Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎71✴︎心の声
時折御手洗が道案内をする以外は、無言で洞窟を進む一行。
誰も歓談する者はいなかった。
できる空気ではなかった。
暗い洞窟の奥、広々として昼間のように光の差し込む場所についに一行は辿り着いた。
ここが最終決戦の舞台だ。
「ふひゃめひ!」
猿ぐつわを咥えさせられ、身体を縛られた桑原が叫ぶ。
隣には穴を開けていた張本人・樹であろうグリーンの長髪をした細身な男と、巻原が立っていた。
「ようこそ」
そして、ソファに鎮座しているのは全ての首謀者・仙水忍。
奥の空間からは魔界の瘴気が漏れ、穴が開く寸前であることが窺える。
「穴はすでに樹の手を離れた。開通するまであと三十分といったところか」
「早く桑原を返しやがれ」
「巻原を倒したら桑原くんは君たちに返そう」
あっさりと交換条件を提示してきた仙水。
彼に命じられた巻原が、その巨体を揺らし幽助たちの前へ躍り出る。
「御手洗さー、頭ん中桑原助けることばっかじゃん」
一同が驚く暇のないまま、間髪入れず巻原は続ける。
「飛影って人は未来ってコを守ることで頭いっぱいだし。そんなに心配しなくてもオレ女の子には優しいから大丈夫だよ」
馬鹿にするように巻原は言い、動揺する飛影の様子にさらに口角を上げる。
(え…?)
思わず未来は飛影の方を見たが、目が合うと気まずそうな彼に顔をそらされる。
「未来はさ、何故この場に自分が呼ばれたのか気になるんだね。さあねー、仙水さんに聞いてみないとオレも知らないや」
次から次へと仲間や自分の心を読んでいく巻原に、未来はたじろいだ。
そこで、まさかと思いつつ一つの仮説が頭に浮かぶ。
「ピンポーン、その通り。室田って奴の能力はオレが食っちゃった」
「ヤロォ!」
「手を出すな」
こめかみに青筋を立て一歩前に出た幽助を、蔵馬が阻む。
「こいつはオレがやる」
ヒュッと風を切り、蔵馬が薔薇棘鞭刃(ローズウィップ)をしならせたかと思えば既に巻原の顔は真っ二つに切断されていた。
「あ…!」
一瞬で巻原を無残な姿にした蔵馬に、肩を縮める未来は言葉らしい言葉が出ない。
(蔵馬が…完全に冷酷に徹した…!)
おびただしいほど血が吹き出し、真っ赤に染まる辺りと割かれた首の断面。
吐き気を催す光景に、未来は口元を押さえる。
「見え透いた芝居はやめろ。立て戸愚呂」
「くくく」
倒れた巻原に蔵馬が命じると、むくりと起き上がった頭部のない身体から、見覚えのある顔が生えてきた。
切断された首から生えてきたのは戸愚呂兄の頭だった。
巻原の意識は既になく、美食家(グルメ)の能力で喰われた戸愚呂兄が逆に乗っ取ったのだ。
武術会の後、命からがら生き残っていた戸愚呂は仙水と出会い、手を組むことにしたという。
「ひゃははは、蔵馬、そんなに天沼を殺したのが悔しいか?顔と裏腹にハラワタ煮えくり返ってるみたいだなァ」
戸愚呂が高らかに嘲笑い、盗聴(タッピング)の能力で今度は蔵馬の心を読む。
「可哀想に、未来の目が見れねぇなァ。怖くて自分から話しかけられねぇなァ。未来と仲良しこよしだった天沼を卑怯な手で殺してよ」
その言葉に、ずっと冷静で動じなかった蔵馬の心が揺れたのを戸愚呂は見逃さない。
「おお~どうした?随分と動揺してるみたいじゃねぇか。心が読めるオレには丸分かりだぜ」
「戸愚呂!やめろ!」
蔵馬を悪趣味なやり方でおちょくる敵に怒り爆発寸前の幽助が吠える。
「いたいけな小学生をよく殺せたよなァ。残虐な本性が出たな、ケケケケ」
しかし、幽助の咎める声などものともせず、さらに戸愚呂はエスカレートする。
「お前が危惧した通り、未来は幻滅したみたいだぜ。恐ろしいってよ、あっさりと残忍に天沼を殺したお前がな!」
「黙れ」
その一言に、場はしんと静まり返る。
寒気のするほど冷えた声を出したのは、蔵馬でも、幽助でもなかった。
「ふざけるな」
鋭い眼光を放ち言った未来に、戸愚呂は不覚にも言葉が出なくなってしまう。
―この声を発したのは本当に未来なのか?
幽助や飛影、御手洗、桑原、そして蔵馬ら仲間たちも、現状をすぐに飲み込むことができない。
「私が怒っているのは…許せないのは…蔵馬じゃない。天沼くんを助けられなかった自分自身と、天沼くんを利用して命を奪ったあんた達だよ」
普段の彼女からは想像もできないほど冷めた声と目つきで、真っ直ぐと戸愚呂を睨み未来が述べる。
「蔵馬に苦しい決断を強いた…あんた達だよ」
幽助たちの前で未来が初めて見せた、本気で怒った彼女の姿。
未来の静かな迫力に誰もが驚き、凝視し目を奪われる。
「残虐?残忍?馬鹿言わないで。蔵馬は誰よりも優しいよ」
じん、と蔵馬の目頭が、胸が熱くなった。
「…っ…」
未来が喋っている間、口をはさめず固まってしまっていた自分に驚き我に帰る戸愚呂。
(たかが人間の小娘だろ。どうかしていたぜ)
未来の表情に、冷たい声に、怒り一色の心に、最強の妖怪と自負する己が一瞬でも怯んだことを戸愚呂は認めたくない。
「黙ってたら生意気な態度取りやがって。お前から先に殺してやろうか!?泣いて謝るならオレの手元に置いて可愛がってやってもいいがな!」
下品な笑みを浮かべ戸愚呂が叫べば、未来を背中に庇い守るように蔵馬が前に出る。
「未来には指一本触れさせない。ケリをつけてやるよ」
「はっ。オレを倒す気か?かつてのオレと一緒にするなよ。オレは何度でも再生しどんな能力さえ吸収できるようになったんだ!てめェのチンケな能力もいただいてやるぜ!」
自分は無敵だと豪語する戸愚呂の姿は、蔵馬が両手から吹き出した煙幕に包まれ見えなくなる。
「なんだこの煙は!?蔵馬たちが全く見えねー。一体中で何が起こってるんだ!?」
手を出すなと言われた手前、今すぐ飛び込んでいきたい衝動を幽助は抑える。
「オラオラァ!」
絶え間なく聞こえる戸愚呂の声と肉体を殴る鈍い音しか得られる情報はない。
しばらくすると、煙の中から無傷の蔵馬が現れた。
「もう終わった」
「終わったって…じゃあ、戸愚呂は一体誰と戦っているんだ!?」
幽助に蔵馬が答える前に煙がはれ、ゾンビのような顔の植物に全身を覆われた戸愚呂の姿が露呈した。
「邪念樹。エサに幻覚を見せおびきよせて寄生する。首をはねたとき既に種を植えこんでおいた」
煙幕は邪念樹の幻覚物質が外に漏れないためのシールドだったのだ。
「くそォォなぜだァァ。なぜくたばらねェェ」
邪念樹に寄生された戸愚呂は、今も幻覚の蔵馬と戦っているのだろう。
「邪念樹はエサが死ぬまで離さない。しかし再生を続ける戸愚呂は死ぬことさえできない。永遠にオレの幻影と戦い続けるがいい」
うつろな目をして雄叫びを上げ続ける戸愚呂を見据え、蔵馬が告げる。
「お前は“死”すら値しない」
死は、命を賭けて戦う者たちにとって一種の勲章でもある。
死刑宣告よりずっと冷酷な汚辱の烙印を、蔵馬が戸愚呂に押した瞬間だった。
振り向いた蔵馬と、未来の視線が天沼戦以後初めてかち合う。
ふっと少し口角を上げて、いつもの優しい眼差しに戻った蔵馬に未来は胸があたたかくなるのを感じた。
言葉を交わさなくても、ふたりの心は通じ合った。
「あいつを倒したら桑原返すって言ったよな」
「約束は守るさ」
睨みつける幽助に、巻原を倒されてもなお余裕の表情を崩さない仙水が言う。
「というよりも、もう守ったんだがね」
「もがはが」
桑原が元居た場所にいない、と気づくやいなや、背後から聞こえた仲間の声に一同は振り返った。
「桑ちゃん!?一体何があったの!?」
度肝を抜かれつつ未来が猿ぐつわを外してやると、桑原がぷはっと息を吹き返す。
「妙な手に掴まれて真っ暗になったかと思ったらここに…つーか未来ちゃんよかった、無事だったんだな!」
「おかげさまでね。色々あって…」
それからの出来事は一瞬だった。
いつの間にか一同が足をつく地面には男の顔が浮かび上がっており、大きく開けられたその口の中に放り込まれる。
「こ、ここは…?」
気づけば未来は周囲に藻屑や木片の漂う薄暗い不思議な空間にいた。
「ここは亜空間だな。どうやらオレたちは裏男に食われたらしい」
「裏男…次元の狭間で生きる平面妖怪か」
「裏男はオレのペットだ」
魔界や妖怪事情に精通している蔵馬や飛影の台詞に呼応するように、樹が姿を現した。
「裏男を飼い慣らすとは…闇撫の一族だな?」
蔵馬の問いに、その通りだと樹は頷く。
「闇撫?」
「次元を自由に移動する“影の手”を持つ妖怪だ。異次元に生きる下等妖怪を僕にできる数少ない種族の妖怪で、オレも会ったのは今回が初めてだ」
未来が疑問符を浮かべ、蔵馬の解説が入る。
「んがー!早くこれ解いてくれ!」
「ああ、桑ちゃんごめんごめん…」
「すまない、今すぐ」
身動きのとれない桑原が喚き、未来と御手洗が彼に巻かれたロープをほどく。
そして、未来はある不可解な点に気がついた。
「あれ…幽助は?」
自分の他にいるのは桑原、蔵馬、飛影、御手洗のみ。もう一人の仲間である幽助がいない。
「浦飯は外だ」
樹が顎をしゃくった方向、裏男の眼球の部分から未来たちも外の様子を垣間見ることが出来た。
仙水と幽助が対峙しており、二人の間には緊迫した空気が流れている。
「未来。結界に阻まれることなく次元を自由に行き来できる君なら裏男の中から脱出できるだろうが、それは賢明な判断とは思えないな。邪魔をせず二人の闘いを見守っていてほしい」
異世界からやってきた未来に、不敵に笑い樹が告げる。
彼の狙いは、思惑は一体何なのだろう。
仙水の顔めがけ、拳を振り上げる幽助。
こう着状態の裏男体内とは裏腹に、外界では今まさに決戦の火蓋が切られようとしていた。