Ⅴ 蔵馬ルート
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✴︎103✴︎Five As One
『さあて、トーナメントも二日目を迎えました。四ブロックとも一回戦第五試合からスタート致します!』
初日から一夜明け、なおトーナメント会場は熱気に包まれている。
実況小兎のかけ声と共に開始された試合を、観客席の最上部で手すりにすがりながら未来は蔵馬と二人で立ち見していた。
「蔵馬の二回戦、今日になるかな」
「このペースならやるんじゃないかな」
大画面のモニターが、流れるように進行していくトーナメントの試合を映し出している。
二回戦以降は次第に実力が拮抗してくるため長引くことが予想されるが、一回戦は早々に決着がつく試合ばかりだった。
「蔵馬、気をつけてね。次の相手強いんでしょ?」
蔵馬の二回戦の相手となるのが魔界整体師・時雨だ。軀軍の筆頭戦士として名を馳せた猛者らしい。
蔵馬の実力を信じてはいるが、もし彼の身に何かあったらと思うと未来は心配だった。
「ああ。勝つよ」
頼もしい台詞が返ってきて、未来は目を見張る。
「今なら誰にも負ける気がしないんだ」
清々しく晴れやかな顔で言い切った蔵馬の、柔らかい眼差しが未来を包む。
こんな気持ちになるのは初めてではなかった。
拐われていた未来が無事戻ってきた時、一度命を落とした未来が生き返った時……いつも蔵馬に力をくれるのは彼女だったから。
「昨日、今まで生きてきて一番幸せだった」
本当に、大袈裟でない蔵馬の気持ちだった。試合を通してめいっぱい未来からの想いを感じた後、身も心も結ばれて。
心から愛おしい相手と身体を繋げる、生まれて初めて味わった幸せを昨夜噛み締めていたのは未来だけではなく、蔵馬もだった。
そして彼女に触れる度、欲張りになっていく自分に気づかされる。
高まる熱を逃がすように、蔵馬は指の背で未来の頬を撫でた。
「ほんとう……?」
何百年も生きてきた蔵馬が?
夢みたいな言葉に、未来の胸に突き上げるような喜びが広がっていく。
「嘘ついてるように見える?」
「ううん」
未来はふるふると首を横に振る。蔵馬から受ける眼差しが、何よりも雄弁に“愛おしい”と語っていて……それが自分だけに向けられるものだと、未来はもう知っている。
「……ふふっ」
くすぐったくて、嬉しくて。照れ笑いしてはにかんだ未来につられ、蔵馬も微笑む。
「蔵馬っ!」
「…っ、未来?」
愛おしくてたまらなくなって、外であることも忘れ未来は蔵馬の胸に抱きついた。
大胆な行動に驚きつつ、蔵馬が彼女を受け止める。
「私、昨日のこと一生忘れない……」
「……うん。オレも」
しみじみと宝物のようにこぼされた言葉に、目頭が熱くなる。とめどなく胸にあふれる想いのまま、ぎゅっと蔵馬は腕の中に未来を閉じ込めた。
「あーら、お熱いこったねぇ」
とんできた冷やかし声に、ピシリと未来は固まり即座に蔵馬から離れた。
「ぼ、ぼたんにコエンマ様!?」
「いいんだよ。続けなって」
「ワシらのことは気にせずにな!」
ぼたんとコエンマの二人が、ニヤつく口元をおさえながらこちらへ歩いてくる。
「二人ともなんで昨日食事に来てくれなかったのさ」
「だってこんな風に絶対からかわれると思ったから〜!」
ぼたんらの気が済むまでひとしきり冷やかされた後、場の話題はいつ魔界を去るかへ移る。
「桑原は用事があるとかで朝イチで帰ったぞ」
「ああ、未来がうーちゃんに頼んでましたね」
「う、うむ。裏女を呼んで人間界まで送ってもらっておった」
トーナメントの際の桑原の送迎を先日未来が裏女に命じていたなと蔵馬は思い出した。
普通にうーちゃん呼びする蔵馬に内心ギョッとしたコエンマだったが、特に言及しないでおく。
「あたしたちも仕事があるし今日で霊界へ帰ろうと思うよ。未来はどうするんだい?」
「私も学校あるから蔵馬の二回戦終わったら帰るよ。あ、でも蔵馬の三回戦は絶対観に来るからね!」
「ありがとう、未来」
「ワシらの分まで応援よろしくな!」
「任せてください!」
「ありゃ、鈴駒くん負けちゃったね」
ドンと胸を叩いた未来は、ぼたんの言葉にええっと驚きモニター画面へと顔を向ける。
時折茶番染みた試合を挟みながら、トーナメントは順調に進んでいったのだった。
***
「それにしても魔界は広いわなァ」
日中はまだ残暑が厳しい九月。
魔界統一トーナメントが終了して三ヶ月近い時が過ぎようとしていたある日、皿屋敷市内の茶店で桑原がぼやいていた。
「武術会優勝チームのメンバーがそろって三回戦敗退とは。あ、一人は一回戦で負けたんだったか」
「ま、相手が悪かったよねえ」
桑原と未来のかけ合いに、ふっと息を吐くような笑い声を蔵馬が漏らす。
「幽助も飛影も相手が優勝候補でしたからね」
「オメーだって三回戦の相手は雷禅の昔の仲間だったんだろ?」
「蔵馬、九浄さんに善戦してたんだよ!」
試合を観戦していない桑原へ、熱を込めて未来が主張する。
二回戦での時雨との試合も見事だったが、三回戦もかなり蔵馬は奮闘していたのだ。
「しっかし、大会優勝したのが黄泉でも軀でもなく煙鬼とかいうおっさんとはな」
「意外だったよね。でも煙鬼さんが優勝して良かったと思うよ!だって彼の方針は“人間界に迷惑をかけないこと”だもん」
故・雷禅の旧友であり親人間派の煙鬼が魔界の長となったことは、人間と妖怪の友好的な関係への発展に繋がると未来は確信している。
「もう魔界と人間界の間の結界も解かれちまったんだろ?」
「ええ。もしかしたらこの店内にもオレと未来の他に妖怪がいるかもしれませんね」
「マジかよ、久々に緊張するぜ」
「あはは、大丈夫だよ。妖怪は皆、人間に歩み寄ろうとしてるみたいだし」
結界が解かれた理由は、コエンマが霊界の上層部…すなわち自分の父親であるエンマ大王と特防隊を告発したからだ。
霊界上層部は、人間界での妖怪の悪事を洗脳や報告書で偽造し水増ししていた。魔界を悪役にしておけば人間界を守る大義名分ができ、堂々と結界を張って霊界は領土維持できるという魂胆だ。
その事実をコエンマが突き止め明るみにしたことで結界は解かれ、妖怪は人間界と魔界を自由に行き来できるようになった。
「コエンマも苦労してんなァ」
「ぼたんが言うにはやっぱりあんまり元気ないらしいよ…。来週末の旅行、桑ちゃんも来れるよね?」
「おお、スケジュールあけといたぜ」
ぼたんと未来とで、皆で魔界のリゾート地へ旅行する計画を立てているのだ。
激務と心労続きのコエンマに羽を伸ばしてもらい、元気になってほしいとの思いからの発案である。
「で、未来ちゃんは絶賛受験勉強中か?」
「うん。受験生に夏休みはほぼなかったよ」
今度の旅行に気持ちよく行くためにも、未来は根詰めて勉強しているまっ最中だ。そのため蔵馬とのデートでは、もっぱら一緒に勉強したり苦手な数学を彼から教えてもらったりしている。
蔵馬の家だとどうしても勉強だけには集中できないので、最近は図書館でデートするようにしていて……と、ここまで考えて頬を赤くした未来は、数学の公式を思い浮かべることでピンクな回想を頭から追いやった。
「蔵馬は大学行かねーんだよな」
「義父の会社の方が面白そうだからね」
勿体ないと周りからは口々に言われたが、そろそろ学生に飽きていた蔵馬は新たなステージに移り働いてみたくなったのだ。
「ん、未来ちゃん、どうした?」
「だって〜〜!」
蔵馬の隣でむくれていた未来が、駄々っ子のように嘆いた。
「もしかしたら一緒にキャンパスライフがおくれるかもって思ってたのに!」
高校は別だったけれど、大学は同じところに行きたい。蔵馬のレベルに合わせなくてはならないという高いハードルはあるが、彼との華のキャンパスライフのためなら頑張れると未来は思っていたのだ。
しかし、蔵馬は大学を受験せず就職するという。蔵馬の選択を尊重したいとはいえ、先日その意を伝えられて未来は正直ガッカリしてしまったのだった。
「そのことはごめんって。社会人の彼氏も悪くないと思うけど」
「うん……私こそごめん」
ポンポンと優しく蔵馬に頭を叩いてなだめられ、未来も落ち着く。子供っぽかったなと反省だ。それに、蔵馬の言う通り“社会人の彼氏”という響きもなんだか魅力的に感じていた。
「蔵馬、絶対スーツ似合うだろうな……」
「……未来ちゃんも大概浦飯並みに単純だよな」
通勤スーツ姿の蔵馬を想像して、ぽやーんと頬を押さえうっとりしてしまう未来。
堂々と惚気る彼女にやや呆れた表情の桑原と、否定できず苦笑いの蔵馬であった。
「そもそも一緒にキャンパスライフってムリじゃねーのか?未来ちゃんはこっちに戸籍もねーんだし……」
「それが、戸籍ゲットしたんだよね。幻海師範の養女になったんだ、私」
「い!?そんなことできんのかよ!?」
元々は違う世界の人間である未来がこちらの大学を受験するなど、手続き面で支障があり不可能なのではと懸念した桑原だったが、彼女は既に様々な諸問題をクリアしていた。
「うん。何とか戸籍と受験資格もぎ取ったよ!温子さんのコネとか静流さんの圧とか」
「魔界の植物を使ってね」
「……とんでもねーカップルだなオメーら」
平然と言ってのけた二人に、若干引き気味の桑原である。
「裏口入学ってやつか?」
「それは語弊あるよ!試験では平等に評価されるから」
人脈や魔界植物を駆使して受験資格を得た未来だが、合格が保障されているわけではない。
「未来を合格させるために今オレがスパルタで指導してますよ」
「蔵馬が専属教師なら余裕だな!」
時折蔵馬から勉強を教わっている桑原も、彼の指導力の高さは身をもって知っている。
「学部はどうすんだ?」
「四谷大の経営学部を考えてるんだ。魔界と人間界の橋渡しになるようなことしたいってぼんやりと思ってて」
人間界の商品や食べ物を魔界で売ったり、その逆も然り。人間界で暮らしたい妖怪に、常識を教える講座を開いたり、雇用口や住居を紹介したり。
妖怪と人間が歩み寄る未来を作るために出来ることは、無限に思い浮かんでくる。
「起業するってことか!すげーな!」
「いや、具体的なことはまだ全然考えてないし……」
大層なことを言ってしまったようで、恥ずかしくなった未来が小さくなって俯く。
「いいと思うぜ。人間でもあって妖怪でもある未来ちゃんなら、どっちの立場にもなれるし……未来ちゃんにしかできねーことだな!」
「桑ちゃん……!ありがとう!頑張るよ!」
じーんと感激している未来を、蔵馬も目を細めて見守っていた。
ふと窓の外へ視線を向ければ、昼に燦々と照っていた太陽は西の空へ沈み始めており、約束の時間が近づいていた。
そろそろ行こうかと、誰からともなく立ち上がる。
冷房のきいていた茶店から足を一歩踏み出すと、昼間の熱気の落ち着いた生あたたかい夕方の風が頬を撫でる。
近づく秋の気配を感じながら訪れた先の高架下のラーメン屋には、“貸し切り”と書かれた旗が掲げられていた。
「こんばんは~!」
お腹をすかせた未来がのれんから顔を出せば、中卒あがりの若い店主に迎えられる。
「よお。三人そろってお出ましか」
「一緒に図書館で勉強した後ちょっと三人でお茶してたんだ」
今宵は幽助が先月オープンしたこの店に、五人が集合することになっているのだ。
「飛影はまだ来てないぜ」
「そろそろうーちゃんが連れてきてくれる頃だと思うけどなあ」
未来が腕時計と睨めっこしていると、突如現れた大きな影のような怪物の口からぺっと待ち人が吐き出された。
「なんだコイツは!」
トレーニング中に突然裏女の口に飲み込まれたかと思えば、地面に転がされ。自分の身に起きた状況が理解できない飛影だったが、てへぺろしている未来と目が合い全てを悟る。
「ごめん、飛影行かないとか言ってたから強制的にうーちゃんに連れてきてもらいました」
「未来、貴様……」
「まあまあ、抑えて抑えて」
「どーせ暇だったんだろ?」
「ま、これでも飲んで落ち着け」
怒りでわなわな身体を震わせている飛影を、蔵馬や桑原がなだめる。
渋々席についた飛影へ幽助がジュースを出してやり、メンバー全員集結だ。
「全員ラーメンでいいか?」
「うん!あと餃子も食べたい~!」
「生一つ!」
左から桑原、蔵馬、未来、飛影の順でカウンターに座った四人へ、店主の幽助が注文の品を作り並べていく。
「わ~美味しそう!いただきます!」
湯気のたつラーメンに舌なめずりをして、未来たちはのびないうちにとさっそく食べ始めた。
「美味しい!」
「お、ちゃんと美味いじゃねーか」
「そらよかった」
幽助のラーメンは巷で美味しいと評判で、客層は中年以降のサラリーマンが多い。
自分も酒とつまみを嗜みながら、幽助はラーメンを頬張る仲間たちと駄弁った。
「幽助。何でも屋さんの方の仕事はどんなことしてるの?」
「平和なモンだ。カルトのサインが欲しいだのそんなんばっかだぜ」
未来が訊ねると、ちょっとつまらそうに幽助がぼやく。
魔界と人間界の境の結界が撤廃されたことで起こるトラブルを予想して始めた始末屋だったが、妖怪は驚くほど大人しかった。
「カルトかあ。すごく人気だもんね!」
カルトというグループ名で芸能界デビューを果たした小兎、樹里、瑠架の三人は、バラエティや歌番組に引っ張りだこなのだ。
「きっとこれから、もっと人間と妖怪の距離は近くなるね。半妖っていうのかな?ハーフも増えそう」
新しい時代の幕開けにわくわくする未来。魔界と人間界との橋渡しとなるよう貢献したい気持ちが、よりいっそう膨らむのだった。
「飛影、パトロールには慣れましたか」
「退屈だ。免除されたお前や未来が羨ましいぜ」
相当不満があるらしく、苦々しげな表情で飛影が蔵馬に応える。
大会優勝者である煙鬼が公布した自治法により、偶然できる空間の歪みにより魔界へ迷い込んできた人間は保護され人間界へ戻されることになったためパトロール隊が結成されたのだ。
隊員は大会の敗者であり、飛影は奇淋、時雨らと五名でチームを組まされ日々パトロール業務に従事していた。
人間界での生活があるからと、蔵馬と未来、幽助の三人だけは例外的にこのパトロール任務を免除されている。
「ちゃんと飛影も仕事してるんだねえ……」
「信じられねーぜ。影武者でも立たせてんじゃねーか?」
感慨深い気持ちになった未来がしみじみ呟く。桑原はまだ疑惑の目を飛影へ向けていた。
(懐かしいな。二週間くらい飛影と雪菜ちゃんと私とで、師範の家で一緒に暮らしたよね)
あの時、未来は家を持たない飛影に帰る場所を作ってあげたくて。
いつか飛影が自分で帰る場所を見つけるまでは、幻海師範の家がその役割を担えばいいからと、雪村食堂で蔵馬や海藤に話したことを覚えている。
飛影が自分たちの元以外にも居場所を見つけたことは嬉しいのだけれど、その成長が寂しくもあるような。
「私たち三人の分までありがとね、飛影」
「今日は温玉サービスしとくぜ」
でもやっぱり嬉しいの気持ちが大きくて、微笑んだ未来とニッと口角を上げた幽助から、くすぐったそうに飛影は視線を逸らしたのだった。
それから五人はそれぞれの近況や武術会での思い出話など、他愛もない話でたくさん笑いたくさん飲み食いした。
すっかり日は沈み、幽助が店を畳み今日はお開きと思われて。
「さ、帰るか。ん?」
帰ろうとしていた桑原は、コソコソ集まっている三人衆に気づいた。
「この後のこと、わかってるよな?」
「未来、二人にポロッと話したりは」
「大丈夫。ちゃんと黙ってたよ」
何やら小声で話している幽助、蔵馬、未来らに、桑原と飛影は怪訝な顔つきである。
「おい。何を話している」
「ちょっとね」
飛影の質問をはぐらかす未来の表情は、何故か楽しそうだ。
「このまま解散ってのもあれだしよ、今から桑原の家で二次会しようぜ」
「はあ!?別にいいけどよ」
気前良く家出し許可が出て、五人は桑原家へ向かった。
「よォ、いらっしゃい」
到着すると、二メートル近い背丈の桑原の父親に迎えられリビングへ通された。
「話は聞いたぜ。霊界が重い腰を上げたんだってな」
ワイルドな雰囲気の桑原父も、妖怪が人間界を自由に行き来できるようになったと知っているらしい。
「カズ、お前も異文化とのコミュニケーションに協力するよな」
「ん?ああ」
「異界との親善に助力するんだな」
「うるせーな。わかったって」
「よし!決まった入っておいで」
息子の承諾を得た父親が呼び掛ければ、ガラッと部屋の扉が開いて。
奥から現れた少女の姿に、仰天する桑原の声が街中に響き渡るのだった。
「ゆっ…ゆゆ雪菜さん!!?」
「今日からうちにホームステイすることになった雪菜ちゃんだ」
思いがけない想い人の登場に、桑原は腰が抜けてしまっている。
「……貴様ら、謀ったな」
目を真ん丸くして茫然としていた飛影が、ギロリと幽助たち三人を睨み付けた。
「ごめんね!飛影はさ、桑ちゃんちに雪菜ちゃん住んでも別にいいよ~ってホントは思ってても素直になれなくて、ダメって反対しなきゃ気がすまないでしょ?」
「だから飛影のためを思って、決行まで内緒にすることにしたんですよね」
「なんだその通りは!!」
無茶苦茶な未来と蔵馬の言い分に、激しく憤慨する飛影である。
「幽助くんたちと相談して静流も快諾した。カズ、異存はねェだろ」
幽助、蔵馬、未来らは桑原家の面々と結託し、密かに雪菜ホームステイ計画を進行させていたのだ。
「和真さん、これからよろしくお願いします。ごめんなさい、いきなりで」
「何水くさいこと言ってるんですか雪菜さんっ!」
滅相もないと、ぶんぶん勢いよく桑原は首を横に振る。
「浦飯テメ、オレのいねェ間に…」
「カカカ、ガリ勉ばっかしてっからだ」
「飛影さん。お久しぶりです」
夢のようなサプライズにしてやられた感いっぱいで、顔を真っ赤にした桑原が幽助へ詰め寄っている。
その傍ら、トコトコと雪菜が飛影に駆け寄った。
「……向こうに行ってようか」
「うん、そうだね」
耳元で囁かれ、こくりと未来は頷いた。兄妹二人きりにしてやろうと、蔵馬と未来はそっと彼らから距離をとる。
「私、飛影さんに返さなければならないものがあるんです」
はい、と差し出された雪菜の手には、一枚の写真が握られている。
そっぽを向いた飛影の肩に手を置いて微笑む未来。
真ん中には腕を組んだ幽助、その隣に蔵馬。
最背列の桑原はワカチコポーズを決めている。
魔界の穴事件の打ち上げで撮影した、五人の集合写真だ。
一年前、飛影が魔界へ旅立つ際に雪菜に預けていたのだった。
「オレもお前に渡すものがある」
飛影は無言で写真を受け取ると、雪菜から預かっていた母の形見の氷泪石をおもむろに首から外し、彼女へ手渡した。
「お前の兄は見つからなかった」
「…っ……そうですか」
氷泪石を受け取った雪菜の表情に影が落とされる。しかし、その影はすぐに消え失せた。
「この氷泪石は、いつか私自身の手で兄に渡すことにします。あなたが兄なんですねって」
「もうくたばってるかもしれないぜ」
「いいえ……絶対にその日は来ます」
飛影の赤い瞳の奥を見つめて、力強く雪菜が述べる。まるで本当の兄へ向かって伝えるみたいな眼差しで。
「未来さんとお揃いの氷泪石、身につけてくださってるんですね」
飛影が首に下げているピンク色の紐で結ばれた氷泪石に雪菜が気づいた。
「飛影さん、まだ諦めるには早いですからね」
ニコッと毒のない笑みを浮かべた雪菜が告げる。一瞬、飛影は何を言われているのか分からなかった。
しかし有無を言わさぬ口調からは強い圧がひしひしと感じられ、気押されていた飛影へ「私たち妖怪の寿命は長いです」と雪菜は続ける。
「心変わりは世の常といいますから」
「雪…菜……?」
フフフ…と良からぬことを企むような笑みを携えている雪菜。
氷河の国が滅びてしまえばいいと言った時と同じくらい……いや、それ以上にダークなものが滲み出ている。
初めて見る雪菜に、パチパチと目を瞬いて写真を手にしたまま飛影は固まった。
「雪菜さんっ!心変わりが何とやらと聞こえましたが、この漢・桑原に限ってはありえません!とりわけ貴女への想いに関しては……!」
しゅたたーッとすかさず桑原が二人の間へ身体を滑らせ、熱く宣言した。
瞬間、先ほどまでのダークな表情は跡形もなく消え去り雪菜はいつものニコニコ顔に戻る。
「そうですね。和真さんはとても意志の強いお方だと私も思います」
「雪菜さん……!」
愛しの雪菜から認められて桑原は感無量、幸せの絶頂へ昇天し喜びに打ち震えている。
「お疲れさま」
今のは幻かと、呆気にとられている飛影のそばへ静かに未来が寄り添った。
「………」
心変わりは世の常。
思いがけず妹から背中を押された飛影が、かけられた言葉を反芻しながらまじまじと無言で想い人の顔を見つめる。
「な、何?私の顔になんかついてる?」
「飛影」
ちょっぴりドギマギしてしまい後ずさった未来と飛影との間に、眉を顰めた蔵馬が牽制するように割って入った。
「何を考えているんだ」
「……さあな」
警戒する蔵馬に詰問された飛影は、フッと愉快げに笑って彼らから視線を外す。
先のことなんかわからない。
けれど、気が向けばまたこんな風に五人で集まるのも悪くないかと飛影は素直に思った。
ゆっくり五人で集まるのはかなり久しぶりだったのに、まるで昨日も会ったみたいなノリで皆がいて。
きっとこれからも、そうなのだろう。
今度会うのがいつになっても。何年先でも。
五人はまた、いつものように笑いあえる。
「そういや、来週末の旅行に飛影はやっぱ来れねーのか?」
桑原から解放されこちらへやって来た幽助に訊ねられ、「ああ」と飛影は肯定した。
「パトロールあんのか?んなのフケればいいじゃねーか」
「なかったとしてもそもそも行かん」
「まあ、貴方が素直に行こうとするとは思ってませんでしたけど」
言いながら、蔵馬は考える。
元々飛影はこういった行事に興味を示し参加するようなタイプではないが、失恋して日が浅いのだ。自分と未来がいる旅行に尚更行きたいと思わないだろうと……。逆の立場だったら、自分だって不参加を選ぶ。
「未来、また裏女を寄越しやがったら許さんからな」
目尻を吊り上げた飛影が未来へ釘を刺す。また突然裏女に襲われてはたまらない。
「う、うん。わかった……」
未来も蔵馬と同様に考えていたので、罪悪感が胸をさした。
今日は彼と会いたかったのは勿論のこと、五人全員で集まりたかったし久しぶりに兄妹を再会させたくて強制的に飛影を連れてきたが、旅行にまで参加させるのは酷だろう。
トーナメントの予選前、飛影の眼差しからもしかしてと感じた想いが確かであるなら。
「……旅行とやらには行かんが」
浮かない顔をしている未来へ、先ほど感じた気持ちを吐露することにした飛影がぶっきらぼうに続ける。
「今日のような会にはまた付き合ってやってもいい」
決定的なことは何も告げられていないけれど、その台詞一つから彼の想いや優しさが、自分が知らされていないものまで全部汲み取られて……ほんの少し、未来の目元が泣きそうに歪んだ。
「うんうん、またみんなで幽助のラーメン食べに行こうね!」
「また温玉サービスしてやるよ」
こぼれ落ちそうになる熱いものを懸命にこらえ、花のような笑顔を咲かせて未来は頷いた。
グッと親指を立てた幽助の隣で、蔵馬も柔らかく微笑む。
「気が向けばな」
照れ臭いのかプイッと顔を逸らした飛影が付け加えるが、皆笑顔のままだ。
いっぱいのありがとうの気持ちが、未来の胸にあふれていた。
「今度は雪菜ちゃんも呼ぼうよ」
「じゃ、席は飛影の隣だな」
「名案だね、幽助」
「貴様ら……」
からかわれた飛影はコメカミに青筋を立てているが、ちっともこわくない。
「おい浦飯、雪菜さんの隣はオレだ!ぜってー譲れねぇ!」
雪菜の話題に関しては驚異的な聴力を発揮する桑原が絶叫し、聞ーてたのかよと呆れ顔の幽助。
プッと未来が吹き出したのを皮切りに、場は笑い声に包まれる。
五本道に分かれたそれぞれの未来が、いつか回り回って繋がったら素敵だな。
彼らと今生の別れかと思われた際に秘めていた願いが、こうして叶ったことが夢みたいに嬉しくて。
笑いながらまた泣きそうになってしまった未来の頭を、後ろからそっと包むように蔵馬が撫でたのだった。