Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎35✴︎想い
押し倒された未来の左頬に、す…とのばされた死々若丸の右手。未来はぎゅ、と目をつむる。
「!! いたっ!」
与えられた刺激は予想していたものと違っていた。
「にゃ、にゃにする…」
ぐい~と引っ張られる頬の痛みに、未来は顔をしかめる。
「オレが貴様なんか相手にすると思ったか、バカ女」
死々若丸はそう言うと、パッとつねっていた未来の頬から手を離した。
「え」
ジンジン痛む赤くなった頬を撫でながら、拍子抜けする未来。
「何を期待していたのか知らんが、実に笑い者だな」
死々若丸が、ぶるぶる震えていた未来をバカにして笑う。
「期待なんてしてな…!変な言い方しないでよ!」
なんでこちらが恥ずかしい気持ちにならなければならないのか。未来の涙はすっかり乾いていく。
「自分の身の程をわきまえるんだな。何も反論せんから少しは賢いのかと思ったが、案の定、奴等に逆らって。やはりバカだったか」
ベッドから離れ、立ち上がる死々若丸。
「さっさと出てけ、バカ女」
「バ…バカバカ言いすぎ…!」
恐怖感で占領されていた先程とは一転、未来の心の中は想定外の事態への動揺と、暴言を重ねる死々若丸への怒りで占められる。
未来は体を起こすとベッドから降り、力が入りきらない足でよろよろと部屋のドアまで歩いていった。
「のろい。邪魔だから早くしろ」
「……」
(むっか~…)
苛ついた死々若丸の声を背に、未来は905号室をあとにした。
***
「はあ…」
廊下に出た未来はすぐには進まず、部屋の前でぼーっとした顔で立ちつくす。
黒桃太郎らに襲われ、魔金太郎は重傷を負い、今度は死々若丸に襲われたと思ったら暴言を吐かれて突き放され…この数分間で色々なことが起こりすぎていた。
バタバタバタ…とこちらへ走ってくる三人分のの足音に、ゆっくり未来が顔を向ける。
「未来!大丈夫か!?」
心ここにあらずな表情をしている未来を心配する蔵馬。
「無事だったみたいでよかったぜ…!つーか一体、何があったんだ?」
ほっと安心のため息をつく桑原だが、ひとつの疑問が生じる。
彼と蔵馬は突然血相を変えて走りだした飛影の様子から、未来に何かあったのだと悟っただけであり、詳細は知らなかった。
「奴等はこの中か」
部屋のドアをぶち壊し、中に入ろうとした飛影を見て未来はハッとする。
「待って飛影!黒桃太郎とかは部屋にはいないし…!」
未来が殺意に燃える飛影を止めるべく、その腕をつかむ。
飛影が驚いて未来の方を振り向き、ふたりの目線が絡まった。
(…なんだろう、すごく久しぶりに飛影がこっちを向いてくれた気がする…)
実際、飛影とのいざこざがあったのは昨日の出来事なのだが。
真っ正面から飛影の顔を見て、掴んだ彼の腕からぬくもりが伝わって…
襲われた時の言い表せないほどの恐怖とか、それから解放された安堵感とか、仲間が来てくれた安心と嬉しさとか。
諸々の感情が、洪水のように未来胸に溢れだす。
「……っ……」
ひっこめたくても、ぽろぽろと未来の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「おい、未来…」
突然泣き出した未来に、飛影はどうすればいいのか分からない。ひとりの時間が長すぎた彼は、慰め方なんて知らなかった。
「ご、ごめ…」
未来は両手で顔を覆い、必死で涙をこらえようとする。蔵馬がそんな未来を落ち着かせるように、ぽんぽんと彼女の背中を叩いた。
「未来。今は無理に話さなくても…」
「だ…大丈夫…! 何もされてないから…!」
涙をぬぐい、顔から両手をはらうと、ぶんぶん首を横にふる未来。
「部屋ン中に未来ちゃんを泣かせた奴がいんのか!?」
こめかみに青筋をたてる桑原が扉を睨む。
「ううん、悪いのは黒桃太郎と魔金太郎って奴だけで…。怨爺さんや裏浦島は普通に接してくれてた。あと死々若丸って人も一応…」
死々若丸に関しては微妙だが、一応危害は加えられていないので未来はそう言っておいた。
「…その黒桃太郎と魔金太郎は今どこにいるんだ?」
「わかんない…」
静かに訊ねた蔵馬だったが、彼の内は未来を傷つけた黒桃太郎らへの怒りでみなぎっていた。
「くっそ~!今すぐぶっ倒してやりたいのによ!奴等め、明日の準決勝で覚えてろよ!」
桑原がボキボキ拳を鳴らす。
「…本当に何もされてないんだな?」
唯一未来の事情を知っている飛影が問う。彼が邪眼で見ていたのは途中までで、その後起こったことについては把握していない。
「うん。蔵馬からもらった植物でね、退治しちゃったから!」
大丈夫、ということを示すように未来が笑顔をつくる。
(?? 未来ちゃんは奴等に殺されそうになったんだよな、きっと)
「桑原くん」
未来の涙の理由を定められず、口を開いた桑原を蔵馬が制した。
蔵馬が聞くな、と訴えていると悟り、桑原は疑問に思いつつもおし黙る。
(殺されそうになったなら、そう未来は言うはずだ。だが未来は…)
だが未来は、明確に何があったか述べようとしない。
もし未来が“女”として襲われたのなら、自分たちには言いたくないだろうと蔵馬は配慮したのだった。
「あ、そういえば、なんで皆、ここに駆けつけてくれたの?」
あまりにもタイミングの良すぎる三人の登場が未来は不思議だった。
「飛影が邪眼で奴等が悪さしねーか見張ってたからな!」
まるで自分の手柄のごとく胸を張る桑原だ。
「飛影が…?」
飛影は未来の視線から逃れるように目をそらした。
***
404号室に戻った一行。
今、桑原は外出中で、蔵馬はバスルームでシャワーを浴びている。
「飛影、ありがとね」
ベッドに腰掛ける未来は、窓際の飛影に話しかける。
「邪眼で様子を見ててくれて、助けに来てくれて、本当にありがとう」
気まずくなっていたにもかかわらず、飛影は未来のために邪眼を使った。
(やっぱり、飛影は優しいよ…)
そんな彼に、未来は言わなくてはならないことがあった。
「昨日はごめん。突き放すようなこと言って。飛影は私を心配してくれたのに…」
「謝るな」
彼女が謝る必要はない。昨日の一件の原因はすべて、自分が感情を抑えきれなかったせいだ。
飛影はそう思っていた。
“飛影は…あなた達とは違う”
“絶対違うから!一緒にしないで!”
ふいにレストランでの未来の言葉を思い出し、飛影の胸がくすぐったくうずく。
「でも陣はさ、私を売ったりとか絶対しないと思うよ?」
「…知っている」
予想外の飛影の返しに、驚いた未来は目を見開く。
「ならいいけどさ…」
そう言って、やまない雨を見つめた。
「ねえ飛影、どこまで見てた?」
「どういう意味だ」
不可解な未来の問いに、訝しげな顔をする飛影。
「私が魔金太郎に向かって、蔵馬からもらった植物を投げつけたところは見てた!?」
「そこからは見ていない。奴等にお前が襲われた瞬間、すぐ部屋を出たからな。邪眼を使うには集中力がいる…不便なもんだぜ」
走りながら邪眼を使えたら、もっと長い時間未来を見守ることができたのに。 飛影は初めて邪眼に対して不便さを感じていた。
「そっか」
じゃあ死々若丸とのやり取りは見られていないかと、ほっとしてしまう未来。
(見てなかったんだ‥よかった。だって…その…抱き寄せられたこととか、知られたくない!)
飛影ら仲間たちに知られるのは、なんとなく恥ずかしい。
(あの時は死々若丸に対して怒ってたけど…恥かかされた気がしたし、ひどいこと言われるし。でも、助けてくれたってのは事実なんだよね…)
嫌なことを散々言われたから悔しいが、今未来が精神的にそれほど傷ついていないのは死々若丸のおかげといったところが大きい。
黒桃太郎らに襲われ、未来はものすごく怖かった。普通ならトラウマになっているはずだ。
しかし、その後で死々若丸に暴言を吐かれて拍子ぬけしたことで、恐怖が怒りに塗り替えられて、傷が和らいだのも事実。
(明日、やっぱりお礼言わなくちゃ)
ケジメとしてきちんとお礼を言わなくてはと、未来は決意した。
(それと…私はまだ飛影に聞かなきゃいけないことがあって…)
視線を飛影の右腕におくった未来が口を開く。
「ねえ飛影、右腕見せて」
唐突に言った未来に、飛影が動揺したのがみてとれた。
(そういえば、奴等が未来に余計なことを言ってやがったな…)
飛影は裏御伽チームのメンバーに舌打ちをしたくなる。
「ごめんね、飛影が苦しんでるのに気づけなくて。なんの足しにもならないかもしれないけど、せめて妖力回復させるよ!」
傷の治癒能力はないため根本的な解決にはならないが、未来が聖光気を使うことを申し出る。
「勝手に知ったような口をきくな。貴様の助けなど必要としてない」
そう述べた後、思わずキツイ言い方をしてしまったことにハッとする飛影だったが、未来は動じなかった。
「飛影が強いのは十分すぎるほど分かってるよ!私は飛影最強説の提唱者だし」
へへ、と笑った未来の意外な発言に、飛影は素直に驚く。
苦しんでいる、なんて格好悪く、弱さの証のような気がした飛影。そういった彼の胸の内を見透かしたのか、未来は続ける。
「ただ、何か困ってることがあれば知りたいし、出来ることはないかなって思う。知らんふりして過ごすのは嫌だから」
こんなにありのままの気持ちを飛影に伝えるのは、初めてかもしれない。そう思いつつ、未来は噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「私じゃ頼りなかったらさ、蔵馬も桑ちゃんも幽助もいるし!だって私達…仲間なんだから」
照れから語尾は小さくなったが、未来は飛影の目を見て言い切った。
「や~照れるね!なんか恥ずかしい!」
即、気恥ずかしさから自分の発言に悶える未来。そんな未来をしばらく見つめた後、ふ、と飛影は笑う。
仲間だとかそんな縛り、以前は煩わしいものだと思っていた。
いや、あまりにも孤独だったから、そうだと決めつけていたのかもしれない。
まあ現在も、他人と馴れ合ったり群れたりするのが好きなわけではない。
しかし“仲間”という響きに、確かな心地よさを感じていた。
こうして未来と一緒に過ごす時間にも。
***
キュ、とシャワーのコックをひねると、水しぶきの音が止む。
濡れた艶めく長髪…バスルームにいるのは蔵馬だ。
(とにかく、未来が無事でよかった)
何もされていない、という言葉は、彼女の様子から察するに本当だ。
もし、何かされていたら…
最も残酷な手段で、今すぐにでも黒桃太郎や魔金太郎を自分は殺しに行っていただろう。
(時期が遅れただけで、明日の試合で奴等と当たれば、それ相応の行動をとるが)
これでも昔は極悪非道と名をはせた妖怪だ。なんの躊躇もなく黒桃太郎ら二人を蔵馬は殺すことができた。
(こんなオレを知ったら、未来はどう思うだろうか)
残酷で冷酷、かつ非情な自分を。
伝説の極悪盗賊・妖狐蔵馬を…。
そんなことをぼんやりと考えながら、着替え終わった彼は部屋に戻っていった。
「あ、蔵馬もここ来て!」
風呂上がりの蔵馬へ、ソファーを叩いて横に腰をおろすよう促す未来。ソファーには他に、桑原と飛影も座っている。
「今ね、スパイ任務の調査結果を報告しようとしてたの」
「スパイ…ああ」
一瞬なんのことかピンとこなかった蔵馬だ。
「蔵馬、忘れてたでしょ」
「フン、誰もお前の活躍に期待してない証拠だ」
「す、少しは良い情報掴んできたもん!」
飛影に対し唇を尖らす未来だが、自信はまずまずといったところか。
「えと、裏御伽チームは怨爺っておじいちゃん手作りの闇アイテムを使うらしいよ!」
「お!未来ちゃん、それは結構貴重な情報じゃねーか!サンキュー!有能なスパイだぜ!」
「えへへ…まあね」
桑原がおだてて、図に乗った未来はどや顔。
「で、その闇アイテムとはどういうものなんですか?」
蔵馬に問われ、あ、という表情をする未来。
「それは知らないけど…」
「知らなければ意味がないな」
「まだ!まだ情報はあるよ!」
飛影から小バカにした視線を送られ、リベンジすべく未来は主張する。
「明日の試合で、死々若丸はなんか特殊なことをするみたい。強い妖力に対する抵抗力がない人は犠牲になるっぽいよ…」
「さっき未来が言ってた、闇アイテムと関係があるのかもね」
「うん、その可能性は高そう」
蔵馬に未来は大きくうなずく。
「ふんふん。で、ほかには!?」
身を乗りだし、未来に尋ねる桑原。
「ほかは…えっと…」
何も思いつかず、未来は黙ってしまう。
「もうほかに情報はない」
邪眼でスパイ中の未来の様子を見ていた飛影が代弁した。
「ある!まだあったよ!死々若丸は超モテるみたいで、裏浦島はそれに嫉妬してるようにみえた!」
脱力して何も言えない飛影と、苦笑いの桑原の横で、くすっと蔵馬は笑ったのであった。
***
次の日、夜中降っていた雨はカラッと晴れていた。
「準決勝第一試合、選手入場しまァーす」
リングの上に立つ審判・樹里の掛け声で開く二つの門。
準決勝からは闘技場も変わり、 より観客の期待と好奇心を高めていた。
これまでの審判、小兎は観客席の最前列で実況に専念することになっていた。
浦飯チーム側の門から出てきたのは、桑原、蔵馬、飛影、未来だけだ。
(結局、幽助と師範は帰って来なかったな…)
昨日、未来が幽助不在の理由を桑原らに尋ねれば、覆面に連れられどこかへ行った、とのこと。
(幻海師範のことだから、何か考えがあるんだよね)
幽助はきっと強くなって帰ってくる、と未来は思い直す。
「未来、本当に大丈夫?」
リングまで歩きながら蔵馬が未来の顔をのぞく。黒桃太郎らとまた会うのは嫌ではないかと、彼は心配していた。
「大丈夫!だって皆がそばにいるから」
正直、黒桃太郎らと顔を合わせるのは昨日の事を思い出して怖い。だが、仲間たちが隣にいればそんな恐怖にも未来は打ち勝てた。
「残りの二人はどうした。おじけづいたか?」
「お前らじゃ役不足だとよ」
リングの上で向かい合う両チーム。桑原の一言で、死々若丸の顔から笑みが消えた。
「テメーら、昨日はよくも未来ちゃんを泣かせやがったな」
未来を泣かせた対戦相手に闘志を燃やす桑原は、今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「あ~そんなこともあったっけなあ」
ガムをクチャクチャ噛み、平然と黒桃太郎が言った。
「…っ…」
微かに体を震わす未来に気づいた蔵馬が、ぎゅっと彼女の手を握る。ただ未来を安心させてやりたかった。
(蔵馬…)
未来は落ち着きを取り戻し始める。
「蔵馬、昨日はお前のせいで散々な目にあったぜ。許されると思ってんのかあ!?」
魔界の水芭蕉の攻撃にあった魔金太郎がドスのきいた声を出す。あの後すぐに病院に行ったらしく、手当てのあとが伺えたが痛々しい傷、ただれは彼の皮膚に残ったままだった。
「だが蔵馬も、いくら敵チームに対してでも情が捨てきれんかったのかのう。水芭蕉じゃ魔金太郎を殺すまでにはいたらんことは分かっておったはずじゃ」
不敵に笑う怨爺。魔金太郎も彼に同意し、へらへらと笑う。
「情だと?」
蔵馬は眉をひそめる。
「勘違いするな。貴様らに対する情など微塵も持ち合わせていない。ただオレは間接的にでも未来に殺しをさせたくなかっただけだ」
冷ややかな目で蔵馬は敵を見据える。それはこれから蔵馬が容赦なく彼らを殺しにかかる気でいることを意味していた。
「フン。わざと死ぬほどではない毒性の植物を渡したってわけかよ」
忌々しげに魔金太郎が呟く。
(そうだったんだ…)
気づかないところでも、未来の気持ちを考え、配慮してくれていた蔵馬に胸が熱くなった。
「それでは対戦方法を決めてくださーい」
ピリピリした空気とは不釣り合いなゆるっとした樹里の一声だ。
「これで対戦相手を決めないか?」
死々若丸が取り出したのは、二つのサイコロだ。
「それぞれの名前を書いたサイコロだ。自由の目は選手を自由に選べる。目が出れば何度でも戦える。生きている限りな」
「ヒマな奴らだ。勝手にしろ。幽助と覆面の目が出たらオレが代わりにやってやる」
好戦的な飛影が宣言する。
「よかろう。不戦勝で勝っても名は上がらないからな」
あくまでも名を上げることにこだわる死々若丸。彼の手から投げだされた二つのサイコロが、宙で弧を描いた。