Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎33✴︎邪眼師飛影
只今、404号室には三人の男たちがいた。
「あー!落ち着いてられねーぜ!」
すくっと座っていたソファーから桑原が立ち上がる。
「テメーらは未来ちゃんが敵と一緒にいるってのに、なんで平然としていられんだ!?」
桑原は窓辺に足を伸ばして座っている飛影と、ソファーに腰を下ろしている蔵馬に言い放った。
「しっ!桑原くん、静かに」
「あ?」
口元に人差し指を立てた蔵馬に、桑原は怪訝な顔をする。
「今、飛影が邪眼を使っている最中なんです。千里眼には、かなり集中力がいるようですから…」
小声で話しながら、蔵馬はちらりと飛影を見やる。飛影は眼帯を外しており、現れた邪眼が怪しく光っていた。
「邪眼を使ってるって…もしかして未来ちゃんの様子を見るために?」
「だろうね。飛影は未来が危険な目にあわないか見張っているんだ」
飛影の両目は固く閉じられていて、邪眼に意識を集中させていることがうかがえる。
「飛影は寝てんのかと思ってたぜ。蔵馬、よく飛影が邪眼使ってるって気づいたな」
「予測してましたからね」
飛影は邪眼を使うだろうと、蔵馬は未来がスパイ任務を命令された段階で予見していた。それが未来と離れた状況下で、飛影にできる唯一の彼女を守る方法だったから…。
「あの飛影が人の為に邪眼を使うとはなあ」
心底意外だ、という表情の桑原。
「…本当に、前の飛影なら考えられませんね」
飛影の未来に対する気持ちが大きく育っていっていることに、蔵馬は複雑な感情を抱くのだった。
そのように飛影の心や行動はお見通しな蔵馬。だが、飛影の方は蔵馬の未来に対する気持ちには気づいていないだろう。
蔵馬は、自身と未来の事だけ考えられる飛影が羨ましくも思った。
「おい飛影!オメー未来ちゃんの為に邪眼で奴等を監視するたあ、イキなことするじゃねーか!」
飛影とは言い争いが絶えなかった桑原だが、今回の彼の行動には感動しているらしい。
「桑原くん、静かにって言ったのに…」
蔵馬が言うも、もう遅い。集中力がきれた飛影は両目を開け、桑原らの方に顔を向ける。その顔には「うるさい」と書いてある。
「飛影、未来ちゃんとはケンカしたっぽかったのに、やっぱり未来ちゃんのことほっとけねーんだな!」
お構い無しに桑原が続け、わずかに飛影の顔が動揺でこわばった。
「どーせオメーが悪いんだろ?早く謝って仲直りしろよ!」
「貴様に指図される謂れはない」
「何をぅ!?」
「桑原くん、あまり飛影を刺激するようなことを言わない方がいい」
飛影に掴みかかろうとした桑原を、蔵馬が諫める。
ザァアアァ……
とたん、勢いよく降りだした雨。
飛影はふと、雨が地面を打ちつける窓の外の光景を眺める。
意識だけは、邪眼の先にいる未来に向けながら。
「あ、雨…」
同じ頃未来も、窓の外を見て呟いていた。大粒の雨が大地を濡らしはじめている。
案内されたレストランのテーブルの未来の席は窓側で、彼女の右隣には怨爺、その隣に裏浦島が座っている。目の前には黒桃太郎で、彼の隣は魔金太郎、死々若丸という席順だ。
(裏御伽チームは和食が好きそう、っていうか似合うのになあ)
あいにくホテル最上階のレストラン街に和食の店はなく、訪れたのはまさかのフランス料理店。六人はフルコースを注文し、今は前菜を食べている最中である。
「準決勝…いや、優勝の前祝いみてーなもんだな」
未来の目の前に座る黒桃太郎が料理をほおばりながら言う。
「人間界の食い物も、けっこうイケるな」
黒桃太郎の隣にいる、口いっぱいに食べ物を入れて満足気な顔の魔金太郎。
「怨爺さんはよかったんですか?フランス料理で」
未来が隣の怨爺に尋ねる。
「よかったもなにも、フランス料理はワシの大好物じゃ」
美しいしのう、と怨爺は付け加える。
「え、そうなんですか?お年寄りはこういう料理は苦手で、和食が好きな方が多いかと思ってました」
「そ、それは偏見じゃ。まあ、ワシは和食も好きだがの。日本料理は美しい」
平然と言った怨爺だが、未来は少しばかり彼がしまった、という顔をした気がしてならなかった。
(私の考えすぎかな?でも怨爺さん、何か隠しているような…)
不可解に思う未来。
「メインディッシュが楽しみだな」
前菜を食べ終え、早くも気持ちがメインディッシュに向いている裏浦島である。
「本当のメインディッシュは、明日オレ達が倒す五人だろ」
フ、と黒桃太郎が、未来を小バカにしたように笑った。
(随分自信があるみたいだけど、浦飯チームが負けるわけないよ)
幽助たち五人の強さには絶対の信頼をおいている未来だが、黒桃太郎本人に言い返すことはしない。変に彼の気に触って、殺されても困るからだ。黒桃太郎にかかれば、未来など一瞬でお陀仏だろう。
「とても思えんな」
突然、黒桃太郎に笑われても黙っている未来を見て、バカにしたように呟いた死々若丸。
「たいしたことのない、ただの普通の人間の女だ。気弾を当てた相手をパワーアップさせたり、結界を破る能力があるとは思えんな」
「な…」
なんでいきなりそんなこと言われなきゃならないの、と言い返そうとした未来だが、口を閉じる。裏御伽チームの五人には口答えしない、と未来は決めていた。
しかし、さすがに情けなくなってきた。周りに幽助たちがいないと、敵に言い返すことも出来ない。
そんな自分に、未来は心底嫌気がさしていた。
口答えしないことは、武力のない未来にとって賢い選択なのかもしれない。
幽助たちはただ未来の無事だけを祈っていて、スパイとして行動してほしいなど微塵も思っていないだろうが…
自分の仲間は強い、勝つのだと、黒桃太郎に言わなかったことを未来は後悔した。
「そういう能力があっても、お前自身には強い妖力に対する抵抗力はないだろ?明日オレが試合に出る時は、闘技場から離れることだな」
「? 明日何をするつもりなの…?」
意図が分からない死々若丸の忠告に、首をかしげる未来。
「ほっほっほ。とにかく闘技場から出ることじゃ。死々若の雄姿が見れんのは残念だろうがのう」
怨爺が不敵に笑った頃、ところかわって404号室では。
「飛影!今、未来ちゃんと奴等は何してんだ?」
未来を心配し、早く教えろと桑原が飛影を急かしている。
「最上階で飯を食っている」
「飯ィ!? のん気な奴等だな…」
意外すぎる飛影の返答に、肩の力が抜ける桑原。
(メインディッシュはオレ達だと?ふざけるな。明日死ぬのは貴様らの方だぜ…)
黒桃太郎の発言を聞いていた飛影である。
「蔵馬、未来ちゃんに渡した植物ってどういうものなんだ?」
そういえばと、疑問に思った桑原が蔵馬に問う。未来の髪に触れた件を、あの後問い詰められた蔵馬は幽助たちにワケを話していた。
「敵だとみなした者に攻撃する、魔界の水芭蕉ですよ。水芭蕉は、未来のことは既に主人だと認識している」
蔵馬はもう一つ持っていた魔界の水芭蕉を、桑原の前に出してみせた。今はまだ発芽していない状態だ。
「コレってどんな植物なんだ?」
「樹液に触れると炎症やかぶれ、かゆみを起こす植物です」
その葉からは、かゆみの原因であるシュウ酸カルシウムを含む汁が分泌されるという。
「まあ、魔界の水芭蕉は人間界のものよりかなり毒性は強いけどね」
「そんな危険なモン未来ちゃんが持ってて大丈夫なのか?」
水芭蕉を疑うようにじろじろ見る桑原。
「発芽直後の葉間中央から、かぶれの原因である純白の仏炎庖を出していなければ大丈夫だ。未来には発芽前の水芭蕉を渡している」
「それを聞いて安心したぜ!」
蔵馬の解説を聞き、問題が解消したと桑原はどかっとソファーに座りなおした。
「……」
飛影は相変わらず窓の外を眺めていた。蔵馬はまた未来を守るために最良の行動をしているのか、と俯瞰しながら。
未来との喧嘩の原因である陣だって、彼女のために発言して左京たちに怒っていたと思い出して、チッと飛影は舌打ちする。
どうして自分が、陣に敗北感めいたものを抱かなければならないのか。実際に拳を交えれば、絶対に勝つ自信があるのに。
そんなくだらないとしか言いようのないコトにやけに思考を奪われてしまう自分のことも、彼女のため邪眼を使うという行動にでている自分のことも飛影は信じられない。
未来に嫌われようがどう思われようが、もっといえば彼女の身がどうなろうと飛影はどうでもいいはずだった。
未来に対するこの不可解な気持ちの正体を飛影は知りたかった。
知ったら、この気持ちが払拭されて、また以前の自分に戻れるような気がした。
***
レストランでは、裏御伽チームと未来がメインデュッシュを食べ終わっていた。
「あ~うまかったな。あとはデザートだけか」
たらふく食べて腹が膨れた裏浦島である。
「おいしかったあ~」
「ほっほっ。それはよかった」
満足気な未来の言葉に、孫が喜んで嬉しいおじいちゃんの図をアピールをする怨爺である。
六人はあまり会話もなく、誰かがうまいと呟く以外は無言で黙々と料理を食し、デザートまでたいらげていた。
(浦飯チームは仲良いけど、裏御伽チームはそうでもないのかな?)
口を拭きながら未来は考える。
「おい、早く次の料理持ってこいよ!」
黒桃太郎が近くの他の妖怪の客がいた机を蹴りとばし、ウェイターを急かした。 机にのっていた料理皿が床にぶちまけられる。
「も、申し訳ございません」
ウェイターは黒桃太郎に怯え、デザートを早く用意すべく厨房へ伝えに急ぐ。料理をぶちまけられた妖怪も、黒桃太郎が恐くて何も言い返せない。
(せっかちな人。まだ全然待たされてないじゃない。料理も無駄にして…もったいないよ)
未来は傍若無人な黒桃太郎の態度に、心底不快になった。
先程も未来をたいしたことがなければ殺せばいいというセリフを魔金太郎の方は吐いていたし、彼らにはまったくと言っていいほど良いイメージを持っていない。
「手伝いましょうか?」
「いいえ、お客様の手を煩わせるわけにはいきません」
片付けの手伝いを申し出た未来だが、ウェイターは丁重に断る。
「にしてもよ、本当に浦飯チームの奴等は正義の味方気取りか!って感じだよな」
そんな未来の言動を見た魔金太郎が、げふ、とゲップをして気にくわなそうに言った。
「正義…オレの最も嫌いなものだ」
死々若丸が続ける。
(正義…? 幽助たちが?)
未来の頭を巡るのは、これまで見てきた不良・幽助の姿。あまりにも正義とは不釣り合いで、プッと未来は吹き出す。
「あ? 何がおかしい」
「いや、別に…」
魔金太郎ににらまれ、まだ口元は笑ったままの未来が応える。
「でもよ、一人だけ場違いな奴がいるぜ」
ある人物を思い浮かべ、ニヤニヤ笑うのは黒桃太郎だ。
「飛影な!あいつはワルだぜ」
魔金太郎が黒桃太郎に同意する。
(飛影か…)
たしかに、皆殺し、などという恐ろしい言葉も平気で口にする飛影だ。正義とはほど遠いよなあ、と未来は思う。
「そーそー、なんであんな奴が浦飯チームにいるのか不思議だぜ」
「あいつもオレらと同じだ。ただの悪党妖怪な!」
カラカラと下品に黒桃太郎と魔金太郎は笑う。その言葉に、今まで彼らが何を言っても口答えせず黙っていた未来が眉を寄せた。
「同じ…?」
「そ。飛影もオレ達、ワル妖怪と同じよ」
当然だ、という表情の黒桃太郎。
(飛影とこの人達が、同じ…?)
目の前にいる黒桃太郎と魔金太郎を交互に見る未来。
「オレ達と同じで、自分のことしか考えられねえ飛影が浦飯チームなんて似合わねーな!」
「おい未来、テメーも飛影に売られないように気をつけろよ!」
「違う」
はっきりと、芯の通った声で未来が言った。
「あ?なんだと?」
黒桃太郎が、彼らの言葉を否定した未来を睨む。
「飛影は…あなた達とは違う」
たしかに、最初は飛影のことをとっつきにくい人だとは思っていた。
でも…
(今は飛影のいいところ、いっぱい知ってる)
飛影が自分のことしか考えられないなんて、そんなわけない。
“殺しはせん。貴様の薄汚い命で雪菜を汚したくないからな”
“これで借りは返したぞ”
“あの野郎と二人で行動していいと思ったのか?”
垂金の別荘でのことや、飛影からもらった言葉を思い返す未来。
(飛影は雪菜ちゃんのことだって、それに…私のことだって考えてくれてたよ。飛影がいない浦飯チームはありえない)
飛影は本当は優しい人なのだと、未来は知っているから。
「絶対違うから!一緒にしないで!」
きっぱりと大声で、黒桃太郎たち二人をまっすぐ見て主張した未来の手はかすかに震えている。
黒桃太郎たちが怖くないわけじゃない。だが、聞き捨てならない二人の発言を否定せずにはいられなかった。
「なんだとオラ!」
「魔金太郎、よせ」
未来の胸ぐらを掴もうとした魔金太郎を怨爺が止めた。
「ほれ、デザートが来たぞ。落ち着け」
黒桃太郎、魔金太郎をなだめる怨爺。ウェイターがデザートを持ってきていたが、ただならぬ空気に料理を渡せずにいる。
「チ、まあいいか」
立ち上がっていた黒桃太郎たちは、渋々イスに腰かける。
「ありがとうございます」
「未来も度胸があるのう。あいつらに逆らうとは」
未来が小声で礼を述べると、感心したように怨爺が言った。
「だって、私は飛影のいいところをいっぱい知ってますから」
そんな未来へちらっと死々若丸は視線をやった後、またすぐ目をそらした。
「飛影、どうかしました?」
404号室では、飛影が落ち着かない様子で邪眼をまばたきさせていた。不審に思った蔵馬が声をかけるが、飛影からの返答はない。
(あのバカ…あいつらの腹を立たせるようなことしやがって。殺されるぞ)
未来の言動に舌打ちしたくなる飛影。だが、その鼓動のスピードは普段より速い。
ここまで動揺している自分がバカみたいで、バカみたいだからこそ…
未来に対する感情の正体がわかったって、自分はその感情から逃れられないだろうと予感する。
雨音が、未来について思いを巡らす飛影と外界を遮断するように鳴り続けていた。