Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎42✴︎PIERROTの贈り物
―“好きなもの”の“好きなもの”を殺すとき…一体どれほどの快感に襲われるのかを考えると、私はとても興奮するよ…―
その鴉の台詞が何を意味するか分かっているのは蔵馬だけだった。未来はといえば変態ちっくな一連の鴉の発言が到底理解できなかったため、その台詞の意味を特に深く考えずにいる。
「未来さんに蔵馬選手!」
女性の声に呼び止められ、二人がそちらを振り向くと。
「小兎さん!どうしたんですか?」
「実は蔵馬選手に頼みがあって…」
未来が尋ねると、駆け寄ってきた小兎がお願いするように手を合わせた。
蔵馬と未来は闘技場内の医務室に来ていた。なんでも手当てに使う薬が足りなくなったらしく、蔵馬の薬草が欲しいと小兎に頼まれたからだ。
気晴らしにもなると考えた蔵馬は小兎の頼みを二つ返事で承諾し、自然と医務室へ足を運んだ。
「未来はそこで待ってて」
蔵馬に言われ、ぽすっと待合室のソファーに腰をおろす未来。受付で病院長らしき人物と話している蔵馬をぼんやりとした目で眺める。
(誰にも死んでほしくない…)
否が応でも訪れる明後日のことを考えると、気落ちしてしまい項垂れる。
カッカッカッとヒールで廊下を歩く音が聞こえ未来が顔をあげると、見覚えのあるナース服を着た女性の姿が。
(あー!結界師瑠架!)
忘れるわけがない。魔性使い戦の際、彼女のせいで飛影と覆面が戦えないという、危機的状況に浦飯チームは陥ったのだ。
瑠架は未来の前で立ち止まると、罰が悪そうに顔をかたむけた。
「…貴女に会いたがっている人があの部屋にいますわ。鈴木さんという方です。行ってあげてください」
気まずい空気を破って、瑠架は近くの病室を指さした。
「え、なんで?でも蔵馬が…」
行くにしても蔵馬に一声かけてから、と思った未来は受付にいる彼の後ろ姿を見る。
「彼には私から言っておきますから」
(ま、まあ鈴木なら危険なめにあうこともないだろうし、会ってみようか)
未来は瑠架の好意に甘えて蔵馬への伝言を頼むと、病室に近づきその扉をノックした。入れ、との声が中から聞こえ、部屋へと入室する。
中には3つのベッドが置かれており、比較的小さな病室だった。未来が入ってすぐ目があったのが…
「死々若丸!」
「なんだ貴様…バカデカイ声で人の名前を呼びやがって」
窓際のベッドの上で上半身だけ起こしている彼の姿に、つい叫んでしまった未来はハッと口をふさぐ。
「だっているとは思ってなかったから…」
死々若丸にお礼を言わなければならないこと、彼に聞きたいことがあることを未来は思い出した。
毎度のことなのだが、先ほどのように死々若丸から憎まれ口を叩かれてしまうと、素直に礼を言うのもしゃくになってくるというものだ。
「う~なんでオレがあんな奴に…」
ドア側のベッドでは魔性使いチームの吏将がうなされていた。どうやらまさかの桑原に負けたことが相当ショックだったようだ。
そして真ん中のベッドにいるのが、未来の知らない金髪のわりとハンサムな男性。
「ねえ死々若丸、私は鈴木に呼ばれて来たんだけど、どこにいるの?」
キョロキョロと未来はあたりを見回すが、彼らしき人物はどこにもいない。
「なっ…未来!ここにいるだろう、ここに!」
金髪の青年が、自分こそが鈴木であると主張した。
「うそ!あなたが鈴木!?」
怨爺の正体がピエロだった時といい、鈴木には度肝を抜かされてばかりの未来である。さすがは千の姿を持つ男、美しい魔闘家鈴木だ。
「で、なんで私を呼んだの?」
「未来に本当のオレの顔を知ってほしくてな…」
幻海にボコボコにされた顔だけでなく、素顔を見せたかったらしい。
どうだ、ハンサムだろうと言いたげな表情に、「はあ……」と未来は曖昧に返事する。
「そうだ、死々若丸…いきなりだけど、お礼言いたくて。昨日の夜、黒桃太郎から助けてくれて、本当にありがとう」
未来は死々若丸に向き直ると、そう言って深々と頭を下げた。
あの時死々若丸がどんな形であれ黒桃太郎を止めてくれていなかったら、未来は心にも体にも深い傷を負うことになっていただろう。
彼からいくら憎まれ口を叩かれていても、未来はけじめとして礼を言っておきたかった。
「…お前に喚かれても迷惑だったからな。あの時も言ったが、目障りかつ耳障りだと思った」
しばらく頭を下げた未来を驚いて見つめていた死々若丸だったが、一息でそう述べた。
要は未来のためではなく、あくまでも自分の都合のための行動だったと言いたいのだろう。
「じゃあさ、あの剣を使う前に逃がしてくれたのはなんで?」
この際、疑問点は全て解消してしまおうと思った未来は、さらに質問を畳みかける。
「優勝商品のバカ女に優勝前に死なれては、利用価値がなくなると思ったからだ」
「…ふ~ん」
バカ女、の単語にピシッと未来のこめかみに亀裂が入った。
「そんなにバカバカ言ってると、私も死々バカ丸って呼んじゃうよ」
「貴様っ…」
青筋をたてる死々若丸は、いつもの美青年の面影はなくまさに般若の顔だ。
「あははっその顔!暗黒武術会より、変顔コンテストに出た方が優勝狙えるんじゃない?」
はからずも未来が満面の笑みをみせ、死々若丸は罰が悪そうな顔をする。そんな彼を見、鈴木はくすっと笑った。
「未来、“死々若”と愛称で呼んでやってくれ」
鈴木はちょいちょいと未来を手招きすると、内緒話をするように彼女の耳に手を当てる。
「一番チーム内で優勝商品である未来に興味を持っていたのは死々若なんだぞ」
思わぬ鈴木の発言に、未来はえっと言ったきり声が出なかった。
「最初は未来が異次元から来た人間ということで興味を持っていたが、それだけじゃない。未来がプレッシャーと闘いながらオセロゲームをしている様子を食いいるようにオレの隣で見ていたし…」
死々若丸は鈴木が何を言っているか聞きとれず、疑うようにジロジロと彼を見ている。
「未来の能力にもとても感心していた。敵に臆せず、逃げずにずっと近くで試合を見守っていた点もな」
未来はレストランで黒桃太郎たちにも言い返していたしな、と鈴木が付け加える。
「死々若に反論する女も未来が初めてだったぞ。異世界から来た未来は、今まで死々若の周りに群がってきた女達とは何もかも違ったんだ」
そこまで言うと鈴木は未来の耳に当てて話していた手を離した。
(だから興味を持ったし、惹かれたんだろうな)
最後の一言は、自分の胸にしまっておいた。
「未来?」
その時、病室の扉が開き、蔵馬が顔をのぞかせた。
「蔵馬!そうだ、お前と桑原に渡したいものがあったんだ…」
ごそごそと何かを取り出す鈴木。
「誰だお前は?」
「美しい魔闘家の鈴木さんだよ」
金髪の青年の正体を未来が教えると、蔵馬が意外そうに目をぱちくりさせる。
「フ…今となってはその名もむなしくひびくだけ。格の違いを見せつけられた今のオレはただのピエロになりさがった」
鈴木は自嘲気味に目をふせた。
(最初から十分道化だったと思うが…)
蔵馬の感情は、正しい。
「“前世の実”と“試しの剣”。オレが裏浦島と死々若に与えたアイテムだ」
鈴木が取り出したのは、丸く赤い実が液体に浸かった瓶と、謎の剣の鞘。
「前世の実は最近魔界で発見されたトキタダレ花の果肉だ。裏浦島はケムリ状にして使ったが、液体のまま飲めば長い時間妖狐の姿に戻っていられるだろう」
「なぜこれをオレに…」
「あ~!もしかして!」
丸い目をして尋ねた蔵馬の隣で、未来が疑うように鈴木を見る。
「もしや鈴木、『蔵馬(16)、ドーピングにより失格』なんて展開にしようと企んでる?」
「なっ…断じて違う!そんな美しくない不純な動機ではない!」
くだらないコントを繰り広げる未来と鈴木に、死々若丸は呆れ顔である。
「オレもかつて戸愚呂と戦った」
とたん、マジメな顔になる鈴木。
「その時オレの名前は強い妖戦士田中だった」
「……」
ツッコんだ方がいいのか、蔵馬と未来は無言で悩む。
鈴木は語った。戸愚呂と対戦した時のことを… 。
「カタキをとってくれと言っているわけじゃない。戸愚呂より強い奴がいることを信じたいんだ」
その真剣な瞳に、今度こそ未来たちは彼が本気であると感じ引き込まれる。
「強さが全てという戸愚呂の価値感をぶっこわしてくれる奴が現れるのをな。今回の大会でそれがオレじゃないことはよくわかった」
鈴木の話を聞き終え、蔵馬は受け取った前世の実を、期待をかけるように見つめた。これを使えば鴉にも勝てる、そんな希望がみえてきていた。
「鈴木、ありがとう!妖狐の時の蔵馬、凄まじい妖気だった…絶対負けないよ」
先ほど戸愚呂チームの強さを見せつけられ内心気落ちしていた未来も、明るさを取り戻した。
「妖気だけじゃない。妖狐の姿になると、南野秀一の体では召喚できない強力な魔界の植物も呼べるんだ。裏浦島戦で使った食妖植物も、いつものオレだったら使えなかった。召喚には強い妖力が必要だからね」
へ~と未来も鈴木も、蔵馬の説明を聞きうなずく。
「もし今のお前の姿で召喚したらどうなるんだ?」
鈴木が浮上した疑問を何気なく口にした。
「妖力の弱い南野秀一の体で召喚すれば、命はない」
「く、蔵馬、寝ぼけて呼ばないように普段から気をつけてね…」
間違って蔵馬が召喚しやしないかと、未来はヒヤヒヤする。まあしっかりした彼のこと。そんなバカげた失態はおこさないとは思うが。
「んで、この桑ちゃんにくれる“試しの剣”ってのはどういう物なの?」
興味深そうに剣をさわり、隅々まで観察する未来。
「試しの剣は持つ者の気を吸いとって成長する、ヒル杉で作った変幻自在の妖刀だ。その姿は持つ者の気の性質しだい…さっきも言ったが、死々若にあげたものと同じだ」
鈴木の説明のあと、ひらめいたようにポンッと未来は手を叩く。
「じゃあコレって死々若のお古なんだ!」
「違う。誰があの失敗ヅラなんぞにモノをやるか」
勘違いするな、と眉間にしわを寄せる死々若丸。
「ああ!桑ちゃんとおそろいなんだ!」
「……」
その通りなため反論できないが、どちらにしても気にくわない死々若丸である。
「前世の実も試しの剣も、まだ実験段階の代物だ。使った後でどんなおそろしい副作用がでるかはオレにもわからん」
「…わかった。桑原くんにもそう言っておく」
使うか捨てるかはお前達の勝手だ、と言う鈴木に、蔵馬は承知の上でアイテムを受けとる。
「なんか蔵馬と桑ちゃんがうらやましいな~。闇アイテムが貰えて…」
物欲しそうに蔵馬が手にするアイテム二つを眺める未来の顔に、バサッと白い布が当たり、床に落ちた。
「? なにコレ?」
「死出の羽衣だ」
布を投げた張本人である死々若丸からさらりと出たセリフに、未来の心臓は飛び跳ねそうになる。
「ちょ…危ない!!私がコレ被っちゃってたら、どうする気!?」
「知るか」
「~~っ」
死々若丸の超無責任発言に、未来は怒りと衝撃で言葉が出ない。
「やる。オレにはもう必要ないからな。護身用にでも持っておけ」
「え…」
こんな物騒なモノ受け取っても、と思った未来だが、確かに死出の羽衣は妖怪に襲われた時などに役立つだろう。
「…もらっとく。ありがとう。渡し方は考えてほしいけどね」
未来は床に落ちたその布を拾った。
「それと…」
照れ隠しなのか、コホンと死々若丸が咳ばらいをする。
「あの婆さんに言っておけ。次に戦う時は絶対に貴様をぶっ倒すとな」
「あの婆さんって…幻海師範のこと?師範は今、“大事な用がある”ってどこか行っちゃってるんだけど…」
その時、戸愚呂兄の言葉が未来の頭でフラッシュバックした。
弟は大事な用があってね―‐‐‐
(まさか…まさか)
イチガキ戦での若い女性が、幻海であると知っていた戸愚呂。
大事な用、と言って重なる戸愚呂と幻海の不在。
何かを悟ったような、覚悟したような幻海の顔。
ひとりは今日死ぬ。誰かはじきにわかる。…そう言っていた鴉。
すべてがパズルのピースのように、未来の中できっかりとはまった。
「早く…早く師範のところに行かなきゃ…!」
「未来!?」
血相を変え病室を飛び出す未来を、蔵馬は追いかける。
「師範のところに行くって…どこにいるか分かるのか?」
「とりあえずホテルに戻って、幽助と会う!」
きっと幻海の弟子である幽助なら、自分と同じようにこの妙な胸騒ぎを感じているであろうと未来は直感していた。
ただただ未来は走る。
彼女の大切な人に訪れているであろう危機を救うべく。