Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎67✴︎希望の光
拐われた桑原に、あっという間に見えなくなった幽助の背中。
辺りには慎重派である幻海と蔵馬の二人組だけが取り残されて。
束の間の静けさを破ったのは、囚われの身のはずだった彼女だった。
「師範ー!蔵馬ー!」
渇望していたその声、その姿に、蔵馬は一瞬時が止まったかのような感覚に陥る。
蔵馬と幻海のいる場所まで到着すると、飛影は姫抱きにしていた未来を地面に下ろした。
「未来!?無事だったのか!何があったんだい?飛影に助けてもらったのか」
まさかの未来の帰還に、幻海も目を見張り質問を畳みかける。
「はい。敵のアジトに連れてかれたんですけど、邪眼で飛影が探して来てくれて」
「見たところピンピンしてるようだが」
「大丈夫、元気いっぱいです!アジトにいたのも天沼くんっていう小学生だけで怖い思いすることもなかったです。すみません、心配かけてしまいました。自業自得です…」
罰が悪そうな顔をして頭を下げる未来。
こんな事態を招いたのも、軽率にメガリカライブへ行ったせいだと未来は反省していた。
「いや。あたしは大して心配してなかったよ」
「さすが師範、肝が据わってる~って、それはちょっとショックです師範!」
「蔵馬に比べたらね」
先ほどからずっと黙ったまま、呆けたように棒立ちになっている蔵馬を顎でしゃくる幻海。
「蔵馬…?おーい?」
未来に呼びかけられて…蔵馬の瞳に生気が宿ったかと思えば、彼はその場にへなへなと座りこんだ。
「蔵馬!?」
「よかった…もう駄目かと…」
はあ~と大きくため息をつき、蔵馬が額を抱える。
その姿は未来を動揺させ、そして胸を痛ませる。
―こんなに弱気な蔵馬の声、今まで聞いたことがなかった。
どれだけ心配をかけてしまったのか…痛感した未来はきちんと謝るべく、蔵馬と同じ目線になるよう自身もしゃがむ。
「蔵馬…心配かけてごめんね」
おずおずと未来が謝罪の言葉を述べると、しゃがんだまま蔵馬が顔を上げて二人の目線が絡む。
未来を見つめる蔵馬の顔は笑っていて。けれどどこか泣きそうで。
「本当によかった。未来が無事で」
それは、心からの言葉。
責めずに優しく笑ってくれた蔵馬に、未来の胸は熱くなった。
「蔵馬…ありがとう。本当にごめんね…」
同時に、チクチクと心をさす罪悪感。
もう本当に、軽率な行動はやめよう。大事な人に、心配をかけて二度とこんな思いさせたくないから。
蔵馬の想いに触れて、自然とそう決意することができた。
「蔵馬」
珍しく頭上から降ってきた低い声に、蔵馬は顔を上げる。
「…飛影」
「オレは幽助を追う。後は任せた」
“任せた”
飛影が何を言わんとしているのか、蔵馬には分かった。
「分かりました。オレたちも後から行きます」
蔵馬の返事を聞き終わる前に、幽助に応戦するため高速移動する飛影は姿を消した。
単身で敵を追いかけている幽助の元へと向かった飛影を、未来は見送る。
(飛影も幽助が心配なんだろうな。気をつけてね、飛影、幽助…!桑ちゃんを頼んだよ!難しいかもしれないけど天沼くんも…)
桑原と天沼の奪還の望みを飛影と幽助に託す未来だ。
(私も戦えて、皆の役に立てたらいいのになあ…。聖光気は使えるけど、戦力にならないし。こういう時、ほんと、)
「…悔しいな」
まさに自分が思っていた言葉が蔵馬の口から飛び出し、未来は驚く。まるで心が読まれていたかのようなタイミングだ。
「こういう時、飛影の能力が羨ましくなるよ」
呟いた蔵馬が立ち上がるのに、未来も続く。
「飛影の能力が羨ましいって…蔵馬の能力も凄いじゃん!植物を操るなんてさ!幽助の霊丸も桑ちゃんの霊剣も、皆凄いよ!」
力説する未来に、そういうことじゃないんだよな、と密やかに蔵馬は笑う。
どこかで期待していた部分もあったと思う。
きっと、飛影が邪眼の力で攫われた未来を救い出してくれると。
先ほど飛影が任せると言ったのは、未来のことだろう。自分は幽助の応戦に行くから、彼女を頼むと。
飛影の目には、迷いがなかった。
他人は関係ない。
ただ、自分は未来を好きでいる。
絶対に彼女を守る。
短い邂逅だったが、そんな意志が飛影からは感じられた。
蔵馬が自分も未来が好きだと彼に告げた時は、あんなに動揺しているように見えたのに。
(望むところですよ)
それでこそ飛影だ、と何だか少し嬉しくなって。
そんな己に、やれやれどこまで自分はお人よしなんだと蔵馬は呆れる。
飛影に限ってまさかと思いつつ、あの告白で彼が気を病んでやいないかと危惧していた蔵馬だったから。
(今日ほど飛影の邪眼が羨ましくなった日はないな)
期待と同時に覚えたのは、焦燥感。
誰よりも先に彼女の危機に駆けつけるのは、他でもない自分でありたかった。
その思いは今回叶わなかったけれど。
「未来、師範。オレたちも行きましょう」
今はただ、彼女の無事を噛みしめよう。
「うん!」
力強く未来が頷いて、心満たされる。
開通目前となった魔界の穴。
奪われてしまった桑原。
見せつけられた仙水の強さ。
正体不明だがツワモノ揃いであろう能力者たち。
事態はどれもこちら側にとって不利なのに、今の自分は怖いものなしだ、そんな気分にさせられる。
「蔵馬、何笑ってるの?」
「今なら誰にだって負けない気がするんだ」
自分にこんな単純な一面があったとは。
未来が無事戻ってきた。
その事実が、蔵馬に大きな勇気と強さを与えていた。
蔵馬にとって、未来は光だ。
眩しくて大切な、希望の光。
“お前の光はなんだ?”
今度凍矢に会った時は、その質問に胸を張って答えられると蔵馬は思った。
「じゃあまずは御手洗の様子を見に行こうかね。まだ幽助の部屋にいるだろう」
「え、御手洗くん部屋にいるんですか!?じゃあ桐島くんたちも?」
「いや、彼ら三人には御手洗のことを事情聴取した後に記憶を消して帰宅してもらいました」
「幻海さん!永瀬さんに南野も」
マンションの階段を上がろうとしていた三人の元へ駆けてきたのは、盟王高校の制服に身を包んだ眼鏡の青年。
「海藤、どうして」
「南野が学校休んでたから何かあったのかと早退して来てみたんだよ」
高校の優等生二人がそろいもそろってサボリなんて、発覚したら教師は卒倒するかもしれない。
「海藤くん、大変なんだよ!桑ちゃんが敵に誘拐されちゃって。幽助と飛影が今追いかけてくれてる」
「その前は未来が誘拐されたしね」
ボソッと幻海が未来の台詞に付け加えると、そこへ階段を下りてくる少年が一人。
「御手洗くん!」
「あれ、君は…たしか本屋で会った」
「未来…解放されたのか」
御手洗はその場に未来がいることに意外そうだ。
そして、以前蟲寄市の本屋で出会った海藤の姿に驚くと、気まずそうに彼から目をそらした。
「桑原くんが攫われた。その理由を君は説明できるか?」
「…桑原は、ボクたちが必要として探していた次元を切り裂く能力者だったんだ」
静かだが確かな威圧感を醸し出す蔵馬に問われ、御手洗はためらいがちに口を開く。
「最初その能力者は異世界からやって来た未来に違いないと仙水さんは読んで、ボクと刃霧に未来を誘拐する命令を出したんだけど。…さっきボクの服に盗聴器が仕掛けられているのを見つけた。仙水さんは、ボクとの闘いで桑原が能力に目覚めたと知って攻めてきたんだと思う」
本当の標的(ターゲット)は未来ではなく桑原だったのだと、御手洗は語る。
「未来を攫ったのは全くの無意味だったってわけかい。あんたも災難だったね」
「あはは…」
幻海に同情の言葉を投げかけられ、未来が力なく笑う。
「そうだ、御手洗くん。ずっと聞きたかった…。どうして奴らの仲間になってしまったの?こんな恐ろしいことに加担するなんて」
「…ボクたち人間は生きてちゃいけない。死ぬべきなんだ。お前らだってあのビデオを見ればそう思うぜ」
昨夜からずっと気がかりだったことを未来が問えば、御手洗が至極真面目な顔をしてそう述べた。あまりにも過激なことを言っているが、彼の目は本気だ。
「もしかしてそれは黒の章か?」
「ああ。あのビデオを見れば価値観変わるぜ。人間がどんな生き物かよく分かる。お前らはたまたま平和っぽいところで生きてるから知らないだけだ」
「黒の章?」
「人間の犯罪を記録したビデオらしいよ。最も残酷で非道なものを…」
蔵馬と御手洗の会話の横で、未来が先日霊界で得た知識を海藤に伝える。
「殺されるために並んでいる子供の列を見たことがあるか?その横に蹲っているウジ虫だらけの死体を。明日殺されることがわかっててオモチャにされてる人間を見たことあるか?それを笑顔で眺めてる人間の顔をよ」
段々と大きく、力強くなっていく御手洗の声。
「目の前で子供を殺された母親を見たことがあるか!?その逆は!?人は笑いながら人を殺せるんだ!!お前らだってきっとできるぜ気がついてないだけでな!!」
鬼気迫る御手洗の物言いに、誰も口を挟めず、その場はしんと静寂に包まれる。
(っ…御手洗くん。辛かったね)
御手洗の口から語られた黒の章の内容にショックを受けていた未来。
そして何よりも、それを悲痛に語った御手洗の姿に、胸を痛めていた。
「たしかに人間は恐ろしい生き物かもしれない。でも皆が皆、そんな人じゃないよ。だからって魔界への穴を開けて人間全部殺しちゃおうなんて、その人達の人生を全て奪おうだなんて…御手洗くんにも、誰にもそんな権利ない」
けれど意を決し、自分の感じた思いをゆっくりと言葉にする。御手洗に伝わってほしいと願って。
「まさか黒の章を見せられてたなんて…。心配してたんだよ、御手洗くんが奴らに脅されてないか」
「心配…?」
“未来ちゃん、心配してたぜ”
昨夜の桑原の発言を回想し、御手洗が眉間の皺を深める。
「もう偽善者の戯言はうんざりなんだよ!口では何とでも簡単に言えるからな!本当に助ける気なんかさらさらないくせに…!」
御手洗に怒鳴られて、その迫力にビクッと肩を跳ねさせる未来。
「本屋の出来事だってそうだ!正義のヒーローにでもなったつもりか!?お前は、いや人間全部、いいことしてる、人助けしてる自分が好きなだけなんだ!」
「うーん、たしかにそうかもなあ」
御手洗への自分の善意が、そんな風に捉えられていたとは。
ショックですぐに言葉が出ない未来を救ったのは、空中を見上げ、考え込むようにしていた海藤の一言だった。
「オレもあの時キミを助けた自分に酔ってるところが少しはあったな」
「ひ、開き直るのかよ!それみろ!」
飄飄と言ってのける海藤に、御手洗が噛みつく。
「ただ偽善でも自己満でもさ、行動理念が何であれ、それが結果的に他人のためになってるならいいんじゃないかな。責められることじゃないとオレは思うよ」
あっけらかんと、しかし芯の強い口調で海藤が述べ、御手洗は言葉に詰まる。
「み、御手洗くん!」
ギュッと拳を握って、御手洗の名を叫んだのは未来だ。
「私がしたこと、御手洗くんがどう受け取ろうが自由だよ。でも人が人を助けるのに正当な理由がいるかな。私は…咄嗟だったよ、あの時」
「未来も幽助と似て、深く考えず脊髄反射で行動するタイプの人間だからな。生きてて楽だろうね、全く羨ましい」
「師範それ褒めてませんよね!?」
幻海と未来の掛け合いにフ、と小さく笑った後、蔵馬は真面目な顔で御手洗に向き直る。
「御手洗。耐え難い人間の一面ばかり見せられて混乱する君の気持ちは分かる。だがそんな人間ばかりだったらオレもとっくに人間をやめていた」
妖怪と人間、両方に精通している蔵馬の台詞は、やけに説得力がある。
「君の周りは、今まで本当にそんな人間ばかりだったのか?」
俯く御手洗の頭に最近の光景がフラッシュバックする。
本屋で万引き疑いを晴らしてくれた海藤と未来。
気分の悪くなった自分を病院に連れていこうとした未来。
そして…
敵であるにもかかわらず、ボロボロの身体でありながら自分を助けた桑原。
「桑原くんが言っていました。君が“助けてくれ”と言っているように見えたと」
今の君を見てると彼の気持ちがわかる、と蔵馬。
蔵馬、海藤、未来。
それぞれの言葉で、頑なに閉ざしていた御手洗の心は少しずつほだされていく。
「人の優しさを偽善だ、嫌いだって切り捨てるのは簡単だよ。でもその優しさを信頼して受け入れることは、御手洗君にとってそんなに難しいことなの?」
未来のその問いかけが一打となり、御手洗の胸にぶわっと熱いものがこみ上げる。
黒の章を観て、人間は全て悪だ、死ぬべきだと決めつけて。
海藤や未来にあの日助けてもらい、素直に嬉しくて感謝した自分の気持ちに蓋をした。見てみぬふりをしていた。
信じて裏切られるのが怖くて…。
人の優しさを受け入れる勇気さえも持てなかった。
「寝るとそのビデオの夢でうなされて起きるんだ…さっきも殺された人たちがこっちを見てやがった。まるでボクがやったような気になってくる…どんどん自分が薄汚い生き物に思えてくるんだ」
ぽろぽろと御手洗の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「わけもわからず何かを償いたくて狂いそうになるんだ…誰でもよかったんだよ。どうしたらいいのか教えてほしかった」
嗚咽を漏らし、震える御手洗の背中を優しい手つきで未来は撫でてやった。
「時間がない。行きますか」
「あ…そうだね。幽助たちの状況が気になるし」
蔵馬に同意し、未来が彼の隣に並ぶ。
「君がオレたちと逆の道に行くならそれでいい。だが、次に会ったときは敵として遠慮しない」
蔵馬はまだ、未来を危険にさらした御手洗を完全に許したわけではない。
「行こう」
「あ、うん…」
未来は残していく御手洗が気になり後ろ髪を引かれる思いだったが、歩き出した蔵馬に続く。
―このまま黙って見送っていいのか?
去っていく蔵馬、未来、海藤、幻海の後ろ姿を見つめ、自問自答する御手洗。
そして自分の行く道を決断した彼は、流した涙をごしごし腕でこすり、すうっと大きく息を吸う。
「待ってくれ!」
腹の底から出されたその声に、足を止め振り返る四人。
「入魔洞窟に行くなら案内する。中は巨大迷路だ。仙水さんに連れられ何度も訪れていたボクなら道が分かる」
自分は変われる。
その時は、まさに今なんだ。
弱い自分とおさらばするのは今しかないんだ。
「信じてくれ。桑原を…あいつだけは助けたい」
闇ばかりで、ずっとクソみたいな世の中だと思っていた。
けれど、彼らと共に行くその先に、きっと光はある気がする。
もっと強くなった自分がいる気がする。
そこに希望の光があると、確信している。
強い予感と決意を抱え、緊張の面持ちで御手洗が呼びかける。
「手をかそうか?」
躊躇なく差し出された蔵馬の手。
御手洗がホッとしたように一瞬笑って…すぐに真剣な表情に戻り、四人の元へ走る。
「頼りにしてるよ!」
「ボクが持ちうる情報なら、全て話す」
ニカッと笑って告げた未来に、御手洗は力強く頷く。
まるで生まれ変わったみたいに、先ほどまでとは違う、凛々しく頼もしい顔つきだった。
蔵馬にとって未来が、御手洗にとってかつての敵がそうであるように。
未来たちにとっても、御手洗は光だ。
仙水の野望を阻止し、桑原を奪還する切符となる、まばゆい希望の光。