Ⅴ 飛影ルート
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✴︎89✴︎彼のやり方
「ただいま!」
朗らかに告げると同時、視界に入ってきたのは額のJrの文字。
一番最初に未来を出迎えた、玄関扉を開けた人物はコエンマだった。
「コエンマ様、お久しぶりです!」
久しぶりの再会に目頭が熱くなる未来と、驚きであんぐり口を開けているコエンマ。
「未来!?本当に未来なのか!?」
未来の顔をまじまじと見つめると、やっと反応できたコエンマが叫ぶ。
「未来だって!?」
コエンマの声を聞きつけ、鈴駒を筆頭に居間にいた八名も玄関まで駆けつけた。
「わーい!未来だーーっ!」
「未来だべ!会いたかったっちゃ!」
「鈴駒、陣…!わっ」
コエンマを押しのけて、鈴駒が走ってきた勢いに任せ未来に飛びつき、二人まとめて陣が抱き締める。
「だっはっは!未来が帰ってくるとはな!」
「最高のクリスマスプレゼントだ…!」
団子になっている三人を見て、酎が豪快に笑い、鈴木は感極まっている。
「出遅れたな」
あっという間に未来が六人に囲まれ、蔵馬の肩にポンッと手を置くコエンマなのだった。
そんな様子を横目で見ていた凍矢が、蔵馬へ助け舟を出してやろうと口を開く。
「こらこら、その辺にして未来を解放してやれ」
はあいと返事をして、鈴駒と陣は未来から離れた。
「未来、どうしてここに…!?」
すかさず蔵馬が未来に駆け寄り、その手をとった。
「蔵馬、ただいま」
質問に答える前に、ふんわりと微笑んで蔵馬に告げた未来。
蔵馬も、まず最初に言うべきことがあったと気づいて。
「おかえり」
優しく笑って、仲間の帰還を喜び受け入れたのだった。
「実は死出の羽衣を被ったらね…」
未来はかくかくしかじかと、事のあらましを簡単にまとめて話す。
「え~!?吏将と爆拳に会ったんか!?」
「オレの作った羽衣がそんなに役立っていたとは…!」
合間に漏らされた皆の反応は様々だった。
「なるほど、あんたがここに戻ってきたのは鈴木と死々若丸のおかげってわけかい」
「そうですね!鈴木、ありがとう。死々若にも今度会ったらお礼言わなきゃ」
「何言ってるんだ未来。死々若ならここに…」
鈴木が言い切る前に、未来は彼の肩に乗った手の平サイズの子鬼の存在に気づく。
「わー!可愛い!何この子、鈴木のペット?」
「なっ…誰がペットだこのバカ女!」
「うわ、喋った!鈴木、ちゃんと躾しとかなきゃ。こんな暴言吐くのよくないよ」
あまりの言われように、子鬼は怒りでわなわなと震えている。
「未来、悪かった。ペットの教育不足は飼い主であるオレの責任だ」
その台詞で堪忍袋の緒が切れた子鬼。
「誰が貴様のペットだ!?」
「いだだだ、死々若、めっ」
一瞬のうちに子鬼の姿は消え、代わりに死々若丸が鈴木を羽交い絞めにしていた。
「えー!?あの子鬼って死々若の変身だったの!?」
驚愕する未来の横で、周りの皆はクスクスと堪え切れない笑い声を漏らしている。
「ところで、皆こそどうして師範の家にいるの?」
「オレが呼んだんだ。黄泉軍の戦力としてね」
半年で妖力値10万以上を目指すべく、六人は幻海邸で特訓しているのだと蔵馬が説明した。
「そっか。私がいなかった半年間で、情勢はまだ変わってないんだね」
「ああ。だが近いうちに雷禅が死ぬ。その時に、魔界は大きく動くと思う」
黄泉、雷禅、軀。
今まで均衡のとれていた三者のバランスが崩れる日はすぐそこまで来ているのだ。
「コエンマ様、大変です!未来が帰ってきたらしいんです!」
その時、玄関扉がガラッと開けられ、明るいおてんば娘が登場した。
飛び込んできたのは、ぼたんをはじめ霊界からやって来た三人組だ。
「特防隊は怒るというよりショック受けてますよ、未来のことがあって結界を強化したのにって。とにかく早く未来を見つけなきゃ、」
「異次元間の結界を未来さんが通り抜けた反応があって。特防隊のプライドはズタズタです。未来さんは今どこにいるのでしょうか、ジョルジュ心配で、」
「同時に言うな!聞き取れん!」
動揺して思いつくままに喋っているぼたんとジョルジュ早乙女を、コエンマが制する。
「未来さん、おかえりなさい」
その脇を通り過ぎ、真っ直ぐ未来の方へ向かってきたのは雪菜だった。
「雪菜ちゃん、また会えてよかった!ほら、もらった氷泪石こうして首に下げてるよ」
「嬉しいです。身に付けてくださっていたんですね」
半年前、別れの際に雪菜からもらった氷泪石を未来はずっとネックレスとして首から下げていたのだ。
「兄を探すため霊界に行っていたんですけど…未来さんが戻ってきたと聞いて、居ても立っても居られなくて」
雪菜が言った“兄”の言葉に未来の瞳が小さく揺れる。
「あ…そういえば雪菜ちゃん、お兄さんを探す拠点を霊界に移すって前に言ってたもんね」
ドキリとした。
雪菜が探している相手は、未来がまたこの世界に戻りたいと願った理由そのものだったから。
「えーー!!未来!?」
「未来さん、いたんですか!?」
「気づくのが遅いぞ」
今さら腰を抜かしている二人にコエンマがツッコむ。
「未来、本当に未来なんだね!?よかった、無事にここに着いてて!」
「ぼたん、ただいま!」
未来の両頬を確かめるように触ると、抱きつくぼたん。
「本当に未来、よく帰ってきたな。さて、今後の未来の身の振り方を考えるか」
ぼたんと未来の抱擁に目を細めつつ、霊界の統治者らしくコエンマが場を仕切る。
「未来はここに身を置くべきだと思います。幸い今ちょうど六人のための結界が張られていますし」
「ワシもそう思う。未来がまたトリップできたのは結界を張っていた特防隊の過失。特防隊には未来を傷つけぬよう強く命じておくが、奴らが了解したとしても信用しきれんからな」
コエンマも蔵馬と同意見だ。
霊界特防隊が未来の命を狙ってくる危険性があるため、彼女には結界が張られ安全な幻海邸の中で過ごしてもらいたい。
「未来、外出はオレと一緒の時だけにして下さいね」
「わかった。蔵馬、ありがとうね」
自分の身を案じてくれている皆の気持ちを無下にしないためにも、一人での外出は避けるべきだと未来も思う。
「特防隊は未来を元の世界へ返すためのエネルギーを貯めようと、また躍起になるだろうな」
そのエネルギーを集める器となる、口元のおしゃぶりに手を当てコエンマが思案する。
「コエンマ様。でも私、またこの世界に戻ってきたからには滞在中に、特防隊の力なんて借りずに自由に異世界間を行き来できる能力を身に付けたいんです」
「闇撫の能力を極めるということか?そのためには樹の言っていた“師”とやらを探さねばならんが。まさか魔界へ行く気か?」
「場合によってはそれも厭いません」
「駄目だ。危険すぎる」
未来が危険な魔界に行くなんてもっての外だと、間髪入れず蔵馬が述べる。
「魔界を探すのはオススメしないな。未来が単身で行くには物騒すぎる場所だ。まあいざとなれば、また死出の羽衣を使ってここに来ればいいだろう」
「死出の羽衣…」
凍矢の台詞がきっかけで、未来の頭に名案が浮かんだ。光が見えた気がして、口元がニヤつくのを抑えられない。
「そうだ!鈴木、私の師匠になってよ!」
「い!?」
突拍子もない未来の頼みに、すっとんきょうな声をあげる一同なのだった。
「正気か?こんなのを師匠にするとは」
「未来、明らかな人選ミスだよ!」
「ううん、鈴木ほど私の師匠にピッタリな人はいないよ。だって死出の羽衣を作った人だもん」
死々若丸と鈴駒が失礼極まりない発言を連発すると、未来は首を横に振り主張する。
「鈴木、お願い!」
「師匠…なんて美しい響きだ…。オレが誰かの師匠になる日がくるなんて…」
未来に深く頭を下げられ、ジーンと感激している鈴木。
苦い思い出である戸愚呂との戦い。
屈辱の暗黒武術会。
幻海邸での特訓。
今までの日々が、走馬燈のように鈴木の頭の中を駆け巡る。
「おーい鈴木、見えてるかー?」
「早く未来に返事してやるっちゃ」
「ハッ」
酎と陣に顔の前で手を振られ、感傷に浸っていた鈴木が我に返る。
「未来、光栄だ。オレを師匠に選んでくれるなんて恐れ多いぞ。オレでよければぜひ力になってやりたい」
「ありがとう!すごく助かるよ!」
未来はぴょんぴょん飛び跳ねんばかりに喜ぶが、鈴木は少し浮かない顔をしている。
「だが、自信はない…。オレにもさすがに未来がいた世界とこの世界の行き来を可能にする道具は作れん。死出の羽衣で未来がトリップできたのは、使用者が闇撫の未来だったからこそだ」
「もしダメでも、それは私の力不足が原因だし鈴木が責任を感じることないよ。修行の邪魔にならないように、短時間だけでもいいから力を貸してほしいの」
「わ、わかった…!出来る限り頑張るからな!」
こんなに誰かから必要とされ、頼られたのは鈴木の人生で初めてだった。感激のメーターが振り切れた鈴木は、熱く宣言する。
「ねー、せっかく未来が帰ってきたんだからさ、皆でクリスマスパーティーしようよ!」
鈴駒の提案に、皆が口々にいいねと同意する。
「でも晩飯といったらクソ不味い草しかないぜ?」
「今晩だけは特別に薬草はナシにしますか」
蔵馬の恩情に、やっとまともな飯にありつけると歓喜に沸く陣や鈴駒たち。
酎に至っては、酒が解禁できると喜びの涙まで流す始末である。
「結界外へ出られない六人と未来以外はそこのスーパーに行ってきな」
「了解さね!ついでに桑ちゃんたちも呼んでこようかね」
幻海が財布を預け、玄関を出てスーパーへ向かうぼたん、コエンマ、蔵馬、雪菜、ジョルジュたち。
「あんたらは居間で机のセッティングでもしときな」
パーティーの準備を命じられた六人もその場を去り、玄関前の廊下には幻海と未来だけが残された。
「師範、ただいま」
一番未来がこの言葉を告げたかったのは、一番お世話になって一番長い時間を過ごした幻海師範だったのかもしれない。
「おかえり。思ったより遅かったじゃないか」
「師範、私が戻ってくるって分かってたんですか?」
「なんだかこうなるような予感がしてたよ」
いつ帰ってきてもいいように、未来が置いていった服や日用品を幻海は捨てずに残しておいたと言う。
「それで?戻ってきたからには、それなりの理由があるんだろうね」
ニヤリと口角を上げた幻海。どうやらこの聡明な年長者には、全てお見通しのようだ。
「師範。半年前に私が納得して、自分の意思で帰る決断ができたのは師範のおかげです。師範の言葉がなかったら、うじうじした気持ちのまま特防隊に流されて帰ってた…」
半年前、迷い悩む未来の背中を押し、一番大切なものに気づくきっかけとなったのは幻海との会話だった。
「そして、一度元の世界に帰ったことで大切な気持ちに気づけた。行くなって私を引き留めた飛影の顔が頭から離れなくて…忘れられなかった」
五人で撮った写真に映る、彼の姿を見ているとギュッと掴まれた胸。
もう死出の羽衣でもトリップできないと思われた時に、見て見ぬふりをしてきたその気持ちが爆発して、認めざるをえなくなった。
飛影に会いたいって。
飛影が大好きだって。
「私、飛影が好きです」
未来の口から出た名に、幻海は目を見開いた後…そうかい、と柔らかく微笑んだ。
未来も幻海も、全く気づいていなかった。
玄関扉の外側で、彼らの会話を聞いていた一人の人物がいたことに。
***
桑原や静流、螢子も駆けつけ未来と感動の再会を果たし、クリスマスパーティーは賑やかで楽しいものとなった。
そしてあっという間に一週間が過ぎ。
「あけましておめでとう!」
新年を迎えた幻海邸の住人たちは、一堂に会し食卓を囲む。
正月とはいえ、並ぶ料理の全てに蔵馬が調達してきたよく分からない草が巧妙に練り込み混ぜられていた。
「ごめんね、正月もこんな食事で」
「いや、未来が来る前の食生活を考えたらこれは贅沢なご馳走だぜ。普通に噛んで飲み込める味にはなっているんだからな」
サンキュー未来!と言って、酎は食事を頬張る。
未来は不味い草をアレンジして美味しくしようと、幻海邸へ居候を始めて以降、毎日試行錯誤していた。
料理の試作品第一号として、草を細かく刻んでオムライスに入れ皆へ振る舞った時の衝撃を未来は忘れられない。
草の臭みと苦さをどうしても消すことができず、失敗したなと思いながら恐る恐る出した一品だったのだが、皆は甚く感激し「すごい!食べた瞬間に吐き気がこみ上げない!」と草入りオムライスをべた褒め?だった。
あの死々若丸からさえ賛辞の言葉をもらったのだから、相当喜ばれたことは確かだろう。
「未来は別の美味いもん食べたらいいべ。オレたちに付き合う必要ないっちゃ」
「いいんだ。私も修行中の身だからさ。これ食べたら妖力アップするんでしょ?」
未来まで不味い草を食べなくてもよいと陣は言うのだが、六人と同じメニューを頑なに食べ続ける彼女なのだった。
食事の後は、鈴木に修行をつけてもらうのが日課だ。
元日くらい休みにしようか?と気遣った鈴木だったが、未来は今日も稽古を申し出た。
「そうそう、円を描くように、集中して…」
鈴木のアドバイスに従い、未来が念じると両手の間に黒く暗い球体が出現した。
「未来、すごいぞ!こんなに短期間で異界への入り口を作るなんて!」
「聖光気操るのと似たような感覚だったから、やり易かったのかも」
小さいが穴を作ることに成功し、未来も、そして師匠である鈴木も自分のことのように喜ぶ。
「さすが闇撫だ!この分だとすぐにオレは追い抜かれるな」
異世界間を行き来する能力を未来が習得する日はそう遠くないと、期待する鈴木なのだった。
「嬉しいよーっ!鈴木の指導のおかげ!」
持つべきものは優れた師匠である。未来が自己流で闇撫の能力を極めようとしても、こんなに上手くはいかなかっただろう。
「でもまだこんな小さい穴じゃ駄目だね。もっと大きな穴が作れるようにならなきゃ」
せめて人が通れるくらいの大きさにせねばと、気合を入れる未来である。
「じゃあ未来、悪いがオレはそろそろ五人との修行に行くが…」
「うん。鈴木、ありがとう。いってらっしゃい!」
鈴木が修行に向かえば、そこからは未来の自主トレが始まる。未来は食事や家事、睡眠以外の時間、ほとんど稽古場にこもりっきりだった。
集中していた未来は気づかなかったが、鈴木とほぼ入れ違いに蔵馬が稽古場に入ってきた。
「……未来」
真剣な未来の横顔を蔵馬はしばらく無言で見つめた後、呼んだ。
「蔵馬、来てたんだ!」
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう。蔵馬と会うのクリスマスぶりだね。皆の修行の様子を見に来たの?」
「それもあるけど…」
月に数回の頻度で六人の様子を見に幻海邸を訪れている蔵馬だが、今日来た理由はそれだけではないらしい。
「未来を初詣へ誘いに来たんだ。未来もたまには外出したいでしょう」
この一週間幻海邸の外へ出ていない未来からすれば、とても嬉しい申し出だ。
「ありがとう、行きたい!ちょっと待っててね、出掛ける準備してくるから」
それに未来には、誠意をもって蔵馬に話さねばならないことがあった。
一週間前のクリスマスイブ。飛影が好きだと気づいた次に未来の頭に浮かんだのは、蔵馬の顔だった。
飛影が好きだと気づいて感じた胸の痛みの理由の一つに、蔵馬の存在もあったから。
「八人暮らしはどう?」
「賑やかで楽しいよ。鈴駒が盛り上げ役でいつも元気でさ」
皿屋敷市内の神社へ赴いた蔵馬と未来は、世間話をしながら大勢の人で賑わう境内を並んで歩き、参拝をすませた。
「蔵馬。この後少し時間ある…?話したいことがあるんだ」
意を決して、蔵馬にそう切り出した未来。
話そうとしている内容故に、気が進まずまるで鉛の塊を胸にずしんと落とされたような気分になる。
「実はオレも未来に話があるんだ」
「え…蔵馬も?」
「ああ」
二人は近くの喫茶店に入り、ソファ席に向かい合った。
「オレから話してもいいかな」
「うん」
外にいて冷えた手を注文した紅茶のカップで温めながら、未来が頷く。
「オレの未来への気持ちは、半年前と変わってないよ」
すなわち、今でも君が好きだ、ということだ。
突然、前触れもなく告げられた愛の言葉に未来の心臓は大きく跳ねる。
「あの、蔵馬、私」
「未来、続けさせて」
有無を言わさない口調で蔵馬が遮り、柔らかかった彼の雰囲気が変わった。
「未来。単刀直入に聞くけど、魔界へ行こうとしてるだろ」
「! なん、で…」
鋭い眼差しで言い当てられて、動揺が隠せない未来。
「鈴駒たちから聞いてるよ。オレが用意した薬草を未来も食べていて、寝る間も惜しんで稽古場にこもってるって」
エネルギーを貯めるには時間を要する。再び霊界特防隊に元の世界へ追い返されるまで余裕はあるはずなのに、不自然なくらい未来は焦り早く技を磨こうと急いでいた。
「そこまで未来が一生懸命になる理由は他にあるんじゃないかと考えたら……魔界に、早く行きたいんだろうなって」
蔵馬には全て見抜かれているのだと、そこで未来は悟る。
魔界にいる飛影に早く会いに行きたいという気持ちを、知られてしまっている。
「ごめん。たまたま聞いたんだ。一週間前、幻海師範との会話をさ」
口元だけは無理やり微笑んで、自嘲的に言った蔵馬。その瞳の憂いは隠せていないくせに。
「蔵馬……」
まさかあの会話を聞かれていたとは予想もしておらず、驚きと衝撃は大きかった。
罪悪感で胸が曇り、蔵馬の顔を見るのがつらい。けれど決して逸らしてはいけないと、未来は真っ直ぐ彼を見つめる。
この痛みは、己が受けなければならない痛みだ。
「蔵馬。今度は私の話をさせて」
これ以上蔵馬だけに話をさせるわけにはいかなかった。
彼はきっと、話があると言って未来が今日告げようとしていた内容を察していた。
未来が言いにくいであろう話題を自分から率先して口に出した蔵馬の優しさに、これ以上甘えるわけにはいかない。
「この一週間、迷ってた。飛影への気持ちを、蔵馬に伝えるべきかって。蔵馬が私に告白してくれたのは半年も前だったし…」
蔵馬が今でも自分のことを好きでいてくれるのか分からず、今日まで迷ってきた。
「でも…己惚れるなって言われるとしても、やっぱり伝えるべきだと思った」
蔵馬から告白されて、未来は本当に嬉しかった。
こんな自分のことをすごく想ってくれていたんだなと伝わる、真摯で素敵なものだったから。
そんな風に想いを伝えてくれた蔵馬には、同じように誠意を持った態度で向かい合い、きちんと自分の正直な気持ちを伝えるべきだと未来は思ったのだ。
「蔵馬、私ね……」
言わなきゃ。
そう思うのに、言葉に詰まる。
こみ上げてくる涙に自己嫌悪が増して、必死にこらえた。
「あの…」
「うん。ゆっくりでいいよ」
急かさず静かに待っていてくれる蔵馬が優しくて、また泣きそうになる。
いつだって蔵馬は優しかった。
未来の大切な人。
そう実感すればするほど、喉の奥に言葉が押し込まれるけれど……今度こそ未来は覚悟を決める。
「ごめんね。私、蔵馬の気持ちには応えられない。……飛影のことが好きなの」
震える声で、一気に言い切った。
俯く未来と、蔵馬の間にしばしの沈黙が流れる。そうして蔵馬は何かを吹っ切るように瞼を閉じると。
「わかった」
再び瞼を上げた時、短くそう言ったのだった。
「帰ろうか。幻海師範の家までおくるよ」
蔵馬はどうして、こんな時にもひたすら優しいのか。
罪悪感や申し訳なさで胸が張り裂けそうだ。
「蔵馬、ごめんね。ありがとう。もう迷惑かけないようにするから。これを最後に外出もしないようにするし」
告白を断っておいて、これ以上蔵馬を頼り甘えることは出来ないと思い、未来が早口で述べる。
「もしどうしても外出したかったら他の人に頼むから」
「誰に?あの六人は結界から出られないのに」
「それは…」
幽助や飛影が不在の今、霊界特防隊に対抗する力を持ち未来を守ることのできる人物は蔵馬の他にいなかった。受験生の桑原には頼めない。
「水くさいよ、未来」
下がり眉になって、寂し気な表情をした蔵馬が言う。
「仲間だろ」
どうしてこんな当然のことが分からないんだという口ぶりで。
「っ…」
じわじわと、未来の瞳に堪え切れない涙がたまっていく。
「うん…」
蔵馬が“仲間”と言ってくれたことが、未来は途方もなく嬉しかった。
告白を断ったくせに、これからも変わらず友達でいたいなんて虫が良いかな。私の我儘かな。
蔵馬はそう思えないかもしれない。距離を置きたいと考えるかも。
未来をつきまとっていた、諸々の不安が解消されていく。
「オレはいつでも未来の力になりたいと思ってますよ。もちろん幽助や飛影、桑原くんに対しても」
「私も、いつでも蔵馬の味方だから」
こみ上げる嗚咽と涙をこらえ、未来がしっかりと蔵馬の目を見て告げた。
「蔵馬…前から気になってたけど、黄泉とは純粋に元仲間ってわけじゃないよね?」
自分と黄泉がただの“お友達”ではないと言い当てた未来に、蔵馬は意表を突かれる。
「だってあの六人が幽助じゃなくて黄泉側につくとは思えないから…蔵馬は黄泉を裏切るつもりなのかなって」
未来の知る蔵馬は、仲間にそんなことを出来る人ではなかった。
どんな理由や背景があるのかは知らないが、黄泉との関係は未来の想像以上に複雑なのかもしれない。
「私たちは蔵馬の味方だから。蔵馬が困ってる時には手を差し伸べたいし、守りたい」
「ありがとう。未来の想像の通りだよ。オレは黄泉を信用していないし、黄泉もオレを信用していないだろう」
多くを見抜いていた未来に、黄泉を警戒している事実を蔵馬は隠さず話すと決める。
「オレは未来が戻ってきたことを、事情があって黄泉に知られたくないんだ。だからオレ以外の人間と未来は外を出歩かないでくれ」
万が一バッタリ義弟や母と未来が顔を合わせてしまったら、空を経由して黄泉に彼女の帰還がバレてしまう。
「わかった」
詳しい理由は分からないが、きっと蔵馬は未来を守ろうとしてくれている。
そう感じた未来は素直に頷いた。
もしかしたら、蔵馬は今までもこんな風に、未来の知らないところで未来を守ってくれていたのかもしれない。
未来は何度も飛影にも命を救われてきた。
武術会では敵の攻撃から何度守ってもらったことか。
飛影が目の前で分かりやすい形で守ってくれる人なら、蔵馬はトラブルを未然に防ぐような守り方をする、起こったとしても相手の知らぬうちに対処してしまうような人だった。
そしてどんなに大変で傷ついていたとしても、蔵馬は大したことがなかったような顔をして、優しく笑ってくれるのだ。
どうしたの?と聞いてもはぐらかして、きっと蔵馬は言わない。
君を守るために戦っていたんだよ、なんて。
蔵馬は母親や家族、大切な人たちを今までもこれからも、そうやって守っていくのだろう。
ギュッと胸が掴まれ切なくなる。
そんな蔵馬が、未来は仲間として大切で大好きだ。
(蔵馬、好きになってくれてありがとう。気持ちに応えられなくてごめんね)
蔵馬が悪いんじゃない。
蔵馬に落ち度なんてない。
自分にはもったいないくらいの人だ。
ただ、未来が飛影じゃなきゃダメなだけなのだ。
「でも未来、オレもそこまでお人よしじゃないから未来の恋に関しては応援はできないし、味方にもなれませんよ」
「え」
先ほどの真剣な表情とは打って変わり、些かおどけた調子で蔵馬が切り出した。
「魔界に行くのも反対だ。そもそも、途方もなく広い魔界でどうやって飛影を探すつもりですか?」
「え、えと」
「運よく探し当てたとして、軀軍の敷地に足を踏み入れた瞬間に不法侵入者として攻撃を受けるでしょうね」
「う」
「まあそれ以前に、未来の場合、魔界に降り立って間もなく三下の妖怪に殺されそうですけど」
「……」
畳みかけられる容赦のない蔵馬の言葉に、未来の顔色は青ざめていく。
いかに自分が楽観的で無計画だったか思い知った。
未来は魔界へ行ければ飛影に会える気でいたが、たとえ行けたとして問題は山積みだったのだ。
「蔵馬~~どうしよう!?」
「さあね。オレは協力しないと言ったでしょう」
諦めるべきだと思いますよ、なんて冷たく意地悪な台詞まで投げかけられた。
ふふんと微笑をたたえてはいるが、蔵馬の目は本気である。
「ま、まあなんとかなる!きっと!」
「根拠は?」
「ないですけど……」
蔵馬から呆れた視線を向けられて、居た堪れなくなる未来。
先ほど惚れたフラれたなんて話をしていたとは思えない、気まずさなんて無縁の空気がそこにあった。
「さあ、今度こそ出ようか。暗くなってきたしね」
日が落ちてきた窓の外の景色を一瞥し、蔵馬が立ち上がる。
未来もそれに続き、会計をすませると二人で店を出る。
先ほどあんな話題をあえて持ち出したのは蔵馬なりの気遣いなのだろうなと感じ、未来はしんみりとした気持ちになった。
***
未来を幻海邸までおくり、蔵馬は一人帰路につく。
嫌が応でも喫茶店での彼女との会話、今日までの一週間を思い返してしまう。
辺りはもう真っ暗で、時折街灯の明かりが蔵馬の綺麗な横顔を照らしていた。
飛影が好き。
そう言い切った未来の台詞を聞いてしまった時は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
その後のクリスマスパーティーで、自分はうまく笑えていただろうか。
この一週間未来から逃げていたが、今日ようやくちゃんとフラれる決心がついて幻海邸へ赴いた。
飛影のように“行くな”と未来へ告げていたら、また何か違ったのだろうか。
“霊界からも、世界を全部敵にまわしても未来を守るからオレの傍にいてほしい”
クルーズ船の上で、そう正直に伝えていればよかったのだろうか。
あるいは初めてのデートの時に飛影にフェアじゃないと遠慮なんてせずに告白してしまっていれば、今頃うまくいっていたのかもしれない。
そんなことを考えてしまうけれど……どうしたって自分にはああいうやり方しか出来なかったのだろうと蔵馬は認める。
半ば意地だった。
蔵馬は蔵馬のやり方で未来を守りたかったのだ。
未来を守るために、たとえ己の想いを犠牲にしてでも彼女のことを一番に考えた蔵馬が思う最善の方法で。
そして、飛影を出し抜くようなやり方もとれなかった。
物思いに耽っていれば、あっという間に自宅につく。
リビングからテレビの音声が聞こえてくる以外、家の中は静かだった。
そのまま洗面台へ向かった蔵馬は、鏡を見ぬまま冷水で顔を洗う。
ひとしきりそうして蛇口を止めれば、下を向く蔵馬の整った顔と髪をそって、流れ落ちる水滴。
これで頬を伝っていたものが、何だったのか分からなくなった。
タオルで顔を拭き終えた蔵馬がリビングの扉を開けると、義弟が一人でテレビを観ている。
「親たちは買い物行ってるぜ」
蔵馬が帰ってきたことに気づいて、視線はテレビ画面から離さずに、義弟に寄生している黄泉軍の鯱の使い・空が応える。
「そうか」
声色は平淡だが、蔵馬の空を見据える瞳は冷たく、それでいて闘志に燃えているようにも見えた。
こいつにだけは未来の帰還を知られてはならなかった。
家族同様、未来は蔵馬の弱点だ。
知られれば、未来に興味を持っていた黄泉が彼女とコンタクトをとろうとしてくるのは必至。鯱の標的の一人にもなってしまうかもしれない。
蔵馬はこれからも、蔵馬のやり方で愛する者たちを守っていくだろう。
母親、義弟、新しい父親。
未来と、そして仲間たちを。
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