Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎75✴︎星をめざして
「…うっ…」
大地が揺れ、崩れていく洞窟の壁と天井。
繰り返す地響きに、仙水に殴られ気を失っていたコエンマが目を覚ます。
「だ、大丈夫ですか!」
頭を押さえふらつくコエンマの身体を、御手洗が受け止める。
御手洗に支えられたコエンマの視界にまず映ったのは、薄く血を吐き倒れている幽助と未来の姿だった。
「幽助…未来…すまん。ワシの責任だ…」
今回の件は自分が仙水を霊界探偵に命じたことが招いた悲劇だと、責任を感じるコエンマは血がにじむほど強く唇を噛んだ。
「事態はどうやら最悪な展開を迎えてしまったようだな…」
ついに完全に開き切った魔界の穴を見つめ、コエンマが呟く。
「ワシが寝ている間に何があった」
「二人が仙水さんに殺されて…ボクらは桑原の次元刀で裏男から脱出したけれど、間に合わなかった」
御手洗が悔しそうに俯いて答える。
「一体どうなるんです?とうとう穴は開いてしまった。さっきまで群がっていた妖怪は黒龍波とかいう技で消し去ったけれど…」
「本当に恐ろしいのはそんな連中じゃない。強力な妖怪ほど利口で慎重だ。この穴は安心して通れるとそいつらが判断した時、人間界は終わる」
そんな、とうろたえた御手洗だったが、ふと以前聞いた樹の言葉を思い出す。
「でもまだ結界がある!人間界と魔界の間に結界をはってあるんでしょう。強力な妖怪ほどその結界を通れないと樹さんが言っていた」
「桑原が切るさ。仙水と戦うために」
「勝ち目はないのに?」
「そういう奴だ」
桑原なら絶対に次元刀で結界を切ると、彼の人柄を知るコエンマは断言できた。
「ワシにはもう止められん。その力も資格もない」
己の無力さを自嘲したコエンマは、若くして命を散らした二人を弔おうと、彼らの遺体に近づく。
「…おかしい」
そこでコエンマが、ある不可解な点に気づき眉間に皺を寄せる。
「幽助と未来の霊体があがってこない。心臓が動いてないことは確かなのに」
「コエンマ様。お怪我はありませんか?」
まるで眠っているかのように穏やかな二人の死に顔を眺めていたコエンマは、武骨な男の声に顔を上げた。
「霊界特防隊!」
見上げれば十数人の霊界エリート戦士が立ち並んでいた。先ほどコエンマの名を呼んだのは、隊長である大竹だ。
「予定通り三グループに分かれ任務につけ!Aチームは至急穴を塞げ一週間ですませろ!Bチームは亜空間で待機!妖怪がきたら始末しろ」
大竹の指示で、隊員たちはそれぞれ行動を開始する。
「Cチームは浦飯幽助と永瀬未来を抹消しろ!」
「な!?」
コエンマは気が狂ったとしか思えない大竹の命令に耳を疑った。
霊界の上層部が未来を周りに混乱をきたす危険因子とみなし、早く元の世界に帰したがっていたことは知っていた。
どんどん力をつけていく幽助を、蔵馬や飛影もろとも魔界に追いやりたいと思っていたことも。
しかし、だからといってどうして抹消だなんて命が下ることになるのか。
「大竹、気は確かか!」
「混乱されるのも無理はありません。我々もエンマ大王から調査の命を受けるまで考えもしませんでした」
詰め寄るコエンマに大竹は至極淡々と応じ、そして衝撃的な台詞を吐いた。
「浦飯幽助と永瀬未来は魔族の子孫です」
幽助と未来が、魔族であると。
「バ…バカな!二人の両親は人間だぞ!」
「そうです。祖父も祖母も人間です。その前もその前も人間ですが…」
「…まさか…魔族大隔世…!?」
思い当たる節があったらしいコエンマに、たくわえた口髭を揺らし大竹が頷く。
「魔族大隔世…?」
「A級以上の妖怪ができる人間との遺伝交配だ。隔世遺伝を何代も後に、極端な形で魔族は意図的に起こすことが出来る」
聞き慣れぬ単語に御手洗が首を傾げ、コエンマが簡単に説明する。
「その通りです。何世代も前に魔族が人間に飢えつけた忌むべき力!それが二人に宿っている」
大竹はまるで魔族や幽助や未来が親の仇かのように、心底忌々しいといった表情で語る。
「浦飯幽助の祖先はおそらく強大な妖力を持つ闘神です。彼が一度死んだ時にはまだ遺伝覚醒に耐えられるだけの器がなかったのでしょう。それが発見の遅れに拍車をかけたのです」
皮肉にも霊界は幽助を霊界探偵として甦らせたことで魔族隔世の手助けをしてしまったというわけである。
「対して永瀬未来の祖先は闇撫だ。強い妖力は持たないが、次元を自在に操ることが出来る。彼女がこの世界にトリップできたわけです」
未来に眠る闇撫の力が、命の危機に瀕した際に発動しこの世界にトリップしたのだろう。
結界に阻まれることなく未来が次元間を移動できたのは、闇撫の子孫だったからである。
「やはり早く元の世界に帰すべきでした。人間の老婆を生き返らすために我々の霊力を費やすなどせず」
おしゃぶりに貯めていた霊気を幻海のために使用して、未来のこの世界への滞在期間を延ばしてしまったことを、大竹はひどく悔しがる。
「彼女に宿っていた仙水の魂の一部は一度死んだことで消滅したでしょう。完全に闇撫として覚醒する前に、始末しなくてはなりません」
仙水の魂は消えた。
つまり、まっさらな未来の魂に戻ったのである。
「永瀬未来も浦飯幽助も、極めて危険な、抹消すべき存在です。魔界への穴を開けようとするのが仙水ではなく彼らでもおかしくなかった」
「一体何を…何を言っているんだあんた達は」
御手洗が湧きあがる怒りと動揺に、ワナワナと身体を震わせる。
「今までの未来の姿を見てきたらそんなことは言えないはずだ!浦飯さんが誰のために戦ってきたと思ってるんだ!二人に魔族の血が入ってたからといってそれが何だというんだ!」
「魔族大隔世により目覚めた者は強大な力を持ち、残忍で凶悪な性格だというのが定説だ。二人を抹殺するのは社会のためなのだ」
自分は正しいと確信する大竹は、正義感と使命感に燃えていた。
「桑原たちを仙水もろとも魔界に置き去り、幽助と未来を抹殺しようというのか。絶対に許さん!!」
「撃て!!」
エンマ大王に次ぎ霊界のNo.2であるコエンマの制止をも無視し、部下に命じた大竹。
「や…やめろ!!撃つな!!」
幽助と未来に向けて四方八方から霊気弾が放たれ、コエンマの悲痛な叫びと銃声が辺りに響く。
「な…霊界獣!?」
突如として現れた青い体毛の大きな鳥のような生物に、特防隊は怯むもかまわず攻撃を続ける。
霊界獣は幽助と未来を庇うように二人に覆いかぶさっていた。
「隊長…もう…」
ぞわりと背筋が凍るほど大きな力の誕生を感じ、隊員たちは時既に遅く自分たちの思惑が上手くいかなかったことを悟る。
「プー…もういいよ。大丈夫だ」
バサリと霊界獣が羽を広げれば、そこには立ち上がった幽助と。
「プーちゃん、ありがとう」
隣には、未来の姿があった。
「幽助…未来…!」
「コエンマ様、御手洗くん。おはようございます!」
ニカッと笑った未来に、顔をほころばせたコエンマの目尻には涙が光っていた。安堵した御手洗も笑みをこぼす。
「なんだオメーちょっと見ねーうちにでかくなったな」
成長したプーの下顎を優しく撫でる幽助。
微笑ましい光景だが、霊界特防隊員たちは幽助を警戒し彼に銃口を向ける。
「途中からだが話は聞こえてたぜ。オレと未来が魔族の子孫だってな。どうりで気分がスッキリしてるわけだぜ。生まれ変わったってわけだ」
「な、なんて妖気だ…!」
「隊長!これは我々の手におえませんよ!」
強大な妖気を持って生まれ変わった幽助に、特防隊はお手上げだ。
「くそォ!」
「さがれこわっぱが!」
それでもなりふりかまわず向かっていこうとした大竹だが、幽助の気迫だけで倒されてしまう。
「頭が高い我を何と心得る。魔王の血を引く者ぞ」
低くしわがれた声を出す幽助に怯え、少しずつ後ずさる隊員たち。
「さて…目覚めのついでにキサマらにオレの真の姿を見せてやろう!!」
「ぎゃああああー!!」
途端、我先にと隊員たちは洞窟の出口へ一目散に駆け出した。
「なーんちゃってウソだよ、バーカ」
逃げ惑う隊員たちを小馬鹿にし、べーっと舌を出した幽助。ピタリと隊員たちの足は止まる。
「コエンマ様、桑ちゃんたちは魔界に行ったんですか?」
「ああ。仙水を追いかけてな」
「急がねえとな。今のあいつらじゃあの仙水の相手はちっとキツイだろ」
「ま、待て!」
呼び止めたのは、大竹だ。
「お前は一体…?」
彼には、幽助が魔族の血を引く凶悪な妖怪には見えなかったから。
「オレは浦飯幽助だ。生き返ろうが生まれ変わろうが他の何でもねェ!」
胸張って答えた幽助に、目を細める未来。
(私もおんなじ。私自身は何も変わってないんだ)
彼らしい幽助の行動と発言が、とても未来は嬉しかった。
「プー!魔界までひとっ飛びだ!」
幽助がプーの背中に飛び乗り、下にいる未来に右手を差し出す。
「未来、来い!」
「うん!」
未来は幽助の手をとると、彼の後ろにまたがった。
「プーちゃん、頼んだよ」
魔界まで連れていってくれるプーの青い羽毛を、未来が優しい手つきで撫でる。
未来だけでも抹殺しようとしていた特防隊員だったが、幽助と共に行くことでそれが叶わなくなり地団駄を踏む。
「幽助!ワシも行くぞ」
「コ、コエンマ様なりません!エンマ大王様の命にそむくような行動など」
「親父に言っとけ。クビでも勘当でも勝手にしろとな」
大竹の咎めを一蹴し、コエンマもプーにまたがった。
「ボクは洞窟から出て他の皆に今の状況を知らせに行くよ。事態は好転したってさ!」
「御手洗くん、ありがとう。師範たちによろしくね!」
任せて、と頼もしく胸を叩いた御手洗。
「よっしゃプー!出発だ!」
幽助、未来、コエンマを乗せプーが羽ばたく。
「幽助。このまま人間界に戻れんかもしれんぞ」
「後だあとあと!仙水倒してから考える」
幽助らしい返答に、コエンマも未来も笑いがこみ上げる。
それでこそ彼だと、たまらなく嬉しくなった。
「ふふっ…あははは…!」
「何笑ってんだよ未来」
笑いの発作が止まらなくなった未来に、幽助は首を捻る。
「だってすっごく嬉しいんだもん!私たち生きてるんだよ?しかも私に宿った仙水の魂は消えちゃった!」
魔族大隔世とか、実は闇撫の子孫だったとか、難しいことは置いといて。
ただ、ひたすらに嬉しい。
幽助も自分も、こうして生きていることが。
「また皆に会えると思うと、嬉しくって笑いが止まらないの…!」
思い描くのは、桑原、蔵馬、飛影の姿。
彼らに早く会いたいと、はやる気持ちを未来は抑えられない。
「幽助も私も、生き返れてよかったあ…!」
夢の中で大竹とコエンマの会話が聞こえ、プーの羽の中で目覚めた時の喜びを未来は噛みしめる。
満面の笑みをみせる未来に、ふっとコエンマと幽助もつられて口元をゆるめる。
「まさか未来が闇撫の末裔だったとはな。きっと決まっておったのだ。未来がこの世界に来ることは」
しみじみと述べたコエンマ。
未来がこの世界にトリップすることは、遠い昔、闇撫と人間が交わった瞬間に決まっていた運命だったのだとコエンマは悟る。
「私はこの世界の妖怪と元いた世界の人間のハーフってことですよね。もう本当ビックリです!まあ生き返られたら自分のルーツなんてどうでもいいです!」
「未来、だんだん幽助に似てきとるぞ」
カラカラとコエンマが腹を抱えて笑う。
ほんの些細なことでも、不思議と今はとても可笑しく感じてしまう。
「プー!とばしてくぜ!」
主の命に応じ、速度を上げるプー。
目指すは魔界。仲間たちが待つ場所だ。