Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎56✴︎領域-territory-
指定された時間に桑原、蔵馬、飛影、未来は四次元屋敷に到着していた。
無名の芸術家が建て生活していたという、今は空き家のなんとも奇妙で個性的な外観の屋敷である。
「幻海ばあさんに相談しようにも出張中とはなあ。肝心な時にいねえ」
ぶつぶつ文句を言う桑原を筆頭に、皆は敷地内に足を踏み入れる。
扉には、不可解な文章が記された貼り紙があった。
____________
この家に入った者は決して
『あつい』と言っては
いけない。もし言えば…。
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どういう意味だろう、と顔を見合わせる桑原と未来。
「とにかく中に入ろう。気をつけて… 」
皆に注意を促す蔵馬が先頭になり、屋敷に入室する。
中はモワァッとした空気で充満しており、まるでサウナの中にいるようだ。
「何この部屋。すごく…」
蒸し暑い、と言おうとして未来は自らの口をふさいだ。
(あついって言っちゃダメなんだよね。理由は謎だけど…)
ここは貼り紙の指示に従い、慎重にいくのがベストだ。
(それと…)
未来が気になっていることは、もう一つある。
「未来も気づいたか」
飛影に問われ、こくりと未来はうなずく。
「蔵馬と桑ちゃんは?」
「ああ。入り口を入った瞬間、まるで異世界に入ったような違和感がした」
「え?オレは全然そんなの感じなかったけどな」
同意する蔵馬だが、桑原は違和感を感じとることができなかったらしい。
「やっぱり霊感が働かなくなっちまったのが原因かな…」
なぜか霊感がなくなってしまっている桑原は、頭を悩ませる。
「ようこそ」
その時、部屋の奥から盟王の制服を着用した眼鏡をかけた男が現れた。
「海藤…!?」
「あー!本屋の人!」
蔵馬と未来はそれぞれ口々に言った後、
「「知り合い?」」
声を合わせ、お互いに問う。
「高校の同級生という程度で親しくもないよ。もちろんオレのことも飛影や幽助や未来、桑原くんのことも話していない」
どうやらあの眼鏡の彼は、蔵馬のクラスメイトで海藤という名前らしい。
「未来は海藤と知り合いだったのか?」
「あの人、前に話した蟲寄市の本屋で助けてくれた人なの」
そんな恩人が幽助を拐った敵であるなどと、未来は信じたくないのだが。
「とにかく、あいつは浦飯を呼び出した三人のうちの一人だぜ!」
桑原の証言で、決定的となる。
「永瀬未来さんだっけ?後からあの本屋で偶然会った君の正体を知って驚いたよ。異世界から来たんだってね」
どうして知っているんだと動揺する未来を尻目に、海藤は間髪入れず続ける。
「南野もさァ、妖怪だったなんてビックリだよ。勉強以外にもすごい力持ってたんだな」
話題が自分に移り、眉を寄せる蔵馬。
「海藤、なぜ未来やオレのことを知っている?幽助を拐った目的はなんだ?」
「ちょっとオレにも見せてくんない?その植物をあやつるってやつ」
「質問に答えろ」
刺すような瞳で海藤を見据える、蔵馬の冷たい声が室内に響いた。
「ほらそのカオ!こわいな。学校じゃ一度も見せたことないだろ」
蔵馬をからかうような口調で言った後、質問には答えるからとことわった海藤。
「ある人が教えてくれたんだ。キミ達が暗黒武術会っていう格闘大会で優勝したこと。永瀬さんが大会の優勝商品だったこともね」
何もかも知っている海藤に、未来たちは言葉を失う。
「オレも最近自分に妙な力があることを発見してさあ。永瀬さんと会った時はまだその能力に目覚めてなかったんだけど。この力でキミ達に挑戦してみたくなったんだよ」
力試しってとこかな、と海藤は不敵に口角を上げる。
「ふざけやがって。今すぐ思い知らせてやる。貴様がどれだけ無謀な戦いを挑んでいるかをな」
それまで沈黙していた飛影の堪忍袋が切れ、剣を抜き海藤に飛びかかる。
「別にいいけど。無駄だと思うよ」
「ほざけ!」
パキィンッ
海藤が切り裂かれた音ではない。
剣が真っ二つに折れた音だ。
「ほらね」
呆気にとられ折れた剣を見つめる飛影を、海藤は嘲笑った。
唖然としているのは飛影だけではない。
剣が海藤に当たる前に折れるというまさかの展開に、他三人も意表を突かれていた。
「この部屋はもうオレの領域(テリトリー)だ。この中ではオレのルールを守って戦うしかないんだよ、キミ達は」
海藤は両手を広げ、この部屋は自分の領域だと主張する。
この空間の中では乱暴な行動はできず、彼の定めたルールが全てなのだという。
言葉が力を握る空間。
それを作り出すのが、海藤の能力なのである。
「ルール…。あの貼り紙のことか」
『あつい』と言ってはいけない。
これがルールであると蔵馬は気づく。
(この部屋に入った時に感じた違和感は、彼のテリトリーってやつに入ったからなのか)
未来も不思議な違和感の正体に勘づいた。
「飛影くんだっけ。剣技と妖術拳法のすごい使い手なんだってねェ。だけどオレの領域(テリトリー)の中じゃキミただのチビだぜ」
海藤にただのチビ呼ばわりされた飛影の眉がわずかに歪む。
「な、なんと命知らずな…!」
「あいつの度胸ハンパねーな…!」
一種の感銘を受けている未来・桑原コンビであるが、
「飛影!挑発だ!のるな!」
蔵馬だけは海藤の意図を察し、飛影に助言する。
しかし、蔵馬の忠告もむなしく。
「“あつい”と言ったから何だというんだ!?オレが“あつい”と言えば貴様がオレを殺せるとでもいうのか!?」
まんまと海藤の思惑通り、挑発にのってしまった飛影。
「あーあ、言っちゃったね」
ドクン、と飛影の身体が青いオーラを帯び、絞りとられるようにそれが抜けていった。
「飛影!どうしちゃったの!?飛影!」
石のように動かなくなった飛影に未来が悲痛な声で叫び、キッと海藤を睨みつける。
「飛影に何したの!?」
「言い忘れてたけど」
飛影の身体から出たオーラは、吸い込まれるように海藤の手の中におさまる。
「言ってはいけないことを言った人はね、魂をとられちゃうの。オレの領域(テリトリー)の中ではね」
愉快そうに海藤は飛影の魂を手のひらで転がす。
「飛影…そんな…」
魂をとられた、なんて。
未来の目の前は真っ暗になった。
「さあどうする?帰る?戦う?」
これで人質は二人になった。
残された桑原、蔵馬、未来の三人は海藤に選択を迫られる。
「お前に勝てば飛影の魂は元通りになるんだな」
冷静さを崩さない蔵馬が海藤に問う。
「さあねェ~。負けたことないからわかんないや」
「っ…!」
飛影の魂がとられ、不安な未来の感情に海藤の発言が拍車をかける。
暗黒武術会では無敗で全勝し、最強説さえ持ち上がっていた飛影の呆気ない敗北に、未来は混乱していた。
「とにかく帰るかオレと戦うか。二つに一つ。キミらの意志にまかせるよ」
「いや!選択肢はもう一つあるぜ!」
第三の選択肢を桑原が自信たっぷりに掲げる。
「もう一つの選択肢…!?」
期待を込めた眼差しで、桑原を見上げる未来であるが。
「飛影のことはほっぽって先に進む!これしかねェ!」
桑原のセリフを聞いた瞬間、ガクーッと盛大にズッコケた。
「何言ってんの!飛影の魂をそのままにしておけるわけないでしょ!」
「んなの蔵馬の忠告を無視したコイツの自業自得だ!そんなバカの面倒をいちいち見てられっか」
「で、でもさ~…。とにかく私は飛影を見捨てていけないよ」
桑原の言うことも一理あるが、魂の抜けた飛影を置いていくなど、もってのほかの未来。
「うん、オレもそれが一番いいと思うな」
桑原の意見に賛成したのは、驚いたことに敵である海藤だ。
「キミ意外と頭いいね」
「なんか素直に喜べねーなクソ!」
テメーに褒められる筋合いはねえ、とばかりにシャーッと海藤に牙を向ける桑原。
(なんじゃいこのやり取りは…)
場にそぐわず緊張感を欠いた二人のやり取りに、未来は脱力する。
(ていうかショックだな。本屋で会った時には、悪い人には見えなかったのに)
ドシリと構え、椅子に座る海藤を見て人知れず思う未来。
本屋で紳士的な振る舞いをした海藤と今の海藤が、同一人物であるなんて。
(悪い人じゃないと…思いたかったけど。でも現に幽助を拐って、飛影の魂を奪ってるし)
下手な情は命取りになると思い直し、未来は海藤を完全に敵とみなすことにする。
「とにかくオレだけでも奥に進むからな」
束の間の沈黙を破り、奥にある扉へ向かったのは桑原だ。
そんな彼の行く手を、ホウキ頭の男が阻む。
「扉を開けるカギは柳沢が持ってる」
海藤はそのホウキ頭を柳沢、と呼んだ。
「カギ寄越してそこどけ」
「やだね。オレを殴ってムリヤリ奪えばァ?く~わちゃん」
カチン。
ふざけた物言いをした柳沢に、こめかみに青筋を立てる桑原。
「ああやってやらあ!…はぐっ」
柳沢に拳を振り上げるが、海藤の領域(テリトリー)内で暴力的行為は不可能だ。
殴ろうとした拳と柳沢の間に壁のようなバリアができ、逆に桑原は手を痛めてしまう。
「さっきの海藤の話、聞いてなかった?優しく触れなきゃダメよ~ん」
ツンツンと諭すように軽く額をつつかれ頭に血が上る桑原だが、柳沢に言い返す言葉が出ない。
飛影の二の舞となってしまった自分自身への怒りにも桑原は燃えつつ、柳沢が胸ポケットにカギをおさめる光景をただ見ているしかなかった。
「やらざるをえないようだな、彼のルールで」
三人が選択したのは、“帰る”ではなく“戦う”。
蔵馬の言葉を皮切りに、決戦の火蓋がきられた。
***
チッチッチッ…
時計の秒針が刻々と過ぎていく時間を告げる。
「…こうして座っとくのも、もう飽きたね」
黙って椅子に座っている海藤、桑原、蔵馬、未来。傍らには魂が抜け、立ち尽くしたまま固まった飛影。
一向に進展しないこの状況に、しびれを切らした未来が口を開いた。
「調子狂うぜ!こんなんじゃ戦ってる気がしねえ」
ただ“あつい”と口にせず椅子に座っているだけの冷戦状態は、桑原には時間の無駄としか思えない。
「暇だ。世間話でもしようぜ。蔵馬、あいつのことを教えてくれよ」
「海藤優。オレのクラスメイトで、入学当初から飛び抜けた知能数で話題となっていた。盟王高はじまって以来の天才的頭脳の持ち主だ」
蔵馬の発言が不服なのか、海藤が読んでいた本から顔を上げる。
「それって遠回しに自慢してない?オレ試験で一度も南野に勝ったことないぜ」
「文系はお前の方が得意だろ」
「蔵馬、学年トップだったもんね」
未来は蔵馬と共に盟王高校に訪れた時に見た、成績順位の貼り紙を思い出す。
蔵馬によれば、海藤は高校生でありながら既に哲学論文や文芸批評の本を何冊か出しているらしい。
「文壇からも注目されている、いわば言葉のスペシャリストだ」
「オメーが言葉のピアニストだろうがギタリストだろうがよ、オレはぜってーあの言葉を言わねえぜ。いつまでたってもな!」
蔵馬の話を聞き終えるも、強気な姿勢を保つ桑原は海藤に宣戦布告する。
「こんなひどく蒸す部屋にしてあの言葉を言わそうって魂胆か?魂が抜けると分かっちゃ言うわけねーだろ!」
バカにするのも大概にしろよな、と桑原。
室内は気温・湿度共に高く、熱帯植物も飼育されている。
たしかに“あつい”と言いたくなる環境ではあるが、海藤は時間が経てば未来たちがその言葉を口にすると本気で思っているのだろうか。
(何を考えているんだろう、この人…)
裏に隠された何かがありそうだが、海藤の真意が未来は読めない。
「ま、言わなきゃいいんだもん。私は絶対言わないよ」
「お、未来ちゃんその意気だぜ」
桑原に続き、未来も手を腰に当て宣戦布告する。
“あつい”と言わなければよいなんて、これほど簡単なことはない。
「浦飯なら我慢できずにウッカリ言っちまって一番に戦線離脱しそうだな」
「まさか~。幽助もそこまでバカじゃないでしょ。意外としっかりしてるよ」
幽助に対する評価が低い桑原の予想を、未来は手を振って否定する。
「いんや!アイツはやれって言ったことはやらず、やるなって言われたことはやるタイプだからな」
なるほど、桑原の分析も些か的を得ている。
不良の鏡・幽助の素行の悪さもそれで説明できるだろう。
「その気持ちはわかるかも。開けるなって言われた箱は開けたくなったり、見るなって言われたら逆に気になって見たくなったりするものだよね」
「おいおい未来ちゃん、言うなって言われたことを言いたくなったりすんなよ?」
「未来、頼みますよ」
桑原のみならず、蔵馬までもが未来を茶化した。蔵馬は元来、人をからかうのが好きな性分だ。
「わかってるよ!でも桑ちゃんも、どちらかといえば幽助タイプなんじゃない?」
未来に問われ、桑原は忘却の彼方にあった遠い記憶を呼び覚ます。
「ま、そうかもしれねえな。昔、姉ちゃんに食べんなって言われた菓子を…」
「食べちゃったの?」
その先の展開がみえ、プッと吹き出す寸前の未来。
「ああ。つい食べちまったんだよな。食べんなって言われたら逆に無性に食べたくなって…。その後の姉ちゃんの恐ろしさときたら」
恐怖の思い出に、桑原は苦虫を噛み潰したような表情になった。
その時。
ドクン、と桑原の身体から抜けていったオーラ。
先程の飛影と同様の光景……信じたくないがこれは魂だ。
「桑ちゃん!?嘘…!」
「なぜだ!?」
「はい二人目」
驚愕する未来と蔵馬をよそに、桑原の魂を海藤は手にする。
「意味が分からないって顔してるけど、ちゃんとオレの領域(テリトリー)のルールを理解してなかったようだね」
『あつい』と言ってはいけない。
この単純明快なルールを、蔵馬も未来も、そして桑原も理解していなかったというのか。
「“あ”と“つ”と“い”を続けて言っちゃいけないんだよ…。それは意図も意味もない厳然たるルールだ」
「…なるほどな。そういうことかっ…!」
“あつい”という言葉を“暑い”という単語でしか認識していなかった蔵馬は、盲点を突かれた。
(ルールに文句言い隊の隊員である私も、反論できない…!)
―ああ。つい食べちまったんだよな。
確かに桑原は、“あつい”と言っていたのだ。
暗黒武術会で結成された飛影と未来が属する隊も、今回ばかりは活動の余地がない。
(飛影に続いて桑ちゃんまで…。もう蔵馬と私だけになっちゃった…!)
仲間を次々に失い、冷や汗を流す未来である。
蔵馬と未来。
幽助、桑原、飛影の命運はこの残された二人に託された。
二人は海藤の領域(テリトリー)を打ち破り、仲間の魂を取り戻すことができるのだろうか…?
目の前にいる海藤は、蔵馬の頭脳をもってしてもかなり手強そうだ。