Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎31✴︎すれ違い
ゲームが終了し、観客席にいた妖怪たちはぞろぞろと去っていく。
「いや~ひとまず解決してよかった!ワシは霊界獣の卵を見に行ってくるぞ」
「それでは失礼します~」
コエンマとジョルジュ早乙女が闘技場から出ていった。
「もう蔵馬には、なんてお礼言ったらいいのかわかんないや…」
彼らを見送った後、最初に口を開いたのは未来だ。
「蔵馬のおかげでゲームは勝てたし、鈴駒たちも助けてくれて…ありがとう」
自分の代わりに蔵馬は鈴駒と酎の命を背負ってくれたと、未来は思っていた。
「オレも未来に礼を言いたい。未来がゲームに勝ったからこそ、オレと左京との取引は成り立ったからね」
「前に蔵馬からコツを聞いてたから勝てたんだよ!蔵馬の願いを使わすことになっちゃって、申し訳ないな。桑ちゃんも…」
ほかに叶えたい願いがあったかもしれないのに、蔵馬と桑原の願いを取り上げる形になってしまった。
「オレは別に気にしてねーぜ!未来ちゃんのおかげで桐島たちが助かったからよ、感謝してるぜ」
サンキュー、と桑原。
「オレは逆に、願いを使う口実ができてよかったかな」
「え、なんで?」
さりげなく言った蔵馬に、未来は首をかしげる。
「だって未来にオレの願いを、“未来を元の世界に戻す”にしてくれと頼まれても、断ることができますから」
「え」
(…気をつかってくれてるのかなあ)
その蔵馬の微笑みが本気なのか、冗談なのか…未来は読めない。
「蔵馬、オイラも礼を言うよ。ありがとう。絶対優勝してよ!」
鈴駒がトコトコと駆け寄ってきた。
「未来、大変だったな」
「うん、まあね」
話しかけてきた凍矢に未来は苦笑いする。
凍矢は人質を利用する大会本部のやり方が気にいらなかった。そしてそれは、彼の隣に立っている…陣も同じだ。
「結局、オレは未来になんもしてやれなかっただな~」
「そんなことない!!」
自分でもびっくりするくらいの大声で、未来は陣の言葉を否定していた。
「陣は私の為に左京や観客の妖怪たちに怒ってくれたでしょう…?すごく嬉しかった…ありがとう」
誰も正さずに受け入れていたことを、陣はちゃんと“おかしい、間違っている”と怒ってくれた。
それがどれだけ未来は嬉しかったか。救われたか。
「それに陣は、私の夢も叶えてくれたしね」
ふふ、と笑う未来。陣と空を飛ぶのは楽しかった。
「そうけ…よかっただ!」
ニッと太陽みたいな笑顔を陣は未来に向ける。そんなふたりを凍矢は目を細めて見守っていたが、
(蔵馬の光はきっと、未来なのだろうな)
爆拳と蔵馬の試合後の一件が頭を掠める。
「……」
蔵馬は黙ってふたりを見ていた。心にわきあがるモヤモヤとしたものを顔には出さずにいられるくらい、自分は冷静さを保ててはいる。
だが、陣に微笑みかける未来を見て、確かな焦燥感に駆られていた。
(…らしくないな)
そしてまた、もう到底無視できないほど大きくなってきている彼女への感情に気づかされるのだった。
「あ、幽助!おかえり!」
気を失っている酎を連れた幽助が戻ってきて、未来が声をかける。
「黒メガネたちとは何か話してきたのか」
飛影が幽助に問う。
「決勝でぜってーぶっつぶすって言ってやった。ったくアイツらふざけたマネしやがって」
幽助はまだ怒りが冷めていないようだ。
「未来~お疲れ!」
「わっ」
突然背後から何者かに抱きつかれた未来は驚く。
「ぼたん!それに螢子たちまで!オメーら来てたのかよ!」
幽助が驚きで大口を開けて叫ぶ。
「螢子ちゃんは幽助と喋っといで~」
「な、そんな必要ありませんよ!」
なんだかんだ、ぼたんに背中を押された螢子と幽助は闘技場から出ていった。
「雪菜さあん!」
相変わらず雪菜にメロメロの桑原である。
「未来さん、お久しぶりです。また会いたいと思っていました!別荘での件は、本当にありがとうございました」
雪菜が桑原に微笑んだ後、未来に駆け寄りペコリと頭を下げた。
「私も雪菜ちゃんにまた会いたかった!氷河の国から出てこれたんだね~」
未来も雪菜との再会を喜ぶ。
「はい。兄を探すために、期限つきで人間界に滞在することを許されたんです」
雪菜の言葉を聞いた瞬間、人知れずピクッと飛影の肩がわずかに反応した。
「何かてががりはないの?」
「ないんです。私は兄の顔も知らないので…」
「オレも協力しますよ、雪菜さん!」
肩を落とす雪菜に、桑原が任せてください!と自分の胸を叩く。
「それにしても、未来がゲームに参加させられてハラハラしたよ」
「ホント」
しみじみと言ったぼたんと、煙草をふかしながらうなずく静流。
「未来ちゃんっていうのよね!はじめまして!幽助の母の温子よ」
黒髪のロングヘアの女性が、未来の手をとった。
「はじめまして。って、幽助のお母さん!?めちゃくちゃ若いですね…!」
中学生の母親とは思えない外見の温子を、未来はまじまじと見つめた。
「ちょっと~おだててもこれくらいしか出ないわよ!」
そう言いながらも未来に缶ビールを押しつけ、かなり嬉しそうな温子である。
プレゼントされた?ビールをどうすればいいか分からず、とりあえず手に持っている未来を、ちょんちょんと鈴駒がつついた。
「オイラたちはもうホテルの自分たちの部屋に帰るね!」
酎を背負う陣と凍矢、鈴駒が去ろうとする。
「オレたちも部屋に帰りますか」
「そうだね。鈴駒たち、途中まで一緒に帰ろうよ」
蔵馬に同意し、未来が鈴駒たちを誘って皆でホテルを目指すこととなった。
***
ホテルにたどり着き、それぞれの部屋を目指す一同。
先頭は蔵馬と飛影、桑原、雪菜、中間に陣と凍矢、最後尾は雪菜以外の女性陣である。
ぼたんだけは、霊界獣の卵と幽助&螢子の様子が気になるらしく途中で抜けて一人で森に入っていっていた。
鈴駒と酎とも、既に彼らの部屋にたどり着いたので先程別れたところだ。
「ねえねえ、やっぱりアノ時はきゅんとしちゃったでしょ?」
温子がこそこそっと口の横に手をあてて未来に言った。
「あの時?」
「やだね~とぼけちゃって!」
ニヤニヤする温子。静流もからかうように笑いながら未来を見ている。
「あの赤い髪の彼がさ、左京とかいう人たちに怒った時!」
温子が前を歩いている陣を指差した。
「惚れちゃった?」
「か、感激はしたけど別に惚れたとかは…」
未来はぶんぶんと手を振って否定する。
「だめよ温子さん。未来ちゃんは名前の頭文字が“す”の人が好きなんだから」
「まだ言ってるんですか静流さん…。それは誤解ですって!」
予想外にまた持ち出された話題を、否定するのも疲れる未来。
「誤解なら問題ないじゃない!ちょっと、そこの赤髪の彼!」
温子が呼び止め、陣が振り向いた。
「なんだべ?」
「未来ちゃんが喉かわいちゃったらしいから、一緒に自販機まで飲み物買いに行ってあげてよ」
「えぇ!?」
展開についていけていない未来からビールを取り上げ、代わりに小銭を握らせた温子。どうやら陣と未来の仲を取り持ちたいようだ。相当酔いがまわっているのと、キューピッド的な役目をするのが嫌いではないらしい。
「? 別にいいだよ」
「じゃあヨロシクね!自販機はエレベーターのとこにあるから!」
「またね」
「皆さん、さようなら」
温子、静流、雪菜は彼女らの部屋に入っていった。
「…じゃあ陣、行く?」
今さら行かなくてもいいとも言い出しにくく、未来は陣に尋ねる。
「おい」
そんな二人を、飛影が呼び止めた。
「貴様が付き合う必要はない」
「どういう意味だべ?」
明らかに刺々しい飛影の声色と態度に、陣も少しむっとする。ちょっぴり不穏な空気に、焦って未来は口を開いた。
「あ、飛影は陣がそこまでしてくれなくていいって言いたいみたい。陣に悪いからって」
だよね?と未来は飛影の顔を覗きこむ。飛影は肯定も否定もせず、ぱっと未来から目を逸らした。
「…陣、オレたちはもう部屋に戻るか」
その場をおさめる意味もこめ、凍矢が陣に提案する。
「そうだね。やっぱり陣に付き合ってもらうのは悪いし、戻りなよ。しっかり休んで」
「そうだか?別に遠慮しなくていいっちゃよ。ま、今日は帰るだ。未来、またな」
「うん!バイバイ」
陣と凍矢が魔性使いチームの部屋に帰っていくと、廊下には桑原、蔵馬、未来、飛影の4人が取り残された。
「未来ちゃん喉かわいてんだろ?オレと蔵馬は先に部屋に戻ってるから、飛影と一緒に自販機で買ってきたらいいぜ」
「…そうですね。じゃあオレたちは先に帰ってます」
蔵馬の去り際、飛影は彼と目が合う。…また自分の内面を見透かされたような気がした。
「ん~まあとりあえず、行こうか飛影」
お金は後で温子さんに返した方がいいよね…と呟きながら、未来は歩きだした。
「飛影、なんで陣にあんなこと言ったの?」
陣にはああ言ったが、飛影が陣に気を使ったわけではないことは未来もわかっていた。
しばらく黙る飛影。彼だって、理由がよく分かっていないのだ。しかし、口から出た言葉は…
「貴様こそ、あの野郎と二人で行動していいと思ったのか?」
「? なんでダメだっていうの?」
自販機の前に着き、未来が小銭を投入した。ピッと目当ての飲み物のボタンを押す。
「貴様はつくづくバカだぜ。敵をすぐ信用して奴の思うツボだな。あのまま売りに出されてたかもしれんぞ」
ぴし、とその場の空気が凍りついた。ガラガラとペットボトルが出てくる無機質な音だけが響く。
「それ、本気で言ってるの?陣はそんなことしないよ」
「バカが。少しは足りない頭で考えたらどうだ。さっき会ったばかりの妖怪の何が分かる?」
「分かるよ!」
「貴様の意見など当てにならん」
反論した未来だったが、バッサリと飛影に言い捨てられる。二人の間に険悪なムードが立ち込め、しばし沈黙が流れる。
「フン。少しは足りない頭で考えたらどうだ」
たたみかけられた暴言に、さすがの未来もムッとした。
「……私は陣を信用してるもん」
小さいが、はっきりとした声で未来が呟く。
「なんでそんなふうに言うの?疑うの?…飛影のそういうとこ、悲しいよ」
怒りのまま告げると、未来は飛影から目線をはずし一人で部屋に向かって歩き始める。
未来が立ち去ってからも、飛影はしばらく自販機の前で立ったままだった。近くに妖怪の気は感じないから、彼女は無事に部屋に戻れたはずだ。
「……」
もう、自分を振り回す感情の正体が、何がなんだか分からなかった。
何もかも気にいらない。
陣をかばう未来も、その隣で笑っていた陣も、見透かしたような目を向ける蔵馬も…
すべてが飛影を苛つかせる。
(オレは未来が嫌いだ)
そうとしか思えない。だって、すべての感情の原因は彼女なのだから。
それなのに。
“飛影だって、自分以外の人のために行動したじゃない。理解できないはずないよ”
“飛影が初めて私の名前呼んでくれたのが嬉しいの”
“飛影…ありがとう…”
ふとした時に頭に彼女の笑顔がちらつくし、彼女から受けた言葉を思い出してしまう自分がいる。まるで宝物のように。
未来に他の男が触れたらどうしようもなく不快になるし、誰にでも無防備に笑顔を向ける未来も気にくわない。
わけが分からなかった。
未来も気にいらなかったが、そんな感情にとらわれている自分に一番腹がたった。
どんな技だって…黒龍波さえも極める自信はあるのに、今まで未経験だった初めてのこの感情だけは手におえそうもない。
今だってそうだ。何も本気で飛影は陣が未来を売りに出すかもしれないなど考えていたわけではない。
ただ、陣と未来が二人で行動することが嫌だった。また未来は陣に笑いかけて、陣もそれに応えるだろうから。
開いてしまった彼女との距離、そしてどう足掻いても消えてはくれない感情に、飛影はなすすべもなく立ち尽くすのだった。