Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎77✴︎日はまた昇る
未来は聖光気が出せないこと、次元の切れ目から樹が現れたことに動揺する。
「樹…!?」
「お前の中にあった忍の魂の一部は消えたんだ。当然だろう」
未来が一度死んだ際、未来の魂に寄生していた仙水の魂の一部は完全に消滅し、未来が生き返っても復活することはなかった。
したがって、未来の持つ聖光気の能力は失われたのである。
「そのまま死なせてやれ」
「ふざけんなてめェすっこんでやがれ!なんとしてもリターンマッチだ、このままじゃ納得いかねェ!」
「どうせあと半月たらずの命なんだ」
衝撃的な樹の台詞に、幽助たちは息を止める。
「忍の体内は悪性の病巣でボロボロなんだ。ドクター神谷のお墨付きだよ。普通の人間ならとっくに墓の中だそうだ」
「本当か」
幽助が静かに問いかけると、仙水が薄く目を開ける。
「負けた言い訳にはしないよ。最後の力、あれは数段君が上だった」
「違う!あれはオレの力じゃねェ!オレはあのとき意識がなかったんだ」
「使いこなせなかった力を無意識の中でマスターして戦ったってことだろう。明らかに君が放った力だ」
仙水の表情はとても穏やかで、潔く負けを認め、そして近づく死を悟り受け入れていた。
「半月ありゃ十分だ。痛み止め打ってでもオレと戦え!」
「鬼だこいつ」
幽助の鬼畜な発言に、桑原はドン引きである。
「コエンマ、これを」
仙水がポケットから取り出し渡したのは、コエンマのおしゃぶりだ。
「あんたの魔封環が最後の難関だったからな。未来をダシにしたことで使われずにすんでホッとしたよ」
「…ワシに洞窟の途中で遊魂回帰の術を使わせ魔封環のエネルギーを消費させたのも、お前の計算のうちか」
「魔封環を使われた時のことを想定して、できればその前に霊力を無駄遣いさせておきたかったからね」
「遊魂回帰の術?」
コエンマと仙水の会話が理解できず、未来は首を傾げる。
「死者蘇生の術だ。幻海の時もこの術を使い蘇生した」
「もしかして…天沼くんを甦らせてくださったんですか!?」
ピンときた未来がコエンマに詰め寄ると、ああ、と肯定の言葉が返ってくる。
「よかった…!コエンマ様ありがとうございます!本当に…!」
歓喜に打ち震える未来。蔵馬もまた、驚きと大きな安堵が胸に広がっていた。
そして今までの仙水と樹の言動から、未来はふとある考えに思い至る。
「もしかして仙水も樹も、私が闇撫の末裔で生き返るって読んでた…?」
「御名答」
樹がパチパチと二、三回拍手を送る。
「なぜ異世界から来る人間が女性と分かったか、話すのは今のようだな」
ついに、全てが明かされる。
「オレが生まれるずっと前、たぐいまれなる才能を持った闇撫がいた。古い昔話さ。そんな彼女が一年ほど行方不明となり、ある日ひょっこり帰ってきた。今までどこで何をしていたのかと問えば、彼女は人間界も飛び越えて、全く別の異世界に行ってきたのだと一族に語った」
全く別の異世界とは、すなわち未来が元いた世界を指すのだろう。
「そんなことをした妖怪は、魔界中探したって今までいなかった。一族は彼女の才能に驚き喜びお祭り騒ぎだ。他の妖怪にこの偉業を吹聴して回ったが、誰も信じる者はおらず嘘つき呼ばわりされた。糾弾された彼女は心労で倒れ亡くなってしまったという」
「その話…聞いたことがある。作り物のおとぎ話だとばかり思っていたが」
「魔界に長く生きた者なら一度は聞いたことがある話だろう。自己の能力を誇大し嘘をついたら痛い目をみるという教訓としてね」
遠い記憶を呼び覚ました蔵馬に樹が頷く。
「ここまでが一般に伝承されている昔話だが、この話には闇撫一族のみに言い伝えられている続きがあるんだ。彼女は死の淵で、ある予言を残した」
樹はそこで一呼吸おいた。
「別世界の人間の男との間に子供を産んできた。魔族大隔世は女に表れるよう遺伝子に細工しておいた。何世代も後に私の娘が必ず現れるはずだ。その時に、私の話が嘘ではないと証明されるだろう、と」
「それが私…?」
やっと全ての謎は解けた。だから樹は未来が女性であると事前に知っていたのである。
「ああ。異世界から人間が来ると予感した時は、歴史的な瞬間に立ち会えると喜んだよ。あの昔話は本当だったのだと歓喜に沸き、すぐに仙水に報告した」
当時を思い返し、嬉しさあふれた表情で熱く語る樹。
まるで少年のような顔をした樹が意外で、未来は目を丸くする。彼にそうさせたのは自分だという事実がくすぐったい。
「闇撫の娘が訪れると教えると、ナルが取り乱してしまったのは想定外だったがな。誤算といえば、次元を切り裂く能力に目覚めたのが闇撫の未来ではなく桑原だったこともだ」
「君を殺したのは二つ理由があったんだ」
樹に続いておもむろに口を開いたのは仙水だ。
「一つは君に宿ったオレの魂の一部を消すこと。オレの身体は悪性腫瘍に侵食されている。君が生きたままだったらオレは死ねない。屍のような状態で生きるなんて真っ平だ」
気を失うような激痛の中、蝕まれ機能しなくなった身体。
仙水はそんな状態で生きることに価値を見出せなかった。
「二つ目は、君を闇撫として完全に覚醒させること。聖光気を操ってきた君なら、覚醒に耐えられるだけの器を手に入れただろうとオレは考えた」
つまり、仙水は未来が生き返ると分かっていて彼女を殺し、覚醒の手助けをしたのである。
「…私、あなたたちの手の上で踊らされていたみたいだね…」
全てが彼らの計算のうちにあった。
自分は振り回されていたのだ。
(じゃあ、私の死の覚悟って何だったんだろう…。最初から教えてくれてたらあんな恐怖を味わうことはなかったのに)
文句はたくさん思いつく。
しかし、不思議と未来は二人を責める気持ちにはならなかった。
自分も天沼も幽助も、今生きているのだから、それ以上望むものは何もないと思った。
「どうしてあなたは魔界の穴にこだわったの?」
最後に、未来はずっと抱いていた疑問を仙水に訊ねる。
「魔界へ来てみたかったんだ。本当にそれだけだったんだよ」
大の字になった仙水は、広く暗い魔界の空を見上げる。
“自分は選ばれた正義の戦士で、妖怪は人間に害を及ぼす悪者なんだ”
小さい頃から妖怪に狙われ命を危ぶまれてきた仙水は、そんな安易な二元論に疑問も持たなかったという。
「世の中には善と悪があると信じていたんだ。戦争もいい国と悪い国が戦っていると思ってた。可愛いだろ?だが違ってた。オレが護ろうとしていたものさえクズだった」
自分が人間であることにも憎しみを感じた仙水。
その感情こそが、今回の騒動に起因していた。
「いっそのこと魔界に生まれたかった。そう思ったら是が非にもここに来たくなってね」
余命が幾ばくも無いと知った時に、その思いが一気にはじけ仙水は魔界の穴を開けようと試みたのだ。
「界境トンネルは魔界の先住民への手土産程度のものだったんだ。本当の目的は魔界で死ぬこと」
来れてよかった、と小さくこぼした仙水の顔はひどく満足げだった。
「浦飯…戦っている時の君はすごく楽しそうだ。オレもほんの一瞬だが初めて楽しく戦えた」
仙水にとって戦いは妖怪を倒すための手段に過ぎなかった。
そんな価値観を一瞬でも幽助は覆してくれたのだ。
「ありがとう」
とても穏やかな、今にも眠りにつきそうな表情で、仙水は幽助へ感謝を述べた。
「次こそ魔族に生まれますように…」
皆が静かに見守る中、消えていった命の灯。
(魔族に生まれますように、か)
望まずして対戦相手である幽助が魔族となったなんて、なんたる皮肉だろうと未来は思う。
「忍…」
「近寄るな」
仙水の骸へ歩み寄ろうとしたコエンマを、樹が制する。
「忍の魂は渡さない」
仙水の腕を肩に回し担いだ樹。
死んでも霊界に行きたくない、というのが仙水の遺言だと語る。
「未来。お前は闇撫として覚醒したがその秘めた能力をまだ発揮できていない」
樹の言う通り、未来は闇撫として生まれ変わったものの結界を通り抜けられる以外の能力は開花していない。
「闇撫としての能力を極めたければ、師を探せ」
「師って…適任者は樹しかいないよ。他の闇撫の人、私知らないもん」
「オレも知らん。闇撫は希少種族だからな。闇撫の能力を磨きたければ師を見つけるため魔界を探すことだ。お前には相当な才能が秘められているはずだ」
天才とうたわれた女妖怪の娘である未来に期待をかける樹だが、師を探せと助言するだけで自分が教える気はないらしい。
「オレは忍と行く。だから未来、お前の師にはなれない。これからは二人で静かに時を過ごす」
ぶうん、と忍と樹を囲むように空間が切り裂かれる。
「オレたちはもう飽きたんだ。お前らはまた別の敵を見つけ戦い続けるといい」
そう言い残し、二人は深い次元の闇に消えていった。
一同は、二人が消えた場所をしばらく無言で見つめていた。
「くそ。何だか勝ち逃げされたみてーな気分だぜ」
実際その通りだろう。
最終的に仙水は目的を遂げたである。
「聖光気が使えなくなったのは残念だなあ。せっかく修行で極めたのにさ」
仙水の魂の一部を寄生させられたなんて、はた迷惑な話だったが聖光気が使えるようになったのは唯一の利点だったのに。
ただ、以前の未来ならさらに役立たずに成り下がったと思い心底落ち込んでいただろうが、今は違った。
生き返った後に皆からもらった言葉が、未来の劣等感を溶かしていたからだ。
「まあそう肩を落とすな未来ちゃん!未来ちゃんの聖光気は十分活躍して役目を終えてったぜ」
「ありがと、桑ちゃん」
親指をグッと立てて桑原が未来を励ます。
(迷宮城で初めて聖光気を使えた時は嬉しかったなあ)
皆との出会いを思い返し、感傷に浸る未来。
あの時、未来の異質な気が段々変化していたのは、今考えれば仙水の魂と馴染んでいっていたからなのだろう。
「よし!オレはオレを操った奴を探しに行く」
「ちょっと待ってよ!操った奴って?」
早速どこかへ出発しようとする幽助の肩を未来は掴む。
「とてつもねーケタはずれのパワーの奴だった。とても今のオレにゃ出せねぇ」
幽助によると、頭の中で知らない男の声がしたかと思えば意識が乗っ取られ、知らない間に霊丸を撃ち仙水を倒していたという。
「おい、何言ってんだ浦飯!もうここらで一件落着にしよーぜ」
「このままじゃオレの気がすまねーんだよ!真剣勝負に横やり入れやがったんだ、タダじゃおけねー」
最もな桑原の意見も幽助には馬耳東風であり、ボキボキと指の関節を鳴らし戦う気満々である。
「幽助。お前に40時間やる。それで魔界に残るか人間界に戻るか決めるんだ」
唐突なコエンマの発言に、幽助は手を止めた。
「人間界では特防隊が全員で穴を塞ぎにかかっているだろう。たぶん二日くらいで終わる。それが終われば二度と人間界には戻れん」
究極の二択を、コエンマは幽助に突きつける。
「未来はどうする」
「わ、私!?なんでですか?」
自分にまで話がふられるとは全くの予想外だった未来は驚く。
「樹に魔界で師を探せと言われておったろう」
「魔界でどう生きてけって言うんですか!?もちろん人間界に戻りますよ!」
「まあそう言うだろうと思っておった」
未来の返答は予想通りだが、問題は幽助だ。
(幽助、魔界選んだりしないでしょうねえ。いくらバトルマニアとはいえ、螢子ちゃんやお母さん置いてく気!?)
未来は固唾を飲んで幽助の返答を待つ。
「んなこと考えるまでもねーよ」
幽助の決断は、意外にも早くて。
「帰ろうぜ人間界に」
ホッと胸を撫で下ろす未来だった。
入魔洞窟の外では、ぼたん、幻海、海藤、御手洗、天沼の五人が仲間の帰還を今か今かと待っている。
「あ!戻ってきたー!」
一行は、元気のよいぼたんの声に迎えられた。
「って、あんた誰だい?」
「オレだオレ!」
地面につくくらい伸びた長髪に刺青のような全身の模様。
今の幽助のいでたちを考えれば、ぼたんが分からないのも無理もない。
「未来!」
「天沼くん!」
駆け寄ってきた小さな身体を、たまらず未来は抱き締める。
「な、何すんだ!離せよ!」
「ふっふっふ、離してやらないもんねー!」
照れて顔を赤くする天沼は、未来の腕の中でもがくが、まだまだ力では敵わない。
(本当によかった…)
伝わるぬくもりに、天沼の生を実感した未来はまた涙がこぼれそうになった。
「ええ!?あんたが幽助!?御手洗くんから魔族になったとは聞いてたけど、一体何があったんだい!?」
ぼたんがすっとんきょうな声をあげたのを機に、洞窟組は待機組に一部始終を語った。
仲間たちは幽助らの労をねぎらい、お互いの無事を喜び合う。
「パ~っとお疲れ様会したいな。螢子ちゃんや静流さん、柳沢くんや城戸くんも呼んで」
「いいねえ!やろうやろう!」
「ジョルジュも呼んでやらんと拗ねるだろうな」
未来が提案すれば、ぼたんとコエンマの霊界組が同意する。
「雪菜ちゃんも居場所がわかればぜひ呼びたいんだけど。もう氷河の国に帰ったのかな」
「飛影の邪眼で探せばいいんじゃないですか」
それだ!と未来は手をポンと叩いた。
「蔵馬、名案だよ!あれ、妖狐から戻ったんだ」
「とっくにね」
いつの間にか南野秀一の姿に戻っていた蔵馬。
(なんかホッとするなあ…)
見慣れた彼の姿、その優しい翡翠色の瞳はいつも未来を安心させるのだった。
「日の出だ」
御手洗が指差した方向から、太陽が昇る。
(室田さんは残念だったな…)
この激動の一週間を振り返る未来は、戸愚呂兄の道連れとなった彼の冥福を朝日に祈る。
(仙水の思考を極端だとも思う。どんな理由があれ彼の行為は肯定できない。現にこうして犠牲が出てるし、私が知らないだけで他にもいるかもしれない。特防隊が来なければもっと多くの人命が失われていた)
宿っていた仙水の魂はほんの一部だったので、その間の未来の人格に影響することはなかった。
けれど死に間際、己の抱えていた心情を吐き出した仙水に未来は共感もした。
(仙水を救う方法はなかったのかな…。彼に大事な人がいたら何か変わってたのかな)
もし自分が仙水の立場で、どんなに人間に幻滅したとしても彼と同じ思考にはならないと思う。
それは家族や友達など、信頼する人間が未来にはいるからだ。
(仙水と同じような苦しい気持ちを抱えてる人がいたら、今度こそ救いたい)
仙水が魔界の穴を開けるに至った経緯に見てみぬふりをせず、今後に生かせたらと未来は思う。責任の一端は人間にあるのだから。
日の光に照らされた彼女の顔は、とても凛々しく晴れやかだ。
また、新しい朝が始まる。