Ⅰ 四聖獣編
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✴︎12✴︎侵入者たち
「ううっ…」
雪菜の目から、大粒の氷泪石がいくつもこぼれ落ちる。
「これで逃げられんじゃろ」
引き金をひいた手を下ろした垂金。
右足を撃たれた未来は、その場に崩れ落ちた。
(痛っ…)
未来の右の太ももから痛々しく鮮血が流れ落ちる。
「雪菜、お前を助けようとした者は全員不幸になるようだな。あの裏切り者も、侵入者たちも。浦飯と桑原は戸愚呂に殺され、誰か知らんが一人はヘレンちゃんに喰われ、未来は売られる」
「ごめんなさい…皆、ごめんなさい…」
自分を責める雪菜に、未来の心は痛む。
悪いのはすべて垂金だ。彼女のせいではない。
しかしどうすることも出来ない未来は、垂金への苛立ちと悔しさに唇を噛むしかなかった。
「よし、ついでに左足も使えなくしてやる」
再び今度は未来の左足をめがけて、垂金が銃口を向ける。
「やめてっ」
これ以上自分のせいで人が傷つく姿は見たくないと、雪菜は腕を取り押さえられてはいたものの、動かせる足で垂金を蹴った。
少しよろめいた垂金はギロ、と雪菜を睨みつける。
「雪菜、お前は今何をしたか分かっておるのか?もういい!未来さえおればお前は用無しじゃ!!」
頭に血が上り、衝動的に未来ではなく雪菜に銃口を向けた垂金。
「だめーー!!」
未来は痛む足を奮い立たせ、雪菜に勢いよく覆い被さった。
雪菜を捕らえていた男二人は、未来の重みで雪菜が倒れたため彼女から手を離してしまう。
理由は分からないが、垂金は自分を殺す気はないらしい。
そう知った未来は、雪菜を守るように倒れこんで彼女を抱きしめる。
「未来、雪菜からどけっ!」
未来は仰向けの雪菜に、うつぶせで覆い被さっている状態だ。
雪菜を殺せなくなった垂金は、未来を蹴って雪菜からどかそうとする。
ドカッドカッと、未来は蹴られながら目を瞑り、必死で雪菜を守っていた。
結局幽助たちとも会えずじまいで…
雪菜を守れなければ、自分がここに来た意味はない。
幽助達の戦いの状況を未来が気にしたその時。
「垂金さん、試合見なくていいんですか?ゲームオーバー、私の勝ちだね。全部で66兆2700億円。金は今月中に用意してくれ」
モニター画面の左京が垂金に告げた。
「な、何っまさか…」
慌てた垂金が窓ガラスに目をやると、敗北した戸愚呂兄弟の姿があった。破産の文字が垂金の頭に渦巻く。
「ゆ、雪菜、命拾いしたな!お前の氷泪石はこれからも必要じゃっ!坂下、ヘリを用意せい!雪菜と未来を連れて逃げるのじゃあ」
垂金が部下に命令するも、
「残ったのは貴様だけだ」
垂金の背後に近づく影がひとつ。
四人だけではない……五人目の侵入者がいたのだ。
「飛影!」
迷宮城以来目にした彼の姿に、目を瞬いた未来が身体を起こす。
飛影は既に垂金の部下を倒してしまっていた。
「呪符の結界に閉じこめていたとはな…。邪眼でいくら探しても見つからなかったわけだぜ。しかしそこから出したのが運の尽きだな」
じりじりと垂金に飛影が近づく。
「た、助け…」
凄まじい殺気を感じ、怯える垂金は後ずさる。
「あっ…」
ダメ、殺しちゃ…
未来が喉の奥で声にならない悲鳴をあげた時、ドゴオッと力いっぱい飛影が垂金を殴った鈍い音が辺りに響いた。
「殺しはせん。貴様の薄汚い命で雪菜をよごしたくないからな」
飛影の言葉に、未来は息をのむ。
(コエンマ様、心配はいらなかったよ。飛影には最初から垂金を殺す気なんてなかったみたい)
未来が知った新しい飛影の一面だった。
「えと、雪菜ちゃん…だよね。大丈夫?」
「は、はい」
未来が差し出した手を取って、立ち上がった雪菜が戸惑いながらも頷いた。
「二人共ありがとうございます。あの、あなたたちは…?」
飛影と未来に雪菜が訊ねる。
「…仲間さ。あいつらのな」
未来が答える前に、窓ガラスごしに幽助と桑原の姿を見ながら飛影が言った。
「未来!」
飛影に続き、現れたのは蔵馬だ。
ヘレンちゃん2号を倒した後、さらに3頭のヘレンちゃんと戦っており到着が遅れた蔵馬だった。
屋敷内のシステムが誤作動し、ヘレンちゃん3号から5号のゲージが開いてしまったらしい。
セキュリティシステムもきかなくなったため、垂金達は飛影の侵入に気づかなかったようだ。
「撃たれたのか!?」
未来の右足のケガを見て、蔵馬は薬草を取り出す。
「私少しなら傷を治す力があるんです!」
雪菜が未来の傷口に手をかざした。
おそらく商品を傷モノにしたくなかった垂金が手加減したのだろう。血は出ていたが幸い弾はかすっただけだった。
「すまない、オレがすぐ来れなくて」
「謝らないで!私が蔵馬の言う通りすぐ逃げなかったせいだから…」
蔵馬と雪菜の治療で未来の傷はどんどんひいていく。
自分の安全を考えてくれた蔵馬に、未来は感謝でいっぱいだった。
「ごめんなさい、私のせいで」
「雪菜ちゃんのせいじゃないよ!」
ふと、未来は雪菜の両腕のヤケドの跡に気付く。
自分が受けた痛みなど、今まで雪菜が耐えてきた痛みとは比べ物にならない…未来はそう強く思った。
「ありがとう。私はもう大丈夫だから、幽助と桑ちゃんのとこ行ってあげた方がいいかも」
「歩けるか?」
「ちょっとノロいだろうけど二人のおかげでなんとか!私も後から歩いていくから」
未来の後押しで、蔵馬は幽助らの治療のため部屋を出ていく。
桑原を治したい、その一心で雪菜も彼に続き走り出した。
「私も幽助たちのとこ行ってくるね」
そう飛影へ言って歩き出した未来だったが、数歩進んだところで軽く痛みがはしり、立ち止まった。
飛影はそんな彼女の後ろ姿を、普段通りの無表情で黙って見つめていた。奴に借りができた、そう思いながら。誰かに借りをつくることは気にいらなかったが…。
身を挺して雪菜を守った未来。
雪菜を助けるため戦った幽助と桑原。
迷宮城で彼らがした、他人への行動。
飛影にとってはすべてが不可解だった。
「まったく理解できんな。なぜ自分をけずってまでほかの誰かに尽くすんだ」
朱雀戦後、蔵馬に言ったような台詞を飛影は繰り返した。
「…? 私には、飛影の発言の方が理解できない」
そう不思議そうに言って振り向いた未来と、飛影の目が合う。
「飛影は雪菜ちゃんのためにここまで来たんでしょ?飛影だって、自分以外の人のために行動したじゃない。理解できないはずないよ」
ハッとしたように飛影の大きな瞳が見開かれて、未来はニコッと笑った。
幽助、桑原、蔵馬とはそれなりに打ち解けることが出来たが、飛影とは迷宮城でロクに会話も交わさなかった。
ちょっとコワくて取っ付きにくいイメージを飛影に持っていた未来だったけれど、今日新しい彼の一面を見て、印象が変わっていた。
“殺しはせん。貴様の薄汚い命で雪菜をよごしたくないからな”
あんなセリフ、雪菜のことを相当大事に思っていければ出てこない。飛影はきっと誰かのために戦える、強い人なのだと思う。
せっかく知り合った縁だ。幽助たちと同じように、飛影とだって、仲良くなりたい。
未来はそんな気持ちだった。
「…人のことを分かったように言うな」
照れ隠しのように、スタスタと早歩きで飛影が未来の横を素通りしていく。
「はいはい、すみません!」
まるで悪びれていない謝罪に、顔を顰めた飛影が立ち止まって振り向いた。
「…足が痛むのか」
「大丈夫!もう歩けるよ」
平気だと顔の前で手を振って、未来は飛影に追いついてみせる。だいぶ痛みは引いてきたので、歩くのに支障はなかった。
「早く行くぞ、未来」
そうして歩き出した飛影の歩調は、言葉とは裏腹にゆっくりで。その台詞に、未来は息をのむ。
聞き間違いじゃなければ、飛影は今。
しばらく驚いたまま言葉が出なくて……じわじわと喜びが胸を満たして、未来の口角が上がっていく。
「ふふ」
「何を笑っている?」
微笑を浮かべる未来に気づいた飛影が訝しむ。
「飛影が初めて私の名前を呼んでくれたのが嬉しいの」
未来の返事は、飛影の理解の範疇をこえていた。ますます不可解そうに彼は眉間のしわを深める。
「名前を呼ばれたことの何がそんなに可笑しいんだ」
「だって、いつも貴様とかお前だったもん」
「めでたい奴だ…」
呆れた飛影が小さくため息をつくも、未来の頬はゆるみっぱなしだ。
「そんなに嬉しいか」
笑みをこぼす未来を無表情でじっと眺めると、訊ねた飛影。
「うん!」
「ならもう一生呼ばん」
明るく返事をした未来に、飛影から衝撃の宣言が飛び出した。
「えぇ!?なんでよ呼んでよ!」
大げさなほど慌てふためく百面相な未来に、飛影は思わず小さく頬を上げる。
「フッ…」
初めて見る飛影に、未来はすぐには言葉が出ない。
嘲笑やバカにしたような笑い方ではない。初めて目にした、少年らしい飛影の顔だった。
「ちょっとからかわないでよー!」
やっと反応することができた未来が飛影を責める。本当は欠片も怒っていないのだが。
「飛影、これからもよろしくね」
「知らん」
「えー、冷たいなー!」
並んで歩くふたりの距離は、迷宮城の時よりずっと縮まっている。
名前を呼ばれたことより、飛影の笑った顔が見られたことの方がもっともっと嬉しいよ。
そう思ったのは、飛影には内緒。