Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎48✴︎莫逆盟友
蔵馬の策略が成功した後。
「え~先ほどの試合でリングが破壊されてしまったため、今からしばらく復旧作業に入りたいと思います」
休憩を宣言した小兎のアナウンスに観客からブーイングが起こるが、リングはとてもじゃないが試合ができる状況ではない。
トイレにでも行くのだろうか、戸愚呂弟が闘技場から去っていく。
「今だけはホッと一息つけるね~」
束の間だが試合の緊張感から解放され、未来は腕を伸ばす。
「コラ!ワシを忘れるな!」
「あ!コエンマ様!」
数分ぶりの再会を果たすコエンマと未来だ。
「飛影め…未来だけでなくワシも連れていけばよいものを…」
飛ばされた観客席から自力で戻ってきたコエンマは、飛影の寝顔を見て文句を言う。
「なんで飛影は寝ておるのだ?」
「黒龍波を使うと眠くなっちゃうらしいです」
疑問符を浮かべるコエンマに、雑な説明をする未来。
「つーかよ、次の試合…順番的にはコエンマが出るよな」
おずおずと幽助がコエンマが避けたいであろう話題を切り出した。
「で、相手チームは戸愚呂兄が出場するでしょうね…」
残酷な事実をあっさりと告げる蔵馬。
「そ、そんな…どうしよう、コエンマ様、瞬殺されちゃうよ!」
焦る未来の顔色は真っ青だ。
「ったく、どこでなにしてんだ桑原は!」
怒鳴る幽助だが、不可抗力で死出の羽衣により消えてしまった桑原に罪はない。
「しょうがない。桑原の代わりを引き受けたんだ。ワシが出よう」
コエンマの衝撃の発言に、幽助、蔵馬、未来は、えっと言ったきり声が出なかった。
「十中八九ワシは負ける…だが幽助が戸愚呂弟に勝ち、未来が左京にどうにかして勝ってくれれば浦飯チームは優勝する」
「おい…コエンマ…」
「コエンマ様!ダメですよそんなの!」
己の命を犠牲にしてまでチームに貢献しようとするコエンマに、幽助と未来の声は震える。
「やれるな未来。ワシが戸愚呂兄に勝つ可能性に比べたら、人間である左京に未来が勝つ可能性の方が何倍もある」
「コエンマ様…」
優しい眼差しで語りかけたコエンマに、未来は涙ぐんだ。
「―と言いつつ何持ってんだテメーは」
背中に備えつけられた脱出用ロケットのスイッチを握りながら話すコエンマに、幽助は白い目を向けるのであった。
***
休憩時間は長いので、一旦次の試合のことを考えるのを中断した浦飯チームの面々は、それぞれ自由に過ごし始める。幽助は飛影の隣に寝転がり、蔵馬は読書、未来とコエンマは二人で雑談といった具合だ。
「コエンマ様はいつも霊界でどんな仕事をしてるんですか?」
「そりゃあものっっすごく忙しいぞ。霊界トップのワシを頼る者が多すぎるからな…」
話を盛るコエンマ。
「?…なんか地響きがしません?」
ドシーン、ドシーンとこちらに近づいてくる音に反応し、未来が言う。
熟睡していた幽助もただならぬ気配を感じとび起きた。蔵馬もパタンと本を閉じる。
「戸愚呂…!」
戸愚呂弟が担いでいる巨大なモノに、彼の強さを感じ唖然とする未来。
「お~っと戸愚呂選手、前の闘技場から石盤のリングを運んできたようです!」
試合中でないにもかかわらず、実況したのは小兎だ。
「あれ!?一緒に運ばれているのは桑原選手ではありませんか!?」
目を疑う小兎。ならびに浦飯チーム。
「く、桑ちゃんん!?」
with戸愚呂というまさかの桑原の帰還方法に、未来たちは大口を開けて驚く。
戸愚呂が持ってきたリングを地上におろせば、ズシーンとさらに大きな地響きが轟いた。
「前の闘技場のリングの上でこいつが気絶していた」
戸愚呂弟は気絶した桑原の体を幽助に投げつけると、背を向けて去っていった。
「オイ起きろ桑原!」
「…ん?」
幽助が桑原を激しく揺すると、彼は意識を取り戻した。辺りを見回し、決勝戦が行われる闘技場にいると理解する。
「桑ちゃんおかえり!大丈夫?前の闘技場にとばされちゃってたの?」
「ああ。裏御伽戦の時もそうでリングの上に落下したんだが…今回は打ちどころが悪くて気絶しちまってたみたいだな…」
未来に問われた桑原が答える。
「つーかなんであの色男が持ってた布がオレらの部屋にあったんだ?」
「あー…迷惑かけてごめんね。桑ちゃんの試しの剣をもらった時に一緒に受け取っててさ…」
責任を感じ申し訳なく、ポリポリと頬をかく未来。
「とにかく、桑原くんが無事戻ってきてよかったよ」
「あれ!?蔵馬血だらけじゃねーか!どうした!? 」
桑原は血が乾いて茶色くなった蔵馬のチャイナ服風の戦闘服を指し、すっとんきょうな声をあげる。
「もうね、蔵馬と飛影の試合は終わったんだよ」
「なにィィ!?」
未来が教えると、自分がいない間に試合が進行していたと知りショックを受ける桑原。
「ってことはオレ、帰ってきたと思ったらすぐ次の試合出んのか!?」
そういうコト、とうなずく幽助、蔵馬、未来の三人。
「いや~よかったよかった!桑原、よく戻ってきた!恩にきるぞ!」
「…んで、なんでコイツがこの場にいて、しかも異常にテンションがたけーんだ」
戦う必要がなくなり喜ぶコエンマを、事情を知らない桑原は訝しむ。
「…んで、なんでコイツは寝てんだ」
一人だけ平和に寝ている飛影をジロリと桑原は見下ろす。
あまりにも疑問点が多すぎるため、蔵馬にこれまでの経緯の説明を求める桑原なのであった。
***
決勝戦中断から5時間後、ついに試合が再開された。
飛影も先ほど眠りから覚め、まだ眠そうな目をこすっている。
「よっしゃあ!やったるで!」
健康第一と印字された特攻服のポケットから試しの剣を取り出した桑原は、ずんずんと勇ましくリングに向かって進んでいく。だが、あの恐ろしい戸愚呂兄とこれから戦うという恐怖と不安はあった。
「おい大丈夫か!?顔色がすぐれんぞ」
「てめーに言われたくねー」
戦わなくてよいという喜びのオーラに包まれたコエンマに心配され、イラッとする桑原。
(桑ちゃんが無事でありますように…!)
ギュっと目を瞑り手を組んだ未来はひたすら祈る。
「始め!」
樹里から合図が出たとたん、先手必勝とばかりに、桑原は試しの剣を発動させる。
「桑原くんの驚異的な回復力をさらに高めている。剣に使う霊気も数段強い…まさに攻防一体の武器だ」
「ナイス鈴木!ってことだね」
「…まあ間違ってはないかな」
蔵馬の解説をなんとも軽い一言でまとめた未来である。
「おりゃあーー!」
桑原に剣を振り上げられながらも、戸愚呂兄は全く避ける素振りをみせない。そのまま真っ二つに切り裂かれてしまった。
「え…もう勝っちまったのか?」
あっけなくついた勝負に、当事者の桑原のみならず会場中が困惑する。
その時、幽助が桑原の背後の地中から何か触手のようなものが生えてきたのに気づいた。
「桑原!後ろだー!」
幽助が叫ぶも間に合わず、桑原の身体は数本の槍のようなソレに貫かれてしまう。
「桑ちゃんっ…」
串刺しにされた桑原の姿に、未来が悲鳴をあげた。
「お前ほど単純だと騙すオレも気分がいいよ」
ボコッと地中から出てきた戸愚呂兄。桑原を刺した触手の正体は、長く鋭く伸びた戸愚呂兄の指だった。
「な…なに~奴が二人!?」
倒れる桑原を、クククと戸愚呂兄は嘲笑う。
「お前が斬ったのはオレの体で作ったダミーさ。痛みは感じるが今のお前ほどじゃない」
姿形はおろか内臓の位置も自在に移動させることができる戸愚呂兄の能力。それを彼は用い、リングの下をドリルで削って足の裏から本体を桑原の背後へ移動させたのだった。
「なかなか便利な道具だな。これは幻海の形見か?」
ヒュルヒュルと腕を伸ばし、床に転がった桑原の試しの剣を取った戸愚呂兄。
「しかし遣った相手がこのマヌケじゃ、死んだあいつもうかばれないな…」
「なに?い、今なんて言った!?」
戸愚呂兄から出た台詞に反応し、痛みに耐えながら桑原は立ち上がる。
「何を驚いている?まさかお前知らなかったのか。幻海は死んだ。殺されたのさ」
敵である戸愚呂兄から改めて突きつけられた現実に、悔しさから幽助は唇を噛んだ。
(そんな…オレだけ…オレだけ知らなかったのかよ…!)
桑原は責めるような視線を仲間たちへおくる。
そんな桑原の様子に、ヒャハハハハハと戸愚呂兄は下品に笑った。
「お前の仲間も冷てェな!誰も教えてくれなかったのか!」
そのニタニタ笑いを保ったまま、彼は浦飯チームへと目線を移す。
「お前らどうせ、何も知らねーコイツを見て心ん中で嘲笑ってたんだろ!」
「違っ…そんなわけない!」
未来が即座に否定するが、戸愚呂兄はその反応さえも楽しんでいるようだった。
「よしオレが桑原に教えてやろう。人形劇でな」
戸愚呂兄が右腕を変形させ、若い頃の幻海そっくりの人形を作った。
「昔々若い男と女がいました。二人は共に武道を極めんとする仲間でした。しかし年月が過ぎ女は年をとり…」
人形に皺がきざまれ、年をとった幻海の姿になる。
「逆に男は武道のために魔の力を借り若さを保ち続けたのです」
戸愚呂弟のとがめる声が入るが、兄はやめようとしない。
「年をとった女は若いままの男を恨み決闘を申し込みましたが、あわれにも返り討ちにあってしまいます」
ザシュッと戸愚呂兄が左腕で人形の幻海の体を突き刺した。その光景と死んだ時の幻海が重なった未来。血を流す人形を見ていると、もう一度幻海が殺されたような気分になった。悲しみや悔しさ、怒りでわなわなと震える。
「こうして幻海は弟に殺されて天国へ行きましたとさ」
闘技場に戸愚呂兄の高笑いが響きわたり、それがまた桑原の怒りを増幅させた。
「切れたぜ。カンペキによ…」
桑原の瞳は何も映していないかのように暗く、戸愚呂への怒りに燃えている。
「ふん…威勢がいいな。だがお前の切り札はここだぞ?」
試しの剣を奪っていた戸愚呂兄は、またあの鋭い指先を伸ばし桑原を攻撃する。だが、大きな誤算が生じた。
「皮膚で止まっている…?ばかなこれ以上刺さらん」
どうやっても桑原の体を突き刺すことができないのだ。
「てめェは許さねェー!!くたばりやがれァー!!」
桑原は霊気を手裏剣のように飛ばし、戸愚呂兄の体を切り刻んだ。
バラバラになった戸愚呂兄へ致命傷を与えたようにみえたが、再生能力を持つ彼は切られた体を全て元通りにくっつけてしまう。
一方の桑原は先ほどの攻撃での大量の霊気の消費と深い傷が重なり、立っているのも辛い。
「せっかく立ち上がったのに悪いが、地面にへばりついている方がお似合いだ」
戸愚呂兄は桑原の体を凶器となる指で突き刺すと、リングに叩きつける。
「桑原ー!!」
名前を呼ぶことしかできない自分が幽助はもどかしかった。
「もう見てられないよ…!」
痛みに苦しむ桑原の姿に、未来の視界は滲んでいく。
「10カウント負けを期待するなよ。お前は首をかっ切って殺す」
「てめェはぶち殺す。必ずな」
戸愚呂兄が右手を鎌に変形させるも桑原は怯まず、試しの剣を遠隔操作する。
「なに!」
意表を突かれた戸愚呂兄の体は再度切り刻まれた。
「くっ…ちと油断したがオレはまた元通りに戻るからな!」
また再生しようとする戸愚呂兄だが、円状に変化した試しの剣を持った桑原がそれを許さない。
「再生すんならその前に全部ぶっつぶしたる!!」
大きく丸く膨らんだ霊気の剣をまるでハエ叩きのようにし、桑原は戸愚呂兄の全身を攻撃した。
「えー確認しまーす。…げ」
樹里が戸愚呂兄の生死を確認しにいくも、一目見るなり顔を青ざめ、吐きそうになる口元をおさえる。
「桑原選手の勝利でーす!」
「これで戸愚呂チームは一勝二敗だぜ」
「どうなってんだ一体…」
優勝最有力候補チームの苦戦とまさかの浦飯チームの善戦に、観客たちは驚きを隠せない。
「ナイス桑原!大丈夫か!?」
勝利に喜ぶ様子もみせず、静かにチームメイトの元へと歩いてきた桑原を幽助はねぎらう。
しかし、桑原が拳を振り上げると、バキッという鈍い音とともに幽助の体は大きくのけぞった。
「幽助!」
よろめく幽助の身体を未来が支える。
「なんでばーさんが死んだこと黙ってた。オレだけ蚊帳の外か。ああ!?」
幽助の胸ぐらをつかみ責める桑原。ズキッと未来の胸が痛んだ。
…試合が終われば、問われると思っていた。
「ばーさんが殺されたことをオレに言ったら、ビビって逃げだすとでも思ってたのか」
「桑ちゃん、違…」
「黙ってろ!」
桑原に大声で怒鳴られ、未来の肩がビクッと跳ねた。
未来に対し桑原がそんなキツイ態度をとったためしが今までなかったため、驚いた飛影はその大きな目をさらに広げる。
「桑原くん」
「黙ってろっつったろ!」
同じく口を挟んだ蔵馬も怒鳴られるが、彼はかまわず続ける。
「オレたちも直接聞いたわけじゃない。なんとなく気づいたが…言わなかった」
幽助の胸ぐらを掴む桑原の手がゆるむ。
「オレと未来の目の前でばーさんは死んだ」
幽助が述べたことが紛れもない現実であり、真実。
それなのに、これまで幽助と未来はまるで示しあわせたかのように幻海の死の話題をしなかった。
あの時あの場所で共に見た光景が、幻であったかのように。
「まだ…信じられねーんだ。ウソみてーでよ。もしかしたら突然ここに来んじゃねーかって今でも思えてよ…」
バカみてーだよな、と幽助は自嘲し小さく笑う。
「未来もそういう気持ちだったんだろな…オレたち一度もばーさんが死んだことに関して話してねーから…」
未来の方に顔を向ける幽助。こんなにきちんと幽助と目を合わせることは、幻海が死んで以来なかったと未来は気づいた。
「なんか…死んだって言っちまったら、認めちまったら来ねーような気がして…言えなかった。ワリイ」
幽助が語り終え、未来は自分も桑原に言わなければならないことがあると、ぐっと決意する。
「桑ちゃん…私…師範が死んだこと言いたくないって自分の気持ちばかり優先して、桑ちゃんのこと考えてなかった…ごめん」
彼らの告白を聞き、桑原をまとう空気が一段と柔らかくなった。
「そんならそうと早く言えってんだ」
だから言ったら来ないような気がしてたんだってば、と桑原にツッコみたくて山々なのが顔にでている蔵馬である。
「…未来ちゃん。さっきは怒鳴っちまってごめんな。びっくりしたよな?」
深々と頭を下げ、本当に申し訳なさそうに桑原は手を合わす。
「謝るのは私の方だから…謝らないで」
「いやいや申し訳なさすぎて未来ちゃんにあわす顔がねえ!」
「桑ちゃんが謝る必要ないんだよ」
「この通りだっ!ごめん!」
「~~頭上げてよ桑ちゃん!」
なかなか深く下げた頭を戻そうとしない桑原に、未来は困ってしまう。
そんな様子を見かね、呆れた表情の飛影が口を開く。
「未来、正直に言っていいんだぜ。さっきので完全にこの潰れ顔が嫌いになったとな」
「エーー!!そんな!!」
飛影の衝撃の発言に思わず桑原はガバッと…
「お、頭を上げたな」
「上げましたね」
ふむふむ、と観察していたコエンマと蔵馬が呟く。
桑原は未来の両肩を掴むと、今度はしっかり彼女の顔を見て頼みこむ。
「未来ちゃん嫌いにならないでくれぇ!」
「嫌いになるわけないよ!飛影の言うことを本気にしちゃダメ!」
「嘘をつくな未来」
必死に懇願する桑原。
困り果てた未来。
この状況を面白がっている飛影。
ぷっと幽助、蔵馬、コエンマが吹き出してしまうのも無理はない。
暗黒武術会場とは思えないほど、6人を包む風は優しくあたたかい。
桑原も帰還して…
本当の意味で今、浦飯チームがひとつになったのだった。