Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎29✴︎風使い陣
「うおぉおぉ!」
果敢に吏将へ向かって走る桑原。
(チクショー先にいくぜ…くたばる前に…もう一度だけ…)
死を覚悟した彼が思ったのは、想いを寄せるあの人。
「ばかな…どこにあんな力が」
「奴め、本当に死ぬ気か」
「やだ、死んじゃやだよ!」
「桑原ァア!!」
蔵馬、飛影、未来、幽助が息を飲んだその時。
「和真さん!!」
桑原の耳に、天使の一声が届けられる。
「雪菜さん!!」
観客席に発見した想い人の姿に、桑原は目を輝かせる。
「貴様どこを見ている!」
よそ見をしている桑原に、対戦相手の吏将は拳を振るったが。
「てめーはどいてろ!!!」
桑原の鉄拳により、吏将は遥か彼方の観客席上部へふっとばされた。
「雪菜さんっっ!!来てくれたんスか!!」
「和真さん大丈夫ですかー?」
「ワハハハ全っ然平気ですよ!!」
吏将を完全無視して会話する雪菜と桑原である。
「な…なんなんだあいつは…」
幽助は感心を通り越して呆れている。
「あはっあははは桑ちゃん最高ーー!!」
たまらず未来は堰をきったように豪快に笑いはじめた。
「桑ちゃんには私の聖光気なんかなくても、雪菜ちゃんがいるだけでパワーアップできちゃうみたいだね」
「だ、そうですよ。飛影」
雪菜の兄である飛影へ、からかい口調で蔵馬が言う。
「愛の力ですね~」
不意うちのジョルジュ早乙女の発言が飛影の顔をさらにしかめさせたのは、言うまでもない。
「…10!勝者桑原!」
「バ…カ…な…」
小兎に場外10カウントをとられた吏将は、まさかの敗北に精神的にも大打撃を受けたようである。
『浦飯チーム準決勝進出決定!準決勝に向けての連絡事項があるので、浦飯チームの皆さんと観客席の方々はまだ残っていて下さい』
スピーカーから本部によるアナウンスが流れた。
「なんだろ、連絡事項って…」
首をかしげる未来。
「次の対戦相手とか、試合日の連絡とかじゃねーの?」
戦いの疲労から、幽助はふあ、とあくびをかく。
瑠架は自分の役目は終わったと、飛影に殺される前に結界を解き一目散にどこかへ去っていった。
「凍矢ー!」
闘技場の隅では、幽助にふっとばされていた陣がいつの間にか地上に降り、まだしんどそうにしている凍矢に駆けていく。
「行ってやれよ」
未来の気持ちを察した幽助は、ニッと笑うと陣と凍矢がいる方向を顎でしゃくった。
「…うん」
幽助にうなずいた未来が、二人の元へ駆け寄る。
「未来!」
「陣、凍矢。私、妖力を回復させることならできるから…」
聖光気弾を受けた二人は、みるみる妖力が回復していった。
「すっげ~!未来はこんなことできるのか?サンキューな!」
「陣の能力に比べたら、大したことないよ」
「未来、すまない。ありがとう。どうして敵であるオレたちに?」
「私をこの闘技場まで連れてきてくれたお礼、かな!それに、もう試合は終わったんだから敵じゃないよ」
不可解そうに尋ねた凍矢に、未来はニコッと笑って言った。
「陣!オメーは強えよ。また戦おうな」
「あ、みんなも来たの?」
幽助の声に振り向けば、未来はこちらへ歩いてきた仲間たちの姿をとらえる。
桑原だけは、観客席の雪菜の元へ駆け寄り話し込んでいる様子だ。
「オレももう一度戦いてえ。今度はリベンジするべ!」
「望むところだ!」
既に友情が芽生えている陣と幽助である。ニッと笑っていた陣だったが、未来と目が合うとため息をついた。
「あ~あ、でも未来にカッコ悪いところ見せちまっただな~」
「カッコ悪くなんてなかった!すごくかっこよかったよ。二人の試合は、今まで見てきた戦いと違って見ててワクワクしたっていうか…面白かった」
幽助に負けた陣が耳をしょげて呟いたが、率直で素直な感想を未来が述べた。
「陣の風を使った戦法は楽しかったし、二人共とってもキラキラした顔で戦ってるんだもん」
今までの戦いは“殺しあい”というイメージがつきまとっていた未来だが、幽助と陣の戦いはいい意味で安心して観戦できた。
陣の強さに幽助が負けそうでハラハラしたことはたくさんあったが、楽しげに戦う陣の人柄や、“風使い”という能力に未来は惹かれた。
(恐ろしくてたまらなかった暗黒武術会だけど、こんな出会いもあるなんて…)
酎と鈴駒しかり、素敵な出会いもあってよかったと未来は嬉しくなる。
「そっか。未来が楽しんでくれたならよかったっちゃ!」
陣の耳はピンと立ち、未来に笑顔を向けた。
「でも次は絶対オレが勝つだよ」
「いや、オレが勝つ!」
すかさず言った幽助に、未来はくすくす笑う。
「未来はオレたちのチームとの試合中、忙しそうだったべな」
笑う未来を見て、しみじみと言った陣。
「何言ってんだ陣。コイツ暇そうだったぜ」
「幽助、それなんか失礼!みんなの応援で忙しかったよ!」
「オレが言ってんのはその意味の忙しいじゃねーべ。あー!」
唐突に陣が思い出したように叫んだ。
「そうだ未来!オメにしてやりたいことがあったんだべ。ほんとは優勝した後にと思ってたんだけどな」
「え…」
未来だけでなく、周りの者たちもなんだなんだと陣のこれからの発言に注目する。
飛影はといえば、ふざけたマネをしやがったら殺すという物騒な目をしていた。
「オメ、空を飛び回るのが夢だって言ってたべ?オレがその夢叶えてやるっちゃ!」
そう言うと、ひょいと未来を横抱きにした陣。俗にいうお姫さま抱っこである。
「えええ!?ちょ、何するの!?」
未来は予想外の陣の行動に、顔を真っ赤にしてバタバタと暴れる。
「なっ 陣、オメー…」
「おい未来に何する…」
「貴様っ…」
「行っくべ~!」
幽助、蔵馬、飛影が同時にごちゃごちゃ言っているのを気にもとめず、陣は空へと急上昇した。
「きゃあああ!」
未来は陣にしがみつくしかなかった。
「じ、陣選手が未来さんを連れて空へと消えてしまいました!一体どうしたのでしょうか!?」
試合中でないにもかかわらず、一部始終を見ていた小兎が実況する。
「なんだ陣、優勝してねーのに商品だけ持ち逃げか!?」
「ずりーぜ!」
「優勝商品連れてトンズラかよ…」
突然の急展開に観客席の妖怪たちもざわつく。
「陣のヤロー、何考えてんだ?なあ蔵馬、飛影…」
二人に尋ねた幽助はびくっとたじろいだ。どす黒いオーラを放つ蔵馬と、凄まじい殺気に包まれた飛影がいたからだ。陣の行動は大いに彼らの怒りを買ったようである。
「お…恐れていた事態が現実のものとなってしまった…」
「どうしましょうコエンマ様ーー!」
ガク、と地面に膝と手をついたコエンマに続き、ジョルジュ早乙女が悲壮感たっぷりに叫ぶ。
「未来が妖怪に連れ去られてしまった…!だから早く霊界へ行こうと言ったのに…!」
霊界の統治者としての責任を感じ、コエンマが顔を臥せて悔しがる。
「おいおい、何が起こってんだ?」
ただならぬ事態に、桑原が雪菜との会話を中断し歩いてきた。覆面を除いた仲間たち全員がこの事態に少なからず動揺している。
「お前らがボケ~としておるからこんなことになるのだ!早く未来を追いかけねば…」
「その必要はないだろう」
焦るコエンマに平然と述べたのは凍矢だ。
「陣はじきに戻ってくる」
「オレもそうだと思うぜ」
凍矢に幽助が同意した。陣の行動には驚かされた幽助だが、別に問題はないと考えているようだ。
「なぜそう言える!?未来は優勝商品なんだぞ…売りに行ったのかもしれん。戻ってきた時には未来はいないかもしれんぞ!」
「コエンマ、まあ落ち着けよ。陣はそんなことするよーなタマじゃねーぜ」
試合を通して陣の人となりを知った幽助は、自信を持ってそう言い張ることができた。
「幽助の言うことも事実だが…‥陣が未来を売りに出さない決定的な理由がある」
凍矢はそこで一呼吸おく。
「陣は未来が暗黒武術会の優勝商品であることを知らない」
ところかわって、上空。
「ちょっと陣!何するのー!」
あたふたする未来を見、陣は一旦空中で静止した。
「前はマントん中入ってて、風を感じにくかったべ?未来にこの風を知ってほしかったんだっちゃ」
「風…」
何の障害もなく、未来の頬を暖かい風がくすぐる。
「あったかくて…気持ちいい」
陣みたい、と思ったが未来は口には出さなかった。
「だろ!?」
陣は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「でも、やっぱり空の上は怖いよ」
「怖いっつーんは、こういうことを言うんだべ」
陣は未来を抱き抱えていた腕を離してしまった。
「きゃっ」
その代わり、風を操って未来の体を空中に浮かせる。
「怖い怖い怖いー!やめてよ!」
「ははっ 面白れえなオメー」
怖がる未来を面白がり、眺める陣。
「ちょっと…っ!」
そんな陣に怒りがわいた未来は、声色が変わり顔をしかめる。
「おっ 恐えのはオメーの方だべ」
ニヤニヤ笑いながら陣はまた未来の体を抱き上げた。
「し、心臓止まるかと思った…」
すがるように未来は陣の肩をつかむ。思わずしてしまった自分の行動に、未来は顔を赤らめた。
(この状況も…心臓に悪い…)
お姫さま抱っこなんかされて、どきどきしない女の子がいないわけがない。
「な?もう怖くねーべ」
「うん…なんか悔しいけど」
しっかりと支えてくれている陣の腕があれば、空中でも恐怖はない。素直になりきらない未来の返答に、陣はハハッと笑う。
「じゃあ飛び回ってみっか!」
そう言うと陣は高速で空を飛び回りはじめる。
「きゃー!」
未来はもう怖がってはいなくて、ただ空をかけめぐるのが楽しかった。飛び回るとより風の心地よさを感じることができて、空の上から眺める海はいつもより輝きを増して見えた。
「は~ ジェットコースターみたいで楽しかった!」
しばらくの空中遊泳の後、未来は陣に満面の笑みを向ける。
「オレも楽しかっただ!もう戻った方がいいべな」
陣は闘技場へと飛びはじめる。
「そういやあ未来、オメー補欠でもねーよな?なんで浦飯チームと一緒にいるんだべ?」
観客席ではなく、闘技場で試合を見守っていた未来を陣は疑問に思っていた。
「あれ、陣知らなかったっけ…」
未来は凍矢と出会った時の画魔のセリフを思い出した。
“1回戦を見に行っていない陣とお前は知らなかったな”
「私さ、異世界から来たっていうんで優勝商品になっちゃってるの。だから幽助たちが守ってくれてるんだよ」
未来の言葉を聞いた瞬間、陣の周りの空気が一変した。途端、険しい顔をする彼。
「陣…?」
「オメが優勝商品の“ナガセミライ”なのけ?」
未来はそんな陣に若干の恐怖を感じながらもうなずいた。
(陣がまとう風の雰囲気が変わった…‥)
陣は優勝商品の人間なんて嫌だったのだろうか。軽蔑されたのだろうか。
黙ったまま闘技場の方向へ進む陣に、未来は何も訊くことができなかった。
「あ、戻ってきた!」
闘技場へと舞い降りた二人の姿に、幽助が叫ぶ。
「陣?」
行きと違って何か思いつめたような、怒ったような陣の表情を幽助は不審に思う。
幽助だけでなく、ほかの者たちも同様に陣の様子を訝しがる。陣をぶん殴るつもりでいた飛影も、すっかりその勢いをそがれてしまっている。
「未来さん、お帰り。闘技場へ来てくれてありがとう。ゲームの参加に同意してくれたということかな」
闘技場に備えつけられていた大画面のモニターに、スーツを着た長髪の男が現れた。
「あ、あの人!戸愚呂チームのオーナーの…!」
部屋のテレビ画面で、不穏なゲームの開催と人質を匂わせて、未来へ語りかけてきた人物だ。
「あいつが!?」
「じゃあ未来を脅迫したのは…」
「うん、あの人だよ」
幽助と蔵馬に、神妙な顔で未来がうなずく。動揺する浦飯チームの様子に、左京がクッと低く笑った。
「いかにも、私は戸愚呂チームのオーナー・左京だ。未来さんが戻ってきたところで、準決勝へ向けての連絡事項を伝えたいと思う」
「おい!オメが大会本部の人間の一人か!?」
「まあ、第一人者といったところだね」
突然左京へ話しかけた陣に、皆の注目が集まる。
「未来を優勝商品にしたのもオメーらか」
落ち着いた口調ながらも怒りのオーラを放つ陣に圧倒され会場中がしんとし、辺りはまさに嵐の前の静けさだった。
「オレは、優勝商品が異世界から来た人間だって聞いて…オレたちとは全然違う、なんか…モノみたいなものを想像してたべ。でも、違っただ」
陣の気迫に押され、声も出せない未来はひきつけられたように彼を見つめていた。
「オレが見た未来は笑ったり、泣いたり、怒ったり…ただの一人の女の子だったべ」
未来が忙しそうだった、と言った陣。それは、試合中ころころ表情を変える未来のこと。
「その未来を優勝商品にしてモノみたいに扱うオメーらも、それを傍観して楽しんでる奴らも、皆おかしいだよ…!どうかしてるだ」
陣はモニター画面の左京、VIP席にいる本部の者、観客席の妖怪たちを睨みつける。オーナーや妖怪たちは陣に脅え、逃げることはおろか何か言葉をつむぐこともできない。
「陣…」
船の上や試合中に、好奇の目を向ける妖怪たちの視線が未来は嫌だった。未来が優勝商品にされた……誰もが当たり前のように受け入れていたことを、陣はちゃんと怒ってくれたのだ。
「ありがとう」
じんと胸があたたかいもので満たされて、涙としてこぼれ落ちそうになる。陣が怒ってくれたことが、未来はたまらなく嬉しかった。
幽助らも何も口を挟まず、ただ陣を見つめている。
「……君の主張はよく分かったよ。未来さんを優勝商品にすることが人権的に問題があるというならば…私がこれから提案することは、とても彼女に配慮した行動だと思う」
「なにィ…!?」
一体何を言い出すのかと、左京を睨む陣の顔が険しさを増す。
「未来さん、優勝商品の君は誰よりも浦飯チームの優勝を望んでいるだろう?だが君はただ試合を見守ることしかできない…君もチームの勝利に貢献したいとは思わないかい?」
「何が言いたいの…?」
未来、そして飛影、蔵馬も眉を寄せる。
「君には今からあるゲームをやってもらう。そのゲームに君が勝てば浦飯チームの準決勝での対戦相手である…まだ決まっていないがね。獄界六凶か裏御伽チームへスパイとして潜入する権利を君に与える」
準決勝へ向けての連絡事項は、皆の予想をはるかに裏切るものだった。