Ⅴ 蔵馬ルート
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✴︎95✴︎君しかいらない
とある日曜の午後。
蔵馬の部屋の真ん中で、未来は一人正座していた。
誰に見られているわけでもないのに、自然と背筋が伸び姿勢を正してしまう。
未来が蔵馬の家に訪れるのはこれが二度目だった。
前回は幽助と一緒だったが、今日は違う。
(相変わらず綺麗にしてるなあ)
整理整頓された部屋を見渡し感心する未来。
この部屋で蔵馬と二人きりになるのかと意識した途端、未来の心臓が早鐘を打つ。
(いや、蔵馬に勉強教えてもらう時いつも二人きりだったじゃん!デートだってしたことあるし)
自分へツッコミを入れる未来だが、緊張するのも無理ないじゃないかと思う。
だって今日未来は正真正銘、蔵馬の“彼女”としてここへ来たのだ。
「お待たせ」
紅茶とお菓子を持った蔵馬が戻ってきて、また未来の心臓が跳ねる。
「もっとくつろいでいいよ?」
「あっ、うん。そうだね」
クスッと笑った蔵馬に促され、正座していた未来が足を崩す。
「ありがとう。いただくね」
ドキドキする胸の内を悟られないよう努めて平静を装い、紅茶を飲む未来。
しかし一挙一動をじーっと観察するように蔵馬に見つめられ、居心地悪そうにカップをお盆に戻す。
「な、なに?」
「ん? 可愛いなと思って」
未来をその瞳に映したまま、口元だけ動かして蔵馬はそう言った。
ポッと顔から火が出そうになるくらい照れた未来が赤くなる。
「な、なにそれ!」
ただでさえ緊張でどうにかなりそうなのに、これ以上自分を惑わすようなことを言わないでほしい。
可愛いの一言くらい余裕ある態度で受け流したかったが、分かりやすく動揺してしまい未来は悔しかった。
「蔵馬だって、かっこよすぎだから!」
口走る未来に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔できょとんとする蔵馬。
いつも彼と同じ教室に通えるクラスメイトはいいなあなんて、羨ましくなるほど蔵馬は素敵だ。
そのカッコよさに今未来がどれだけ打ちのめされドキドキしていることか。
「ありがとう。未来から言われると嬉しいよ」
初対面では女に間違われたくらいだからね、とニッコリ不自然な笑みを浮かべる蔵馬に、未来の肝が冷える。だいぶ彼は根に持っているようだ。
「そ、その話もう禁止!あの時の私はどうかしてたの!」
だってありえないと思う。
こんなにかっこよくて男らしい蔵馬を女と間違えるなんて。
体つきも、未来を見つめる眼差しも、その全てが男の人なのに。
抱きしめられた時の大きな固い胸板や骨張った手を思い出すたび、未来はキュンと身体の奥から溶けてしまいそうになる。
「私も、蔵馬から言われる可愛いは嬉しい」
他の誰より、蔵馬に未来は可愛いと思われたいから。
もじもじと未来が言えば、ならばたくさん伝えようと蔵馬が口を開く。
「未来はすごく可愛いよ」
「蔵馬はすごくかっこいいよ!」
負けじと熱く述べる未来に、耐えきれず蔵馬が吹き出した。
「今のオレたち、はたから見たら呆れられるでしょうね」
「ほんと。バカップルだ」
顔を見合わせ、クスクスと笑いあう二人。
なぜこんな馬鹿みたいになれるかって。
「浮かれてるんだよ。未来とこうなれて」
優しく蔵馬に髪を触られて、おさまっていた未来の動悸が再開する。
未来が好きでたまらないと、その手つきと眼差しが伝えていたから。
「私も浮かれてるよ。なんだか夢みたいだもん……」
ふわふわと、マシュマロの上を歩いているような心地だ。
とろんと目を細めた未来の唇に引き寄せられ、蔵馬が己のそれを重ねる。
「…んっ……」
触れるだけのものから、深い口づけへと。
キスの合間に、色を帯びた未来の吐息が漏れる。
あまりにも自然にニットワンピの裾から太ももに置かれた左手に、身体が固くなったのも一瞬だった。
髪を撫でていた蔵馬の右手に耳を塞がれて、リップ音が頭に響いてクラクラする。
(あ……蔵馬……)
いつのまにか押し倒されていた未来の首筋へ、蔵馬が唇を這わせる。
甘い刺激の応酬に、くてんと全身の力が抜けた未来はされるがまま彼を受け入れていた。
しかし。
階段をのぼってくる足音に、あっけなく流されそうになっていた未来が身体を強張らせた。
蔵馬も動きを止め、未来と共に息をひそめる。
どうやら足音は蔵馬の義弟のものだったらしく、隣の部屋の戸の開閉音がした後、また外は静かになった。
「………」
蔵馬が未来に覆い被さった状態のまま、無言で顔を見合わせる二人。
甘い熱にうかされていた未来の頭が、次第に思考力を取り戻していく。
(わ、私、下には蔵馬のお母さんたちがいるのに何して……!)
見上げた先にある蔵馬の顔を直視できなくて、未来が視線をそらす。
頬を蒸気させ俯く未来を、瞳に微かに欲を宿したままじっと蔵馬は見つめていた。
「未来」
「わっ」
しばらく思案していた様子だった蔵馬はフッと柔らかく微笑すると、未来の身体を起こし抱き寄せる。
「く、蔵馬」
「何もしないから。しばらくこうさせて」
その言葉に、仙水に殺され生き返った際に交わした妖狐との抱擁を未来は思い出した。
大好きな優しい温もりに包まれて、胸がツンとする。
「うん……」
応えるように、未来は自分からもギュッと強く彼を抱きしめた。
(蔵馬、大好き)
いっぱいの想いが伝わるよう、心を込めて。
***
その後は、蔵馬と手を繋いで近所を散歩したりゲームをしたりして。
夕飯までご馳走になった未来は、蔵馬の家族と食卓を囲み楽しい時間を過ごした。
再婚を機に、畑中親子は南野家へ引っ越してきたのだという。
蔵馬の義父はとても優しそうで気さくな人で、人懐っこい義弟は新しい兄が出来たことが嬉しくて仕方がない様子だった。
「今日は未来ちゃんが来てくれるって秀一から聞いて、前から楽しみにしていたのよ」
蔵馬の母・志保利のその言葉が、とても未来は嬉しかった。
蔵馬の家族が人質から解放されてよかったと、心から未来は思う。
絶対に彼らの平穏な生活が脅かされてはならないと、共に過ごしたことで改めて未来は感じたのだった。
「おじゃましました」
「未来ちゃん、また来てね」
すっかり日は落ち、おいとまする時間となった未来は玄関先で志保利らに見送られていた。
「駅まで未来をおくってくるよ」
「秀一、頼んだわよ」
南野・畑中家を後にして、夜の住宅街を彼と並んで歩く蔵馬と未来。
しかし駅まで向かうことなく、人気のない公園裏で足を止める。
「今日はありがとう。すごく楽しかった!」
「こちらこそ。オレも楽しかったよ」
二人微笑みあった後、言い忘れたことがあったと未来が気づく。
「そういえば、昨日ぼたんがうちに来たんだけどね、時間がある時にコエンマ様に会いに霊界へ来てほしいって」
「霊界へ?」
意外そうに訊ねた蔵馬へ、未来が頷く。
「ぼたんすっごく仕事忙しそうでさ、すぐ帰っちゃったから詳しくは聞けてないんだけど」
櫂に乗って幻海邸へ飛び込んでくるやいなや、要件を伝えると瞬く間に去っていったぼたんは嵐のようだったと未来は回想する。
「じゃあ明日の放課後さっそく行こうか」
「蔵馬、付き合ってくれるの?」
「もちろん」
一緒に霊界へ行ってくれるという蔵馬に、ぱあっと未来が顔を輝かせた。
「オレが未来を一人で行かせるわけないよ」
「ありがとう。霊界特防隊の人、私のこと疎ましく思ってるみたいだから一人じゃ不安だったんだ」
霊界特防隊に命を狙われる身の未来。
彼らの本拠地へ一人で赴くのは心細かった。
「魔界へも今後は一人で行かないように」
「わ、わかってるよ」
彼と想いを通じ合わせてから、何度も未来が念押しされた台詞だった。
「コエンマが霊界へ未来を呼び寄せるなんて、きっと良い知らせなんじゃないかな」
「うん!だといいな」
もしも未来にとって霊界が危険な場のままなら、コエンマが招待するとは考えにくい。
「じゃあ蔵馬、また明日ね」
「うん。おやすみ」
どちらともなく顔を近づけて、一度触れるだけのキスを交わす。
「うーちゃん、おいで!」
辺りに人がいないことを確認した未来が呼びかけると、ずおっと大きな妖怪の影が二人を包んだ。
彼女との……裏女との出会いは、約半月前に遡る。
***
半月前、癌陀羅の温室にて。
国王の婚約記念パーティーが開催されたその日、遠回りの末ようやく蔵馬と未来は想いを通わせていた。
押し倒された未来の頭から背中にかけて、青いドレスのフリルがシーツのように広がっている。
愛おしいところ全てに印をつけるように、蔵馬は未来の額や瞼、こめかみ、頬、首筋から鎖骨へと唇でなぞっていった。
「……あっ…」
初めての刺激に、未来のむき出しの肩が跳ねる。
けれど拒みはしなかった。
彼の全てを受け止めたいと、心から望んでいたから。
「ねえ、蔵馬……」
「ん……?」
夢中になっていたキスを中断し、蔵馬が未来の頬を撫でる。
「大好き……」
ふんわりと花のような笑顔を咲かせて告げた未来から、蔵馬は目が離せなくなる。
頭のてっぺんからつま先まで駆け巡った喜びが、未来への気持ちとなって身体を満たしていく。
未来が好きだと。
たまらなく好きだと。
蔵馬の全身が叫んでいる。
「……霊界からも、世界を全部敵にまわしても未来を守るからオレの傍にいてほしい」
あふれる彼女への想いが、蔵馬の口を滑らせる。
唐突に告げられた台詞に、未来が瞳を瞬いた。
「本当は……半年前、いなくなる未来にそう告げたかった」
当時は我慢して堪えた言葉を、やっと伝えることができた。
絞り出したような声から痛いくらい蔵馬の気持ちが伝わって、キュッと未来の胸が掴まれる。
「うん。これからはずっとそばにいさせてね」
絶対にもう離さない。離れない。
そう心に決め、抱きしめあった二人を大きな暗い影が包んだ。
「な、何……!?」
突然の事態に狼狽える未来が身体を起こし、警戒する蔵馬が彼女を守るように自分の胸へ抱き寄せる。
二人が天井を見上げれば、かつて出会った樹のペット・裏男と酷似した容姿の妖怪がこちらを見下ろしていた。
長いまつ毛は女性であることをうかがわせ、裏女と呼ぶに相応しいか。
「この子、パーティー会場が騒ぎになってるよって教えてくれてる!」
「未来、この妖怪の言っていることが分かるのか!?」
これも未来の闇撫の能力なのだろうか。
心配そうにこちらを窺う裏女の意識が、頭の中へ直接話しかけるように未来へ伝わってきた。
「廊下に鯱の死体とティアラが落ちてるのが発見されて、私の安否を皆が心配してるんだって。蔵馬、どうしよう。戻った方がいいかな」
未来が蔵馬の返答を待つ間もなく、大きく口を開けた裏女が二人をパクッと食べてしまった。
「きゃあっ」
暗闇に包まれたかと思えば、ぺっと裏女の口から吐き出された二人。
蔵馬が未来を抱き止めてくれたため、落下の痛みは感じなかった。
「未来!?」
未来が辺りを見渡せば、驚愕の形相でこちらを凝視している妖駄と目が合う。
どうやら未来と蔵馬は裏女にパーティー会場へ連れて来られたようだ。
「未来様だ!ご無事だったのか!」
「蔵馬も一緒だぞ!」
「あれはもしや裏女か!?初めてこの目で見た!」
招待客たちが突然現れた三人にザワザワと騒ぐ中、蔵馬がスーツの上着を脱ぎ、バサッと未来の頭に被せる。
つい先ほどまで蔵馬とキスを交わし色香の残る未来の姿を、他の誰にも彼は見せたくなかったのだ。
「妖駄。未来は鯱に殺されそうになったことで大きなショックを受けている。どこか別室で休ませてやれないか」
「う、うむ」
まだ驚き冷めやらぬ表情の妖駄が、控室へと二人を案内する。
蔵馬の上着で顔を隠された未来は、守られるように彼に連れられ会場を後にした。
「やはり王妃は鯱殿に襲われていたのか」
「可哀想に。相当ショックだったろう」
「蔵馬と裏女に助けられたというわけか」
「裏女は実在したのだな」
自己解釈して納得した招待客たちが、口々に未来へ同情する。
また、その希少さゆえ幻の妖怪である裏女が目の前に現れたことに、皆がとても驚き興奮していて。
会場の隅で無言で立ち尽くす国王のことは、誰も気に留めていなかった。
「未来、気分はどうじゃ」
控室に着くと、侍女に頼んで妖駄が水を持ってきてくれた。
ソファに蔵馬と並んで座っていた未来はコップを受け取り、勧められるまま水を飲む。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「蔵馬。ワシからも礼を言う。よくぞ未来を助けてくれた」
「ああ……」
まさか妖駄から感謝されると思っていなかった蔵馬が、目を丸くして驚く。
なんだかんだ妖駄にとって、未来は手のかかる孫のような存在になっていたらしい。
「御主も疲れたじゃろう。黄泉様にはワシから言っておくから、もう今日は人間界へ戻るといい」
「妖駄さん……」
いつもは鬼厳しい妖駄の気遣いが、じーんと未来の身に染み渡る。
同時に、こうも優しくされると妖駄を騙しているようで罪悪感がわいてくる。
未来は鯱に襲われたことなんか忘れて、蔵馬とイチャコラしていたのだから。
「ところで蔵馬、口紅がついておるぞ」
「っ!」
「えっ」
さらりと伝えた妖駄に、思わず蔵馬が口元を拭い、未来が彼の方へ顔を向ける。
「嘘じゃ」
あっさりカマかけに引っかかった青い二人の反応に、フフンと勝ち誇ったように妖駄が笑う。
さすがは年の功というべきか。
「なっ……」
墓穴を掘った未来の顔が真っ赤に染まる。
蔵馬は罰が悪そうにしてそっぽを向いていた。
「もうパーティーはお開きじゃ。さっさと二人で人間界へ戻るとよい。できれば医務室におる六人も連れてな」
「わかりました、って医務室?陣たち怪我でもしたの!?」
「ただの腹痛じゃ。いくらなんでも食べ過ぎじゃ奴らは!」
まったくけしからんとプリプリ怒っている妖駄。
凍矢あたりは自制できそうなものだが、毎日不味い草ばかりの食事だったため反動で食べ過ぎるのも無理ないか。
「ええ、六人全員医務室おくり!?」
未来が絶句していると、ぬっとまた大きな影が部屋に出現した。
「あ……六人は後で自分が人間界へ連れてくから、先に二人で戻ったらどうかって言ってるみたい」
未来へ熱い視線を送る裏女は、主の役に立ちたくてたまらないという顔をしている。
次元の狭間を彷徨っていたところ闇撫の未来を発見し、主人として慕うことにしたのだという。
「ほう。さすが闇撫じゃな」
「じゃあ、お願いできるかな?」
裏女の通訳をする未来に、感心して妖駄が呟く。
未来が頼めば、裏女は深々とお辞儀して敬礼し、スッと姿を消した。
ドレスを脱ぐため侍女を呼んで未来が別室に行ったので、部屋には妖駄と蔵馬だけが残される。
「まったく手の早い狐じゃ。しかもよりによって黄泉様の婚約記念パーティー中に妃の未来に手を出すとは貴様、どういうつもりじゃ!」
黄泉への忠誠心のカケラもない蔵馬の行動に、妖駄はおかんむりである。
「妖駄。黄泉に言っておけ。もう未来に王妃のフリはさせるなと。今日一日で闇撫を抑止力として活用するという黄泉の目的は十分果たせたはずだ」
忌々しげにこちらを睨む妖駄を気にもとめず、有無を言わさぬ口調で蔵馬が命令した。
婚約記念パーティーを開催したことで、黄泉軍が闇撫の未来を戦力として得たとの噂は魔界中に知れ渡るはずだ。
裏女の存在も、未来が優秀な闇撫であることの裏付けとなるだろう。
「ったく黄泉様に指図しようとは立場というものをわきまえんか」
微塵も反省する様子を見せない蔵馬にブツブツ妖駄が文句を言っていると、ラフな格好に着替え終わった未来が戻ってきた。
「じゃあ蔵馬、帰ろうか。妖駄さん、またね。ありがとう」
「六人を必ず連れて帰るよう、御主からも裏女に再度命じておくのじゃぞ」
このままでは彼らに城の食糧を食い尽くされるのではないかと、危惧する妖駄が釘を刺す。
「了解!」
妖駄に頷いた未来は、次元の穴を開けると蔵馬と共に人間界へと帰ったのだった。
(あの後、ちゃんとうーちゃんは陣たちを連れてきてくれたよね)
たった二週間と少し前の話だが、回想すると既に未来は懐かしい気持ちになった。
「うーちゃん、ありがとね」
蔵馬と別れ、裏女の口の中に飛び込み運ばれている未来が礼を言う。
未来の能力でも幻海邸へと繋がる穴を開けて帰宅は可能なのだが、活躍の場が欲しそうなペットにこうして花を持たせているのだった。
***
次の日。
幻海邸にて幽体離脱を行った未来と蔵馬は、約束通り霊界を訪れていた。
「あー、なんか緊張する」
「大丈夫。きっと良い知らせだよ」
コエンマの御殿まで歩く道すがら、不安げな面持ちの未来を蔵馬が励ます。
「万一特防隊が攻撃してきても、絶対に未来を傷つけさせはしないよ」
「うん。ありがとう」
隣に蔵馬がいてくれて、とても未来は心強かった。
ただそばにいてくれるだけで、いつも蔵馬は未来を安心させるのだ。
「ねえ、コエンマ様にはさ、その……私たちのこと、言う?」
「オレは世界中に言いふらしたいくらいだけど」
おずおずと照れくさそうに未来が訊ねれば、おどけた調子で蔵馬が言う。
「えっ!そりゃあ私も蔵馬と両想いになれたこと自慢したいよ!?」
大真面目な顔で主張した未来に、クスッと蔵馬が微笑した。
先ほど未来へ告げた台詞は本音だった。
この可愛い彼女は既に自分のものなのだと、世の男たち全員に牽制したい気持ちで蔵馬はいる。
「じゃあコエンマにもオレたちのこと伝えようか」
「うーん、でもなんか照れるよねっ」
「なら未来が言いたいタイミングで、いつでもいいよ」
悩んだ末に、まあ今日はやめとこうかと未来が結論を出す。
「もしも悪い知らせだったら言える雰囲気にならないだろうし」
ところが未来の懸念に反して、霊界の者たちは御殿に入ってきた彼女の姿を目にした途端に深々と頭を下げてきたのだった。
「未来さん、大竹および特防隊の非礼を私たちからも深くお詫び致します」
続々と集まってきた鬼や霊界案内人たちに項を垂れて謝罪され、未来はギョッとする。
圧倒されて返事もできぬまま、どうぞどうぞとコエンマの部屋へ案内された。
「おお、未来か。蔵馬も来たのだな」
「ささ、入りなって」
赤ちゃん姿のコエンマが書類から顔を上げ、彼の横に立っていたぼたんが二人を部屋へ迎え入れた。
「未来、一昨日はすぐ帰っちゃって悪かったね。良い知らせはコエンマ様から直接聞いた方がいいと思ってさ!」
ウインクして言ったぼたんの台詞に、期待で未来の胸が高鳴る。
「実は霊界上層部は未来と幽助への抹殺命令を取り下げたのだ」
「ほ、本当ですか!」
よかった、と安堵する未来が隣へ顔を向ければ、蔵馬は優しく微笑んでくれた。
言葉はなくとも、その表情を見れば彼も自分と同じように喜んでくれているのがわかる。
喜びムードあふれる二人を、コエンマとぼたんもニコニコ顔で見守る。
「未来の二回目のトリップを防げなかった責任をとって大竹が辞任し、側近たちも閑職へまわされたからな。大竹よりも今の特防隊長は話がわかる。もう一人で外を出歩いても大丈夫だ!」
霊界特防隊長が変わり、未来への警戒の目はだいぶ和らいだという。
また、未来や幽助を異常に敵視する上層部への反発心を元々持っていた者も多かったらしい。
「よかったね、未来!」
「ほんと嬉しいよ〜。安心した!」
「コエンマ様、至急確認してもらいたい資料が。それとぼたんさんにも、今すぐ一件行ってほしいところが」
ぼたんと未来が手を取り合って喜んでいると、鬼が大量の書類を抱え部屋に入ってきた。
「じゃあ未来、帰ろうか」
「そうだね。コエンマ様、ぼたん、お仕事中すみませんでした。ありがとうございました!」
「こちらこそわざわざご苦労だったな」
「せっかく来てくれたのに、ゆっくり時間とれなくてごめんよ」
また遊ぼうとぼたんと約束し、蔵馬に促され未来は部屋を出る。
パタンとドアが閉まった後、コエンマとぼたんは目を丸くして顔を見合わせた。
「なあぼたん……今出る時、蔵馬が未来の腰に手を当ててなかったか?」
「はい。未来も普通に受け入れてましたね」
蔵馬にエスコートされ退室する未来を、二人ともバッチリ目撃していた。
「ぼたん。これはもしかしなくても……」
「コエンマ様、絶対そうですよ!さっき目と目で通じ合ってましたし」
「さっそく皆にも報告しなくては。手始めにジョルジュだな!」
蔵馬と未来の距離感の近さに、二人の関係の変化を確信しニヤつくコエンマとぼたんなのであった。
「どっちにしても、私たちのこと伝える暇なかったね」
コエンマたちにバレバレだったとは露知らず、幽体離脱を終え幻海邸の自室に戻ってきた未来がこぼした。
「またの機会に話そうか」
先ほどの行動は計算だったのかそうでないのか、蔵馬は密やかな笑みを浮かべている。
「未来。コエンマはああ言っていたが、しばらくは用心して一人で出かけないこと。外出は必ずオレと一緒の時にしてほしい」
「わかった。また外に出たい時はよろしくね」
単身魔界へ行った先月の一件もあり、未来は素直に従う。
自分の行動のせいで、これ以上彼に不要な心配をかけたくなかった。
「でも万一の時はうーちゃん呼んだらすぐ助けに来てくれそうだけどね!」
「未来に頼もしいペットができてオレも嬉しいよ」
口の中へ閉じ込められたら最後、脱出不可能という無敵っぷりは、裏男で蔵馬も身を持って経験していた。
「まだ4時半か。どこか出かける?」
部屋の時計を見て、蔵馬が放課後デートに未来を誘う。
「いいね!蔵馬は何時まで大丈夫なの?」
「今日は母さんたちは夫婦で外食の予定だし、弟も塾で遅くなるから時間の融通がきくよ」
「あ、なら夜ご飯はうちで食べる?」
「いいの?」
「うん。八人分作るのも九人分作るのも変わらないし」
瞳を輝かせた蔵馬だったが、嫌なことを思い出したとすぐさま不服そうな表情になる。
「陣たちはいつも未来の手料理を食べてるのか」
「手料理っていっても、大部分の行程を鈴木のマシンがやってくれてるけどね」
全自動食材切り機だの、大型食器洗い乾燥機だのを鈴木が作ってくれたので大量の食事を用意せねばならない未来の家事負担はだいぶ軽減した。
商品化すればかなり売れるのではないかと未来は思うのだが、マシンの燃料が鈴木の妖力である点がネックだ。
「それに最近まで草ばっかだったし、羨ましがられるようなもの作ってないよ」
妖力値10万ポイント以上との目標を達成したため、めでたく毎食の草地獄から陣たち六人は解放されたのだ。
「オレからしたら、未来と同居してる時点で許せないよ。自分で蒔いたタネだけどね」
六人を幻海邸に居候させたのは他でもない自分なので、強く咎められない蔵馬である。
「失敗したな。この前癌陀羅へ行った時、六人はあのまま置いてくればよかった」
「えー、妖駄さんが怒り疲れちゃうよ」
ことごとく妖駄の気に触る行動をする六人が安易に想像できて、未来が吹き出す。
「蔵馬、心配はいらないよ?みんな蔵馬とのこと祝福してくれたし、私のことは修行仲間の一人で全然女として見てないって感じだし」
「どうだか」
まるで信用していない様子の蔵馬が、あからさまにムスッと不機嫌になった。
(蔵馬もこんな顔するんだ……)
ヤキモチを妬かせて、蔵馬には申し訳ないけれど……そんな彼を、未来は可愛いと思ってしまった。
また、嫌だと隠さず表現してくれて嬉しいと。
「私が蔵馬しか見えてないから大丈夫だよ」
勇気を出した未来が、ギュッと蔵馬の腕に抱きつく。
「だから、機嫌なおして?」
「……どこでそんなの覚えたの?」
上目遣いで告げた未来の頬に、妖しく笑って蔵馬が手をのばす。
「お、覚えたも何も」
今初めてやったんだけど!という未来の台詞は、蔵馬の唇に飲み込まれた。
唇に落とされた柔らかい感触と温もりを、瞼を閉じて未来は享受する。
胸のドキドキで身体が熱くなって、頭の芯がとけていく夢のようなひととき。
甘やかな蔵馬とのキスが、未来は好きだった。
「今日はオレも料理に挑戦してみるよ。毎日未来一人だと大変でしょう」
名残惜しそうに唇を離すと、未来の頭を撫でながら蔵馬が言う。
すっかり機嫌はなおったようだ。
「え、嬉しい!じゃあ今から一緒にスーパー行こうか」
料理を手伝ってくれるという蔵馬の申し出に、未来が顔を綻ばせた。
一緒に食材を選んでいるとなんだか新婚さんみたいだな、なんて。
口には出さなかったが二人は互いに思っていた。
互いが互いに夢中で。
未来さえ、蔵馬さえいれば、他に望むものは何もないんじゃないかと思う。
そんな風に二人穏やかに過ごす時間を、恋人同士になって以来蔵馬と未来は重ねているのだった。