Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎72✴︎勝てない理由
外界で決戦の火蓋が切られた一方、裏男体内では。
「オレにやらせろ、気がおさまらねー」
「はやるな。お前たちとやる気はない」
勇猛果敢に挑みかからんとする桑原を、落ち着いた声で樹が制する。
「立場は違えどお互い一人の男に魅かれ行動を共にした。違うかね」
「けっ。できれば教えてもらいたいもんだな。あの仙水のどこが気に入ったってんだよ」
吐き捨てるように言った桑原に、全てさ、と樹が答える。
「彼の強さも弱さも純粋さ醜さ哀しさ全て。あいつの人間臭さ全てに魅かれていった」
樹は仙水と初対面した時の出来事を語る。自分は唯一仙水に殺されなかった妖怪なのだと。
それは、とどめを刺される間際、樹がほんの少し人間臭さを口にしたからだった。
「天地がひっくり返るほどの衝撃を受け、妖怪にもいろんな奴がいるんだなと言った仙水の顔は年齢以上に幼く見えた。時限爆弾と恋人をいっぺんに手に入れたような気分だったよ」
「オイオイ段々話が妖しくなってきやがったぞ」
顎に手を当て恍惚とした表情で述べた樹に、苦虫を噛み潰したような顔をする桑原。
「お前なら止めることができたはずだ。仙水がこうなる前に」
「わかってないな。オレは彼が傷つき汚れ堕ちていく様子をただ見ていたかった」
蔵馬の発言に首を横に振り、樹は仙水への歪んだ愛情を語った。
「キャベツ畑やコウノトリを信じている可愛い女のコに無修正のポルノをつきつける時を想像するような下卑た快感さ」
突然アダルティーな方向にシフトしていった樹の話に、未来はギョッとする。
「ちょ…やめてください!飛影がいるのに!」
「おいそれはどういう意味だ」
ガキ扱いされた飛影が思いっきり顔をしかめる。
「その点人間の醜い部分を見続けた仙水の反応は実に理想的だったな。割り切ることも見ぬふりもできずにただ傷つき絶望していった。そしてその度強くなった」
未来の咎める声も無視し、樹は快感にうち震えていた。
「吐き気がしてきたぜサイコ野郎め。諸悪の根源はテメーみたいな気がしてきた」
桑原の言葉が全員の総意であり、皆が到底理解できない樹の思考にドン引きしていた。
「誤解は困る。オレが仙水を仕向けたわけじゃない。オレはただの影。変わっていく彼を見守り彼の望むままに手を貸しただけだ」
「できるならこの場でお前を殺してやりたいよ」
「賢明な君ならそれができないことも分かっているだろう。オレを殺せば永遠に裏男の腹から出られない」
慧眼を持つ蔵馬に目を細め、樹が微笑をたたえる。
未来たちは、おとなしく幽助と仙水の闘いを見守るしかないのだ。
幽助のパンチが頬にヒットしても表情を変えず、いまだ余裕綽々の仙水。
「君はオレに勝てない」
「ああ?」
ふざけた物言いをする仙水に、幽助はガンをとばし殴り掛かる。
しかし、いとも簡単に避けられてしまった。
「君が勝てない理由その1。オレには君の攻撃がなんとなく読める」
数々のキャリアを積み百戦錬磨の仙水と幽助の間には、経験値に雲泥の差がある。
戦いで培った勘が、仙水を反射神経より早く動かし致命傷を避けさせるのだという。
「ケンカの数なら負けてねー!」
筋金入りの不良・幽助が仙水の不意を突き、連続パンチをお見舞いする。
その名も内臓殺し。桑原が一週間食事ができなくなったという幽助の必殺技である。
「やれやれ。服が破けてしまった」
内臓殺しを受けてもなお、仙水は涼しい顔をしている。
露わになった彼の上半身は、思わず目を覆いたくなるほど傷だらけだった。
「あれは仙水が修行中に自ら負った傷だ。敵につけられたものなど一つもない」
驚いて声の出ない未来たちの横で、樹が誇らしげに呟く。
「少々本気を出すか」
仙水の作り出した何百もの霊気の球が、一斉に幽助を狙う。
いかんせん数が多すぎて、幽助は避けきれず身体中に攻撃をくらった。
「幽助…!」
負傷し倒れた幽助を心配し、未来が息をのむ。
「ふぬっ。まだまだ!」
「君が勝てない理由その2。君は多角的な攻撃にひどく弱い」
起き上がった幽助のタフさに感心した仙水だが、確実に敵の弱点を見抜く。
いつも一人で大勢の相手を敵に戦ってきた己と対照的に、幽助は一対一の戦いに慣れ過ぎているのだと。
「そして決定的な理由その3。霊気の全容量すなわち霊力値の差だ」
さきほど多くの霊気を放出したにも関わらず、また同じ数の霊気の球を作り出す仙水。幽助には絶対にできない芸当である。
「君の霊力値を10とすると、オレは100だ」
その数字は、幽助を、蔵馬を、未来を。
仲間たち全員を、絶望に陥れた。
ぐぉぉぉおおぉぉ…
しかし、そんなシリアスな雰囲気を一瞬で払拭する気の抜けた音が辺りに響き渡る。
「く、桑ちゃん!?」
未来をはじめ裏男体内の者たちは、一斉にその腹の音の主の方へ視線を向けた。
「桑ちゃん、お腹空いてるの?」
「ああ…朝から何も食ってねーし…」
桑原が答える間にも、ぎゅるるるるとまた緊張感の欠片もない腹の虫が鳴る。
「つくづく呆れる奴だぜ。冗談は顔だけにしろ」
「なっ…生理現象だ仕方ねーだろうが!世紀の美男子桑原和真様に向かってその言い草はなんだゴラァ!?」
呆れ顔の飛影が呟けば、その胸倉を桑原が掴む。
「…いつもこんな感じなのか?」
「ウン。お決まりのやり取りだよ」
止めなくていいのだろうかと迷い、しかしそれが何度となく繰り返されている光景のように感じた御手洗が問うと、苦笑いの未来が肯定する。
「ちょっと飛影!こんな時に渡すものがあるでしょーが!」
未来にそそのかされるも、要領の得ない顔をする飛影。
「ほら、覚えてない?おにぎりだよ!」
「……」
全く不服そうな飛影だったが、渋々ポケットからおにぎりを取り出すと桑原に差し出した。
「ああ?なんだこりゃ」
「ぼたんとジョルジュ早乙女さんが作ってくれたおにぎり!飛影ね、自分の分は食べずに桑ちゃんに持ってきたんだよ」
嘘はついていないのだが、なんだか語弊のある言い方をした未来。
「飛影が…?」
意外そうに目を見開いた後、空腹に耐えきれず桑原はムシャムシャとおにぎりを頬張る。
「なんだ飛影、詫びの品にしちゃ随分質素じゃねーか。ま、今回は寛大なオレ様の心に免じて許してやってもいいぜ。テメーに協力してやるよ!意味はわかるよな?」
四次元屋敷での別れ際、桑原は飛影の恋を応援し協力する約束ナシな!と怒ったのだがそれをチャラにしてやると言っているのだ。
そもそも桑原が協力を申し出たのは、飛影に貸しを作っておくのも悪くないという不純な動機からだったが。
「フン…貴様のような馬鹿の協力などいらんと言ったはずだ。あっさりと敵に捕まりやがって間抜けめ」
「何だとォ!?…って、何笑ってんだテメー」
刃霧戦後に想像した通りの反応が可笑しかったからなんて、分かった者は飛影本人以外いないだろう。
「協力?何の?飛影、私も出来ることだったら手伝うよ!」
「おお、飛影よかったなー!未来ちゃんが協力してくれるってんならお前の願い叶ったも同然じゃねーか!」
「貴様…」
ニヤつく桑原にからかわれ、怒り心頭の飛影がわなわなと身を震えさせる。何も言い返せないのが悔しい。
「…闘い、見なくていいんですか」
そんな彼らに、蔵馬からごもっともなツッコミが入る。
未来たちが桑原の腹の音に気を取られている間も闘い続けていた幽助は、仙水に馬乗りになり猛攻している真っ最中だった。
「一気に攻めろ浦飯ィー!」
その調子だと桑原が叫ぶも、大きな銃声が響き幽助の身体は吹っ飛ばされる。
仙水が右腕に仕込んでおいた銃で、幽助を撃ったのだ。
「くそガキがァァいつまでも調子に乗ってんじゃねー!!」
「入れ替わったか。腕に仕込んだ気硬銃が使えるのはカズヤだな」
いきなり口調も顔つきも変わった仙水に、一同が呆気にとられる中、樹だけは平然と述べる。
「…多重人格…?」
「その通り。終わらない闘いの中で仙水が自ら創り上げた哀しい別人格さ。仙水の中には忍を含めて七人の別人格が住んでいる」
閃いた未来の小さな呟きに、憂いをおびた瞳で樹が頷く。
「な、七人!?」
かつての仲間であった御手洗も知らなかったらしく、明かされた衝撃の事実に二の句が継げない。
「さっきまで闘っていたのは理屈屋のミノル。プライドが高くお喋りだ。浦飯に思わぬ反撃をくらったのがショックでカズヤと交代したな」
樹によればカズヤは七人の中でも殺し専門で、赤子さえ喜んで殺す殺人狂だという。
「ミノルが喋ってた続きだぜ。てめェがオレに勝てない理由その4。カズヤが出てきたからだ」
「うあぁあああ!!」
仙水が連続で幽助に銃を撃ち込み、銃弾の貫通した箇所からとめどなく血が流れて周囲に血だまりを作る。
(幽助が…本当に殺されちゃう…!)
幽助の苦痛の叫び、一方的に嬲られ痛めつけられる姿に呆然とする未来だが、回らない頭で感じた思いはただ一つ。
“彼を助けたい”
未来は自分でも気づかぬうちに裏男体内から飛び出していた。
「未来!」
蔵馬や飛影が気づいたときには、既に彼女の姿は外界にあった。
「くそ、止められなかった…」
「こういう時だけあいつはいやに俊敏になりやがる」
「未来ちゃーん!戻ってこーい!」
蔵馬、飛影、桑原は未来の身を案じ頭を抱える。裏男の中から出られないのがもどかしい。
「……」
一方の樹は、幽助の元に駆けていく未来を見定めるように目で追っていた。その顔はひどく無表情だ。
「お別れだ。あばよ」
幽助の喉元に銃口を向け、ついに仙水がトドメをさそうとする。
「やめて!!」
「忍、待て!」
洞窟内に響いた大声は、未来のものだけではなかった。
「コエンマ様!?」
霊界の長の登場に、未来は目を見張る。
「忍…もうやめろ」
コエンマの言葉に仙水は手を止め、そして気づく。幽助の指先に込められた霊気に。
「ち…まだそんな力が残ってたか。油断もスキもあったもんじゃねえ」
そう言うと、幽助の身体を蹴り飛ばし彼から距離をとった。
「ぐっ」
「幽助!」
地面に強く叩きつけられ呻く幽助の元に、未来が駆け寄る。
「とんだ邪魔が入ったぜ…奴が近づいたスキに特大の一発くらわして…やれたのに…」
「文句なら後で聞くよ!早く止血しないと…」
未来は持っていたハンカチを最も出血のひどく、だらだらと血を流し続ける幽助の腹部に押し当てる。
「ごめんね、ごめんね…」
「何でお前が謝ってんだよ」
こんなことしかできなくて申し訳ない。
幽助ばっかに任せて。
私はいつもそうだ。何も出来ない。
皆に守ってもらってばかり。
ああもう、何故こんなことになったの。
いろんな思いがぐちゃぐちゃで、思いをまとめられずひたすら口をつくのは謝罪の言葉。
「…未来。泣くな」
「涙も出るよ…あんな姿見せられたら」
静かに涙を流し懸命に手当てをしてくれる彼女の横顔を、幽助は決まり悪そうに見つめていた。
「あっ聖光気!?余計なことすんなテメー」
「よく言うよ!そんなボロボロの身体で…」
もう仙水との闘いは止められない。
幽助も止める気はないだろう。
幽助はフェアじゃないと怒るかもしれないが、未来の中で仲間に死んでほしくないという強い思いに勝るものはなかった。
闘いにおける男のプライドやポリシーを、優先してやる気持ちにはどうしたってなれない。命懸けで闘う彼らが望まない行為だと理解はしていても。
戸愚呂以上に強敵である仙水との闘いで、未来は幽助が死なないよう、できる限りのことをしたくて聖光気を彼におくる。
「…ったく…クソ、男は女の涙に弱いってのは本当だなこりゃ」
彼女の気持ちも痛いほど分かる幽助だから、未来のやるままにさせ、それ以上何も言わなかった。
いつもなら怒って止めていたかもしれないが…
何故か、今日はそうする気にならなかった。
彼女の涙に心動かされたからなのか。
それとも、これから起きることを心のどこかで予感していたからなのか。
一方、蔵馬と飛影は裏男体内から無言で二人を見守っていた。
幽助が九死に一生を得、未来の治療を受けられてよかったと思っているのは確かなのに、根付いた嫉妬心が存在を主張する。
自分以外の男のために泣かないでほしい。触れないでほしい。
どこまでも卑小な自分に嫌気がさした。
「聖光気か…くくく。てめェが勝てない理由をもう一つ言い忘れていたぜ」
未来と幽助の姿を視界におさめた仙水が、嫌な笑みを浮かべる。
「てめェがオレに勝てない理由その5。その女を殺さない限り、オレが死ぬことはないからだ」
耳を疑うその台詞に、ひゅっと誰かの喉奥が鳴った。