Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎47✴︎DARK BLAZE
(蔵馬…よかった…)
蔵馬に抱きしめられ、未来はひしひしと彼が生きている喜びに浸る。涙が草木に残る雨粒のように彼女の睫毛を彩った。
(やっぱり、蔵馬は安心するよ…)
蔵馬からは、いつかの薔薇の香りがした。
審判は平等でなければならず、どちらかのチームに感情移入すべきでない。そう樹里は思うのだが、蔵馬と未来の姿に不覚にも感動し、思わず涙目で黙ってふたりを見守っていた。
しかし審判としての務めを果たさねばと、樹里はマイクを今一度強く握り、試合終了の宣言のためすうっと息を吸った。
それと蔵馬が未来から体を離したのは、ほぼ同時だった。
「すまない。奴を倒すだけで精一杯だった」
そう幽助たちを見上げ謝って。
「試合終了!鴉選手の勝利です!」
「なにっ!」
「蔵馬は鴉をぶっ倒したじゃねーか!」
「どういうこと…!?」
コエンマ、幽助、未来は樹里のアナウンスに納得できない。
「蔵馬選手はダウンした状態から反撃しましたが、攻撃をしたのは私が10カウントを数えた後だったのです!」
会場に備え付けられている大画面のモニターで確認VTRが再生されるが、確かに蔵馬の攻撃はダウンの11秒後だった。
「10カウントダウンだと~!?」
「そういうことだ」
幽助に肩をかしてもらいながら、蔵馬が目をふせる。
「蔵馬が生きていてさえくれれば、それで十分だよ」
「試合に負けて勝負に勝った、というやつだな」
ウンウンと未来にうなずくコエンマ。
「わかってないな」
穏やかな空気の浦飯チームに横槍を入れたのは、弟の肩に乗る戸愚呂兄だ。
「優勝チームにはメンバーそれぞれに褒美が与えられる。オレの望みを教えてやろう。お前ら全員の死だ」
戸愚呂兄は幽助たちがまるで虫ケラか何かのように、ひどく見下した視線をおくる。
「鴉は殺すつもりだったようだが…未来だけは生かしておいてやってもいいな」
戸愚呂兄は未来の全身を下から上まで舐めるように見ると、じゅるっといやらしい音をたてて舌なめずりをした。幽助たちはそんな戸愚呂兄を睨みつける。
戸愚呂弟は無表情を保ち、笑っているのは左京と戸愚呂兄だけだ。鎧に隠れた武威の表情はうかがえない。
「早く次の試合だー!」
「頼むぜ戸愚呂チーム!」
「いけいけー!」
「幽助」
次の試合を急かす観客達の歓声の中、飛影が幽助に話しかけた。
「オレが黒メガネとやりたいところだが、幻海にめんじて貴様にゆずってやる」
「…飛影」
「あれで我慢してやる」
飛影の目線の先には、巨大なオノを持ちリング上にたたずむ武威がいた。
「飛影は絶対に一番強い戸愚呂弟と戦いたがると思っておったが…」
(飛影は仲間思いだよね)
飛影の行動に感心したように呟いたコエンマの隣で、未来はしみじみと感じていた。
邪眼を使ってくれたり、海岸に連れてきてくれたり…未来はたくさん飛影の優しさに触れてきた。
「にしても飛影は“サングラス”という言葉を知らんのかな」
う~むと唸るコエンマに、たしかに…と未来は思いつつ沈黙する。
「武威ー!殺っちまえー!」
「そのオノであのチビを真っ二つだー!」
「てめぇの態度を死んで反省しやがれー!」
「やれやれ…オレをザコ扱いか」
バサッと飛影がマントを脱ぎ捨て、その両腕が露出した。右腕には前以上の包帯が巻かれている。
「飛影のやつ、ケガしてんのか!?」
「黒龍に右腕を食べられたらしいのに大丈夫かな…」
「いや!あの巻き方は忌呪帯法を使っている」
イジュタイホウ?と幽助、未来は蔵馬が発した聞き慣れぬ言葉に首をかしげる。
(まさかこんな短期間に黒龍波を極めたのか…!?)
飛影の実力には驚かされてばかりの蔵馬である。
「ていうかあのオノ、見てるだけで心臓に悪い…」
よく研がれた鈍い光を放つ巨大なオノに、未来はブルッと震える。こんな武器を持つ相手と飛影が戦うのはいささか不安だったが…
(飛影ならまた、勝っちゃうんだろうな)
これまで圧倒的な強さで敵を倒してきた飛影だ。未来にはそんな確信があった。
「飛影vs武威、始め!」
樹里の合図で飛影に向かってオノを降り下ろした武威だが、楽々避けられてしまう。
「本気をだせ。反撃する気もおこらん」
軽蔑したように言った飛影に、武威は彼の体重の数十倍はありそうなリングの床の一部を投げつけた。それに飛影が気をとられたスキに、間合いを詰めた武威はオノを振り上げる。
「あっ…」
未来の顔から血の気がひいていく。
逃げきれない。
殺られる。
誰もがそう思った。しかし、さすがは飛影だ。
「本気でこいと言っているんだ」
片手でオノを受け止めると、その燃え盛る妖力で簡単に消してしまった。
「妖気も通っていない鉄クズがオレに通用すると思っているのか。いい加減ムカついてきたぜ」
「飛影、かあーっくいいー!」
飛影の強さにガッツポーズの未来はアラレちゃん風に声援をおくる。
「あのオノをチョコレートのように溶かしきるとは…」
「とんでもないヤツだな…」
感嘆するコエンマと蔵馬だが、それもそのはず。飛影のあやつる炎の威力は数倍にアップしているのだ。
「…なるほど。鎧をつけたままで勝てる相手じゃなさそうだ」
今大会初めて口を開いた武威。けっこう渋くてイイ声である。
「鎧は普通外からの攻撃を防ぐためにつけるが、オレは少し違う」
一体何百キロの重さでこれまで戦っていたのだろう。武威が体につけた鎧を剥ぎ取って地面に落としていく度、地響きが起きる。
「攻撃を防ぐためではないなら、あいつはなぜ着ていたんだ…」
観客席の片隅で疑問を口にする妖怪がいた。その名も、美しい魔闘家鈴木。
「重い鎧で体を鍛えるためとか、そんなんじゃないのか」
「そうか、わかったぞ!」
隣で一緒に観戦している死々若丸の発言が耳に入っていないのか、自己解決した鈴木はポンッと手をうつ。
「あいつも伝説をつくるために素顔を隠していたのか!」
「…誰もがお前と同じようなバカだと思うな」
伝説に素顔は不要、が持論の鈴木に死々若丸が冷たくツッコんだ。
「オレは自分の力を抑えるために着ている」
そんな一幕があったとは露知らず、武威は鎧を着ていた理由を述べる。
「自分でも止められない恐ろしい力をな…」
本当の鎧の役目をする武装闘気(バトルオーラ)に全身を包まれた武威の体は宙に浮かぶ。
「お前も本気をだせ。いい思い出にしてやる」
「後悔するぜ」
さらりさらりと、飛影が右腕の包帯をとり始めた。
「蔵馬!イジュタイホウって何なの…?」
「オレも聞きてーと思ってた」
「武威の鎧と同じさ…呪符で自分の力を抑えつけているんだ」
未来と幽助に尋ねられ、神妙な顔つきの蔵馬が答える。
(凄まじい飛影と武威の力…そんな力がぶつかりあったら、こんな会場は消し飛ぶぞ…!)
これから起こる大惨事を予感し、蔵馬は身構える。
「もう後戻りはできんぞ。巻き方を忘れちまったからな」
包帯をはずした飛影の右腕には黒龍が描かれており、炎の妖気がごうごうと放出されている。
「見せてやる。極めた黒龍波をな」
さらに妖気を上げていく飛影。
「邪王炎殺黒龍波ーー!」
飛影の右腕から炎でおおわれた黒龍が武威めがけて飛び出した。
「うおおおおーっ」
武威は雄叫びをあげながら必死で黒龍の口元を喰われないようにおさえる。
黒龍は武威と共に会場中を暴れまわり、闘技場の天井、リング、観客席…至るところをメチャクチャに壊していった。
巨大な黒龍は未来たちの目の前も高速で通りすぎる。
「きゃあああー!」
「ぎょええええー!」
そのせいで突風が巻き起こり、抵抗力のない未来とコエンマの体は吹き飛ばされてしまう。
「未来!コエンマ!」
「未来…!」
幽助と蔵馬が助けようとするも間に合わず、未来とコエンマは二人仲良く同じ方向に飛ばされていった。蔵馬は傷だらけだし、幽助はその蔵馬に肩をかしているのだから仕方ない。
「イテテテ…」
黒龍が運ぶ風に投げだされ、強く打った腰をさする未来。二人が着地したのは、闘技場内最上部の観客席だ。
観客席とはいえ、辺りに観客の妖怪の姿はなかったが。黒龍がここをめがけて突進してきたとたん、皆が一目散に逃げ出したのだ。
「はあ~今のは本気で死ぬかと思った…」
この10秒たらずの間にコエンマはゲッソリと精神的に疲れていた。
「ここからはよくリングが見渡せますね~って、リングかなり破壊されちゃってるけど」
コエンマとは対照的にのほほんとした未来である。遊園地のアトラクションのようで楽しかったらしい。
しかし、未来が笑っていられるのも束の間だった。
「飛影…!」
目の前の光景が見間違いであってほしいと願う。武威が黒龍をはねかえし、術師の元にかえったそれはリングにいた飛影をパクっと飲み込んだのだ。
「やった!やったぞ!炎殺拳敗れたり!」
黒龍のはねかえしに成功した武威は歓喜する。
(飛影がやられた…?嘘でしょ…?)
あんなに強い。
強くて優しい。
最強の。
飛影なのだから…
「なにをはしゃいでいるんだ?」
その低い声を背後で耳にした瞬間、一気に青ざめる武威。
「見せたいものはこれからだぞ…」
未来の思った通り、飛影がやられるはずがないのだ。
黒龍は飛影に吸収されるかのようにしぼんで消えていった。
「ば…ばかな…」
ストン、と何事もなかったかのようにリングへ戻ってきた飛影を、驚愕の表情で武威は見つめる。
一見すれば右腕の黒龍の柄が消えただけで飛影に変化はないが、彼の強大な妖気に気づかない武威ではない。
「見えるか。これが黒龍波を極めた者の妖気だ」
黒龍の莫大なエネルギーを吸収し尽くすほどの器と支配力の持ち主。それが“極める者”なのである。
以前黒龍に右腕を喰われた飛影だが、今度は飛影が黒龍を喰ったのだ。
「勘違いしている奴が多いが黒龍波は単なる飛び道具じゃない」
黒い炎を身にまとった飛影が語りかける。
「術師の妖力を爆発的に高める栄養剤(エサ)なのよ」
「くっくそォー!」
諦めきれない武威が飛影に殴りかかるも、全くダメージは与えられない。
「さすがじゃの、飛影」
「飛影、強い!」
上から見守るコエンマと未来はガッツポーズだ。
飛影が腹を殴れば武威の体は遥か上空へすっ飛ばされる。飛ばされた武威に一瞬でジャンプして追いついた飛影が、後ろから彼の背中を叩き落とすと…
「ギャー!こっちに来るぞっ」
「きゃ…」
ドゴォッッと偶然にも武威の体はコエンマや未来がいる場所のちょうど真横に落下し叩きつけられた。すぐさま飛影もそこへ降りてくる。
「殺れ」
飛影に向かって放った武威の思わぬ発言に、未来もコエンマも息をのむ。
「オレが戸愚呂と戦って敗れた時…オレにはまだ強くなる可能性があった。再戦を糧にオレは自分の限界まで強くなった…」
仰向けになった武威が青い空を見上げ、どこか哀愁ただよう遠い目をして述べる。
「だが戸愚呂はさらに強くなっていた。逆に力の差は圧倒的に開いたのだ」
未来はわかる気がした。戸愚呂の強さに憧れいつか勝てると信じ、そしてその希望が幻想にすぎないと知ったときの虚しさや寂しさを…
「そしてお前にも完全に負けた。もはや生きる意味もない」
飛影はなんて応えるんだろう、とチラリと彼を横目でうかがう未来。
「フン。死にたきゃ勝手に死ね」
飛影は武威にそう言い放つと、隣に立っていた未来を姫抱きにする。
「えっ飛影…!?」
驚く未来に構わず飛影はタンッとジャンプし飛び上がると、リング上へ彼女を連れ舞い戻った。
そして一言。
「オレは指図されるのが嫌いでな」
そこで樹里が武威の場外10カウントを数え終え、めでたく飛影の勝利が決定する。
「飛影、おめでとう」
武威を殺さなかった飛影に胸があたたかくなりながら…
一番最初に、一番近くで、笑顔の未来が飛影に祝福の言葉をおくったのだった。
「ただいま~幽助、蔵馬!」
飛影にお姫様抱っこをされた未来が二人に手を振る。
リングからおりた飛影は二人のところまで来ると、未来を地面におろした。
「すげーな飛影!これで一勝一敗だ!」
「…この技にも致命的な欠陥がある」
飛影の強さに興奮する幽助だが、対する彼は足をよろめかせフラフラである。
「おい未来!オメーが重すぎたせいで飛影がフラフラじゃねーか!」
「幽助ひどい!で、でもそうなの飛影…?ごめん…」
最初は幽助に憤慨した未来だが、だんだん不安になってきたので素直に飛影に謝る。
「冗談だってーの」
本気にした未来にプッと幽助が吹き出した。
「極度に酷使した妖力と肉体の回復のため…数時間完全に“冬眠”する。これだけはいくら技を極めてもどうしようもない…」
眠すぎて彼らの会話に意識を向ける余裕がない飛影。説明の最中も、彼の瞼は開いたり閉じたりを繰り返す。
「いいか幽助…もし起きたとき…負けて…たら承知…せ…ん…ぞ」
ドテ、と飛影はその場に倒れ、深い眠りに入っていった。
「コイツぶっ倒れる時まで威張ってやがる」
相変わらずの飛影に幽助は苦笑いだ。
「寝顔可愛いなあ」
ふふっと未来は微笑み、スースー静かな寝息をたてる飛影の頬をつついた。ついさっきまで黒龍波なんて恐ろしい技を使い暴れていたとは思えない、穏やかで可愛い寝顔だ。
「でもこんなところで寝ちゃって…」
「未来が膝枕してやればいいんじゃね?」
ニヤニヤ笑って提案したのは幽助。起きた際に、未来に膝枕をしてもらっていたと知った飛影の反応が見たいらしい。
「え、えー…っていうか飛影が嫌がるよ」
「嫌がらねえって!地面に頭置いてちゃ飛影も痛いだろ!膝枕だ、未来!」
しぶる未来だが、幽助もあきらめない。
「その必要はないよ。枕を作りましたから」
ニッコリと貼り付けたような笑みを浮かべ、飛影が脱ぎ捨てたマントを折り畳み枕を作っていた蔵馬が告げた。幽助に肩をかしてもらっていたはずなのに、いつの間にか抜け出していた蔵馬である。
「光速並みだな、蔵馬…」
あまりにも迅速かつ俊敏な蔵馬の行動に、幽助は若干引き気味である。
「飛影のためにわざわざ枕作ってくれたんだ!気が利く~!」
自分が見当違いなことを言っていると気づいていない未来。
こうしてまんまと飛影の未来膝枕回避に成功した蔵馬なのであった。