Ⅲ 魔界の扉編
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✴︎51✴︎南野家へGO!
春。
桜の季節の訪れと共に新学期が始まり、世間はどこかせわしない。
暗黒武術会が終わって1週間ほどたった土曜日、未来と幽助は皿屋敷市内のとあるケーキ屋を訪れていた。
「どのケーキがいいかなあ!?」
どれも美味しそう〜!とショーケースの中に並ぶケーキを眺め、迷う未来だ。
「蔵馬はどんなのが好きなんだろう?」
「さあな〜。オメーは?」
「うーん、私はこのフルーツタルトがいいかなあ。今日はそんな気分」
悩みながらも4つケーキを選び、幽助と未来は会計を済ませる。
「楽しみだね、蔵馬の家行くの」
ケーキ屋を出、未来は隣を歩く幽助に話しかけた。
戸愚呂と再会したあの悪夢の日にした、蔵馬の家へ行こうという約束。それが今日めでたく果たされることになったのだ。
「まあ楽しみだけどよ…」
「どうしたの?なんか元気ないよ?」
浮かない顔で溜め息をついた幽助を心配し、未来は訊ねる。
武術会では見事優勝し、師匠である幻海は生き返り、奇跡の進級を遂げ…
幽助が気に病むことなど、何もないと思うのだが。
「いや、なんつーか…頂点を極めた者のむなしさってやつを感じてるのさ…」
フ、と目をふせ自嘲気味に笑うと、白々しくまた溜め息をついた幽助。
(カンペキ調子こいてる…)
武術会で頑張ってもらった手前ツッコまなかったが、未来の幽助を見る目は冷めていた。
「せっかく戦いから解放されたんだから、今度は勉強のことも考えたら?」
「なんだよ上から目線で…ってオメーオレより年上なんだっけ」
「そうだよ。蔵馬と同い年の高1…じゃないもう高2か…」
嫌なことを思い出してしまった、と未来の顔がず~んと暗くなる。
幽助は少し空を見上げしばし思考を巡らすと、未来の悩みの根源をズバリ言うべく口を開いた。
「…オメー、向こうの世界でちゃんと進級できてんの?」
グサ。
幽助のセリフが容赦なく未来の身体を刺す。
「だーっ!それ訊かないで!私の一番の不安!心の重石なんだから!」
1月以降ほとんど学校に行けなかったが、出席日数は足りているのだろうか。
進級できているかという不安だけではない。もしや学校は休みすぎている自分の存在をないものとしていないか…と未来は心配していた。
めでたく元の世界に帰っても退学扱いされてたんじゃ、もともこもない。
「高校中退の未来に勉強についてとやかく言われても、説得力ねえよなあ」
「勝手に私が退学になった設定にすな!」
珍しく勉強という真面目な話題を持ち出しても、結局はおちゃらけた雰囲気になってしまう二人であった。
蔵馬の家があるのは、皿屋敷から二つほど先の駅周辺だ。
電車を降りた幽助と未来は、待ち合わせ場所である駅前の噴水で蔵馬の姿を見つけた。
やはり多くの人が行き交う中、蔵馬が立つ様はそこだけ空気の色が違うように華やいでいるし、なにより目立つ。
「蔵馬~!」
「おっす」
「未来、幽助」
合流した三人は早速蔵馬の家へ向かった。
「おじゃましまーす」
住宅街の中のごく普通の一軒家に掲げられた“南野”の表札。
蔵馬の家に訪問した未来らは、彼の母親である志保利に迎えられた。
「未来ちゃんと幽助くんね。いらっしゃい」
「こんにちは。これ、幽助と私からです」
「まあ、ありがとう!ゆっくりしてってね」
志保利に買ってきたケーキの箱を渡すと、未来は蔵馬に案内され二階の彼の部屋へ入る。
「わあ、やっぱり綺麗にしてるね~」
「予想通りで面白味がねーわ」
整理整頓された本棚、埃一つ落ちてない床。非の打ち所がない部屋とはまさにこのことだろう。
未来と幽助は興味津々で蔵馬の部屋を眺め回す。
「二人が来るから片付けたんだよ。飲み物持ってくるから、すきに座ってて」
蔵馬が部屋を去り未来はすとんと床に腰をおろしたが、幽助は何やらベッドの下を覗いている。
「…? 何してんの幽助」
「いや、エロ本とか隠してないかな~と思ってさ」
さらりと出た幽助の発言に、未来は大いに動揺した。
「なっ…蔵馬がそんなもの持ってるわけないじゃん!!」
というより、持っていてなどほしくない。そんな蔵馬なんて、未来には想像できなかった。
「甘いぜ未来。アイツも男だ」
「でもでも蔵馬はそんなもの見ないもん!」
ニヤニヤ笑う年下のはずの幽助が、今日はやけに大人びて見える。男だ、と言われては女の未来はそういうものなのだろうか…と思ってしまい、反論が難しい。
「未来は机と壁の間とか見てみろ。隙間に隠してる可能性もあるからな」
「あるはずがないでしょ。幽助じゃあるまいし」
「オレじゃあるまいし…ってどういう意味だそれ!」
「そっくりそのままの意味です~」
幽助にはそう言い返したが、やけに隠し場所にはもってこいであろうその隙間が気になってしまう。
(いや…蔵馬にかぎってまさか…)
ありえない、と思いつつ未来の視線はその一点に。
(別に探してるわけじゃなくて、ないってことを確かめるためにですね…)
自分の行為を正当化しつつ、未来は覗いてみたいという衝動に従う。
「何してるんですか?二人共」
ギクゥッ!
突如背後からした声に、幽助と未来の肩はとび跳ねた。
「エロ系のものがないかチェックだ、チェック」
冷や汗を流す未来とは反対に幽助は全く悪びれる様子をみせず、あっさりと白状する。
「…生憎だけど、いくら探しても目当てのものは出てこないよ」
「ちっ違うの蔵馬!私は疑ってたんじゃなくて、蔵馬の身の潔白を証明しようとしてたの!」
両手を顔の前でぶんぶん振り、苦しい言い訳をする未来。
彼女の主張はよく分からなかったが、あたふたする様子が可笑しくて蔵馬はクスッと笑う。
「まあいいよ幽助も未来も。二人はケーキどれがいい?」
蔵馬が持ってきた配膳トレーには、未来たちが手土産で持ってきた4つのケーキがそれぞれ皿にのっている。
「蔵馬と蔵馬のお母さんが先に選んで!私たち何でもいいから!」
どうぞどうぞと未来に促され、蔵馬がケーキを選ぶ。
「……じゃあこれと、と母さんには抹茶にするよ」
「よかったなー、未来。欲しかったのが残ってよ」
めでたくフルーツタルトが残り、先のケーキ屋での未来の発言を覚えていた幽助がからかい口調で言う。
「うん。まあ全部美味しそうだから何でもよかったけどね!」
そこで、クスクス蔵馬が堪えきれない笑い声を漏らし始めた。
「蔵馬、なんで笑ってるの?」
「未来、やっぱりそれが欲しかったんだ」
なんと蔵馬によると、フルーツタルトの皿に手を伸ばそうとすると未来の顔が微妙に引きつったので、それは避けたのだという。
「ほ、ほんと…?」
「未来、何でもいいとか言っといて蔵馬牽制してんじゃねーかよ!」
完全に無意識だった。恥ずかしさで未来が居た堪れない一方で、ゲラゲラ幽助は笑う。
「蔵馬もホントはタルトがよかったとかない!?」
「大丈夫。オレも何でもいいから」
心配する未来だが、クスクス笑って蔵馬はそう述べる。
(うわ~ん、めっちゃ食い意地はった人みたいになってる)
あまりに恥ずかし過ぎて、未来は穴があったら入りたい気分だった。
真っ赤になって可愛いなあなんて、蔵馬が思っているとは露も知らずに。
***
気を取り直し、お茶とケーキを囲みながら三人はしばし談笑していた。
未来はふとハンガーに掛けてあるお馴染みの制服が目に入る。
「そういえば最近、蔵馬の制服姿って見てないね。まあ春休みだったし当然だけど」
「桑原から聞いたけどよ、名門校として有名な盟王高校に通ってるんだってな、蔵馬」
幽助が教えると、未来はへ~!すごい!と手を叩く。
そして学校に通えてないが所以の焦燥感が募った。
「私、自主的に勉強しようかな…。今学校行ってないから全然勉強してないけど、ヤバいよね」
元の世界に帰れても、勉強のブランクが空きすぎて苦労することは目に見えている。
「蔵馬に勉強教えてもらいたいくらいだよ、ほんと」
「オレでよければ教えるけど?」
全く期待していなかった蔵馬の承諾の一言に、未来は顔を輝かせた。
「未来と学年が同じだから、オレも協力できること多いだろうし」
「え、え~!それはすごくありがたい!」
神様でも崇めるような目で蔵馬を見る未来。
蚊帳の外の幽助は黙々と蔵馬が持ってきたスナック菓子をボリボリ食べている。
「じゃあひとまず来週の土曜に参考書買いに行ったりしようか。また今日みたいに待ち合わせて」
「うんうん!了解!」
ちゃっかり二人で会う約束を取りつけている蔵馬である。
「教えるのは平日でも休日でもいいよ。部活はゆるくて忙しくないから」
「私もね、バイト以外の時間は暇してるよ!あ、家事はやんなきゃだけど」
幻海にわりとこき使われている未来が付け加える。
だが居候を許可してくれるだけありがたいのだから、文句は言えない。
「せっかく勉強しなくてすむ環境にいんのに、自主的にやるなんてオレには信じられねーけどな」
「幽助~オレも教えてって蔵馬に頼むやる気はないの?」
「やだよ、かったりい」
まったくもって、幽助らしい。
「それより蔵馬、なんか遊ぶもんねーの?」
「TVゲームでもする?ゲームバトラーとかあるけど」
蔵馬はTVゲームのカセットを取りだし提案する。
「そのゲーム、師範が持ってるから一緒にやったことあるよ」
「い!?ばーさんゲームなんかすんのか!?」
未来の発言に驚く幽助だが幻海に言わせれば、伊達に暇人やってない、らしい。
とにかくゲームバトラーをやろうと、三人はテレビがある一階のリビングにおりていった。
『デビルシティへようこそ!君達七人は選ばれた戦士だ!これから君達は街の平和をとり戻すため悪の市長ゲー魔王を倒さねばならない!』
オープニングが流れると、ゲームバトラー未経験の幽助が首を傾げる。
「七人?オレら三人じゃん」
「まあ、そこはスルーする方向で。なかなか七人なんて揃えられないし、三人で協力してやってこ」
「ゲー魔王や部下のゲー魔人と七戦して四勝以上しなければならないんだ」
未来と蔵馬が説明し、早速ゲームを始める。
スポーツ・格闘・クイズ・パズルなど様々なタイプのゲームが楽しめ、巷で今人気をはくしているだけあって、三人は盛り上がっていった。
格闘専門の幽助や頭脳戦が強い蔵馬が奮闘するが、惜しくもゲームオーバーになってしまう。
『つづける?あきらめる?』
「続けんに決まってんだろ!勝ち逃げなんざあ、許さねーぜ」
画面に表示が出ると、先ほど格闘ゲームで負けてしまった幽助が主張する。
「ゲームのキャラに対して勝ち逃げって」
ちょうどコントローラーを手にしていた未来は幽助の言い方に吹き出すと、つづける、を選んだ。
***
『ゲー魔王は死んだ…。そして街に再び平和がおとずれた』
「よっしゃー!」
つづける、をゲームオーバーになる度に選択し、幽助たちはようやくゲームクリアにこぎつけることができた。
「あきらめなかった甲斐があったね。う~ん、長かった」
ゲームに夢中になっていた未来だが、さすがに疲れがたまり伸びをする。
窓の外を見れば、もう日が落ち暗くなっていた。
「わ、もうおいとましなきゃね」
その時、エプロン姿の志保利がキッチンからリビングにやってきた。
「未来ちゃんも幽助くんも、よかったら晩御飯食べていかない?」
「いいんすか。ラッキー!」
「いいんですか?」
空腹を感じていた幽助と未来にとって、嬉しい誘いだった。
「いいのいいの。ほら、秀一も何か言って」
「遠慮する必要ないから、よかったら食べてって」
志保利にこづかれ蔵馬もすすめ、幽助と未来は礼を言い、夕食をご馳走になることにした。
***
「今日はカレーを作ったんだけど、お口にあうかしら」
「わ~!私カレー大好きです!嬉しいです!いただきます!」
志保利お手製のカレーとサラダ、スープがふるまわれ、喜ぶ未来。
「とっても美味しいです!」
「よかった。おかわりあるから言ってね」
未来の感想に、カレーの鍋をかき混ぜる志保利が告げる。
「ごはん作ってもらえるのって幸せだよね…」
家事担当のため毎日料理をしている未来が、志保利の美味しいカレーに感動しながらしみじみ述べる。
「最近は幽助が作ってくれる日もあって助かったな」
武術会までの2カ月間、幻海邸に泊まり込みで修行をしていた幽助は、未来に代わり食事を作ってくれたことがよくあったのだ。
「へえ、そうだったんだ」
そういえば幽助は2カ月間も未来と同居し彼女の手料理を食べていたのかと、蔵馬は改めて思い当たる。
当時は未来への気持ちを自覚していなかったため特段気にならなかったが、今だったらとてもじっとしていられなかったなと苦笑した。
「料理得意だよね〜、幽助」
「まあ、おふくろの代わりによく作ってるからな」
「幽助、また作りに行ってあげれば。オレも食べに行くよ」
「いいね!皆も呼んでさ、幽助の手料理食べる会しよ」
「出張費出すんならいーぜ。あ、材料費と手数料もな」
明らかに法外な値段を請求する気マンマンな幽助を、蔵馬と未来が詰る。
そんな三人の様子を、キッチンに立つ志保利は目を細めて見守っていた。
***
「おじゃましました。ご飯もご馳走さまでした!おいしかったです」
「いえいえ、ぜひまた来てね」
玄関先で未来らが礼を言い、志保利が笑顔で応える。
蔵馬は駅まで送ると申し出たが、二人は道は大体覚えているから大丈夫だと断った。
「未来、幽助、またね。気をつけて」
「バイバイ」
「じゃあな」
未来と幽助を見送り、蔵馬は先ほど食べた夕飯で使った皿の後片付けにのりだす。
「いいよ母さん、オレがやるから」
「あらあらこれくらいやるのに…。じゃあお願いね」
志保利は蔵馬に皿洗いをまかせ、自分は洗濯物をたたむことにする。
「ねえ秀一…未来ちゃんのこと好きなの?」
突然の母親からのまさかの質問に、蔵馬は思わずスポンジで洗っていた皿を落としそうになった。
「な、なんで?」
内心かなり動揺していたが、平然を装い逆に訊ねる。
「なんとなく…。だって秀一、未来ちゃんと話すときはいつもより少し表情が柔らかくなる気がするから」
そうなのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
無意識だったことを指摘されたが、未来への気持ちを考えれば蔵馬は容易に納得できた。
自分でも…ううん、志保利以外の誰も気づかなかった。
「それに幽助くんと話すときも楽しそうね。よかったわね、いいお友達ができて。大切にしなさいよ」
「…うん」
かけがえのない仲間ができた。
何物にもかえられない、大切な仲間が。
蔵馬はそれを十分に感じていたから、素直に頷く。
「よくわかるね、色々と」
本当に本心から出た発言だった。
未来や幽助との関係性を見抜いた志保利に、蔵馬は心底驚いたのだ。
「わかるわよ。秀一の母親何年やってると思ってるの」
否定しないということはやはり息子が好きなのは未来なのだと悟り、密やかに笑いながら志保利が言う。
「わかるもんなの?母親って」
「う~ん、私は秀一の母親でしかないから他の人のことは知らないけど、なんとなく勘がはたらいたのよね」
いくら自分の正体が妖怪でも、この人はやっぱり母親なのだと蔵馬は思えた。
この16年間、ずっと家族として過ごしてきたのだ。
「それにしても秀一に好きな人なんて嬉しいわね。あ。あんまり言うと怒るかしら」
「嬉しいの?」
嬉しい、なんて言葉を志保利が口にしたのが意外で。
「嬉しいわよー。息子に好きな人ができたら成長を感じるもの。中には寂しくなっちゃう人もいるらしいけど、母親の幸せの一つじゃないかしら」
未来は蔵馬の幸せがお母さんの幸せ、と言った。
(未来、君も母さんに幸せをくれたみたいだよ)
自分が未来を好きになったことを母親である志保利が喜んでくれた。
それがこんなにも嬉しく、蔵馬の胸をあたたかくする。
「秀一、あんた頑張らないと。幽助くんはライバルじゃないの?」
「幽助は他に好きな人がいるよ」
幽助の代わりに逆毛で邪眼師の彼のことが頭を掠めたが、それをわざわざ口にだすつもりはない。
「ていうかこの話題、もう終わり」
これ以上詮索されるのを止めるべく、蔵馬は宣言する。
母親に自分の恋愛の話を根掘り葉掘り訊かれるのは、なんとも居心地が悪い。
「はいはい、わかりました」
クスクス笑いながら了解だと言う志保利。
(…あ)
どうして今まで気づかなかったんだろう。
志保利がクスッと微笑する様は、自分のそれとよく似ていた。
(やっぱり、親子だからかな)
なんだかそれが嬉しくて、今さら気づいた自分が可笑しくて。
蔵馬もまた、志保利と同じその優しい笑い方で微笑んだのだった。
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