Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎50✴︎abyss
霊界のコエンマの自室にて。
「六遊怪戦で未来のいた世界が見つかりそうだと言ったが、実はもう見つかったのだ」
「―!」
座椅子に腰をおろした赤ちゃん姿のコエンマがそう切り出し、未来の心臓がドクンとはねた。
見つかった。
ということはもう自分の世界に帰れる日も近いのだ。
(もうすぐ帰れる…)
喜びやら寂しさやら色々な感情がごちゃ混ぜになって未来を襲う。
「正直言ってこんなに早く見つかるとは思っていなかったぞ。軽く2、3年はかかると見込んでいた」
「よかったですねえ未来さん!」
コエンマにうなずきながら、涙ぐんだジョルジュ早乙女が未来を祝福する。
「ほんと霊界の方たちには感謝しています…。あの、どういった手順で私は帰るんですか?」
「うむ。説明しよう」
コエンマの説明はこうだ。
まず霊界特防隊が未来が元いた世界へと繋がる小さな穴をあける。
未来がいた世界へ移動することは常人には到底不可能なこと。しかしあらゆる結界を通りぬけられる未来ならば、霊界が小さな穴をあけきっかけを作れば移動が可能だろうという計算だ。
そもそも未来はなんの力も借りずにこの世界に来たのだし、計画は十二分に成功するといえる。
「その小さな穴をあけるのにも一苦労でな…。一定量の大きなエネルギーがいるのだ」
魔界と人間界を繋ぐ穴をあけるのとはワケが違う。例えるなら鉄製の扉にヘアピンで穴をあけようとするようなものだ、とコエンマは言う。どれだけ未来がいた世界への移動が困難かを物語っている。
「エネルギーは霊界の者全員で未来がこの世界に来てからの3ヶ月の間に貯めてきた。これを使ってな」
「お、おしゃぶり?」
コエンマが自分の口元をさし、まさかと驚愕する未来。
「そうだ。おしゃぶりに霊気を凝縮し貯めておるのだ」
たしかに、今日この部屋に来るまでにすれ違った霊界の者たちは皆おしゃぶりをつけていた。
コエンマの前例があるため、これも霊界の風習かと自己解決して未来は特に疑問に思わなかったが。
「あれ?でもジョルジュ早乙女さんはつけてませんよね?」
「さっきまで人間界にいましたからね。おしゃぶりなんて恥ずかしいですよぉ。ジョルジュ的にNGです」
「ジョルジュ…それはワシへの嫌味か?」
年がら年中おしゃぶりをしているコエンマにジロリと睨まれ、ハッとし青ざめるジョルジュ早乙女である。
「ま、わかったら未来はホテルに戻れ。まだ心の準備もできてなかっただろうし、帰還は数日後にしよう。ワシは死者の審判をやらねばいかんからな」
パッパと機械的に書類に判子を押し続けるコエンマ。実は先ほどから、未来に説明しながら仕事をこなしていたのだ。
(私が霊界に来た意味って…時間節約のためか)
コエンマの都合で霊界に連れてこられたのはなんとも癪にさわったが、気を取り直し未来は退室しようとドアノブに手をかけた。
「失礼しま…」
ドアを開けたのと同時にぬっと現れた大男の姿に、未来は言葉を失う。
「来たか、戸愚呂」
コエンマはといえば、戸愚呂がここへ来ることを予期していたらしい。
戸愚呂がここへ来た理由が知りたかった未来は、ドアをパタンと後ろ手に閉め部屋に残った。
「本当にいいのか?格闘家としての功績を考えればお前は比較的軽い地獄の罪ですむのだぞ」
頑なな戸愚呂にハア、とため息をつくコエンマが念を押す。
「もう決めたことだ。変える気はない」
「…そうか。ならもう何も言うまい 」
説得を諦めたコエンマは書類に戸愚呂の冥獄界行きを認める判をする。
地獄の中でも最も過酷な冥獄界へ進むことを、戸愚呂は自ら所望したのだ。
「あの時オレが言ったことを覚えているかね?」
(あの時?)
コエンマに向けられた戸愚呂のセリフに、なんのことだろうと未来とジョルジュ早乙女は顔を見合せ首を傾げる。
「覚えておるよ。幻海が死んだ時の話だろう」
そういえば自分は飛影と共にその場を去ったが、戸愚呂はコエンマを引き留めていたと未来は思い出した。
「お前の進言通り幻海の体は冷凍保存した。幽助が優勝後に望むことくらい、ワシも容易に想像できた」
幽助は優勝者の望みを叶えてもらう権利として幻海が生き返ることを望むはず。
それを叶えるために、幻海の遺体を保存しておくことを戸愚呂が勧めたのだ。
「だが人を生き返らせるなんぞ並大抵のことじゃない。それ相応のエネルギーがいるしな…。残念ながら、無理な話だ」
エネルギーが貯まるのを待っている間に、幻海が霊界にいることのできる期間は過ぎてしまう。霊界とは生と死の中間にある駅のようなものなのだ。
肩を落としつつ、コエンマは無意識に口元のおしゃぶりを触る。
(魔封環のエネルギーを使う手もあるが、これは暗黒期のためのもの。人間ひとりを生き返らせるために使うというのも気がひける)
幽助の気持ちは痛いほど分かるしコエンマとて幻海が生き返れば嬉しいが、霊界のトップに君臨する者としての行動をとらなければならない。
毎日大勢の死人が霊界を訪れる中で幻海だけを贔屓し、多くの人命が危ぶまれる暗黒期のための魔封環を使うことなどできなかった。
「なんだと?優勝者の望みは絶対だと言ったはずだ!優勝チームのメンバーの望みは必ず叶えなければならない!」
「そう言われてもな…」
戸愚呂が声を荒げ、コエンマは困り顔だ。
「……」
しばらく黙って考え込むように俯いていた未来がパッと顔を上げる。その瞳には、ある決意の色が宿っていた。
「あるじゃないですか、エネルギー」
えっといった表情で未来を見つめるコエンマ、戸愚呂、ジョルジュ早乙女。
「私が帰るために霊界の方々がエネルギーを貯めていてくれたんですよね?それを使えばいいですよ」
「だ、だが霊界の者たちは幻海を生き返すために使うことを認めないと思…」
「私の望みも幽助と一緒です!」
口を挟んだコエンマを、未来が一喝し遮った。
「優勝者の望みは絶対、なんでしょ?」
顔は戸愚呂の方へ向け、未来がコエンマに問う。
「…そうだ。その通りだ」
戸愚呂はニッと口角を上げると、未来に同意した。
「いいのか?未来。お前が帰る時期が延びてしまうぞ。また3ヶ月という短期間でエネルギーが貯まるとは限らない」
生命体が放出するエネルギーは日によってまちまちで、また貯めるのに数倍の時間がかかってしまう可能性も0とは言えないのだ。
「時間が多少かかっても、帰れるなら問題ないです。今は師範が生き返ることを優先させたい」
「…わかった」
意思の強い未来の口調と眼差しに、とうとうコエンマも観念する。
「霊界の方々には、ごめんなさい。またエネルギーを貯めてもらうことになりますが…」
「それはかまわんよ。ただおしゃぶりをはめればよいだけだしな」
「お安いご用ですよ!」
ぐっとジョルジュ早乙女が親指を上げ、未来の心は軽くなった。
「よし、話はまとまったね」
めでたく幻海が生き返ることが決定し、部屋を出ていこうとする戸愚呂はコエンマらに背を向ける。
退室する直前、くるっと彼は振り返り、未来の目を見てこう言った。
「礼を言う」
未来は頭をふるふる横に振って、礼には及ばないと伝える。
戸愚呂が部屋を出ていくと、未来がおもむろに口を開いた。
「私、決勝戦の前日にコエンマ様からもらった“霊界重要参考人”の本を読んで、あるページで戸愚呂の名前を見つけたんです」
裏御伽チームに潜入する未来のために幽助を通してコエンマが与えた本。 その中に、未来が目をとめたページがあった。
「潰煉のページだろう?ワシも未来と同時期に見つけたぞ」
そのページには、戸愚呂が妖怪に転生するきっかけとなった事件が記されていた。
潰煉は戸愚呂の目の前で彼の弟子全てと格闘仲間を殺めたのだ。
「戸愚呂はたとえ優勝してカタキを討っても、自分自身の中で罪の意識が消えなかったのだろうな」
しみじみと述べたコエンマ。
戸愚呂は50年前の暗黒武術会で優勝し、見事潰煉を倒したが…妖怪への転生を希望した。
「人間に対して、はかり知れないほどの無力さを感じたんだと思います。弟子たちを守れなかった自分を責めて」
戸愚呂がなぜ妖怪になりたがったのか、今の未来にはわかる気がした。
きっと、ただ強さや敵を倒す力が欲しかったわけじゃない。
だが守るべきものがいたわけでもない。
皆、潰煉によって殺されたのだ。
戸愚呂は潰煉の事件によって、ひたすらに強くなりたいという純粋な気持ちを失ったのではないだろうか。幻海と共に切磋琢磨していた、あの頃の気持ちを。
(でも私は…まだ完全に失ってないと信じたい)
だって、戸愚呂は幻海が生きることを望んだのだから。
「それからの戸愚呂の人生はまるで拷問だな。強さを求めると自分を偽って…」
まったく、不器用な男だ。
深いため息と共にコエンマが呟いた。
***
「本当に行くのか。この道を」
冥獄界へとのびる道を歩む戸愚呂の前に現れた、凛とした美しい少女。戸愚呂と一緒に修行をしていた頃の姿の、若かりし幻海だ。
「大会が終わった後もあんたは自分を責め続けた。もういいじゃないか。あんたは十分償いをした」
「幻海。もうオレなんかにかまうな」
なんのためらいもなく、戸愚呂は幻海の横を通り過ぎていく。
「お前にはまだ仕事が残っている。浦飯幽助…奴にはお前がまだ必要だ」
最後の最後に戸愚呂が語ったのは、負かされた対戦相手の心配だった。
危うい強さを持った幽助が自分みたいにならないように、お前がまだお守りをしてやれ…と。
「…たいしたもんだよあんたのバカも」
幻海の表情は、戸愚呂に呆れているようで慈愛に満ちていて、そしてどこか遠い目をしている。
「死んでもなおりゃしないんだから」
あの時から変わらない“彼らしさ”を感じた。
それがこんなに胸をあたたかくする。
「…世話ばかりかけちまったな…」
サングラスを外した戸愚呂が幻海に告げた。その瞳は、ふたりが共に過ごしていた時と同じだ。優しくて、あったかくて、包まれそうな…そんな瞳。
(本当に…バカなんだから、全く)
寂しげに幻海はどんどん離れていく戸愚呂の背中を見送る。
ハッピーエンドとは呼べないものだけど、これもふたりの形。
憂う必要はない。
ふたりが通じあっていたのは、揺るぎない事実なのだから。
***
戸愚呂の件が一段落し、未来は霊界から帰ろうとしていた。
「私はもう戻りますね」
「あ、未来さん、その前に夕食召し上がっていかれませんか?霊界では今がちょうど食事の時間帯なんです」
ジョルジュ早乙女に誘われ、ぐ~と未来の腹の音が鳴る。そういえばシャワーを浴びた後は聖光気を使った疲労で何もする意欲が起きず、食べ物を口にしていなかった。
「じゃあお言葉に甘えて…」
忘れていた空腹が呼び覚まされ、食欲には勝てなかった未来。霊界にいる今の状態で飲食ができることは驚きだったが、幽体離脱中の身体も本来の身体とリンクしているため支障はないらしい。
未来はジョルジュ早乙女に客人用の個室に案内され、霊界の豪華な食事に舌鼓をうった。
「なぜこんなところで寝ておるのだ、未来は」
「お腹いっぱいで眠くなっちゃったんですね~」
呆れるコエンマと苦笑いのジョルジュの視線の先には、ソファーに寝転がり眠りについている食後の未来がいる。
「まあ今日は決勝戦もあったし、疲れたんですよ」
未来を労うジョルジュ早乙女は、毛布をかけてやる。
「そうだな…寝かせといてやるか。起きた瞬間に人間界に戻るように手配しておこう」
目覚めた瞬間に幽体離脱を終え、意識が人間界に戻るようにするわけだ。
「それにしても、霊界の皆さんが未来さんに協力的でよかったですよね!」
未来のために霊界のエリート集団である特防隊が穴をあけたり、働いている者たちが皆おしゃぶりをつけたり。彼女が帰るため霊界の者が協力してくれることは喜ばしいとジョルジュは素直に思う。
「別に未来に協力しておるわけではない。霊界はボランティア団体や慈円事業ではないからの」
「え…どういう意味ですか?」
コエンマの意味深な発言に、目をパチパチさせるジョルジュ。
「霊界にはそもそも未来を自分の世界に帰す義務などないのだ。それでも未来に協力するのは、そこにメリットがあるから」
未来は霊界の方々に感謝している、と言ったが…。
霊界は善意で未来のために動いているのではない。
「言い換えれば、霊界の上層部の一部の者たちは未来を早く追い出したいと考えておるのだ」
全くけしからんことだ、とコエンマ。
異世界から来た未来はいわば“異物”。暗黒武術会の優勝商品となったように、周りに混乱をきたす危険因子とみなされたのだ。
「そんな、邪魔だから早く帰したいだなんて…」
「口が裂けても未来には言えんがの。まったく、上層部の者の考えは理解できんよ」
それだけではない。蔵馬や飛影も危険だとみなし、できれば人間界から魔界に追いやりたいと思っている者もいる。
そして最近では人間である幽助にさえも、その矛先は向けられている。
(幽助は人間なのだから、なんら問題はないのに…。霊界を脅かすことのでき得る力を持った存在はとにかく気に入らないのか)
霊界のトップにたつコエンマだが、意見のあわない上層部との関係には苦悩していた。貯めたエネルギーを幻海のために使うことにも文句を言われるだろうが、トップの権限をふりかざし承諾させるつもりだ。
優勝者の望みは、絶対。霊界の者たちも渋々認めてくれるだろう。
(その代わり、皆また早く霊気を貯めようと躍起になると思うがな)
未来が本当に自分の世界に帰る日は、そう遠くないだろう。
***
数々の死闘が繰り広げられた熱戦から一夜あけた。
「…朝か」
寝ぼけ眼の未来がむくりと起き上がれば、幽助ら4人は既に起床しており大方出発の準備ができていた。
「おはよう、みんな」
「おはよー…ってオメー遅えぞ!ちゃっちゃと準備しろよ。チェックアウトの時間すぐだからな」
「起こしてくれたらよかったのに~!」
幽助に怒鳴られ、文句を言いつつ未来は洗面所へ向かう。
(本当に師範は生き返るのかなあ)
歯磨きし顔を洗い、髪を整え着替えて…身支度を終え、鏡に写る自分の姿を見ながら未来は半信半疑だった。霊界での出来事が全部夢だったらどうしようと心配になる。
(幽助たちに昨日霊界に行ったこととか、そこであったことは言わなくていいか)
無駄に期待をもたせ幻海が結局は生き返られなかったという事態に万一なっても困るし、昨日の一連の出来事は黙っておくことにした。
「おまたせ」
「うし。じゃ、行くか」
未来が身支度をすまし、5人はホテルを後にする。
いつ幻海が現れるのだろうかと未来がドキドキしながら歩いていると、その時は思いの外早くやってきた。
「おいおいなんて冷たいんだろうね」
島を出向する船を待っていた一同は、懐かしい声を耳にする。
「年寄りおいて帰る気かい?」
「ば…ばーさん!?」
頭がこの展開についていかず、信じられないといった表情の幽助。その顔が喜びで溢れるまで、あと少し。
「師範…よかったあ…」
幻海を実際に見て、エネルギーを彼女が生き返るために使った自分の選択は間違っていなかったと未来は改めて感じた。
暗黒武術会は浦飯チームの優勝で幕を閉じた。
まるで一年くらい戦っていたような、密度の濃い十日間だった。
彼らにまた、平和な日々が訪れる。
しかしその平和が束の間であったことを彼らは知るよしもなかった。
左京と同じ野望を抱き、それを実現させようとしている男の存在があったのだ。
「未来…お前は似ている…私と樹に…」
周りに混乱をきたす危険因子―…。
霊界上層部の者たちの判断も、あながち間違っていなかったのかもしれない。