Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎64✴︎雨の訪問者
「バカタレ!!」
帰宅した幽助は、玄関先で怒声と共に師匠・幻海に吹っ飛ばされた。
勢いよく外に放り出され、マンションの廊下に大の字になる。
「いってえな、ババアいきなり何すんだよ!」
「お前が守ってやるべき桑原と未来を放っておいたからだ!今桑原は霊力が使えんのだ。誰かが二人を援護してやらねばいかんだろう!」
「どうしたんですか?」
カンカンになって幻海が怒鳴っているところへ、学校帰りの蔵馬が現れた。
ぼたんから穴が広がるまであと一週間しかないこと、場所が入魔洞窟と判明したことを聞き、皆でこれからについて話し合おうと幽助の家に訪れたのだ。
「幽助のアホが桑原と未来を放置して今までパチンコに行ってたんだと」
「なっ…」
「こんな時にライブに行ったあいつらが悪いんだよ!オレはそこまで付き合ってられねえぜ」
蔵馬から非難めいた視線を投げかけられ、四面楚歌の幽助が喚く。
「それに敵も未来と霊力がなくなった桑原をわざわざ襲う理由ねえよ。心配しなくても大丈夫だろ」
「幽助、それは分からないよ」
静かに否定する蔵馬。
「未来は暗黒武術会で優勝商品となったくらいだ、奴らが狙ったっておかしくない。異世界からきた彼女は常に好奇の目に晒されている」
こんなことなら学校を休んでオレが彼女についておけばよかったな、と額を抱えた蔵馬が小さく呟く。
彼の声は落ち着いてはいたが、その心は未来の安否が気がかりで人知れずかき乱されていた。
「それに…桑原くんは霊力がなくなったんじゃない。眠っているんだ」
「眠ってる?」
「お前は闘っている時以外は本当にぼけーっとしとるな。この分だと敵の方が桑原の状態を分かってそうだ」
やれやれと幻海が溜息をつく。
「今度桑原に会ったら注意深く奴の気を探ってみろ。何かが生まれる瞬間の卵を見ているような高揚感を覚えるだろう。お前よりも数十日遅れてはいるが奴も殻を破りかけているのさ」
無事だったらの話だがな、と幻海が付け加えた。
「……」
たらりと幽助のこめかみに冷や汗が流れる。
桑原と未来は無事だろうか。最悪なケースが頭に過ぎる。
一時の怒りで二人を放置して…もしも永遠に失うことになってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
「ちくしょう!行ってくらあ!」
「オレも行く」
思い立ったら即行動。桑原と未来の元に向かうため駆け出して行った幽助の後を、蔵馬が追ったのだった。
***
「ぶわっはっはっは!あの女バカじゃねえの!」
刃霧と共にバイクに乗って去っていった未来を見送ると、御手洗が腹を抱えて笑いだした。
「お人よしのバカがホイホイ騙されやがって。大人しく引き下がるわけねえだろうが」
御手洗の意のままに巨大な液体生物は再度沢村たち三人をその身の中に取り込んだ。
「誰が最初に溺れ死ぬかなァー!?」
「てめえ!」
桑原が勇猛果敢に殴り掛かるも、小さな液体生物に殴られ行く手を阻まれる。
「未来ちゃんだって、危惧してたと思うぜ…こうなることくらい…」
息も絶え絶えになりながら、何度も液体生物に立ち向かう桑原。
「でも、信じようとしたんだ。てめえにも人の心があるって…。未来ちゃん、心配してたぜ。てめえが奴らに脅され利用されてないかって…」
ほんの一瞬、御手洗の瞳が揺れる。
しかし、すぐに険しい表情に戻ると、彼は強く唇を噛んだ。
「そういうのが一番ムカつくんだよ!いい子ぶりやがって、偽善者が!口では何とでも簡単に言えるんだ!」
それは御手洗の魂の叫びだった。
助ける気なんかさらさらないくせに…!と、泣きそうに顔を歪ませて、悲痛な声を彼は絞り出す。
「未来ちゃんが信じたのはお前だけじゃないぜ」
“桑ちゃん、あとは頼んだよ!”
別れ際、そう迷いない瞳で告げた未来。
桑原なら三人を救い出してくれると信じ未来は単身、敵の元へ向かったのだ。
その期待を、未来の決意を、裏切るわけにはいかない。
「うおおおおおお!」
「バカが!自分から突っ込んできやがった!」
三人を捕らえる巨大液体生物に正面から体当たりする桑原だが、その大きな身体にのまれてしまう。息のできない中、必死に外に出ようと暴れるも全く効果がない。
「ボクの領域(テリトリー)は最後、出ることは不可能だぜ!ボクを倒さない限りはな!」
閉じ込められた桑原を、外界から御手洗が嘲笑う。
(くそ、オレの霊力はどこにいっちまったんだ!)
このままじゃ沢村も、桐島も、大久保も、自分も全員死んでしまう。
窮地に立たされた桑原は、がむしゃらに液体生物の体内から拳をふるい続ける。
「ムダだって言ってんのが分からないのか!?」
しかし、高らかに笑っていた御手洗の頬に、薄く一筋の切り傷が入る。
たらりと頬から流れていく鮮血に、御手洗は目を疑った。
「まさか…あの中からボクを攻撃するなんて次元を超越しない限り不可能…」
動揺する御手洗は、ある一つの結論にたどり着く。
「未来じゃなかった…まさか…お前がボクたちの探していた…」
次元を乗り越えた桑原の攻撃を、御手洗は呆けたように棒立ちになったまま受け続ける。
「次元を切り裂く能力者…!?」
「ぐおおおおー!!!」
桑原の雄たけびと共に液体生物の身体は完全に切り裂かれ、術者の御手洗の身体をも深く傷つける。
外界へ解放された桑原の手には霊剣のような刀が握られていた。
「今度はこっちの番だぜ。覚悟しろよ」
流血し倒れ込んだ御手洗を、仁王立ちになった桑原は睨みつける。
「と、言いてえとこだがな」
死を覚悟した御手洗の腕を、桑原が引っ張り背中におぶった。
「ど、どこへ連れて行く気だ!?」
「ここに置いといたら死んじまうだろうが」
桑原は気絶している沢村たち三人もまるごと背負いあげると、彼らを引きずって一歩一歩ゆっくりとだが歩き始める。
「てめーは大事な証言者だからな。全部話してもらうぜ。お前らのこと、人間界をぶっ壊したい理由…未来ちゃんの居場所や連れてったワケもな」
「だからって助けるかよ…たった今お前らを殺そうとしたのに」
桑原の背中の上で揺られながら、御手洗の意識は徐々に遠のいていった。
***
ところかわって、仙水たちのアジトであるマンションの一室。
「とりあえず、シャワー浴びてきたら?脱いだ服は乾燥機に入れときなよ」
雨に濡れ全身びしょびしょになっている未来の姿を一瞥し、天沼が勧める。
「ちょ、ちょっと待って!どうしてここに天沼くんがいるの!?」
頭の整理が追いつかない未来が、混乱して尋ねる。
「仙水さんに誘われたんだ。これからワクワクすることが起こって、そのためにはオレの力が必要なんだってさ」
無邪気に話す天沼は、事の重要性がわかっていないようだ。
「天沼くん…仙水のやろうとしていることが分かってるの?」
「もちろん。魔界から妖怪が出てきて大騒ぎになるんだろ?楽しいじゃん。学校もなくなるだろうしさ。オレは自分の領域(テリトリー)の中にいれば安全だし」
あっけらかんと答える天沼に、頭を抱えた未来は埒があかんと溜息をつく。
「とにかく、一緒にここから出よう。考えなおしなさい」
こんな子供を仙水一味の悪行に加担させるわけにはいかない。
天沼の腕を引っ張って玄関へ向かった未来だが、何度ドアノブを捻っても扉を開けることは出来なかった。
「どうして?鍵は開いてるのに」
「無駄だよ。未来はオレにゲームで勝たない限りこの部屋からは出られない。オレの能力はゲームそのものを実物大で再現できるんだ」
未来がこの部屋に侵入した瞬間、天沼が広げた領域(テリトリー)。
彼にゲームで勝てなければ、脱出は不可能ということか。
「仙水さんが戻ってくるまで未来をここで足止めさせるってのがオレに出された指令さ。ゲームでオレに勝とうなんざ無謀だって、未来もよく分かってるよね」
悔しいがその通りだ。天沼のゲームの実力は、以前ゲームバトラーをやった時この身で然りと感じている。
「それでも…やるよ!勝つまでやるから!何のゲームで戦えばいいの?ゲームバトラー!?」
「まあまあ慌てずに。時間はあるんだし、とりあえずシャワー浴びてきなって」
余裕の天沼がふあ、と欠伸をする。
「…じゃあ、終わったら早速勝負だよ!」
「はいはい」
たしかにびしょ濡れのままでいると気持ち悪いし、風邪をひいてしまう。
渋々ながら天沼の助言に従うことにした未来は、バスルームに向かったのであった。
バスルームから上がると、未来はぶかぶかのジャージを身に付けた。
刃霧の兄ちゃんのだけど、と天沼から着替えとしてシャワーを浴びる前に受け取っていたものだった。
「さ、早速始めるよ!」
「わかったわかった」
意気込む未来に急かされ、ソファで仮眠をとっていた天沼が気怠そうに起き上がる。
リビングには二台のレーシングカーが設置されていた。
「何これマリオカートみたいなやつ?ゲームバトラーじゃないんだ」
未来がレーシングカーに乗り込み、ハンドルを握る。
すると周りの景色が一瞬にして変わり、気づけば未来はレーシング場にいた。
驚いて隣を見れば、すました顔でもう一台の車に乗った天沼がいる。
「どういうこと!?瞬間移動したの!?」
「いや、ここはリビングだよ。言ったじゃん、オレの能力はゲームを実物大で再現できるって」
3、2、1とカウントダウンの笛と共にアクセルを踏んだ天沼が発進し、慌てて未来も続く。
(すごい…!)
ビュンビュンと風を感じ、まるで本当に車を運転しているみたいだ。
そして、さすがにゲームが得意な天沼は速い。あっという間に差を付けられ、最初のレースは未来の敗北に終わった。
ゴールすると、周りの景色は元居たリビングに戻る。
「本当に運転してるみたいだった!一瞬でリビングに戻ってきてるし…!」
「すごいだろ」
負けた悔しさも忘れ、感嘆の声をあげる未来に天沼は鼻高々だ。
「よし、もう一レースやるよ」
「えー、やんの?これだけ差を付けられたのに諦めが悪いんだから」
ガッシャーン!!!
突然、ガラス窓が割れた音がして未来の心臓が飛び跳ねる。
「隣の部屋からだ!」
「あ、未来!待って!」
「ぶっ」
天沼の制止も虚しく、隣の部屋に入室しようとした未来は見えない壁にぶつかった。
「~~っ」
思いっきり鼻を打ち、痛みに悶える彼女はその場に座り込む。
「…大丈夫?オレの領域(テリトリー)はこの部屋まで広げてなかったからさ、入れないんだよ」
玄関からリビングまでしか領域(テリトリー)を広げておらず、故に未来はゲームで勝たない限り隣の部屋には行けないのだと天沼が説明する。
「そ、そっか。平気、平気…」
ふらつきながらも鼻を抑えた未来が立ち上がる。
開いたドアから部屋を覗くと、暗くて誰だか分からないが人らしき者の姿があった。
「誰だお前は!」
鋭い声で天沼が呼びかけるも、その人物は無言を貫く。
瞬間、ピカッと雷が光って彼の姿を照らし出す。
炎のように逆立った漆黒の髪。
切れ上がった大きな三白眼。
全身を包む黒いマント。
“オレたちがヤバい状況になった時、あいつは絶対来る!”
幽助の言葉が頭の中でこだまする。
再会を待ち望んだ仲間の姿に、未来の視界が滲んだ。