Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎66✴︎奪い合い
自分を包む飛影の腕が熱い。
「飛影…?」
ドクンドクンと、胸の鼓動が鳴りやまない。
きっと飛影にも伝わってしまっているだろう。
「へえ、二人ってやっぱりそういう関係だったんだ」
ドキッと、未来の心臓が今までとは違った意味で大きく跳ねた。
「天沼くん!?」
飛影と抱き合っているところを見られた…
未来は顔が沸騰しそうなほど赤くなるのを感じた。
「怪しいとは思ってたんだよなァ。こんなところまで未来を助けに来るし」
さして動揺していない様子の天沼は、リビングにいる二人の横を素通りし、キッチンまで向かう。
蛇口をひねりコップについだ水をごくごく飲む天沼。どうやら喉が渇いて起きてきたようだ。
「オレのことは気にせずに、どうぞ続けて続けて」
「違うって…もう、飛影も何か言って…」
未来は自分にもたれかかっている飛影の身体を離し、彼の顔を覗き込むが。
「って寝てるし!!!」
すやすや寝息をたてている飛影に、未来の語勢は強くなる。
邪眼を使って疲れたのと、未来のぬくもりに安心して眠ってしまったのだろう。
(もー、なんなの飛影!いきなり抱きしめたと思ったら寝ちゃって…寝ぼけてたの?)
無駄にドキドキしていた時間を返してほしい、と思った未来だが、飛影の穏やかな寝顔を見ていると彼を責める気持ちは溶けていく。
(可愛い寝顔…)
武威戦の後も、飛影はこんな少年らしい平和な寝顔をしていた。
このまま寝かしてあげたい、そう思った未来が小さくあたたかい笑みをこぼす。
「じゃあ邪魔者は退散するよ」
「天沼くん…何か勘違いしてるよ」
ニヤニヤしながらリビングを立ち去る天沼は、未来の訂正の言葉も全く取り合おうとしない。
「あ、寝室二人に譲ろうか?オレはソファで寝るし」
「だから違うって!!」
極めつけに意味深な台詞を吐いた天沼に、未来は顔を真っ赤にする。
年下の小学生に翻弄されてしまう未来なのであった。
***
男の赤子…忌み子…
忌み子じゃ…!
氷女たちのひっそりとした騒ぎ声がひっきりなしに耳元で聞こえる。
注がれるのは恐れと軽蔑の眼差し。
目を合わせニヤリと笑ってやると氷女たちは面白いくらい怯えた表情をする。
女児は同朋じゃ
しかし男児は忌み子
必ず災いをもたらし氷河を蝕む
冷たい冷たい氷河の風。
炎の妖気を纏っていたのに、凍てつく吹雪の感触を、今も忘れないのは何故なのか。
落ちていく。
氷河の国が遠くなっていく。
腹の底から嬉しくて自然と笑みがこぼれる。
生まれてすぐ目的ができた。
ああ…またこの夢か…
…飛影!
名付け親はもう顔も忘れた盗賊。
何の思い入れもないはずの名に、呼ばれるたび心地よさを感じたのはいつからか。
“飛影が初めて私の名前呼んでくれたのが嬉しいの”
今ならその気持ちも分かるかもしれない。
…飛影!飛影…
ずっと呼んでいればいい。
彼女が口にするのは自分の名だけでいいから。
もっとその声で呼んでほしい。
ずっと、このまま…
「飛影!飛影ったら!朝だよ!」
パチ、と目を開けば、視界いっぱいにこちらを覗き込む未来の顔が映る。
「何回も呼んだのに飛影ったら全然起きないんだから」
クスッと笑った未来は既に着替えていて、朝の身支度を済ませているようだ。
「わあ、美味そう!」
ダイニングテーブルに並ぶ皿に、天沼が歓声を上げている。
「簡単なものしか作ってないけどね」
天沼がお腹が空いたとぼやいていたので、冷蔵庫の中を物色し朝食を作った未来である。
「……」
身じろぎした飛影は、自分を包む毛布の存在に気づく。
おそらく昨夜、未来がかけていてくれたのだろう。
「飛影も食べようよ」
彼女と出会って、変わったことはいくつもある。
自分の名前が好きになった。
こういった何気ないやり取りが、随分と居心地のいいものだと知った。
きっと相手が彼女だからだ。
「ああ」
短く返事をして、飛影はむくりと起きあがった。
昨夜とは打って変わって、窓の外はカラッと快晴だ。
鉄板焼店以来、一緒に食卓を囲むことになった三人。
「ごちそうさま!未来、ありがとう。美味しかった!」
「よかった!どういたしまして」
ぺろりと朝食を平らげた天沼に、嬉しくなって未来はニッコリと笑う。
(飛影も、もぐもぐ食べてくれてるし、味は悪くなかったのかな?)
無言で料理を口に運び続けている飛影。
相変わらずの仏頂面なので分かりにくいが、未来の美味しい手料理が食べられて実はすこぶる機嫌がよい飛影なのであった。
「ごはん食べたら眠くなってきたなあ…」
RRRRR…
食後の眠気に襲われた未来が欠伸をかいていると、リビングに備えられた固定電話が鳴った。
もしもし、と天沼が受話器を取りに出る。
「うん、うん、分かった!じゃあね!」
二言三言、電話の相手と交わした天沼が受話器を置く。
「未来~、何聞き耳たててんの?」
「もし仙水だったら、何か重要なことが聞けるかもしれないって思ってさ。残念ながら全然聞こえなかったけど」
会話を盗み聞きしようと受話器に耳を近づけていたため、天沼にじろりと睨まれる未来である。
「当たり。電話の相手は仙水さんだよ。しかも、未来たちに朗報だよ。未来を攫ったのはやっぱり間違いだったからもう帰っていいってさ」
「ええ!?」
あっさりと帰宅許可がおり、未来は喜ぶより先に拍子抜けしてしまった。
領域(テリトリー)を解くには天沼にゲームで勝つしかないため、もう一度カーレースで対戦することにする。
天沼はわざと負け、めでたく未来と飛影は自由の身となった。
「おめでとう!もう帰っていいよ。じゃあね未来、飛影」
「何言ってんの?天沼くんも行くんだよ」
二人に別れを告げた天沼の腕を、未来が掴んだ。強く、強く力を込めて。
「なっ…何すんだよ!離せよ!」
思いのほか厳しく真剣な瞳で見つめられ、天沼はたじろぐ。
生意気な態度を自分はとり続けていたとはいえ、彼女はやはり年上なのだと思い知らされた。
「絶対嫌!三人でここから出よう。天沼くんを奴らの仲間のままにしておけないよ」
逃れようとする天沼の腕を、離すもんかと未来は掴む。
彼は幼いから、自分がどんなに恐ろしいことに加担しているか分かってないのだ。
道に外れた天沼を放置したまま帰るなんて未来には出来なかった。
(…付き合ってやるか)
決死の未来の表情から彼女の思いの強さをくみ取った飛影は、天沼連行の手助けをしてやろうと腰をあげる。
しかし。
突然、部屋に触手のようなモノが乱入し、天沼の身体に巻き付いた。
「きゃあ!」
その衝撃で天沼から弾き飛ばされた未来を、飛影が抱きとめる。
「天沼は渡さない」
気づけば玄関に細い目をした大男が立っていた。
触手は男の指から伸び天沼に幾重にも巻き付いている。
大男は天沼を自分の方に引き寄せると、マンションの外廊下から地上まで飛び降りた。
「えええ!?ここ十階…」
大男と共に真っ逆さまに転落した天沼を心配し、外廊下まで急いで走った未来が下を覗き込む。
大男は驚異的な身体能力で地面に傷一つ負わず着地し、天沼を解放すると軽トラックに乗り込んでいた。
あろうことか小学生である天沼は運転席に乗り車を発進させている。
「うっそ!!ていうか無免許運転でしょ絶対!!」
キレのよい未来のツッコミが冴えわたる中、飛影が彼女を姫抱きにする。
「え、ちょ、まさか飛影…」
未来の嫌な予感は的中した。
「ぎゃああああああ!!!」
天沼と大男を追うため、彼らと同じく十階から飛び降りた飛影。
飛影に姫抱きにされている未来は絶叫し彼の首にしがみつく。
「あの技…戸愚呂兄か!?」
「……」
しゅたっと地面に着地した後、冷静に男の技を分析する飛影とは対照的に、生きた心地がせず放心状態の未来。
心ここにあらずな未来を抱えたまま、天沼と大男が乗った軽トラックをその俊足で飛影は追いかけた。
***
その頃、幽助のマンションでは。
「…うっ」
覚醒した御手洗は、胸部のズキッと疼く痛みに顔をしかめる。
「よぉ」
寝ていた身体を起こすと、ベッド脇に座り真っ直ぐこちらを見据える男と目が合う。隣には赤い長髪の青年が立っていた。
(こいつらが浦飯幽助と蔵馬か…!?)
事前に仙水から敵の情報を与えられていた御手洗は瞬時に察する。
「こ、ここは」
「オレの部屋だよ。てめーら、未来をどこにやった?何が目的で未来を攫いやがった」
聞きたいことは山ほどあるが、まず第一に幽助が問い詰めたいのはこれだ。
「洗いざらい全部喋ってもらうぜ。言っとくが黙秘は無駄だ」
「…なんだよ、拷問でもする気か?」
脅しのつもりかよ、と呟く御手洗。
しかし、彼の精一杯の強がりは瞬時にしぼんでいくこととなる。
「それが君の望みなら付き合おう。生きながら苦しませる方法ならオレもいくつか知っている」
一切の迷いも情も感じさせない蔵馬の声色に、ビクッと御手洗の肩が跳ねる。
「吐け」
鋭く冷たい蔵馬の瞳に居竦まれる。
人は本当に恐怖を感じたとき呼吸ができなくなるのだと、御手洗は初めて知った。
「…未来は蟲寄市のマンションにいる」
やっとのことで言葉を紡いだ御手洗が、おずおずと述べる。
「そこがボクたちのアジトだ。攫った理由は、未来がボクたちの必要とする能力者であると仙水さんが読んだから…」
「そうか、じゃあさっさとそのアジトってマンションに案内しろ」
有無を言わせない口調で命令した幽助。
「御手洗。未来は無事なんだな?」
抑揚のない声で蔵馬に尋ねられ、御手洗に緊張が走る。
「…ああ。大事な協力者と仙水さんは考えているから、危害は加えられてないはずだ」
「隠していることがあるなら全て言った方が君のためだぞ」
その綺麗な翡翠色が醸し出す、対照的な威圧感に肝が冷える。
この男の前で嘘やごまかしは効かないと、御手洗は観念した。
「…ボクたちの能力者の一人に美食家(グルメ)がいる。食った人間の能力を自分のものにできる奴だ。未来が奴に食われている可能性も…少ないがないわけではない」
「オイオイオイ早く未来を助けに行かねーとヤバいじゃねーかよ!!」
焦る幽助が冷や汗を流しこうしちゃおれんと立ち上がる。
その時。
「!!?」
まとわりつくような視線を感じ、幽助と蔵馬は御手洗から窓の方に顔を向けた。
「仙水…!」
隣のマンションの屋上に立ち薄気味悪く笑うその男に、幽助が身構える。
仙水の隣に立っていた見目秀麗な青年が、手の平に乗せたサイコロをはじいたのが遠目にも分かった。
「伏せろ!!」
きっと奴が狙撃手(スナイパー)だ、と勘付いた幽助が蔵馬と御手洗に叫ぶ。
狙撃手(スナイパー)・刃霧要の放ったサイコロは部屋の窓ガラスを撃ち抜いた。
「どうした!?」
割れた窓ガラスの大きな音に、リビングにいた桑原、幻海が部屋のドアを勢いよく開けて登場する。
「仙水が攻めてきやがった!」
言うが早いか幽助が部屋を飛び出し、蔵馬、桑原、幻海も彼に続いた。
「桑原、オメーは休んでろ!怪我してるうえに霊力も使えねーんだろうが」
「テメーにまだ言ってなかったがな、御手洗のおかげで見事に復活したんだよ!オレもよくわかんねーが剣の形が少し変わってたからパワーアップしたに違いねえ!」
「ホントかよ頼りねーなオイ」
鼻高々に述べる桑原を尻目に、幽助はマンションの外階段を駆け下りる。
階段を下りきった一同は、道路の真ん中で仁王立ちしている仙水と刃霧の姿をとらえた。
「まさか御手洗に仕掛けた盗聴器がこういった形で役に立つとはな。彼こそが求めていた能力者だったとは盲点だった…」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!てめえら、未来はどうした!?」
「さあ、知らないな」
幽助が問いかけるも、仙水はおどけて笑ってみせる。
「てめえ…ふざけんじゃねえ!」
頭に血が上った幽助と、蔵馬、桑原も仙水に向かっていこうとしたその時。
「新手か!?」
豪快なアクセル音を鳴らし、一台の軽トラックが乱入した。
助手席に乗った大柄な男の指先が桑原に伸びる。
「ぐわああ、なんだあ!??」
ゴムのように伸びた男の指で何重にも巻かれ、一瞬のうちに拘束された桑原。
引きづりこまれた彼を乗せた軽トラックの荷台に、仙水が飛び乗った。
「桑原くん!」
蔵馬が薔薇棘鞭刃(ローズウィップ)を繰り出すも、猛スピードで走り去るトラックには届かない。
「逃がすか!!」
未来に続き桑原までも攫われてしまった。
二人も仲間を奪われた幽助が、怒りにまかせ懇親の霊丸をぶっ放つ。
「あー!!しまったァァ!!手加減すんの忘れた!!」
これじゃ桑原もろとも車がふっとんでしまう、と青ざめた幽助だったが、それは杞憂に終わった。
涼しい顔で放出した仙水の小さな霊気の玉と、霊丸が相打ちしたのだ。
(互角!?オレの霊丸とあいつのあのちっこい玉が!?)
圧倒的な力の差を信じたくない幽助。
バイバイ、と毒の抜けた笑みで手を振る仙水に、ついにぶちっとこめかみの血管が切れる。
「ヤロォオオ待ちやがれ!!」
「待て幽助!」
蔵馬の制止の声にも耳を貸さず、道端の放置自転車に飛び乗り幽助は軽トラックを追った。
繰り広げられる、誘拐と逃走劇の連続。
事態は佳境に向かい、大きく動き出そうとしていた。