Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎30✴︎左京のゲーム
「チ…ふざけた野郎だ」
ただでさえ先程から機嫌が悪かった飛影が舌打ちする。
(左京…何を考えている?)
蔵馬も突然の左京の提案に、眉をひそめる。
「ゲームをする、だとォ…!?そんなもん未来がやる必要ねーよ!」
「敵にスパイなんかおくんなくてもオレたちは勝てるぜ!」
幽助と桑原が大声で左京に噛みついた。
「桑原くん…君には特に仲のよいお友達が三人いたね」
左京が意味ありげに笑って言った。友人の話を持ち出され、嫌な予感がした桑原の顔色が変わる。
「もしかして、桐島くんたちのこと…?」
「未来もアイツらに会ってたのか」
「うん。桑ちゃんとメガリカのCD買った時に」
幽助にうなずく未来。嫌な予感がしているのは、桑原だけでなく二人も同じだった。
「未来さんがゲームに勝った場合は、浦飯チームの準決勝での対戦相手チームに事前に潜入する権利を彼女に与えると言ったね。だが負けた場合もそれなりの代償を払ってもらう」
左京の次の言葉に緊張し、未来は生唾を飲み込む。
「賭けるものは桐島くん、大久保くん、沢村くん…この三人の命だ」
「なっ…!」
騒然とする浦飯チームの一同。
「ゲームの参加を断った場合、負けた場合はその瞬間に三人に使い魔が送られる」
さらりと恐ろしいことを左京は述べると、次いで彼は蔵馬に語りかける。
「この発想は蔵馬くん。君と呂屠との試合から思いつかせてもらったよ。今回は母親が人質でないだけましだろう?」
そう言った左京を、ひどく気分が悪くなった蔵馬はギリ、と睨みつけた。
「くそっ…」
この島から皿屋敷市まではかなりの距離がある。仲間を助けることもできず、悔しさに拳を握る桑原。あまりに強く握ったため、爪により掌から血がにじみ出ていた。
「桑ちゃん、ごめん…」
「未来ちゃんのせいじゃねーよ」
自分のせいで桑原や彼の大切な友人を巻き込んでしまい、未来は申し訳なくてたまらなかった。
「胸くそ悪くなってくるだ!オメーら本部はどんだけ汚ねェ手使えば気がすむんだべ!?」
陣が抑えきれない怒りを隠そうともせず叫ぶ。大会本部の未来の扱い方、卑怯なやり方…何もかも陣には許せなかった。
「君と浦飯くんの試合を引き分けにしたり、飛影くんたちを閉じ込めたのはすべて君のチームのオーナー、豚尻が仕組んだことだよ。彼にはもう死んでもらった」
自分は豚尻とは違う。美学まで失ったつもりはない。
そう左京は主張する。
「ただ、より観客や自分が楽しむために、未来さんにも戦ってほしいだけだ。三人を人質にしたことは、そのための手段にすぎない」
幾度も自分の命を賭けの対象にしたことのある左京には、三人の命を賭けさせることなどに何の躊躇もなかった。
「おい、勝手に話を進めてやがるがな」
左京に向かって口を開いたのは飛影だ。
「未来には戦いなど無理だ。代わりにオレがやってやる」
「私はあくまでも未来さんに戦ってほしいんだ。それに戦闘力のない彼女に配慮して、暴力的要素はないゲームをこれから提案するつもりだ」
飛影や他のメンバーが戦っても意味はない。どんな形であれ、左京は未来が戦うことを望んでいるのだ。
「フフフ…まあひとまず対戦相手に登場してもらおうか」
左京が合図すると、闘技場の選手入場の門から一つの小さな影が見えた。
「り、鈴駒!」
思いがけない対戦相手の姿に、未来はそれ以上言葉が出なかった。
「未来、ごめん。酎を人質にとられて…オイラが負けたら、酎をオイラに殺させるっていうんだ」
鈴駒が悔しさに唇をかみ、下を向きながらこたえた。
「戸愚呂が殺してもいいけど、オイラに殺させた方が面白いんだって…。酎を殺すことをためらうような素振りをみせたら、オイラも酎も二人共殺すって言われてる」
「そんな…」
勝っても地獄。負けても地獄。
酎と桐島たち三人の命を天秤にかけることなど、未来はできなかった。
「…これが左京の狙いか」
左京は勝つことも負けることも選べない未来の苦しむ姿を見るのが目的なのだと悟り、蔵馬が呟く。
「どうすんだよ、未来ー!」
「鈴駒も酎もザマーみやがれ!」
「面白くなってきたぜ!」
観客たちはナイス左京!と騒ぎはじめる。
「コエンマ様、どうすればいいんでしょうか…!」
「うーむ…」
右往左往するジョルジュ早乙女と、頭を抱えるコエンマであるが何も案は浮かばない。
(あれは戸愚呂!と、もう一人は誰だ?)
モニター画面に映っている、漆黒のロングヘアーをなびかせた見知らぬ男の姿を蔵馬はとらえる。
薄ら笑いを浮かべる左京の背後にはいつの間にか戸愚呂兄弟と…先で蔵馬を苦しめる相手となる男・鴉がゲームの観賞に来ていた。
「未来さん、鈴駒くん。君たちには知力を使って戦ってもらおうと思う。対戦方法はオセロだ。白黒つけるには最も最適なゲームだろう?」
「オセロ!?」
皆が声をそろえて驚くと同時、円闘技場の真ん中にオセロのボードが備え付けられたテーブルが現れた。
「オセロって…オレと蔵馬と未来ちゃんで、六遊怪戦前夜にやったよな」
「明け方まで付き合わされましたよ」
桑原が数日前のことを思い返した。おかげで寝不足だった蔵馬である。
「オセロなら、蔵馬にこの前コツを聞いたよな…」
ラッキー!と叫びたいところの桑原だが、そうも喜べない。
「…でも、私が勝ったら鈴駒と酎が…だけど私が負けたら桐島くんたちが…」
どうすればいいのか分からない未来。
「未来、お願い、オイラに勝たせてよ!その三人と未来は別に友達でもないんでしょ…?」
藁にもすがる思いで言った鈴駒。鈴駒は本音をいえば見知らぬ三人より酎の命の方が大事だった。
「おい、言っていいこととワリーことがあんぞ」
「よせ浦飯」
拳を握って鈴駒にくってかかった幽助をとめたのは、意外にも桑原だった。友人が人質にとられ苦しんでいる彼には、鈴駒の気持ちがよく分かった。
「くっそ~どうすりゃいいんだ!」
『それでは未来vs鈴駒。ゲームを始めてください!』
幽助がじたんだを踏む中、急かすようにスピーカーから本部によるアナウンスが流れた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
もうゲームが始まってしまう。未来の頭は真っ白になった。
「未来」
そんな未来を落ちつかせるように、彼女の肩に手が置かれる。
「…蔵馬……私、どうすれば…」
未来は肩に手を置く蔵馬へ、すがるように尋ねた。
「鈴駒は本気で勝ちにくるだろう。だが、オレは未来に勝利してほしい」
キッパリと言い切った蔵馬に未来は目を見開く。
「でも!」
「大丈夫。全員が助かる方法を、オレは考えているから…。未来は余計なことは考えず、とにかく勝つことだけに集中してくれ」
蔵馬の言葉には、嘘偽りもないように感じた。
「…蔵馬は何か策があるんだよね」
「ああ」
向かい合い、目と目を合わした二人。未来はしばらく黙っていたが…
「わかった。勝ってみせるよ」
蔵馬だから、未来は信じることができた。
「お願いします。オセロには大人も子供も関係ない。読みの深さを競うゲームだからね。最後までどちらが勝つか分からないから、気を抜かない方がいい」
未来は蔵馬の言葉にうなずくと、リングに上がっていった。
「蔵馬が全員が助かる方法があるとか言ってたみたいだけど、オイラはやっぱり簡単に信じられないよ…。蔵馬がただ単に、酎よりあの三人を助けたくて言ったのかもしれない」
鈴駒と未来はイスに座り、オセロボードを間に向かい合う。安易に信用して、酎が殺される事態になることは鈴駒は避けたかった。
「……鈴駒、私も負けたくない。桑ちゃんの友達を見殺しにするようなことできない。だから、鈴駒も本気でやってかまわないよ。お互い全力で勝負しよう」
真剣に未来が鈴駒へ告げる。鈴駒にこんなことを言うのはつらかった。
「……うん」
鈴駒も未来との戦いなんて、望んでいないのに。
コイントスで先鋒の黒は未来、白は鈴駒となり…大会本部に踊らされた二人のゲームが始まった。
皆、固唾を飲んでゲームを見守る。これまでの戦いとはまた違った緊張感がそこにあった。
未来は六遊怪戦前夜に蔵馬からきいたコツを思い出しながら黒石を置いていく。
・・・・
「蔵馬~なんでそんなに強いの!?コツを教えて!」
「コツといっても特にないな…。まあ、あえて言うなら…」
「あえて言うなら!?」
どうしても蔵馬に勝ちたい桑原が、身を乗り出して尋ねる。
「教えて!蔵馬先生!」
未来も桑原と同様だ。そんな二人の勢いに若干気押される蔵馬であるが、
「オセロは単純なルールですが、ゲーム性はけっこう奥深いんですよ。“A minute to learn, a life time to master”と言われています」
どや顔で応える。
「なんだそのミネッツなんとか~ってのは」
蔵馬の口から出た英文の意味がさっぱりで、首をかしげる桑原。
「覚えるのに一分、極めるのに一生、という意味ですよ」
「一生!?」
あまりの長さに未来は舌を巻く。
「多くの定石を覚えて実戦を重ねるなどして、極めれば極めるほど強くなれますよ。オセロに偶然の要素はないからね。二人零和有限確定完全情報ゲームの一種ですし…」
「ふ、ふたりぜろわ…?」
「蔵馬、日本語しゃべってくれ!」
ハテナマークを浮かべる未来と桑原である。
「偶然に左右されない、読みの深さを競うゲームだということです。まあとにかく、コツを教えますね」
・・・・
(オセロは運や偶然で決まらない。私の一手一手が大事なんだ)
蔵馬との会話を思いおこし、未来は慎重に黒石を置いていった。
(まず、最初は少なめにとる。このボードは8×8だから大丈夫だよね)
蔵馬によれば、6×6のオセロボードでは後手必勝法が既に編み出されているらしい。そして序盤は少なめにとることが、初心者がより勝ちやすい戦法だという。
・・・・
「なんで!?いっぱい取った方がいいと思うのに」
「最初にたくさん取ってしまうと、後から相手の石を挟みこんで自分の石を置ける場所が少なくなってしまうんですよ」
オセロにパスは存在するが、自分の石が置ける場所がある場合は必ず置かなければならない。つまり、置きたくない所に置かざるをえなくなる可能性が高くなるのだ。
・・・・
蔵馬の言葉を振り返る未来。
(最初は鈴駒の出方を伺って…後から攻めていこう)
着実に勝利に近づいていっていた。段々と盤上に石が埋まっていき、ゲームも後半戦に突入する。
(よし、ここでの心得は…)
・・・・
「馬定石、虎定石などオセロには色々な定石があるんですが、いきなり言われても覚えられませんよね…。基本的には、角をとれば強い、ということは知ってますよね」
「うん!挟みこめない角は置いちゃえば絶対に色が変わらないから、 狙い所なんだよね」
「なるほどな~」
さすがにそれは知っていた未来と、初耳らしい桑原。
「角をとるためには、相手に打たせる場所…言い換えれば自分は絶対に打ってはいけない場所があります」
角周りの3マス、特に対角線上に角の目の前にある1マス。蔵馬いわく、これらが打つべきでないマス目である。
「まあその1マスだけでなく、角に近い対角線上のマス目は打たない方がいいですね」
いかに相手にその場所を打たせるかがポイントだ、と蔵馬は言う。
・・・・
(私は角周りの3マスのさらに周りの5マス…いや、対角線上のマスはだめだから、それを除く4マスを打つようにしよう)
賢そうな鈴駒はそれなりに手強かったが、未来は4個中3個の角を手に入れることができた。
しかし、角を取れた=勝ちではない。一時も未来は気を抜けないままゲームは進み…
ついに、すべてのマス目が黒と白で埋めつくされた。
「ゲーム終了だな。審判、それぞれの石の数を数えてくれ」
「は、はい」
左京に指示された小兎が、盤上に並べられた黒と白、それぞれの数を調べはじめた。
「どっちが勝ったんだ…!?」
幽助たちや観客たちの視線は石を数える小兎に集中する。
「数え終わりました!黒37対白27で、未来選手の勝利です!」
「か…勝てた…」
緊張から解放され、頭を使った疲労がどっと未来に押し寄せる。
「未来さん、おめでとう。では負けた鈴駒選手にはお仲間を殺してもらおうか」
そう言ったモニター画面の左京の背後に、捕らえられ意識を失っている酎が連れてこられているのが見えた。
「そんなの、死んでもできるか!オイラも殺された方がましだよ!」
鈴駒は左京の命令を拒否する。
「じゃあお言葉通り、二人共死んでもらおう」
「待て左京」
左京に話しかけたのは浦飯チームのブレーン、蔵馬だ。
「優勝者には何でも願いを叶える権利が与えられるな。オレの願いをあらかじめ言っておく」
淡々と語る蔵馬に、左京も興味深そうに耳を傾ける。
「優勝した際のオレの望みは、鈴駒と酎、二人の生存だ。オレが試合中に死ぬか、浦飯チームの優勝が消えた時点まで、二人を殺すことは許さない」
明らかになった蔵馬の策。
遠くにいて未来が負けた瞬間使い魔が送られる桐島たちとは違い、酎は鈴駒が殺すよう指示されている。試合後すぐに酎が殺されることはないだろうと見込み、蔵馬は未来に勝つよう頼んだのだ。
「なるほどね…分かった。君が死ぬまで二人を殺すのは先のばしにしておくよ。浦飯くん、気を失っている彼をここ、VIPルームまで迎えに来てくれ」
左京が顎で酎をしゃくる。幽助は酎を助けるべく、闘技場から走って出ていった。
「なんだよ、まだ優勝してねーのに!」
「そんなのアリかよ!」
「今すぐ酎を殺しちまえよ!」
「まあまあ、皆さん静かに」
大きなブーイングが起こるが、まあまあと左京が静める。
「蔵馬くんは二人分の命を背負うことになったんだ。相当なプレッシャーのはずだよ」
これも左京のカリスマ性が成せる業か。先ほどまで騒いでいた妖怪たちも、ピタリと静まりかえって彼の話に耳を傾ける。
「そんな彼がどう戦っていくのか、負けそうになった時どんな顔をするのか…見てみたいとは思わないかい?」
「まあ、確かになァ…」
「どうせ酎たちは蔵馬が負けた時殺されるしな」
「楽しみが延びたと思えばいいか」
妖怪たちも常に冷静沈着な蔵馬が取り乱すところは見てみたいという気持ちがあったため、文句は言わなくなった。
(これでひとまず一件落着か…?)
蔵馬は左京が自分の要求をのむであろうと予想がついていた。勝つことも負けることも選べず、苦しむ未来を見るのを好んだ左京の嗜好を考えての要求だった。
「待て!オレの願いも蔵馬と同じにする!蔵馬一人に抱えこませてられねーよ」
桑原が左京に向かって名乗りをあげる。
「…分かった。君の要求も飲もう。それと未来さん、明日獄界六凶チームと裏御伽チームの試合がある」
浦飯チームの次なる対戦相手、すなわち未来が潜入するチームが決まる重要な試合だ。
「勝った方のチームに君には潜入してもらうから、必ず明日の試合を見に来るように。拒否した場合は桑原くんの友人三人がどうなるかは分かるね?」
まるで幼い子供に語りかけるように、左京は未来に言った。
「…おっと早いね。浦飯くんの到着だ。ではまた」
ちらりと幽助の姿が映った後、モニター画面はプツリと消えた。