Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎73✴︎種明かし
「てめェがオレに勝てない理由その5。その女を殺さない限り、オレが死ぬことはないからだ」
耳を疑うその台詞に、しばし時が止まったかのような感覚に陥る。
「オレを倒すにはその女を殺す必要がある。だがてめェにそれが出来るか?」
「何意味の分からねーこと言ってやがんだ仙水のヤロー。そんな空事でオレたちを動揺させる作戦かァ!?」
「つくならもっとマシな嘘をつけと言いたくなるぜ」
珍しく意見の一致した桑原と飛影。
馬鹿げた戯言だと切り捨て、信じる気にもなれなかった。
(確かに信じ難い、全く道理にかなわない話だ。だが…!)
だが、どうして仙水がそんな嘘をつく必要がある。
意味なく根も葉もない嘘を仙水がつくとは考えられず、蔵馬はじとりとした嫌な汗をかく。
「何ふざけたこと言ってんだテメーは…ぐっ」
「あっ…幽助、待って」
起き上がろうとしたものの十分にまだ回復しておらず、痛みに顔をしかめた幽助を介抱する未来。
仙水の発言に胸中穏やかでない未来だったが、その動揺を払拭するように幽助へ聖光気をおくることに専念する。
「忍、何を言っておる。未来を殺さぬ限りお主が死なないなど…そんな滅茶苦茶な話があるわけなかろう。とにかく、もうこんなことはやめろ。これ以上罪を重ねるな」
「オレは忍じゃねえ、カズヤだ。てめェの指図なんざ受けねえよ」
真摯に語りかけるコエンマだが、仙水は耳を貸そうとしない。
「と言っても誤解するなよ。今回の計画はオレたち全員で決めたことだ」
「オレたち…仙水さんの別人格のことだな」
仙水の言う“オレたち”が自分や天沼、刃霧、神谷たちではないと御手洗は悟る。
「そうだ。仙水の中には忍も含めて七人の人格がいると言ったな」
樹によると、主人格が忍で他に戦いを担当する人格が三人、家事など別のことを担当する人格が三人いるという。
「女性の人格も一人いて“ナル”という名の泣き虫役だ。彼女は内気で純情で傷つきやすくオレはよく悩みを打ち明けられて彼女を慰めた」
オレは忍の次に彼女が好きだった、とこぼす樹。つくづく仙水への偏った愛を抱いている男である。
「異世界から人間…しかも女性が来ると知った時のナルの取り乱し様は今まで類を見ないほど激しかったな。なだめるのにどれだけ手こずったか」
「異世界から来る人間って…私のことだよね。私が来ること事前に分かってたの?」
驚く未来が外界から問いかける。
「オレは闇撫、次元を操る妖怪だ。次元の微かな歪みを君が来る数日前から感じていた。異世界から人間が訪れるであろうと察するのは容易だった」
「私が女性ってことまで何で分かったの」
「いい質問だ。だが今は答える時ではない」
「それに何故私が来るからってナルという人格が取り乱すの…」
「その答えは焦らなくてもすぐに教えるさ」
あまりにも不可解なことが多すぎて、訝し気な顔をした未来の質問を、樹がはぐらかした。
一方、仙水と対峙するコエンマは、忍を出せ、と命じるも断られていた。
「だが今のワシの言うことは忍にも聞こえているはずだな。今からでも遅くない。こんなバカなマネはやめるんだ」
「手遅れだぜよく見ろよ。既に穴は安定期をこえた。もう開くのを待つだけなんだよ」
仙水の言う通り、洞窟の奥の空間には暗い大きな穴が開き、魔界の瘴気が漏れ出している。
「穴が開いたその上からさらに強力な結界をはることはできる」
コエンマの口から、未来たちの前で初めておしゃぶりが外された。
「数百年後に訪れる暗黒期を抑えるためにワシの霊気を凝縮している魔封環。今ここで使わざるをえまい」
数百年分のコエンマの霊気が集められているおしゃぶりは、光を放ち強大なパワーを秘められていることが分かる。
(霊界の方々が私のために霊気をああやって貯めていてくれたけど…コエンマ様は、ずっと前から暗黒期のために霊気を凝縮していたんだ!)
自分を元の世界に帰すには莫大なエネルギーが要るため、霊界の者たちがおしゃぶりをしてくれていたことは未来も知っていた。
しかし、コエンマが四六時中つけているおしゃぶりに、こんな真面目な秘密と理由があったとは思いもよらなかった。
「ここでお前の計画は崩れる。ワシを殺してこれを奪わぬかぎりな」
「てめェ…本気みてェだな。だが言ったじゃねーか、その女が生きてる限りオレは死なねえ。魔封環を使っても無駄だ。有効に使いたかったらその女殺してからにするんだな」
「そんなでたらめを言ってワシに魔封環を使わせんつもりか?」
「そろそろてめェらも理由が知りたいだろ。教えてやるよ」
ドキンドキンと、未来の心臓が早鐘を打つ。
自分の生死に関する事柄だから無理もない。それに、未来には仙水が嘘をついているようには見えなかった。
「オレの魂の一部がその女の中に生きてるんだよ。もしオレが瀕死状態に陥っても、その女に宿るオレの魂が生を繋き死には至らねェ」
「はああ!?」
裏男体内から桑原が意味不明だと叫び、飛影と蔵馬、御手洗は眉間の皺をさらに深める。
「魂の一部が生き残っている限り人間が完全に死ぬことはなく復活可能。そうだろ、コエンマ?」
「それはそうだが…だが…」
「混乱するのも無理はない。オレが解説しよう」
樹が語り部を名乗り出た。
「ナルという女性の人格が仙水にはあると言ったな。彼女はオレとよく似た未来がこの世界に来ることを知り発狂した」
「貴様と未来が似てるだと?ふざけたことをぬけぬけと」
「そうだぜ!失礼にもほどがあんだろうが!未来ちゃんはテメーみたいな変態じゃないぜ!」
飛影・桑原コンビに罵倒されるも、樹は顔色を変えない。
「オレは闇撫、次元を操る妖怪だ。結界に阻まれることなく次元を自由に行き来できる未来と似ているだろう」
樹の言うことも些か的を得ており、飛影と桑原は言葉に詰まる。
「オレと似た女性の存在がナルは許せなかった。未来に嫉妬したナルは、彼女にオレがとられるんじゃないかなんて無用な心配もしてたみたいだ。可愛いところがあるだろう?」
「ああそうだな、まっったく要らねー心配だぜ」
厭味ったらしくイライラした口調で桑原が同意する。
「取り乱すナルは自分の魂の一部を未来に寄生させたいと言い出し、オレたちは未来がこの世界へ来た直後にそれを実行した。未来はトリップの衝撃で意識がなかったから気づかなかっただろうけどな」
トラックに轢かれると思って咄嗟に瞼を閉じて…目を開けると、気づけば未来はこの世界にトリップしていた。
トリップした未来が意識を失っている間に、樹は仙水の魂の一部を彼女に植え付けたというのか。
「そんな…魂をバラバラにできるまで…それほどまで、忍の心は脆くなっていたのか…」
悲痛に顔を歪ませたコエンマが、ガクリと地面に膝と手をつき打ちひしがれる。
「コエンマ様…魂を分裂させるなんてことできるんですか?」
幽助に聖光気をおくり終えた未来が、大きな衝撃とショックを受けながらも、震える足を奮い立たせ、コエンマの元へ歩み寄る。
「普通の精神状態の人間には到底できない。ひどく傷つき、崩壊寸前の魂でないと不可能だ。加えて、身を引き裂かれる以上の苦痛を味わう行為だ…」
「仙水はもう痛みに麻痺していた。魂を切り取るくらいわけなかったさ。人間に幻滅し絶望した仙水の心はすでにボロボロだった」
多重人格は精神疾患だ。仙水はきっと、心的ストレスから逃避するため多くの人格を作り出したのだろう。
「ナルは未来の中に自分が生きていることで、心の均衡を保ったんだ。未来は自分の一部だと考えれば嫉妬に苦しまずにすむ」
ナルが自分の魂を未来の魂に融合させたのも、嫉妬からの逃避行為である。
「ナルはうっとりした表情でよく言っていた。“未来…お前は似ている…私と樹に…”とな」
そのナルの表情を思い出しながら述べた樹の顔も、うっとり恍惚としていた。
「まだ…まだオレは信じられねえぜ!でたらめかもしれねえ!」
信じられないというより、信じたくないのだろう。
桑原が叫び、樹に食ってかかる。
「百聞は一見に如かず…あれを見たら君も納得するだろうが、そのためには忍を出す必要があるな」
「ごちゃごちゃうるせー…」
静かに立ち上がったのは、それまでずっと黙っていた幽助だった。
「未来にてめーの一部が生きていようが問題ねェ。殺すことが不可能なら、てめーを死ぬ寸前までボコボコにすりゃいい話だろ」
幽助の出す答えはいつだってシンプルで。
彼らしく、真っ直ぐだ。
「穴なんかもうどうでもいい。後のことなんざもう知るか。てめーと白黒つければそんでいい」
「奇遇だな。オレも同じ気分だぜ」
「おいてめーカズヤとかいったな。他の奴と変われ。さっきまでオレと戦ってた奴でいいからもっぺん出せ」
幽助の命令に、仙水から笑みが消える。明らかに機嫌を損ねたようだ。
「何言ってやがるバカが!さっさとかかってきやがれ」
「てめーじゃ役不足だっつってんだよ馬鹿野郎」
幽助の何発もの重いパンチを腹にくらい、仙水が呻き声をあげ、その場に崩れ落ちる。
「これでわかったろ。てめーの中で一番強い奴出しやがれ」
「ゲホッ…ぐおお、おう……………」
悶え苦しんでいた仙水が静かになったかと思うと、すっと流れるような動作で立ち上がった。
「…てめー誰だ?」
身に纏う雰囲気と顔つきが変わった仙水に、幽助が問うと。
「忍ですよ。はじめまして」
気味の悪いほど穏やかな笑みを浮かべて、そう彼は名乗った。
「今の…今の仙水さんには危なさも冷静さも全てある。欠けたものが全て埋まったみたいな完全さを感じる」
初めて正体を現した“忍”の姿に、御手洗は戦慄する。
(今までの仙水とは比べものにならねェ)
ようやく全てを見せようとしている仙水に、幽助は生唾を飲み込んだ。
「よろしく」
「ふざけんじゃねェー!」
差し出された左手に、プチンとキレた幽助は仙水に殴り掛かるも、あっさりと避けられ逆に連続でキックをくらってしまう。恐ろしいほど無表情で仙水はキックを続けていた。
「あ…あ…げはっ」
「よろしく」
ようやく攻撃をやめた仙水は、地面に伏せた幽助の腕だけ無理やり持ち上げ、強引に握手を交わす。
(あ…あんな人の魂が、本当に私の中にほんの一部でもあるの?気持ち悪い…!)
大事な仲間を傷つける仙水の魂が自分に宿っているなんて、未来は吐き気がするほど嫌だった。
幽助との握手を終え、おもむろに仙水が黄金の力を放出し始めた。
霊気でも、妖気でもない。
「未来と似ている…」
驚きで目を見開いて、蔵馬が小さく呟く。
「聖光気!?幻海すら持ち得なかった究極の闘気を、お前はこの十年たらずで…」
呆気にとられるコエンマの言葉で、未来は思い出す。
“あんたの気には聖なる力を感じる。聖光気の一種だと思うが…。だが聖光気は霊能力を究極に極めた者だけが手にすることの出来る力。なんであんたのような小娘が…。しかも攻撃性のない聖光気なんて聞いたことがない”
幻海と初対面した時、たしかに彼女はそう言っていた。
ずっと疑問だった。
何故自分がそんな力を持っているのか。
「未来が聖光気を使えるのは仙水の魂の一部が彼女の中に生きているからだ。攻撃性がなく当てた相手をパワーアップさせる気弾なのは、未来に強大な力を操る器がなかったからだろう」
黄金の輝きに包まれ神々しい仙水の姿に見惚れる樹。
「だが聖光気は聖なる力…元々は未来の聖光気のように攻撃性のない守護の力が宿る気なのかもしれないな」
「未来。君をここに呼んだ理由を教えてあげようか。オレが望んだからなんだ。どうしてもオレは君に洞窟に来てほしかった」
幽助から未来に視線を移した“忍”が語りかける。その声は、不自然なほど優しくやわらかだ。
「君を殺すためにね」
ひやりとした寒気が、未来の背中を這った。
声色とは不釣り合いに物騒な仙水の発言に、頭を鈍器で殴られたかの衝撃で誰もが言葉を失う。
「君を捕らえたままにしていてもよかったが、天沼と仲良くなっていたみたいだから一度解放することにしたんだ」
未来にはぜひ天沼の死に立ち会ってほしかった、と仙水はニッコリと笑って言う。
「ミノルやカズヤは君を生かしたがっていたが…気持ちは分かる。未来が生きている限りオレは不死身だからな」
だがな、と“忍”は続ける。
「君も他人の魂が自分の中にあるなんて虫酸が走るだろ?オレも気味が悪いよ。自分の魂の一部が他人の中にあるなんて。それに未来がいなくてもオレを倒せる者はいない。不死身である必要はないさ」
他の人格は許せても、忍には他人に自分の魂の一部があるなんて耐えられなかった。彼らの反対にあいずっと未来を殺すのを我慢してきた忍だが、もう辛抱できなくなっていた。
「だから殺す。オレの魂ごと君を消す」
今度は感情のない、ひどく冷えた声で仙水が告げた。
「や、やめろ!」
一歩、一歩と未来に近づく仙水の前に立ちはだかったのはコエンマだ。
「何の罪もない、まだ年端もいかない娘を殺すというのか!?お前の身勝手な理由で!」
「未来を殺すのはお前にだって好都合なはずだ。これで魔封環が使えるぜ?まあ最もその前に没収するがな」
目にも止まらぬ早業で、仙水はコエンマの手から魔封環を奪い取った。
「なっ…忍!」
「そこをどけコエンマ」
「絶対に通さん!思い留まるんだ忍!」
これ以上は進ませないとコエンマは両手を広げ、未来を殺しに向かおうとする仙水を阻む。
「じゃあお前にも死んでもらう」
仙水が拳を振り上げ、コエンマの身体は洞窟の端に吹っ飛ばされた。
「大丈夫だ未来、痛くはしない。一瞬ですませるから」
コエンマを黙らせた仙水は、未来の元にまた一歩一歩近づく。
「やめろー!!」
満身創痍のはずだった幽助に殴られ、仙水の身体がのけぞる。
「まだそんな力が残っていたとは…少し本気を出すのが礼儀か」
感心したように呟いた仙水が、聖光気の出力を強める。
「弱いものいじめになってしまうかもしれないがな」
仙水は幽助に反撃の隙を与えず、猛攻を加える。
あっという間に戦闘不能状態になった幽助が、地面に倒れた。
力の差は、残酷なほど歴然だ。
「邪魔が二つも入ったが、お待たせ、未来」
こちらを真っ直ぐ見つめ近づく仙水に射すくめられ、恐怖で未来は固まる。
「させるかよ…」
フラフラになりながらも、幽助は立ち上がった。
「未来!オレに聖光気を当てろ!」
幽助が叫ぶが、未来はビクッと肩を揺らすだけで動かない。
「おい未来!早くしろ!」
幽助に怒鳴られ、反射的に未来は聖光気弾を彼に放つ。
スタミナが復活した幽助は、再度仙水に殴り掛かった。
聖光気では身体の傷は癒えず、痛みに顔をしかめながらも攻撃を続ける。
「やられる度に未来の聖光気で復活し彼女を殺すのを阻止するつもりか?こんなことを繰り返してもオレは倒せない。そのうち穴は開き切ってしまうぞ」
「言ったろ、もう穴なんざどうでもいいんだよ」
体力と霊力が全回復した幽助は、今度はすぐ仙水にやられることはなかった。
何度パンチを受けても、攻撃の手を休めず敵に喰らいつき続ける。
(どうして、どうして私は…)
洞窟の隅で倒れているコエンマと、懸命に闘う幽助の姿を未来は視界におさめる。
(仲間が傷つけられている光景を、ただ黙ってみていることしかできないんだろう…)
未来は金縛りにあったように固まって動けなかった。
どうしてか?
分かっている。自分が弱いからだと。
身も心も弱いからだと。
幽助もういいよ。大人しく殺されるから。
喉まで出かかった言葉を、声に出すことが出来ない。
心の整理が追いつかない。
死ぬべきだとは分かっている。
自分が生きている限り、仙水は倒せない。
人間界を救うためには自分の犠牲が必要だ。
でも、いきなりそんなことを言われてすぐには納得いかない。はいそうですかとは死ねない。死ぬのは怖いよ。
洞窟に入る時、相応の覚悟はしていたつもりだったけれど…全然、できていなかった。
「逃げろ、未来…」
気を失う寸前のコエンマがうわ言のように呟くも、未来は呆けたように遠くの一点を見つめている。
私には、人間界のために死ぬ勇気もなければ、仲間を置いて逃げる勇気もない。中途半端でずるい奴だ。
そう自覚し軽蔑しながらもなお、未来は棒立ちになったまま動けなかった。