Ⅰ 四聖獣編
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✴︎9✴︎新たな生活
「ん…」
パチッと目を覚ました未来は、ベッドに寝かされている自分に気づいた。
「あ、起きたかい?」
傍らにはぼたんがいて、ハッと眠る前の出来事を思い出した未来が飛び起きる。
「幽助は無事なの!?ここはどこ!?」
「幽助なら隣の桑ちゃんの部屋でまだ寝てるよ。桑ちゃんは今出かけてんだけど、螢子ちゃんが幽助についてるから安心さね」
ポンポンとぼたんは未来の肩をなだめるように叩き落ち着かせる。
「蔵馬は学校へ行ったよ。背中のケガに効く薬草も蔵馬から預かって、さっきあたしが塗っといたからね。キズひとつ残らないから大丈夫だよ!」
(蔵馬、背中のこと気づいてたんだ…)
今度蔵馬と会った時に、礼を言わなければと未来は思った。
「ぼたんも、薬塗ってくれてありがとね」
「いいってことさね!でもってここは…」
「あたしの部屋だよ」
ぼたんの言葉に続くように部屋へ入ってきたのは、涼しげな目元が印象的なロングヘアの綺麗な女性だ。
「和真の姉の静流だよ。未来ちゃんの事情はカズやぼたんちゃんから聞いてる。異世界から来たんだって?」
「は、はい…。 永瀬未来といいます」
異世界から来た、という嘘みたいな事実を普通に受け入れてくれている静流に未来は驚きながらも挨拶した。
慌ててベッドから出ようとする未来へ、そのまま寝ててと優しく静流が諭す。
「すみません、ベッド使わせてもらって。ありがとうございます」
「気にしないで。それよりカズが未来ちゃんやみんなに迷惑かけたんじゃない?」
「迷惑だなんて!桑ちゃんはめちゃくちゃ活躍してましたよ!本当に感謝してます」
未来は白虎と戦った桑原の姿を思い返す。
強く否定した未来に、静流はしばし目を見開いた後、カラカラと笑う。
「ハハッこ~んなかわいいコにそんなこと言ってもらえて、カズも幸せもんだね」
「えっ!?いやいや全然…。てゆうかぼたん!私、あなたにまた会ったら聞きたいことがあったんだけど…」
「あ~あのことさね。だいたい予想つくよ…」
タラ~っと冷や汗を流すぼたんが、未来と初対面した時のことを回想する。
幽助、桑原、未来が人間界を去る直前…
“あの、私は自分の世界にちゃんと戻れるの!?”
“霊界が全力を尽くしてあなたを元の世界に帰すから大丈夫だよ!とりあえず今は幽助たちと迷宮城へ行っとくれ!”
ぼたんはたしかに、未来へそう力強く宣言したのだ。
「ぼたんがああ言ったから、私は安心して迷宮城へ行ったんだけど!?」
「いや~時間はかかりそうだけど必ず帰れるよ!詳しくはコエンマ様に会って聞いた方がいいね。でも今コエンマ様、四聖獣関係の後処理で忙しいから会えるのは一週間くらい先か…いや二週間か…」
曖昧なぼたんの言葉に不安になる未来。一生帰れなかったらどうしよう。
「本当に帰れるよね?コエンマ様って誰…?」
「やだそんな疑うような目で見ないどくれ!帰れることは保障するよ!コエンマ様は霊界のえらい人だよ」
ぼたんはそう言うが…
(時間がかかるってどれくらいだろう)
学校を長期間休んでしまうこと、心配しているであろう家族や友達のことを考えると、未来は気が重くなる。
そんな彼女に声をかけたのは静流だった。
「気持ちは分かるけどさ…まあいつか帰れるんだから、異世界に来るなんてめったにない経験、楽しんでみたらどう?」
「……そうですよね」
たしかに、落ち込んでてもしょうがない。いつか必ず帰れるというぼたんの言葉を信じるしかないのだ。
静流に励まされ、下向きだった未来の心は少し明るくなった。
「あの、未来さんが起きたんですか?」
そこへ、ひょこっとドアから可愛らしい顔がのぞく。隣の部屋の騒がしさに気づいた螢子が、静流の部屋のドアを開けたのだ。
静流やぼたんに招かれ、未来のベッドの傍らに螢子も腰をおろした。
「はじめまして! 永瀬未来です」
鏡風のモニター画面越しに姿を見ていたが、ナマ螢子に感慨深さを感じつつ未来は挨拶した。
「雪村螢子です。未来さんの事情は聞きました。幽助が追っていた麻薬組織の取引現場を見てしまって、命を狙われたって…」
へ!?
螢子の発言に耳を疑う未来。
「その組織のせいで事情があって元いた街に帰れなくなってしまったんですよね…」
ぼたん~!?
未来がぼたんの方を不可解そうに見ると…
(螢子ちゃんにすべてを話すわけにはいかないからこう説明しといたんだよ~!)
必死に表情で伝えようとするぼたん。
大方理解した未来は、螢子に話を合わせる。
「うん…実はそうなの。螢子ちゃんも大変だったんでしょ?」
「はい…」
螢子が頷き、ぼたんは上出来!と未来に指で丸を作った。
「螢子ちゃんは幽助の彼女同然って聞いたけど、ほんとなの?」
「なっ誰がそんなこと言ったんですか!?違いますよ!」
ニヤニヤして未来が訊ねれば、螢子は真っ赤になりながら否定する。
「照れなくていいさね!なんてったって幽助は螢子ちゃんがいないと生きる意味ない~みたいなこと言ってたし」
「キャー何それえ!」
ぼたんの言葉を聞き、未来が高い声を上げる。
「ちょっと未来ちゃん興奮しすぎ~」
そうつっこんだ静流も、未来に負けず劣らずニヤけていた。
「嘘!私聞いてませんよ!いつ幽助がそんなこと言ったんですか、ぼたんさん!?」
「幽助の家が火事になった時~」
偉大なる恋バナの力。
ついさっき出会ったばかりの女性陣は、もう打ち解け始めていた。
「未来だってかわいいんだからさ、なんかネタないのかい?」
「そうですよ!」
自分だけが標的になってはならぬと、螢子がぼたんの発言に便乗する。
「いや、女子校で全然出会いないし…誰とも付き合ったことないもん」
「え~もったいないねえ。じゃあ好きなタイプは?」
「好きなタイプ…」
ぼたんに質問され、ぽんっと未来の頭に浮かんだのは朱雀の顔だった。
「今、誰か想像したね」
さすがの洞察力で見抜いた静流の目がキラリと光る。
「もしかしてあたしの知ってる人かい!?」
「ええっ!?」
思わぬ質問に、声が裏返ってしまう未来。
ぼたんが知ってる人…といえば知ってる人なのだろうか。実際に会ってはいなくとも、その存在をぼたんは認識していたのだから。
「図星だね」
静流の目が再びキラリと光った。
「え〜〜じゃあ四人に絞られるじゃないかっ」
「いや、カズを除いて三人でしょ」
「静流さん、辛辣…」
面白くなってきた展開に、ぼたんは興奮気味だ。
サラリと弟への暴言を吐く静流に、螢子は苦笑いである。
「未来、幽助たち三人のうちの誰がタイプだったんだい!?」
「いやいや何故そんな話に!?」
「へ〜…なんか訳アリの人でも好きになったの?」
未来の様子を探るように見ていた静流がまたもズバリ言い当てる。
もっとも、未来は朱雀に惚れたわけではなくただただ顔がタイプだっただけだが。朱雀は顔は良くても中身は反吐が出るほど最低な極悪人だった。
「で、その人の名前は?」
静流に射すくめられる未来が縮こまる。
この人にごまかしはきかない…そんな気がした。もう全て正直に話してしまおうか。
「えっと実は、す……」
「す?」
観念した未来が口を開きかけたが。
「やっぱり言いません!断固黙秘します!」
「え~、ケチ~」
やっぱり好きな人なんて話題で、ぼたんや螢子を襲った張本人である朱雀の名前を出していいわけがない。
静流とぼたんからブーイングが起こるが、未来はなお固く口を閉ざしていた。
「そうだ、未来のこれからの生活のことについて考えなきゃね」
未来の口を割るのをようやく諦めたぼたんが、仕切り直して真面目な話題をふった。
「私バイトしようにも身分を証明するものが何もないし…どうしよう」
「なら、未来さんさえ良ければ、うちの食堂で働きませんか?」
「え!?」
予想外の螢子の誘いに、未来は目を輝かせる。
「私の家は食堂を経営してるんですけど、母がこの前倒れて以来、体調がまだ良くなくて。毎日働くのはきついみたいなんです。ちょうどバイトの人を雇おうか考えていたところなので、未来さんに手伝ってもらえたら嬉しいです」
未来には螢子が天使に見えてきた。
「料理の自信ないけど大丈夫かな‥?」
「はい!配膳や接客メインでお願いしたいので」
「ほんと!?ぜひ働かせてください!」
「じゃあ住む場所はここにしたら?うちの家族はみんな了承してくれると思うよ」
次は静流が未来に提案する。
「いや、いくらなんでもそれは大迷惑なんじゃ…申し訳ないです」
桑原家に自分のようなよそ者がひとり乗り込むのは気がひける未来だ。
「あっ!あたし居候するのにピッタリの場所知ってるよ!」
ぼたんが言うそこへ、未来は足を運んでみることになった。
***
「なるほどねえ…わかった。あんたの居候を認めるよ」
「ありがとうございます!」
「良かったねえ未来。あたしからもお礼を言います、幻海師範」
未来とぼたんは、桑原家から徒歩数十分の山の中にある幻海の寺に来ていた。
今は未来の事情を説明し、めでたく幻海に居候の許可をもらったところである。
「料理洗濯掃除の家事全般はやってもらうからね」
「え、家事を!?」
「何か文句あるかい?」
「い、いえ。頑張ります」
自分に上手く出来るだろうかと不安になる未来だが、居候に拒否権はない。
「ところで、あんたの能力ってのを見せてもらおうかい。当てた相手をパワーアップさせるっていう」
「わ、分かりました」
まだ能力が開花したばかりで不慣れな未来だが、幻海に命じられ、手のひらに小さなエネルギー弾を出現させた。
「聖光気…?」
眉間に皺を寄せ、幻海が呟く。
「え?」
初めて耳にするその単語に、未来は目をぱちぱちさせた。
「あんたの気には聖なる力を感じる。聖光気の一種だと思うが…。だが聖光気は霊能力を究極に極めた者だけが手にすることの出来る力。なんであんたのような小娘が…。しかも攻撃性のない聖光気なんて聞いたことがない」
興味深そうにエネルギー弾を見つめる幻海。
未来とぼたんには聖光気のことが全く解らなかったが、とにかく凄まじい気なのだろうと思った。
***
一方、桑原家では。
「なにィ~!!」
静流にパシられて行った買い物から帰宅した桑原が、声を張り上げていた。
「うっるさいねえ…」
「姉ちゃんなんでもっと強くうちにしろって未来ちゃんに言わなかったんだよ!」
思いっきり顔を顰めた静流が両手で耳を塞ぐ。
静流から未来が幻海邸に居候すると聞き、桑原が騒いでいるのだ。
「カズ、あんた未来ちゃんに惚れてるみたいだけど彼女、好きな人いるみたいだよ」
「え!?」
「す~なんとかっていう人らしいね」
「す!?こうしちゃいられねェ!!」
「失恋オメデト〜」
聞き捨てならない静流の発言に、真偽を確かめるべく高速で家を飛び出していった桑原だった。
「未来ちゃん!未来ちゃんはどこだ!?」
桑原が目指した先は幻海邸だ。
突然の謎な訪問に顔を顰める幻海婆さんを素通りすると、米の炊けた匂いをたよりに台所にたどり着く。
「え〜とお酢の配分は…」
台所には、ちらし寿司が食べたいという幻海のリクエストに応えるべく、料理本を見ながら調理に悪戦苦闘する未来の姿があった。
「未来ちゃーん!」
「桑ちゃん!?なんでここに!?」
お酢の瓶を手にした未来は、いきなり現れた桑原に度肝を抜かれる。
「どうしたの?かなり急いで来たみたいだけど…」
「未来ちゃんは、すーとかいう奴が好きなのか!?」
「酢!?」
自分が手にしたボトルを見つめる未来。
(酢は、好きか嫌いかっていったら好きだけど…)
桑原の言う“す”が人名とは思えなかった未来は、酢飯作り中ということも手伝って調味料の酢だと誤解した。
「好きだけど?」
容赦のない肯定に、ガーーーンと大きなショックを受けた桑原から生気が失われていく。
「そうか…」
「桑ちゃん、もう帰っちゃうの!?」
未来の一言で失恋が決定的となった桑原は、とぼとぼと帰っていった。
(桑ちゃん、なんで突然酢が好きかなんて聞いたんだろう…)
頭に大きなクエスチョンマークが浮かぶ未来であったが、またすぐ料理に没頭していく。
未来の新たな生活は、一人の失恋をよそに始まったのであった。