Ⅴ 飛影ルート
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✴︎after story0✴︎Family
未来が大学に合格し、お祝いムードいっぱいの永瀬家。
ドキドキの日を迎えた未来は、リビングの真ん中で仁王立ちして両親へ最後の念押しをしていた。
「ほんと飛影に失礼なことしないでよね!」
「わかってるわよ。飛影くんは妖怪で、私たちの文化と違うからそれを尊重してあげてって話でしょ?無口で無愛想だけど、とっても素敵な人なのよね」
耳にタコができるくらい何回も娘から聞かされていた母親が、キッチンを掃除する片手間に返事する。
目鼻立ちが娘の未来と似た、オシャレで溌剌とした可愛らしいママだ。
「そう。敬語とかいう概念も飛影にないからね」
「いいじゃない、フランクで!」
ウェルカムだと快活に笑った母親に対し、リビングのソファで腕を組み座っている父親は、落ち着かない様子でやや難しい顔をしている。
「あ、お父さん、飛影に背が低いねとかデリカシーないこと言わないでよ」
「言うわけないよ、そんなことしかも初対面で!」
娘に釘をさされた父親は、そんなに信用ないのかとショックを受けた顔で、心外だと主張する。かけていた眼鏡がずり落ちる勢いだ。
「そう思ってるけど、一応ね」
「あら、飛影くんは背が低いのを気にしてるの?身長なんてどうでもいいのにねえ、大事なのはハートよ!」
「気にしてはなさそうだけど、いきなり背のこと言われたら良い気はしないと思うから」
家族に会おうとあの飛影がしてくれたことが、未来はとても嬉しくて。
今日、絶対に飛影に一瞬たりとも嫌な思いをしてほしくなかった。
「うちに来てよかったって飛影に思ってほしいんだ」
「未来……」
眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の父親は、初めてできた彼氏を想い噛み締めるように述べた娘を、少し寂しそうに見つめていた。
「未来の大切な彼氏だ。もちろん失礼のないようにするよ。ただ、お父さんやっぱり同棲するのは早いんじゃないかと思うよ……」
「あら、お父さん前にオッケー出したじゃない!」
キッチンからツカツカと歩いてリビングまで来ると、男に二言はないでしょうと、腰に手を当てて妻が夫を責める。
「私たちも結婚前に同棲したじゃない。自分はよくて未来はダメってそりゃないわよ」
「そうだそうだ!」
「うっ、それはそうだが……しかし……」
味方になってくれる母親に、これ幸いと加勢する未来。
そこを突かれるといつも反論できなくなってしまう父親だが、今日ばかりは違った。
「で、でもまだ未来は学生なんだ!同棲なんかして、妊娠でもしたらどうするんだ!」
しばらく躊躇するように口ごもっていた父親が、思い切って叫ぶ。
「にっ……!?」
「妊娠なんて同棲してようがしてまいがする時はするわよ!」
直接的なワードに大いに動揺した未来の顔が真っ赤に染まる傍ら、あっけらかんと母親が言い放った。
「な……」
彼氏ができたんだ、そりゃそうかもしれないけども。
妻の言葉に予定外のダメージを受けた未来父は、それきり二の句が継げない。
「未来、分かってると思うけど学生の間はちゃんと避妊しなさいよ」
「う、うん」
母親へこくりと素直に頷いた未来だが、ズーンと落ち込んだ表情でこちらを見つめている父親と目が合いハッとする。
「ていうか、妊娠とかするわけないから!変なこと言わないでよね!」
「よかったわねお父さん、まだそんな関係じゃないみたいよ」
居た堪れなくなった未来が叫べば、くすりと笑って妻が夫へ耳打ちする。
「それに、彼氏と同棲っていうか……」
「未来?」
ごにょごにょ小声でこぼしている未来へ、不思議そうに両親が首を傾げた時、突然ガタガタと部屋全体が揺れ始めた。
「うーちゃんだ!」
「飛影くんを連れてきたのね!」
「この怪奇現象、いつになっても慣れる気がしないな……」
裏女がやって来た合図に、顔を輝かせワクワクする母親と、身震いする父親なのであった。
裏女の口から普段の黒装束を着てリビングへ現れた飛影は、ちゃんと靴を脱いでいた。
口を酸っぱくして土足厳禁を言い渡した甲斐があったと、未来は胸を撫で下ろす。
「実物は写真よりイケメンね!」
「飛影くん、いらっしゃい。よく来てくれたね」
ナマ飛影に興奮している様子の未来母と、自分の目線より遥か下に頭のある娘の彼氏に、ちっさ!と思わず心の中で叫んだものの決して表情には出さなかった未来父が、飛影を熱く歓迎した。
「つまらんものだ」
「まあ、飛影くんありがとう!」
未来の両親を前にしても飛影は動じる様子なく、いつもの仏頂面で持っていた紙袋を二人へ差し出した。
満面の笑みで手土産を受け取った未来母は、お茶を入れてくるわねとキッチンへ向かう。
(つまらんものだじゃなくて、つまらないものですがって言って渡すんだよ飛影!)
父親の顔色を窺いつつハラハラしながら未来が心の中でツッコむが、まあ及第点だろう。
手ぶらでも母親は全く気にしないだろうが、父親からの印象を良くしておくために、飛影に手土産を持参するよう予め未来は根回ししていたのだった。
「ひ、飛影くん、立ち話もなんだからソファに座ったらどうだい」
飛影よりよっぽど緊張している様子の未来父に勧められるがまま彼がソファに座ると、キャンキャンという鳴き声と共に小さなふわふわの球体が二つ、部屋の奥から走ってきた。
「すごーい!飛影、好かれてる!」
「なんだこいつらは」
尻尾を振って膝に飛び乗ってきた一匹と、足元で駆け回っている一匹の騒々しさに飛影が眉を寄せる。
「ユウとコイだよ。うちで飼ってるトイプードルなの。言ってなかったっけ?」
茶色い方がユウで、黒い方がコイだと未来が説明すると、そういえばそんな話聞いたなと飛影は思い出した。一匹の名前は幽助に似てるなという感想を抱いた覚えがある。
「お父さんが特に溺愛してるんだ!」
「あ、ああ」
人見知りする愛犬がめちゃくちゃ飛影に懐いている光景に眼鏡の位置を直し、目を丸くして驚いている未来父が娘に同意する。
「飼いたがったのはお兄ちゃんだけど、結局一番可愛がってお世話してるのはお父さんよね。それにしてもすごいわ、ユウとコイが初めての人にこんなにすぐ懐くなんて!」
永瀬家は父、母、一人暮らしをしている大学生の兄、未来、ユウ、コイの四人と二匹の家族だ。
キッチンから未来母もすごいすごいと感嘆するが、いまいち飛影はピンときていない様子である。
「きっと飛影くんが良い人ってわかってるのよ〜。ねっ、お父さん!」
「あ、ああ、そうだな」
「ユウ、コイ、そろそろ離れな。飛影困ってるよ」
窓を開けて未来が二匹を誘導すると、犬たちは庭へ駆けていく。
追いかけっこして庭で戯れている二匹を眺めながら、四人は未来母が入れてくれたお茶と、飛影が持ってきた焼き菓子をリビングのローテーブルで囲んだ。
「飛影くんは未来の命を何度も助けてくれたそうだね。ありがとう。何回礼を言っても足りないくらいだ」
全員がリビングに揃うと、未来父が改まって飛影へ礼を述べた。
一人異界の地へ行ってしまった大事な娘を守ってくれたという飛影に、彼は深く感謝しているのだ。
「そうよ、私たち飛影くんにとっても感謝してるの。本当にありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない」
淡々と表情を変えずに飛影が応える。
未来を守るのは当然のことだったと、本心から思っている。そう感じさせる反応だった。
「飛影にとっては大したことなかったかもしれないけど、私はすごく救われたの」
おだやかに目を細めた未来が、隣に座る飛影の手をそっと上から包めば、初めて彼の表情が変化した。
「あらあら、未来は飛影くんにベタ惚れね!」
ゴホン!という父親の咳払いと母親の冷やかし声に、飛影と見つめ合っていた未来がハッとして彼から手を離した。
両親の前で二人の世界に入ってしまったことを恥じる未来は、無言でカップに口をつける。
ふんわり未来に微笑まれて、みっともなく心臓が揺さぶられた自身に心の中で舌打ちする飛影も、気まずそうに彼女から視線を逸らした。
「飛影くんは暗黒武術会って大会の試合で全勝だったそうね!すごいわ〜、全勝無敗だったのはチームの中でも飛影くんだけだったって話じゃない!こんなに強い男の子が未来についていてくれるなんて安心よね、お父さん!」
「ああ、頼もしい限りだよ」
「黒龍波って技が使えるって未来から聞いてるわよ!すごいわねー、魔界の炎なんですってね!黒い炎ってなんだかよく焼けそうでいいわよね、分厚いお肉もきっとすぐ火が通るでしょう」
飛影の返事を待たずして勝手に喋りまくる未来の母親のマシンガントークにより、圧倒される彼がいつも以上に無言になっていても間は問題なく持った。
終始和やかな雰囲気でお喋りに興じたところで、時計を一瞥した未来母が立ち上がる。
「そろそろ晩御飯の準備するわね」
「何か手伝おうか?」
「ううん、お父さんと未来は私の分まで飛影くんをもてなして」
夫の申し出を断り未来母がキッチンへ向かったタイミングで、庭の二匹が窓越しから飼い主たちへキャンキャン吠える。二匹で遊ぶのに飽き、構ってほしいのだろう。
「フリスビーでもしてやるか」
「いいね!飛影も行こ!」
愛犬の要望に、頬を緩ませた未来父が腰を上げる。
未来に手を引かれるまま、庭用サンダルを貸されて飛影も一緒に外に出た。
「ユウ、行くぞ!」
未来父が投げたフリスビーを、華麗にユウがキャッチする。
よくやった!と未来父に褒められ頭を撫でられたユウが、得意気にふわふわの尻尾を振る。
「じゃあ次はコイ、行くよ〜」
「未来、勢いあまってお隣さんの家に投げるんじゃないぞ」
「わかってるよ!」
父親からの忠告を聞き流し、フリスビーをコイの方へ未来が投げる。しかしあらぬ方向に飛んだフリスビーは、庭の木の高いところに突き刺さってしまった。
「あ!」
「全く、どこに投げてるんだ」
しまった!という顔をする娘に、父親が呆れた笑みをこぼす。しょうがないなあという風に、娘への愛おしさが滲み出た口調だ。
「未来は昔から下手だなあ。お父さんが今取ってあげるから待ってなさい」
「わあ、飛影ありがとう!」
飛んでしまったフリスビーを取るのは、いつも身長の高い自分の役目だ。ところが父親が動くより早く、フリスビーは飛影の手によって未来の元へ返されていた。
「い、今……え!?」
瞬きをする合間に木の上から飛影の手へとおさまっていたフリスビーに、驚愕する未来父が目を白黒させる。
まさか今の一瞬のうちに飛影はフリスビーを取り、何食わぬ顔で戻ってきたというのか。常人の目では到底追えない速さだ。
「お父さん、今の見た!?飛影はとってもすごいの!」
「おい。あまり騒ぐな」
キャッキャと興奮気味に熱く語る未来に飛影が眉を寄せる。こんなことで讃えられても嬉しくも何ともないのだろう。
「前に青龍って敵も、一瞬で十六回も切って倒したんだよ!」
「すごいな、飛影くんはまるでスーパーマンだね……」
いまだ信じられないといった表情で父親がこぼせば、でしょでしょ!と嬉しそうに未来が同意する。
はしゃぐ娘の姿が、ちょっぴりまた父親の寂しさを刺激した。
「もっと広いところで遊んであげたいし、散歩行ってくるね」
そう言ってユウとコイのリードを繋ぎ、フリスビーを持った未来が「飛影も一緒に行こう」と誘う。向かう先は近くの公園だ。
父親が何度も娘と一緒に犬を連れて、もっと小さい頃には自転車や逆上がりの練習へ行った場所だった。
「気をつけて行ってくるんだよ」
ユウとコイは飛影と散歩に行けるのが嬉しいのか、尻尾を振りながら彼の足元を周回する。
二匹のリードを持った飛影に笑いかける未来の横顔が、眩しく父親の目に映った。
二人の背中が曲がり角に消えるまで見送り、家の中へ戻った父親の足は、自然とリビング奥のクローゼットへと向かっていた。
そこから取り出した大きなアルバムを、一つ一つじっくり眺めていく。
未来が生まれた時。ミルクを飲んでいる姿。初めて歩いた時。
家族の思い出がつまったアルバムだった。
ぱらりぱらりと、アルバムをめくる手が止まらない。
ほんの少し見るだけのつもりが熱中していた父親は、ただいまー!と玄関から未来たちが帰ってきた声に我に返った。
「お父さん、何アルバムなんか見てるの?」
「ちょ、ちょっとクローゼットの整理をね」
慌てて片付ける父親だが間に合わず、飛影と一緒にリビングへ戻ってきた娘に取り繕う。ユウとコイは、庭で遊んでいるようだ。
「飛影くんも、よかったら見てみるかい」
「ちょ、飛影に変なの見せないでよー!」
広げたアルバムの一つを飛影へすすめた父親を、すかさず未来が咎める。兄と一緒に変顔をしているツーショットが気に障ったらしい。
「もっと他のアルバムないの?……あ、これは?」
「未来、危ない!」
クローゼット上部から一つアルバムを取り、しゃがんでパラパラとめくっていた未来へ父親が血相を変えて叫ぶ。
先ほど慌てて片付けたせいで、きちんと整頓されていなかった重いアルバム類が今にも未来の頭上へ降りかかろうとしていた。
「きゃあっ」
ドサドサッと大きな音を立てて雪崩のようにアルバムが床へ落下する。
咄嗟に未来を庇おうとした父親より早く、彼女に覆い被さっていたのは飛影だった。
「飛影、大丈夫!?」
「なめるな。問題ない」
守られた未来が心配するが、大して痛くも痒くもなかったらしい飛影はケロリとしている。
「よかった……飛影、ありがとね」
ホッとする未来だったが、言葉通りに受け取らなかった者が約二名いた。
「飛影くん、大丈夫かい!?」
「どうしたの!?すごい音がしたけど!」
「アルバムが上から落ちてきて、飛影くんが未来の身代わりになったんだ」
「まあ!飛影くん大丈夫!?怪我はない!?」
未来の父親に続き、キッチンから飛んできた母親も大慌てだ。
大騒ぎしている未来の両親へ、飛影はおかしなものを見るような目を向ける。
「アザにならないといいんだけど。冷やす物持ってくるわね!」
「いらん」
呆気にとられていた飛影だったが、キッチンへ戻ろうとした未来母にそれだけ一言答える。
「飛影くんすまない。ちゃんとアルバムを片付けていなかったから……」
「お父さん、お母さん。飛影は本当に大丈夫なんだって。めちゃくちゃ強いからさ。心配いらないよ」
飛影が困惑しているのを感じた未来が、心底申し訳なさそうに謝った父親と、不安げな顔をしている母親を諭す。
そうなの?といまだ釈然としない様子の両親だったが、大人しく口をつぐんだ。
「じゃあ飛影くん、痛くなったらまた言ってね。未来、悪いけどちょっとだけ料理手伝ってくれる?」
「はーい」
未来が母親と一緒にキッチンへ行くと、辺りには男二人だけが残された。
「ひ、飛影くん。未来が小さい頃の写真見るかい?」
気まずい沈黙をつくってはいかんと、率先して話しかけた未来父にすすめられるまま、彼が広げたアルバムへ飛影は視線を落とす。
「……これが未来なのか?」
「はは、正真正銘未来だよ」
写真に映る生まれたての未来はどう見ても小さなサルで、飛影はてんで信じられないといった表情だ。
「これは未来が初めて歩いた時だね。懐かしいな、ちょうど仕事から帰ってクタクタになってる時に歩いてくれたんだよ。疲れなんてふっとんだね」
パラパラとアルバムをめくり、ふと目を止めた一枚に未来父は目尻を下げた。
「ああ、これは妻の親友の結婚式に出た時の写真だ。家族で呼ばれてね、未来が大人しくしないから大変だったよ。飛影くんの前ではしおらしくしているかもしれないが、小さい頃はおてんばでね」
今度は幼児期の娘の写真をまとめたアルバムを開いた未来父が、懐かしいなぁと大きな声を上げる。
「これは未来の幼稚園の運動会の時のだ。保護者が子供を肩車して走る競技で、当時より数年前の未来の兄の時は一着をとれたんだ。でもこの時はたしか二着か三着でね……未来が悔しがってて申し訳なく思ったのを覚えてるよ。体力の衰えを感じて、それからランニングを日課にするようになったんだ」
はは、と笑ったところで、飛影を置いてけぼりにして独り言の如く喋りまくっていた己に気づき、未来父はハッとした。
「一人でちょっと喋りすぎてたね」
一方的に喋っていたことを恥じ詫びる未来父は、ずっと口を挟まず黙っていた飛影は孤児なのだと、以前娘から聞いていた話を思い出した。
「……飛影くんは、ちゃんと毎日ご飯食べているのかい」
「飯はそんなに食わなくても生きていける」
「そ、そうなのか。すごいね妖怪は……」
度肝を抜かれる未来父だったが、飄々と答えた少年の顔を見ていると、今日に至るまでどれだけの苦労があっただろうとどうしても考えてしまう。
食事一つとっても、妖怪の生態は人間の常識に全く当てはまらないのだ。もしかすると妖怪の子供は成人した己よりも生命力があるのかもしれないが、それでも。
生まれて間もない赤子が天空の城から投げ捨てられたことは到底許せず、想像しただけで怒りと悲しみがわくものだった。
「お父さーん、未来と交代。ちょっと手伝ってー」
「わかった。今行くよ」
キッチンから妻に呼ばれて立ち上がった父と入れ違いに、エプロンを外してぱたぱたと未来が戻ってくる。
「飛影、お待たせ。お父さんと何話してたの?」
「飯は食べているか聞かれた」
「それ、お母さんも気にしてたよ」
ふふっと笑みをこぼした未来に、訝しげに飛影は眉を寄せた。
「どうしてお前の親はオレが飯を食ってるかそんなに気になるんだ」
「飛影が心配だからでしょ」
心配?
なぜ未来の両親が自分の食事事情に興味があるのか不可解だった飛影は、想定外の彼女の返答に眉間の皺をさらに深める。
食事の心配なんて他人からされたのは初めてだ。先ほども鬱陶しいくらい過剰に怪我はないか聞かれたし、未来の両親は変わった奴らだなと思う。飛影が初めて出会った人種だった。
「わ、これ懐かしい」
広げっぱなしのアルバムに目を止め、未来が声を上げる。
幼少期の写真を眺める未来の横顔を見つめながら、飛影はつい先ほどの彼女の父親の姿を思い出していた。
もう一年以上も前、家族の元に帰ることを選んだ未来のことも。
「あ、そういえばさ、幻海師範がいい物件があるって言ってたよ。妖怪にも貸してるマンションなんだって」
「未来。お前、たまにはここに帰れ」
楽しみだなぁと逸る気持ちで春からの同居の話をふった未来は、思わぬ飛影の台詞に目を見張る。
「え……一緒に暮らし始めたらってこと?」
「ああ」
「う、うん。そうするよ」
飛影に言われなくても、闇撫の能力で一瞬で移動可能なのだしたまには実家に帰ろうとは考えていた。
ただ飛影がそんなことを言うのが意外で、戸惑いながらも未来は頷く。
「未来、飛影くん!ご飯できたわよー!」
そんな折、未来の母が夕食の完成を伝え、キッチンから二人を手招きした。
食欲をそそる美味しそうな匂いに口角を上げて、未来は飛影を誘いダイニングテーブルに席をつく。
「飛影くんの口にあうといいんだけど」
ラタトゥイユ、サーモンのカルパッチョ、ひき肉とたけのこの春巻き、椎茸のエビ詰め、牛肉の赤ワイン煮込み、そら豆のポタージュ、とうもろこしの炊き込みご飯。
食卓に並ぶ未来母が作った色とりどりの料理を、皆で頬張る。
何口か食べて、飛影は驚いたように目を丸くした。
「未来、お前の母親は何か魔法か特殊な霊力でも使えるのか」
突拍子もない飛影の質問に、ぱちぱちと未来は瞬きを繰り返す。
「そんなのお母さん使えないよ」
「こんなに美味いのにか?」
「やだー!飛影くん口が上手いわねえ!」
飛影にとって、未来母の手料理は魔法でも使ったとしか思えない美味しさの絶品であった。
めちゃくちゃ嬉しそうな未来母が顔を綻ばせる。
「飛影くんの口にあってよかった!いっぱい食べてね!」
喜ぶ母と夢中で料理を頬張っている飛影が嬉しくて未来も心が弾むと同時、自分もいつか彼からそんな感想を引き出したい…と切に思うのだった。
「ほんと、飛影くんみたいな娘婿が来てくれたら嬉しいわ〜。お兄ちゃんは美味しいとか全然言ってくれないもの」
「こらこら、気持ちは分かるが飛影くんが反応に困るだろう」
料理にがっつく飛影をにこにこして眺め、しみじみ述べた妻を未来父がたしなめる。
未来も飛影もまだ若いのだし、結婚を望むようなことを言ってプレッシャーをかけるのはよくないと感じたのだ。
「同棲するとはいっても、一生を添い遂げると決めたわけではないんだし」
「もう約束した」
飛影の言葉に、喋っていた未来の父親も、そして母親も息を止める。
「や、約束って……」
「オレは未来を一生離すつもりはない」
動揺する未来父を前に、淡々と顔色を変えず当然だという口ぶりで飛影が言った。
曇り一つない、真っ直ぐな紅い瞳の純粋さが、未来の両親にしばし息継ぎさえ忘れさせる。
(飛影……)
ハッキリ堂々と口にした飛影の姿に胸を打たれ、未来も覚悟を決める。
照れくさくて、咎められるのが怖くてこれまで明言を避けてきた大事なことを、今こそきちんと告げなくてはならないと意を決して両親を見つめた。
「お父さん、お母さん。私、飛影と一生一緒にいたいと思ってる。本当は、一緒に暮らすって決めた時からその心づもりだったの」
「け、結婚するってこと?」
「うん」
真剣そのものの娘の表情に、彼女の本気を感じ取った未来母が横目で夫の反応を窺う。
「……妖怪の寿命はとんでもなく長いんだってね」
沈黙していた未来父がポツリとこぼしたのは、一見すると話の流れからは不自然なような一言だった。
「飛影くんは未来と同年代らしいが、友人の中には千歳をこえている子もいると聞いたよ。私たちが死んだ後も、未来は途方もなく長い時を生きるんだろう」
こんなに早く娘を嫁に出すことになるとは思わなかった。
けれど。
「本音を言うと、同棲するのは早いと思っていたんだけどね……けれど飛影くんの口から未来と一生を共にする覚悟だと聞いて今、自分でも驚くほどホッとしているんだ。ありがとう」
穏やかに、かつやっぱりちょっと寂しげな優しい眼差しに包まれて、飛影の胸をこそばゆいような、込み上げるような何かが突く。
「ただね、二人ともまだ若いんだ。何か困った時は力になるからちゃんと頼りなさい」
思いもよらない言葉に、飛影の瞳がさらに大きく見開かれる。
力強く述べた夫の姿に、ふっと安心したように未来母は口元を緩めた。
「未来、飛影くん。最低月一回は二人でうちにご飯食べに来なさいよ」
「いや、それは少ないだろう。週一回だ」
「お父さん、お母さん……」
自分の大好きな人を同じように両親が大切に想ってくれるのは、とても嬉しいことだ。
胸を突き上げるほどの喜びが、じんと未来の身に染み渡る。
「けどお父さん、一緒に暮らし始めて最低三ヶ月はうちなんか来ないと思うから期待しない方がいいわよ。きっと楽しくてラブラブで仕方ない時期でしょ。未来たちもムリして来なくていいからね?」
悪戯っ子のように笑った妻に、若かりし頃の自分たちが脳裏を掠め、思い当たる節があるらしい未来父がぐぬぬと閉口する。
「もう、お母さん……」
照れる未来が唇を尖らせる隣で、飛影はずっと黙ったままだった。自分でも不思議なくらい、喉の奥が詰まったみたいに何も声が発せられない。
オーバーなくらい心配されるのも、年長者から子供扱いされて頼りなさいなんて言葉を投げかけられるのも、この家へ帰る人物の一人に当たり前のように未来と共に数えられていることも、そもそもこんな歓待を受けるのも。
彼女の両親からの態度、言葉の一つ一つが飛影にとって脳天に稲妻がはしったような衝撃だった。
今まで知らなかった慣れないことを今日一日で浴びるように経験し、頭がガンガンして混乱する。
非常に居心地が悪くてさっさとこの場を去りたくてたまらないのに、鳩尾あたりが満たされたように震えて動揺する。
「さ、ご飯食べましょうか!」
そんな飛影の様子に優しく目を細めた後、未来母が仕切り直し、一同は食事を再開する。
なんだかふわふわとした心地で、飛影は先ほどよりも料理の味が分からなかった。
夕食後、裏女の迎えがきて飛影を見送ると、ニヤリとした笑みを浮かべ未来母が娘を小突いた。
「プロポーズ受けてたなら恥ずかしがらずちゃんと早く言いなさいよね」
ちょっぴり罰が悪そうにする娘へ、父親も続ける。
「飛影くん、素敵な子だね。大切にしてもらいなさい」
「うん」
私も同じように飛影のことを大切にしたいな。
幸せをかき集めたような屈託のない笑顔で頷いた娘を、両親も眉を下げて見守っていたのだった。