Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎37✴︎逆玉手箱
(飛影、痛そうだな…)
黒桃太郎との試合で負傷した飛影の右肩を、未来は心配気に見つめる。
「さあサイをふれ。またオレを出せよ」
死々若丸を命令口調で飛影が急かす。
ヒュ、と死々若丸の手から離れ、宙を舞うサイコロ。
(オレになれ)
(オレになれ)
(オレになんな!)
(飛影にはなりませんように!)
蔵馬、飛影、桑原、未来。それぞれの思惑が交錯する中、導かれた目は…
「裏浦島と蔵馬だ!」
飛影に当たらなかったことにホッとし、蔵馬なら勝ってくれると安堵する未来。
「行ってくるよ」
「蔵馬、ファイト!」
未来の声援に、リングに向かう蔵馬は片手をあげ応えた。
「サイコロの偶然とは不思議なものだな」
「全てこちらの都合のいいように目が出よる」
一方、裏御伽チーム側では死々若丸と怨爺が早くも勝利を確信していた。
「前の二人はいわば捨て石。思惑通り飛影に深手を負わせた。そして裏浦島。奴は蔵馬を倒すには最もうってつけだ」
リングに上がる裏浦島を見送り、死々若丸がフフ、と不敵に笑った。
「始め!」
樹里の合図で、裏浦島は竿を、蔵馬は薔薇の鞭をそれぞれしならせる。
「二人共、似たような武器を使うんだね」
ごくりと喉を鳴らし、固唾を飲んで試合を見守る未来。
竿と鞭、二つの武器が風をきる音が辺りに響く。
(…? 妙だ…本気を出していないように見える)
不可解な裏浦島に蔵馬は眉をひそめる。
「そのまま攻撃をしながら聞いてくれ」
そんな蔵馬に、なにやら神妙な顔をした裏浦島が小声で話しかけた。
「あんたに頼みがある。オレを…殺してくれ」
予想外の申し出に蔵馬の目が大きく開いた。
「攻撃を続けて!」
だが裏浦島に言われ、鞭を鳴らし続ける手は止めない。
「オレ達はお伽話の物語の中で倒された悪役や不幸な結末を迎えた登場人物の邪念によって生まれた存在だ。オレも疑問と不満が邪念となり、そして生まれ戻った。開けちゃいけない玉手箱をなぜよこした、亀を助けた報酬がこの仕打ちかとな」
「…ねえ、なんかこそこそ話しているように見えない?蔵馬も攻めていかないし…」
何を言っているかは聞きとれないがずっと口を動かしている裏浦島と、攻めの攻撃姿勢をとらない蔵馬を未来は不思議に思った。
「蔵馬、どっか調子でも悪いのか?」
桑原も未来同様、本気をださない蔵馬が腑に落ちない。
「たしかに逆襲を考えたこともあった。だが今はもう死々若丸達の考え方にはついていけない。オレ達の物語を読んで人間達がいろいろなことを学びとる。それでオレ達の役目は終わっているんだ」
そう悟った裏浦島の姿には、見る者の胸を締めつけさせるものがあった。
「しかける瞬間オレが体勢を崩す。それが合図だ。ひと思いにやってくれ」
すぐには返事をせず、しばらく考え込む蔵馬。
「…わかった。だが殺しはしない」
これが未来を襲おうとした黒桃太郎や魔金太郎が相手であれば話は別だが、蔵馬には裏浦島へかけるだけの情があった。
「存在理由が変わっても生きていけるさ。オレがいい例だ」
「…ありがとう。あんた優しいな」
ヒュ、ヒュ…と互いの鞭が鳴る。
「うっ…」
何度かお互い武器で応戦した後、裏浦島がわざと躓く。それを合図に蔵馬が攻撃を仕掛ける手筈のはずだった。
ところが。
「ぐっ…」
「蔵馬あ!」
先に動いた裏浦島が、鋭い竿で蔵馬の身体を切り裂く。痛みに倒れる蔵馬に、未来が悲鳴をあげる。
「フハハハハ!こうもカンタンに信じるとはなァーこいつ!あんたの人の良さは致命的だぜ!」
油断していたためモロに攻撃をくらった蔵馬をコケにし、可笑しくてたまらないと涙を流して裏浦島は笑う。
「蔵馬を騙したの!?」
汚いやり方を使う裏浦島に、未来はふつふつと怒りを沸かせる。
「この張り巡らされた糸には気づいたか?今までの攻撃はお前を倒すためというより、お前を結界内に閉じ込めるためのものだったのさ」
裏浦島の言葉通り、蔵馬はリングから出られなくなってしまっていた。
裏浦島はいかにも竜宮城でもらえそうな箱を取り出した。
「裏御伽闇アイテム逆玉手箱!物語では箱を開けて主人公が年をくっちまったが、これは逆に若返る。オレ以外の奴がな」
「それって結構うらやましいんじゃ…」
「需要ありそうだよな」
まだ若い未来と桑原だが、逆玉手箱に魅力を感じてしまう。
「オレはオレより顔がよくて背が高い奴が大嫌いでなァ。テメーみたいな奴はいつも得をしやがるからな。特に女関係は」
過去によっぽどな何かがあったのだろうか、恨みたらたら、ねちっこく蔵馬に言う裏浦島。
「昨日だってそうだ。黒桃太郎たちから聞いてるぜ、未来。死々若丸とさぞ楽しんだんだろうなァ」
「は!?」
裏浦島から飛び出た意味深なセリフに未来は焦る。
「なっ…違う違う違う!誤解!何もしてないし!されてもないよ!」
唖然とする桑原、蔵馬、飛影の視線が痛い。未来は必死で裏浦島が言ったことは事実無根だと否定した。
(死々若丸も否定するくらいしてよ…!)
未来の思いもむなしく、死々若丸は顔色をまったく変えず、ただ平然と試合を見ているだけであった。
「なんだよ違ったのか?まあどっちでもいいけどよ」
裏浦島は蔵馬に向き直り、逆玉手箱に手をかける。
「ところであんた、その名前変えた方がいいぜ。ひとり同じ名前の妖怪を知っているが、そいつはオレ以上に悪党だった…。間違えられたことねぇかい?」
「蔵馬って名前の妖怪がほかにもいるってこと?」
「みたいだな…」
これからの展開に緊張しつつ、未来と桑原は小声で話す。
「目つきだけはそっくりだぜ。テメーは胎児にまで戻してやる!グチャミソに潰しくさってくれるァー!」
逆玉手箱からもくもくと煙が上がり、結界で囲まれたリング上を包んでいく。
「た、胎児!?」
その単語に未来は息を飲んだ。
「どどどどうしよう!殺されちゃう!胎児にまで戻されちゃったら蔵馬に勝ち目はないよ!」
蔵馬が殺されてしまうと慌てふためく未来は、パニックに陥る。
リングの上は一面煙で覆われ、何が起こっているかは把握できない。
(結界を通り抜けられるのは私だけ…。私が蔵馬を助けなきゃ!)
思いたった瞬間、バッと煙の中に飛び込んだ未来。試合には負けてもいいから、リングの外へ連れ出してでも蔵馬の命を助けたかった。
「未来ちゃん!?」
慌てて桑原が未来を追いかけるが、結界に阻まれリングに入ることはできない。
「あのバカ…!」
飛影も未来を止めようとしたが、間に合わなかった。魔性使い戦での出来事と今の状況がかぶる。
(こういう時だけ、アイツはいやに俊敏になりやがる)
蔵馬の危機になるとなりふり構わず飛び出していく未来が、飛影は面白くなかった。
「どうすんだ!?未来ちゃん大丈夫か!?」
「大丈夫だろ」
先程の未来以上ともいえるほど慌てている桑原とは正反対に、飛影はやけに落ち着いている。
「なんでそう言えんだよ!?オレ達は中に入れねーから助けにいけねーのに…!」
「中には蔵馬がいる」
理由は当然だろ、とでもいうようにキッパリと言った飛影。
彼が未来が好きだと自覚したのは、つい先程の試合の後で…そりゃあ自分が未来を守りたいという気持ちはあるが、 今の状況では蔵馬に任せるしかない。
蔵馬なら裏浦島が未来に危害を加えるようなことを絶対にさせないだろうと、飛影は確信していた。 飛影と蔵馬は互いの強さに絶対の信頼をおいているのだ。
その信頼はたとえ飛影が、蔵馬が未来に抱く感情を知ったとしても変わらないはずだ。おそらく、だが…。
「蔵馬~!ってええええ~」
蔵馬を助けるため飛び込んだ未来だったが、自分の身体が縮んでいくことに気づく。
(私もちっちゃくなっちゃうこと、忘れてたあ!)
幼児サイズになった未来は、無鉄砲な行動をした自分に呆れる。
(でもこの身体でも、胎児の蔵馬よりは大きいから十分守れるハズ…!)
ダボダボになった服を引きずりながら、煙に包まれた広いリング上で蔵馬を探す未来。
が、それらしきものは見つからず、代わりに同様に幼児化してしまった審判樹里と目が合った。お互い大変ですね、と苦笑いを交わす。
(コナン君になった気分…あ!裏浦島!)
未来は蔵馬を見つける前に、勝利を確信し高笑いする裏浦島を発見した。
(だとしたら、この近くに蔵馬が…)
煙をかき分け、キョロキョロと辺りを見回す。蔵馬の妖気は小さくなりすぎており、妖気を探ることは未来にはできなかった。
「けけけ!感じるぞ!どんどん妖気が弱まっているぜェ!」
高笑いする裏浦島が、幼児化した未来を見つけた。
「おっなんだお前、えらくカワイイ姿に戻っちまって。わざわざ奴の最期を見学に来たのかよ?」
裏浦島が笑っていられるのもそこまでだった。
「…? 戻しすぎたかな。奴の妖気が完全に消えちまっ…」
ぞく。
あまりの寒気に裏浦島はそれ以上言えなくなった。
「な、なんなの、この恐ろしい妖気は…」
突如現れた大きな妖気に、未来も震える。
「蔵馬…蔵馬は大丈夫!?蔵馬ー!」
彼がこの恐ろしい妖気の持ち主に何かされてはいないかと、必死で未来は蔵馬を探す。
その時。
「ふうう…まさかまた…この姿に戻れる日がくるとは…」
冷たく透き通るような男性の声が聴こえ、未来はそちらを振り返る。
「妖狐の姿にな…」
煙の中から現れたのは、白装束をまとった美しい銀髪の妖狐だった。
「ままままさか…じゃあ、あんたが…伝説の極悪盗賊、妖狐蔵馬ー!?」
まさかの蔵馬の正体に、裏浦島は腰を抜かす。
(これが…この人が、蔵馬の真の姿なの…!?)
未来は突きつけられた事実が信じられず、ただただ目の前にいる銀髪の妖狐を見つめた。
「さあ、おしおきの時間だ。オレを怒らせた罪は重い!」
これほどまで“綺麗”、“美しい”といった形容詞が似合う者はほかにいないだろう。
妖狐蔵馬がニヤリと裏浦島…そして未来を見て魅惑的に妖しく笑った。
***
「くそー見えねーぞ!」
「あの結界の中じゃ一体何が起こってるんだ!?」
一方リングの外では、観客達が試合の行方を把握できずブーイングをしていた。
「し、信じられねぇ…。一体このどぎつい妖気はどっちのモンなんだ!?」
「裏浦島なわけないだろ」
桑原の問いかけに、答えるまでもないと飛影。
「じゃあ未来ちゃんの!?」
「バカか貴様は!蔵馬の妖気に決まっている」
仲良く?ボケとツッコミのコントを繰り広げる二人である。
「たぶんあのマヌケが闇アイテムとやらで呼び出してしまったんだろう。南野秀一とひとつになる前の蔵馬をな」
「あ、あれが蔵馬の本来の妖気だってのか!?」
今までの蔵馬とは比べものにならない妖気に、度肝を抜かれる桑原。
「まさかこれ程のモノだったとはな。一度手合わせ願いたいもんだぜ」
言いながら飛影は、霊界の三大秘宝を盗むため剛鬼、蔵馬と面会した時のことを思い出す。
“たしかに前ほどの妖気はオレにはない。だが…かわりに守るべきものができた。今の自分も気に入っている。その人のためにならオレは前以上に非情にも強くもなれるだろう”
そう述べていた蔵馬。
(蔵馬、お前は嘘をついた。あの時のお前の言葉は心底本音だったんだろうが、今そこにいるお前はそれとは裏腹に強い!)
飛影は真の蔵馬の妖気に触れ、その隠された実力に興味がわき血が騒いでいた。
「さて…どう料理してくれよう」
「あ…あ…」
裏浦島は蔵馬に怯えて縮こまり、言葉を紡ぐことができない。
(本当にこの人は蔵馬なの!?)
未来が疑っていると蔵馬と目が合い、思わずびくっとする。 自分の後ろを顎でしゃくる蔵馬。
(私に、後ろに来い、って言ってるの…?)
未来はまだこの妖狐が蔵馬と同一人物だとイマイチ納得できていなかったが、おそるおそる彼の指示に従った。
蔵馬は未来が背後に移動したのを確認すると、銀髪の中から植物の種を取り出した。種は一気に成長し、気味の悪い姿に形を変えていく。
「この食妖植物に喰わせるとするか。こいつの唾液は酸性でな…お前の骨などほんの一滴で溶かしきる」
蔵馬は裏浦島に巨大な食妖植物を近づける。
「たったっ助けてくれ!なんでもする命だけはァー!」
「なら話せ。この煙の秘密はなんだ?」
「オレは知らねぇ本当だ!死々若丸にもらったんだ!作ったのは怨爺らしいが…」
獲物を欲し唾液をしたたらせる食妖植物に怯える裏浦島の顔は真っ青だ。
「知っていることは全て話せ。嘘と感じれば容赦なくこいつをけしかける…」
(この人が蔵馬とは思えないよ…)
食妖植物をダシに裏浦島を問い詰める恐ろしい蔵馬に、未来は圧倒される。
外見や身長、声だけではない。
言葉使いや口調も前の蔵馬とは違うし、未来は驚くばかりだ。
今まで優しい蔵馬ばかり見てきた未来には、妖狐の姿の彼はかなり衝撃的だった。
(でも…)
食妖植物をけしかける前に、未来を自分の背後に避難させた妖狐。
(やっぱり、蔵馬には違いないんだ…!)
彼のさりげない行動が、妖狐が未来の知っている蔵馬本人であると信じさせた。
「オ、オレは浦島でもなんでもねぇ!優勝すればそこの異世界から来た女と、望みを叶える権利の二つが手に入るっていう奴等の話にのっただけだ!いいやオレだけじゃねぇ!魔金太郎も黒桃太郎も…」
その時、裏御伽チームの裏話を暴露する裏浦島の首に、勢いよく鋭い刀が突き刺さった。
「幻魔獣か」
絶命と同時にとけた変身。子豚のような裏浦島の正体を見、蔵馬が呟いた。
(…それにしてもこの結界を軽々と破る力で刀を投げつけるとは…)
刀を投げつけた死々若丸の実力を垣間見る。
「役立たずの上に裏切りか…。まあ幻魔獣程度があの妖気を見せられては仕方あるまい」
この死々若丸のセリフからも、彼の妖力の高さがうかがえた。
煙が晴れていき、銀髪の妖狐の姿がリング外の者たちの前にも露呈する。
「あれが昔の蔵馬か」
「で、あれが昔の未来ちゃんか!?」
妖狐蔵馬&ちびっ子未来に注目する飛影と桑原である。
裏浦島が死んだことにより、煙の効果がとけていき…
南野秀一の姿に戻っていく蔵馬を、後ろから未来は惹き付けられたように見つめていた。