Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎44✴︎ 波音、貝殻、薔薇の香り
砂浜に座り隣り合う飛影と未来。
ザザーンと波音が響き、潮の香りがふたりの鼻腔をくすぐる。
「…っ」
未来は泣きはらした目をこすり、すくっと立ち上がった。
「帰ろうか。飛影」
そう言った未来同様、飛影も立ち上がる。
「もういいのか」
「うん。これ以上めそめそしてらんないよ」
きっと幻海も“いつまでも泣くな”と言っているだろう、と未来は思った。泣きたいだけ泣いて、気持ちが落ち着きスッキリしていた。
(全部全部…飛影のおかげ)
“お前の声くらい、かき消す”
あの言葉がなかったら、未来は飛影の前でも泣くのをこらえ続けていただろう。
そして、何があったか尋ねられたくない…そんな未来の気持ちを察した彼。ここに連れてきてずっと飛影は隣で寄り添ってくれた。
「飛影、ありがとう。隣にいてくれて。すっごくすっごく心強かったよ」
飛影は未来の手を握ったわけでも、抱きしめたわけでも、励ましの言葉をかけたわけでもない。ただ、黙って未来の隣にいた。
たったそれだけのことなのだが、未来がどれだけ心救われたか。
(変なの…師範のことで泣いてるとこ、飛影にも見られたくなかったはずなのに)
礼を言われ何と返せばいいかしばらく迷っていた飛影も口をひらく。
「みえみえのやせ我慢をオレの前でするのはやめろ」
ほかの誰の前で未来が感情を隠そうとしても、自分の前では我慢しないでほしい。心から、そう思った。
「うん。わかった。ありがとう」
気づけば、また“ありがとう”と口から出ていて。感情をおし殺しさなくてもよい、と言ってくれた飛影が未来は嬉しかった。
「ここ、本当に綺麗なところだね」
波打ち際へ歩く未来。
「綺麗な貝殻もたくさん落ちてる…」
未来は慈しむような細い目をして砂浜に落ちている白い貝殻を拾った。
未来はまた、幻海のことを想っているのだろうか。月明かりに照らされるその姿が、とても儚くみえて…飛影は思わず未来に近づいた。
すると確かに未来はそこにいて、飛影はほっと安堵する。
(バカか、オレは…)
未来が消えてしまいそうなんて考えが頭をかすめた自分を飛影は恥じた。
「こうすると、海の音が聴こえるんだよね」
未来は目を閉じ、貝殻を耳にあてふさいだ。
「海の音?」
「そう。波の音ともいうかな。貝のささやき、っていわれてるんだよ」
未来はその白い貝殻を今度は飛影の耳にあてた。なるほど、ごわごわとした音が聴こえ、目を瞑ればまるで海の中にいるような錯覚におちいる。
「ね?聴こえるでしょ」
海音のそばで聴こえた未来の声が心地よい。こうしていると、飛影はなぜか落ち着いた。
今はなき氷泪石を眺めていた際に感じた気持ちと似ている。紛失してしまった、母親が流した涙からできたあの石だ。
「この音、赤ちゃんが羊水の中で聴いている音と同じらしいよ」
そういえば、と思いついたように言うと、未来が飛影の耳から貝殻を離した。羊水が何か分からず、無意識に飛影は首を少々傾ける。
「胎児が母親のおなかの中で聴く音ってこと。飛影も赤ちゃんの時、お母さんのおなかの中で聴いてたんだよ」
ふふっと小さく未来が笑った。母性を感じさせる、優しい笑い方だった。
飛影は未来の手のひらの上の白い貝殻をまじまじと見つめる。
「この貝は持って帰ろうっと」
ポケットに貝殻をしまう未来。
「さ、ホテルに戻ろう」
まだ悲しみから立ち直っていないのに、無理に笑顔をつくっているのが飛影にもわかる。
その時、飛影はある一筋の閃光をとらえた。
「未来、あれを見ろ」
飛影が空を指さし、未来が見上げれば…
「あれって…幽助の霊丸?」
おそらく幽助が、この森のどこかで霊丸を放ったのだろう。
まるで流れ星のように、地上から天頂へと大きな光のかたまりが上昇していっていた。
うっとりと見とれてしまうくらい、夜空に閃光がはしる様は美しかった。
「すごい威力。あんな霊丸、見たことない」
光は空高く高く上っていく。
まるで天へのぼった幻海へ届こうとしているかのようだ。
(幽助…)
未来は霊丸を見ていると、元気がわいてきた。そんな彼女の表情を見ると飛影も安心し、ふたりはホテルまで戻ったのだった。
***
「イエーイ!オイラまた大富豪!」
「ま~た貧民だべ…」
「贅沢言うな!大貧民のオレよりマシだろ!」
そんな三人のかけあいに、富豪の凍矢と平民の未来はプッと笑いをこぼす。
ついに決勝戦は明日に迫った。今、彼らは浦飯チームの部屋でトランプをしている真っ最中だ。
幽助たちは明日に備え各自修行にいっており、陣たちは一人になってしまった未来のボディーガードを任されたわけである。
ボディーガードといってもただ浦飯チームの部屋で未来と一緒にいればよいだけの話だが。未来と遊びたかった鈴駒、陣、凍矢、酎たち4人は快くその役目を引き受けた。
「私、いったん抜けるね」
再度大富豪をしようとする彼らに告げた後、未来はひとり離れたところにあるベッドに腰をおろした。
幻海が死んだのは昨日の今日のこと。長時間騒いでいられるほど、未来は精神的にタフなわけじゃない。
未来は昨日の夜、ホテルに戻ってきてからのことを回想する。
飛影とふたりで戻ってきた未来を見ると、蔵馬も桑原も意外そうな顔をした。きっと、幽助と共に戻ってくると思っていたのだろう。
『何があったのか』と聞こうとした桑原を、蔵馬は『幽助とは会えた?』と質問することで未来を救った。蔵馬も幻海の身に何がに起こったか、大方予想がついていたはずだ。答えたくない未来の気持ちを彼は察していた。
そして今日朝帰りした幽助も、ただ『ばあさんは今日は戻らない』とだけ伝えた。
幻海が死んだと言ってしまったら、それを認めるようで怖い。
また明日ひょっこり顔を出すかもしれないという、淡い期待をつぶしてしまいたくない。
そんな気持ちを、自分と同じように幽助も抱いているのかもしれないと未来は思った。
また、部屋に帰ってくる前に陣たちへ未来のボディーガードを頼んでくれていた幽助に、彼の優しさを感じたのだった。
「はあ…」
まだ傷が癒えていない未来はため息をつく。
なんとはなしに裏御伽チームに潜入する際、幽助を通じてコエンマからもらっていた『霊界重要参考人』の本をパラパラとめくっていると、未来はあるページで目を止める。
(…これって…!)
食い入るようにそのページを読む未来。
「未来ー!人生ゲーム一緒にやろうよー!」
鈴駒に呼ばれ、夢中になっていた未来はハッとし本を閉じる。
「うん!やろっか」
ある衝撃的な情報に動揺しつつ、平静を装い未来は鈴駒たちの輪の中に合流した。
***
決勝戦当日。
(うわ~緊張する…)
未来たちは決勝戦開始時刻が近づくまで、浦飯チームの部屋で待機していた。
幽助、桑原、蔵馬、飛影、未来の5人が久々に一室に集合している。
「ふ~昨日は特訓づけで疲れたぜ」
「少しはマシになったんだろうな」
『健康第一』と書かれた特攻服を身につけ、試合前のストレッチをする桑原を飛影が横目でじろりと見る。
「へっ!オレ専用のこの新・霊剣がありゃ無敵だぜ」
鈴木からもらった試しの剣を手にした桑原は、自信たっぷりで得意げだ。
「ほう…また役に立たん新しい棒が増えたのか」
「もういっぺん言ってみろこのクソチビオラァア!」
「おいオメーらいい加減にしねーとまとめて縛りあげんぞコラ」
恒例行事と化している二人の言い争いに、幽助が噛みつく。
「蔵馬、鈴木からもらった前世の実…やっぱり使うの?」
鈴木が示唆した“副作用”が心配な未来はおそるおそる蔵馬に尋ねる。
「ああ。鈴木の言ったことは本当だった。一口飲むだけで15分くらいは元の姿に戻れる」
「ってことは昨日もうあれを使ってたの!?」
「実戦でいきなり使うほど大胆じゃないよ。何度か試してみたが、液体で使うと効き目があらわれるまで少々時間がかかるんだ」
だから試合前に飲んでおくつもりだ、と蔵馬は言う。
「そっか。あの、蔵馬…死なないでね、絶対…!」
未来も蔵馬と共に鴉の強さを肌で感じた人間。言わずにはいられなかった。
「わかってる。オレは勝つよ。未来のためにも」
真剣な眼差しで未来を見つめ言った蔵馬。あまりにも真剣で熱っぽく、蔵馬の瞳に妖狐の影を感じた未来の心臓はドクンと跳ねる。
「…うん!お母さんのためにも、生き残るって私に展望台で誓ったつもりって、蔵馬言ってたもんね!」
(それだけじゃないよ、未来)
鴉から“好きなもの”を守るべく、蔵馬は絶対に勝つ、そう心に決めていた。
未来を守りたいから。
未来を失いたくないから。
だから蔵馬は戦いにいくのだ。
(…未来?)
その時、蔵馬は未来の手が震えているのに気づいた。
(ばか、私…自分は試合に出ないくせに、蔵馬の前で…)
一昨日幻海という大切な人を亡くしたばかりの彼女。もしチームの誰かが死んでしまったらと思うと、怖くて怖くてたまらなかった。
そんな未来を見、蔵馬は自分の髪の中から一輪の薔薇を取り出した。それを彼女の顔の前に差し出す。
「未来。これをかいでみて」
未来が空気を吸いこむと、鼻腔いっぱいに薔薇の香りが広がる。
(いい匂い…安心する…)
蔵馬の匂いと同じだ、と未来は思った。
「…蔵馬はいつも、私に安心をくれるね」
心を落ち着ける香りの効能を持つ薔薇を、蔵馬は差し出したのだ。
「オレだって、未来には感謝してるよ」
え?と理由が分からず未来は目をぱちぱちさせる。
「わからなくてもいいよ」
クスッと優しく笑うと、蔵馬はポンと未来の頭に手をおいた。
「おい、試合前だってのに何イチャついてんだよ」
桑原と飛影の仲介役に疲れ、不機嫌な幽助が蔵馬と未来をにらむ。
「そうだ幽助、幻海師範の代わりの5人目はどうなっているんだ?」
幽助に話しかけられたのを機に蔵馬が尋ねる。
「もう先に闘技場に行っているはずだ」
「なんだやっぱバーサンこれねーのか。まあ浦飯に全て託したとは聞いていたが、裏御伽戦で全部力使いきっちまったってわけか」
桑原にも真実を伝えなければならない、と未来は思うのだが、喉まで出かかった言葉をやはり口にすることは出来ない。
幻海は死んだ、なんて。
「やれやれ。めでたいヤローだ」
「あ!?なんだコノてめーは」
終わったかと思えばまた勃発する飛影&桑原のケンカである。
未来は幽助に誰が5人目の選手なのか尋ねようとしたが、その前にあることが気になった。
「ねえ幽助、そんなノースリーブの服で行くの?私のパーカーでも貸すから、試合が始まるまで何かはおっときなよ」
春先とはいえまだ肌寒い日も多い。風邪をひかないように、未来は上着をはおることを幽助に勧める。
「いーんだよ。さ、もう闘技場に行くぞ」
そう幽助は断り、もう決勝戦開始時刻である正午が近づいていたため、闘技場へ向かうべく部屋を出ようとする。
「おいせっかく未来ちゃんが心配してくれてんだから着ろよ浦飯!」
これなんかいいんじゃねーか?と桑原は未来のカバンからはみ出ていた白い羽織ものを取り出した。
(あれ、あんなの私持ってたっけ)
幻海の死に気をとられ、すっかり忘れている未来。
「だからいらねーって」
「じゃあオレが着ちまうぞ」
「桑ちゃん!ダメ!」
白い布の正体に気づいた未来が、冗談半分にそれを被った桑原を止めようとするも、時既に遅し。
「うわあああああ…」
桑原の叫び声が響いた後、辺りには彼の姿はなく、白い布だけが残っていた。
「なっなんだ!?桑原が消えちまった!!」
予想外すぎる展開に相当動揺している幽助は、目を白黒させる。
「なぜアレがここに…」
「未来が一昨日、もらっていたんですよ」
驚きを隠せない飛影に、事情を把握している蔵馬が教える。
「フン。桑原もアホだな。二度も同じ手にひっかかるとは」
蔵馬からワケを聞くと、桑原をバカにする余裕もできた飛影。
「…まさか未来が持っているとは思っていなかったでしょうから、それは酷なんじゃないですか」
「おい蔵馬!オレにも説明しろ!」
裏御伽戦不参加の幽助が蔵馬に詰めよる。
「あちゃー…」
またも死出の羽衣でとばされてしまった桑原を思い、頭を抱える未来なのであった。