Ⅴ 飛影ルート
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✴︎after story4✴︎雪男の戯言
この世の滅亡の危機に、雪菜の兄を名乗る輩の登場。
悪いことは重なるというが、あまりにも災難が続いている。
次元の穴を開け、たどり着いた桑原家。
逸る気持ちを抑えられず、未来が呼び鈴を連打しているとしばらくして玄関扉が開けられる。
「未来ちゃん、そんな何回も押さなくても……」
「桑ちゃん、ホシはどこ!?」
ホ、ホシ?と狼狽えている桑原の脇を通り過ぎ、おじゃまします!と言って靴を脱いだ未来はズンズン勇んで廊下を進んでいく。
「あ、未来さん」
リビングの戸を開けると、ソファに座っていた雪菜がこちらに気づいた。
彼女の隣にいる人物の姿をとらえた途端、未来は驚きで静止し言葉を失う。
「雪菜、この方は……?」
「私と和真さんの友人の、未来さんです」
柔らかな長髪。雪のように白い肌。
紅い瞳に、可愛らしい目鼻立ち。
男物であろう黒い甚平を着た少年の容姿が、同一人物と見紛うほどに雪菜と瓜二つだったからだ。
「未来さん、はじめまして。雪菜の兄の、ユキオと申します。妹が世話になっているようで」
雪菜より凛々しい眉をしたユキオと名乗る少年が、人好きのする笑みを浮かべて立ち上がり挨拶した。
身長は雪菜や飛影と同じくらいだろう。少し目線より低い位置にあるその可愛らしい顔を見下ろしていると、未来の胸にムカムカとしたものがこみ上げる。
「どの口が……!あんた一体どんなつもりで雪菜ちゃんに近づいたの!?」
「いたたたたっ……!!」
「未来ちゃん!?」
ぐいーんとユキオの両頬を思いっきり引っ張り出した未来を、慌てて桑原が引き離した。
突然の未来の奇行に、雪菜も目を丸くして驚いている。
「未来ちゃん、雪菜さんのお兄さんに何すんだ!」
「……変装じゃないのか」
後ろから桑原に取り押さえられ、ふーふー荒い息をしながら未来が呟く。
あれだけ引っ張っても顔が崩れなかったということは、雪菜そっくりの顔は作り物ではないらしい。
「桑ちゃんも蔵馬から聞いてるでしょ!?氷女を狙う妖怪が最近皿屋敷市に出没してるって!」
「大丈夫です。その妖怪はボクが昨日退治しましたから」
胸を張って答えたユキオに、皆の注目が集まる。
「そ、そうなんですかお兄さま!?」
「ああ。雪菜に悪さしようとしていたから、雪男の能力で氷漬けにしておいたんだ」
ユキオをさっそくお兄さま呼びしている桑原が感銘を受けている一方、未来は益々表情を険しくさせていた。
氷女を狙う妖怪が出没しているとの情報は、飛影と雪菜の関係を知らない桑原にユキオを警戒させるべく蔵馬がついた方便だ。それを退治したなんて事実、あるわけがない。
「そうなんですかー!!さすがですお兄さま!!」
「あ、あんたねえ……」
息を吐くように嘘をつくユキオを、怒りでプルプル肩を震わせ未来が睨みつける。
今すぐに、飛影こそが本当の兄なのだと桑原と雪菜に教えたい。
しかし飛影ではなく自分の口からそんな大事なことを伝えるのは憚れて、未来は焦ったい思いでいっぱいだった。
「ユキオさん、大丈夫ですか?その頬……」
「すぐに冷やすモノ持ってきますね!」
「これくらい平気だよ、雪菜。未来さんも、悪く思わなくていいですからね」
じっと黙って静観していた雪菜がユキオの赤く腫れた頬へ視線を向けると、目にも止まらぬ速さで桑原がキッチンへ向かった。
思いのほか棘のない眼差しをユキオから向けられて、未来は意表を突かれる。
「未来さんの警戒はもっともです。この痛みは貴方が雪菜のことを想って、心配してくれた証ですから……ボクは兄として感謝しなければならないくらいだ。……ああ、ありがとう和真くん」
桑原からタオルに包まれた保冷剤を受け取りながら、ふわりと未来へ微笑みユキオが続ける。
「未来さんのように警戒心の強く、雪菜を深く想う方がそばにいること、ボクはとても心強く有難い。これから少しずつ、疑いを晴らせるよう頑張りますね」
どうかよろしくお願いしますとユキオに頭を下げられて、やり場のない苛立ちに耐える未来が唇を噛む。
一体どうすればいい……?
飛影や幽助、蔵馬たちは頼れない。
自分一人でこの胡散臭い男の正体を暴かねばと、未来は必死で頭を巡らせる。
「だから雪菜と和真くんも、未来さんを責めたり怒ったりしないでくれ。ボクも早く未来さんから信用を得られるよう頑張らないとな」
「お兄さま!!なんて人格者なんですか!!」
「雪菜からも、早く兄さんと呼んでもらえるよう頑張るよ」
いたく感激している様子の桑原がすかさずゴマをすっている傍ら、ユキオが雪菜へ話しかける。
「でも無理はしなくていいからね。生き別れた兄が急に目の前に現れて、動揺してると思うから」
「……すみません。まだ実感がわかなくて」
申し訳なさそうに雪菜が謝ると、いいんだよと優しくユキオが微笑んだ。
「そうですよね雪菜さん。ずっと探していたお兄さんが見つかったなんて、夢のようですぐに信じられないですよね!」
「雪菜、迎えに来るのが遅くなってごめんよ。ずっと魔界を探していたんだ。まさか人間界にいるとは考えていなかったから……随分と待たせてしまったね。不甲斐ない兄を許してほしい」
「……いえ。こうして会いに来てくれただけで嬉しいです」
「ありがとう。これからは今まで会えなかった分、兄妹の時間を仲良く過ごしていこう」
「いやあ、雪菜さんのお兄さんなら優しく素晴らしいお方に違いないと思ってはいましたが、ここまでとは!!」
「和真くん、言い過ぎだよ」
雪菜と桑原に囲まれてユキオが笑っている光景を、これ以上見ていられない。
息苦しくなった未来は、ギュッと胸元の服を掴んだ。その下に隠してある雪菜から貰った氷泪石を、お守りのように握りしめる。
雪菜は飛影が兄だと気づいているような節のある言動を未来へ見せていたのに、あれはこちらの気のせいだったのだろうか。
飛影以外の者を兄さんと呼ぶ雪菜の姿なんて、想像しようとするだけで辛くて未来は目を伏せた。
桑原にお兄さまと慕われるべきなのも、雪菜へ兄と名乗れるのも。二人の間にいるべきなのも。
全部全部飛影なのに。
飛影だけなのに……!
ズタズタに胸が切り裂かれたみたいに苦しくて、じわりと涙がこみ上げた目元を慌てて未来が擦る。
(弱気になってちゃ駄目だ)
雪菜を……飛影の大切な妹を守らなくてはと、今一度未来は気を引き締める。
目の前の男は物腰を低くしてこちらの懐に入ろうとする、今までの敵とは違ったタイプで厄介な相手だ。
一体どんな能力を持っているのか、雪菜に近づいた目的も不明。本当に雪男で、氷漬けにする能力を秘めているとすれば警戒は怠れない。
穏やかな妖気からは禍々しいものは感じられず、強い妖力を秘めているようには見えないが油断大敵だ。
先ほどは冷静さを欠いた言動をとってしまったが、これ以上彼を刺激しない方が得策かもしれないと未来は考える。
静観し彼から目を離さないようにしながら、その目的と正体を探るか。
(私の能力も知られたくはないな)
何もかもが謎に包まれているユキオへの警戒をいっそう強める未来が決意する。
闇撫の能力を発動するのは、ユキオが雪菜へ危害を加えようとした時だ。
「そうだ、人間界に来たら雪菜と一緒に行きたいと思っていた場所があるんだけど……」
「何なりとお兄さま!!」
この度が人間界初訪問であるらしいユキオがおずおずと切り出せば、高級レストランでも何でもどんと来いとポケットから桑原が財布を取り出す。
「ゆうえんちという所へ行ってみたいんだ」
「ゆ、遊園地?」
予想外の申し出に、お年玉の残りがあったはず…と自室へ貯金を取りに行こうとしていた桑原は拍子抜けした。
「魔界にそんな場所はないから、興味があって……」
「いいですよ、行きましょう遊園地!!」
「私も行く!」
案内します!と息巻く桑原に続き、ハイ!と未来が手を上げ名乗りをあげる。
「未来ちゃん、大学は!?」
「休むよ!桑ちゃんこそ高校は!?」
「雪菜さんのお兄さんが見つかった時に授業なんか受けてる暇あっか!」
悲願の合格を果たした高校の授業を日々真面目に受けている桑原だが、想い人の一大事となれば話は別だ。
「さっきはいきなりほっぺ引っ張ってごめんなさい。いいですか?私も行っても」
挑むような眼差しで未来が訊ねると、ほんの一瞬眉を顰めたユキオだがすぐさま表情を柔らかいものに変える。
「ええ、もちろん。嬉しいです」
その台詞をユキオからの宣戦布告とみなした未来は、メラメラと胸に闘志を燃え上がらせるのだった。
***
直行便の高速バスに揺られて約一時間半。
絶叫系のアトラクションを楽しみたいとのユキオのリクエストに応え、一行は富死急ハイランドを訪れていた。
「私、遊園地なんて初めてです」
「ボクも初めてだから、雪菜と一緒に来れて嬉しいよ」
「雪菜さんとお兄さまと来れてオレも幸せです!」
園内に入場すると広がる賑やかな光景に、雪菜とユキオ、桑原は瞳を輝かせる。
一方の未来は久しぶりの遊園地に喜ぶこともなく、ユキオへの警戒の目を緩めずにいた。
ちなみにバスの乗車中に聞いた話によると、妹を探して皿屋敷市内を駆け回っていたユキオは桑原の友人である沢村たちと昨夜偶然出会ったことにより、こうして雪菜との再会を叶えたらしい。
「お兄さま、まず何に乗りましょうか?」
「一番怖くて激しいヤツに乗りたいな」
「じゃあこのグルグル回るやつがいいですかね」
可愛らしい顔に似合わず過激なユキオの要望に、幾分たじろぎつつ桑原が手元のパンフレットの地図へ視線を落とす。
「雪菜はこういうの苦手かい?できたら雪菜と一緒に乗れたら嬉しいな」
「私もせっかくなので乗りたいです」
「よかった!雪菜と一緒に乗れるなんて嬉しいよ」
雪菜の返答に、ユキオは声を弾ませる。
「未来さんは大丈夫ですか?」
「平気です。私も乗ります」
ユキオに訊ねられ、ニコッと笑顔を作って未来が応える。
雪菜もユキオと一緒に搭乗するのに、自分だけ地上に残り待っていられるか。正直絶叫系はあまり得意ではないが、背に腹はかえられない。
「ではオレについてきてください!」
ちょっぴり恐怖心もある桑原であったが、雪菜やユキオの前で弱々しいところは見せられないとコースターへ皆を先導した。
「キャアアアアーーーっ!」
園内で一番スリリングだと評判のコースター付近では、時おり乗客の甲高い悲鳴が上空から聞こえてくる。
未来とて例外ではなく、凄まじい浮遊感に絶叫しながら隣に座っているユキオへ注意を払っていた。
一つ前の席に並んで座っている雪菜と桑原、そしてユキオも、未来と同じく大きな叫び声をあげている。
「はあーっ、楽しかったですね」
コースターを降りると、心なしか搭乗前よりゲッソリした桑原が皆へ話しかけた。
「想像以上の爽快感だったよ!噂通りだ!雪菜は怖かったんじゃないかな、大丈夫かい?」
「ええ。怖かったですけど、なんとか」
初めて体感した人間界のアトラクションに興奮するユキオが、雪菜の顔を覗き込む。
「……そう。よかった」
その言い方に少し含みがあるように感じた未来が、人知れず眉を顰ませる。
「次もさっきみたいに怖いヤツを楽しみたいな」
「じゃあ次はアレに乗ってみましょうか!」
そう言って桑原が指差したコースターも、先ほど搭乗したものに並んで激しいと評判のアトラクションだ。
そうして一行は、絶叫系アトラクションを制覇する勢いで次々と園内を回っていった。
その度に雪菜の顔色を窺うユキオの言動が、無性に未来は引っかかって仕方なかった。
そろそろ休憩しようかという話になり、フードコート型のレストランに入店した一行は屋外の丸テーブルを囲んだ。
それぞれトレーに注文した品をのせ、席についたところで「あ」と気づいたように雪菜が呟く。
「ストローを取り損ねていました」
「雪菜さん、オレが行きますよ!」
「いえ、自分で行ってきます。ありがとうございます、和真さん」
桑原の申し出を断り、雪菜が取り忘れたストローを求めてレジ付近へ向かう。
「ボク、ちょっとトイレに行ってきますね」
雪菜に続き立ち上がったユキオは、そう言ってそそくさと洗面所の方へ向かい入っていった。雪菜の後をつけたようではないので、ひとまずは安心か。
それにしても、絶叫系アトラクションに搭乗する度いちいち雪菜の顔を窺うユキオのあの行動……彼女が涙を流さないか確認しているように思えてならない。
しかし無邪気にはしゃぐ彼の姿は、純粋に遊園地を楽しんでいるようにも見えた。あれも演技なのだろうか。
また、氷泪石が狙いなら何故こんなまわりくどい方法をとっているのか謎だ。
「雪菜さんとオレと、未来ちゃんとお兄さまと……なんかダブルデートみたいだよな!」
未来が思案していると、同じくテーブルに残っていた桑原に嬉々として話しかけられた。
「桑ちゃん、冗談でもやめて」
「ワ、ワリイ」
ユキオとカップル扱いされひどく気分を害した未来に蛇のような目で睨まれ、すごすごと桑原が謝る。
「……未来ちゃん、今日なんか様子おかしいよな。やっぱユキオさんのこと今も疑ったままか?」
いつになく真面目な声色で桑原に切り出され、未来の顔が強張る。
ユキオを義兄として慕い、心酔している様子の桑原にとって今日一連の自分の態度は決して気持ちの良いものではなかったろう。内心立腹していてもおかしくはない。
「桑ちゃん、私……」
「オレに協力できることがあったら言ってくれよな、未来ちゃん!」
てっきり責められるかと思っていた未来は、任せとけ!と胸を叩いた桑原の発言に目を見張る。
「未来ちゃんがあれだけ警戒してんだ。何か勘っつーか理由があるんだろ?……未来ちゃんが思い詰めたカオしてんの、ずっと気になってたんだ」
「桑ちゃん……」
胸にじんと熱いものがこみ上げて、大きな思い違いをしていたと未来は悟る。
たしかに今、飛影や幽助、蔵馬には頼れないけれど……決して自分は一人じゃない。
事情を全く知らないのに無条件で未来のことを信じ味方になってくれる、目の前の桑原という心強い存在がいる。
「……桑ちゃん、わかってくれてありがとう」
「たりめーだ!」
普段温厚で穏やかな未来が、ユキオへ尋常ではない敵意を見せたり、初対面でいきなり彼の頬を引っ張る常軌に逸した行動をとったり。
気でも触れたのかと未来へ不信感を抱くほど、彼女との関係は浅くないと桑原は自負している。
未来は桑原がこの世で最も信頼している友人たちの内の一人なのだ。
そしてまた、未来にとっても桑原は絶大な信頼をおける相手だった。
知ってほしいなあ、と未来は思う。飛影が雪菜の兄であるという宝物のような秘密を、出来ることなら桑原とも共有したい。
そう伝えたら、飛影は何と答えるだろうか。
「上手く理由は説明できないけど……私は百パーセントあのユキオって奴は雪菜ちゃんのお兄さんじゃないって確信してる」
「百……そんなにか……」
ショックを受けた様子で呟く桑原に心を痛めながら、未来は続ける。
「雪男だからユキオって名前、安直すぎてすごく偽名っぽいし。現れたタイミングも、何もかも怪しすぎるよ。桑ちゃんにも、あいつのこと盲信しないでほしい」
「おう。わかったぜ」
真摯な未来の説得にしっかりと頷いた桑原だったが、ただよ…と断る。
「ただ……ユキオさんへの警戒は怠らねーが、オレはまだ完全にユキオさんが雪菜さんの実の兄じゃねーって否定したくはねーんだ」
未来の意見を尊重しつつ、自分はまだ希望を捨てたくはないと唇を噛んで桑原は述べた。
「せっかく見つかったと思ったお兄さんが悪意もって近づいた偽者だったなんて、あんまりじゃねーか……」
耐えるように歯を食いしばる桑原が膝上で丸めた拳が、ギュッと爪が食い込むほど強く握られる。
雪菜を想っているとありありと分かる姿に、未来の胸は大きく揺さぶられて軋んだ。
「だからユキオさんが雪菜さんの兄じゃねーって確証がない限り、失礼な態度はとりたくねー」
「うん……わかった」
今の桑原の顔を見て、絶対にユキオは敵なのだと未来はそれ以上強く言えなかった。
桑原はユキオのことを信じたいと思っている。
ひとえにそれは雪菜のためなのだと、未来にも切ないほど強く伝わった。
未来だって雪菜のことも、そして桑原のことも傷つけたくはないのに。
無事にユキオの正体を暴き白日の元に晒したとして晴れやかな気持ちにはなれないだろうと思うと、伏せたまつ毛が未来の顔に暗い影を作った。
「それによ、オレはユキオさんがどうにもそんな悪いヤツには思えねーんだ」
希望的観測は大いにあるかもしれないが、桑原の勘がユキオは悪人ではないと告げていた。
「でも、注意は払うから任せとけ。ぜってー雪菜さんとユキオさんを二人きりにはさせねーし、それとなく腹の内を探ってみるぜ」
「すごく助かる。私は最初に攻撃的な態度とっちゃったせいで、絶対警戒されてると思うから」
見てて胃もたれするくらいゴマをすり続けている桑原相手になら、ユキオも気を緩め会話の中でぽろっとボロを出すことがあるかもしれない。
頼もしい友人の存在に、久しぶりに未来は心に光がさしたような気持ちになった。
「……桑ちゃんが低姿勢で探ってくれるなら、私はちょっと攻めてみようかな。協力してくれる?」
「オレに出来ることなら何でも言ってくれ!」
「ありがとう。じゃあご飯食べた後に……」
コソコソと桑原と策を練っていた未来を、突然背後からゾクリとした視線が襲った。
「……っ!?」
「どうした?未来ちゃん」
「今、誰かに見られているような気がして……」
「どうかしましたか?」
急に背後を振り返った未来に、はてなマークを浮かべる桑原。
そこへ、未来が視線を感じた反対方向からユキオが戻ってきた。
「未来さん、何かありました?」
「ううん、何でもないよ!」
ほぼ同時に雪菜も戻ってきて、気のせいかと思い直した未来は首を横に振った。
全員がテーブルに揃い、皆でファストフードを囲む。昼食中は終始和やかな雰囲気で、未来も当たり障りのない会話をするに留めておいた。
「ユキオくん、ちょっと」
「な、何ですか!?」
行動を開始したのは、フードコートを出て園内をぶらついていた時だ。
突然未来に腕を掴まれ園内の片隅まで引っ張られたユキオは、どんどん遠くなる桑原と雪菜の背中に焦っている。
「今から桑ちゃん雪菜ちゃんとわざとはぐれるから」
「ええ!?どうしてですか!?」
「さっき桑ちゃんに頼まれたの。雪菜ちゃんとしばらく二人きりで回りたいから、ユキオくん連れてそっと離れてくれないかって」
「ああ、なるほど」
今朝初めて会ったとはいえ桑原の雪菜への好意に既に気づいていたらしいユキオは、すぐに事情を飲み込んだ。
「三十分後に偶然を装ってまたフードコートの前で落ち合う約束だよ」
「わかりました。未来さんはやっぱり友人想いな方なんですね。和真くんに協力するなんて」
「私もちょうどよかったの。ユキオくんとゆっくり二人で話がしたいと思ってたから」
「ボクと?……嬉しいなあ。ボクも早く認めてもらうために、未来さんと親交を深めたいと思っていたんです」
「……ハッキリ言うね」
桑原がユキオを懐柔しその正体を探る作戦でいくなら、既に彼に警戒されていて後に引けない自分は思いっきり攻めてみよう。
そう決意し桑原の協力を得てこの状況をつくった未来が、鋭い目つきでユキオを見据える。
「私はあなたが雪菜ちゃんの兄じゃないって分かってるの。彼女の本当のお兄さんを知っているから」
余裕げな笑みを浮かべていたユキオも、この発言は想定外だったようでスッと顔から表情が消えた。
しかしそれも一瞬で、フッと嘲笑うような息を吐くと再びユキオは口を開く。
「その方が勘違いしてるんじゃないですか?雪菜の兄はボクですから」
「勘違いじゃない。事実なの」
「ではもし真実だとして、何故その方もあなたも、雪菜にそれを教えてやらないんですか?」
刺々しい口調で訊ねられ、痛いところを突かれた未来が言葉に詰まる。
「それは……こっちにも色々と事情があって」
「今後も兄だと名乗り出るつもりがないなら、ボクが兄として振る舞っても別に問題ないですよね。その方に伝えておいてください。今まで貴方が放棄してた分まで雪菜の兄としての役割はこれからボクが果たしますと。そもそも実の兄はボクですしね。その方はやはり勘違いされてますよ」
「違う!」
早口で巻き仕立てるユキオを遮り、未来が叫ぶ。
今まで飛影が兄としての役割を果たしていないととれる発言をしたユキオへ、否定せずにはいられならなかった。
ハッキリ口にこそしないが、飛影がとても雪菜のことを大切に想っていると未来は知っている。
飛影がどんなに。どれだけ………
ゾクリ。
昂る感情のまま口を開きかけたところで、まとわりつくような視線を感じた未来の背筋が凍った。
「未来さん?」
突然青白い顔をして後ろを振り返った未来に、訝しげにユキオが眉間に皺を寄せる。
(また誰かに見られてた……!)
今度は確信に近いものを感じ、緊張する未来が冷や汗をかく。
敵は目の前のユキオだけではないのか。それとも。
園内に大音量で流れる陽気な曲調の音楽が、かえって未来の焦燥感に拍車をかける。
切羽詰まった顔で辺りを見回し周囲を警戒する彼女を、雪菜と同じ紅い瞳を向けユキオはじっと見つめていた。