Ⅲ 魔界の扉編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
✴︎54✴︎波乱の幕開け
「出張?」
朝食の席で聞き返した未来に、幻海がこくりと頷く。
「今日は隣の県まで霊相談の依頼で行くんだよ。明日の朝には帰るからね」
「出張か…。最近忙しそうですもんね」
霊能力者である幻海の元に、霊的な件で相談に来る者も多いのだ。ここ一ヶ月は、特にその数は増えているように思える。
未来は幻海の仕事に関してはノータッチなので、相談内容について一切知らないが。
「この屋敷に夜一人って、怖いなあ。怖くて寝られないかも」
鬱蒼とした森の中にある、この広い屋敷に夜に一人残されると思うと未来は身震いした。
「蔵馬でも連れこめばいいじゃないか。別に止めやしないよ」
「ちょ、何言ってるんですか師範!」
幻海らしからぬ発言に、未来は動揺を隠せない。
「おや、まだそんな仲じゃなかったのかい?よく二人で会ってるらしいから、てっきりね」
「それはただ一緒に勉強をしたり、教えてもらったりしてるだけで…。付き合ってるわけじゃないですよ」
約一ヶ月前のあのデートの日以来、未来と蔵馬はしばしば幻海邸や図書館で勉強していた。
蔵馬は相変わらず優しいし、質問には丁寧に答えてくれるので、未来はとても感謝している。
「なんだ。つまらないね」
「つまらないって…」
味噌汁をすすりながらの幻海の吐いて捨てたような呟きに、未来はどう反応したらよいのか分からないのであった。
***
その日の夕方。
(今日の晩御飯どうしようかな~)
幻海は出掛け、屋敷に残された未来。いつも幻海と二人分の食事を作っていた未来は、一人分のために台所に立つのが億劫になっていた。
(よし!今日は外食だ!)
どこかの店で食べるか、お惣菜でも買ってこようと決めた未来。荷物をまとめ戸締まりをし、外出しようと颯爽と幻海邸の門をくぐる。
その時、ガサッと木の葉がすれる音が鳴り、未来が頭上を見上げると…。
「飛影!」
高い木の枝の上に立っている彼の姿を見つけ、未来は叫ぶ。
「久しぶり!どうしたの!?全然会いにきてくれないからさ~。元気だった?」
暗黒武術会以来の飛影と会えた喜びに、未来は顔をほころばせる。
そんな彼女の反応が飛影は内心嬉しいのだが、素直にそれを表現することはできない。
「そうだ飛影、一緒にご飯食べに行こうよ。今から私、皿屋敷市内に行こうとしてたの」
未来からの誘いを、飛影が断る理由もなく。
「付き合ってやらんこともない」
「じゃあ決定!よかった、一人でご飯は寂しいもん」
ふふ、と本当に嬉しそうに柔らかく笑った未来の顔を見るのがなんだか落ち着かなくて、 飛影は彼女から目をそらしたのだった。
そうして幻海邸を出発した未来と飛影は、並んで皿屋敷市の中心部を歩いていた。
「夕食にはまだ早い時間だし…。飛影、どっか寄ってく?」
立ち並ぶ店々を眺め未来が問うが、物欲も金もない飛影に入りたい店などあるわけがない。
(飛影でも楽しめそうな場所、ないかなあ)
考える未来の視界に入ったのは、ゲームセンターの看板。
「あ、ゲーセンでも行ってみようか」
「なんだあれは」
店内から聞こえる騒々しい音と、派手な看板の装飾に飛影は眉を寄せる。
「ま、いいからいいから!絶対楽しいよ」
こうして未来は半ば強引に飛影をゲームセンターに入店させたのだった。
「まずゲームバトラーでもやってみる?」
「ゲームバトラー?」
「ほら、あのゲームだよ。今あの男の子がやってる」
未来はゲームをやっている小学生くらいの男の子の背中を示す。
「すごい、あの子強い…」
レベルが高い魔人も楽々と倒していく少年に、感嘆する未来。
「強~い」
「すげえなあのガキ」
「あの子超強い!」
いつの間にか周りにはギャラリーが出来ており、少年の華麗なコントローラーさばきに皆が注目している。
『ゲー魔王は死んだ…。そして街に再び平和がおとずれた』
少年がゲームをクリアしエンディングまでいくと、ワッと歓声が起こる。
「いいモン見たわ~」
「すごかったね、あの子」
「もうあっち行こうよ」
ひとしきりギャラリーは盛り上がると、それぞれバラバラに散っていく。
「すごかったあ!エンディングいくのってかなり難しいんだよ!?なのにあの子はあんなに簡単に…!」
少年の上手さに感激する未来が隣の飛影に語りかけるが、ゲームに関して無知な彼には全く伝わらない。
「あんな画面上で戦うちんけな遊びに勝ったからといって何がすごいんだ?」
おかしなものを見る目をして未来に尋ねる飛影。
「へ~。じゃあアンタはゲームでオレに勝てるわけ?」
挑むように話しかけてきたのは、その少年だった。
(やば!聞こえてたんだ。怒らせちゃった!?)
焦る未来だが、少年に怒っている気配は欠片もない。
ゲームを馬鹿にした飛影に憤慨しているようではなく、試すような、からかうような笑みを浮かべている。
「じゃあさ、オレとこのゲームで勝負しようよ」
暇潰しになると楽しんでいる。
そんな感じだ。
「待って待って!この子、ゲームやったことないんだ。勝負にならないと思うよ」
弁解する未来に、弱い者扱いされたようでムッとした飛影はジロリと彼女をにらむ。
「こんなお遊びの何が難しいというんだ」
「いやいや初心者であの男の子に勝とうなんて無謀すぎるから!」
「じゃあお姉さんがオレと戦う?」
思わぬ少年の提案に、未来は目をパチクリさせる。
「いや、私もキミには勝てないし…」
「あのね~、どうせオレに勝つなんて無理なの!」
「あ、うん…」
若干イライラした口調の少年に言われ、年下相手だがその通りなので肯定するしかない未来。
「ただこのゲームバトラーに対戦機能が追加されたからさ、試してみたいだけ」
従来のゲームバトラーはゲー魔人やゲー魔王のみが対戦相手だったが、最新機種は友達同士で対戦ができるモードがあるらしい。
「だからさ、お姉さん付き合ってよ!」
ワクワクした満面の笑みでそう頼まれては、未来もノーとは言えない。
「いいよ。一回だけね」
「あ、言い忘れてたけど負けた方が夕飯おごりね」
「ちょ、聞いてな…!」
既にゲームのオープニングが始まってから少年から告げられた一言に、慌てふためく未来。年下の彼に、すっかり丸めこまれている彼女であった。
(もうこうなったら奇跡に期待して頑張ろう!)
半ばヤケクソになりながらも、勇んでゲームにのぞんだ未来だったが。
「負けた…。ボロ負けした」
予想はしていたが、当然のように未来はゲームに負けた。
「ちぇっ。もうちょっと手応えある相手だと思ったのにな~」
つまらそうな少年は、ゲームを傍観していた飛影を見てあることを思いつく。
「そうだ!ハンデをあげるよ。二対一でやるモードもあるから」
「ハンデだと?何様だ貴様…」
「飛影、やろう!」
ゲームにのめりこんできた未来は飛影を制し、受けてたった。
「そうこなくっちゃ」
飛影に操作方法を教える未来を見、少年は満足そうに、不敵な笑みを浮かべた。
「次はもうちょい点をとるよ!」
やる気な未来が、理解不能といった表情の飛影だが。
(強いヤツと戦うのが好きなのか、未来も)
彼なりに解釈する。
まああながち間違ってはいないだろう。未来とて、少年とのゲームに楽しさを見出だしていたのだ。
***
その頃、皿屋敷中では。
「オイ浦飯!なに帰ろうとしてんだよ!」
放課後の夕暮れ時、帰ろうと校舎から立ち去る幽助を桑原は呼び止める。
「今日は竹センから補習があるって言われてんだろ!?」
「パス!かったりーんだよ」
担任の竹中から成績の悪さ故に放課後の補習授業に呼ばれていた幽助だが、サボる気満々らしい。
「ったく、せっかく奇跡の進級を果たしたっていうのにやる気もクソもねーな」
「奇跡の進級はオメーも同じだろ」
「プ」
二人が話していると、幽助の学生カバンにストラップのようにさげられたプーが鳴き声を出した。
「おいプー!外ではぬいぐるみのフリしとけって言ったろ」
しっ!と小声で幽助がプーを叱る。
「久々にパチンコ巡りでもすっかな」
「お気楽でいいな、テメーはよ。オレなんか霊力がなくなっちまったっていうのに」
肩を落として溜め息をつく桑原に、さすがの幽助も狼狽する。
「はあ!?どういうことだよ」
「全く霊感が働かねーんだ。もしかして鈴木にもらった妖具の副作用かと思ってたんだが」
その時、二人は校門で待ち構えるようにこちらを見ている学生三人組の姿をとらえた。それぞれ異なる制服を着ている。
「浦飯幽助さんですね」
真ん中にいる、学ランを着た金髪の目付きの鋭い男が尋ねた。
「ツラかしてもらえますか」
ケンカをふっかけてきた金髪頭。両隣にいる背の高いホウキ頭と眼鏡をかけた男も、薄気味悪く笑っている。
「なんだコラ桑原和真様にゃアイサツなしかァ?」
「まーおさえておさえて。これでサボる口実ができたぜ」
桑原をなだめ、ニヤッと片方の口角を上げる幽助。補習欠席の理由がケンカで通用すると本気で思っているのだろうか。
「どこでやるんだ?」
「そうですね…広い所がいいな。裏の原っぱなんかどうすか?」
「オーケー」
「おい浦飯!」
金髪頭と話をすすめケンカに乗り出す幽助を、桑原は止めようとする。
「久々にフツーのケンカしてみてーんだ。竹センにはまあ適当な言い訳つけといてくれ」
久々のケンカに血が騒ぎ、浮き足だつ幽助はそう桑原に告げ三人と共に去っていった。
「しょうがねえ野郎だ…。あいつの強さで並の人間とケンカするか?フツー」
「桑原くん!」
一人ぶつぶつ呟いていた桑原は、背後から下校しようとしているクラスメイトに名前を呼ばれた。
「竹中先生が探してたよ。早く来いだって」
「おお!そうだったな。サンキュー」
かったりい、と思いつつ桑原は校舎に戻る。
(浦飯のせいでオレは竹センとマンツーマン授業だぜ…)
補習該当者は幽助だけでなく、桑原もだったのであった。
***
何名様ですか?と店員が尋ねる。
「三人です」
完全に保護者ポジションにいる未来は、飛影と先ほど出会った少年と一緒に鉄板焼店を訪れていた。三人はここで早めの夕食をとることにしたのだ。もちろん、未来のおごりで。
「おなかすいた~。オレは関西風のお好み焼きにする」
メニューを眺めると、即決する少年。
「私は広島!飛影は何にする?」
「これだ」
未来に問われ、メニューの写真を指差す飛影。
「飛影はもんじゃ焼きね」
「あとオレ、イカとエビとチーズをトッピングしよ」
「人のお金だと思って~。ダメ!トッピングはなしだよ」
「ちぇっ。ケチだな~」
未来に言われ、唇を尖らせる少年。ゲームを一緒にやっているうちに、自然と仲良くなっていった二人だった。
最初の方こそ少年の生意気ぶりに辟易していた未来だが、年相応に無邪気な面も見、次第に弟のようで可愛く思えてきている。
「そういえば、名前聞いてなかったね」
注文をすると、未来が思い出したように言う。
「オレ?天沼月人。11歳」
「天沼くんね。私は永瀬未来。こっちの人は飛影」
「ふ~ん。未来と飛影か」
ゲームで親交を深めた後の、かなり遅い自己紹介となったのだった。
「それにしても、天沼くんはゲーム強いね」
「オレの実力はあんなもんじゃないよ」
何かを隠しているのか、得意げに言った天沼。
「もっとすごい能力に最近目覚めたからさ…。まあ見せるつもりはないけど」
もったいぶる天沼に未来は疑問符を浮かべ、飛影は興味ナシといったところか。
「それに、もうすぐゲームなんかよりもっと面白いことが起こる」
面白いこと?と未来が聞き返すが、天沼は詳細を述べる気はないらしい。
「今は計画中なんだ。オレもまだ詳しくは教えてもらってないけどね」
「何?学校の友達と何か計画してるの?」
未来が想像つくのはそれくらいだ。
「そんなわけないじゃん!学校の奴らは皆バカばっかだもん」
バカばっか、と同級生を切り捨てた天沼に未来は一瞬驚いたが。
(…賢い子なんだろうな)
これまでの一連の天沼の自信あふれた態度、頭脳戦をもこなしていたゲームの腕…。彼が同級生を見下す気持ちが分からないでもない。
しかし、同級生との間に自分から一線を引いてしまう天沼が寂しい子のようにも感じた。
「今日もあいつらに会いたくないからわざわざこの皿屋敷市まで来たし」
「天沼くんはこの街に住んでないの?」
「うん。オレは蟲寄市出身だよ」
蟲寄市といえば、未来が約一ヶ月前に訪れた市街地だ。
そうこうするうちに注文の品が運ばれてきた。
「いただきます。あっ…熱いよ」
もんじゃ焼きの熱さに顔をしかめた飛影に、ふぅふぅしなきゃ、と未来は諭す。
そんな二人の様子を探るように見ていた天沼が口を開く。
「ねえ、二人ってどういう関係?まさか姉弟?」
「ううん、友達だよ。仲間って言い方の方がしっくりくるかな!チームメイトだから」
笑って手を横にして未来が否定する。
(仲間)
飛影は胸のうちでその単語を繰り返す。自分と未来の関係を表す言葉は、それ以外ないだろう。
それは、これから先もずっとそうなのか…?
なんだかそれでは満足できないような自分を見つけて、かといってどのような関係になりたいかも分からず、モヤモヤする飛影。
“仲間”では満足できないなんて。
なら何ならいいというんだ。
家族、仲間、友達…。
絆を表す言葉はたくさんあるのに、そのどれもがしっくりこなかった。
***
(飛影、ペロッともんじゃ焼き食べちゃって。気に入ったのかな?)
ペロリと完食した飛影が、未来は微笑ましい。
食後、天沼がトイレに行き、未来と飛影だけがテーブルに残されていた。
「今日は驚いたし、嬉しかった」
周囲は他の客がおり喧騒としているが、二人がいる空間だけは静かでゆったりとした時間が流れている。
「飛影が来てくれるなんてね。なんでまた?」
「…なんとなくな」
そう飛影は答えるしかなかった。この一ヶ月間、未来の様子が気にならなかったわけじゃない。
彼女のことを考える時間が増えて、焦がれて…。
ずっと思っていた、未来に―。
「会いたい」
未来のセリフに、飛影は目を丸くして彼女の横顔を見つめる。
一瞬、自分の心を見透かされたのかと思った。
「って思ってたのに、飛影はどこにいるかわからないから困ってたんだ」
「会ってどうする?」
自問自答していたことを、飛影は未来に尋ねる。
会いたいと思っていても、彼が今まで行動に移さなかった理由はこれだった。
未来と会って自分は何をしたいのか、どうしたいのか…。
それがわからなくて。その答えが見つけられなくて。
「冷たいな~。ただ会うだけで楽しいんだよ。今日みたいにゲームしたり、一緒にご飯食べたりしてもいいし」
未来が何気なく口にする一言一言が、飛影にとっては新鮮だった。
「一緒に過ごせたらいいんだよ。仲間や友達って、そういうものでしょ?」
ただ会いたい。
そんな理由が通用するのか、仲間という間柄では。
いや、そもそも会うことに理由なんて必要ないのだろう。
「…そうなのか」
飛影にしては素直な返答に、未来は驚くも…。
「そうだよ」
ふ、と笑ってこくりとうなずく。
その笑顔で、飛影の心音はとくとく満たされたように鳴る。
未来が好きだと思う。
一緒にいたいと思う。
そんな気持ちが肯定される仲間という関係の、何が自分は気に入らないのだろう。
(奴らと同じなのが気に入らないのか)
未来に対する“好き”がほかの他人に抱く感情とは全くの別種であることくらい、飛影は自覚している。
幽助と未来の間柄も仲間で、未来と自分の間柄も仲間。そういうことが気に入らないのかもしれない。
じゃあ、何なら満足なのだろうか…。
***
「バイバイ。オレまたあのゲーセンいつか行くし、また会えるかもね」
「また会いたいね!じゃあね、天沼くん」
鉄板焼店を出、駅の方向に帰っていく天沼を未来と飛影が見送っていた頃、皿屋敷中では。
「今日はここまでだ。気をつけて帰れよ」
補習授業を終え、ガラッと扉を開け教室を出ていく竹中。
「ふ~。やっと終わった!くそ、浦飯のヤローはサボりやがって…」
勉強から解放された桑原がうーんと伸びをする。
「ん?プー!?」
ふと外に切羽詰まった様子のプーの姿を見つけ、急いで窓を開ける。
長距離を飛んできたのだろうか、プーはひどく疲れているようだ。
「プー!プー!」
「おいおい、どうしたってんだ!?」
慌てふためき鳴き喚き、尋常じゃない様子のプー。チョークを口にくわえると、カッカッカッと黒板に文字を書いていく。
「…!」
それを読んだ桑原は息を飲む。
「こうしちゃいられねえ!」
学生カバンをひったくると、教室を飛び出していく。
プーもパタパタと飛び、桑原に続いた。
無人となった教室の黒板に残された文字は…。
“ゆうすけさらわれた”