Ⅲ 魔界の扉編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
✴︎76✴︎Story
ゴロゴロと響く雷鳴に、よどんだ空気。
薄暗い魔界の地に、ついに仙水は降り立っていた。
彼の目の前には、全身傷だらけで倒れた桑原、蔵馬、飛影の姿がある。
激しい戦闘があったことが窺えるが、ボロボロの三人とは対照的に仙水だけは涼しい顔をしていた。
「苦しめてすまなかったな。今楽にしてやるよ」
己が強すぎる故に残酷なまでに敵との実力差があると、快感をおぼえる反面ひどく虚しい気分になると仙水は思う。
三人にトドメをさそうとした仙水は、近づいてくる大きな妖気と小さな妖気の存在に気づいた。
「桑ちゃん!蔵馬!飛影ー!」
ぶんぶんと手を振って、プーの背中に乗り飛んでくる未来と隣にいる幽助の姿を認め、三人は目を見開く。
「ワリィワリィ遅れっちまってよ!いや~間に合ってよかったぜ」
「なんとさ、私と幽助の祖先が妖怪だったみたいで復活できちゃったの!魔族大隔世ってヤツらしい!私は闇撫の末裔だって!」
こちらへ到着し、プーから降りた幽助と未来。コエンマも無言で降り立つ。
「実感ねーけどな。見たところあんま変わってねーし」
「でも私たちのコレ妖気だもんね。自分が妖怪になっちゃったなんてビックリ!」
ポカンと呆気にとられた三人は、はつらつとしてすこぶる元気そうな二人の顔をまじまじと、穴が開くほど見つめる。
「くっ…くくく」
堪えきれなくなったのか、最初に吹き出したのは蔵馬だった。
「あはっあははは」
「へへへ」
蔵馬につられて桑原も幽助も、未来もさかんに笑いだす。あの飛影でさえも。
「まさか魔族だったとはな。つくづくわけのわからん奴らだ」
立ち上がった飛影は、ニヤリと笑って幽助の顔を一瞥すると、未来の前に来る。
「飛影、傷だらけじゃん!蔵馬も桑ちゃんも…!大丈夫!?」
「問題ない。お前と幽助が戻ってきたら疲れも痛みも感じなくなった」
飛影の発言に、えっと未来は言葉に詰まって。そして。
気づけば飛影に抱きしめられていて、本当に何も言えなくなった。
「ひ、ひえ」
やっとこさ彼の名を口にしようとすれば、背中にまわった腕の力をさらに強められる。
「ヒューヒュー」
「やるじゃねーか、見直したぜ飛影!」
幽助と桑原の囃し立てる声も、今の飛影には聞こえていないらしい。
(飛影…!?)
止まったはずの心臓がドキドキうるさい。
生き返ってまた動き出したのかな?
(…あれ…なんかもう…苦しくて…何も考えられない…)
突然の飛影の行動に、混乱する未来の思考に次第に白いモヤがかかっていく。
「やめろ飛影」
あまりにも強く抱きしめられ酸欠状態となっていた未来から、べりっと飛影を蔵馬が引き離した。
「おい飛影!未来ちゃん絞め殺そうとしてどーすんだ!」
桑原が飛影の首根っこを掴むが。
「こいつ寝てやがる…」
黒龍波を二回も出した飛影は、未来が戻ってきて安堵した心も手伝い、睡魔には抗えなかったらしく既に夢の中にいた。
「た、助かったよ蔵馬…。あ、今は妖狐の姿なんだね…」
ゲホゲホと咳き込む未来が蔵馬に礼を言う。
しかしホッとしたのは束の間、今度は蔵馬の腕の中に引き込まれていた未来。
「蔵馬…?」
妖狐の白装束に包まれて、また未来の心臓が早鐘のように鳴る。
「優しくするから。しばらくいいか?」
彼にしては弱弱しく掠れた声で頼まれれば、いいえとは言えなくて。
「うん…」
ピンク色に頬を染め、小さく返事をする未来。蔵馬の胸に大人しく顔をうずめ、優しく抱き締める彼の腕を振り払おうとはしなかった。
「「……」」
妖狐の放つ色気に、ゴクリと生唾を飲み込み二人の抱擁を無言で見守ってしまう幽助と桑原。そわそわして落ち着かない気分になるのは何故だ。
「ちょ…何イチャついてんだオメーら!離れろ!」
しばらくして、我に返った幽助がやっぱり二人を引き離した。
「どうして止めるんだ幽助。未来が生き返ったんだ。当然の行為だろう」
「仲間同士の抱擁には見えなかったけどな。なんかエロかったぞ」
「エ、エロ…!?」
蔵馬の腕から解放された未来は、幽助の感想に動揺し二の句が継げない。
「とにかく、未来ちゃんも浦飯も生き返ってよかったぜ!」
「うんうん、本当よかったよね!」
変な感じの空気になった場を桑原が仕切り直し、これ幸いと未来は彼の話題にのる。
「しかもさ、一度死んだことで私に宿ってた仙水の魂の一部も消えたの!これでもう私が生きてる限り仙水は死なないなんてことはなくなったよ」
「おお、よかったな!はあ~、まったく未来ちゃんにはひやひやさせられたぜ。勝手に死ぬ覚悟なんてするんだもんな。たまたま魔族だったから生き返れたものの」
「だって私はいっつも皆に守られてばかりで、何も返せてなかったから。最期くらい皆の役に立ちたかったんだ」
明るい口調で言った未来のその台詞で、桑原の顔から笑みが消えた。
「…桑ちゃん?」
「ふざけんな!今まで役立たずだったから死んで役に立とうって!?」
真剣な表情で桑原が怒鳴り、未来は意表を突かれる。
「雪菜さんを身を挺して守ってくれたのは誰だ!?左京のゲームん時、御手洗ん時、沢村たちのために戦ってくれたのは!?!」
まくしたてる桑原に、未来は口を挟めない。
「いつも笑って、頑張ってって…オレらを信じて試合に送り出してくれたのは誰だよ…!オレは覚えてるぜ!死んでも忘れねー!」
彼が本気で怒っていると、自分の発言で彼をひどく悲しませてしまったと、その瞳を見れば分かったからだ。
「…まだあるぜ。裏切りの門攻略したのも、虫笛壊したのも未来だったな」
桑原に代わり、淡々と落ち着いた口調で話始めたのは幽助だ。
「でもよ…たとえオメーが何の活躍もしないお荷物だろうが、オレたちゃ別にかまわねーんだよ」
未来には目から鱗の言葉だった。ずっと皆と一緒に戦えないことに後ろめたさを感じていた彼女だったから。
「あの武術会に命かけてたのはオレらだけでなく未来、オメーもだろ」
すっと真っ直ぐ未来の胸を指さした幽助。
暗黒武術会で、優勝商品となった未来の命運は浦飯チームと共にあった。決勝戦では選手としてチームの一員にも未来はなった。
「オメーが一度でもオレらの強さを疑ったことがあったか?劣勢の時に責めたことがあったか?怒ったことがあったか?桑原もさっき言ってたけどよ、いつもオレたち信じて試合見送って、そばで応援してくれたよな」
未来はいつも全幅の信頼を寄せてくれていたと、武術会での死闘を回想しつつ幽助は語る。
戸愚呂戦での勝利に未来は文字通り命を賭けてくれたし、あくまでも自分のためだと会場の妖怪たちを救う姿には不思議と笑いがこみ上げた。今日、彼女の潔く強い意志のこもった別れの言葉を聞いた時と同じく、また立ち上がる力をもらえた。
「未来がオレら信頼して命預けてくれてさ、すっげえパワーもらったぜ。プレッシャーじゃなくてよ…なんかこう頑張らねーとなって気合入るんだよ。サンキュな」
ニッと口角を上げた幽助が、親指を立て感謝を述べた。今日の彼は、やけに素直だ。
(桑ちゃん…幽助…)
感極まって言葉が出ない。
「未来」
そんな未来に次に声をかけたのは、蔵馬だった。
「未来はオレたちに守られてばかりと言ったが…未来の存在に、未来の言葉にいつもオレたちは勇気づけられ守られてきた」
皆にたくさん守られてたくさん勇気をもらってきた。
死ぬ前に未来が思ったこと。
同じ気持ちも彼らも抱いていたと知り、未来は肩を震わせる。
「現にオレは何度も未来に救われた。未来に支えられてきたんだ」
劣等感や悔しさ。ふがいなさ。
未来の胸の中にあったわだかまりが、皆の言葉で消えていく。
未来も大事な浦飯チームの一員なんだよって、そう言ってもらえた気がする。
「オレは五人のうち誰が欠けても嫌だ」
(蔵馬…)
血がかよっていないのではと思わせるほど普段冷たい妖狐の瞳が、今はとてもあたたかく感じた。
「こいつもオレらと同じこと、絶対思ってるはずだぜ」
桑原が自信たっぷりに、飛影の寝顔を顎でしゃくる。
(飛影…)
口数が少ない分、飛影の言葉はいつも真っ直ぐ届いたなあと思い返す未来。
(そんな優しい言葉ばかりかけられたら…)
未来の涙腺が崩壊するのも、無理はなかった。
「う…うえっ…」
だーっと洪水のように涙を流す未来。止めようと思っても止まらない。
「お?どうした未来」
すっとぼけた風を装って幽助が未来の顔をのぞき込む。
「嬉し涙だよっ」
嗚咽の合間に未来が答えて、幽助はニッと笑った。
「よし!そろそろ続き始めっかな!」
「待て幽助」
仙水との再戦に備え、ストレッチを始める幽助を制止したのは蔵馬だ。
「気が変わった。奴と一対一でやりたくなった」
どんどん力が湧いてくる。
こんな気持ちになるのは昨日から数えて二度目だった。一度目は、攫われていた未来が戻ってきた時。
今なら誰にだって負けない気がする蔵馬なのである。
「待て!オレが先だ!今なら勝てそうな気がするぜ」
「錯覚だバカめ」
続いて名乗りをあげた桑原に、容赦ないツッコミが入る。
「なんだとコラァ!!…っておい?」
ツッコミの声の主は、ぐーぐー寝息をたてていた。
「こいつ…寝言か?」
「ふっ…あははは…!」
もう、泣いてるのか笑ってるのか分からない。
お馴染みの二人のやり取りが面白くて、未来は腹を抱えて笑いだす。
「もっ…おっかしー…あははは…う、うっ…」
「未来のヤツ泣きながら笑ってやがる」
飛影の寝言。
泣き笑いする未来。
どこを切り取っても可笑しくて、場は爆笑の渦に包まれる。何もかもが平和な瞬間だった。
傍らに立つコエンマは幽助たちを慈しむような目をして見守っている。
(…コエンマ)
傍観者は、コエンマの他にもう一人。
(いい奴等を見つけたな)
笑いあう仲間たちの光景を、眩しそうに見つめる仙水だった。
(決心が鈍りそうだよ)
戦闘態勢に入るべく仙水が鋭い目つきに変わると、こちらを向いた幽助と視線がかち合う。
「オメーらの気持ちもわかるがよ、あいつはオレが倒したいんだ」
幽助の表情は凛々しく、仙水と同じく既に戦闘準備は整っているようだ。
「場所変えようぜ。もっとだだっ広いとこで思いっきりやりてェ」
「同感だ」
幽助と仙水は障害物の何もない荒野へと移動した。
激しい戦闘が予想されるため、桑原、蔵馬、飛影、未来、コエンマはプーに乗り空中から試合を観戦することにする。
「幽助、ファイトーっ!」
プーの背中から叫ぶ未来。
(私、今すっごくワクワクしてる)
未来は幽助と仙水の闘いを楽しみにしている自分に気づく。いつも試合前は仲間が心配で不安な気持ちだったのに。
今、浦飯チームは無敵だ。
幽助ならいい闘いをみせてくれる。
そんな確信を抱く未来だった。
仙水と幽助。
ケタ違いの強さがぶつかり合い、辺りには突風が巻き起こる。
「これ以上近づくのは危険だ。巻き添えをくえば一撃で全滅してしまうぞ」
「す、すごい…!」
S級二人分の力に警戒するコエンマの横で、未来は感嘆の声を漏らす。
こんなにスケールの大きく息をのむ試合は今まで観戦したことがなかった。
「こんだけ爆音の中でも全然起きねーなこいつ」
莫大なエネルギー同士がぶつかり轟音が響いているにもかかわらず、起きる気配のない飛影へ桑原は若干呆れた視線を送る。
「黒龍波はそういう技だから仕方ないの!飛影、絶対この試合みれなかったこと後で悔しがるよ~」
ちょいちょいと飛影のぷにぷにほっぺを突つく未来。寝ているからといってやりたい放題である。
「幽助がまだうまく力を使い切れない点を差し引いても、まだ少し仙水が上か」
緊張感のないやり取りの隣で、蔵馬だけは冷静に二人の力の差を分析する。
「…?なんか幽助の様子がおかしいよ?突然動きを止めちゃった」
仲間の異変に気づいた未来が眉をひそめる。
途端、幽助を中心にこれまでの比でない強烈な爆風が巻き起こった。
砂ぼこりが舞う中、振り落とされないよう未来はプーにしがみつく。
「どうなってんだありゃあ!?まさかあれが浦飯か!?」
煙の中から姿を現したのは、踵につきそうなくらい伸びた漆黒の長髪に、全身に刺青のような模様を纏った幽助だった。
一瞬にして変わり果てた幽助の姿に、桑原はすっとんきょうな声をあげる。
「つ、強すぎる…!」
それからの幽助は強かった。
あの仙水を一方的に痛めつけ、再起不能にまで陥れる。
「トドメだ」
仙水の身体を空の彼方へ放り投げると、ギラついた目で彼めがけて霊丸を放った幽助。
その瞬間、幽助の瞳に光が戻った。
「仙水よけろーーー!!」
必死の叫びもむなしく、霊丸は仙水に命中する。
「ちくしょォ!!仙水っ…!」
「あいつ何悔しがってんだ?見事な圧勝だったってのに」
幽助の謎な言動に、桑原をはじめ仲間たちは首をひねる。
「仙水起きろ目覚ませコラ!今のなしだもっぺんやり直すぞ」
倒れた仙水の身体を揺らし、懸命に起こそうとする幽助の元に、プーが乗せた一行は到着した。
「幽助、すごい威力の霊丸だったね」
「あれはオレじゃねえオレだけどオレじゃねーんだ!オレが気がついた時にゃもうぶっ放してた!未来!聖光気でこいつのパワー復活させてやってくれ!」
「え…」
「早く!」
「う、うん」
困惑しつつも未来は幽助の気迫に押され、仙水に聖光気を送ろうと掌に力を込める。
しかし。
「聖光気が出ない…!?」
「当然だ。未来の中にあった忍の魂は消えたのだからな」
狼狽える未来の前に、次元を切り裂き現れたのは樹だった。