Ⅴ 飛影ルート
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✴︎after story5✴︎SISTER
(また誰かに見られてた!)
確信する未来が、ユキオとの会話を中断する。一体、この品定めするようにまとわりつく視線は何なのか。
「未来さん、どうしたんですか?……とにかく、雪菜の兄はボクなので」
この期に及んでシラを切り続けるらしいユキオに、苛立つ未来は目尻を吊り上げる。
両者の間に流れる険悪な空気がいっそう濃くなった。
「まだ言い張るつもりなの!?」
「なになに、ケンカ?」
未来がユキオを睨みつけていると、見知らぬ男の声が降ってきた。
「ダメじゃん!女の子怒らせちゃ」
え、誰?と未来は訝しげに眉を寄せる。
大学生くらいであろう若い男が、軽薄そうな笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってきた。
「ガキのお守りはやめてオレたちと遊ばない?ケンカ中だったみたいだし、ちょうどいいよね」
「お守り!?」
未来が男に絡まれる傍ら、ガキ扱いされたユキオの顔がショックで引き攣る。
「レストランで見かけてさ、キミともう一人の女の子、可愛いなって思ってたんだ」
先ほどのゾクリとする視線はこいつかと、拍子抜けしつつ未来は腑に落ちる。
桑原がいなくなり、絶好のチャンスとナンパに踏み切ったのだろう。
「私はまだこの子に話があるので」
「そんなガキほっといてさ、おいでよ。一緒に来てた女の子に帰られちゃってさ、今オレ暇なんだ」
「ちょ……離してください!」
キッパリ断った未来の肩を、ナンパ男が強引に抱いた。
懸命に逃れようとする未来だが、男の力には敵わない。
影ノ手を発動させればこんな輩すぐ一蹴できるが、人目の多い場所で闇撫の能力を使うわけにはいかなかった。また、ユキオにはまだ自分の能力を知られたくはない。
「やめろよ!嫌がってるだろ!」
無理やり連れて行かれそうになった未来を見かね、ユキオが大声で叫ぶ。
反抗してきたユキオに、へ〜?と面白そうに男はニタニタと笑った。
「離せよ!」
小さな身体にもかかわらず、ユキオは果敢に男に挑んだ。自分を助けてくれようとする彼の行動に、未来は目を見張る。
しかし、非力な拳が男に届く前に、あっさりと返り討ちにあったユキオは尻もちをついた。
「大丈夫!?」
「ほっとこほっとこ。行こうぜ」
ユキオの元へ駆け寄ろうとした未来の身体を、男はがっちりと掴み離さない。
我が物顔で触れてくる男に、ゾワリとした不快感が未来の全身をはしる。
「離してって言ってるでしょ!」
プチンと堪忍袋の緒が切れた未来が、渾身の力を振り絞り男の腕から逃れる。
暴れた未来の腕が身体に当たって、いっ…!と痛みに男が呻いた。
「なんだこのアマ!」
「きゃっ」
激昂した男に突き飛ばされた未来の身体がユキオの横に倒れる。
地面に投げ出された未来を見て、途端に我に返った男は今さら自分のしでかした行動を理解したかのように青ざめた。
「今の見た?」
「やばくない?」
「女の子が突き飛ばされた」
目撃していた他の来場者たちがそわそわと騒ぎ始め、マズいという表情で男はタラリと冷や汗をかく。
「ご、ごめん。頭に血が上って。やっぱり二人で遊んでるといいよ。じゃあまたね!」
「おい」
そそくさと逃げるようにその場を離れようとした男は、殺気のこもった低い声に金縛りにあったかのように身体を固まらせた。
「貴様、未来に何をした?」
目つきだけで人を殺せそうな冷えた視線に晒されて、男は声も出せず縮み上がる。
目の前の全身を黒い衣装で包んだ少年から浴びるいまだかつて感じたことのないほどの恐怖に、ついには腰を抜かしペタンと尻もちをついた。
「飛影……!?」
どうしてここに飛影が!?
愛する夫の思いがけない登場に、未来は倒れていた身体を持ち上がらせる。
飛影は未来を一瞥しその無事を確認すると、またすぐに刺すような目で男を見据えた。
「殺すだけで許されると思うか」
「ひ、ひぃっ……!」
静かながら強烈な怒気を露わにした飛影が一歩一歩男に近づき、その首根っこを掴む。
殺意を剥き出しにした飛影に迫られ、怯える男は今にも卒倒しそうだ。
「飛影、待って!」
「飛影、よせ!」
「殺すんじゃねーぞ飛影!」
焦って叫んだ未来にかぶせるように、蔵馬と幽助の声が飛んできた。
「未来、大丈夫?」
「派手に吹っ飛ばされてたな。女に手あげるなんざとんでもねーヤローだ。ありゃ飛影がブチ切れるのも無理ねーが……」
飛影に続いて、蔵馬と幽助まで現れるとは。
驚いている未来の元まで二人は駆け寄ると、今にも男を殺しかねない飛影を横目で見やる。
「た、助けっ……」
半泣きになった男が許しを請うが、飛影が聞き耳を持つわけがなかった。
ドゴッと鈍い音をさせ頬を一発殴ると、倒れた男の腹部を容赦なく蹴り上げる。
「がはっ……」
「足は残してやったんだ。さっさとオレの前から失せろ」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
赤く腫れた頬を押さえ咳き込む男は、何度も謝りながら這う這うのていでその場から逃げていった。
「あいつ一週間はメシ食えねーぜ。ま、殺されなかっただけマシか」
人間相手なのだ、飛影もあれでだいぶ手加減したのだろう。
トラブルがあるとの通報で現れた職員への説明に蔵馬が手こずっている傍ら、一件落着だと幽助が息をつく。
「チッ」
到底おさまらない憤りに苛立つ飛影が舌打ちする。
未来の身体に汚い手で触れた挙句、あろうことか暴力を振るった輩に対しての制裁はあれではぬるすぎるくらいだった。
「飛影、ありがとう」
やり過ぎだよ……と思う未来であったが、自分のために怒ってくれた飛影の行動を咎める気にはなれなかった。
「怪我はないか」
「うん、大丈夫。飛影こそ大丈夫なの?火山の噴火を止めに行ってたんじゃ」
見たところ無傷のようで安堵するが、そもそも飛影は魔界で闘っていたはずなのにと未来は首を傾げる。
「安心しろ。もう噴火は終わった」
「ほ、ほんとに!?」
「ああ。魔獄大山は無事鎮静化したよ。もう二度と噴火することはないだろう」
「S級妖怪総動員だったからな。もう心配いらねーぜ」
なんとか職員を追い払った蔵馬と幽助が肯定し、ほっと大きな安堵と喜びが未来の胸に広がる。
「すごいよ、こんな短時間で噴火を抑えるなんて!三人ともおつかれさま!それで、どうしてここに?」
「うーちゃんが教えて連れてきてくれたんです。未来や桑原くんたちがここにいると」
噴火が無事おさまったところで、裏女は蔵馬の前に現れると事情を説明し、遊園地へ連れてきたのだという。
人気の少ない建物の裏手で裏女の口から降り立った蔵馬たち三人は、未来の元へ急いだというわけだ。
「ふ、噴火?というか幽助って……」
その時、ずっとポカンとした表情で傍観していたユキオがおずおずと口を開く。
魔獄大山の噴火は初耳だったようだが、驚いているのはその事だけではないらしい。
「統一トーナメントも映らなかったド田舎のウチでも聞いたことあるぞ……浦飯幽助、妖狐蔵馬、飛影の名前は……」
まさかと狼狽えるユキオが青い顔をして後ずさる。
三竦みの軍でNo.2にまで上り詰めた彼らの噂は、魔界の僻地で暮らすユキオの耳にも届いていた。
「この三人も全員、あなたが雪菜ちゃんの本当の兄じゃないって分かってるんだよ」
「なっ」
「ちなみに桑ちゃんもこの三人と同じくらい強いからね」
未来が述べた衝撃の事実に、ユキオは二の句が告げなくなっている。
「貴様か。ふざけたことを抜かしている奴は」
先ほどまでナンパ男に向けていた殺意に満ちた眼差しが、今度はユキオの白い顔をとらえる。
雪菜の兄と名乗る人物が現れたという話を、飛影も既に幽助と蔵馬から聞いていた。
「あ……あ……」
「大人しく洗いざらい喋った方がキミのためだと思うが」
ジリジリと近づく飛影へ怯え後ずさるユキオへ、静かに蔵馬が告げる。
「ご、ごめんなさい!ボ、ボクは本当は雪男じゃない!雪菜の兄というのも嘘です!」
とうとう白状したユキオを、血管ブチ切れ寸前の怒りにわく飛影がギリッと睨みつける。
しかし己より早く動いてユキオの胸倉を掴んだ人物の登場に、飛影は意表を突かれた。
「今の話、ホントかよ。ああ!?」
「うっ」
内臓が震えるほどの激しい怒りに燃える桑原が、ユキオの胸倉を掴み食ってかかる。
未来とナンパ男の騒ぎを聞きつけやって来たところ、ユキオの告白を目の当たりにしたのだ。
「ご、ごめんなさ……」
「テメーだけは絶対許せねー。雪菜さんの気持ち弄びやがって!」
雪菜の心を傷つけるような行為をしたユキオは、桑原を本気で怒らせていた。
鬼気迫る桑原の姿に、圧倒された幽助、未来、飛影たちは何も口を挟めず棒立ちになっている。
「和真さん!もうやめてください!」
桑原を追いかけ駆けてきた雪菜が、悲痛な声で叫ぶ。
桑原に締め上げられるユキオの姿に、周りはまたザワザワと騒ぎ始めていた。
「雪菜さん……オレは許せないですよ。必死でお兄さんを探していた雪菜さんを、こいつは!」
「和真さん、もういいんです。だって……」
「雪菜。お前、こいつが兄ではないと分かっていただろう」
「え!?」
飛影の言葉に、ユキオも桑原も、誰もが驚愕し息をのむ。
言い当てられた雪菜は、観念したように目を伏せた。
「……そうです。以前飛影さんに言った通り、私の兄は炎の妖気に包まれていたそうなので……雪男だと名乗るユキオさんは兄ではないと分かっていました」
「じゃ、じゃあ雪菜さん、なんで」
思わずユキオの拘束の手を緩めた桑原が訊ねると、雪菜はふっと自嘲するような哀しげな笑みを口元に浮かべた。
「ユキオさんに騙されたフリをしていたら、もしかして本当の兄が名乗り出てくれるのではないかと淡く期待してしまったんです」
飛影の胸が、まるで急所を突かれたかのようにドクンと揺さぶられる。
「そのせいで飛影さんの大切な未来さんを傷つけることになってしまって、申し訳ありませんでした。和真さん、未来さん、黙っててごめんなさい。皆さんも、お騒がしてすみませんでした」
「雪菜さん、オレのことは気にしなくていいんです!」
「さっきのナンパは雪菜ちゃんのせいじゃないよ!?」
申し訳なさそうに頭を下げた雪菜は決して悪くないと、ぶんぶん首を横に振り桑原と未来は強く主張した。
「で、あなたの正体は何者なんですか?」
「さっさと吐いてもらわねーとな」
蔵馬と幽助の鋭い視線に見下ろされ、地面に手をついたユキオは項垂れる。
「ここは人目が多いので、場所を移しますか」
蔵馬の提案に同意し、一行は人気のない建物裏へと移動する。ユキオも借りてきた猫のように大人しく連行されていた。
「ボクの本当の正体は……」
「ポン太!探したよ!」
ユキオが口を開いたその時、一匹のタヌキがプンプン怒った様子でポンポコ駆け寄ってきた。
「なんだい、急に置き手紙残して家出して!あんたの妖気をつけてみたら、まさか人間界にいるなんて!人様に迷惑かけてたんじゃないだろうね!?」
「お母さん、なんでここに!?体調は大丈夫なの!?」
「お……お母さん!?」
突然現れた喋るタヌキとユキオの口から出た言葉に、仰天する未来は目をぱちぱちと瞬き両者を凝視する。
「もう何ともないよ、病気じゃないんだから!」
「じゃあ何であんなにずっとしんどそうで」
「あれはつわり!あんたに妹ができるんだよ!」
ええ!?と驚くユキオの表情がみるみる歓喜に満ちていき、やったー!と両手を空に向け飛び上がる。
「おい……一体どういうことだこりゃ」
「ボクの本当の名前はポン太。九歳の狸妖怪です」
完全に状況に置いてけぼりの一同がポカンとする中、おずおずと幽助が切り出すと、ポン!という音と共にユキオの姿が消え、代わりに一匹の小ダヌキが現れた。
まさかのユキオの正体に、あんぐり口を開けて一同は絶句する。
「お母さんの体調がずっと悪くて、でもウチ貧乏で良いお医者さんに診てもらうお金がないから……街に出た時にたまたま雪菜さんの噂を聞いて、氷泪石欲しさに彼女の生き別れた兄を装って人間界へ探しに向かったんです。写真はその噂をしてた暗黒武術会でダフ屋をやってたっていうおじさんからもらいました」
「あ、あんたそんなことしたのかい!?やっていいことと悪いことがあるよ!」
「一生兄のフリをする覚悟でした!」
息子のしでかした事の重大さを知り、激怒する母親を遮ってユキオが叫ぶ。
「空飛ぶ城の上から落とされたなら、残念だけどお兄さんは亡くなってるに決まってると思いました。なら、ボクが一生兄のフリをしていようと思ったんです」
ずっと妹か弟が欲しいと思ってたし、とユキオ……いやポン太が吐露する。
「でも……雪菜さんがあの浦飯幽助たちの仲間だって知ってたら、近づいていませんでした」
ド田舎育ちの世間知らずでまだ幼いポン太は、母親を助けたい一心で暴走してしまったのだ。
「遊園地に行きたいと言ったのは、単純に遊んでみたかったのと、雪菜さんが泣いてくれないかなと思って……」
「あんたみたいなのを浅はかっていうんだよ!もう本当になんとお詫びしたらいいか……」
母狸がポン太の獣耳を鷲掴みにし、一緒に深々と雪菜たちへ頭を下げる。
「もういいです。頭を上げてください。お腹の子にさわると悪いですし、お母さんもあまり気にしないでください」
穏やかな雪菜の声に、躊躇いながらおそるおそる母狸とポン太が顔を上げた。
「で、でも……」
「兄ではないと分かって私は騙されたフリをしていたんだからいいんです。生まれてくる妹さん、いっぱい可愛がってあげてくださいね」
ふんわりとした優しい微笑みを向けられて、深い罪悪感に駆られたポン太が涙目でまた頭を下げる。
「本当にごめんなさい!」
雪菜を騙し、気持ちを弄ぶような行為をするべきではなかった。
これからは生まれてくる妹に胸を張れるような兄になると誓い、ポン太は心の底から今回の事を悔い改めていた。
「和真さん……」
「オレは、雪菜さんがそう言うならそれでいいです」
懇願するような声色で雪菜に名前を呼ばれて、複雑な感情が入り混じった表情で桑原は頷いた。
「和真くん、ごめんなさい。こんなことになったけど、今日一緒に遊園地で遊んで楽しかったです」
ありがとうございましたと頭を下げるユキオへ、「おう」と短く桑原が返事する。
「未来さんも、ごめんなさい」
「私も雪菜ちゃんが許すならもう何も言わない。さっき助けようとしてくれて、ありがとね」
ポン太がしたことは許せるものではないが、母を助けようと必死な子供だったと判明したし、雪菜の意向に従いたいと未来は思った。
「本当に申し訳ありませんでした。また主人を連れて謝りに参りますので」
「そんな、本当にもう大丈夫です」
「あの、雪菜さん」
恐縮しきりの母狸を宥める雪菜へ、そっとポン太が耳打ちする。
「ボク、さっきは雪菜さんのお兄さんはきっと亡くなってるって言ったけど、やっぱり本当は生きてると思います」
未来との会話を思い起こして、内緒話のように小声でポン太が告げる。
「ええ。私もそう思うんです」
ニコッと悪戯っぽく笑った雪菜が可愛くて、意外そうに瞬きをしたポン太はしばらく見惚れていたのだった。
「ホラ、帰るよ。早く人間の姿になって」
母狸に急かされ、ポン!という音と共にポン太は再びユキオの姿に変わった。
私もあんたに合わせようかね、と続いて変化した母狸の、雪菜を大人びさせたような容姿に未来は息をのむ。
まるで雪菜と飛影の母親がそこにいるみたいだった。
母の顔を知らない彼らも同じことを思っているのか、惹きつけられたように彼女を見つめている。
「ねえお母さん、最後にお化け屋敷だけ行ってもいいかな。この遊園地の目玉らしいんだ」
「あんた本当に反省してるのかい!?」
ではこれにて失礼しますと、何度も謝りながら母狸はポン太を連れて帰っていく。
手を繋ぐ親子の姿は、すぐさま人波の中へと消えていった。
「なんつーか拍子抜けしちまったな」
垂金のような輩を警戒していたため、肩の力が抜けた幽助が呟く。
雪菜を監禁し拷問していた垂金の所業を考えたら、絶叫系アトラクションに乗せて泣かせようと企んだユキオの発想は可愛いものであった。
「一応この事、コエンマに報告しますか」
「おう。そうだな」
「じゃ、飛影はせっかくだし未来や桑原くんたちと一緒にここで遊んで帰ったらどうですか?」
ずっと黙って目線を地面の方に向けていた飛影へ、急に話を振った蔵馬。
面食らった飛影が、弾けたように顔を上げる。
「おい。どうしてそうなる」
「報告はオレと幽助で行くので。貴方を連れて行ったところで積極的に話さないでしょうから、役に立ちませんしね」
「蔵馬。貴様どういうつもりだ」
にこやかな笑顔でケンカを売っているとしか思えない台詞を吐く蔵馬を睨みつける飛影であるが、実際その通りである。
「いいんじゃねーか飛影。そういえば前に遊園地行きたいって言ってなかったか?」
「おい蔵馬、なんでオレたちがコイツと一緒に遊ばねーといけねーんだよ!
蔵馬に便乗する幽助がホラを吹く横で、冗談じゃないと桑原が吠えるが。
「そうですね。飛影さんも交えて、皆で気を取り直して遊びましょうか」
雪菜の一言に、桑原も、そして飛影も目を丸くする。
「行きましょうか」
「あ、待ってください雪菜さん!」
「ほら、飛影も行くよ!」
歩き出した雪菜を慌てて桑原が追いかけ、困惑している飛影の手を未来が引っ張る。
「飛影のヤツ、さっさと言っちまえばいいのにな」
「ええ。本当に」
遠くなる四人の背中を、あたたかい眼差しで幽助と蔵馬が見守っていた。
「おい、離せ未来」
「私、遊園地に飛影と一緒に来てみたかったんだ!」
「しょうがねぇ、雪菜さんもああ言ってたし、飛影も仲間にいれてやるか!」
「はい。四人で楽しみましょう」
不服そうな飛影であったが、未来に満面の笑みを向けられれば拒否する選択肢はない。
ユキオの正体が判明し湿っぽくなっていた気持ちを切り替えるように、大声で言った桑原に雪菜が嬉しそうに同意する。
これで本当にダブルデートが叶ったと、未来は頬が緩むのを抑えられなかった。
「まず何乗ろうか?」
「飛影が身長制限に引っかかるかもしれねーからコースター系は避けてやるか!」
「貴様、死にたいらしいな」
「じゃ、じゃあお化け屋敷入ってみる?」
ガハハハと桑原が腹を抱えて笑い、怒りで飛影は拳を小刻みに震わせる。
そんなバカな…と苦笑いしながら、未来は他の案を出してみた。
「大丈夫か飛影、怖すぎてちびるんじゃねーか!?」
「フン。脅かし役の人間の方がお前の顔を見て腰を抜かすかもな」
「何だとコラ!」
「あーもー、とりあえずあのティーカップ乗ろ!」
口を開けば歪みあってしまう飛影と桑原に、呆れた顔で未来が近くのティーカップを指差す。
二人のやり取りに、雪菜はクスクスと口元に手をあてて笑っていた。
「何だあれは」
「ありゃ乗ったティーカップをどんだけ回せるか競うアトラクションだ。飛影は耐えらんねーだろうから調子乗って回さねーよう気をつけた方がいいぜ」
「貴様こそ見栄を張って回しすぎんようにな。それ以上無様な姿を晒せば目も当てられん」
小馬鹿にした桑原の言い草にムッときた飛影が、お返しとばかりに吐き捨てる。
「んだとテメー!?試してみっかオラ!?」
「上等だ」
バチバチと目線の間で火花を散らす二人は、待機列に並び順番がくると、ちょうど空いていたブルーのティーカップに滑り込む。
同じティーカップに乗り込もうとした未来は、「待て」と飛影に制止された。
「未来と雪菜は乗るな」
「ええ、なんで!?皆で一緒に乗らないの?」
「雪菜さんと未来ちゃんがいると本気で回せねー。他のに乗ってくれ」
大真面目な顔をして桑原に頼まれ、唖然とする未来は言葉を失う。
「じゃあ未来さん、私たちは他のカップに乗りましょうか」
「う、うん」
大人しく隣のブルーのティーカップに雪菜と座った未来は、面白すぎるだろ、と二人きりでピンクのそれに乗っている桑原と飛影の姿をカメラで連写した。
後で必ず飛影と雪菜の兄妹ツーショット写真も撮ろう…と密やかに未来は決意する。
「うおおおおーーー!!」
「ちょっと、壊さないでよ!」
アトラクション開始のブザーが鳴るやいなや、雄叫びをあげながら中央のハンドルを回しまくる桑原に負けじと飛影も応戦する。
ありえないほど高速で回転し始めた二人のカップに慄き、未来が叫んだ。
「和真さんと飛影さん、仲が良いですね」
「ほんと」
緩やかにカップを回す雪菜と未来が、顔を見合わせふっと笑みをこぼす。
浦飯チームの恒例行事である桑原と飛影の言い争いは、いつも未来を安心させるのだった。
奇跡的にカップを破壊することなくアトラクションが終了すると、ややふらつきながら桑原と飛影が立ち上がる。
どうやら勝負は引き分けのようだ。
「よ、よく耐えたじゃねーか」
「貴様はすぐに音をあげると思っていたぜ」
ティーカップをおりた後もぐるぐると回る視界に耐え、余裕げな態度を崩さぬよう飛影と桑原は懸命に地面に両足をつけ踏ん張っている。
そんな二人を未来と雪菜は「おつかれさま」と労った。
「でも桑ちゃんよかったの?せっかく雪菜ちゃんと一緒にティーカップ乗れるチャンスだったのに」
こそっと未来が訊ねれば、あー!!と失念していた桑原が叫んだ。
脳裏に浮かんだ雪菜とキャッキャウフフして和やかにティーカップを回すなんとも魅力的な光景が、桑原の心を惹きつけて離さない。
「飛影!テメーのせいで雪菜さんと一緒に乗り損ねたじゃねーか!」
理不尽な怒りをぶつけられた飛影は、何だと?と売られたケンカを買う気満々でポキポキと手の関節を鳴らす。
「く、桑ちゃん、もう一回皆で乗ろうよ!ね!」
またもや一触即発な状態になってしまった二人に、焦る未来が誘ったのであった。
それからちょくちょく桑原と飛影の小競り合いを挟みつつ、四人は様々なアトラクションを楽しみ遊園地を満喫した。
最後に観覧車に乗ってから帰ることにした一行は、飛影と未来、桑原と雪菜のペアに分かれてゴンドラに運ばれる。
賑わう夕暮れの遊園地で、観覧車の中だけはゆったりとした静かな時間が流れていた。
「よかった。飛影、元気ないかなって思ったけど、桑ちゃんと言い合ってるといつもの調子取り戻していったね」
ぼうっと窓の外の景色を眺めていた飛影は、未来の言葉に虚を突かれた。
たまに未来は、自分でも気づかない飛影の心の機微をこうして言い当てる。
「桑ちゃんも、飛影の存在に助けられたんじゃないかな」
ユキオの件で、あんなに怒っていたのだ。少なからず気分が落ちていたに違いなかったが、飛影と喧嘩している時の桑原は徐々に活気を取り戻していくように未来には見えた。
「ユキオくんの件は、飛影のせいじゃないよ」
そう告げた未来の表情があまりに真剣だったから、飛影は何も言えなくなる。
ユキオの登場で飛影は罪悪感とも少し違う、罰の悪さのようなものを感じていた。自分が雪菜へ兄だと名乗っていれば避けられたことだったからだ。
それが未来の目には“元気がない”と映ったのだろうし、実際そうだったのかもしれない。
「雪菜ちゃんとも話したんだけどさ、飛影と桑ちゃんってホント仲良いよね」
「寝言は寝て言え」
「本気だってば!けど、もうちょっと桑ちゃんに優しくしてあげてもいいんじゃない?将来弟になるかもしれない人なんだし」
おどけた調子で未来が諭せば、心底不愉快そうに飛影は眉間の皺を深める。
「ってことは桑ちゃんは私の弟にもなるかもしれないってことだよね。それすごい素敵だなー!」
冗談じゃないと思ったが、楽しげに話す未来につられ、ふと飛影も考える。
しかし、桑原が義弟に…と一瞬想像しただけでめちゃくちゃムカついたのですぐさま頭から最悪の仮定を消し去った。
「ありえん」
「えー、わかんないよ?」
ふふっと笑みをこぼす未来を、不服そうに眉を歪めながらじっと飛影は見つめる。
未来は今日、意外にも“雪菜に兄と名乗り出ないのか”といった類いの言葉を飛影に投げかけなかった。
本心から飛影が言いたいと思えた時に名乗り出てほしい、と以前語ったスタンスを変えていないということか。
時雨との取り引きがなかったとしても、飛影は雪菜に自分が兄だと伝えるつもりは毛頭なかった。
雪菜が知る必要のない、知っても意味のないことだからだ。
けれど未来と穏やかに日々を過ごしていると、何故自分が兄という事実を妹に頑なに隠そうとするのか、理由が朧げになっていく。
別に打ち明けてもいいのではないかと、ふいにそんな気分にさせられる時がある。
だって、何も変わらないだろうから。
仮に打ち明けたとして、これからも未来は変わらず隣にいるし、桑原とは喧嘩をし、雪菜はニコニコと笑っている。
今日のような日常が続くことを、無自覚に飛影は望んでいた。
兄と名乗っても名乗らなくても、自分の雪菜への関わり方は何も変わらない。ただ見守っていくだけだ。
雪菜が兄を知りたいというのなら、応えてやってもいいのかもしれない。そう思うくらいには、飛影の心は邪眼の移植手術を受けた当時から変化している。
もし兄だと伝えたら、雪菜がどんな反応をするか飛影は想像もつかなかった。
未来はとても喜んで、桑原のバカはアホ顔を晒して騒がしく喚くに決まっているが。
「飛影、何笑ってるの?」
無意識に口元が緩んだのを、不思議そうに未来が指摘する。
ハッとした飛影は罰が悪そうにすぐさま元の仏頂面に戻った。
「笑ってない。それより未来、今回のようなことがあればこれからはすぐにオレに伝えろ。いいな」
無理やり話題を変えた飛影が、強い口調で未来に命令する。
今回の敵はユキオのような子供で事なきを得たが、もっと妖力の強く狡猾な相手だった場合、未来も雪菜も無事ではすまなかった可能性があると飛影は懸念していた。
「わかった。まあ今回はイレギュラーだったからね、魔界の火山が噴火しちゃって」
この世の滅亡の危機に、雪菜の兄を名乗る輩の登場。悪いことは重なるというがあまりにも災難続きだった。
けれど、同じように良いことも重なるものだ。無事に両方の件が解決し、こうして飛影と一緒に遊園地デートがまで叶ったのだからと未来は思う。
飛影と外でデートしたいというささやかな願いが叶い、顔を綻ばせていた未来だが、ふとユキオが正体を現した理由を思い出し、はあっとため息をつく。
ユキオは強いと有名な幽助、蔵馬、飛影にビビって途端に態度を変え全てを白状したのだ。
「結局飛影たちのおかげで全部解決したよね。ユキオくんの件は私が何とかしなきゃ!って息巻いてたのに。雪菜ちゃんはもう私の妹でもあるんだからさ」
雪菜は自分の妹なのだと迷いなく言い切り、今日行動で示した未来に飛影の胸がくすぐったく疼く。
飛影が大事に思うものを、未来は同じように大切にしてくれる人だった。
「悔しかったらお前も強くなって名を上げることだな」
けれど素直に嬉しいと口にするのは憚れて、いつものように飛影は憎まれ口を叩く。彼女は自分が守るから、別に強くなる必要はないと本心は思っているのに。
雪菜を守るために単身ユキオの元に乗り込んだ未来に感謝しているが、その危険な行動を彼女の前で肯定したくはない、複雑な心境だ。
「じゃあ飛影もまた闇撫の修行付き合ってよね!」
むうっと頬を膨らませた未来が唇を尖らす。この分だと明日にでも二人は幻海が所有する山に籠っているかもしれない。
「あ、もうすぐ頂上だね」
そう言うと、向かい合って飛影と座っていた未来が立ち上がり、彼の隣に移動する。
「観覧車の頂上でキスしたカップルは別れないってジンクスがあるんだよ」
「くだらん」
言葉とは裏腹に、とても自然な動作で未来の頬に飛影の手が触れる。
幾度となく交わしたキスの合図に未来が瞼を閉じれば、ちょうどゴンドラが頂上に達したタイミングで二人の唇が重なった。
「……くだらないんじゃなかったの?」
「したいからしただけだ」
ジンクスなんか関係ない。
こんな風にいつも飛影を誘う桜色の唇に、身体が動いただけだ。
観覧車のてっぺん、鼻先が触れそうな至近距離で囁きあう二人の影が、また一つになる。
「んっ……」
柔らかな未来の唇が、再び飛影のそれに塞がれる。
脳が蕩けるような感覚。漏れた未来の艶のある声に導かれるみたいに、飛影が彼女の後頭部を掴み、深く唇を重ねる。
応えるように未来が飛影の背中に手を回すと、ぐっと強く抱き寄せられた。
ジンクスなんかに縋る必要はない。
この大好きな優しい手は自分を絶対に離さないと、未来には揺るぎない確信がある。
既に永遠を誓い合っている二人の未来は一つだ。
「飛影……そろそろ見られちゃうかも」
唇が離れた合間、名残惜しそうに未来が呟く。
てっぺんを過ぎた観覧車は、地上へと傾き始めていた。
「桑ちゃんは紳士だから何もしてないよ」
隣のゴンドラへ目を泳がせた飛影へ心配無用だと太鼓判を押した未来は、彼の肩に顔を乗せもたれかかる。
「見られるんじゃなかったのか」
「これくらいいいでしょ。くっついてたいもん」
手と手を繋ぎ寄り添いあってゴンドラに揺れる二人が、同じ景色を眺める。
首に下げているのは、雪菜からもらった揃いの氷泪石だ。
「飛影、また一緒に遊園地に遊びに来ようね。他の場所にもさ、今度また色々行ってみようよ」
遊園地でもどこでも、お前が笑顔になる場所ならいくらでも付き合ってやる。
そんな思いは口に出さず「ああ」とだけ返事をした飛影だが、未来は全てが伝わったように柔らかく目を細めた。
静かにゴンドラに運ばれていると、うとうとと飛影の瞼が重くなっていく。
飛影がタフすぎる故おくびにも疲れを出さないので未来は失念しかけていたが、彼は夜通し鎮火活動を行っていたのだ。
「飛影、眠い?そっか、徹夜だったんだよね」
「着いたら起こせ」
そう言って瞼を閉じた飛影は、まるで黒龍波を使った後みたいにすぐに眠りに落ちていった。未来の体温が心地よかったせいもあるだろう。
「雪菜ちゃん、飛影と一緒に遊園地で遊べてすごく嬉しそうだったね……」
健やかな飛影の寝顔を眺めながら、そっと未来が囁く。
今日のようにたまに、飛影と雪菜が平穏な時間を共に分かち合う。
一緒に遊園地を楽しんで、今はまだそれだけで十分だと未来は思えた。きっと雪菜もそう感じたはずだ。
そう遠くない将来、互いに義理の兄弟、姉妹であると認識して自分たち四人は過ごせるようになる。
とびきり素敵な予感に駆られながら、眠る飛影の頬に口づける未来だった。
*fin*