Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎57✴︎禁句-taboo-
部屋には海藤、蔵馬、未来。
そして魂を抜かれ棒立ちになった桑原、飛影。
(桑ちゃんが魂をとられちゃった…!私のせいだ…)
食べちゃったの?と桑原に話をふったことに、未来は責任を感じる。
「オレはこの能力を禁句(タブー)って呼んでるんだ」
禁句。それは海藤の能力を表すには最も適した言葉だろう。
「魂だけはさ~、鍛えようがないよね。美しくもろい。これにちょっと力を込めただけで容易く握り潰すことができる。少しだけひっかいてみようかな?」
桑原と飛影の魂を傷つけることを匂わせた海藤のセリフに未来の目は動揺でゆれるが、蔵馬は違う。
「やってみろ。それはオレにとっての禁忌(タブー)だと言っておく」
椅子に座り直し、鋭く冷めた瞳で目の前にいる敵を見据える彼。
「もしお前がそんなマネをすれば、いかなる手段を用いてでもお前を殺す」
「ナイス。やっとキミの素顔が見れたような気がする」
落ち着いているのは、海藤も同じ。
人差し指でずれた眼鏡を整え、不敵な笑みを浮かべている。
しかし、蔵馬が上げた右手に持ったモノを目にしたとたん、海藤の余裕は脆くも崩れた。
「な…!?あのドアのカギ!?」
いつの間にか柳沢からカギを奪っていた蔵馬に、狼狽する海藤。
「蔵馬、植物に抜き取らせたんだね!」
さすが蔵馬。
こちらのペースに持ち込んでくれた彼に未来は感謝し、勝利への希望も見出だしていた。
蔵馬は部屋の中にある植物を操り、こっそりと柳沢の胸ポケットからカギを取っていたのだ。
痛くも痒くもなかった柳沢は、そのことに全く気づかなかった。
「二人の魂は大事に扱え。オレが必ず無事にとり戻す」
既に一本とられている海藤は蔵馬からの宣戦布告に冷や汗をかくが、これからの戦いを楽しみにしているようにも見える。
「ところで禁句(タブー)を変えることはできないのか?」
「もちろんできるよ。実は初めからそのつもりだったんだ。キミと一対一になったらルールを上級にしようとね」
「あ…」
蔵馬と海藤の会話から、未来はあることに気づく。
(海藤くんは、蔵馬と二人で対決したいんだ…)
そのために、飛影や桑原が脱落するまで“あつい”と言ってはいけないルールのままで辛抱強く待っていたのだろう。
定期テストで蔵馬に勝てたことがないと言っていた海藤。
海藤は蔵馬に…いや蔵馬との勝負に執着している。
「私、邪魔かな?」
こそっと蔵馬に小声で未来が話しかけると、彼は首を横にふる。
「未来は何も言わずにオレの隣にいてくれたらいい。見守っていてくれ」
こくり。
未来が頷いたのを確認すると、蔵馬は一瞬で表情を厳しいものに変え海藤の方を向く。
「もしオレに禁句(タブー)を決めさせてもらえば、45分以内でキミに禁句(タブー)を言わせてみせると断言する」
部屋に戦慄がはしった。
未来も柳沢も、誰もが驚きで静止する中、おもむろに口を開いたのは海藤。
「…もしオレがその時間内に禁句(タブー)を言わなかったら?」
「オレの魂をやろう」
キッパリとした口調で蔵馬が言い切った。
「45分以内で勝負を決める!45分以内に禁句(タブー)を言った方が負けるし、もし時間をオーバーすれば君の勝ちだ」
あまりにも海藤に有利な条件である。
(蔵馬、何を考えてるの…!?)
強気な蔵馬の発言に、緊張する未来は生唾を飲み込む。
「よし、その条件でいいよ。さあキミが考えたルールを教えてもらおう」
しばらく考え込むようにしていた海藤だったが悩んだ末、蔵馬の条件をのんだ。
「禁句(タブー)は一文字。最初は“あ”。その次は“い”。1分ごとにあいうえお順に禁句(タブー)が増えていく」
つまり、使える文字が一つずつ消えていくというわけである。
全ての文字が消えるまで、45分だ。
「それ面白いよ。キミやっぱすごいね」
クックと海藤は低く笑った。
***
午前1時。ゲームが開始すると、瞬く間に一分が経過し、“あ”が言えなくなる。
「“い”もそろそろだぜ。今のうちにいっぱい言っておいた方がいいんでないかい?今9回くらい言ったかな?」
“い”を多用し、挑発めいた発言をした海藤。
「こ、こやつ…!」
なかなかやりおるな、と悔しげに唇を噛む未来の横で蔵馬は、
「お前がそんなにおしゃべりだとは思わなかったな。最初にはりきるとそのうちボロが出るぞ」
落ち着きを保ったまま海藤に告げる。
さらに時間が経つが、蔵馬には何も行動を起こす気配はない。
(蔵馬、どうやって勝つつもりなの~!?)
蔵馬を信用しているが、彼の考えが全く読めない未来である。
「南野…何狙ってるんだ?」
「さてね」
海藤の問いを蔵馬がはぐらかす。
そしてついにあ行のみならず、か行も言えなくなった。二行分言えなくなったのである。
「暇だね。しりとりでもする?」
この状況に飽きたのか、海藤がしりとりを提案し強引に開始する。
「しりとり」
次はキミだ、と言わんばかりに未来の方を顎でしゃくる海藤。
「り…リス」
そんな彼に、反射的に未来はしりとりを続けてしまう。
「…スリ」
未来までもがしりとりに参加したことに不安が拭えない蔵馬だが、とりあえず答える。
「リハビリ」
「り…り…リッチ」
「地理」
海藤、未来、蔵馬の順に地味に続いていくしりとり。
どんどん言えない文字は増えていくので、気は抜けない。
「倫理」
「り…」
また“り”が当たってしまい、未来は苦しむ。
(りんご…はダメ。理解もダメだ。理想…これもダメ!)
ぐるぐると思考する未来も、しばらく考えた後に思いつき。
「離脱!」
ポンッと手を打ち答える。
「釣り」
「利回り」
蔵馬と海藤はなんの迷いもなく言葉を口にするので、またすぐ未来の番。
「り…り…り…」
また“り”で終わる言葉を言ってきた海藤をキッと未来は睨みつけるが、当の本人は涼しい顔をしている。
(私をいじめてる~!でもやっぱりこの人すごいな…)
海藤は毎回、“り”で始まり“り”で終わる言葉を一瞬で口にしていた。
“り”で終わる言葉を前の相手に言われているのは、未来だけでなく、海藤もなのだ。
(蔵馬もすごいけど、海藤くんもすごい)
あ行か行プラスさ行のいくつかの文字が使えないこの状況で、瞬時に答えるとはさすが言葉のスペシャリストだけある。
“り”で始まり“り”で終わる言葉を、凡人ではすぐに答えられないだろう。
「…立派」
やっと禁句(タブー)なしの“り”で始まる言葉を思いついた未来。
「パリ」
「厘取」
「また“り”…」
りんどり、と海藤が口にしたため、肩を落とす未来。
その時、ガタンと海藤が椅子から立ち上がった。無言で立ち去った海藤は、どうやらトイレに行ったようだ。
すると、蔵馬が行動を開始した。
部屋にある植物を操るのと同時に、机の上の紙にペンをはしらせ未来に見せる。
(なになに、“これから一言もしゃべらずオレについてきて海藤から隠れること、その時がきたら決してオレの方を見ないこと”…)
蔵馬が書いた文章を心の中で読み上げた未来だが、一つ疑問が残る。
(その時って?)
だが蔵馬は紙を丸めてポケットにおさめてしまったため、訊ねることは叶わなかった。
蔵馬によって部屋中が熱帯植物で生い茂り、その成長は止まることを知らない。
まるで小さな熱帯雨林の中にいるようだ。
(え、木登りするの!?私できるかな)
植物の中でも一際高い木に登り始めた蔵馬に意表を突かれる未来。
(よいしょっと…)
蔵馬に引っ張られ助けられつつ、なんとか上に行くことができた。
(高~い。わ、蔵馬、いつの間に…)
上から見下ろす未来がとらえたのは、柳沢が倒れて眠っている光景。
おそらく、蔵馬が虫を眠らせる植物でも操ったのだろう。
そうこうするうちに海藤がトイレから出てきた。
言葉こそ発しないがキョロキョロと周囲を見回し、密林と化した部屋に動揺しているようだ。
(驚いてる驚いてる。見つからないように、隠れなきゃいけないんだよね)
未来は蔵馬と共に木々の茂みに身を隠す。
隠れる未来と蔵馬。
周りを警戒し口をおさえる海藤。
状況は変わらぬ中、ゲーム終了まであと5分となった。
ここまでくれば、蔵馬が何をしようとしているのか未来も予想がつく。
(蔵馬は海藤くんを驚かせようとしてるんだよね)
そうとしか思えないのだが、引っかかることがあるのだ。
(“その時がきたら決してオレの方を見ないこと”…。これはどういう意味だろう)
未来は考える。
そして、ある一つの仮説にいきつく。
(いや、あの蔵馬が?まさか…)
あと3分。
使える言葉はあと3文字。
蔵馬は木々をつたい音をたてず海藤の頭上へ移動し、未来も彼についていく。
蔵馬は木の枝に足を絡ませ落ちないように身体を支えると、逆さまになり…。
「わ!!」
海藤の後ろから、耳元で叫んだ。
下にいる海藤は肩を跳ねさせ相当驚いたようだが、覚悟はしていたらしく声は出さない。
(たぶん私、蔵馬が考えてること分かった!)
蔵馬は驚かしても海藤が声を出さないことまで考えているはず。
そして、決してオレの方を見ないこと、の言葉…。
全てを悟った未来は、自分も蔵馬と同じように木の枝に足を絡ませ、逆さまになる。
(これなら、私も協力できるもんね)
ついに“わ”も言えなくなり、部屋は“を”と“ん”しか発することの出来ない空間となった。
ゆっくりと、勝利を確信している海藤がこちらを振り返る。
「ん?」
海藤は逆さまになってこちらを見ている蔵馬と未来を目にし…。
「ぎゃははははははは!!あっ!しまっ…」
爆笑の渦。
ハッとしても、もう遅い。
その瞬間、桑原と飛影に生気が戻った。
「やった!」
喜ぶ未来はこれで一安心だ。
めでたく魂が戻った桑原と飛影に、蔵馬が事の次第を説明した。
「自分の能力に引っかかって魂が抜けちまうとはな。結果としてマヌケだが、蔵馬がいなかったらと思うとゾッとするぜ」
笑った状態のまま魂が抜けている海藤を見、桑原がしみじみと述べる。
「私もちょっとは活躍したよ!変顔もしたし、しりとりもしたし!」
「しりとりは本当にヒヤヒヤしたよ。いつ未来が禁句(タブー)を言うかってね」
自分の功績を主張する未来だが、蔵馬はため息をついている。
「結局蔵馬に心配かけてるだけじゃねーか」
「まあ完全に足手まといだったよね…」
桑原にツッコまれ、未来は頬をポリポリかく。
蔵馬はそんな彼女を見てクスッと笑うと、
「そんなことないよ。未来が隣にいて、心強かったですから」
「本当?じーん」
蔵馬の優しさに、発言通りじーんとする未来。
「飛影もよかったね!無事魂が戻ってさ!」
「……」
真っ先に敵の罠にハマるという失態を未来の前でおかしてしまった飛影は、返す言葉がない。
「こういう勝負はね、心理的に“タブーを言わなければ勝てる”と思った方が負けるんですよ」
「なるほどね」
「蔵馬、さすがだなー…」
感嘆する未来と桑原。
最初のルールの時も、彼らは“あつい”と言わなければ勝てると思っていた。
『相手にタブーを言わせれば勝てる』
そう考えた蔵馬が勝利を手にしたということだ。
「相当なマヌケ面だな」
満面の笑みで倒れる海藤を見下ろし、呟いたのは飛影。
そして交互に海藤と桑原の顔を見比べる。
「…オメー、今考えてること口にすんじゃねーぞ」
何かを悟った桑原は、こめかみに青筋をたて飛影に忠告した。
「それにしてもよく笑ってら…。蔵馬に未来ちゃん、オメーらが一体どんな変な顔で笑わせたんだよ」
全く想像できない桑原が、眉間にしわをよせ訊ねる。
顔を見合わせる蔵馬と未来。
蔵馬が未来に何か耳打ちすると、ふふっと彼女は笑い、二人は声を揃えて…。
「「もちろん、企業秘密です」」
人差し指をピンとたて、密やかな笑みを浮かべ告げたのだった。
言った後、未来は考える。
(私も蔵馬の変顔は見れてないんだよね)
その時がきたら決してオレの方を見ないこと、は蔵馬の変顔を未来が見て、笑ってしまい魂が取られることを危惧した彼が書いた忠告。
蔵馬と未来はお互いの変顔を見ていない。
(蔵馬の変顔、興味あるなー…)
彼が見せてくれるとは思えないが。
“企業秘密”らしいから、仕方ない。
蔵馬の変顔を拝めることができた海藤は、かなり貴重な体験をしたのかもしれない。