Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎34✴︎ Rainy Night
レストランにいた最中、突如空を覆った雨雲。とうとう晴れないまま、辺りはすっかり夜である。
(…すっかり帰るタイミングを逃してしまっている…)
ソファーに座り考える未来。浦飯チームの部屋、404号室にあるソファーではない。
未来が今いるのは905号室。そう、裏御伽チームの部屋である。
「暇じゃ。サウナでも行くかの」
「あ、じゃあオレも」
立ち上がった怨爺に、裏浦島も続く。
「私も帰…」
「未来」
彼らと一緒に部屋から出ようとした彼女へ、忠告しようと怨爺が口を開く。
「もう一度言うが、明日の試合で死々若丸が出場する時は用心せい」
「はあ…」
意味深な怨爺の発言に、未来は首をかしげた。
「明日は、未来お墨付きの飛影が負ける瞬間を見ることになると思うぞ。ハンカチも用意しておくことじゃ」
レストランでの一件を思い出し、怨爺は目を細める。
「飛影は勝ちますよ!黒龍波なんてすごい技を使えちゃうんですから!」
「お前、飛影の右腕のことしらねーのか?」
怨爺に未来だが、背後からの黒桃太郎の声にそちらを振り向く。
「右腕…?どういう意味?」
「めでたい奴だな。この分だと、飛影の深手にほかの浦飯チームの奴等も気づいていないだろう」
死々若丸がフ、と浦飯チームを嘲笑う。
「奴は是流戦で右腕を犠牲にした。黒龍に食われたな」
食われた、という死々若丸から出た言葉に未来の背筋は凍りつく。
「魔界の炎を人間界で飼いならすには経験不足といったところか。奴は生来の邪眼師じゃない」
魔界の炎を召喚した飛影を回想しながら死々若丸が言った。
「黒龍波を使えねーあいつに勝ち目はないぜ!」
「黒龍波撃てなきゃ、飛影はただのチビ同然よ!」
ギャハハと黒桃太郎、魔金太郎が下品かつ豪快に笑う。明日飛影を殺すことを考えると、おかしくて仕方がないらしい。
(知らなかった…気づけなかった)
未来は唇を噛む。敵チームに飛影の危機的状況を教えられたことが悔しかったし、気づけなかった自分に腹がたった。
たしかに、是流戦直後に見た飛影の右腕は真っ黒で痛々しかった。
(飛影はずっとひとりでかかえこんでたのかな…)
未来はいてもたってもいられなくなり、早く浦飯チームの部屋に帰ろうと思い立つ。
ところが。
「あれ!?怨爺さん達、いつの間に行っちゃってたの!?」
怨爺と裏浦島はとっくにサウナへ向かっており、二人においていかれてしまった未来だ。
「オイ、お前今ここで、当てた相手をパワーアップさせる気弾出してみろよ」
そんな未来を見、黒桃太郎が思い出したように唐突に言った。優勝商品である彼女の品定めをしようといったところだろうか。
「お、いいなそれ!じゃあオレに当ててみろよ。死々若丸も見たいよな?」
魔金太郎が名案だと手を叩き、死々若丸に同意を求める。
「優勝商品の異世界から来た人間、ってのに一番興味持ってたのは死々若丸だもんな?」
「興味?」
黒桃太郎の発言を、勘違いするなとばかりに死々若丸は一笑する。
「武術会で優勝し、商品の女を手に入れたら名が上がる。目的はそれだ。未来も浦飯チームの奴等も、オレの名を上げるための踏み台にすぎん」
未来本人が目の前にいるにもかかわらず、平然と言った死々若丸。
「な…」
デリカシーゼロの彼の発言に、唖然とした未来は返す言葉も見つからない。
死々若丸が自らの名を上げるために利用しているのは、未来達だけではない。
同じチームの黒桃太郎達だって、死々若丸にとっては優勝するための手段のひとつでしかなく、仲間意識などまったく持ち合わせていない。
仲間歴が長い魔性使いチームとは違い、裏御伽チームはただの寄せ集めの集団でしかなかった。
「ホラ、さっさとしろよ!」
魔金太郎が早く聖光気を出すよう未来を急かす。
「や、やだ…」
「はあ!?」
断った未来に黒桃太郎はドスのきいた声を出す。
「だって敵を援護するようなこと、できるわけないじゃない。私、もう帰ります」
浦飯チームへの裏切り行為はしたくなかった未来。逃げるように部屋を立ち去ろうとする。
「逃がすわけねーだろ」
がし、と黒桃太郎が未来の腕を掴む。
「離して…!」
黒桃太郎の腕は恐ろしいほど力強い。未来の瞳に恐怖の色がみえた。
「…なあ黒桃太郎、今オレ達が考えてること同じだと思うぜ?」
ニヤリと傍観していた魔金太郎が笑う。
「ああ。レストランでの件といい、 商品のくせして生意気な女には自分の身の上を分からせてやらねーとな」
「きゃっ」
黒桃太郎が未来を突き飛ばし、彼女の身体は近くのベッドにダイブする。
「楽しめそうだなこりゃ…」
押し倒される形となった未来を、上から魔金太郎と黒桃太郎はニヤニヤ眺める。
(や…)
見下ろされ、二人の影で暗くなる視界に未来は絶望を感じる。
「…っ!」
邪眼で様子を見ていた飛影が血相を変えて立ち上がり、部屋を飛び出そうとする。
駆け出したことによって集中力が切れ邪眼を使えなくなったが、とてもじっとしていられる状況ではない。
「飛影、どうしたァ突然!?」
「飛影!?」
桑原と蔵馬も彼の後を追う。
「まさか未来ちゃんに何かあったのか!?」
404号室を出て、飛影に続き廊下を走る桑原の顔は青ざめていく。飛影から返事はないが、無言こそが何よりの肯定だろう。
「奴等の部屋はどこだっけか!?」
焦る桑原が走りながら問う。
「905号室だ!」
未来がスパイに行くことが決定した時点で、敵の部屋の位置を調べていた蔵馬が、切羽詰まった声で答えた。
905号室…つまり9階に、彼らが目指す部屋はあった。
「っ…」
がくがくと震える未来。黒桃太郎も魔金太郎も未来に触れてはいなかったが、彼らの舐めるような視線は彼女を震えさせるには十分だった。
「いやっ」
「おっと、こりゃなんだ?」
ショーパンのポケットから何やら取り出し投げつけようとした未来の腕を、容易く黒桃太郎が掴む。
「植物の種か?ははーん、蔵馬のモノだな?」
「あ……!」
黒桃太郎は未来の手からソレを奪うと、ポイッと投げ捨ててしまった。
「万事休すだな!」
「オレたちを攻撃しよーなんざ百年早いぜ!」
反撃の手段を奪われ、みるみる青ざめていく未来をゲラゲラと二人は嘲笑う。
「へへ…おとなしくしてろよ」
いやらしい笑みを浮かべた魔金太郎が、未来の身体に手をのばした。
「うぎゃあああああ!!」
途端、つんざくような叫び声が響く。そこには皮膚がただれて炎症を起こし、悶え苦しむ魔金太郎の姿があった。
「まだ隠してやがったのか…!」
黒桃太郎もうかつだった自分に気づかされる。わざとポケットの種は奪わせて彼らを油断させた未来は、咄嗟に髪の中に隠していた魔界の水芭蕉を魔金太郎に向けて放ったのだ。
「てめえ、ふざけたマネしやがって!」
「きゃあっ」
黒桃太郎は未来の行動に怒りをおぼえ、彼女の両手首をまとめてつかむ。水芭蕉を出せなくなってしまった。
「やだ!離して…!」
必死で黒桃太郎から逃れようと抵抗する未来だが、彼の力には敵わず、びくともしない。
魔金太郎は床に這いつくばり、背中を丸めて苦しんでいるままだ。
「一度ならず何度も生意気なマネした罰だぜ。楽しませてやるよ」
クックと低く笑い、未来の両手首を押さえていない方の左手で、彼女の右肩に触れた黒桃太郎。
(誰か助けて……!)
未来は悪夢のような事態が現実味をおび、あまりの恐怖で声も出せなくなってしまった。心の中で必死に助けを求めるのは、幽助、桑原、蔵馬、飛影、幻海…仲間達五人。
「やっ…!」
足をばたつかせ抵抗する未来だが、黒桃太郎の前では無駄である。するする、と未来の右肩においた手を黒桃太郎がおろしていこうとしたその時。
「おい」
それまで黙って傍観していた死々若丸が口を開いた。
「なんだよ、お前も混ざるのか?」
黒桃太郎が死々若丸に向き直る。
「オレは貴様にその女で遊ぶ許可を与えた覚えはない」
勝手な行動をする黒桃太郎に、死々若丸は心底不機嫌そうに言った。
「こっちの気分も考えろ。貴様らの痴態など目障りかつ耳障りだ」
「な、なんだと!?」
黒桃太郎は未来に近づけていた体を離し、死々若丸に憤慨する。ベッドに押し倒されていた未来は、戸惑いつつも上半身だけ体を起こした。
死々若丸は数歩進み、未来、黒桃太郎との距離を縮める。
そうして未来の腕を掴むと、死々若丸はぐいっと彼女を立ち上がらせ自分の方へ引き寄せる。
未来の顔は死々若丸の胸に押しつけられ、視界には彼の着物の白だけが広がった。
「この女と遊ぶのはオレだ。貴様はオレの邪魔をせんように、そこに転がっているバカを連れてさっさと出てけ」
未来の頭の後ろを触り、抱き寄せる形をとった死々若丸。床に寝転がる魔金太郎を顎でしゃくり、黒桃太郎に命令する。
(…やだ、なんで今涙が…)
未来の瞳からこぼれ落ちた雫が、死々若丸の着物にしみをつくった。未来が戸惑っているのは、涙があふれた理由が恐怖からだけではなく、安堵の気持ちからでもあると自覚していたから。
物騒な言葉とは裏腹に、助けてくれたとしか思えないほど死々若丸の手つきは優しくて。あたたかい腕の中は、未来にわずかでも安心感を与えていた。
「ず、ずりーぜ!自分だけ楽しもうとしやがってよ…!」
文句を言うが、死々若丸に逆らうことは出来ない黒桃太郎。彼との力の差は歴然で従うしかないため、重傷の魔金太郎を引っ張り部屋から出ていった。
一方の桑原たちは、未来を助けるべくエレベーターホールまで駆けていた。
「やった!エレベーターがちょうど来るぜ!」
ただいま3階にいるというエレベーターの表示を見て、桑原が上へのボタンを押す。
チン!
4階にたどり着いたエレベーターの扉が開き、桑原、蔵馬、飛影は乗り込もうとするが…
「ゲッ!!」
思わず叫ぶ桑原。エレベーターの中は妖怪の女の子たちで満員だった。彼女らが手にする応援うちわを見れば、誰のファンかは一目瞭然である。
「ごめんなさ~い、次ので乗ってくださ~い」
妖怪の女の子のひとりが閉ボタンを押そうとするも、
「どけ!!さっさとしろ!!」
「キャー!」
「何コイツ本気で撃つ気!?」
炎殺拳の構えをとった飛影に女の子たちは度肝をぬき、一斉にエレベーターから飛び出た。飛影に焼き尽くされた是流を思い出し、あんな風になってはたまらないと逃げていく。一秒でも遅ければ、彼女たちは黒炎の餌食となっていたであろう。
飛影に内心感謝しながら、桑原と蔵馬もエレベーターに乗り込む。 蔵馬がボタンを押し、三人を乗せたエレベーターは上昇を始めた。
「……」
ふたりきりになった905号室。未来は黙ったまま身体を震わせている。
魔金太郎と黒桃太郎に突然襲われそうになり、彼らが部屋から出た今も危機的状況に置かれていることには変わらないし…一度に色々なことが起こりすぎて、思考回路がついていけなかった。
(一体どうすれば…‥)
ふ、と力がぬけた未来の身体は再びベッドに押し倒された。涙だけは静かに流れ、彼女の胸中を物語る。逃げ場はないともう諦めたのか、抵抗する気力もなかった。
そんな彼女に跨がり、上から無表情で見つめる死々若丸。す…と未来の頬に手をのばす。
静かに降り続ける雨の夜。
しんとした部屋の中で聴こえるのは、外から漏れる雨音だけ。
彼と彼女の秘め事が今、始まろうとしていた。