私はいれないんだろうって…」
幽助がまた自分の知らないところで死んでいたと聞き、怒りと哀しみがわき上がって。
未来もその場に一緒にいたと、命を共に落としたと知り、螢子は理不尽な仕打ちを受けた気分になった。
自分は弱く強敵と渡り合える力なんてないから、いくら幽助が心配でも彼と共に行き戦闘の場に身を置くことはできない。それは十分理解している。
だが、どうして同じく武力のない未来は何か事件が起こった際は毎度状況を把握し、幽助と行動を共に出来るのか。
いつも自分だけ蚊帳の外なことが、螢子はつらかった。
「うん…」
螢子の気持ちが痛いほど分かった未来は、静かに彼女の言葉に耳を傾ける。
「未来さんは異世界から来た方で、普通の人間の私とは立場が違うから仕方ないとは分かってるんですけどね」
「螢子ちゃん知って…!?」
「いまだに麻薬組織がどーたらって嘘を私が信じてると思ってたんですか?私、暗黒武術会の観戦に行ったんですよ?」
驚く未来に呆れてジト目になる螢子である。
「魔界へ行くなんて言って…もう幽助なんて知らないって思ってたはずなのに、またしてやられちゃった」
悔しいが、幽助には敵わない。
結局あのプロポーズに流され彼を許してしまった。
溜息をつく螢子は自嘲しているようだが、その顔に憂う様子はない。
どうしようもない幼馴染を想う、あたたかい瞳でいる。
「幽助、ちょっと前までいつも毎日がつまらないって顔してたんですよ」
「え…そうなの?」
「そうなんです。変わったのは幽助が一度死んで、未来さんたちと出会ってからなんです」
未来が見てきた闘う幽助の姿はいつもキラキラしていたから、螢子の言葉は意外なものだった。
「幽助、本当にいい顔するようになったから…私が未来さんを僻むのは違うよなって、今日改めて気づけました」
すがすがしく晴れやかな顔で、未来に微笑む螢子はとても綺麗だった。
「私自身も未来さんと会えてよかったし、素敵な出会いだったなって思うから…だから、これからも幽助と私をよろしくお願いします。仲良くしてくださいね」
「螢子ちゃん…」
螢子の優しさ、心の美しさが、未来の胸にじーんと染みわたる。
「こちらこそよろしくね、螢子ちゃん」
隣り合う女子二人は、ふふっと優しく笑い合った。
「幽助ってさ、カッコいいよね」
唐突に幽助を褒めた未来に、螢子は意表をつかれる。
「でも…きっと幽助がカッコ悪いところも弱さも全部見せられて、甘えられる存在が螢子ちゃんなんだろうなって今日思った」
螢子をおだてようという下心は一切なく、本心からの言葉だった。
螢子にフラレ大声で歌う幽助も、プロポーズした幽助も、愛してるとおどける幽助も。
全て初めて見る彼の姿で、未来は驚かされた。
きっと螢子の前では、未来ら仲間たちが知らないもっと色々な顔を見せているのだろうなと思う。
「どんなに幽助が強くなって、どんなに変わっても、螢子ちゃんは幽助の帰る場所であり続けるんだと思う…」
未来は今まで、幽助と螢子が二人でいるところをあまり見たことがなかった。
幼馴染で恋人同然とは認識していたが、想像以上の絆の深さを今日見せつけられたのだ。
人間を妖怪の食糧として割り切れたり、強くなるにつれ幽助も変わったけれど。
“螢子が好きだ”という気持ちだけは幽助の中でずっと揺るがないだろうと未来は確信する。
「そんなこと…」
未来の言葉が嬉しかった螢子は、赤くなった顔を隠すように俯き照れる。
そうして顔を上げた螢子は、壁の掛け時計が目にとまって慌てて立ち上がった。
「もうこんな時間!ごめんなさい未来さん、こんな遅くまで引きとめちゃって」
「ううん、気にしないで!私も螢子ちゃんと久しぶりにお喋りできてよかった。じゃあそろそろ帰ろうかな」
「夜道気をつけてくださいね」
店先まで螢子に見送られ、未来は雪村食堂を後にした。
(螢子ちゃん、いい子だな。ほんとに…)
螢子の懐の深さをしみじみと感じながら、未来は一人夜道を歩く。
あんないい子を三年も待たせて魔界に行ってしまうなんて、幽助は罪深い男だ。
(いいなあ。幽助と螢子ちゃん)
未来は誰とも交際した経験はないし、男の人を本気で好きになったことは今までない気がする。
記憶にある恋は子供心の淡く幼いものだけで、長らく“好きな人”なんて存在とは無縁だ。
相思相愛な二人がとても羨ましくなった。
お互いを想いあえる関係っていいなと、素直に思う。
螢子とのやり取りは、未来に“恋”を意識させる大きなきっかけとなったのだった。