Ⅱ 暗黒武術会編
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✴︎18✴︎蔵馬=南野秀一?
「桑ちゃん、お疲れ様」
戦い疲れているであろう桑原に、未来は聖光気を当てる。
「おお、あれが…」
観客たちは初めて見る未来の能力に、目が釘付けになっていた。
「未来ちゃん、サンキュー!すまねえ、負けちまった…」
「試合が続行されてたら、桑ちゃんが勝ってたよ!」
落ち込む桑原を未来が励ます。
「ちょっと未来、今の訂正してよ!オイラの強さ見てなかったの?」
リングの向こう側から、鈴駒が未来に話かけてきた。
「なんだとこのガキ!?馴れ馴れしく未来ちゃんのこと呼び捨てにしやがるし…」
「桑ちゃん、それは構わないよ」
鈴駒にくってかかりそうになった桑原を、未来は止める。
他の妖怪たちと違い、鈴駒は自分のことを優勝商品としてだけでなく“未来”として接してくれていると感じていたからだ。
観客の妖怪達の視線と言動に、未来は自分がモノのように扱われていると感じ嫌気がさしていた。
未来を未来として見ていない…妖怪達にとって彼女は、ただの優勝商品でしかないのだ。
(鈴駒って…昨日から思ってたけど、面白い子だよなあ)
未来は鈴駒のひょうきんさにクスッと笑った。
「次鋒、前へ!」
「次はオレがやろう」
蔵馬がリングに上がる。
対する六遊怪チームは、真っ黒な目をしたドラキュラ風の顔の男だ。
「蔵馬、ちょっとイタイ目にあわせてやるなんて考えるなよ。二度と刃向かう気にならんようにしてやれ」
「ああ、わかってる」
飛影と蔵馬の考えていることは同じだ。
「蔵馬なら勝てる!がんばって!」
未来の声援に、蔵馬は彼女を安心させる意味もこめた笑みをつくって頷く。
「もう二回戦だってのに、浦飯はまだ寝てんのか?」
桑原は闘技場の隅で寝かせている幽助の様子を見に行った。
「蔵馬vs呂屠、始め!」
小兎が試合開始を告げた。
「あんた人間と同居してるんだってなァ。オレには信じられないが、やはり周りの人間を大事にするクチかい?」
喋り方、表情…。
全てが呂屠を下衆な妖怪であると語っている。
「そうだろうねェ…優勝商品の女を守ろうとしてるくらいだからねェ…」
未来を横目で見ながらニヤニヤする呂屠。蔵馬は黙ったままだ。
「死んだら悲しむだろうねェェェ」
呂屠の右手が変形して鎌になった。
「カマイタチか…」
蔵馬は右手を振り回す呂屠の攻撃を軽々避けていく。
「話にならん、完全に蔵馬が見切っている。桑原も運が悪かったな、あいつが戦った鈴駒はどうやら奴等のNo.2だ」
浦飯ィ~起きろ~、と遠くで幽助の体を揺らす桑原を見ながら言った飛影。
「さすが蔵馬だね~。てかあんな小さいのにNo.2の鈴駒って何者…」
「未来、やっとオイラの強さがわかった!?」
大声で叫ぶ鈴駒に、未来は苦笑いするしかない。
「たいした使い手でもなさそうだ。今楽にしてやるよ」
呂屠の後ろにまわり、倒そうとした蔵馬だったが。
「あんたの母親の命はあずかってるぜ。南野秀一くん」
「!?」
呂屠の言葉を耳にした蔵馬の動きは鈍った。
モロに鎌の攻撃を受けることになり、蔵馬の頬に一筋の傷ができる。
「あずかった…!?」
蔵馬以外で呂屠の声が聞こえたのは未来と飛影、鈴駒だけだろう。おそらく覆面もだ。
観客、そして審判の小兎でさえ何が起こっているか気づいていない。
「くくくく見えるか?このスイッチを押せばオレの使い魔が、あんたの母親を喰い殺すよう尾行している」
呂屠の左手にはスイッチのついたグリップが握られている。
「この意味が分かるかね、優しい優しい秀一くん」
蔵馬は戦闘の意志がないのを示すように、腕を下ろして棒立ちになった。
「それでいいんだよ、母親思いの秀一くんよォォ」
呂屠が抵抗しない蔵馬を殴る。
「ちぇっ呂屠のヤツ、汚ねえ手使いやがる」
呂屠と同じチームの鈴駒も、不快感をあらわにした。
「蔵馬のお母さんを人質にとるなんて…最低…」
未来の声は、怒りと動揺で震えている。
その時、蔵馬が投げた小石が、呂屠の頬をかすった。
「小石を投げつけることで、ささやかな反抗を示したつもりか?これからはわずかな抵抗も許さねーぜ。手を後ろに組みな!」
大人しく命令に従った蔵馬の頬を、再び呂屠は殴る。
「ケケケ、泣けるねェ、母親のために抵抗しないんだな」
無抵抗な蔵馬を痛めつける喜びに、呂屠はうち震える。
「こんな母親思いの息子をもって、あんたの母親…南野志保利さんだっけ?彼女も幸せだろうねェェ」
そう嘲笑い、また呂屠が拳をふった。
「でも本当に幸せなのかね…。テメーみたいな妖怪に息子奪われてよォ!」
「何言ってるの、あいつ…」
志保利の息子は蔵馬である。
呂屠の言う“奪われた”の意味が未来はわからない。
(…あ)
霊界に行く時に蔵馬から聞いた話を思いおこし、未来はあることに気づいてしまった。
(蔵馬が“南野秀一”の体に憑依したっていうことは…本来生まれるはずだった秀一くんの人格が消えてしまったってことなんだ…)
蔵馬が憑依しなかったら、“南野秀一”はどんな男の子に育っていただろう。
蔵馬は、彼の犠牲の上に今生きているといえるのかもしれない。
「テメーも根はゲスだよなァ。自分が生きたいがために何の罪もねぇ人間の胎児に寄生してよォ!あんた15年間も彼女を騙してきたんだろ!?可哀想な母親だな!」
「やめてよ…」
未来が呟く。
(それ以上、言わないで…)
蔵馬を傷つけるようなことを呂屠にも、誰にも未来は言ってほしくなかった。
コエンマに会いに霊界に行った時、蔵馬がみせた浮かない表情の理由が、今はわかる。
「気にくわねえなァ、その目が」
蔵馬は呂屠に殴られ続けながらも、挑むような瞳を変えなかった。
「オレは屈辱に満ちたツラを見て楽しみたいんだ」
鎌が蔵馬の綺麗な頬をなぞる。傷が、またひとつ増えた。
「その目を…やめねえかーー!!」
無言でその目を保ち続ける蔵馬に、呂屠の堪忍袋の緒がきれた。
「オレは機嫌を損ねたぜ。これはちょっとやそっとじゃ許さねェぞ~へへ。まずは土下座してオレの靴を舐めな」
呂屠が無表情の蔵馬に向かって自分の靴を向ける。
「きれいに舐め終わったらオレ様が首をはねてやるぜ。それでスイッチを押すのだけは勘弁してやる」
薄汚い笑みを浮かべ、呂屠は足を上げて靴を蔵馬につき出す。
「育ての母親の命がかかってるからなァ、イヤとは言えねェよなあ秀一くん」
呂屠は、どっちみち蔵馬を殺す気だ。
「飛影…どうしよう」
「未来、貴様は蔵馬があんなザコに負けるような奴だと思うか?」
すがるように飛影に訊ねた未来の瞳が、ハッと気づかされて見開かれる。
「……思わない。蔵馬は…勝つ」
そう述べた未来の声に、もう不安の色はなかった。蔵馬の強さを、未来も信じている。
「その通りだ」
フ、と未来の返事を聞いた飛影が口角を上げる。
「さあ早く舐めろ!」
呂屠が怒鳴るが…
「断る」
「な、何っ!?」
予想外の蔵馬の返答に、呂屠はたじろいだ。
「もういい。押せよ」
パンパン、と服についた汚れをはたく蔵馬。
「とうとう本性あらわしやがったぜ。偽善者ぶってもちょっとゆさぶればこの通りよ」
「押せ」
うだうだ言っている呂屠を蔵馬が急かす。
「ああ押してやらアアアア!…う!?」
呂屠のスイッチを持った左手が動くが、途中で固まる。
「うんざりだが、今まで飽きるほど言ったセリフを繰り返そう」
蔵馬は身体が固まって動けない呂屠の手からスイッチをもぎ取った。
「最も危険な賭けなんだよ…君が一番楽でてっとり早いと思っている手段は最も危険な…」
「ぐっ」
呂屠は懸命に体をよじろうとするが、ピクリともしない。
「さっきお前にシマネキ草の種を植えこんだ。体の自由がきかないほど根が全身にいき渡ったようだね」
「あ、あのときに…!?」
顔に当てられた小石はおとりだったことに呂屠は今さら気づいた。
「オレがある言葉を発すれば爆発的に成長し体をつきやぶる。君が外道でよかった。オレも遠慮なく残酷になれる」
そう冷たく言った蔵馬の瞳には、なんの躊躇もなかった。
「待ってくれェ!オレが悪かったァ!許してくれ!」
見苦しく許しを懇う呂屠だが。
「死ね」
「うぎゃああああ」
蔵馬の一言で、呂屠の体内のいたる所からシマネキ草が生える。
「皮肉だね、悪党の血の方がきれいな花がさく…」
見事、蔵馬が勝利をおさめたのだった。
「安心しろ、使い魔は主人であるアイツが死んだと同時に逃げ去った」
リングから降りた蔵馬へ、邪眼で確認した飛影が告げる。
「ねえ、呂屠が言ってたこと本当なの?蔵馬は妖怪だけど、人間の体なんだ!」
物珍しそうに蔵馬を見て鈴駒が叫んだ。へ~知らなかったな~すごいな~と呟いている。
「り、鈴駒…」
あまりそのことに触れてほしくなかった未来は、考えなしに発言した鈴駒に慌てる。
ちら、と蔵馬を見ると、自嘲気味に笑っていた。
「っ…蔵馬!」
気づけば自分でもびっくりするほどの大声で蔵馬の名前を呼んでいた未来。
「未来…!?」
蔵馬もそんな彼女に驚く。
「蔵馬は南野秀一でしょ…?今、志保利さんの息子は蔵馬しかいないんだよ…」
きれいごとなんて言いたくない。
だけど、今から言うことは確かだと思う。
「お母さんの一番の幸せは、息子の蔵馬が幸せでいることだと思う。自分のことで悩んでなんかほしくないはずだよ。だから…」
“だから、そんな顔しないで”
最後の一言は口に出さなかったが、蔵馬に少しでも伝わっていたら。
そんな気持ちで未来は蔵馬を見つめる。
(未来…)
どうしてそんなに?と問いかけたくなるくらい未来が必死に自分を励まそうとしてくれているのが伝わって。
面食らうと同時、心の靄が晴れていく。
加えて、未来の台詞は蔵馬に前を向かせるものだった。
「わかってますよ」
そう言った蔵馬の微笑みには、もう罪悪感の色は含まれていなかった。
彼につられて、未来も笑顔になる。
“蔵馬みたいな息子がいて、お母さんも幸せだね”
蔵馬の母親と会った時、そう思った未来。
呂屠は本当に母親は幸せかと問いかけていたけれど…
あの時感じた思いは、今でも変わってない。
きっとこれからも、ずっと。
蔵馬が幸せであるかぎり、彼の母親は幸せなのだ。