Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎60✴︎盗聴-tapping-
「ひっでぇ有様だな…」
そこら中にのさばる無数の虫を睨んで、幽助が呟く。
四次元屋敷での一件から二日後。
幽助、幻海、未来、そして新たに仲間となった城戸と柳沢を加えた五名は蟲寄市の偵察に訪れていた。
「私が一ヶ月前に来た時より格段に増えてるよ~」
うっとおしそうに虫を振り払い顔をしかめる未来。
虫は霊感のある者にしか見えない代物で、蟲寄市の人々が全く虫を気にもとめず過ごしているのは未来らにとって異様な光景であった。まあ、見えていたら今頃パニックであろうけれど。
「蔵馬たちは大丈夫かなあ。いわば敵の本拠地に行ったんでしょ」
蔵馬、桑原、ぼたん、海藤たちは、魔界へとつながるという穴の中心部へ行っていた。
彼らの安否に未来は気を揉む。
「蔵馬は誰かさんと違って安心だ。ヘタなマネはせんよ」
「信用ねーなクソ!」
さらりと毒を吐く幻海に、誰かさんもとい幽助は苦い顔だ。
(飛影は、どうしてるのかな…)
未来が心配なのは蔵馬たちだけではない。
二日前に去っていってしまった飛影が気がかりで、未来はここのところずっと元気がなかった。ふとした時に彼のことを考えて、気分が沈んでしまう。
「!?」
突然、一行は“違和感”を感じ取った。
それは誰かの領域(テリトリー)に踏み込んだことを意味する。
「誰かが近くで能力を使っているみたいだね…!」
「この店が怪しいっすよ」
城戸が麻雀屋を顎でしゃくる。
目と鼻の先にいる未知の敵の存在に、未来は緊張でゴクリと生唾を飲み込んだ。
「行くぜ」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
勇猛果敢に店に足を踏み入れた幽助に、未来らも続いた。
「いらっしゃいませ」
入店した五人に店員が礼をする。
店内には店員二人と麻雀卓を囲む客が四人。
(この中の誰か、あるいは全員が能力者…!)
油断できない、と未来は今一度気を引き締める。
「げー、またあがりかよ」
「あんたこっちの手全部見えてんじゃねーの」
ガタン、と席を立つ客三名。
どうやら残りの一人が勝ち続けていたらしく、付き合ってらんねえ、と悪態をつきながら店を後にする。
「オレは心の中が読めるんだよ」
そんな彼らに、残った男が意味深なセリフを吐いた。
「そこの連中。何か用か?お前らも能力者だろ」
瞬間、より一層の緊張が未来たちに走る。
(な、なんで知ってるの!?)
思わず城戸と柳沢の方を振り返る未来。
「だから言ったじゃねーか、オレは人の心が読めるってよ。お嬢ちゃん?」
「!!」
続けざまに心の中を見透かされていて、未来は言葉が出ない。
「で、何の用だよ」
「穴を掘ってる奴らを探してる」
椅子から立ち上がった男に、未来とは対照的に冷静な幽助が答える。
「界境トンネルとかいうやつか?」
「知ってんのか」
「お前らがさっきから言ってるじゃねーかよ、心の中でよ」
本当にこの男の能力は人の心を読むことなのだろうか。
そして、魔界への穴を開けている一味の仲間なのだろうか。
それを確かめるべく、城戸が一歩前に出る。
(心を読むのがハッタリなら、オレに影を踏ませないはず…!)
城戸が領域(テリトリー)を広げたのが、未来たちにもわかった。
一歩一歩、男に近づく城戸。しかし。
「影は踏ませねぇぜ」
城戸が影を踏む前に、男は彼の腹を連続で殴りつけた。
「ぐはっ…」
「城戸くん!大丈夫!?」
殴りとばされた城戸の元へ未来は駆け寄る。
「まだやるかい?これでもプロボクサー志望だぜ」
心を読めて相手の攻撃がわかる自分は無敵だと言わんばかりに、男はシュッシュと素振りをしてみせた。
「心を読むってのは本当みてーだな。あんたがただの能力者なら協力してくれねーか」
「やなこった。お前ら全員倒してでも帰るぜ」
「やれやれ」
非協力的かつ好戦的な能力者を前に、幽助は仕方なく上着を脱いだ。
「これからお前を右ストレートでぶっとばす。真っすぐ向かっていくから覚悟しろよ」
「なんだと?」
対戦相手に次の手を教える輩が他にいるだろうか。
不可解な発言をする幽助を男は訝しがり、彼の心を読むことにする。
すると…
右ストレートで ぶっとばす
真っすぐいって ぶっとばす
右ストレートで ぶっとばす
真っすぐいって ぶっとばす
右ストレートで ぶっとばす
真っすぐいって ぶっとばす
幽助の頭の中は、他の雑念は何もなくその言葉一色だった。
(大バカ野郎だぜコイツ。マジで真正面からとびこんでくる気だ)
こんなに楽勝な相手はいないと、男は笑みを抑えられない。
しかし、幽助の強さは男の想像をはるかに凌駕していた。
「行くぜ」
(! はええ!)
気づけば、避ける間もなく幽助にふっとばされ気絶した男の姿があった。
「すげぇ…!」
「動きが見えなかった…」
「はっや~い…」
「あれで三分くらいの力だ」
感嘆の声をもらす城戸、柳沢、未来の三人に、幽助の師匠の幻海がどこか得意気に述べた。
「寸止めしたんだけどな。衝撃波でぶっ倒しちまった」
床にのびた男を見、幽助はポリポリと頬をかく。
「柳沢、こいつを模写(コピー)してみてくれ」
幻海に命じられ、柳沢が男の背に手を当てる。
「…こいつシロですね。何も知りませんよ。室田というアマチュアボクサーの男です」
模写(コピー)能力で、室田という男の姿になった柳沢が応えた。
「そうか。だがこいつは使えるな」
室田の能力は戦いに利用できると、幻海は考える。
「店長…オレ頭いかれたんですかね」
「夢だ!夢に違いない!わははは!」
そんな彼らの傍では、一部始終を見て呆気にとられた店員らがいたのだった。
麻雀屋を後にした一行は、意識が戻った室田を連れ蟲寄市内の大通りに来ていた。
領域(テリトリー)を広げた室田を真ん中に、道端のベンチに腰掛ける。
室田の能力は、盗聴(タッピング)。
30m以内の人間の心の声が聴こえるのだといい、強い考えであるほど、その声は大きい。
「妙な考えを持った奴がいたら教えろ、いいな」
「…はい」
先ほど幽助の強さを目の当たりにした室田は、幻海の命令に従わざるを得ない。
「だが表情に出すな。そいつとも視線を合わせるな。敵も能力者、お前の領域(テリトリー)に気づいているだろう」
警戒する幻海が付け加える。
敵を見つけるまで、そう時間はかからなかった。
「室田?」
ガクガクと震えはじめた室田に、隣に座る幽助が気づく。
「いた…いました…なんて奴だ…」
「な、なんて言ってるの!?」
「皆殺しだと…墓でこの世を埋めてやると…」
切羽詰まった未来が問うと、もうこんな声を聞くのは耐えられないと頭をおさえた室田が答えた。
「誰よりもデカイ声なのに、誰よりも静かで暗い…こんな心の声は初めて聞いた」
「どいつだ!指をさすな方向と人相を言え」
「右です…オールバックの背の高い…黒い服の男」
迫る敵にじわりと脂汗をかく幽助が問いかけ、室田はおずおずと口を開いた。
(オールバックの…背の高い黒い服の男…!?)
必死で目の前の人混みの中からその特徴の男を探す未来。
(…あ!)
見つけた!と思った瞬間、未来の背筋は凍った。
ニヤッと世にも恐ろしい笑みを浮かべこちらを振り向いた男と、目が合ったからだ。
パァンと音がし室田の額が撃ち抜かれたのは、それとほぼ同時だった。
周囲から悲鳴があがり、その場は一時騒然となる。
「室田さん…!」
未来が倒れた室田に気をとられていると、あの男は消えていた。
(間違いない…きっとあいつが首謀者だ…!)
あの男には、一味の頭であると思わせる何かがあった。
(それにあの顔、どこかで見たような…)
しかし、どこで見たのか思い出せない。
この未来の忘れられた記憶が、あの男が何者なのかを知る鍵となることになる。