Ⅴ 蔵馬ルート
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✴︎99✴︎ Naughty Baby
修羅が目覚めてから早一ヶ月。
ミルクをあげたり、抱っこしてあやしたり。
放課後たまに魔界を訪れて赤ちゃんを愛でようという未来の淡い願望は、見事に打ち砕かれていた。
「未来、遅いぞ!」
体格も知能も生まれた日から幼児同然。
おまけに妖力はS級クラスのスーパーベビー・修羅に今日も未来は手を焼いていた。
「ごめんね。今日は補習があったから」
「ふーん。頭悪いんだな」
「なっ、希望者補習だから成績は関係ないよ!そもそもそういう失礼なことヒトに言わないの!」
国は崩壊したが、城は黄泉の所有物として残っている。
トレーニングルームで日夜父との修行に励んでいる修羅のささやかな余暇が、未来と共に遊ぶことだ。
「今日は花札持ってきたよ。“こいこい”しよう!」
闇撫の能力を極め次元間を自由に移動できるようになった未来は、元いた世界に春休みに戻り無事復学していた。
放課後こうして魔界を訪れては子供の好きそうなゲームやおもちゃを持ってきて、修羅の相手をしてやっているのだ。
「修羅の奴、機嫌が良いな」
二人のやり取りを、少し離れたところから黄泉と蔵馬が見守っていた。
楽しげな息子の様子に、フッと黄泉が口元を緩める。
「毎日修羅がうるさいよ。今日はいつ未来さんが来るのかと」
「あまり未来を呼び出すのもいい加減にしろと、お前からも息子に言っておけ」
平日の放課後は勿論、ひどい時は土日まで修羅の世話に駆り出され、恋人と二人きりで過ごす時間が激減した蔵馬は大変にお冠であった。
「未来の母子の触れ合いを阻む気か?修羅は彼女に懐いている。早く未来さんがその気になってくれるといいんだが」
「パパ、やだよ未来がママなんて!」
危うく蔵馬がマジギレする寸前、父親たちの会話に修羅が乱入してきた。
「絶対絶対未来がママなんか嫌だ!弟にならしてやってもいいぞ」
「せめて妹じゃなくて!?」
光栄に思えと、えらそうに修羅がふんぞりかえる。
全力で拒否され切ないが、ママになってと言われても困るので未来は安堵した。
「黄泉。息子の意見を一番に尊重した方がいい」
良い味方ができたと勝ち誇ったような笑みを浮かべる蔵馬に、ぐぬぬと黄泉が悔しげに唇を噛む。
「パパ、絶対嫌だからな!」
「わかったわかった」
一度言い出したらきかないと黄泉も身に染みて知っているので、修羅に同意してやった。癇癪を起こされたらたまらない。
「そろそろ帰ろうか」
皆で花札に興じ、修羅が何度か勝利し満足した頃合いに蔵馬が言った。
そうだねと未来が同意すると、えー!と修羅が嘆きの声をあげる。
「また明日も来るよね?」
うるうる瞳を潤ませた修羅に上目遣いに見つめられて、うっと未来がたじろぐ。
別れの時だけ途端に修羅はしおらしくなるのだ。
「う、うん。明日は補習ないから」
「約束だからな!」
未来はこの修羅のお願いにめっぽう弱い。
ジロリと何か言いたげな蔵馬の視線が刺さるが、今日も未来は諾の返事をしてしまったのだった。
蔵馬と未来が人間界に戻ると、空は茜色に染まっていた。
南野家から徒歩数分に位置する公園内の、木々に囲まれたひと区画は、人目につかないため未来が闇撫の能力を発動することができる場所だった。
「っ、蔵馬」
魔界と繋がっていた次元の穴を閉じた途端、蔵馬に抱きしめられた未来の声が上ずる。
ふわっと香る薔薇の匂いは、いつも未来の胸を甘く軋ませた。
「最近未来が足りない」
未来の髪に顔をうずめ、やや拗ねた声色で蔵馬が言った。
「ごめん。修羅くんに頼まれるとどうにも……。トーナメントが始まるまでは世話するって約束だし、出来るだけお願いきいてあげたいと思って」
受験勉強を理由に、修羅の世話をするのはトーナメントの日までと未来は決めていた。
存外、黄泉もあっさりこの条件をのんだ。あまりしつこく迫っても逆効果だと考えたらしい。
「……いいよ、未来がしたいようにして。オレも付き合うから」
本当は全然よくなかったが、黄泉を烈火の如く怒らせた代償が修羅の世話程度で済み、御の字ではあるのだ。
未来が平和的に場をおさめたおかげであり、蔵馬は彼女の納得いくまで付き合おうと決めていた。
「ただし約束通り、トーナメントの日までだからね」
「わかってるよ!私だって蔵馬不足だし……」
最近満足なデートも出来ていない。二人きりの時間が十分にもてないことを嘆いているのは、蔵馬だけでなく未来も同じだ。
かといって修羅を無下にもできず、高校の課題もこなさねばならず、それなりに忙しい毎日で未来は歯がゆい思いをしているのだった。
「未来」
こっちを向いてというニュアンスの声色で名前を呼ばれて、未来が顔を上げた。
蔵馬の指が頬や耳朶を掠めてドキドキする。
「トーナメントが終わったら、覚悟するように」
もう何度したか分からないキスが落ちてきて、うっとりと瞼を閉じる。
唇が離されると、なんとなく覚悟の意味が分かったような気がして、照れた未来が俯いた。
まだ門限まで猶予があるので少し話そうかということになり、二人ベンチに移動し腰かける。夕闇間近の公園は閑散としていた。
「ところで、こんなに毎日魔界に行ってお母さんやお父さんたちは心配してないの?」
「大丈夫。この前蔵馬と会って話してから、快く送り出してもらってるよ」
めでたく元いた世界とこちらとを自由に行き来できるようになった未来。
先日、異世界見学だと両親を人間界へ連れてきた際に蔵馬との食事会を開いたのだ。
ご両親にとっても大切な未来を預かるんだから、ちゃんと挨拶しておきたい。
そう言ってくれた蔵馬の言葉が未来はとても嬉しかった。
「よかった。緊張した甲斐があったよ」
「緊張してたの?そんな風には見えなかったのに」
蔵馬は顔合わせをスマートにこなしていたので、未来は意外だった。
彼は命の恩人だと未来が説明していたため会う前から蔵馬の印象は良かったが、実際話すとこんなに素敵でしっかりした青年と娘が交際しているとはと、両親はいたく感激していた。
「とっても蔵馬のこと気に入ったみたいだよ」
未来がまた次元間を行き来することを、心配する両親は当初反対していた。妖怪が参加する殺戮大会の優勝賞品になったり、戦いに巻き込まれ一度命まで落としたと娘から聞いていたのだから無理もない。
けれど蔵馬と会い、頼もしさを感じたようで食事会が終わる頃にはすっかり二人は安心しきった顔をしていた。
「僕には未来さんが必要です」
唐突に告げられて、未来が目を瞬く。
「何にかえても彼女を守るので、これからも未来さんと一緒にいさせてください」
それは蔵馬が未来の両親へ言った台詞だった。
もう一度繰り返された言葉に、くすぐったい記憶が呼び覚まされて未来の胸を打つ。
「未来からの返事、聞けてなかったと思って」
たしかにあの時は、両親だけが返答をして未来は照れた顔で蔵馬の隣にいただけだった。
そんなの、返事は決まっている。
「こちらこそよろしくお願いします」
微笑みあった二人を、あたたかな夕日が照らす。
「あとね、蔵馬。実はずっと考えてたことなんだけど……私、トーナメントに出ようと思うんだ!」
意を決して打ち明けた未来。蔵馬の綺麗な翡翠色の瞳が丸くなる。
「冗談でしょ?」
「ううん、本気!私も闇撫の力磨いて、前よりずっと強くなったもん」
未来は大真面目だと察し、蔵馬は表情を凍らせた。
「絶対ダメだ。未来が軽い気持ちで出るような大会じゃないよ」
「軽い気持ちじゃないよ!」
「それに、未来に何かあったらご両親に申し訳がたたない」
これには未来も怯んだ。
もし自分の身に何かあれば、守ると言ってくれた蔵馬の顔に泥を塗ることになる。
「危なそうだったらすぐ棄権するし逃げるから。お母さんたちの許可はとってるんだよ。自分の力試したいから大会に出てもいいかって聞いて」
「死んでも文句言えない大会だとは言ってないだろ?」
図星を突かれた未来が押し黙る。
「そもそもどうやって未来が戦うんだ」
「闇撫の能力を駆使して、影の手とか!」
「絶対に許さないから。この話は終わり」
「蔵馬、でも」
「ダメ」
未来が懇願するが蔵馬も譲らない。
この日以降も未来は蔵馬の説得を何度か試みたのだが、彼は歯牙にもかけず“ダメ”の一点張りだった。
***
魔界統一トーナメント開催まで一ヶ月をきったある日、皿屋敷市内のレストランにて。
「にしても、黄泉と何悶着もあったってのにこの桑原和真サマにゃ相談もナシとは水くせーよな」
テーブルに頬杖つく桑原が、向かいでパフェをつつく未来を冗談めかしく詰る。
「だって桑ちゃんには受験に集中してほしかったから、余計な心配かけたくなくて」
未来たちが被った諸々のトラブルを桑原へ話したのは、トーナメントの開催が決定し全てが解決した後だった。
春休み、世間話の一つとして伝えた際の驚愕する桑原の顔はすごかったと未来は思い返す。
「黄泉の妃にされたってのも驚いたが、一番は蔵馬と付き合ったことだな」
桑原の横で、へえ…と御手洗が眉を上げる。
今日は以前約束した通り、桑原と御手洗の合格祝賀会を未来が開いたのだ。
ちゃっかり天沼も同席しており、未来の隣に座っている。
「ふーん、てっきりあっちとデキてるのかと思ってた」
「……? あっち?」
「別に〜」
意図が分からず眉を寄せる未来だが、天沼はニヤニヤ笑っている。
蔵馬との戦いで苦い思い出のある天沼の反応が気になった未来だったが、心配は杞憂に終わったようだ。
「魔界にはたくさん妖怪がいたんだろうな」
きっと自分には想像もできないような世界が広がっているのだろうと、御手洗は遠くを見る目つきになる。
「うん、色々いたよ。人の身体に寄生してくる妖怪なんかもいて散々な目にあったんだから。礼儀にうるさいお爺ちゃん妖怪とは仲良くなった!うーちゃんって相棒もできたよ!」
「うーちゃん?」
「樹のホラ、裏男とかいうペットいたろ。あれの女バージョンの妖怪が未来ちゃんに懐いててよ、裏女だから名前はうーちゃんだと」
小首をかしげた御手洗に、以前未来から裏女を紹介されていた桑原が耳打ちする。
あの気味悪い妖怪には全く似合わない可愛い名前だというのが、正直な桑原の感想である。
「すっごい可愛くて優しくて、良い子なんだよ」
「今その妖怪どこいんの?」
裏男を知らない天沼は、未来の言葉で可愛らしい妖精のような容姿を想像してしまっているようだ。
「次元の狭間を散歩中か、お昼寝でもしてるんじゃないかな」
「えー、見てみたい!」
今ここに呼んでよ!と天沼にせがまれ、困り顔の未来。
「お店でうーちゃん呼んだら周りのお客さんビックリさせちゃうよ」
「どうやって呼ぶんだ?」
この何気ない御手洗の質問が、店に大パニックを起こすことになる。
「簡単だよ。うーちゃんおいで!って言うだけで……」
瞬間、ずおっと大きな影が店を包んだ。
キャーッと甲高い女性客の叫び声と、あちこちで皿やコップを落とす音が響く。
「こ、これが……」
「うーちゃん……ね」
想像とは正反対の容姿に、天沼の顔は引きつっていた。なんとなく予想はできていた御手洗も圧倒されている。
「うーちゃん!今のは呼んだんじゃないの……!ごめんね、早く戻って!」
焦る未来が手を合わせれば、裏女はすぐさまその姿を消した。なんとも出来た僕である。
跡形もなく怪物の姿がいなくなり、客たちは今のは幻?と狐につままれたような顔をしている。
「トーナメントの観戦には未来ちゃんも行くんだよな?」
店内が落ち着くと、気を取り直して桑原が訊ねた。
「私も出場したいと思ってるんだ。蔵馬が許してくれないけど」
「はあ!?冗談だろ未来ちゃん!?」
「桑ちゃんも蔵馬と同じこと言うんだね」
むう…と未来が唇を尖らせる。
「トーナメントって?」
「あ、言ってなかったね。魔界の頂点に立つ妖怪を決める大会が行われることになってさ」
「……オレもトーナメント行こうかな」
かくかくしかじかと天沼と御手洗へ事の経緯を未来が説明する傍ら、ポツリと桑原がこぼした。
「桑ちゃんも参戦する?まだ募集間に合うはずだよ!」
「やめときなよ。恥かくだけだって」
「いや、オレは観戦するだけだ。ってンだとコラ!?」
天沼の胸倉を掴まんばかりの勢いで桑原が立ち上がる。
「ちょっとツラ拝みてー奴がいるからよ」
御手洗と未来になだめられ、渋々腰を下ろしながらボソッと呟いた桑原だった。
***
時は過ぎ、魔界統一トーナメント当日。
抽選会場である癌陀羅に、6272名の大会参加者と多くの観客が押し寄せていた。
「幽助!やっと見つけた!」
妖怪でごった返している会場で、やっとこさ幽助の姿を見つけ未来と蔵馬が駆け寄った。
「おー未来!蔵馬!元気だったか?」
「まあね。幽助は聞くまでもなく元気そうだ」
幽助とは100日ぶりの再会だ。ばっちし!と未来が親指を立て、変わらない彼にふふっと蔵馬が笑う。
「もう、人多すぎ!こんなんじゃ飛影を見つけられないよ」
幽助を見つけられたのが奇跡に近いと、未来がため息をつく。
「まず予選で大部分落とすらしいな」
「え、マジ?」
「幽助、主催者の一人なんじゃないの?」
何も把握していない幽助に、呆れ顔の未来と苦笑いの蔵馬だ。
トーナメントは参加者を49人ずつのブロックに分けて予選を行い、本選に出場できるのは各ブロック一人だけだという。
「てことは本選に残れるのはえーと……87人くらいか」
「128人ですよ」
「浦飯、久しいな」
群衆をかき分けて現れたのは、黄泉と修羅だった。優勝候補の登場に、周りの妖怪たちがどよめく。
「未来、今日はボクの闘いをよーく見ておけよ」
「うん、楽しみにしてるね」
修羅の背まで屈んで目線を合わすと、頑張ってね!とファイトポーズをとって未来が微笑む。
「黄泉だ!隣にいるのは息子か!?」
「闇撫の未来も一緒にいるぞ!」
「結婚したって話だからな」
「ままま、言わせときゃいーって」
未来と黄泉のツーショットにわく妖怪たちへ、鋭い視線をおくる蔵馬の肩にポンと幽助が手を置く。
ニヤつく口元は明らかに他人事で面白がっており、蔵馬はムッとした。
「コイツか、黄泉の子供ってのは。オイお前も出るのか?」
「お前じゃない、修羅だ」
じっと修羅は見定めるような視線を幽助へ向け、そして黄泉を見上げた。
「パパこいつ大したことないよ。今のボクと同じくらいの強さだもん」
「あんだと、このガキ」
「まあまあ幽助、言わせておけばいい」
コメカミに青筋を立てる幽助を、お返しとばかりに適当に蔵馬がなだめる。
「そうだな、だが油断は禁物だ。彼はすごい速さで進歩してきた。きっとこの大会でもな」
淡々と言い聞かせるように修羅を諭した黄泉は、すっかり父親の顔をしていた。
「じゃパパはボクよりあいつの方が戦闘の才能があるって言うの!?」
「はっはっは、それはない。修羅の方がもっともっとすごい速さで上達してるんだよ」
「……黄泉のヤツ、変わったな」
「ふふ、修羅くんにたじたじで頭上がらないんだから」
親バカと化した黄泉を知る未来が、幽助へ囁く。
叱るべきところはきちんと怒り躾けているが、基本黄泉は修羅に甘いのだ。
「じゃ、約束通りパパともここで敵同士だからね。ボクと当たっても全力で勝負してよ!もしも手加減したら一生口きかないからな!」
ビシッと忠告するように父親の顔を指差すと、雑踏の中へ修羅は駆けていった。
「生意気なガキだな」
苦虫を噛み潰したような顔をしている幽助に、そうだろうと黄泉が同意する。
「息子一人に悪戦苦闘の毎日だった。自分自身に笑ってしまうよ、なぜこんな器の小さい男が魔界統一など考えたのかと」
幽助も……蔵馬も未来も、静かに黄泉の言葉に耳を傾けていた。
黄泉は雷禅の旧友たちの爆発的な妖力の放出によって目が覚めたと語ったが、それだけではない。
蔵馬との再会、未来との出会い、浦飯幽助という男の存在、修羅の誕生。
一つ一つが黄泉を変えたのだ。
「信じてもらえなくても構わないが、オレは何も望まずこの大会を全力で闘う」
最後に健闘を祈ると言い残し、颯爽と黄泉は去っていった。
遠くなる背中を、清々しい顔をして幽助は見送る。
「幽助。黄泉の言葉、本気だと思う」
「そうみてーだな」
視線は小さくなった黄泉の背中をとらえたまま、蔵馬に幽助が頷いた。
「私、黄泉さんは絶対幽助のこと気に入るだろうって思ってたんだ」
幽助から魔界統一トーナメントの開催を持ちかけられた当初、黄泉は憤っていたけれど。
あの時本当は、きっと黄泉も幽助に惹かれると伝えたくて未来は中庭へ出て行った彼を追いかけたのだった。
***
『それではこれより、魔界統一トーナメント予選抽選会を行います』
三人が談笑していると、会場に備えつけられたスピーカーからアナウンスが流れた。
予選のクジを引こうと、参加者たちは続々とメインステージの方へ集まっていく。
「じゃあ未来、行ってくる。桑原くんたちと観客席で落ち合えたらいいんだけど」
「い!?桑原のヤツも来てんのか!?」
懐かしい仲間の名前が蔵馬の口から飛び出し、幽助が素っ頓狂な声を上げる。
「桑原は大会出ねーの?」
「出ないって。別に魔界の王者には興味ないみたい」
幽助の問いに、未来が首を横に振る。
今の桑原の目下の関心は、春から始まった高校生活と成績だ。
「ぼたんやコエンマ様も応援に来るって言ってたよ」
「そっか。じゃ、未来、桑原たちに会ったらヨロシクな」
未来へ伝言を頼むと、幽助と蔵馬は連れ立ってメインステージへと歩み出す。
六千もの妖怪がクジ引きのために押し寄せ、ステージ前には既に長い行列が出来ていた。
「二人とも頑張ってね!」
大きく手を振って、未来は二人の背中を見送った。どうか予選で仲間たちがぶつかりませんようにと願う。
「未来さん」
ほとんどの妖怪がステージへと向かい、人気の少なくなった辺りにポツンと立つ未来。
振っていた手を下ろしたところで、名前を呼ばれて振り向く。
「黄泉さん!?どうしたの?」
「蔵馬が未来さんから離れるのを待っていたんだ」
オレを警戒していつも奴が君に付きまとっていたからなと黄泉がごちる。
千載一遇のチャンスを、ここぞとばかり彼は逃さなかったわけだ。
「未来さん。この大会が終わったら正式にオレと結婚してくれないか」
突拍子のないプロポーズに、しばし未来は息を止めた。
「えっ……何突然!?」
「いきなりか?既にオレの気持ちは知っているとばかり思っていたが」
開いた口が塞がらず相当驚いている様子の未来を、ふむ…と顎に手を当て黄泉が観察する。もっとストレートに伝えるべきか。
「未来さんが好きだ。オレと結婚し、修羅の母親になってほしい」
「えええ!?」
畳みかけられた台詞に、さらに未来は仰天した。
「また蔵馬への嫌がらせ?もうそういうの黄泉さんはしないだろうって思ってたんだけど……」
蔵馬と黄泉の関係性が少し変わったことを、未来も気づいていた。腹の探り合いが必要ない間柄に落ち着いたといえばしっくりくるか。
蔵馬は多くを語らなかったが、未来と妖駄が管制塔の修理に向かった際、黄泉と二人で話せたことが転機らしい。
「未来さんは勘違いをしているな。たしかにオレが奴に執心していたのは認めるが、君への気持ちに蔵馬は関係ないよ。当てつけや対抗心からオレは好きだと告げているわけじゃない」
もう策略のためこんなことを言うような黄泉ではないと未来は知っていた。何よりその表情と声から、真摯な気持ちが伝わってくる。
ずっと黄泉の自分への態度に猜疑心を持っていた未来だったが、蔵馬が正しかったわけだと心の中で彼へ謝った。
「……どうして私を?」
「さあな。君と話すのは面白いよ。蔵馬と同じく、オレもバカが眩しかったというわけか」
バカ呼ばわりされても腹は立たない。
いつか未来が幽助たち三人を指して黄泉に言ったように、あたたかい言い方だったから。
真っ向から信じる姿勢を見せてきた人物の中で、嘘も計算の匂いも感じさせなかったのは未来が初めてだったと黄泉は回想する。
けれど好きの気持ちなんて、詳細に言語化できる方がおかしいのだ。
大きく心が動かされた事実に、理由は必要ない。それは何も恋愛に限ったことではなくて。
「ありがとう。その……好きって言ってくれて。でも、ごめんなさい。私は蔵馬が好きだから。……蔵馬以外、考えられない」
本物の気持ちには、きちんと返事をするべきだ。
ハッキリ断った未来だったが、黄泉は意にも介さなかった。
「今すぐにとは言わん、じっくり考えてくれればいい。蔵馬に愛想が尽きればいつでもおいで」
「あ、あのねえ」
「あー!パパ!何してるんだよ!未来がママなんて嫌だって言ったのに!」
未来が声にやや怒気を孕ませたところで、喚く修羅が二人の元へやって来た。
「絶対絶対ダメだからな!」
「修羅、いいから落ち着け」
ジタバタ手足を動かし主張する修羅を、困り顔の黄泉がなだめる。
修羅は未来に懐いている。いつもとても楽しそうに二人で遊んでいるのに、なぜ彼女が母親になるのは嫌なのだろう。
「修羅、どうしてそんなに嫌がるんだい?修羅も未来さんのことは気に入っているだろう」
修羅は子供らしい曇りなきまなこで、黄泉と未来を見上げた。
「だって、ママとは結婚できないでしょ?」
大真面目な顔をしてあっけらかんと述べた修羅に、固まる大人二人。
「だから未来がママは嫌だ。弟にならしてやってもいいけど」
「しゅ、修羅くん、私は蔵馬と恋人同士なんだよって前に言ったよね?」
動揺する未来は、弟とも結婚できないよ!?とツッコむのも忘れていた。
でもどうしよう。ちょっと修羅の発言が嬉しい。
「うん、知ってるよ。だから?」
それが何か?と不思議そうに修羅は首を傾げた。
「未来をママにしようとするパパなんか大っ嫌いだからな!」
ガーンと打ちのめされる黄泉。
“大っ嫌い”という言葉が彼の頭をリフレインする。
捨て台詞のように叫んだ修羅は、くるっと背を向けメインステージの方へ走り出した。
「おい、修羅!」
駆けていく修羅へ手を伸ばしていた黄泉が、力なく腕を下ろす。
大っ嫌いがだいぶ堪えたようだなと、項垂れている黄泉を眺め未来は思った。
可哀想だけれど、微笑ましくもある。
息子の言葉に翻弄されショックを受ける黄泉なんて、少し前までは想像すらできなかった。
「未来さん、何を笑っているんだ」
「ふふ」
黄泉の非難の声にも、未来は口元に浮かべた笑みを絶やさなかった。
「大好きなパパはどんなひどいこと言っても自分のこと嫌わないって、信じて疑ってないから大嫌いなんて言えるんだよ」
生意気な口をきくのは、父親に甘えている証拠だ。
妖力は並の大人にも負けないとはいえ、修羅はまだパパが一番な時期の子供である。
「慰めてくれているのか?相変わらず未来さんは優しいな」
「わ、私は蔵馬一筋だから!修羅くんに100%愛情向けてあげてよ!」
一歩近づいてきた黄泉に、付け入る隙を与えてしまったかと焦る未来が後ずさる。
「……まあ、そうだな。しばらく休戦とするか。修羅に嫌われては困るから」
攻略が難しいほど黄泉は燃えるタチなのだが、ここは一時撤退だ。
修羅が生まれてから、彼の最優先事項は息子に変わってしまっていた。
「勿論、未来さんの方から迫るのはいつでも歓迎だ」
「ありえないから!」
「この三ヶ月、修羅の相手をしてくれて助かった。ありがとう」
未来の反論は無視し、黄泉が礼を述べた。
修羅との日々が思い出され、自然と未来も頬が緩む。
「私も修羅くんと遊べて楽しかったよ」
未来が微笑むと、蔵馬にもよろしくと言って黄泉は去って行った。
修羅の爆弾発言は蔵馬には内緒にしておいた方がよさそうだな…と頭の片隅で未来は考える。
一人佇む未来は、癌陀羅を訪れ黄泉と出会ってから、本当に色々なことがあったと物思いに耽る。
たくさんつらい経験もした。蔵馬にも苦しい思いをさせてしまったと思う。
けれど全部乗り越えたその先で、蔵馬と深く想いを通わせることが出来た。
この先どんな蔵馬と出会っても、動じない自分でいられる。
今の未来にはそんな自信があった。
「……さて」
未来は周囲を窺うと、こそっと長い列の最後尾に並んだ。
数十メートル前にはつい先ほど別れた黄泉と修羅が並んでいるが、こちらに気づく様子はない。
(蔵馬、怒るだろうなあ)
参加者名簿の中に未来の名前がなかったため、出場を諦めたと蔵馬は思っているようだった。
まさか偽名を使ってまで出場するほど彼女の意志が強いとは考えていなかっただろう。
蔵馬に黙ってエントリーしたことに罪悪感はあるが、知らせていたら絶対に参加を阻止されていたはずだ。
それは困る。未来はある目的を果たすため、このトーナメントに出場すると決めたのだ。
未来だって闇撫の能力を極め、以前に比べたら随分と強くなった。
目標は大きく一回戦突破。必ず予選は通過しなくてはと、人知れず闘志に燃える未来なのだった。