Ⅴ 蔵馬ルート
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✴︎100✴︎BFF
メインステージ前には、予選のクジ引きのため出場選手たちが長蛇の列をなしていた。
目指すは一回戦突破。最低でも予選は通過しなくてはと、意気込む未来はこっそり最後尾に並んでいる。
(そのためには蔵馬や皆にバレないようにクジを引かないと……あ、変装してくればよかったのかな!?)
「おい」
未来が一人悶々としていると、よく知る低い声が耳に飛び込んできた。
期待と興奮で胸が高鳴り、まさかと後ろを振り返る。
「飛影!?」
「未来。なぜお前がここに並んでいる」
腕組みして立っていた飛影の姿に、みるみる未来の口角が上がっていく。
ずっと会いたかった懐かしい仲間との再会に、今にも彼に飛びつきたくなる衝動をぐっと我慢する。
「飛影〜〜!会場中探したけど全然見つからなかったんだよ!会えてよかったあ!元気だった!?」
「……少し落ち着け」
テンション爆上がりし、うるうる涙目になって感極まっている未来。
満開の花のような笑顔を一身に受けて、耳を赤くした飛影が居心地悪そうに視線を逸らす。けれどなんだか嬉しそうなのは気のせいではないはずだ。
「飛影、なんで私がまたこっちに戻ってきてるのってビックリしたでしょ」
「お前が戻ってこれたのは知っている。黄泉とのふざけた噂が百足でも流れていたからな」
ムカデ?と首を傾げた未来に、軀軍の移動要塞の名前だと飛影が教える。
黄泉の婚約という大ニュースは瞬く間に魔界全土へ知れ渡り、未来の帰還を飛影が知るのは必然だった。
「言っとくけどホントに結婚してないからね!?ちょっと事情があって偽の王妃やることになってたっていうか」
「それも知っているよな、飛影。妖狐たちが黄泉と一触即発の時、邪眼で様子を見ていたお前も加勢に行こうとしてただろ」
おい、と尖った声を飛影が背後へ向ける。
そこで初めて、未来は飛影の後ろに並んでいる細身の妖怪の存在に気づいた。丸い右目はおそらく義眼だろう。
「あなたは……」
「軀だ。初めましてだな、未来」
「ああ、飛影の上司の!」
中性的な顔立ちの妖怪の正体が判明し、初めましてと未来が挨拶する。
飛影と記憶を共有していたため、未来とは初めての気が軀はしなかった。
「黄泉と未来の婚約の噂を聞いた時も、蔵馬は何をしてやがるんだとかなり飛影は立腹していたぜ」
「貴様、そろそろ黙れ」
珍しくよく喋る軀を、ジロリと飛影が睨む。
その反応も面白いらしく、軀がまたニヤリと笑った。
「飛影、そうだったんだ……ありがとう」
黄泉との婚約には事情があるのだと、飛影は分かっていてくれたらしい。しかも、蔵馬たちが黄泉と戦闘になりかけた時、飛影も加勢する気だったのだ。
遠く離れた場所、敵対する陣営に属してもずっと見守ってくれていたのだなと感じ、未来の胸に熱いものが込み上げる。
「それで、お前は何故ここに並んでいるんだ」
「えっ!?えーと、実は鈴木のお兄さんもトーナメント出るんだけどさ、彼お腹が急に痛くなっちゃって、代わりにクジを引いてくれって頼まれたの」
即興で嘘八百を並べたてた未来。
飛影は要領を得ない表情をしていたが、しばらくして鈴木の顔と名前が一致したようだ。
「あのピエロか。どうせその兄とやらもふざけた野郎なんだろう」
「う、うーん、どうかな」
実際試合前に腹を壊すような間抜けだしな、と付け加える飛影。
勝手に名前を使われた挙句ディスられる鈴木に、ゴメンと未来が心の中で謝る。
そして、飛影に対する罪悪感がむくむくと胸の内にわき上がってきた。
せっかく一年ぶりに彼と逢えたのに、ソッコーで大嘘をついている自分って何なんだろう。
「……飛影。やっぱり本当のこと言う」
飛影には本当のことを言いたい。
蔵馬とタッグを組まれて出場を阻まれるかもしれないが、未来は飛影に再会してすぐ嘘をつく自分が許せなかった。
「ごめん。鈴木のお兄さんの話は嘘なの。本当は私がトーナメントに出るんだ!」
意を決して白状した未来が、おそるおそる飛影の反応を窺う。
その大きな三白眼を見開いていた飛影だったが、遅れて呆れた溜め息を吐いた。
「お前が出場できるわけないだろう。どうせつくならもっとマシな嘘をつけ」
「へ!?」
ぜ、全然信じてない!?
どうやらふざけて嘘をついたのだと思い込んでいるらしい飛影に、未来はたじろぐ。
「くだらん冗談を聞かせるな」
「いや、鈴木のお兄さんのくだりが冗談なんだけど!」
下手クソな嘘だと、若干イライラした口調で飛影は未来の主張を一蹴する。
か弱く非力で、いつも飛影にとって守り庇護する存在だった未来。
そんな彼女がトーナメントに参加するなんて、飛影からしたら信じる方が無理な話だった。
「未来が参戦?一瞬でも信じる気になれん話だな」
フッと薄く笑った飛影の発言に、ガーンとショックを受ける未来。
(そ、そんなにありえないコトだと思ってるんだ……でもでも、頑張るって決めたから!)
改めて自分は相当無謀な挑戦をしようとしているのかもしれないと思い知らされた。
ずーんと落ち込む未来だが、折れかけた心を奮い立たせる。
「次の方、どうぞ」
流れるように参加者たちが続々とクジを引いていき、とうとう未来の番が来た。
緊張の面持ちの未来がポケットから取り出したエントリーナンバーの記載されたバッジを、係員が手元の参加者名簿と照合する。
「エントリーナンバー6192番、犬蓼選手ですね」
「それが奴の兄の名前か」
「もういいよ、そういうことにして」
ヘソを曲げた未来がクジの紙を引くと、127と数字が書いてあった。
「飛影、何ブロックだった!?」
続けてクジを引いた飛影の手元を、未来が覗き込む。
「5ブロックだ」
「軀さんは!?」
「74ブロック」
「よかったー!二人と当たらなくて!」
ホッと胸を撫で下ろす未来だ。
『予選の抽選が全て終了しました。1〜10ブロックの選手の方は闘技場に集まって下さい』
「あ……飛影、呼ばれたね」
選手全員がクジを引き終わり、さっそく予選開始のアナウンスが流れた。
「飛影、頑張ってね!飛影なら楽勝だろうけど!」
飛影最強説の提唱者であった未来は、彼の本戦出場を信じて疑っていない。
飛影が出ずして誰が出るというのだ。
「未来」
真っ直ぐな飛影の紅い瞳に射抜かれて、まるで世界に彼と二人しかいないような錯覚に未来は陥る。
ガヤガヤとした周りの喧騒が、どこか遠くに聞こえた。
「蔵馬ならお前を幸せにするだろうな」
こぼされた言葉に、未来が目を瞬く。
「うん」
ふんわり微笑んで、しっかりと頷いた未来。
その笑顔に安心して、つられたように飛影も小さく口角を上げる。
その仕草があまりに優しくて、思わず未来は言葉を失った。
「またな」
そう言って去っていった飛影の後ろ姿を、いつまでも未来は見つめていた。
飛影から向けられた眼差しが、蔵馬からのそれととても似ているように感じたから。
「飛影!」
追いかけてきたのは軀だった。
咎めるような声色で名前を呼ばれ、飛影が立ち止まる。
「いいのか。未来に何も言わなくて」
軀は痛いくらい知っていた。
飛影がどれだけ彼女のことを想っていたか。きっと、今でも。
飛影の記憶を覗いた時と同じもどかしさを軀は感じていた。
理由がなければ生きられない、初恋に溺れた少年の不器用な生き様がとても歯痒くて。
加えて、今は憤りも感じている。
気持ちを伝えず飛影が身を引けば、彼の優しさも苦しみも知らず、のうのうとこれからも未来は生きていくのだと思うと許せない。
何も知らずに飛影と蔵馬の間で無邪気にへらへら笑っている未来を想像して、カッと軀の頭が怒りで熱くなる。
飛影を呼び止めたのは、これが一番の理由かもしれなかった。
「貴様には関係ない」
「未来はお前に何を言われても迷惑がるような奴じゃない。お前も分かっているだろう」
やはりそう飛影は突き放したが、軀も引かなかった。
記憶の中の未来はいつも飛影を想っていた。大事な仲間だと。
そうでなければあんな風に微笑むわけがない。
先ほどの二人の再会を目の当たりにして、軀は改めてそう確信したのだった。
未来が飛影の好意を知ったとて蔑ろにするわけがない。
「黄泉やその息子よりかはだいぶお前の方が見込みがあるとオレは思うしな」
「聞こえなかったか。さっさとオレの前から失せろ」
苛立つ飛影の語気が強くなる。
らしくなく節介が過ぎる軀に、内心困惑もしていた。
「飛影!」
今度は軀の声ではなかった。
この場にいるはずのない人物の登場に、飛影は目を疑う。
「相変わらずチビだなテメーはよ!」
「飛影、久しいな」
「一年ぶりくらいかい!?」
群衆をかき分けズンズン一直線に飛影の前へやって来たのは桑原だった。その横にはコエンマとぼたんもいる。
観客席に座ってステージ周辺を眺めていると、飛影と未来の姿を発見したため三人は急いで駆けつけたのだという。
目を丸くしていた飛影だったが、程なくしてフンと小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「貴様がこの大会に出るとはな。ノコノコ恥さらしにやってくるとは、さすが面の皮が厚いだけあるぜ」
「いや、オレは出場しねーよ。観戦するだけだ。ってんだとコラ!?」
「ちょっと久々の再会だってのに何してんだい!」
ああ!?と桑原が飛影の胸倉を掴み、ぼたんが仲裁に入る。
「テメーがしけたツラしてねーか気になってよ」
「大きな世話だ。他人のことより自分の顔面の心配をしたらどうだ」
「何おう!?」
「ったく、どうしてお前たちはいつもそうなるのだ!」
いがみ合う二人の間に入り、コエンマが盛大にため息をついた。
「貴様らの相手をする暇はない。オレは行くぞ」
「ま、憎まれ口叩けるほど元気みてーだな」
ムッとした飛影が歩みを止めた。
自分は桑原なんかに心配されていたというのか?
「飛影。未来ちゃんに告わねーなら、オレが覚えといてやるよ」
振り向いた先に思いのほか真剣な表情の桑原がいて、飛影は虚を突かれる。
そういえば、桑原は蔵馬以外で唯一飛影の想いを見抜いた男だった。
「こんな恰好のネタ覚えとくにこしたことねーからよ!オレ様がズバリ言い当てた時のテメーの顔は忘れられねーぜ」
「貴様……」
瞬時にニヤニヤ悪い笑みを浮かべる桑原に、怒りで拳を震わせる飛影。
殺してやろうかなんて物騒な考えが本気で頭をよぎる。
「オレも覚えておいてやる、飛影」
「飛影、あたしゃ感動したよ!」
しれっと軀が便乗したところで、はらはら涙を流しているぼたんに気づき飛影はギョッとした。
「さっきの二人のやり取り見て、飛影が未来のことすごく大切に思ってるのはあたしにも伝わったよ!」
「未来にも絶対に伝わっとると思うぞ、飛影。ワシとぼたんも覚えておこう!」
熱く述べたぼたんとコエンマを、おかしなものを見るような目をして飛影は眺める。
何なんだ、この状況は。
唖然とする飛影は返す言葉が見つからなかった。
軀に桑原、コエンマ、ぼたん。
全員が飛影のために胸を痛め、飛影の代わりに思いの丈を叫んでいる。
ほんの数年前の飛影からすれば、考えられない光景だった。
未来や幽助のせいで飛影は今こんな目にあっているのだろうか。……ううん、違う。
飛影自身が築き掴んだ絆だ。
「つくづくワケの分からん奴らだぜ……。勝手に言ってろ。オレは予選があるからな」
ほとほと呆れ果てた飛影が、逃げるように今度こそ闘技場へと向かう。
未来に好きだと気持ちを伝え、彼女の記憶に残る。
未来と今生の別れだと思われた時に蔵馬が望んだことが、飛影には全く魅力的に映らなくて。
今回も飛影は、彼女への気持ちなど自分だけが知っていればいいと思った。
未来は余計なことを考えず笑っていればいいのだ。
ところが、このおかしな四人は飛影の想いを覚えておくのだと主張する。
相手によれば傷口に塩を塗るような行為だが、不思議と飛影はそこまで腹が立たなかった。
彼らが決して同情心から言葉をかけているわけではないと分かったからだ。
「飛影!」
「安心しろ。変な気は起こさん」
呼び止めた軀に、振り向かぬまま飛影が応える。
「あの時のお前の言葉で目が覚めた。時雨と戦った後のな」
自分が軀に言われて気づけたことを、他人の言葉などなくとも蔵馬は分かっていたのだろうと飛影は思う。それこそが彼との決定的な差だった。
飛影は時雨戦の時のように、死に方など探してはいない。
トーナメントでは勝つために戦う。会場を死に場にする気など毛頭なかった。
「……そうか」
「負けるんじゃないよ、飛影!」
納得したのか、軀はそれ以上何も言わなかった。
ぼたんの声援を背中に受けながら、飛影は予選へと勇んで向かう。
死ぬ気などさらさらない。
また、いつかと違って飛影は未来に忘れられていいとも思っていなかった。
未来の人生から出て行きたくはないし、己の人生にも時おり彼女が顔を出してくれればいいと思う。
仲間という間柄ならそれが許されるのだと、飛影に教えてくれたのも未来だったから。
***
抽選会で選手は49人ずつ全128ブロックに分けられた。本戦出場できるのは各ブロック一人のみ。
試合は超巨大植物・億年樹の上で行われた。一ブロック49名の選手が一斉に放たれ、最後の一人になるまでこの上で戦い続けるのだ。
5ブロックの飛影は難なく予選を通過し、蔵馬や幽助をはじめ注目の選手も順当に勝ち残っていった。
幻海邸で修行を重ねた六人も、めでたく本選出場の切符を手にしていた。
ちなみに74ブロックは他の選手が全員棄権したため軀の不戦勝だった。
最も白熱した試合となったのが34ブロック、黄泉と修羅の親子対決だ。
意地を張ってなかなか負けを認めない修羅だったが、最後は父に叱咤される形で泣きながら降参したのだった。
「幽助、本戦出場おめでとう」
「おう、蔵馬もな」
選手控え室は予選を勝ち抜いた妖怪でごった返している。
予選の様子を映すモニターの前に立っていた蔵馬の元へ、106ブロックの試合を終え幽助が戻ってきた。
「いよいよあと2ブロックで予選終了か。ん、あれ飛影じゃねーか?」
一人歩いている飛影の姿を目にとめ、おーいと幽助が手招きする。
「よォ飛影、久しぶりだな!」
久々の対面となった仲間の背中を、破顔する幽助が力強く叩いた。
飛影も何も言わずそれを受け入れる。
「未来が帰ってきたことはオメーも知ってんだろ?飛影のこと探してたぜ、あいつ」
「ああ。試合前に会った」
さらりと述べた飛影。
二人の邂逅を知り、蔵馬の瞳が揺れた。
「未来にはなんて?」
「気になるか?」
フッと吐き捨てるように笑った飛影の返答を、無言で蔵馬は待つ。
「余計なことは言っていない。あいつは何も考えずアホ面で笑っている方が似合うだろ」
それでいいのかと訊こうとして、蔵馬は口をつぐんだ。
以前、同じ台詞を飛影に告げた時のことを思い出したからだ。
「飛影。未来のこと、大切にする」
代わりにただ一言、けれどとても大事なことを恋敵であった彼の前で誓う。
改めて自分にも言い聞かせるように。
「蔵馬、だったら今のこの状況は何だ?」
お前に会ったら言いたいことがあったんだと、苛立つ飛影が眉を寄せた。
「お前がそばにいながらなんてザマだ。魔界中の妖怪が未来と黄泉がデキてやがると思ってるぜ」
「それは……」
むざむざ未来を黄泉の妃にさせた蔵馬が、飛影は心底信じられなかった。
やむを得ない事情があったのだろうと推察はするが、たとえどんな理由があったとしても自分が蔵馬の立場なら絶対に許さない案件だ。
痛いところを突かれた蔵馬は、ぐうの音も出なかった。
「オレも何とかしようとは考えている」
「フン。魔界中にビラでも撒くつもりか」
「おいおい……まさかとは思うけどよ……」
二人の会話に口を挟めず、呆気にとられていた幽助がおそるおそる口を開く。
「飛影も未来のことを……?え、マジか!?」
仲間内で繰り広げられていた三角関係に、今頃気づいた幽助が叫んだ。
無反応の蔵馬と飛影だが、沈黙は何よりの肯定だ。
『さて、もうすぐ試合が開始される127ブロックでは、選手の皆さんが続々と並んでいます』
そんな折、暗黒武術会の名実況・小兎のアナウンスと共に、モニター画面に127ブロックの様子が映し出された。
『突出した妖力を持った猛者はいないようですが、解説の妖駄さん、どうでしょう』
『そうですな、これはなかなか決着がつかないかもしれませんね』
小兎と共に実況席に座るのは妖駄だ。イベント好きが高じてか、華麗に解説役に転職していたのだった。
127ブロックの選手には見たところ強い妖気を持った者はいないようで、団栗の背比べ。試合は長引くだろうと予想される。
『あら、あの可愛らしいお顔は未来さんではありませんか!?』
「なに!?」
ありえない名前が小兎の口から飛び出し、モニター画面に釘付けになる幽助ら三人。
『な、なんじゃと!?参加者名簿に未来の名前はなかったはずじゃが』
『6192番は、犬蓼(いぬたで)選手ですね。偽名を使ったということでしょうか!?』
『カメラ!もっと未来に寄るのじゃ!』
未来と思しき選手の胸に付けられたエントリーナンバーが書かれたバッジの数字を、目を凝らして小兎が読んだ。
切羽詰まるあまり敬語を忘れて妖駄がドローン操作係に命令する。
『や、やはり未来さんです!暗黒武術会では優勝賞品となり、最近では癌陀羅国王妃に君臨して魔界にその名を轟かせた、未来さんですー!』
「えーーーーーー!!???」
ズームしたモニター画面に、緊張する未来の顔が映し出される。
絶叫したのは幽助たちだけではなかった。隣の控え室では陣たち六人が、観客席ではコエンマとぼたんの二人が腰を抜かしていた。桑原も「未来ちゃん、ホントに出たんかよ!?」とやはり仰天している。
「未来……どうして……」
「蔵馬、おおおお落ち着け!」
無意識にどぎつい妖力を放出する蔵馬に、周りの妖怪が圧倒され後ずさる。
わなわな怒りと衝撃で身体を震わせている蔵馬を、自分も大概パニック状態で幽助がなだめた。
てっきり反対され諦めたものと思っていたのに、偽名を使ってまでエントリーするとは彼女の出場の意志の強さを蔵馬は見くびっていた。
軽い気持ちではなかったというわけか。一体どうして、未来はそこまで試合に出たいのだろう。
「まさか本気だったとは……」
「飛影、知ってたんですか!?」
小さな呟きを耳に拾い、蔵馬が飛影に詰め寄る。
「未来は田中の兄の代わりにクジを引くと……」
「誰ですかそれは!?」
マジで誰だよ、という心境の蔵馬が激しくツッコむ。
「飛影、そんなバレバレの嘘に騙されたんですか?」
ジロリと呆れた視線に晒されて、カチンときた飛影。
「貴様こそ、未来の近くにいておいて出場を止められんとはとんだマヌケだな」
「なっ……」
「おいおいオメーらで争ってどーすんだ!」
バチバチ目線の間で火花を散らしている二人を、ぐいっと幽助が引き離した。
「試合を止めてくる」
「ま、間に合うか!?」
こんな危険な大会に未来を出させてたまるか。
大会本部へ直訴するべく、蔵馬は控え室を出ようと幽助らに背を向ける。
『それでは127ブロック、試合を始めてください!』
「おい、ちょ、待て!始めんなー!」
幽助の叫びもむなしく、無情にも試合開始のアナウンスが流れた。
「おい蔵馬、もうこうなったらお前も腹を括れ」
背後から投げかけられた飛影の台詞に、蔵馬が足を止める。
こうなれば未来を信じて試合を見守ってやるしかないと、本当は蔵馬も分かっていた。
「うおおおー!!!」
一斉に雄叫びをあげる127ブロックの選手たち。
あんな野蛮な男たちと恋人が闘うのかと思うと、蔵馬はひどい目眩に襲われる。
「うおっ!?」
突然足元に現れた空間の切れ間に、選手が次々と落ちていく。
予想外の展開と珍しい技に、会場中からどよめきが起こった。
『おーっと、これは驚きです!突如足元の空間が切り裂かれ、その穴に飛び込んだ大勢の選手が消えてしまいました!彼らはどこに…あー!いました!』
億年樹から外れた空中で穴が開き、地上に落とされた選手たちを見つけた小兎。
『場外!場外です!ワタクシこのような技を見たのは初めてで、大変興奮しております!』
『どうやら仕掛けたのは未来、いや犬蓼選手のようですな』
『妖駄さんの前職は黄泉選手の秘書でしたね。妃であった犬蓼選手とは親交が?』
『私が彼女へ魔界の一から百までを教えたといっても過言ではありません』
未来の活躍が嬉しく、誇らしげに妖駄が述べる。
実況者の二人は相談の末、エントリー名である“犬蓼”と未来のことを試合中は呼ぶことにしていた。
「未来、やるじゃねーか!」
やりい!と幽助はガッツポーズだ。
「あいつか!」
「もうさっきの技は通用しねえぞ!」
先ほどの技を咄嗟に回避した者たちが、億年樹の端っこにポツンと立っていた未来めがけて拳を振り上げる。
「未来……!」
今すぐ助けに行きたいのに、もどかしさで蔵馬は頭がおかしくなりそうだった。
「ぐわあ!」
突如現れた大きな手に、ドンと背中を強く押され残りの男たちは全員場外へ落とされた。
突然出現し、またすぐに消えたゴツい怪物のような手に会場中が再度どよめく。
『127ブロック、代表は犬蓼選手!圧倒的な強さで勝ち抜き、本選出場決定です!解説の妖駄さん、先ほどの技は何でしょう?』
『あれは“影ノ手”ですな。犬蓼選手は次元を操る妖怪、闇撫ですからね』
怪我もなく無事に恋人が勝利をおさめ、苦行の時間も終了した。
心配のあまり生きた心地がしなかったと、どっと精神的疲労を感じる蔵馬なのであった。
『全てのブロックが終了し、本選に出場する128名が決定いたしました。トーナメントの組み合わせはコンピューターによる抽選で決定し、後ほど掲示いたします』
「あ、未来が来やがった!」
予選終了と本選についてのアナウンスが流れる中、選手控え室に入ってくる未来の姿を幽助がとらえた。
「蔵馬!幽助と飛影も!私の試合、見ててくれた!?」
「見ててくれた?じゃねーよ!脅かしやがって!」
「未来、どういうつもりだ!?」
三人に気づき、ぱあっと笑顔で駆け寄ってきた未来。そんな彼女の両肩を、すかさず蔵馬が掴み揺さぶった。
「殺されてもおかしくなかったんだぞ!」
「つーか未来、犬蓼ってなんだよ?」
「そういう植物があるんだよ。蔵馬みたいに動物の名前が入ってるし、いいなと思って採用したの」
「そんなことはどうでもいい」
へ〜と幽助が納得している傍ら、ピシャリと蔵馬が言い放つ。
「心配かけたのはごめん。でも勝てたよ!蔵馬も見てたでしょ?」
「あっさり勝っちまったもんな。すげーよ、見直したぜ!」
「まさかお前があれ程まで闇撫の力を磨いていたとはな。大した奴だ」
「本当!?えへへ……嬉しい」
「二人とも黙っていてくれ。未来が調子にのる」
冷淡な蔵馬の言葉が、喜んでいた未来の胸をズキッと刺した。
「蔵馬、ちょっとでも認めてくれないの?」
「予選で勝てたのは運が良かっただけだ。未来が何と言おうと本選は絶対に棄権させるからね」
未来が予選を通過したのは、たまたま敵が雑魚妖怪ばかりだったからだと蔵馬は考えていた。
「冷てーな、蔵馬。少しは未来の頑張り褒めてやってもいいじゃねーか」
「変に自信をつけた未来が本選に出て、何かあったら幽助は責任がとれるのか?」
「私、本選出たい!せっかく予選突破できたのに棄権なんてしたくないよ」
「未来、さっきの試合で勝負を急いでいただろう?敵に距離を縮められる前に片をつけようと」
反発する未来だったが、蔵馬に言い当てられて怯む。
「次も同じ手が通用すると考えているんだとしたら甘すぎる」
未来の体格と筋力では、肉弾戦・接近戦にひどく弱い。
敵との接近を避け全員を場外に落とすやり方で勝利を手にした未来の致命的な弱点を、既に他の予選を通過した猛者たちも見抜いているだろう。
技自体は他の妖怪には身に付けることのできない素晴らしいものではあるが、かといって未来に本選を勝ち上がる実力があるとは蔵馬は思えなかった。
「その点に関しては蔵馬の言う通りだ、未来。大人しく本選は棄権するんだな」
「そんな、飛影まで……」
飛影にも諭され、しょぼんとする未来。
項垂れていた彼女だが、顔を上げるとキッと蔵馬を睨んだ。
「私は蔵馬の子供じゃないもん、出場に許可とる必要ないよね。絶対棄権しないから!」
『本選の組み合わせが決定しました。選手の皆様ご確認下さい』
未来が啖呵を切ったところで、会場にアナウンスが流れる。
「私、組み合わせ見に行くから。じゃあね!」
「未来、待つんだ!」
スタスタ歩いて行ってしまった未来を蔵馬が追いかける。
掲示板の前では、A~Dの四ブロックに分けられたトーナメント表の組み合わせにあちこちから悲鳴があがっていた。
「まだ話は終わってな……」
憤る蔵馬だったが、トーナメント表を見上げ飛び込んできた文字の並びに息をのむ。
「………未来。やっぱり本選出場していいよ」
「え!?」
コワイほどニッコリとした笑みを浮かべ、態度を急変させた蔵馬に未来は拍子抜けする。
「ど、どういう風の吹き回し?」
当惑する未来がトーナメント表に目をやると、Bブロックの上から五番目に犬蓼の文字を見つける。
その下に記された対戦相手の名前を確認して、未来は絶句した。
「未来、こりゃ逆にオメーにも勝機があるんじゃねーか!?」
数奇なクジの巡り合わせに、ゲラゲラ腹を抱えて笑っている幽助。
こんな茶番試合があってたまるかと、飛影は顔をしかめている。
Bブロック一回戦
第三試合、犬蓼vs蔵馬
はてはて、一体どんな試合が繰り広げられるのやら。