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Ⅱ 暗黒武術会編

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✴︎46✴︎just for you



蔵馬が妖狐に戻った。爆撃の影響は避けられず銀髪の頭からは血を垂らしているが、その赤さえ美しさに華を添えているようにもみえる。

「あ、あれが蔵馬なのか…!?」

初めて妖狐を目にする幽助は、あまりにも普段の蔵馬とはかけ離れた容姿に驚愕している。

「よかった…間に合って…!」

ギリギリのタイミングで蔵馬が妖狐となり、未来もひと安心だ。鴉に圧倒的な実力の差をみせつけられていた蔵馬だったが、これで勝負はわからなくなった。

「火薬を司る支配者級(クエストクラス)の妖怪が相手では、今の南野秀一ではまだ歯が立たないな」

妖狐と南野秀一は二人とも同じ蔵馬である。にもかかわらず、妖狐はまるで南野秀一が別人であるような言い方をする。

「まだ…?負けた時の言い訳か?妖狐のお前も人間のお前も私には勝てない」

鴉は無数の追跡爆弾(トレースアイ)を攻撃へ向かわせる。羽が生え球状の体の中心に目玉がある、生き物であると同時に爆弾である代物だ。

(蔵馬の目の前で奴の“好きなもの”を殺してやるか…)

華麗に避けていく蔵馬の目を盗み、鴉は数個の追跡爆弾をリング外の未来の元へと向かわせた。
だがすぐさま蔵馬は不自然な動きをする追跡爆弾に気づき、薔薇を投げ突き刺してそれらが未来に近づく前に自爆させる。

「二度とこのようなマネはしないと誓え」

「ほう…妖狐の時のお前も未来への想いは変わらず、か?」

威嚇の意味をこめ鋭く睨みつける蔵馬を見、いまだ余裕綽々な鴉は小バカにしたように問う。

「私もそうだよ蔵馬…どんな姿になろうとお前を愛する気持ちは変わらない…」

攻撃の手は止めず、うっとりと鴉が呟いた。

(南野秀一では鴉にも勝てず、未来も守れない。だが妖狐のオレは違う)

鴉が創りだした爆弾が見える。避けられる。スピードも妖力も今までとは比べものにならない。
妖狐である自らの強さに、蔵馬は大きな高揚感と興奮を感じていた。同一人物ではあるが、南野秀一への優越感に浸ってもいる。
昔の姿に戻ると、妖狐としての強大な自我が芽生えてしまうのかもしれない。

「オジギソウという植物を知っているか?振動や接触、火気に反応して葉が閉じる南米産の多年草だ」

「園芸に興味はない」

バッサリと切り捨てた鴉は、追跡爆弾に囲まれ逃げ場を失った蔵馬の今後を案じニヤリと笑う。
しかし鴉の思惑は外れ、突如蔵馬の足下から出現した植物によって追跡爆弾は全て消し去られてしまった。身長の高い彼の数倍の高さを誇るだろう、恐ろしく巨大な植物だ。

「魔界のオジギソウは気が荒い。動くもの、火気をはらむものには自ら襲いかかる」

「すごい…これが妖狐の力…」

“妖狐の姿になると、南野秀一の体では召喚できない強力な魔界の植物も呼べるんだ”
一昨日医務室にて蔵馬が言ったことは本当だったのだと未来は実感した。

「どうやら鴉、お前を敵として認識したようだ」

蔵馬の言葉に呼応するように、オジギソウは鴉を襲う。鴉が反撃するも、オジギソウはより狂暴性を増したようにみえる。

「はんぱな攻撃は逆効果だ」

BANG!と試合前に鴉がしたように、蔵馬が自身の頭を撃つ仕草をした。

「ぐあっ」

ついにオジギソウは鴉をとらえ、ひだ状の葉で彼の体を包みこんでいった。

「思ったよりあっけなかったな。もう2、3分遊んでもよかったか」

あっという間に勝利を決めた蔵馬がつまらなそうに呟くと、オジギソウに背を向け歩きだした。

「よっしゃー!すげーぜ蔵馬!」

「さすが蔵馬!やったね!」

幽助と未来は蔵馬の勝利に歓喜し、イエーイ!とハイタッチを交わす。

「鴉選手戦闘不能とみなし、蔵馬選手の勝…」

リング外にふっ飛ばされていた樹里のアナウンスを遮り、爆発音が鳴り響いた。
オジギソウは燃え尽くされ、現れたのはマスクが外れた鴉のみ。

「誰が戦闘不能だと?」

「ちゃい!ちゃいます私の間違いです!」

鴉の怒りを買ってしまったのではないかと、怯える樹里は必死で訂正する。

「気に入ったよ蔵馬。ますます殺したくなってきた」

コオオオ…と鴉が息を吸い込むと、その黒髪は金色に変化し妖気は上昇していく。

「ス、超サイヤ人!?」

「奴は妖怪じゃなかったのか!?」

「口から体内に火気物質を集めてやがる」

またワケの分からんくだらんことを言ってやがると思いつつ、未来と幽助を無視して飛影が淡々と述べた。

「奴の体全体が爆薬庫みたいなもんだ。構えとけ。まきぞえをくうぞ」

ええ!?と特にコエンマが焦り、どこに逃げたらよいか分からず右往左往する。

(リングの外にいてもまきぞえをくうって…じゃあ鴉のそばにいる蔵馬はどうなるの…!?)

不安げに未来は妖狐蔵馬を見つめた。

「くくく…死ね!!」

金髪をたなびかせ、両手の起爆装置から鴉が蔵馬めがけて爆弾を放つ。
ドーンと最大級の爆音が轟き、観客席含む闘技場の一部は消しとんでしまった。
今まで幽助ら浦飯チームのメンバーがいた場所は瓦礫の山となっている。

「皆、大丈夫かっ!?」

爆風により飛ばされた仲間を探し、幽助が辺りを見回し呼びかける。
幽助が後ろを振り向けば、未来を姫抱きにし瓦礫の山の上に立つ飛影の姿があった。

「よし!飛影と未来は無事か」

「ありがとう飛影…」

飛影に抱えられていた未来が、地面におろされながら礼を言った。

「うう~死ぬかと思った」

ボコッと瓦礫の中から出てきたのはコエンマだ。

「コラ!ワシも助けんか飛影!」

コエンマが怒鳴るも、飛影は涼しい顔をしている。

「蔵馬は!?」

蔵馬の身を案じた未来たちだが、目にした彼の姿に唖然とする。

「なんで!?まだ15分たってないのに‥!」

そこにいたのは妖狐ではなく、南野秀一の肉体に戻ってしまった蔵馬だったのだ。

「くっ」

先ほどの爆発でかなりのダメージを負ってしまった蔵馬が、その整った顔を苦痛で歪ませる。

(まだ時間はあったはず。…習慣性!?薬の効果が少しずつ弱くなっているのか!?)

予測をたててみたところで、妖狐の姿に戻れるわけじゃない。一歩、また一歩と近づいてくる鴉に蔵馬は成す術もなかった。

「植物を武器化するだけの妖気も残っていないようだな。もう私の妖気すら見ることができないだろう」

ローズウィップも出せない蔵馬はもう鴉にとってただの人間と変わりなかった。

「くくく…安心しろ蔵馬。優勝した後、未来もすぐにお前のところへ連れてってやる…」

あの世にな、と嘲笑った鴉。

「くそっ」

肉弾戦に持ち込んだ蔵馬が、鴉にパンチとキックの応酬を繰り返す。

(負けるわけにはいかないんだ…!)

蔵馬が幽助たちの前で初めてみせた体術だった。それほどまで蔵馬が追い詰められているということを示してもいる。

「ケガで呆けたか?近づくのは自殺行為だ」

先ほどから蔵馬の攻撃を軽々避けている鴉。反撃せず、ただこの状況を面白がっている。

「妖気が見えなきゃどこにいても同じだろ」

「諦めず無駄な攻撃を続けるその姿勢…健気だな、蔵馬」

そんなお前も好きだ、と鴉はうっとり蔵馬に陶酔する。

(妖狐の姿でなくとも、オレは鴉を倒し、未来を守ってみせる。どんな方法を使ってでも)

まるで妖狐である自分に認めさせたいかのように、南野秀一の姿の彼は決心していた。…とてつもなく勇気と覚悟がいる決心を。

蔵馬が手刀を加え、数メートル後ろへ飛ばされた鴉の胸部には、傷ができ血が滴り落ちる。ところが、鴉は全く動じる様子をみせない。

「ねらいはこれだろ?シマネキ草か…二番煎じは通用しない」

鴉は蔵馬が仕込んだシマネキ草の種を傷口から取り除いてしまった。

蔵馬の策が読まれた…!
チーム内最強のブレーンの策も鴉の前では儚く散り、幽助たちは絶望を感じざるをえなかった。

「動くな蔵馬!囲まれてるぞ!」

鴉が操る何百個もの爆弾に四方八方を囲まれた蔵馬に、幽助が叫ぶ。

「動きたくても立っているのが精一杯だろう。魔界の植物も呼べなければ、植物の武器化もできないお前には死しかない」

「あああ!」


右腕、左腕…爆発が起きた箇所から蔵馬の血が吹き出す。次々と爆弾が蔵馬を襲い、想像を絶する痛みに彼は悲鳴をあげ続けた。

「コナゴナにふきとばすのは簡単だがそうはしないぞ…」

鴉は悶え苦しむ蔵馬を見、快感にうち震える。
終わりのみえない爆発音と蔵馬の叫び声が闘技場に響いていた。
蔵馬の戦闘服は真っ赤に染め上げられ、原色が何であったのか判断できなくなっている。

未来、どうした?」

その時、飛影が隣に立つ未来の異変に気づいた。

「…っ…」

息が上手くできない。速く浅い呼吸しかできず、脈拍は上がって立っていられなくなった未来はガクッと地面に膝をついた。

未来!おいしっかりしろ!」

幽助が焦点が定まらない目をした未来に必死で呼びかける。刻々と死に近づく蔵馬の姿にパニック状態となってしまった未来は、過呼吸になっていたのだ。

「息をゆっくり吐くのだ、ゆっくり!」

コエンマが未来の背中をさすり、彼女を落ち着かせようとする。

「健気なところはお前と一緒だな…」

過呼吸となった未来を横目で見て、攻撃の手は休めず鴉が呟いた。
蔵馬も朦朧とする意識の中、未来を視界におさめる。

「お前はいつまでも私のそばにおいておきたい。頭だけは綺麗なままで残しておいてやるよ」

飛び散る蔵馬の血と彼の喘ぎが、どうしようもなく鴉を興奮をさせる。

「そしてお前の生首の目の前で未来を殺してやろう…」

そんな鴉のセリフを耳にしてもなお、蔵馬は冷静でどこか達観している。鴉の死を確信していたからだ。

(どうやらお前は気づかなかったようだな。オレの本当のねらいに)

シマネキ草はフェイク。蔵馬の本当の目的は鴉の心臓の部分に傷をつけることだった。

(あとは妖怪の血が大好きな吸血植物を呼ぶだけだ)

一昨日未来と訪れた医務室で鈴木からされた質問が、これから起こることを暗示していたかのように思える。彼に問われ、自分は答えた。南野秀一の肉体で強力な魔界の植物を召喚すれば、命はない…と。

(オレの今の全妖力を一気に燃焼しつくす、最後の奥の手だ…!)

鴉が南野秀一の姿では魔界の植物を呼べないと勘違いをしていることは好都合だった。
ドン!と蔵馬の脇腹で爆発が起こり、ついにはその場に倒れる。

「ダウン!カウントをとります!」

「ひゃっほー鴉じらすなあ」
「殺せ殺せ!蔵馬を殺せ!」

樹里がカウントをとるも、観客の大歓声で聞きとれない。

「カウントなどいらん」

そう言ってトドメをさそうと右手をあげた鴉に、もう何も考えられず未来の目の前は真っ白になった。

未来…ごめん)

死を覚悟した蔵馬は、最期に未来に心の中で謝罪の言葉を述べる。
母親のためにも、自分のためにも、生きたい。生きなければならない。
気づかせてくれたのは、まぎれもなく未来だった。

それなのに今、自分はその命を自らの意志で失おうとしている。
絶対に生き残るつもりだと未来に告げたのに。
死なないで、わかってる―そんな言葉を交わしたのに。

(ほかに方法がないんだ)

鴉から未来を守り彼を倒すには、命とひきかえに吸血植物を呼ぶこと以外、今の蔵馬に可能な方法はなかった。

「死ね!」

ついに蔵馬に手を降した鴉。

(お前も死ぬんだ!!)

上半身を起こした蔵馬がカッと鋭い目付きで鴉を見据え、勝利の切り札となる植物を召喚した。

吸血植物を召喚したその瞬間。

“戦いはできないんですけど邪魔にならないようにするので、よろしく…”
あの時は君にこんな感情を抱くようになるなんて、思ってもみなかった。

初めて出会った時の控えめな挨拶から、時折みせる眩しい笑顔まで…
走馬灯のようにこれまで見てきた未来の姿が蔵馬の頭の中で駆け巡る。

“くらまちゃん!”
少し抜けたところも、今じゃ可愛く思えて。

“お母さんの一番の幸せは、息子の蔵馬が幸せでいることだと思う”
その言葉にどんなに救われただろう。

“蔵馬、大丈夫!?蔵馬あ…”
初めてオレのために泣いてくれた人。

“蔵馬はいつも、私に安心をくれるね…”
彼女からありがとうと言われる度に、逆にこちらから礼を言いたくなる自分がいた。
君に逢えて初めて、こんなにも誰かを愛しく想えることの幸せを知ったよ。

…ありがとう。
妖狐の時代のオレが聞いたら、鼻で笑われるんだろうな…

ただ、未来
守りたいんだよ、君を。

「うあああああああーー!!」

巨大な吸血植物が鴉めがけて飛び出すと同時に、蔵馬は自身のすべてを燃やし尽くすかのような叫び声をあげ、うつぶせに倒れた。

「ば…か…な」

触手に心臓を貫かれた鴉の命は途絶えた。

「蔵馬…!」

倒れた蔵馬の生死を案じ、幽助やコエンマは生唾を飲み込む。
その時、ピクッと蔵馬の指先が動いた。

(生きて…いる…?なぜ…)

思いがけない生存に蔵馬は動揺しながらも、よろよろと体を起こす。

(知らないうちに妖力が増していたのか…?いや…)

そうか、と彼は気づいた。

(南野秀一の肉体に妖狐の力が戻りつつあるんだ…)

薬の効果が弱まったわけではなかったのだ。

「蔵馬、大丈夫か! 」

満身創痍の蔵馬の元に幽助、そして飛影が駆け寄る。

未来!蔵馬は生きておる!生きておるぞ!」

過呼吸はおさまったが、いまだ放心状態の未来。そんな彼女の両肩を揺さぶり、蔵馬の生存に安堵した表情のコエンマが呼びかけた。

「ほれ!蔵馬のところへ行くぞ!」

それでも未来が反応をみせないので、コエンマは彼女の手を引っぱり、強引に蔵馬がいるリングへと上がる。

「おどかしやがって…一瞬蔵馬が死んじまったかと思ったぜ」

リングに膝をつく蔵馬と同じ目線の高さとなるよう、しゃがんだ幽助がホッと息を吐く。
コエンマに手を引かれ、未来もリングに上がる。

「オレも死ぬ覚悟だったんだがな…吸血植物を召喚したから…」

蔵馬の呟きに反応し、未来の呆然とした表情が崩れた。

「蔵馬…魔界の植物を呼んだら死んじゃうのに…召喚するなんて…そりゃあ鴉を倒すためには仕方なかったって…私だって…分かるけど」

落ち着いたトーンだが、ぽつりぽつりと震える声で蔵馬を見つめ言った未来。医務室にて彼女も、蔵馬の口から南野秀一の肉体で強力な魔界の植物を呼ぶと命を落とすと聞いていた。

「バカ!蔵馬のバカ!」

未来は蔵馬の近くまでツカツカと歩くと彼の目の前にしゃがみこみ、キッと鋭い瞳で言い放った。
予想外の未来の言動に幽助、飛影、コエンマはギョッとし、言われた本人である蔵馬も拍子抜けして目を見開く。

未来…ごめん…」

なんて言ったらよいか分からず、蔵馬はとりあえず謝るので精一杯だ。生き残ると以前彼女に誓った手前、罪悪感もあったのは事実である。

しかし、未来の瞳に大粒の涙がたまっていくのに気づき、蔵馬は先ほどよりも大きくその綺麗な翡翠色の目を見開いた。

「…蔵馬がいなくなったら私…どうしようかと…思っ…」

未来は熱いものがこぼれ落ちそうになる度それを手ですくい、必死で涙をこらえようとしていた。

「よかったあ~よかったよぅ、蔵馬あ~」

胸が切なく疼いて…
蔵馬の眉がどこか泣きそうにゆがんだ。

彼女の服に血がついてしまうとか。
ここは闘技場の中心だとか。

もう今はそんなことを考える余裕がない。
気づいたら手がのびていて、感情に任せ、蔵馬は未来を腕の中にかき抱く。
未来の背中に両腕をまわし、強く強く抱きしめる。
彼女の存在を確かめるように。

「くらっ…」

驚いた未来が一瞬彼の名前を呼ぼうとしたが、今彼女は泣くのに忙しい。蔵馬に抱き寄せられて、涙腺がゆるんでしまった。

(死ななかった…オレは本当に生きているんだ…)

未来の温もりに触れて初めて、蔵馬は生を実感した。生きていてよかったと思った。

(オレはすごく根本的なことを見落としていたな…)

生きていなければ、これから彼女を守れないじゃないか。



「蔵馬…よかったよ、ホント」

蔵馬の無事を心から喜び、幽助やコエンマ、そして飛影だって、彼らの仲間ふたりの抱擁を静かに見守っていた。


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