Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎36✴︎奇美団子
死々若丸が投げたサイコロが示した目は、飛影、魔金太郎の二人だった。
「小細工が裏目に出たな」
「ケッ 口先だけのチビスケが」
不敵に口元に笑みを浮かべる飛影と、唾を吐き出した魔金太郎。お互い相手を見下している。
「始め!」
「さあどこからでもかかってきな。おチビちゃんよォ…」
樹里の合図で開始した試合。 ニタニタ笑う魔金太郎の目に、すっ…と剣を取り出した飛影の姿が映った。
「剣か。面白い」
これから飛影がどんな攻撃を仕掛けてきても、一蹴できる自信が魔金太郎にはあった。
飛影は剣を取り出しただけ。少なくとも魔金太郎にはそう見えていた。
「…勝負あったな」
「蔵馬?」
「ん?」
呟いた蔵馬に、隣の未来と桑原はハテナマークを浮かべる。
ポタ…
その時、飛影の剣から滴る赤黒い血と、彼と向かい合う対戦相手の無惨な姿に未来は息をのんだ。
「ケケケどうした?びびって小便でももらしたのか?」
「めでたい奴だ。気づきもしなかったのか」
飛影はその鋭い目で何も知らない魔金太郎を見据える。
「なにをわけわかんねぇこと言ってやがる!?さあかかってきやがれ!」
「もう行った」
平然と言った飛影の片手には、切断された魔金太郎の左腕が握られていた。
「!! あああああ!!」
今さらながら悶え苦しむ魔金太郎。飛影はそんな魔金太郎に背を向け、ポイッと彼の左腕を放り投げる。
「おのれェエ 、貴様よくもォォオ!魔唆狩拳!」
魔金太郎は右腕の形を鉞に変化させ、油断していた飛影に襲いかかる。
「殺った!」
真っ二つに切り裂かれた飛影の姿に、魔金太郎は喜ぶ。
だがそれは…
「残像だ」
そう。残像にすぎなかったのだ。
飛影は魔金太郎の脳天から剣を突き刺していた。
「…!」
「…!」
あまりにも一瞬の出来事に、驚愕の未来と桑原は大口を開け、並んで同じ表情である。
「さあサイをふれ。またオレが出る気がするぜ」
あっさり勝利をきめた飛影が死々若丸に命令する。
「…あまりいい気になるなよ」
再度サイコロがふられると、出たのは“自由”と“黒桃太郎”の目だ。
「自由の目は選手を勝手に選べる。もちろんオレがやるぜ」
「待て飛影。オレがやろう」
飛影に待ったをかけたのは蔵馬だ。
「…オレがやる。全員オレが倒してもいいくらいだ」
名乗りをあげた蔵馬に少し驚いた飛影だったが、黒桃太郎との試合だけは譲れなかった。それは蔵馬も同じで。
「君はさっき一人倒しただろう。次はオレだ」
「あんなザコ、倒したうちに入らん」
「ちょっと二人共!仲間内で争ってどうすんの!?」
好戦的な二人の気持ちがさっぱり理解できない未来である。
「…飛影」
しばらく考えた未来は、ちょいちょいと飛影を手招きし、その耳元で囁く。
「なんだ」
「あのさ飛影、黒龍波が撃てないのに大丈夫なの?なんか黒桃太郎、策があるみたいだったからさ…」
小声で話しかけた未来に、飛影は露骨に顔をしかめた。
「や、やっぱ怒った!?でも心配で…」
「だから蔵馬に譲れとでも言いたいのか?」
分かりやすいほど不機嫌になった飛影が、憤るまま続ける。
「ふざけるな。お前を傷つけた奴等はオレがぶっ殺してやる。絶対にな」
ハッキリと言い切った飛影。
未来は目を瞬き、蔵馬と桑原も、驚いた様子で眉を上げた。
そんな彼らの反応から、思わず似合わない本音を口にだした自分に飛影も気づく。
「…とにかく、奴には黒龍波を使うまでもない。試合はオレがやるからよく見ておけ」
ごまかすように未来から離れ、リング中央に戻っていった。
「いいな、蔵馬」
「……ああ」
すれ違いざま、有無を言わさぬ口調で飛影が蔵馬に告げる。
魔金太郎と黒桃太郎…未来を傷つけたこの二人を倒したい気持ちは蔵馬だって持っていたが、今回ばかりは自分に分がないと判断した。
「……」
無言で彼の背中を見送った未来は、ドキドキする胸をおさえる。
物騒な飛影の台詞に今までは苦笑いするだけだったが、先ほどの彼の言葉からは未来のことを大切に思う気持ちが伝わったから。
(びっくりした…飛影があんなこと言ってくれるなんて)
リングに立つ飛影を真っ正面から直視できず、横顔をこっそりと見つめる。
胸の高鳴りを知られたくなくって。
薄く染まる頬に気づかれたくなくって。
普段は素直じゃない彼の真っ直ぐな言葉が、たまらなく嬉しい。
「飛影が相手か。オレもあのチビを殺してぇと思ってたんだ」
黒桃太郎がリングにあがり、両者が向かい合った。
「魔金太郎を倒したくらいでつけあがるなよ。こいつには闇社会の支配者になるには芸がなさすぎた」
突き刺してある飛影の剣を抜くと、邪魔だと言わんばかりにドカッと魔金太郎の死体を蹴りあげリングからどかした黒桃太郎。
「オレは一味違うぜ…へへ。いい剣だな」
ペロッと黒桃太郎は飛影の剣を舐める。
「気に入ったなら貸してやる。レンタル料はお前の命だ」
「そうかい。ありがとよ」
スパァッと歯切れのよい音がしたかと思うと、黒桃太郎は剣で自らの左手の5指を切り落としていた。
!?
これには飛影や未来のみならず、会場中が信じられない、といった空気に包まれる。
「い~ひひひひ~!痛ぇ~!こいつはよく切れる」
「バカか、あの黒桃太郎って野郎は!」
「何考えてんだ!?」
痛みに苦しみながらも笑う黒桃太郎に観客達はどよめく。
「ヒヒヒヒ…だがこれでこの剣の切れ味は記憶した!裏御伽闇アイテム奇美団子!」
黒桃太郎が桃マークのついた奇妙な団子を一つ取りだし、口に含んだ。
「闇アイテム!怨爺さんが言ってたやつだ!」
「団子を食った途端に奴からすげぇ妖気が…!」
試合を見守る未来や桑原たちの間に緊張がはしる。
「武獣装甲 其の一 魔猿の装!さあこのナマクラ刀は返すぜ。もうオレにはこんなもの通用せん!」
体中に体毛を生やし、変身を遂げた黒桃太郎が飛影に剣を投げ返した。
「おもしろい。試してやるぜ」
間髪いれず黒桃太郎に飛びかかった飛影だったが、剣は黒桃太郎に当たるとバラバラに砕け散った。予想外の展開に飛影はたじろぐ。
「遅いなァ」
その一瞬のスキを突き、黒桃太郎が飛影を場外にふっ飛ばした。飛影が壁に激突し、周りにも衝撃波がおこる。
「まさか…あの飛影を…!」
「すげぇ…」
ガレキの山の中から出てきた飛影を見、観客達は喜ぶのも忘れ驚いている。
「飛影の剣を折るなんて…!」
怨爺が闇アイテムに相当の自信を持っていた理由が分かった気がした未来。
「闇アイテムの意味が解った…奴ら専用の魔具を持つ特別な種類の妖怪か!自分のペースに持ち込んだら恐るべき力を出すぞ…!」
冷や汗をかく蔵馬の言葉が、不安になる未来の気持ちに拍車をかける。
「奇美団子を食べたオレの体は受けたダメージから敵の攻撃力を完璧に記憶する。さあチビ野郎、邪王炎殺拳を使え!この肉体がその攻撃力を記憶した時…それがお前の最期だ!」
既に勝利を確信している黒桃太郎が飛影を挑発した。
「やってやるぜ」
眼帯を外し、飛影が第三の目を開いた。
「うっしゃあ出るぜ黒龍波!あれなら記憶もなにも全て焼き尽くすぜ!」
「桑ちゃん、飛影は黒龍波が撃てないの…」
ガッツポーズの桑原におそるおそる未来が告げる。
「未来、知っていたのか?」
「蔵馬は気づいてたんだ。私は裏御伽チームのメンバーから言われて知って…」
「おいおい、どういうことだ?」
蔵馬と未来の会話についていけない桑原が質問する。
「魔界の獄炎の化身である黒龍を人間界に呼びだすには自らの妖気をエサにおびき出すしかないが、そのためには莫大な妖気を放出し続けなければならないんだ」
是流戦では飛影がベストな状態でもまだ妖気が足りなかったため、右手を喰われかけたのだと、致命傷を負った飛影の右腕に気をもみつつ蔵馬が説明する。
「飛影の妖気は今、六分から七分の状態だ。あれでは黒龍は呼びたくても呼べない」
「六分!?あれだけすげぇ妖気で飛影はまだ六分だってか!?」
腰を抜かす桑原。
「あれだけの妖気があれば、黒龍を呼べなくても勝てるよね!?」
Yesの返事が欲しくて言った未来だが、二人とも神妙な顔をするだけで同意は返ってこなかった。
「くらえ!邪王炎殺煉獄焦!」
そうこうするうちに再度飛影が黒桃太郎に向かって飛びかかる。
「ぐああああ!」
モロに攻撃をくらった黒桃太郎が痛み苦しむ。
「フン。魔界の炎を召喚するまでもない。人間界の炎でも貴様など倒せるぜ」
「くくくく…記憶したぜ~この痛み…」
飛影の発言にまったく動揺することなく、黒桃太郎はまた一つ団子を口に入れた。
「もう炎殺拳も利かねぇ!武獣装甲 其の二 魔雉の装」
黒桃太郎を覆っていた体毛は羽毛に変化し、彼の両腕からは大きな翼が生えていた。
パワーアップした黒桃太郎のパンチが飛影の顔面にクリーンヒットする。
殴られた飛影はすぐに体勢を整い直し、
「ハァーー!!」
黒桃太郎の腹に連続でパンチをいれる。だが、黒桃太郎は微塵もこたえていないようだ。
「くっ…本当に強化してやがる」
苦戦する飛影が呟いたのと同時に黒桃太郎の拳が振り上げられる。
「なに!?」
咄嗟に避けた飛影だったが、一瞬で背後にまわった黒桃太郎に渾身の一撃を加えられた。
「スピード!攻撃力!全てにおいて貴様はもうオレの敵じゃねぇ」
「つけあがるなよ」
少しよろめきながらも立ち上がる飛影。未来にこんな無様な姿を晒していると思うと、自分に無性に腹がたつ。
「くそ~あいつ変身するたびに飛影の技を記憶して強くなりやがる!無限にあんなことされちゃ、勝ち目なしじゃねーかよ!」
桑原がブーイングまがいの文句を叫ぶ。
「さすがに無限じゃないとは思うけどな…。桃太郎にお供したのは猿、雉、犬の三匹。たぶん三回だけ黒桃太郎はあの奇美団子ってやつが食べられるんじゃないかな」
珍しく苦戦する飛影が心配だったが、努めて冷静に言った未来。
「その通りじゃ未来。一度で使える奇美団子は三つ。たいていの敵は一つ目の奇美団子で力を見切れるのじゃが、二つ目の団子を使わせただけでも飛影はたいしたもんじゃ」
ほっほっと自作の闇アイテムに陶酔する怨爺が笑う。
「必殺技の黒龍波が使えねぇのは悔しいだろうなァ。だがオレは手加減しねぇ…念には念を入れてぶち殺す!とどめの奇美団子を使うぜ。魔犬の装!」
ついに最後の団子を手にとった黒桃太郎。歯は全て鋭い犬歯に変化し、妖気もよりまがまがしくなっている。
「ぜ、絶体絶命ってヤツか?」
「縁起でもないこと言わないでよぉ!」
桑原の発言に、訂正を求める未来。
「ワ、ワリィ…」
「…やれやれ」
たじろぐ桑原を横目でちらりと見た後、飛影が折れた剣を拾う。
「この技だけは、使うまいと思っていたが…」
「つまらん心理作戦はよすんだな!大技があるように見せかけ動揺させるつもりだろう」
「やった!飛影にはまだ切り札があるんだね!」
なにやら思わせぶりな発言をする飛影に、黒桃太郎からは疑いが、未来からは期待がかけられる。
「ひどく気のすすまない、かなりイメージの悪い技だ」
「飛影が躊躇するほどの恐ろしい技…!?一体どんな技を使う気だ!?」
見当もつかない桑原が、手に汗を握り、これからの飛影の行動に注目する。
「それが飛影、お前のこの世で最後の言葉だ!さえないセリフだったな!」
飛影の右肩に噛みついた黒桃太郎。プシャアァァア…と真っ赤な鮮血が勢いよく飛び散った。
「ひ…」
飛影、その先が呼べなくなる未来。隣で桑原も息をのんだのが分かった。
しかし、鮮血の持ち主は彼らの仲間のものではなかったのだ。
「邪王炎殺剣!」
「ひ、飛影~…」
もう聞き慣れている低い声に、未来に笑顔が戻る。目尻には少し涙を光らせて。
飛影は既に黒桃太郎の腹に炎の剣を貫通させていたが、とどめとして完全に敵の身体を真っ二つに切り裂いた。
「炎の剣!?」
黒桃太郎が噛みつく前に、飛影は炎の剣で攻撃していたのだ。たぐいまれなる格闘センスを持つ飛影に蔵馬は脱帽する。
(しかもただの炎じゃない!自らの妖気を炎とドッキングさせ、強度を増した黒桃太郎の肉体を切り裂けるだけの鋭さを瞬時に創り出したんだ。すごい…なんて格闘センスなんだ)
蔵馬は改めて飛影の強さを実感する。
「オ、オレの霊剣とよく似ていやがるが…。って、ん?」
あるコトに気がついた桑原。
「コラ待て てめェ!ってことはイメージが悪いってのはオレのことか!」
「フン。ほかにいるか?」
当然だとばかりに、しれっと言った飛影であった。
「黒桃太郎選手は戦闘不能とみなし、飛影選手の勝利とします!」
樹里が宣言し、飛影がリングから降りてきた。
「もう…飛影の血じゃなくてよかったあ…。一瞬死んじゃったかと思ったよ」
未来が安堵のため息をつく。
「オレがあんな奴に負けるか」
「うん、そうだよね」
“そういうだろうと思った”と未来の顔が言っていて、なんとなく飛影は面白くない。
「ありがとう。仇とってくれたんだよね」
その笑顔を直視できなくて、プイッと飛影は顔を背ける。
“これで借りは返したぞ”
飛影は、自分が行きの船で未来に告げた言葉を思い出していた。
あの時未来を助けたのは、雪菜を守ってもらった借りを返すためだ。
じゃあ敵チームに潜入する未来の様子を邪眼で見たのはなぜ?
未来の危機に駆けつけたのはなぜ…?
今、彼女を傷つけた敵を倒すのは自分だと躍起になっていたのはなぜ?
もう言い訳になる理由がなくなった。
(あの時から…予感はしていたんだ)
借りなんてていのいい理由がなくても、無条件に自分は未来を守ろうとすると。
これだけ自分の感情を振り回す彼女のことが嫌いなはずだと思い込もうともした。だけどどう考えたって、未来が大切な存在であることは間違いなくて。
(嫌いなわけがあるか。むしろ…)
“すき”
このたった二文字の言葉は今抱いている気持ちを表すにはほかにないほど適しているとも思ったし、彼女への想いを語るにはあまりにも短すぎるとも思った。