Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎26✴︎光
「やったぜーまず一匹ィ!」
「残りの奴らもぶっ殺しちまえー!」
蔵馬の死を確信し、盛り上がる会場。
「蔵馬…嘘…」
目の前が真っ暗になった未来は蔵馬だけを見つめ、座り込んでいた体を無意識に立ち上がらせる。
おそるおそる小兎が蔵馬に近寄り、その生死を確かめに行った。
「く、蔵馬選手生きています!かろうじて…立っているのが精一杯の状態で…!」
かすかな蔵馬の息を確認した小兎が、会場中へ大声で述べる。
「よっしゃ実況!交代だ!後はオレがやるぜ!」
控えていた幽助がガッツポーズして宣言する。
(蔵馬…よかった…)
未来がほっとしたのも束の間だった。
「おっと、そいつはできねえな…」
ぬっとリング上に現れたのは魔性使いチーム側の大男、爆拳だ。
「こいつはまだ立ってるじゃねえか!さあ次はこの爆拳様が相手だぜ」
「バカ野郎交代だ!蔵馬はもう戦えねえだろ!」
「こ、交代を認めます!」
幽助の主張に応えた小兎だったが、
『大会本部より命令です!交代は認めません!蔵馬vs爆拳、始め!』
スピーカーから非情なアナウンスが流れる。
「イエーイそうこなくちゃな!」
「ナイスだぜ本部!」
観客席は過去最高の盛り上がりをみせていた。
“このままでは蔵馬が殺される。”
未来の背筋は冷水が這ったように凍りついた。
「そんな…だめ!!やだやだ、やめて!!」
パニック状態となり、テントから飛び出さんとする未来。
「未来!」
飛影がそんな彼女の腕をつかみ、テントから出るのを防ぐ。
「あなた死にたいの?おとなしくしていてくださいませ」
未来を小バカにしたように笑った瑠架を、飛影はギリ、と睨み付けた。
「お前は審判失格だとよ」
「ハニャー!」
爆拳は小兎の首根っこを掴むとリングからポイッと放り投げた。
「オラオラァ!」
独壇場となったリング上で、爆拳は抵抗できない蔵馬を殴り、ふっ飛ばす。
「やめて!!」
飛影に止められた体を暴れさせ、必死に叫ぶ未来。その瞳からは大粒の涙が流れている。
幽助たちの前で未来が涙をみせたのは、初めてのことだった。
(未来…)
蔵馬は途切れそうな意識の中、彼女の声をどこか遠くから聴いているような心地でいた。
「蔵馬選手ダウンです!カウントをとります!」
「カウント?おいおい笑わすなよ。10カウントダウンで客が納得すると思うか?」
まったく馬鹿らしい、と小兎の発言を鼻で笑う爆拳。倒れていた蔵馬の胸ぐらを掴むと、その体を持ち上げた。
「くくく。これでダウンじゃねえぜ。試合はまだ続く」
爆拳は蔵馬を持ち上げたまま、腹に蹴りを入れる。
「やめて…お願い…やめてよ…」
とめどなくこぼれおちる涙。未来の悲痛な声も、爆拳には楽しみを増す一興でしかない。
「凍矢は島が欲しいとか言ってたけどよ、オレの本命は優勝商品のあの女なんだよなァ」
爆拳は蔵馬の胸ぐらを掴んだ手を高く上げると、彼の耳元で囁いた。その台詞に、ぴくっと蔵馬の指が反応する。
「あんなに泣いてもらってよ、さてはお前あの女に既に手~つけてんのかよ?」
囃すように爆拳が問うが、蔵馬は無反応だ。
「チッ…まあお前のお下がりでもいいや。オレが“未来ちゃん”を楽しんだ後、どっかに売り飛ばしてやるよ」
全身の血が逆流したように、カッと熱くなる蔵馬の体。乱れた髪の隙間から、蔵馬は爆拳を鋭い瞳で睨み付ける。
「飛影、未来を行かせても大丈夫だよ」
結界の中では、半死の蔵馬と号泣している未来を交互に見やった覆面がそう飛影へ呼びかけていた。
「……なに?」
予想外の発言に、飛影は思わず未来を繋ぎ止めていた力を緩める。
(蔵馬…!)
その瞬間、ぱっと駆け出した未来。
「な、なんですって…!?」
何の問題もなく自分の結界を抜け出した未来に、瑠架は目を疑う。同じく驚いている飛影の横で、ニヤッと覆面は口角を上げていた。
「蔵馬を離して!!」
蔵馬の盾にならんとする勢いで結界を飛び出した未来が、小兎の制止の声も無視してリングへ這い上がる。自分が身代わりになってでも蔵馬を助けたいと、未来はその一心だった。
「未来、来るな…」
ここに来ては危ないと、掠れ声で告げた蔵馬の
血で滲んだ視界に未来の泣き顔が映る。そんな顔をさせたくなかったと、苦い思いがうずまいた。
「ちょうどいいな、彼女のお出ましだ。あの子の目の前で、顔面グズグズにしてやるぜェェェェ!!」
「やめろ爆拳!」
蔵馬の顔を殴ろうとした爆拳に、吏将の制止が入る。
「吏将!なぜ止めた」
「殴ればお前はやられていた。後ろを見ろ」
爆拳が後ろを振り返ると、霊丸の構えをとった幽助がいた。その瞳は真剣そのものである。
「奴は本気だ。大会ルールを無視してこの会場の妖怪全てを相手にすることになっても霊丸を撃っただろう。我々の目的は勝ち残ることだ。無駄な殺し合いをする必要はない」
爆拳は吏将の諭しを聞くと、さも気にくわないというように、ぺっと唾を吐いた。
「甘いぜ吏将。いや凍矢も画魔も陣もだ。邪魔な奴は全部殺せばいいんだよ。まあいいこいつは返してやる!」
至るところから血を流しボロボロの蔵馬を、爆拳は未来の方へ放り投げる。
「未来、蔵馬を頼む」
蔵馬を未来に託すと、幽助はリングに上がっていった。
「蔵馬、歩ける?」
「っ…ああ」
未来は蔵馬の肩を支え、リングの外へ連れ出す。血だらけの痛々しい蔵馬の姿に、未来は胸が張り裂けそうだった。
「すぐ聖光気あてるから!ごめんね、傷は治せなくて…」
聖光気をあてる未来の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちて止まらない。
「未来、もう泣かないで」
しゃくりあげる未来に、蔵馬はどうしていいか分からなくなる。
自分のことで他人がこんなにも涙している姿を見るのは、千年以上生きている蔵馬でも初めての経験だったから。
「未来、笑ってよ」
困り果てた蔵馬が懇願する。今、無性に未来の笑顔が見たかった。
思いのほか未来の涙に動揺している己に驚くと同時、芽生えていた気持ちに気づかされる。
“未来の笑顔が好きだ、守りたい”と。
どうやら彼女の存在が大きくなっていたのは、飛影だけではないらしい。
他人の機微に気づくくせ己に関しては鈍感だった自分に、蔵馬は笑ってしまった。
「なんで蔵馬が笑ってるのよ~」
号泣した原因である張本人の蔵馬は笑っているのに、自分は涙が止まらないという状況が滑稽に思えて。未来は若干蔵馬を責めるような口調で言う。
「いや、なんでもないんだ。ありがとう、未来」
蔵馬は未来の頬に流れ落ちた涙をすくうと、また優しく微笑んだ。
(…なるほどな)
その様子を遠くから見ていた凍矢は、蔵馬の光が何なのか分かった気がした。
「一体なぜ…」
テント下では、まだ瑠架が結界を突破した未来に衝撃を受けていた。
「まだわかんないのかい。未来が優勝商品となった理由を忘れたのかい?あの子は異世界から来たんだよ」
見かねた覆面が口を開き、瑠架はハッとする。
未来は異世界から来た。つまり、相当に強い結界を乗り越えて来たということなのだ。
「この程度の結界、未来には屁でもないさ」
「っ…」
魔界屈指と自負する結界を突破された悔しさに、瑠架が唇を噛む。
(実際、未来はホテルの部屋にはったあたしの結界を破ってここまで来てるからね。あの子にとっちゃ、痛くもかゆくもない結界だったんだろう)
覆面の下で、未来に秘められた力を感じニヤリと笑う幻海がいた。
「浦飯vs爆拳、始め!」
「へへへ、どこから攻撃がくるか分からなくしてやる」
小兎の試合開始の合図と同時に、爆拳は大量の汗をかき、霧にかえて身を隠した。モロにパンチをくらった幽助だが、その顔には笑みを携えている。
「…安心したぜ。こんなシケたパンチじゃいくら殴っても蔵馬は殺せねー」
「な、何っ」
「それにテメーは陣って奴より数段弱いだろ」
聞き捨てならない台詞に、ピシ、と爆拳のこめかみに亀裂が入る。
「こんな汗臭ェ霧は奴の風にならすぐふっとばされちまいそうだもんなァ。テメーの芸は霧で身を隠して後ろからぶん殴るだけだろ!?」
「黙れ、黙れ、黙れー!!」
ボロクソに言われ、怒り狂い逆上した爆拳が幽助の後頭部を狙うも。
「ぐっ奴め爆風で霧を…!」
幽助はリングの床に霊丸を撃ち、風を起こして爆拳の霧を晴らしてしまった。
「はひょ~はひょ~、がはっ…アバラが…」
その勢いで幽助が爆拳の腹を一発殴れば、バキボキッと骨が何本か折れた音がする。
「ま、待て!アバラがいかれちまった!もう戦えねえよォ!」
「…テメェ、戦えねえ蔵馬に何をしたか忘れたのか」
情けなくもタンマポーズをとった爆拳を、幽助は睨み付ける。
「いや、オレもあの時はコーフンしててよぉ、よく覚えてねえんだよ、へへへ」
大量の脂汗をかきながら、爆拳は幽助にぺこぺこする。
「オレが再現してみせてやんぜ…テメーの体でなァ…」
「ひ、ひい~」
ぶんぶん右腕を回し、殺人パンチに備える幽助に脅え、爆拳は後ずさる。
「オラオラオラオラーー!!」
「ブホブホブホォ…!」
幽助が高速で繰り出す殺人パンチ数十発に手も足もでず、ぶっ飛ばされた爆拳は闘技場と観客席を隔てる壁に激突した。相当な衝撃だったらしく、爆拳がぶつかった壁の辺りがガラガラと崩れ落ちる。
ちょうどその真横にいた陣が、いきいきとした目で幽助を見つめていた。