Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎21✴︎蔵馬の秘密
小兎の合図が出た途端、酎が幽助を殴った。
「おららららららあ!」
雄叫びをあげ、流血しながら二人はひたすら殴りあう。
「っ…」
傷つく幽助の姿に未来は目をふさぎたくなったが、彼の命がけの戦いを見なければ、という思いがあった。
二人とも一瞬のスキをうかがっており、先に動いたのは酎だった。
「くらえィー!」
「出たァ酎のヘッドバット!これで決まりだぜ!」
ガッツポーズの鈴駒だったが、予想に反し、二人の頭がぶつかった大きな音が響く。
「へへ…イヤなヤローだ。切り札まで一緒だったぜ…」
倒れた酎を見て幽助は笑う。二人とも、頭突きで勝負にでたのだ。
「…8、9、10!勝者浦飯!よって3-1で浦飯チームの勝利です!」
小兎のカウントで、浦飯チームの2回戦進出が決定した。
「よっしゃあー!」
「やったね!」
ハイタッチして桑原と未来はチームの勝利を喜ぶ。
「幽助、疲れたでしょ?霊力回復させるよ。あ、でもひどいケガだから最初に治療した方がいいかな…」
「未来、サンキュー。オレは後でいいからよ、先にアイツの意識覚ましてやってくれ」
幽助が気を失って倒れている酎を顎でしゃくる。
「…わかった」
酎に幽助と近いものを感じていた未来は、素直に従った。
「あちゃー完全にダウンしてる。信じられね~石盤ぶち割る酎の鉄頭だぜ。それをぶっ倒す生身のヤローがいるなんて。…!?」
酎に駆け寄り、幽助の強さに驚愕していた鈴駒の前に走った一筋の閃光。
それに当たった酎は、むっくりと起き上がる。
「酎!」
呼び掛けたのは幽助だ。
「約束だ…殺せ…」
「またやろうぜ」
酎に間髪入れず幽助が言い、ニッと笑った。
「幽助らしいというか…。よし、ワシは一度霊界に帰るぞ」
コエンマはマントをひるがえし、ジョルジュと共に闘技場を去ろうとする。
「未来、先程話したことは誰にも言うな。幽助たちにもな!」
「…はい」
帰り際、未来の耳元でこそっと忠告したコエンマだった。
一方観客席では、敗北した六遊怪チームに対するブーイングが起こっていた。
「役立たずがくたばれ!」
「賭け金返せバカ野郎」
「六遊怪だと笑わせんな」
「鈴駒も酎も殺せ!」
試合中は応援していたにもかかわらず、打って変わって六遊怪チームに罵倒を浴びせる観客達。中にはビンや缶を闘技場に投げつける客もいた。
「勝手な奴らだぜ。さっきまであれだけ肩入れしてたくせによォ」
「こっちも気分が悪くなってくるよ」
六遊怪チームと敵であった浦飯チーム側の桑原と未来も、観客達の言動が不快で仕方ない。
「うるせェェェーーー!!」
幽助の叫び声に、観客達は一瞬で静まりかえる。
「ぐだぐだ言ってねぇで降りてこいやコラァ。文句あんならオレが相手だ。とことんやってやんぜ」
幽助同様、桑原、蔵馬、飛影、未来、覆面も観客席に冷たい視線を投げかける。
「ぬうう…」
降りて戦うことなど恐くてできない観客達である。
「浦飯…」
目を見開き、呟いた鈴駒。鈴駒と酎と、幽助たちとの間に、確かな絆ができた瞬間だった。
「未来もさ、ありがとう」
「そうだ、遅くなっちまったが…ありがとうよ、未来」
酎の妖力を回復させた未来に、鈴駒と酎は礼を言う。
「いえいえ、どういたしまして。お礼なら幽助に言って」
鈴駒と酎は観客席にいるような他の妖怪たちとは違うと、未来は確信していた。
観客席の上部から一連のやり取りを見ていたのは左京と、そして戸愚呂兄弟だ。
「左京さん、優勝商品の未来を使って何かゲームをするんじゃなかったんですか?」
「1回戦は様子見だよ。面白いことを思いついたから3回戦あたりでやろうと思ってね」
楽しみは先にとっておいた方がいいだろう?と左京は戸愚呂弟に応える。
「あんたも悪趣味だねェ」
ニヤッと笑った戸愚呂弟。彼にとって興味があるのは未来ではなく幽助だけだったが、左京のする事を止める気もなかった。
戸愚呂兄の方は、“ゲーム”とやらを楽しみにしているようにも見える。
幻海の読み通り、もうすぐ何かが起ころうとしていた。
***
次の日、浦飯チームの一行はホテルの部屋で配られたトーナメント表を見ていた。
出窓に座っている飛影を除き、皆ソファーに座っている。覆面は外出中だった。
「そういやーよう未来、昨日のオレの試合中、コエンマと何話してたんだ?」
幽助に問われ、未来はギクッとする。
「優勝商品になって大変だな、とか言われてたんだよ…」
「ふ~ん」
肝心なことはふせた未来だったが、幽助も何も疑わなかったようだ。
浦飯チームが負けた場合を想定した話をしていたなんて、彼らの前で未来は言えるわけがなかった。
(私の元いた世界が見つかったことも、なんだかまだ皆には言いたくはない…)
それに未来自身、コエンマに突然帰れそうだと言われ、まだ頭の整理がついていなかった。
(ホッとしたし嬉しいけど、すごく寂しい気持ち)
物思いに耽っていた未来は、コンコンというノック音に俯いていた顔を上げる。
「おい!早く開けろォ!」
「オイラたちが来てやったぜ!」
「この声は…」
聞き覚えのある声がし、未来は扉に近づく。
「早くしろよ!」
「ちょ、今開けるから!」
ドンドンッと叩き壊しそうになる二人に、未来は焦って扉を開けた。
「邪魔しに来てやったぜ!」
「遊びに来たよ!」
外にいたのは、やはり酎と鈴駒だ。
「オメーら、来たのかよ!」
「今日は飲み明かそうと思ってよ」
思わぬ訪問者に破顔する幽助。酎の腕には、山ほど酒瓶が抱えられている。
「宴会が始まっちゃう感じ?じゃあルームサービスでもとろうか」
未来の提案に皆が賛成し、酎は早くも酒瓶を開け始めた。
「あれ、飛影どこ行くの?」
部屋を出ようとする飛影に未来が声をかけたが、彼は無言で出ていってしまった。
「なんでえアイツ、無視しやがって!」
飛影にはほとほと愛想が尽きている桑原が拳を握る。
唯一、飛影の致命傷の右腕に気づいていた蔵馬だけは神妙な顔つきをしていた。
「まあ、飛影はみんなで騒ぐってタイプじゃないしね」
苦笑いする未来。しかし未来は、飛影は英断だったかもしれないとこの後すぐ思い直すことになる。
「……すっごくお酒くさい…」
ものの十分で、部屋はムッとするような酒の匂いで満ちていた。そこにルームサービスのジャンキーな食べ物の匂いが混ざり、部屋の空気は最悪だ。
未来が部屋中の窓を全開にする作業に勤しむが、とても間に合わない。
「ギャハハハハハ!」
酎の持ってきた殺人レベルにアルコール度数の高い焼酎により、既に幽助や桑原は完全に出来上がっている。
赤い顔をした彼らは何やら最低な下ネタで盛り上がり、ゲラゲラと笑っていた。絶対に隣の部屋から苦情がくるレベルの騒音である。
「〜〜幽助も桑ちゃんも、明日は2回戦なのにそんなに酔っちゃって何考えてんの!?そもそも中学生なのに!」
「うるしぇーな、これくらいどうってことねーよ!」
舌ったらずに反論する酔っ払い幽助に、ダメだこりゃと未来は頭を抱えた。
ほんの数分でヒトも部屋もここまで様変わりしてしまうとは…恐るべき魔界の酒。ちなみに鈴駒はたった一口で御陀仏となり、ベッドで寝込んでいる。
「そこの窓も開けさせて!…きゃあっ」
酒盛りしている幽助たちの背後の窓も全開にしようとした未来は、酎に肩をグイと引き寄せられた。
「未来も一緒に飲もうぜ!」
「いや、私は未成年なので!」
「ミセイネン〜?なんだそりゃ」
陽気な酎が未来に肩組みして、強引に酒をすすめる。
振り解こうとする未来だが、酎はビクともせずガハハと豪快に笑って酒を煽っている。
「は、離して〜!」
「酎。未来を離してくれ」
半泣きで未来が困っていると、この場にそぐわないスマートな声とともに、酎から解放される。
「蔵馬!」
見上げれば、未来と同じくシラフであった蔵馬が彼女と酎を引き離していた。鈴駒の介抱を終え、助けに来てくれたのだ。
ベッドには、すやすや穏やかな寝息をたてる鈴駒の姿があった。
「未来。風にあたりに行きませんか」
断る理由があるはずもなく、未来は大きく蔵馬に頷いたのだった。
***
蔵馬に誘われた未来は、展望台を目指して上昇するエレベーターに乗っていた。
「蔵馬、ほんとにありがとね!」
エレベーターに乗りながら、未来は蔵馬へ何度目かわからないお礼を言っている。
「それにしても、幽助たちあんなに飲んで大丈夫かな?」
「あとで二日酔い予防の薬草を渡しておくよ」
特訓の時に蔵馬の薬草の抜群の効果を知る未来は、それなら安心かと胸を撫で下ろす。
「最上階には、レストランとVIPが泊まる宿泊室があるんだよね。コエンマ様も泊まるっていう」
「各チームのオーナーが泊まるんだろうね」
最上階に到着しエレベーターを降りると、目的の展望台に二人は訪れた。
「いい眺め!島が見渡せるね。海も綺麗…。そして空気も美味しい〜!」
素晴らしい景色に目を輝かせ、新鮮な空気をありがたがる未来。一見、恐ろしい大会が開かれているとは思えない島の景色だった。
蔵馬と未来以外誰もおらず、しんとした展望台に風の音だけが聴こえている。
「未来、ありがとう」
紅い長髪を風になびかせながら、蔵馬が唐突に言った。
「え、何いきなり!?」
「聞き流していいよ。オレがただ言いたかっただけだ」
蔵馬に礼を言われるようなことをした覚えはないが、自惚れじゃなければ…
未来が思いつくのは、呂屠との試合の後のこと。
「未来と幽助に会ってから、母さんがうるさいよ。二人を家に連れて来いってね」
うるさい、と言った蔵馬だがその顔はどことなく嬉しそうだ。
「蔵馬さえよければ、私と幽助は喜んでお邪魔するよ!」
未来は優しそうな蔵馬の母親の笑顔を思い出していた。
「…未来には前に言ったよね、オレが妖狐で、ある夫婦の受精体に憑依したと」
「うん…」
蔵馬はあの時、その事実だけ述べただけで、深くは話さなかった。
「最初はさ、10年くらい我慢したらその夫婦の前から姿を消すつもりだった。だが6年前に…」
蔵馬は自分をかばって母親が両腕に傷をつくったことを語った。未来は静かに彼の話を聞く。
「父親が死んで、母さんが治らない病気になった時、暗黒鏡の存在を知った」
「蔵馬、ごめん。言ってなかったけど、幽助から蔵馬が自分の命と引き換えにお母さんを救おうとしたってことは聞いてるんだ」
戸愚呂に暗黒武術会に招待された日の出来事を、未来は思い返す。
「でも私はそれを聞いた時、なんか違うって思った…。蔵馬が死んで自分が助かって、お母さんは喜ぶの?って」
暗黒鏡の話題となり、未来は自分の思いを正直に蔵馬に伝えた。
「幽助にも同じようなことを言われたよ。15年間彼女を騙し続けたオレの罪が少しでも償われるなら、命を失ってもいいと思ったんだけどね」
“おいお前間違ってねーか!?彼女が助かったってお前が死んだらなんにもなんねーじゃねーか”
“母親が自分のことで泣いてんの見たことあっか?あんなにバツのワリーもんはねーぜ!”
幽助の言葉は、蔵馬の中でずっしりきていた。
「母さんには両思いの男性がいるから、オレがいない方が幸せだとも思った」
「蔵馬がいない方が幸せなんて、ありえないと思うけどな…」
そう言って海を眺める未来の横顔を、蔵馬はまっすぐ見つめた。
蔵馬の幸せがお母さんの幸せ、と言った彼女を。
「ああ。だからオレもこの大会では絶対に優勝して生き残るつもりだ」
「じゃあ、優勝したら蔵馬の家に遊びに行っちゃおう!」
未来も蔵馬の方を振り向き、笑って言った。
元いた世界に帰るとしても、その前にこの約束だけは果たしたいと思った。
「了解です」
蔵馬も笑って了承する。未来が今まで見た中で一番柔らかく、あたたかい笑みだった。
「蔵馬、なんで私に色々話してくれたの?」
暗黒鏡のことも、母親の傷のことも、蔵馬は未来に言わなくてもよかったはずだ。
実際、未来は詮索したら悪いと思い、幽助に詳しく暗黒鏡の件について聞こうとしなかった。
「未来には聞いてほしくなったんだ。こんなことを話したのは幽助と未来だけだな。ごめん、長話して」
蔵馬は呂屠との試合の後、彼女には…
未来には、伝えたくなったのだ。
「ううん、嬉しいよ。蔵馬が私に話したいと思ってくれたことが」
他人から聞くのではなく、蔵馬本人の意志で話してくれたことが未来は嬉しかった。
「…よかった」
まばゆい未来の微笑みを眺めながら、ひどく優しい気持ちになっている自分を蔵馬は人知れず感じているのだった。
蔵馬と未来が穏やかな時間を過ごす一方で、島の崖下では。
「くっ…!」
ザパーンッ…と繰り返し大きな音をたて水飛沫が舞う波打ち際で、膝まづいている少年の姿。
飛影は一人、波打ち際で使い物にならなくなった右腕をおさえ、痛みに耐えていた。