Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎62✴︎いざ霊界へ
帰宅した室田、入院することになった城戸と別れ、大凶病院を後にした幽助、未来、幻海、柳沢の四人。
幻海邸で蔵馬たちと合流し、一連の出来事を彼らに語る。
「オレたちも尾行されていたよ。罠かもしれないから放っておいたが」
蔵馬の言葉に桑原、ぼたん、海藤がうんうんと頷く。
「穴の中心に行ってみたが、ただの原っぱだった。地上にいないということは術者はおそらく地下だ」
「なるほど。とにかく今日はもうこれで解散した方がよさそうだね。皆くれぐれも一人で行動しないこと。分かったね」
幻海がまとめ、ひとまずその場はお開きとなった。
「蔵馬」
「未来。どうしたんだ?」
神妙な顔つきで近づいてきた未来に、蔵馬が訊ねる。
「頼みがあるの。一緒に霊界に行ってほしい」
これから話すことを頭脳派の蔵馬とも共有しておきたいと思い、未来は彼を頼ったのだ。
二人は以前にも一度、共に霊界を訪れたことがあった。
「いいけど、どうして」
「コエンマ様に会いたい。ちょっと気がかりなことがあって…。確信は持てないから、まだ皆に言うのはよしておこうと思うんだけど」
これまでにないほど真剣な未来の瞳に、ことの重要性と緊急性を感じた蔵馬。
「わかった。いいよ。今から行こうか」
「ありがとう、蔵馬」
二人は幻海邸の和室で幽体離脱を行うと、コエンマに会うため霊界へ向かったのだった。
ちなみに未来は暗黒武術会の後、幻海と特訓を行い自力で幽体離脱できるようになっていたのだった。
「首謀者に心当たりがあるって?」
コエンマの宮殿まで歩く道すがら、衝撃の未来の発言に思わず聞き返してしまう蔵馬。
「うん。あの男を見た時どこかで見た顔だなって思ったんだけど、以前コエンマ様からもらった本にのってた人にそっくりだって気づいたの!」
未来は持参した『霊界重要参考人』と表紙に書かれた本を広げる。
暗黒武術会で未来が裏御伽チームに潜入することになった時、コエンマがくれた本だった。
「これこれ、見て!この写真より歳はとってたけど、あの男と同一人物だと思う」
「仙水忍…。元霊界探偵だと?」
未来が指差したページに写る、黒髪の青年に蔵馬は眉を寄せる。
「だとしたら…コエンマは首謀者を知っているはずですね」
「そう。だからコエンマ様に報告しなきゃと思って」
幽助と同じ霊界探偵であった男が今回の事件の首謀者だなんて、にわかには信じ難いが、とにかくコエンマに伝える必要があるだろう。
宮殿に入ると、未来はコエンマの自室の扉をノックする。
「コエンマ様。未来です。蔵馬と来ました」
「おお、入れ入れ」
コエンマの返事に、未来はガチャリと扉を開ける。
「どうした二人共。何かあったか?」
「わあ、未来さん、蔵馬さんお久しぶりです」
「こんにちは。実は…」
部屋の中央の大きな机に鎮座したコエンマと、その傍らに立つ側近のジョルジュ早乙女に挨拶すると、未来は早速本題に入る。
「私、首謀者が誰か分かったんです!コエンマ様が前にくれた本にのってました。仙水忍、元霊界探偵の男です!」
未来は霊界重要参考人の本の該当ページをコエンマの前に広げる。
「…それは本当か?未来」
「はい。確証は持てないですけど、この写真の男にそっくりでした」
コエンマは言葉を失っているようだ。
まさか、かつての部下である身内に首謀者がいたなんてよほどショックだったのだろうと未来は思った。
しかし。
「コエンマ。首謀者の正体に前から感づいていましたね?」
思わぬ蔵馬の台詞に、未来は耳を疑った。
「え…?」
未来は黙りっぱなしのコエンマと、射るような瞳を彼に向ける蔵馬を交互に見やる。
「図星ですか」
「コエンマ様、私が今日報告する前から仙水忍が首謀者だって気づいてたんですか?じゃあどうして黙って…」
「確証がなかった。まあ、信じたくなかったというのが本音だろうな」
いつになく緊迫する場に、ジョルジュ早乙女が居心地が悪そうにしてそっと三人にお茶を出す。
「正義感の強く、度が過ぎるほど潔癖な男だった。十年ほど前、“黒の章”という極秘ビデオを霊界から持ち去って奴は姿を消した」
「黒の章?」
「人間の陰の部分を示した犯罪録ですよ。今まで人間が行ってきた罪の中でも最も残酷で非道なものが何万時間という単位で記録されている」
聞き慣れない単語に首を傾げた未来に、蔵馬が説明する。
「姿を消す直前に口癖のように奴は言っていた。人間は生きる価値があるのだろうか、守るほどの価値があるのだろうか、とな」
「コエンマ。なぜ仙水は180°立場を変えてしまったのですか?守るべき人間を脅かす立場に…」
「そうだよ。なんで霊界探偵だった人がそんなこと…」
「強い霊力ゆえに仙水は幼い頃から妖怪に命を狙われ続けていた。仙水にとって妖怪は存在そのものが悪であり人間の敵だった。そんな仙水が一転して人間不信に陥る事件があった」
魔界へと繋ぐ大きな穴を開けようと企む、仙水忍という男。
彼が変わってしまったある出来事を、コエンマは淡々と語り始めた。
「きっかけはワシが出した、魔界に通じた穴を塞ぐことという指令だ」
「以前にも穴を開けようとしていた人物がいたんですか!?」
「ああ。未来もよく知っている人物だぞ。その時の穴は今回ほど大規模ではなく、低級妖怪を召喚するための小型の円だっただがな」
「もしかして…左京ですか?」
未来が口にした名前に、正解だとコエンマが頷く。
左京は生前、魔界との間に大きな穴を開けたいとの野望を未来とコエンマに語ったことがあった。
「仙水はそこで見てはならないものを見た。人間の酷悪の極みともいえる、悪の宴だ」
人間が欲望のままに妖怪を食い物にする…口に出すのも憚られる残酷な光景を仙水は目にしたのである。
「似てますね。垂金の別荘に行った時と」
「うん。あの時、人間の垂金は妖怪の雪菜ちゃんを監禁してたもんね」
「お前たちと決定的に違うところがある。仙水はその場にいた人間を全て殺した」
コエンマが述べた事の壮絶な顛末に、未来は息をのんだ。
「今にすれば仙水は使命感が強すぎたのかもしれん。奴は人間そのものの存在に悪を感じてしまったのだ」
目を伏せたコエンマが、抑揚のない声で言った。
***
「衝撃的な話だったね…」
霊界から戻ってきた未来の開口一番はそれだった。
「ああ。まさか首謀者が元霊界探偵だったとはね」
「でも私、なんとなく仙水の気持ちも分かるんだ。必ずしも人間が正義で妖怪が悪ってことないから…」
神谷戦で、幽助が人殺しにならなくてよかったとほっとした時の心情を未来は思い返していた。
妖怪が敵なら殺しても問題ないが、人間なら罪に問われるなんて、どちらも同じ命なのに本当はおかしいのだ。
妖怪の中には確かにとんでもない悪党もいたけれど、未来が好きになった素敵な妖怪だってたくさんいた。
蔵馬や飛影、雪菜、陣、凍矢…。
妖怪の仲間たちの顔が、次々と未来の脳裏に思い浮かぶ。
彼らと自分たち人間の、一体何が違うというのだろう。
残虐非道な者は、人間の中にだっている。
耳を塞ぎたくなるような悲惨なニュースが、街にはあふれ続けている。
「だからって人間を皆殺しにしようってなる気持ちは理解できないけどさ」
仙水の行動が正気の沙汰とは思えない未来である。
「黒の章の影響もあるのかもしれませんね」
顎に手を当て考え込むようにしていた蔵馬が呟く。
「黒の章って、さっき言ってた人間の犯罪を収めたテープ?そんなにひどい内容なの?」
「普通の人なら五分ともたず人間の見方が変わるでしょうね。黒の章は内容の過激さ故に霊界の中でも限られた者しか見ることができないらしいし」
「へ、へー…」
顔を引きつらせている未来に気づき、蔵馬が慌てて付け加える。
「まあ、あくまで人間の一面ですから…。ごめんごめん。驚かせたね。心配しなくていいよ」
ぽん、と未来の頭に蔵馬が手を置いて彼女をなだめる。
「うん…」
「そういえば、飛影が黒の章を欲しがってましたよ」
「えー、飛影があ?」
しょうがないなあ、と言うような口ぶりで未来が小さく笑う。
「…飛影、今どこにいるんだろうね。敵に襲われたりしてないかな」
四次元屋敷での一件以降、戦線離脱し姿を消してしまった飛影。
自分たちがピンチになった時、奴は絶対来るという幽助の言葉を信じてはいるが、ずっと未来は飛影のことが気がかりだった。
「飛影は…大丈夫ですよ。彼が狙われる理由もないし、なんたって強いですから」
飛影と最後に対面した時のことを、蔵馬は思い返す。
“オレも未来が好きなんだ”
そう飛影に告げた。もう遠慮はしないとも。
ならば、もう少しだけ彼女といる時間を延ばしたって飛影は文句を言えないだろう。
「ところで未来。もうオレがこの前出した宿題はやった?」
唐突に話題を変えた蔵馬に、ギクッとする未来。
「まだ…だけど。だってそれどころじゃなかったし…」
罰が悪そうに俯き言い訳を始める未来に、蔵馬はクスッと笑う。
「分からないとこがあったら答えるよ?」
「ほんと?助かるよ!質問したい所があってね…」
問題集を取ってこようと未来が本棚へ向かう。
こうして戦いの合間にも、蔵馬と未来のお家勉強デートが開催されたのだった。