Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎41✴︎トリートメントはしているか
未来、桑原、蔵馬、飛影、幻海がぞろぞろと闘技場から出てくると、木の下で螢子にもたれかかって寝ている幽助を発見した。傍には陣、凍矢、酎、鈴駒の姿がある。
「あ!未来たち!」
鈴駒がパッと笑顔になり、トコトコと未来たちの元に駆けてきた。そんな子供らしい素振りをみせる鈴駒に、未来もキュンとする。
「鈴駒!もう試合終わっちゃったよ~。陣たちはずっと待ってたみたいなのに」
「だって酎が二日酔いでなかなか起きなくて、ノロノロしてるからさ~」
「なっ…寝坊したのはお前もだろ!?罪をオレになすりつけんじゃねぇ!」
ぐびっと寝起き酒を飲み、酎が鈴駒に言い返す。
「もちろん勝ったんだろう。おめでとう」
「よかったっちゃ!浦飯チームには勝ってもらわねーと困るからな」
凍矢と陣が浦飯チームの皆を祝福する。
「浦飯、もう部屋に戻んぞ」
桑原が島に上陸した時と同じように、寝ている幽助の肩をかつぐ。こうして総勢11人の大所帯でホテルへと向かうことになった。
「…螢子ちゃん、なんかこうやって話すの久しぶりだね」
最後尾を歩く未来が、隣の螢子へ意を決して話しかけた。両者の間には、どうも気まずい空気が流れている。
「そうですね。未来さん、この二ヶ月ずっと忙しそうだったし」
「あ…ごめんね。この大会に向けて技を磨きゃなきゃいけなかったから……」
雪村食堂でのバイトが終わると、桑原たちとの特訓のため未来は急いで直帰していたため、螢子となかなか顔を合わせられなかった。
「特訓って、幽助と?」
「ううん、桑ちゃんと蔵馬と飛影と。幽助はマンツーマンで幻海師範がしごいてたから。もうそりゃ厳しい指導だったみたいで、毎日夕飯の途中で寝ちゃって…」
言いかけて、未来がハッと口をつぐむ。
「幽助、家に帰らず泊まり込みで特訓してたみたいですもんね。未来さんが居候してる幻海師範の家で」
「あっ、でもほぼ顔合わせてないんだよ!?幽助は朝早くから夜遅くまで修行してて」
「でも、夕ごはんは毎日一緒に食べてたんですよね」
「幻海師範も一緒にね!?」
墓穴を掘った未来であったが、必死に強調する。
「いいんですよ、私に弁解しなくても」
「でも…」
以前から螢子へ感じていた後ろめたさを、未来は彼女の前でさらけ出す形になった。
(だって私が螢子ちゃんの立場だったら、絶対嫌だから)
二ヶ月間の同居生活に、極めつけはホテルでの同室。螢子の立場だったら、幽助の周りをウロチョロしている自分の存在はすごく目障りなはずだと思う。
申し訳なくて、けれど謝るのも逆に不快な気持ちにさせてしまうような気がして、未来は今まで螢子と顔を合わせづらかった。幽助へ下心はないのだから、堂々としていればいいとも思うのだけれど。
「未来さん」
螢子がまっすぐ未来を見つめ、真剣な表情で問う。
「幽助のこと、好きなんですか」
「ええ!?それはないよ!」
螢子と幽助の間に入ろうなどと、考えたことがない。
「本当に?私に遠慮してませんか」
「うん!本当に!」
「誓って?」
「誓って!」
しばらく疑いの目を未来へ向けていた螢子だったが。
「なーんだ、肩透かしくらっちゃった」
未来が目をそらさずにいると、ふっと螢子が強張っていた表情を和らげた。
「未来さんがライバルでも、立ち向かってやるぞって気分になってたのに」
ペロッと舌を出して笑う螢子の可愛らしさに、思わず未来はキュンとしてしまう。
「未来さんはきっと幽助のこと好きになってるって思ってたし……初めて会った時に静流さんの部屋で話題になった好きなタイプって、幽助のことじゃないんですか?」
「ええ、なんで!?違うよ!」
「そうなんですか?未来さん、私の前だから言いづらかったのかなあ…ってずっと思ってました」
自分がハッキリ答えなかったせいで螢子にそんな誤解を与えていたとは、未来は夢にも思わなかった。
「正直言うと私、未来さんに少し嫉妬してました」
やっぱり、と未来は額にタラリと冷や汗をかく。
「ううん、本当は少しどころじゃなかったかもしれません。優勝商品になった未来さんを守るために幽助と同室じゃなきゃいけないって頭では理解していたのに」
そんな自分が嫌になった、と語った螢子だが、当然の感情だろう。彼女の気持ちは、未来だってよくわかった。
「でも、さっきある出来事があって。嫉妬なんて感情が溶かされていったんです。未来さんにも負けないぞ!ってやる気にもなっちゃった」
そう言った螢子は、すがすがしく吹っ切れた顔をしていた。
「何があったの?」
「幽助が…」
未来が首をかしげるも、螢子は顔を赤くし答えない。
「やっぱり言いません!」
「え~ケチ〜」
“いてーな螢子てめー。いつまでもガキ扱いしてんじゃねーよ…”
先ほど幽助が寝言で自分の名前を呼んでくれて嬉しかったからなんて、螢子は言えるわけがなかった。たった一言で胸のモヤモヤが払拭されてしまうなんて、恋のパワーはすごい。
(螢子ちゃん、ほんとに幽助のことが好きなんだなあ…)
照れる螢子をこんなにも可愛いなあと思うのは、きっと彼女が恋をしているからだ。
未来が本当の恋を知るのはいつになるのだろう…
もしかしたら、彼女の“恋”は案外すぐ近くまで来ているのかもしれない。
***
螢子を部屋に送り届け、浦飯チームの部屋に戻ってからも幽助はまだ寝続けていた。
「あさってにゃ決勝だってのによ、ホントに大丈夫かコイツ」
「人のことより自分の心配したら?」
「殺すぞテメー」
呆れ顔で爆睡する幽助を眺めていた桑原へ、鈴駒が茶々を入れる。
「寝かしときな。その時になりゃイヤでも起きてくるさ。それはそいつが一番よく分かってる」
(その時って、決勝戦のことだよね…)
幻海の言葉を未来は反芻する。とうとうここまできたんだ、という感慨と緊張感があった。
もうすぐ、あの戸愚呂と対戦することになるのだ。
「幻海師範、今まで幽助は何をしていたんですか?」
「霊光波動拳の奥義を継承するための試練を受けていたんだよ。相当な痛みに耐えたはずだ。よくやったよ」
珍しく幻海が幽助を褒め、未来は意外だった。それだけ幽助が大それたことをしたということだろうか。
(幽助、すごくすごく頑張ったんだ)
未来は二ヶ月前、幽助と共に戸愚呂と対峙し暗黒武術会へ招待された日を回想する。
戸愚呂に脅えるしかなかったあの時より、今の幽助は何倍も成長しているのだ、きっと。
「さてと…」
床に座っていた幻海が立ち上がる。
「どこ行くんだよ!?二戦したばっかだぜ、バーサンこそ寝とけよ」
「…大事な用があってな」
桑原が止めるも、幻海は神妙な顔でそう言った。
(大事な用…?)
「未来」
疑問符を浮かべていた未来の名を、唐突に幻海が呼んだ。
「あんたは自分が優勝商品だ、という話題になった時によく“私なんか”と言っていたが、そうやって自分を下げるのはやめな。自分で自分の価値を下げるんじゃないよ。いいことないからね」
「え…は、はい。わかりました」
突然の幻海のセリフに戸惑いつつも、未来は返事をする。
「桑原、負けるんじゃないよ。蔵馬、飛影。奴らの試合をよく見ておけ」
幻海はそう言い残し、部屋を後にした。
「どうしたんだ、バーサン。いきなり」
「さあ…」
桑原も未来も、何かを覚悟し決心したような幻海の表情と、先程の一連の発言が気になった。
「師範、なんで突然私にあんなこと言ったんだろ」
「きっと師範は未来にもっと自信を持っていい、持ってほしい、と言いたかったんですよ」
幻海の気持ちを蔵馬が代弁する。
(もっと自信を…)
痛いところをつかれたようで、幻海の言葉が身にしみる。
たしかに未来は、自分は優勝商品になるほどたいした人間ではない、といった主旨の発言をしたり思ったりすることが多かった。
(でも、師範がもっと自信を持っていいって思ってくれてたなら、嬉しい)
それだけで、未来は幻海から太鼓判を押されたようで自信がわいてくる。
「じゃあオレは、幻海師範の言う通り戸愚呂チームの試合を観に行こうかな」
「あ、私も行きたい。一緒に偵察に行こう」
こうして蔵馬と未来は観戦の約束をした。
***
戸愚呂!戸愚呂!…
闘技場では耳をつんざくばかりの戸愚呂コールが起こり、異常な盛り上がりをみせていた。
戸愚呂チームが入場するも、もう準決勝だというのに戸愚呂弟の姿はなく、戸愚呂兄、鴉、武威の三人だけである。
「弟は大事な用があってね。我々三人で相手をする」
戸愚呂兄の発言に、なめやがって、と眉間にしわを寄せる対する五連邪チーム。
第一試合に出場したのは、鴉だった。
…ボム!
鴉が触れるだけで、対戦相手の体で爆発が起こり、既に両腕は吹き飛ばされている。
「あ…う…やめてくれ…」
「そろそろ頭を消してやるか…」
マスクに隠され口元は見えないが、鴉の目は感情の起伏がみられず、淡々と対戦相手を苦しめていく。
ボム!!!
今までで一番大きな爆発が起こり、相手選手は鴉により跡形もなく消え去った。
「な、何あの技…」
蔵馬と観戦に来ていた未来は、触れるだけで爆発を起こしてしまう鴉に脅え震える。
あんな奴と自分の大切な仲間が今後戦うのかと思うと、怖くて恐ろしくてたまらなかった。
第二試合は武威の出番だ。
彼はその巨体と同じくらい大きなオノを取り出し…
「蔵馬?」
その時、蔵馬が未来の目を両手で覆った。
「うわっ」
「ひえ~」
聴覚からしか情報が入らず、肉体だろうか、弾力のあるものが切り裂かれた音の後、観客たちの悲鳴、ドボドボと何かが落下する音が聞こえる。
未来は目にしなかったが、そこでは今大会中、最も無残で残酷な光景が広がっていた。
武威が対戦相手の体をオノでバラバラにし、彼の肉片、目玉、骨…もろもろのモノが観客席まで飛び散ったのだ。
会場が落ち着くと、蔵馬も未来の目から手を離した。
「な、なぜあんなとてつもない奴らが戸愚呂に従っているんだ」
圧倒的な鴉と武威の強さに、五連邪チームの大将は慄く。
「簡単なことだ。オレたち戸愚呂兄弟がもっと強いからだ。面倒だ三人でこい。オレに勝ったら決勝はくれてやる」
挑発にのり飛びかかってきた三人を、戸愚呂兄は体の至るところから生えてきた無数の鋭い木の根のようなもので瞬殺する。生き残ったのは大将の青年と中年風の男だけだ。
「どちらか二人だけ生かしてやると約束しよう。さあオレにお願いしてみろ」
「ふざけるな誰がお前などに…ここでオレを殺さないといつかお前を殺しにいくぜ」
「たっ助けてくれ~!たのむ命だけは」
断った大将に対して、中年男は命乞いをする。
「これで決まったな…」
戸愚呂兄がすっと手を伸ばした。
「ぎゃあああ!」
苦痛にもだえる叫び声をあげ、絶命する中年男。戸愚呂兄が殺したのは、大将ではなく命乞いをした彼の方だった。
「オレ達は見苦しいものは嫌いだ。かつて鴉と武威がオレ達兄弟に挑んで負けた時も、お前と同じようなことを言った。そして今もオレ達の命を狙っている」
戸愚呂兄は大将の青年に向かって、無表情を保ったまま述べる。
「オレも弟もそういう奴が大好きだ。ただ、オレと弟で決定的に違うところがある」
そこで初めて笑った戸愚呂兄。
「オレはよく約束を破る」
ブスッと戸愚呂兄の伸びた指が大将の脳天を貫いた。
「ひひ…」
愉快げに今しがた他人を殺したばかりの指をなめる戸愚呂兄を、会場中がゾッとした目で見つめていた。
『決勝戦は二日後の正午ちょうどに開始します』
アナウンスが流れる中、闘技場内から外へと続く廊下を歩く蔵馬と未来だが、二人を包む空気は重い。
(強い…強すぎる…)
戸愚呂チームの凄まじい強さに、未来は泣きたいくらいの不安に襲われすっかり暗くなってしまっていた。
「敵状視察か。ムダだぜ」
「結局やっぱ未来を手にいれるのは戸愚呂チームか」
「蔵馬!二日後はテメーも餌食だぜ」
蔵馬と未来の姿を見た妖怪たちがすれ違いざま罵倒を浴びせる。
(…確かに強い。南野秀一の肉体では戸愚呂はおろかあの二人にさえ太刀打ちできるか分からない。試合を見なかった飛影の方が正解だったかもな…)
いつになく弱気になっている蔵馬である。
(せめてもう一度、あの姿に)
人間として、南野秀一として生きる自分を気に入っているのは変わらない。
だが裏御伽戦での一件もあり、妖狐だった頃の自分に戻れたら…
そんな切実な願いが蔵馬の中でうずまく。
「蔵馬、前…」
蔵馬が下を向き物思いにふけっていると、ぎゅ、と未来が彼の腕を掴んだ。
(鴉と武威…!)
思いがけない次の対戦相手との対面に、蔵馬は冷や汗をかきながらも未来を後ろ手に庇うようにする。
「そう緊張するな。何もしない。お前達四人が死に、未来が私達の元にくるのは二日後だ」
「四人?」
数が合わない。
蔵馬と未来は不可解げに顔を見合わせる。
「ひとりは今日死ぬ。誰かはじきにわかる」
ドゴォ!!
鴉が意味深な発言をしたと思った途端、武威が壁を破壊した大きな音が響いた。
(はっ!)
異変に気づき、あたりを見回す蔵馬。
(鴉がいない!武威に注意をはらったほんの一瞬のスキに…!いったいどこに…)
蔵馬は鴉の姿を早く見つけようと焦る。
「く、蔵馬…」
後ろに庇っていた未来から震える声で名前を呼ばれたのと、首筋にひんやりとした感触がしたのはほぼ同時だった。
「少々髪が傷んでいる。トリートメントはしているか?」
いつの間にか蔵馬の背後にまわり、彼の首筋に手をやり髪を触る鴉。
「手入れは十分にした方がいい。人間は傷みやすいからな…」
未来はただ彼らの隣で棒立ちになって震えるしかなかった。
「キサマ!!」
蔵馬が拳を背後に振り上げるが、またも鴉は一瞬で移動したため空振りしてしまう。
「冗談だ。気を悪くするな」
今度は未来の後ろにまわっていた鴉。肩から手の甲にかけて、彼女の身体を撫でていく。
「キサマッ…未来に触るなァ!!」
完全に頭に血がのぼった蔵馬が攻撃をしかけようとするも、鴉はサラリと避け武威のそばに戻った。
「ほう…妖狐の姿でなくてもそんな言葉使いと顔をするのだな。そんなに未来が大切か?」
クックと低く笑う鴉。
「クールな反面かなり好戦的だな。やはり私は浦飯チームの中でお前が一番好きだよ」
鴉が冷や汗をかく蔵馬へ、愛しげな視線を向ける。
「好きなものを殺すとき…“自分はいったいなんのために生まれてきたのか”を考えるときの様に気が沈む。だがそれがなんともいえず快感だ…」
鴉はそこで一呼吸おいた。
蔵馬は鴉を睨みつけながら、震える未来の手を握る。
「ただ、まだ私にも未経験なことがある。それを二日後、実行したいと思う」
鴉は蔵馬の隣に立つ未来をなめるように見つめる。
「“好きなもの”の“好きなもの”を殺すとき…一体どれほどの快感に襲われるのかを考えると、私はとても興奮するよ…」
サッと蔵馬の顔から血の気がひいていく。
蔵馬には分かった。
鴉の言葉がどういう意味を持つのかが。
「その時のお前の顔が楽しみだ」
鴉はくるりと踵を返すと、武威と共に去っていった。
(勝てない…今のままでは)
奈落の底に落とされた気分になる蔵馬。
鴉と対峙し、その強さをみせつけられて。何より最後の鴉のセリフが、蔵馬を精神的に追いつめる。
皮肉にも、鴉によって彼女への気持ちを完全に自覚し思い知らされた形になった。
彼は自分の“好きなもの”を守れるのだろうか。
家族に抱く感情とも違う。初めて自分こそがこの手で守りたいのだと思った…
未来という存在を。