Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎61✴︎医師-doctor-
額を撃たれた室田の治療のため、一行は大凶病院を訪れていた。
包帯を巻かれた室田を囲み、病院ロビーのソファに座る。
室田が語った、オールバックで黒服の男の声の内容はこうだった。
皆殺しだ…
墓でこの世を埋めてやる
全ての人に墓を掘る
俺たち七人で墓を掘る
暗黒天使(ダークエンジェル)
門番(ゲートキーパー)
狙撃手(スナイパー)
美食家(グルメ)
遊熟者(ゲームマスター)
医師(ドクター)
水兵(シーマン)
あと一人必要だ
目星はついてる
扉が開く日も近い
ぞっとするような悪寒がはしるセリフに、一同はしばし沈黙となる。
七人の人物の特殊な呼び方は、おそらく彼らの能力に関係したニックネームだろう。
「あの男の声で手がかりになりそうなのはこれだけであとは異常な殺意だけだったぜ」
もう男の声を思い出したくもないと、室田はぶるっと体を震わせた。
「敵は今んところ七人か。で、魔界の扉を開くにはもう一人必要だと」
「浦飯さん、じゃあオレたちが先にその奴らの探している能力者を見つければ穴を開けるのを阻止できるかもしれないっすよね」
「ああ。だがどんな能力の人物なのか見当もつかねー。目星はついてるってくらいだから奴らがそいつとコンタクト取るのも時間の問題だろうし」
城戸に同意する幽助だが、見通しは暗い。
「…私、その狙撃手(スナイパー)って奴に、多分会ったことある」
「なんだと未来!?いつ!?どこで!?」
「一ヶ月前、この蟲寄市で。たしかに自分は狙撃手(スナイパー)だって名乗ってた…!」
衝撃の未来の告白に、有力な情報が掴めそうだと幽助らはつんのめる勢いで耳を傾ける。
「御手洗くんって突然気分が悪くなった男の子を、医師(ドクター)にみせるって言って…この大凶病院に連れてきてた」
忘却の彼方にあった重要な記憶の断片を、未来は少しずつ紡ぎ始める。
「切れ長の目をした、十代後半くらいの若い青年だったよ。名前はたしか…刃霧要…!」
「刃霧要!そいつが狙撃手(スナイパー)の名前か!さっきのオールバックの男とは違う奴か?」
「うん。刃霧の方がもっと若かったよ。それに…」
刃霧には、あの男のような薄気味悪さはなかった。
一目見た瞬間、こいつはやばい、異常者だと思わせる何かが、あの男にはあった。
「コレで室田を撃ったのはその刃霧とかいう狙撃手(スナイパー)だろうね」
幻海が消しゴムの切れっぱしを掴みながら言う。
「そ、そんなもんでオレの頭を割ったのか!?」
「どんだけー…」
空いた口が塞がらない室田と未来。
刃霧が相当の能力者であることを、皆はひしひしと感じる。
きっと、他の能力者も刃霧のようなツワモノばかりなのだろう。油断はできない。
「…思ったんすけど、御手洗とかいうその少年、能力に目覚めたんじゃないですかね」
それまで沈黙し、何か考えこむようにしていた柳沢がおもむろに口を開く。
突然の頭痛と嘔吐は、ちょうど能力に目覚めた頃に身に覚えがあった。
「おそらくな。狙撃手(スナイパー)は御手洗を仲間に引き入れるため医師(ドクター)の元へ連れていったんだろう」
幻海がこくりと頷く。
「御手洗の能力は何なんだろうな…」
顎に手を当て思案する幽助の横で、未来は猛烈な後悔に襲われていた。
(御手洗くん、悪い奴らの仲間にされちゃったのかな…。ああー!!私が刃霧に任せずついていれば!)
当時の自分をぶん殴りたい衝動にかられる未来。
「お、おい!御手洗は刃霧に大凶病院に連れていかれたんだろ!?だったらここにその医師(ドクター)って能力者がいるんじゃねーか!?」
怯える室田が叫んだ瞬間、六人を“違和感”が包んだ。
「誰かが領域(テリトリー)を広げた!」
「医師(ドクター)か!?」
周囲を警戒し、キョロキョロと辺りを見回す未来と城戸。
「気をつけろ!どっから何がくるかわからねーぞ!」
幽助が皆に注意を呼びかける。
「痛っ…」
「いてっ!」
突如、手の甲へのチクリとした微かな痛みを柳沢と室田は感じた。
「な、何この虫!」
二人の手の甲に噛み付いている注射のような針を持った虫から、未来は目が離せない。
「さ、寒い…」
「うああ…」
虫に刺された所から体中に斑点が出没し、高熱に襲われた二人は苦しみはじめる。
虫は病原菌かウイルスの役目を果たしているのだろうか、ますます敵が医師(ドクター)である疑いは濃厚となった。
「聖光気が効かない…!」
未来が柳沢と室田に聖光気を当てるも、彼らが回復する兆しはみえない。
「気をつけろ!虫は二匹だけじゃないかもしれん」
幻海が言うが早いか、気づけばあっという間に六人は大量の虫に囲まれていた。
「このままじゃ全員あの虫にやられる!」
「能力者を見つけんと二人の病気は進むだけだ」
能力者を倒すしか、この現状を打破する方法はない。
幻海と幽助は、病院内にいる医師(ドクター)を探すことを決意する。
「城戸!婆さん!行くぜ!未来は早く病院から出るか、どっか安全そうな場所に隠れてろ!」
「わ、わかった!気をつけてね!」
未来の言葉を背後に聞きながら、幽助は病院の廊下を飛び出した。
「クッソォ、どこにいるんだ!?」
三手に分かれ病院内のどこかにいる能力者をさがす幽助、幻海、城戸。
病院の二階を担当する幽助は廊下を走る。
「きゃああ!!」
「!? 下か!」
女性の悲鳴が聞こえ、幽助は階段を駆け下りた。
「城戸!」
騒ぎが起きている部屋の中には、手首を切られ出血し倒れた城戸がいた。
「外傷のショックで身体が硬直しているようだな…」
「だがまず大丈夫だ!発見が早かった」
白衣を着たたくさんの医師たちが城戸を囲み、彼の手当をしようとしている。
(医者 医者 医者だらけ!この中に犯人が!?それとももう逃げたのか!?)
幽助が思いあぐねていると、
「犯人は医者に化けてるそうだ!」
「全棟に連絡しろ!まだ凶器を持ってうろついているかもしれん」
医師が周りの看護師に口々に叫んだ。
能力者はこの病院の医者じゃなかったのか、と幽助は納得する。
「城戸、待ってろ!すぐ犯人を捕まえてくっからよ!」
そう城戸に告げ幽助が部屋を出ようとすると、途端に身体が動かなくなった。城戸が領域(テリトリー)を広げたのだ。
「城戸、オレに行くなと言っているのか!?」
城戸の能力、影(シャドー)で動けなくなった幽助が問う。
領域(テリトリー)を広げたのは、喋れない城戸の無言の訴えに違いない。
「オレにここにいてほしいってか!?心細いのはわかるが犯人を逃がしちまうだろ!」
その時、城戸の手の影が動いた。
自らの血をなぞり、床に文字を描いていく。
(か…み…や…!?)
それが犯人の名前か、と幽助が気づいた瞬間、眼鏡をかけた男の医師が指先で周りの医師を切り裂いた。
「予定変更。病院内の人間全て殺す」
「てめぇが神谷か!」
神谷は幽助も切り裂こうと襲いかかるが、城戸の影(シャドー)がとけていたため避けることができた。どうやら能力者が意識を失うと効力も消えるようだ。
「私の念でできたウイルスは強力だぞ。精神力の弱い者ほど死は早く訪れる」
神谷の念でできた大量の虫は、病院内の人間全員を刺すべく一斉に飛んでいった。
「能力者が意識を失うと効力が消えるとわかったからな。今すぐ気絶させてやるぜ」
「気絶…?くくく、それは無理だね」
幽助に連続パンチを浴びせられた神谷だが、不気味に笑みを浮かべている。
「オレは脳内の興奮物質を自在にコントロールできるのさ。気絶することもなければ痛みも全く感じねぇ」
ついでに肉体の機能も格段に高めることができるらしく、神谷の動きとタフさ、体力は並の人間のものではない。
「ウイルスを無効にするにはオレを殺すしかないぞ。だがオレは妖怪じゃない。お前に人間が殺せるかな?」
史上最凶と言っていいほど戦いにくい敵を前に、幽助はどう出るのか。
痛みは全く感じない。
気絶もしない。
高められた強靭な肉体。
切断された腕も縫合可能。
それでいて、妖怪ではなく生身の人間。
医師(ドクター)•神谷を前に幽助は苦戦を強いられていた。
「オレを殺すしか感染者を助ける方法はないぞ。だがお前にそれができるか?」
神谷の高速パンチに幽助も応戦するが、やはり殺せるほどの力を出すことができない。
「ゆ、幽助!虫がたくさん現れて…」
神谷が先ほど放った虫から逃げてきたのだろう、未来が廊下の曲がり角から現れた。
「未来!来るな!」
幽助が叫ぶも、未来は神谷に捕らえられてしまった。
「一歩も動くなよ。この女の首を落とすぞ」
神谷は未来の首にメスのように鋭い指先を這わす。
「…ん?お前未来か!?ウイルスに感染してないのも納得だが…。狙撃手(スナイパー)たちは何をやっているんだ。…まあいい。オレがこの女と逃げればいいだけのことだ」
未来の顔を一瞥すると、神谷が何やら意味深なことを呟いた。
「安心しただろ?これでオレを殺せない理由ができたぜ。このままオレを逃がしてくれれば女は殺さないしお前もオレを殺さないですむ」
「ふざけんな…未来をはなせ!」
こめかみに血管を浮かび上がらせた幽助が怒鳴るが、神谷はニタニタ笑っている。
「…ねぇ…なぜ穴を開けようとしてるの…?」
そんな神谷に、人質となっている未来が静かに問うた。
「穴を開けたら、自分も妖怪に殺される危険にさらされるんだよ!?」
自殺行為としか思えない神谷たちの行動が、未来には到底理解できない。
「オレは自分の死に方を今まで決めかねてきた。病気に殺されるのも時間に殺されるのもまっぴらだ」
その思想は、多くの人の死を見てきた医師である神谷だからこそ生まれたものなのだろうか。
「だが妖怪になら殺されてもいいな。全ての人間を殺してくれるなら。数えきれない屍の上、それがオレの死にば…」
「一人で勝手に死にやがれ」
非力な女だからといって、神谷は油断していた。
最後まで台詞を神谷が言い切る前に、未来がポケットに隠し持っていた塩酸を彼の顔に振りかける。
「うおおーーっ!!お、おのれぇ」
悶え苦しむ神谷が未来の腹を切り裂いた。
「未来!」
倒れる彼女の元に幽助が駆けよれば…。
そこには未来ではなく、未来の服を身につけた柳沢の姿があった。
「柳沢!?模写(コピー)の能力か!」
「き、貴様~」
「へっ。ざまあみやがれ」
悔しがる神谷に柳沢が唾を飛ばす。
「悪あがきはやめとけ。もう逃げられん」
「柳沢くん、作戦大成功だね!」
颯爽とその場に現れたのは、幻海。
隣には柳沢に服を貸したためか、ナース服を着た本物の未来がいた。
「最後の忠告だ…みんなを病気から解放しろ。さもねぇと殺す」
幽助の瞳は本気だ。
追い詰められ後がない神谷は、白衣の下から試験管の入ったケースを取り出す。
「わ、わかった負けたよ。実は血清があるんだ。これを注射すれば助かる」
「本当だろうな」
「誓う!誓うよ!オレだって本当は死にたくねぇ」
「騙されるな!!」
廊下に室田の叫び声が響いた。
「野郎の声を盗み聞いたぜ。その中味はただのブドウ糖だ!」
ウイルスに感染したため苦しそうにしながらも、力をふり絞って室田は神谷の嘘を幽助に伝えた。
見破られた神谷はちくしょう、と床に試験管入りのケースを叩きつける。
「てめぇ…救えねぇよ」
冷ややかな視線を幽助は神谷に投げかける。
「うるせぇー!!」
自暴自棄になった神谷は幽助に殴りかかるも、重いパンチの応酬をくらい窓の外へ投げ出される。
倒れた神谷は、二、三回ピクピクと体を震わせた後パタリと動かなくなった。
「あ!柳沢くん斑点が消えてる!」
「本当だ…神谷が死んだのか」
未来に指摘された柳沢は、正常に戻った自分の手をまじまじと見つめ、ほっと一安心だ。
(殺るしかなかった…ちくしょう…!)
敵を無事倒したものの幽助の表情は晴れず、苦々し気に神谷を殴ったこぶしを握り締める。
そんな愛弟子の心中を察したのか、神谷の死体に近づいた幻海は、胸をドンと強く叩く。
「こんな奴の命をお前がしょいこむことはない」
息を吹き返した神谷を一瞥し、幽助に向かって彼女は告げたのだった。
(よかった…。幽助人殺しにならずにすんだね)
そう胸を撫で下ろした自分に、未来はふと疑問を抱く。
(どうして私は、今まで敵が妖怪の時は殺したらダメと思わなかったんだろう…)
妖怪の中にはとんでもない悪党がいるが、人間の中にだって神谷のような奴や残虐な殺人鬼がいる。
同じ命のはずなのに、妖怪は殺しても罪には問われないのはなぜだ。
ひょっとして、今まで自分はひどく偏って恐ろしい価値観を持っていたのではないかとの考えに至る未来。
人間は必ずしも正義ではない。
妖怪は必ずしも悪ではない。
その真理こそが今回の事件の発端の根底に関わるのだと、この時の未来はまだ知らない。