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Ⅴ 蔵馬ルート

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✴︎89✴︎Innocent Love



「ただいま!」

朗らかに告げると同時、翡翠色の瞳と目が合って息が止まる。
まさかこんなすぐに再会が叶うなんて。

(うそ…)

てっきり幻海が現れるかと思いきや、一番最初に未来を出迎えた、玄関扉を開けた人物は蔵馬だった。

未来…?」

唐突な再会に信じられない気持ちでいるのは蔵馬も同じようで、大きく開いた瞳に未来を映して離さない。

「うん」

「本当に?」

「そうだよ」

本当は聞き返さなくてもよいほどに、目の前の彼女の姿や微かな妖気は懐かしく、蔵馬が恋い焦がれていたものだった。

「さっき帰ってきて…」

言い終わる前に、引き寄せられて閉じ込められる。
包むように優しく、けれど絶対にもう離さないという意志をもって蔵馬が未来を抱きしめた。

「おかえり」

耳元で小さく告げられて、未来の涙腺が緩む。

抱きしめられて伝わる体温。
ほんのり香る薔薇の匂い。

自分が求めていたものは、欲しくてたまらなかったものはこれだったのだと実感して。

「蔵馬。……ただいま」

蔵馬の背中に手を回し、その温もりが夢でも幻でもないことを確かめる。

(夢みたい…)

鳴り止まない胸のドキドキは、きっと蔵馬に伝わってしまっているだろう。

「蔵馬、遅いよー!」
「誰だったんだべ?」

こちらへ駆けてくる足音が聞こえて、蔵馬の腕の中で未来は身体をこわばらせた。

(皆が来ちゃう!)

焦る未来だが、蔵馬は腕の力を解いてくれない。

「く、蔵馬、離して」

「やだ」

「え、ええっ…!?」

駄々をこねた子供みたいな言い方に未来があたふたしていると、クスッとからかうような笑い声を漏らして。

「あー!未来!」

鈴駒たちに気づかれる間一髪のタイミングで、未来を解放した蔵馬である。

「蔵馬…!心臓に悪いよ!」

顔を赤らめた未来が小声で責めるが蔵馬に悪びれる素振りはなく、ただこちらを向いて微笑んでいる。

(うわわっ…)

その表情がとても優しくて、また顔に熱が上ってきそうな気配を感じた未来は慌てて彼から視線をそらした。

未来だって!?」

鈴駒の声を聞きつけ、居間に残っていた他の者たちも玄関まで駆けつける。

「わーい!未来だーっ!」
未来だべ!会いたかったっちゃ!」

「鈴駒、陣…!わっ」

鈴駒が走ってきた勢いに任せ未来に飛びつき、二人まとめて陣が抱きしめる。

「だっはっは!未来が帰ってくるとはな!」
「最高のクリスマスプレゼントだ…!」

団子になっている三人を見て、酎が豪快に笑い、鈴木は感極まっている。

「こらこら、その辺にして未来を解放してやれ」

はあいと凍矢へ返事をして、鈴駒と陣は未来から離れた。

未来、どうしてここにおるのだ!?」

「実は死出の羽衣を被ったら…」

開いた口が塞がらない様子のコエンマが訊ねれば、未来はかくかくしかじかと事のあらましを簡単にまとめて話す。

「え~!?吏将と爆拳に会ったんか!?」
「オレの作った羽衣がそんなに役立っていたとは…!」

合間に漏らされた皆の反応は様々だった。

「なるほど、あんたがここに戻ってきたのは鈴木と死々若丸のおかげってわけかい」

「そうですね!鈴木、ありがとう。死々若にも今度会ったらお礼言わやきゃ」

「何言ってるんだ未来。死々若ならここに…」

鈴木が言い切る前に、未来は彼の肩に乗った手の平サイズの子鬼の存在に気づく。

「わー!可愛い!何この子、鈴木のペット?」

「なっ…誰がペットだこのバカ女!」

「うわ、喋った!鈴木、ちゃんと躾しとかなきゃ。こんな暴言吐くのよくないよ」

あまりの言われように、子鬼は怒りでわなわなと震えている。

未来、悪かった。ペットの教育不足は飼い主であるオレの責任だ」

「誰が貴様のペットだ!?」

「いだだだ、死々若、めっ」

一瞬のうちに子鬼の姿は消え、代わりに死々若丸が鈴木を羽交い絞めにしていた。

「えー!?あの子鬼って死々若の変身だったの!?」

未来が驚愕し、ドッと場に笑いが起こった。

「ところで、皆こそどうして師範の家にいるの?」

「オレが呼んだんだ。黄泉軍の戦力としてね」

答えた蔵馬に、ドキッと未来の胸が跳ねる。
半年で妖力値10万以上を目指すべく、六人は幻海邸で特訓しているのだと蔵馬は説明した。

(蔵馬は…めちゃくちゃいつも通りだな…)

声を聞くだけでこんなに動揺してしまう自分とは違い、蔵馬は至極普段通りで悔しい。

(そりゃあ告白されたの半年前だし、今は私の片想いだよなあって思ってたけど…)

でも。
あんな風に抱きしめられたら。

未来

先ほどの抱擁を思い出し、未来の頬がほてる。

未来?」

「は、はい!」

二回目の呼びかけで、心ここにあらずだった未来がやっと蔵馬に返事をした。

「ちゃんと聞いてた?」

「き、聞いてた!私がいなかった半年間で、情勢はまだ変わってないってことだよね」

「…ああ。だが近いうちに雷禅が死ぬ」

慌てて取り繕った未来を、蔵馬がそれ以上追及することはなかった。

(くそう。かっこいいぞ…)

見とれて上の空になってしまうくらい、もう未来は蔵馬に惚れているのだ。
恋心を認めてしまえば、平常心を保ったまま蔵馬と会話できていた昔の自分が信じられなくなる。

「その時に、魔界は大きく動くと思う」

黄泉、雷禅、軀。
今まで均衡のとれていた三者のバランスが崩れる日はすぐそこまで来ているのだと、蔵馬は語った。

「コエンマ様、大変です!未来が帰ってきたらしいんです!」

突如として開けられた玄関扉から飛び込んできたのは、ぼたんをはじめ霊界からやって来た三人組だ。

「特防隊は怒るというよりショック受けてますよ、未来のことがあって結界を強化したのにって。とにかく早く未来を見つけなきゃ、」
「異次元間の結界を未来さんが通り抜けた反応があって。特防隊のプライドはズタズタです。未来さんは今どこにいるのでしょうか、ジョルジュ心配で、」

「同時に言うな!聞き取れん!」

一刻も早く伝えなければと、思いつくままに喋っているぼたんとジョルジュ早乙女をコエンマが制する。

未来さん、おかえりなさい」

その脇を通り過ぎ、真っ直ぐ未来の方へ向かってきたのは雪菜だった。

「雪菜ちゃん、また会えてよかった!ほら、もらった氷泪石こうして首に下げてるよ」

「嬉しいです。身に付けてくださっていたんですね」

半年前、別れの際に雪菜からもらった氷泪石を未来はずっとネックレスとして首から下げていたのだ。

「えーー!!未来!?」
未来さん、いたんですか!?」

「気づくのが遅いぞ」

今さら腰を抜かしている二人にコエンマがツッコむ。

未来、本当に未来なんだね!?よかった、無事にここに着いてて!」

「ぼたん、ただいま!」

未来の両頬を確かめるように触ると、抱きつくぼたん。

「本当に未来、よく帰ってきたな。さて、今後の未来の身の振り方を考えるか」

再会を喜び合うぼたんと未来に目を細めつつ、霊界の統治者らしくコエンマが場を仕切る。

未来はまたうちに身を置くべきだろうね。ちょうど六人のための結界があるから、ここなら安全だよ」

「ワシもそう思う。未来がまたトリップできたのは結界を張っていた特防隊の過失。特防隊には未来を傷つけぬよう強く命じておくが、奴らが了解したとしても信用しきれんからな」

コエンマも幻海と同意見だ。
霊界特防隊が未来の命を狙ってくる危険性があるため、彼女には結界が張られ安全な幻海邸の中で過ごしてもらいたい。

未来、外出はオレと一緒の時だけにして下さいね」

「うん…わかった。蔵馬、ありがとうね」

自分の身を案じてくれている皆の気持ちを無下にしないためにも、一人での外出は避けるべきだと未来も思う。

(じゃあ、外出を口実に蔵馬と一緒に出掛けられるってこと…?)

不謹慎にも、ラッキーと思ってしまったことは許してもらいたい。 

「特防隊は未来を元の世界へ返すためのエネルギーを貯めようと、また躍起になるだろうな」

そのエネルギーを集める器となる、口元のおしゃぶりに手を当てコエンマが思案する。

「コエンマ様。でも私、またこの世界に戻ってきたからには滞在中に、特防隊の力なんて借りずに自由に異世界間を行き来できる能力を身に付けたいんです」

未来は真剣に、秘めていた意志をコエンマへ打ち明けた。

「闇撫の能力を極めるということか?そのためには樹の言っていた“師”とやらを探さねばならんが。まさか魔界へ行く気か?」

「場合によってはそれも厭いません」

「駄目だ。危険すぎる」

もっての外だと、間髪入れず蔵馬が反対する。

「魔界を探すのはオススメしないな。未来が単身で行くには物騒すぎる場所だ。まあいざとなれば、また死出の羽衣を使ってここに来ればいいだろう」

「死出の羽衣…」

凍矢の台詞がきっかけで、未来の頭に一筋の光が煌いた。

「そうだ!鈴木、私の師匠になってよ!」

「い!?」

突拍子もない未来の頼みに、すっとんきょうな声をあげる一同である。

「正気か?こんなのを師匠にするとは」
未来、明らかな人選ミスだよ!」

「ううん、鈴木ほど私の師匠にピッタリな人はいないよ。だって死出の羽衣を作った人だもん」

死々若丸と鈴駒が失礼極まりない発言を連発すると、未来は首を横に振り主張する。

「鈴木、お願い!」

「師匠…なんて美しい響きだ。オレが誰かの師匠になる日がくるなんて…」

未来に深く頭を下げられ、ジーンと感激している鈴木。

苦い思い出である戸愚呂との戦い。
屈辱の暗黒武術会。
幻海邸での特訓。
今までの日々が、走馬燈のように鈴木の頭の中を駆け巡る。

「おーい鈴木、見えてるかー?」
「早く未来に返事してやるっちゃ」

「ハッ」

酎と陣に顔の前で手を振られ、感傷に浸っていた鈴木が我に返る。

未来、光栄だ。オレを師匠に選んでくれるなんて恐れ多いぞ。オレでよければぜひ力になってやりたい」

「ありがとう!すごく助かるよ!」

未来はぴょんぴょん飛び跳ねんばかりに喜ぶが、鈴木は少し浮かない顔をしている。

「だが、自信はない…。オレにもさすがに未来がいた世界とこの世界の行き来を可能にする道具は作れん。死出の羽衣で未来がトリップできたのは、使用者が闇撫の未来だったからこそだ」

「もしダメでも、それは私の力不足が原因だし鈴木が責任を感じることないよ。修行の邪魔にならないように、短時間だけでもいいから力を貸してほしいの」

「わ、わかった…!出来る限り頑張るからな!」

こんなに誰かから必要とされ、頼られたのは鈴木の人生で初めてだった。感激のメーターが振り切れた鈴木は、熱く宣言する。

「ねー、せっかく未来が帰ってきたんだからさ、皆でクリスマスパーティーしようよ!」

鈴駒の提案に、皆が口々にいいねと同意する。

「でも晩飯といったらクソ不味い草しかないぜ?」

「今晩だけは特別に薬草はナシにしますか」

蔵馬の恩情に、やっとまともな飯にありつけると歓喜に沸く陣や鈴駒たち。
酎に至っては、酒が解禁できると喜びの涙まで流す始末である。

「よし、じゃあオイラたちは机のセッティングでもしてくるよ!」

結界外へ出られない居候中の六人は鈴駒を筆頭に、パーティーの準備のためリビングへ向かう。

「残りの者はそこのスーパーに行ってきな」

「了解さね!ついでに桑ちゃんたちも呼んでこようかね」

幻海が財布を預け、スーパーへと向かおうとするぼたん、コエンマ、蔵馬、雪菜、ジョルジュたち。

(あっ…!)

最後尾を歩いていた彼が玄関から出ようとした瞬間、とっさに未来は動いていた。

未来?どうしたんだ?」

引き留めるように腕を掴まれて、目を丸くした蔵馬が振り返る。

「あ…えっと」

蔵馬と同様、自分でもこの突飛な行動に未来は驚いている。
置いて行かないでほしいと、離れたくないと思ってしまった。
ほんのわずかな間でも。

「私も外に出たいな。蔵馬と一緒ならいいんでしょう?」

「何だそんなことか。もちろん」

恐る恐る訊ねれば、あっさり了承されて未来はホッとする。

「いいかな、師範…」

「さっさと行ってきな。当分一人で外出できなくなるんだから、蔵馬を頼れる時に頼って外の空気に触れとくんだね」

何もかも見透かしたような笑みを携えて、幻海は二人を送り出したのだった。

***

幻海邸の自室に置いていたコートを羽織り、未来は蔵馬たちと買い物へ出かけた。

(ほんと夢みたい…)

隣にいる端正な彼の横顔を、ちらっと未来は見上げる。

うっすら雪化粧の施されたホワイトクリスマス。
こんな特別感あふれる街並みの中を、蔵馬と二人で並んで歩いているなんて。

もう一生会えないのではと絶望し、泣いていた数時間前の自分に教えてあげたい。

(蔵馬。私のこと、まだ好き?)

なんてストレートな質問を再会早々する勇気は、未来にはない。
だから今は、蔵馬と共にいるこの幸せにただ浸っていたかった。

未来が戻ってきて驚いたよ」

さくりさくりと薄く積もった雪を踏みしめながら、蔵馬がこぼす。

「死出の羽衣を被ったなんて、どこへ行くかも分からないのに危ないことをするね」

幾分呆れた言い方をされたから、言い訳をさせてもらおうと未来は口を開く。

「全く考えナシだったわけじゃないよ。桑ちゃんが二回とも同じ場所にワープしてたから、私もそこへ行けるかなって」

「うん。……ありがとう」

思いがけず感謝の言葉を告げられて、驚いた未来は蔵馬を見つめた。

未来の危険な行動も、今回は咎められないな」

どこまでも優しい蔵馬の声と表情に、ぎゅうっと胸が苦しくなる。

「また会えて嬉しいよ。ありがとう」

ほら、また。
そんな風に微笑まれたら。

未来が愛おしい”って言われてるみたいで、勘違いしたくなる。

「私だって嬉しいよ…!」

五人で撮った写真に映る、彼の姿を見ているとギュッと掴まれた胸。
もう死出の羽衣でもトリップできないと思われた時に、見て見ぬふりをしてきたその気持ちが爆発して、認めざるをえなくなった。

蔵馬に会いたいって。
蔵馬が大好きだって。

「だって私、蔵馬に会いたいからここまで来たもん!だからあんな危険なことだってできて…!」

目を見開いた蔵馬の表情が固まる。

「……あ」

そこで未来は、自分が何を口走ったか気づいた。

(私、何言って…!?)

これじゃ告白同然だ。
カーッと頬が一気に熱くなる。

未来。今なんて?」

「な、何でもない!」

「オレに会いたいから来たって言ったよね?」

「聞こえてたんじゃん!」

恥ずかしさで蔵馬の顔が見れない未来だが、彼は詰問をやめてくれない。

「そうか……」

呟いたきり蔵馬が静かになって、未来は俯いていた顔を上げる。
すると口元を隠すように手で覆い、頬を朱に染め視線をそらした蔵馬がいて未来は息をのんだ。

(…なんだ)

照れているのは、自分だけじゃないのか。
気づいた途端、恥ずかしさよりも喜びの方が上回って、未来の胸を満たしていった。

「蔵馬、あのね」

ぐっと勇気を振り絞って、抱いた想いを伝えようと決意する。

「私、蔵馬のことが―」

「待って」

蔵馬に止められ、先を告げることは叶わなかった。

「その先は、オレに言わせてほしい」

ドキン。
ひときわ大きく未来の鼓動が高鳴る。

「蔵馬!未来!」

その時、前方から二人の名前を呼ぶコエンマの大きな声が、甘い空気を割って入った。

「早く早く!先行っちゃうよー!」

ぼたんがおいでと手招きする。
前を歩いていたコエンマ、ぼたん、雪菜、ジョルジュたち四人と、いつの間にかだいぶ距離が開いてしまっていたらしい。

「続きはまた今度」

密やかに蔵馬が言い、こくんと小さく頷いた未来

不思議だ。
気温は氷点下近いのに、なんだか身体がぽかぽかする。

「ごめん!今行くね!」

冷たい風をきって、早く頬の熱が下がるようにと願いながら、未来はコエンマたちの元へ駆ける。

(蔵馬。私、期待してもいいんだよね…?)

熱い抱擁も。
優しい眼差しも。
微笑みも。
さきほどの発言も。
未来を期待させるには十分だった。

両想いの気配にみるみる上がっていく口角を抑えられぬまま、未来は仲間たちと共に買い出しへ向かったのだった。

***

桑原や静流、螢子も駆けつけ未来と感動の再会を果たし、クリスマスパーティーは賑やかで楽しいものとなった。

「また明日、必ず来るから」

パーティーでは蔵馬と二人きりになれる機会はなかったが、帰り際そんな台詞を告げられて未来のテンションが爆上がりしたのは言うまでもない。

「こ~ろ~がる~ゆ~め~なんだよ~」

風呂上がり、大変気分のよかった未来は歌を口ずさみながら廊下を歩いていた。

「えらくご機嫌だね」

「師範!」

まあ入りなと、幻海が自室へ未来を招く。

「そういえば、まだちゃんと言ってませんでした。師範、ただいま」

一番未来がこの言葉を告げたかったのは、一番お世話になって一番長い時間を過ごした幻海師範だったのかもしれない。

「おかえり。思ったより遅かったじゃないか」

「師範、私が戻ってくるって分かってたんですか?」

「なんだかこうなるような予感がしてたよ」

いつ帰ってきてもいいように、未来が置いていった服や日用品を幻海は捨てずに残しておいたと言う。

「それで?戻ってきたからには、それなりの理由があるんだろうね」

半年前、並大抵の覚悟で未来は帰ったのではないと知っていたからこそ、幻海はそう考えた。

「師範。半年前に私が納得して、自分の意思で帰る決断ができたのは師範のおかげです。師範の言葉がなかったら、うじうじした気持ちのまま特防隊に流されて帰ってた…」

迷い悩む未来の背中を押し、一番大切なものに気づくきっかけとなったのは幻海との会話だった。

「そして、一度元の世界に帰ったことで大切な気持ちに気づけたんです」

「蔵馬だろう?」

ピタリと言い当てられて、固まる未来

「な、なんで…!?」

「見りゃ分かるよ。あんた、かなり分かりやすいからね」

ニヤリと口角を上げた幻海。どうやらこの聡明な年長者には、全てお見通しだったようだ。

「そんな私って分かりやすいですかね!?まさか皆にバレて…!?」

「幸いあたしみたいな察しのいい人間は集まってないから大丈夫だとは思うけどね。凍矢あたりは怪しいが」

鈍感ばかり呼び寄せたような集団だから気にするなと、さらりと暴言を吐く幻海である。

「で、今日めでたく蔵馬とくっついたってわけかい」

「いや、くっついてないですよ!」

真っ赤になって否定する未来の脳裏に、“続きはまた今度”と言った蔵馬の顔が浮かぶ。
確かにまだ付き合ってはいないけれど、そうなる日は近そうで。

(思い出したらまたドキドキしてきた)

今夜は眠れそうにない。

***

次の日。
世間はクリスマスだが、幻海邸の住人たちは今日も特訓に励んでいる。

案の定寝不足の未来は、時折あくびをかきながら昼食を作り皆へ振る舞った。

「手始めにオムライス作ってみたんだけど…」

「おお!すげー!」
「いただきまーす!」

蔵馬が支給した謎の草を使った美味しいレシピを考案しようと、未来は草を細かく刻んでオムライスに入れてみたのだ。

「でも本当にこの草の味、しつこくて。あんまり美味しくできなくてごめんね」

草の臭みと苦さをどうしても消すことができず、失敗したなと肩を落とす未来である。

「すごい…!すごいよ」

カラーンッと鈴駒がスプーンを皿に落とした音が場に響いた。

「鈴駒、そんなに不味かった…?」

「すごい!食べた瞬間に吐き気がこみ上げない!」

未来の懸念に反し、鈴駒は甚く感動している様子でオムライスを口の中へかき込む。

「オレ、これならお代わりできるだ!」
「すごいな、ここまで食べられる味にもっていくとは!」
「普通に噛んで飲み込める…!」
「食事の時間が苦じゃないぞ!」
「見直したぞバカ女」

皆から口々に賞賛?され、面食らう未来

未来、ありがとう!」

「よかった、喜んでもらえて」

決して誰も「美味しい」と言わないところは少々癪にさわるが。

「私も今日からこの草食べようかな。これ食べたら妖力アップするんでしょ?」

闇撫の能力を極めるべく、未来も草入りオムライスを頬張る。

(蔵馬、いつ頃来るかなあ)

想い人の来訪を、そわそわと待ちわびながら。

未来たちが微妙な味のオムライスを食している頃、畑中・南野家では。

「秀兄、何笑ってんの?」

蔵馬がリビングで紅茶を飲みくつろいでいると、小首を傾げた義弟に指摘された。

「笑ってないよ」

慌てて口を真一文字に結んでみせる。

まずい。
無意識のうちに口角が上がってしまっていた。

「ううん。絶対ニヤニヤしてたよ!」

声高に主張する様は純真無垢そのもので、今の彼の意識は完全に“畑中秀一”自身のものだろう。
その瞳の奥に、空が今も息づいているのは違いないが。

「秀一、昨日の夜からなんだかご機嫌よね」

母・志保利もニコニコして同意する。

「そう?気のせいじゃない?」

顔に出ている自覚はなかったから、的を得た母の発言に動揺した。

振り返れば、志保利は蔵馬が未来のことを好きだと唯一見抜いた人でもあった。
息子の感情の機微に敏感でもおかしくない。

加えて、今回は義弟にもバレてしまうくらい分かりやすく自分は浮かれていたのだから。

「昨日お友達と遊んだからかしら?」

結局両親よりも遅い時間に帰宅した蔵馬は、学校の友達と遊んでいたからだと説明していた。

半分嘘で、半分本当だ。
友達なのは確かだか、学校関係者はあの場に誰もいなかった。

「まあ、この様子だと本当に友達だったかどうか怪しいけど」

楽しそうに、鈴を転がすような声で志保利が言う。
彼女の頭には、きっと未来の顔が浮かんでいるのだろう。

「えー!秀兄、やっぱりイブに彼女と会ってたの?」

「違うよ。母さん勘ぐり過ぎだって」

「はいはい、ごめんなさい」

クスッと、蔵馬がよくするそれと同じ笑い方をして志保利が謝る。

「母さん。オレ午後から出掛けるから」

蔵馬は至極平然を装って、残りの紅茶を飲み干すと立ち上がった。

母の喜ぶ顔を見るのはとても嬉しい。
だが、同時に少々肝も冷やされた。

未来の帰還が義弟の身体に住み着く空に知られ、ひいては黄泉の耳に入るなんてことはあってはならない。

未来を三竦みの争いに巻き込みたくはない)

黄泉は未来に興味を持ち、癌陀羅へ招きたいと以前から述べていた。

(浮かれすぎてたな)

自省する一方、無理もないじゃないかと開き直る。

なんたって未来が戻ってきたのだ。
しかも、その理由が。

“だって私、蔵馬に会いたいからここまで来たもん!”
昨晩の未来の台詞を思い出して、また緩みそうになる頬を抑える。

“霊界からも、世界を全部敵にまわしても未来を守るからオレの傍にいてほしい”
未来が共にいることを望んでくれているのなら、半年前に飲み込んだあの言葉を告げてもいいのだろうか。

(早く会いたい)

早く未来の顔が見たい。
そして、また昨日のように彼女を抱きしめたかった。

未来を好きな気持ちは半年前から変わっていないと、今日こそ伝えるのだ。

「そう。いってらっしゃい」

行き先はどこかなんて野暮な質問はせずに、了承した志保利。

「私ももう少ししたら夕飯の買い物へ行こうかしら」

「これも洗っとこうか?」

「あら、悪いわね。ありがとう」

自身が使ったカップを洗おうとキッチンの流し場に立った蔵馬が、他のカップにも泡をつける。

「……」

食器を洗う義兄の背中へ、じっともう一人の秀一が探るような視線を向けていたのだった。

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