Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎39✴︎魔哭鳴斬剣
「わ~い!若様が勝った~!」
「さすが若様ぁ!」
「や~ん、カッコいい…」
桑原を死々若丸が消し去り、若様ファンの黄色い歓声はさらなる盛り上がりをみせていた。
「若様こっち向いて~!」
ファンの一人の声援に応じたのか、彼女の方を流し目でちらりと見た死々若丸。
(え、営業用のカオだ…!)
今の彼の表情はいかにも好青年という感じで、未来に対し暴言を吐いていた人物とは思えない。
「キャー!こっち向いてくれた!」
「嘘…わ、若様あ…」
ファンの中にはあまりの幸せに失神して倒れてしまう者もいた。
声援は女の子たちだけからではない。
「よっしゃあ次の相手は八つ裂きだ!」
「八つ裂き!八つ裂き!…」
「くくく。次は観客のリクエストにこたえようか…」
会場からの溢れんばかりの八つ裂きコールに、死々若丸の口元もゆるむ。
コロコロと彼の手から投げたサイコロが転がり、“死々若丸”と“覆面”の目が示された。
「覆面と幽助の目が出たらオレがやると言っておいたな。文句はないな蔵馬」
「蔵馬はなくても私がある~!」
重傷を負いながらも戦う気満々の飛影を未来が止めようとしたその時。
「待て」
背後から聞こえた少々しわがれた声に、未来たちは振り向いた。
「出た目はあたしだろう」
立っていたのは覆面選手だった。
(幻海師範!)
覆面の正体を知っている未来だが口止めされているため、声には出さない。
(あれ?でも師範の霊力がかなり弱まっているのは気のせいかな…)
「誰だ貴様は。前の奴とは違うだろう」
飛影も未来と同じことを思っていたらしく、覆面を問い詰める。
「前の奴は抑えていても凄まじい霊力が内在していた。顔は隠せても霊気はごまかせん」
「それはもう幽助に渡してきた」
覆面は幽助に最後にして最大の試練を与え、霊光玉を継承してきたのだ。
死々若丸はといえば、心底気に入らないという顔で覆面を睨みつけている。
「オレも見くびられたものだ。お前のそのちょこざいな霊力でオレに一戦交えようとは笑止千万!」
樹里の始めの合図で、刀を振り覆面に斬りかかる死々若丸。
「化けの皮はいでくれるわ!」
彼の鋭い居合いの連続攻撃を必死に避ける覆面だが、徐々に間合いをつめられていく。
「霊気はおろかスピードも並以下。とても前に見た覆面選手と同一人物とは思えんな!」
ヒュ、と布が切り裂かれた切れの良い音が響く。覆面の中から現れたのは、小さな老婆こと、幻海だった。
「前の若い女じゃねー!」
「イチガキ戦の時の女と違うぞ!」
「きたねェぞ浦飯チーム!」
会場からは一斉にブーイングが起きるが、状況についていけていない者が一人。
「イチガキ戦の時の女と違うってどういうこと…?若い女?」
なぜ観客たちが騒いでいるのか分からず、疑問符を浮かべる未来。
「未来はイチガキ戦を観ていないから知らなかったね。イチガキ戦の時は、覆面選手は確かに幻海師範ではなく若い女性だったんだ。オレもその人が誰なのか知らないが…」
「えぇ!?誰なのその若い女の人は…」
蔵馬から覆面事情を聞き、未来は衝撃を受ける。
「審判見ての通りだ。奴等は覆面を利用し複数の人間を戦わせている」
死々若丸が審判樹里に浦飯チームのルール違反を指摘した。
『お静かに願います!今の状況について戸愚呂選手に説明していただきます』
“戸愚呂”
スピーカーから流れたその単語にブーイングの嵐はおさまり、また違った意味でざわめきが起こる。
観客席の上部にいた戸愚呂の顔を、アップでカメラが映した。
「戸愚呂がなんで…?」
「どうして戸愚呂が説明すんだ?」
「しっ静かにしろ!」
未来たちとて例外ではなく、蔵馬や飛影も思いがけない戸愚呂の登場に、不可解そうに顔を見合わせる。
「ルール違反とのクレームだが、イチガキ戦の女とそこの女は同一人物だ」
マイクを握った戸愚呂が、会場に向かって解説を始める。
戸愚呂によれば、霊波動の使い手はその力を最大限に使うとき細胞が活性化し肉体がピーク時の年齢に戻るという。
「そういうことでいいかねェ、幻海…!」
あいつがあの有名な幻海か!と観客席はさらなる盛り上がりをみせる。
(なんで戸愚呂がそんなことを知っているんだろう。しかも最後の呼びかけなんて、まるで前から師範の知り合いみたいな言い方で…)
見透かしたような戸愚呂の言い方が、未来は引っかかった。
「幻海か…くくくく…」
不気味かつ静かに笑う死々若丸。
嫌な予感を感じ、未来が恐る恐る彼の方を見れば…
「お前がかの有名な幻海だったとはな!どうやらツキは完全にオレに向いたようだ!」
(や、やっぱありえない顔してる…!)
普段の美しい整った顔立ちからは想像できないほど、恐ろしく不気味な般若の顔をした死々若丸がいた。
「幻海ならば名前だけでも殺す価値がある!状況が変わった…全力をもって貴様を殺す。闇アイテム魔哭鳴斬剣!」
先ほど使っていたものとは違う、ドクロがあしらわれた剣を取り出す。
自分の名が上がることを考え愉快げに笑っていた彼だが、何かに気づいたのかハッとしたように未来の方を見た。
「未来。お前オレの忠告を忘れたのか」
「え?」
突然死々若丸から話しかけられ、拍子抜けする未来。
「未来、なんの話?」
「あ…そういえば、死々若丸が戦う時は闘技場から出て避難するようにって言われてたかも」
尋ねてきた蔵馬に、未来は思い出した忠告の内容を述べる。
蔵馬は今一度、死々若丸が取り出した魔哭鳴斬剣を見つめた。
(なんだあの剣は…だがこのまま未来をここに居させたらだめだ、そんな気がする)
剣から放たれる不吉なモノを蔵馬は感じていた。
「未来、一度この会場から出よう」
「え、うん…」
幻海の試合状況が気になり未来は後ろ髪を引かれる思いだったが、蔵馬に手をひかれ会場の外へ出ていった。
外の雰囲気は信じれないくらい平和だった。
小鳥がさえずる音も時折聴こえ、闘技場の中に一歩踏み入れば生死をかけた戦いがおこなわれていることなど嘘のようである。
「蔵馬、あの剣で死々若丸は何をするつもりなんだろう…」
「あの剣はむしろ死々若丸よりもまがまがしい妖気を放出していたな…」
「あれ!?未来と蔵馬だべ!」
シリアスな二人の会話とは不釣り合いな明るく陽気な声がした。
「陣!それに凍矢まで!」
一日おきの再会に、未来の顔も喜びでパッと輝く。
「未来、その様子だとスパイ任務は無事終わったんだな?」
「うん!大丈夫だったよ!」
まあ色々トラブルはあったが、未来は笑顔で凍矢に返事をする。よかった、と凍矢も安堵の笑みをこぼした。
「君たちは観戦しに闘技場に入らないのか?」
「酎と鈴駒と待ち合わせして一緒に観る約束してるから待ってるんだっちゃ。つーか蔵馬たちはなんで外にいるんだべ?」
蔵馬の陣への返答は闘技場から流れ出る観客たちの叫びにかき消された。
「どけどけ!オレはまだ死にたくねえ!」
「早くしろ!あとがつっかえてんだ!」
「全くとんでもねぇな死々若丸のヤロー」
「観客にまでとばっちりがくるようなひでぇ技使いやがって」
「だがあの技ならいくら幻海でも死ぬぜ!」
洪水のように我先にと飛び出してくる妖怪たちである。
「観客席にまで被害が出るような技!?」
幻海の安否を心配し、未来はいてもたってもいられなくなる。
「待って。中に入るのは危険だ」
蔵馬が止めるがそれ以前に、妖怪たちが堰をきったように闘技場からどんどん出てくるため未来が中に入るのは不可能だった。
「じゃあオレが中の様子をちょっくら見てくるべ!」
陣が風を操り、妖怪たちの頭上を飛んで楽々闘技場の中へ入っていった。しばらくすると、また空中を飛び陣が戻ってくる。
「未来、今は中に入っても大丈夫みたいだべ。今アイツがやってる技は観客席には被害が出てねえだ」
「陣、ありがとう!蔵馬、行こう!」
陣にお礼を言うと、未来は蔵馬と共に再度闘技場へと入場していった。もう避難してくる妖怪の数は落ち着いていたので二人は難なく入ることができ、リングへ続く廊下を走った。
リングの上では、幻海と死々若丸の試合が佳境を迎えていた。
「くくく…心地よい瞬間が近づいてきた。正義などというくだらん幻想を抱く戯け者を葬り去る瞬間がな」
そう嘲笑う死々若丸の顔には、もう普段の美青年の面影はどこにもない。
「やけに正義にこだわるね。そんなに嫌いかい?」
魔哭鳴斬剣から放たれる死霊に囲まれているにもかかわらず、幻海はいたって冷静である。
「無論!暴力は悪にのみ許された純粋な破壊行為!貴様らエセ平和主義者に汚されたくないわ!」
「全く同感だ。気が合うじゃないか」
「おのれ真っ二つにかっさばいてくれる!」
死々若丸は幻海に向かい剣を振るったが…
「な…!」
そこにいたのは今までの老婆ではない。麗しく美しい若き少女だった。
「霊光鏡反衝!」
幻海がその技の名前を述べた途端、死々若丸が放った死霊、妖気…すべてが彼に跳ね返った。
「自分の霊気は無駄にできないんでね。あんたの妖気を利用させてもらった」
「あ…悪魔か貴様…」
幽助に霊気のほとんどを与えていた幻海だが、さすがは年の功。敵の妖気をも利用する技で見事死々若丸を倒したのだった。
「あんたは私を正義と言ったが、そんなつもりは全くないよ。たまたま嫌いな奴に悪党が多いだけの話さ」
「フ…なかなか言うな…」
うら若き少女からさらりと出たセリフに、死々若丸は完全な敗北を悟る。
「師範…!」
その時、息を切らしながら蔵馬と一緒に未来が闘技場に飛び込んできた。
「あんたがどういうつもりであの子を助けようとしたのか知らないが…あたしはあたしより強い奴しかあの子の相手として認めるつもりはないよ」
幻海は横目でちらりと未来を見やると、死々若丸にだけ聞こえる声で言う。
「なっ…誰があんな女…」
ムキになり反論しようとした死々若丸だが、幻海が口角を上げていて、からかわれたことに気づく。
「ぐ…」
体力に限界がきた死々若丸の顔が苦悶に歪み、ばたりと気を失ったのだった。
「カウント10!幻海選手の勝利です!」
樹里の宣言で、幻海の勝利が確定する。
「師範、お疲れ様です!」
いつの間にか老婆に戻っていた幻海に、未来は駆け寄る。
「若い頃の師範、すっご~く美人でしたね!見れてよかった!」
美少女幻海に未来のテンションは急上昇だ。
「そんなことより未来、気になってることがあるんじゃないのかい」
「あ…え~と、死々若丸って死んでないですよね?」
神妙な面持ちで未来が尋ねると、やっぱりね、というように幻海が口角を上げた。
「気を失っているが死んでないよ」
幻海は担架で運ばれる死々若丸を顎でしゃくる。
「そうですか…」
ホッと未来は一安心する。
(まだお礼言ってないのに、死なれちゃたまらないもん)
まだ彼には聞きたいことが残っているし、生きていてほしいと心のどこかで思っていた。
「飛影、観客にも被害が及ぶという死々若丸の技はどういうものだったんだ?」
幻海と未来からは離れた場所で、試合の一部始終を見ていた飛影に蔵馬が問う。
「強い妖気に抵抗する力のない者は聞くだけで命を失う声をあの剣が発していた。弱い妖怪共はボロボロ死んでいったぜ」
フフンと笑った飛影だが蔵馬が無表情なのを見、自分があえて言わなかった一言に気づいた。
「…未来が聞いていたら、ひとたまりもなかっただろうな」
「でしょうね…」
未来が助かって本当によかった。その気持ちが一番だが、なぜ死々若丸は未来を救おうとしたのだろうか…
やはり蔵馬はそのことが気がかりだった。