Ⅲ 魔界の扉編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
✴︎63✴︎水兵-seaman-
二日後、皿屋敷中学の屋上にて未来は幽助と桑原にコエンマから聞いたことを洗いざらい話していた。
「これだからクソマジメな奴は始末が悪いよな。極端から極端へ走りやがる」
「自分が危険になるのを承知で穴開けて人間全員ぶっ殺したいとはなァ。オレにゃ全く理解できん」
幽助が舌打ちし、桑原が空を見上げ呟く。
「御手洗くんが心配だなあ」
「御手洗って…ああ、未来が前に蟲寄市で会ったって奴か。能力に目覚めて奴らの仲間になったんじゃないかって疑ってる」
浮かない顔で呟いた未来に、大凶病院で交わした会話を振り返る幽助。
「中学生くらいの子でね、大人しくて良い子そうだったんだよ。奴らに脅されて利用されたりしてないか心配」
「大変大変大変だよー!!」
未来が述べると同時に、血相を変えて櫂にまたがり文字通り飛び込んできたのはぼたんだった。
「さっき盟王高校へ行って蔵馬と海藤くんにも伝えたんだけどさ、魔界との穴が広がりきるまであと一週間しかないんだよー!」
「何!?」
ぼたんが告げた最悪の知らせに、幽助たちは絶句する。
「とにかくコエンマ様の話を聞いて」
ぼたんが霊界とつなぐモニターを取り出すと、画面に自室の椅子に腰をおろすコエンマが映る。
『ワシらの読みが間違っていたことが判明した。実際の穴の円はすでに1.7㎞まで達していたのだ』
淡々と語るコエンマの目元の隈には連日の疲れが表れていた。
『空間の歪みを解析した結果、実際の円の中心は地下550mにあることが分かった。敵は地下深い巨大な広場で球状の歪みを作っていた。地上に投影された円は中心からずれた級の断面に過ぎなかったのだ』
コエンマの言葉が、幽助と未来の右耳から左耳へそのまま通り抜けていく。
「おい画面が見えねえオレにも説明しろよ」
「難しくてオレにもよくわからんかった」
「とにかく予想が外れて穴が思ったより大きかったってことらしいよ」
暗黒武術会以後なぜか霊感がなくなった桑原が喚くも、通訳にならない幽助と未来である。
『その代わり場所は分かった。入魔洞窟だ』
蟲寄市郊外に入り口のある、長大な地下水脈の流れる大規模洞窟だという。
「よっし場所さえわかればこっちのもんだ。早いとこ蔵馬たちに連絡して洞窟に直行だぜ!行くよな桑原、未来!」
桑原と未来に同意を求める幽助だが、二人からの返事はない。
「どうした。早くしろよ」
「いやっ、あの、その」
「えっとー…」
「なんだオメーら、気持ち悪いな」
もじもじ身体をくねらせはっきりしない二人に、幽助は顔をしかめる。
「今日は私と桑ちゃんダメなんだ」
「はあ?なんでだよ」
「実はな…」
がさがさと桑原がポケットを漁って、チケットだろうか、長方形の紙を取り出す。
「今日メガリカの初来日ライブがあるのだ」
「ごめん幽助!そういうことだから!」
「なっ…」
にんまり顔で断りを入れる桑原と未来に、幽助とぼたんは二の句が継げない。
「馬鹿かてめーらライブごときで!」
「ごときとは何だメガリカをバカにしたら殺すぞオラ!」
「そうだそうだ!」
「未来…いつの間に桑ちゃんに布教されて…」
常識人だと思っていた未来がすっかりメガリカ熱狂的ファンと化していて、ぼたんはホロリと涙をこぼす。
暗黒武術会開催前、桑原に勧められベストアルバムを購入して以来、人知れず未来はメガリカに魅せられていたのだ。
「メガリカは私の元居た世界にはいないアーティストなんだよ!?もう今回を逃したら彼らのライブには行けないかもしれない…!」
未来がぎゅっと拳を握りしめながら、メガリカへの愛を熱く語る。
「たとえ明日地球が滅亡しようが私は行くから!」
「未来ちゃんよく言った!ファンの鏡だぜ!」
大きな声で宣言した未来に拍手を送る桑原。
付き合ってられんと幽助はしっしっと二人を追い払う仕草をする。
「あー、わかった。勝手に行きやがれ。こっちも霊力のないテメーらのお守りは真っ平だ」
「何だとォ!?テメーの力なんざダニのクソほどにも借りるかってんだ馬鹿野郎!」
「もし敵に襲われてもメガリカライブに行けたなら私は後悔はないよ!」
「はっ。知らねーぞ」
「あっ、幽助!」
屋上から立ち去ろうとした幽助を、未来が呼び止める。
「ていうか今日洞窟に行くのは危険だと思うよ!もっと準備してから行った方がいいよ!」
一刻も早くアジトに向かおうとしていた幽助は最もな忠告をする未来に反論できず、苛立ちが募る。
「うっせえオレの好きにさせろ!」
「一人で乗り込もうなんて馬鹿な真似しないでねー」
「オメーに言われたくねえよ!」
「人間界は終わりかもしんない…」
仲間割れを始めた彼らに頭を抱え、深い溜息をつくぼたんなのであった。
***
メガリカライブの帰り、しとどに降る雨の中、人気のない住宅街を五人で歩く。
「最っ高だったね!」
ライブの熱が冷めやまない未来が叫ぶ。
傘がなくて雨に濡れるのも全く気にならないほど、未来は高揚していた。
それは一緒にライブに行った桐島、大久保、沢村、そして桑原も同じだ。
「この勢いでカラオケ行きましょうよ!」
「よっしゃ今日は喉がつぶれるまで歌いまくるぜ!」
盛り上がる一行は、尾行されていることに気づかなかった。
「どこのカラオケ行く?」
「そりゃ洋楽たくさん入ってるとこだろ」
「あれ?沢村は?」
沢村がいつの間にか消えていたことにも…。
「沢村くん?どこー?」
きょろきょろ辺りを見回す未来は、突如視界に現れた化け物に息をのんだ。
透明な水でできた巨大な生物が、桐島めがけて襲い掛かる。
「桐島!危ねえ!」
間一髪、桑原が盾になることで桐島への致命傷を避けることができた。
「雨の日を待っていた…。オレの能力が最大限に生かせる雨の日を」
目深に黄色いフードを被った縮れ毛の少年が、パシャン、パシャンと水たまりを踏みつけながらこちらに近づいてくる。
先ほど桐島を攻撃した、巨大生物を従えて。その腕には沢村が捕らえられている。
「あなたは…御手洗くん!?」
一か月前の蟲寄市での出会い以来、御手洗と邂逅する未来。
どうやら未来が危惧した通り、御手洗は能力に目覚め仙水たちの仲間になってしまっていたようだ。
「まさかあの時のあんたが異世界から来たっていう永瀬未来だったとはね」
「御手洗くんが…水兵(シーマン)だね?」
「ピンポーン。オレは血を液体に混ぜることで液体生物を創り出せる。こんな風にね」
御手洗が指先から血を一滴地面に垂らすと、沢村を捕らえる化け物と同じ形態をした、小さな生物が誕生した。
「早く沢村くんを放して!」
「オレたちの目的は未来、君だ。君がこちら側に来て協力するってならいいよ」
「なっ…」
予想外の交換要求をしてきた御手洗に、未来は眉間にしわを寄せる。なぜ彼らの目的が自分なのか、未来は全く分からない。
「そんな要求黙ってきくわけねーだろうがよ!ざけんなテメー!」
こめかみを怒張させた桑原が小さな液体生物に襲いかかるも、その身体はすぐに再生してしまう。
「はははは、バーカ!そいつは液体生物だぜ。いくら殴ろうがすぐに元通りさ」
可笑しくて仕方ないとでも言うように、御手洗が高らかに嘲笑う。
「沢村を放せ!」
「うおおー!」
「桐島!大久保!よせ!」
桑原が止めるも、御手洗に飛び掛かった桐島と大久保は巨大生物に捕らえられ返り討ちにされてしまった。
「クソ!」
桑原が立ち向かうが、不死身の液体生物に殴られ霊力のない彼は手も足も出ない。
「これで人質は三人になったぜ。はっ!お前らはボクの血液数滴以下の強さってわけだ!」
「御手洗くん…どうして奴らの仲間になってしまったの!?」
未来が以前会った御手洗は、大人しくとてもこんな悪行をするような少年には見えなかった。
仙水たちに御手洗が脅され利用されていないかと心配していた未来。
しかし、予想に反し御手洗は無理やりではなく自分の意思と信念に従い行動しているように思える。
「うっせえ!オレは何も変わってない!ずっとこのクソみたいな世の中をぶっ壊したかった…!」
御手洗の叫びに、未来はあの日見た彼の瞳を思い出す。
まるで世界の全てを憎んでいるような、暗い瞳を。
「御手洗くん…」
そして、どこか助けを求めているような瞳を。
あの時と同じ目を、今の御手洗はしている。
その時、大きなエンジン音を鳴らし、バイクに乗った眉目秀麗な青年が現れた。
「刃霧!」
「久しぶりだな」
未来も見覚えのある男の名は、刃霧要。
能力名は狙撃手(スナイパー)で、御手洗と会った同じ日に蟲寄市で未来は彼とも顔を合わしている。
「これで人質は三人になったぜ。未来、三人を助けたければ刃霧についていってもらおう」
「ぐっ…」
メガリカライブに行ければ敵に襲われても後悔はない、そう言っていた未来だが他人を巻き込むことは想定していなかった。自分の認識の甘さを痛感し、強く唇を噛む。
沢村たちが襲われてしまった責任は、まぎれもなく自分にあると未来はうなだれた。
「早く決めろ。でないとこいつらが溺れ死ぬぜ?」
液体生物が沢村たち三人を体の中に取り込み、呼吸のできない彼らを溺れさせようとする。
「わかった!行く!行くからやめて!」
苦しむ三人の姿に、未来が悲鳴をあげた。
「聞き分けがいいな、未来」
御手洗がニヤリと笑うと同時に、巨大生物が三人を解放した。
「未来ちゃん!行ったらダメだ!罠かもしれねえ!」
「このままじゃ皆が死んじゃうから…」
液体生物に殴られて満身創痍の桑原が必死の声で止めるも、未来は刃霧の元へ向かう足を休めない。
「乗れ」
バイクに乗った刃霧は未来にヘルメットを投げて寄越すと、自分の後ろにまたがれと顎でしゃくる。
未来はヘルメットを被ると、大人しく刃霧の指示に従った。
「私は大丈夫だから。桑ちゃん、後は頼んだよ!」
別れ際、桑原にそう告げると、未来と刃霧を乗せたバイクは出発した。
「どこに連れてく気?仙水忍って奴のとこ?入魔洞窟?」
「へえ、もうそこまで知ってるのか」
尋ねてきた未来に、豪雨の中バイクを運転する刃霧は感心したように呟く。
「私たちの推理力と情報網ナメないでよね!質問に答えて」
「オレたちのアジトに来てもらう」
「アジト?どこにあるの?」
「着いてからのお楽しみだ」
だんだんと強くなってくる雨。
ゴロゴロと雷も鳴り出し、急いだ方がよさそうだと刃霧は判断する。
「とばすぞ。振り落とされたくなかったらもっと掴まるんだな」
未来が不服ながらもしがみついてきたのを確認すると、刃霧はスピードを上げたのだった。
未来が連れてこられたのは、なんの変哲もないマンション。
刃霧と共に無言でエレベーターに乗り込み、最上階まで上昇する。
「…ねえ、なんで私を連れてきたの?」
沈黙を破ったのは未来だった。
「オレたちの計画にはお前が必要だと、仙水さんは読んでいる」
自分は全く役立ちそうにないのに、その読みは間違ってるんじゃないかと未来は思ったが、用無しと判断されて殺されても困るので黙っておく。
「計画って、魔界につなぐ穴を開けるってやつか。正気なの?自分たちの身も危なくなるっていうのに」
「かまわないさ」
そう答えた刃霧を、未来はおかしなものを見るような目でじとりと睨む。
(私これから何されるんだろ…)
途端に未来を恐怖が襲う。
沢村たちを助けたい一心でここに来たが、あまりにも無謀で危険な決断を自分はしてしまったようだ。
(殺されたらどうしよう…。でも私が必要って言うくらいだから殺さないかな?)
己に一体どんな利用価値があるのか未来は皆目見当がつかないが、非力な彼女はとにかく相手の指示に従うしかない。
(アジトには仙水もいるのかな)
先日垣間見た、不気味なあの男に今から対面することになるかもしれないと想像するだけで身震いがする。
最上階に到着したエレベーターをおり、刃霧は廊下の一番奥にある部屋のドアを開けると、入れ、と未来を中に促した。
玄関には、小学生くらいの子供の靴だけがおいてあり、未来は不審に思う。
「ちょ、ちょっとあんたどこ行くの!?」
自分を残し、立ち去ろうとする刃霧に未来は眉根を寄せる。
「仙水さんの所だ。おそらく穴の様子を見に行ってるんだろう」
刃霧の考えていることが未来は分からない。
自分を無防備に一人でここに置いて行ったら、みすみす逃がすようなものではないか。
「逃げれるものなら逃げてみろ」
未来の考えが読めたのか、刃霧はそう告げるとバタンとドアを閉め出て行ってしまう。
残された未来をぞわりとした感覚が包んだ。
(誰かがテリトリーを広げた…!?)
未来が背後を振り向くと、ニカッと笑う幼い顔と目が合う。
「やっほー。久しぶり!」
「あ、天沼くん…!?」
思いがけない少年との再会に、未来は目を見開いた。