Ⅴ 飛影ルート
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✴︎100✴︎リリック
十一月。
冬を目前とした肌寒さが心地よい夜。
高架下のラーメン屋には、“貸し切り”と書かれた旗が掲げられている。
「こんばんは~!」
薄手のコートを羽織った若い女と、黒装束の少年がのれんから顔を出す。
「よお未来、飛影!」
中卒あがりの若い店主と、二人は馴染みの仲である。
「飛影、パトロールはどうよ?」
「退屈だ。免除されたお前や未来が羨ましいぜ」
「幽助は仕事慣れた?ラーメン屋さんがすごくさまになってるからびっくりしちゃった!」
「まーぼちぼちな」
席についた未来と飛影へ、幽助が水を出してやる。
「蔵馬と桑ちゃんは?」
「もうすぐだと思うぜ」
今日は、魔界から帰った幽助が始めたラーメン屋にて五人で久しぶりに集まることになっているのだ。
五人全員が揃うのは、去年の六月に行った、暗黒武術会の打ち上げと称したお別れ会以来だ。約一年五ヶ月ぶりである。
(飛影と一緒にいる時に、蔵馬と会うの初めてだな…)
トーナメント開催後も、ラフランスを渡した時など蔵馬と顔を合わせたことはあったが、それはいずれも飛影がいない時だった。
「未来」
考えていることが顔に出ていたのか、幽助に呼びかけられる。
「この前三人で宅飲みして、オレと桑原でまー色々フォローしといたからよ。変なこと気にすんなよ」
フォローしたというより、酒に強い蔵馬を泥酔させるほど飲ませただけと言った方が正しいが。
「うん……ありがとう」
幽助の気遣いに感謝しながら、未来が頷いた。
「おーい、未来ちゃん!」
大きな声に呼ばれて川原の方を見てみると、こちらへ手を振る桑原の姿があった。
隣には、柔らかい微笑みを携えた蔵馬が立っている。
「と、浦飯と飛影!」
「こんばんは」
屋台まで歩いてきた二人がのれんをめくれば、メンバー全員集結だ。
「全員ラーメンでいいか?」
「うん!あと餃子も食べたい~!」
「生一つ!」
左から桑原、蔵馬、未来、飛影の順でカウンターに座った四人へ、店主の幽助が注文の品を作り並べていく。
「わ~美味しそう!いただきます!」
湯気のたつラーメンに舌なめずりをして、未来たちはのびないうちにとさっそく食べ始める。
「美味しい!」
「お、ちゃんと美味いじゃねーか」
「そらよかった」
幽助のラーメンは巷で美味しいと評判で、客層は中年以降のサラリーマンが多い。
自分も酒とつまみを嗜みながら、幽助はラーメンを頬張る仲間たちと駄弁る。
「幽助。何でも屋さんの方の仕事はどんなことしてるの?」
「平和なモンだ。カルトのサインが欲しいだのそんなんばっかだぜ」
未来が訊ねると、ちょっとつまらそうに幽助がぼやく。
魔界と人間界の境の結界が撤廃されたことで起こるトラブルを予想して始めた始末屋だったが、妖怪は驚くほど大人しかった。
「カルトかあ。すごく人気だもんね!」
カルトというグループ名で芸能界デビューを果たした小兎、樹里、瑠架の三人は、バラエティや歌番組に引っ張りだこなのだ。
「きっとこれから、もっと人間と妖怪の距離は近くなるね。半妖っていうのかな?ハーフも増えそう」
新しい時代の幕開けに、わくわくする未来。
魔界と人間界の橋渡しとなるよう貢献したい。
その志は、夏から変わることはなかった。
「サイン依頼ばっかか?なんか面白い事件はなかったのかよ?」
「うーん、変わり種だったのは螢子の高校であったヤツだな」
蔵馬の協力を得て解決したという珍妙な事件の話に、皆は耳を傾ける。
幽助が語り終えると、話題はそれぞれの近況へ移った。
「オレは進級試験で落ちねーよう必死で勉強してるぜ。補欠入学はツレーわ」
口ではそう言っているが、念願叶えて志望校に合格し努力を重ねている桑原の高校生活は充実しているようだ。
「私も。勉強しなきゃって思うだけでなかなか進まないけど。蔵馬はどこ受けるの?」
「オレ、大学は受けないことにしたんだ」
大学受験の近い未来が同学年の蔵馬に訊けば、意外な返事がかえってきた。
「えー!どうして?もったいない!」
「義父の会社の方が面白そうだからね」
そろそろ学生に飽きていた蔵馬は、新たなステージに移り働いてみたくなったのだ。
「じゃあ幽助だけじゃなくて、来年からは蔵馬も社会人になるんだね。みんな大人になっちゃうな~」
「未来、一人忘れてますよ」
クスッと笑って、蔵馬が飛影を指差した。
「飛影も社会人?なのか?」
飛影が社会人にカテゴライズされるのか、甚だ疑問の幽助が眉を寄せる。
「そうだった!パトロールしてる飛影も社会人だよね。煙鬼が雇ってるから、公務員みたいな感じ?」
治安の改善は就職率の向上から。
人間界の制度を見習い、福利厚生の充実した就業制度を魔界全土で構築しようと煙鬼は尽力しているらしい。
盗みや殺害の横行していた魔界は、これからどんどん住みやすく平和な環境へ変わっていくだろう。
「えー!こいつ一丁前に仕事してんのかよ!給料もらってんならオレらが割り勘して払った電車賃やメシ代返せや!」
驚愕し、一年以上前の代金を飛影へ請求する桑原である。
「未来ちゃん、彼氏が無職じゃなくなってよかったな!」
がははと豪快に笑う桑原を、ムッとした飛影が睨む。
「未来は四谷大受けるんだっけ。こんなとこで遊んでて大丈夫なんですか?」
「あ、明日からまた頑張るから!」
からかい口調の蔵馬に不安を煽られ、危機感に襲われるも大丈夫と主張する未来。
「飛影、最近未来が勉強で忙しいんじゃ会えなくて寂しいんじゃねーか?」
「騒がしくなくてちょうどいいな」
「おーおー、強がっちゃって」
幽助に茶化されるも、涼しい顔をしている隣の飛影の横顔を未来は盗み見る。
(私は寂しいけどな)
受験がいよいよ近づき、勉強に本腰を入れるため未来は飛影と会う頻度を減らしていた。
(もっと会いたいけど、受かるまでの我慢だね)
飛影との時間は楽しい。
未来の一番の癒しだった。
今日何をしたかとか。
何を食べたとか。
どんな思いをしたとか。
何気ない日常の小さなことを、大切な相手と交わす幸せがきっとひとには必要なんだと思う。
嬉しいことがあった時は、飛影に報告したくなる。
悲しいことがあった時は、飛影に抱きしめてほしくなる。
他の人に言うのは憚れても、飛影になら話せることがある。
飛影にだけ見せる顔が増える。
付き合う前より、ずっと飛影は未来にとって気を許せる相手になっていた。
(飛影も私と同じ気持ちだといいな)
心の距離は近づいていると感じている。
飛影もたくさん、未来に伝えてくれるようになった。
魔界の雷の音はゲームバトラー2の効果音に似てるとか。
鼻がバカデカい妖怪が救出した人間の屁で倒れて百足内が一時騒然となったとか。
戸愚呂兄にそっくりの妖怪がいて一瞬本人かと思ったけどよく見たら全然似てなかったとか。
きっと飛影が未来にしかわざわざ話さないような、至極どうでもいい話。
そんなくだらない話で二人は笑いあえたし、おかげで未来は会ったこともない百足の妖怪たちや魔界事情に詳しくなった。
飛影の方も、未来の家族や学校行事なんかにだいぶ詳しくなっているはずである。
「未来、何ニヤニヤしてんだよ」
「えっ私笑ってた!?」
幽助に指摘され、未来が頬をおさえる。
「飛影の同僚が人間のおならで倒れた話、思い出してたからかな」
「はー!?なんだよそれ!?」
「マジか!?」
興味津々の幽助と桑原が身を乗り出す。
「ほんとだよ。飛影から聞いたんだけどねー」
カラカラ笑う未来の横顔を、幾分目元を和らげて、今度は飛影が眺めていた。
***
夜も更け、幽助が店を畳み今日はお開きと思われて。
「さ、帰るか。ん?」
帰ろうとしていた桑原は、コソコソ集まっている三人衆に気づいた。
「この後のこと、わかってるよな?」
「未来、飛影には…」
「うん。ちゃんと黙ってたよ」
何やら小声で話している幽助、蔵馬、未来らに、桑原と飛影は怪訝な顔つきである。
「おい。何を話している」
「ちょっとね」
飛影の質問をはぐらかす未来の表情は、何故か楽しそうだ。
「このまま解散ってのもあれだしよ、今から桑原の家で二次会しようぜ」
「はあ!?別にいいけどよ」
気前良く家出し許可が出て、五人は桑原家へ向かった。
「よォ、いらっしゃい」
到着すると、二メートル近い背丈の桑原の父親に迎えられリビングへ通された。
「話は聞いたぜ。霊界が重い腰を上げたんだってな」
ワイルドな雰囲気の桑原父も、妖怪が人間界を自由に行き来できるようになったと知っているらしい。
「カズ、お前も異文化とのコミュニケーションに協力するよな」
「ん?ああ」
「異界との親善に助力するんだな」
「うるせーな。わかったって」
「よし!決まった入っておいで」
息子の承諾を得た父親が呼び掛ければ、ガラッと部屋の扉が開いた。
「ゆっ…ゆゆ雪菜さん!?」
「今日からうちにホームステイすることになった雪菜ちゃんだ」
思いがけない想い人の登場に、桑原は腰が抜けてしまっている。
「……未来。知ってたな」
目を真ん丸くして茫然としていた飛影が、ギロリと未来を睨み付ける。
「ごめんね!飛影はさ、桑ちゃんちに雪菜ちゃん住んでも別にいいよ~ってホントは思ってても素直になれなくて、ダメって反対しなきゃ気がすまないでしょ?」
「だから飛影のためを思って、決行まで内緒にすることにしたんですよね」
「なんだその通りは!!」
無茶苦茶な未来と蔵馬の言い分に、激しく憤慨する飛影である。
「幽助くんたちと相談して静流も快諾した。カズ、異存はねェだろ」
幽助、蔵馬、未来らは桑原家の面々と結託し、密かに雪菜ホームステイ計画を進行させていたのだ。
「浦飯テメ、オレのいねェ間に…」
夢のようなサプライズにしてやられた感いっぱいで、顔を真っ赤にした桑原が幽助へ詰め寄っている。
「ホラホラ、桑ちゃんがあっち向いてる隙に!飛影、雪菜ちゃんに渡したいものがあったんでしょ?」
未来に背中を押され、雪菜の前に軽くつんのめった飛影。
「飛影さん。お久しぶりです」
ニコッと雪菜に微笑まれ、後に引けなくなった飛影は渋々妹へ向き直った。
二人きりにしてやろうと、そっと未来と蔵馬が彼らから距離をとる。
「お前の兄は見つからなかった」
雪菜から預かっていた母の形見の氷泪石を首から外し、飛影が差し出す。
「そうですか…」
氷泪石を受け取った雪菜の表情に影が落とされる。
しかし、その影はすぐに消え失せた。
「この氷泪石は、いつか私自身の手で兄に渡すことにします。あなたが兄なんですねって」
「もうくたばってるかもしれないぜ」
「いいえ……絶対にその日は来ます」
飛影の赤い瞳の奥を見つめて、力強く雪菜が述べる。
雪菜から受けるその眼差しに、飛影が気づくのはもう少し先のことだろう。
「未来さんとお揃いの氷泪石、身につけてくださってるんですね」
飛影が首に下げているピンク色の紐で結ばれた氷泪石に雪菜が気づく。
最初は三つあった飛影の氷泪石は氷河の国で一つ減り、今日また一つ減って雪菜の涙で出来たものだけになった。
「雪菜さーん!」
「和真さん!これからよろしくお願いします。ごめんなさい、いきなりで」
「何水くさいこと言ってるんですか雪菜さんっ」
「お疲れさま」
桑原が雪菜の元へ駆けてきて、一人になった飛影の隣へ静かに未来が寄り添った。
「桑ちゃんがそばにいたら、心配いらないよ」
久しぶりに再会し談笑している桑原と雪菜は、とても幸せそうだ。
未来にも飛影にも、桑原はもちろん雪菜の喜びはその笑顔からありありと伝わった。
「実はちょっと寂しい?」
「あ?」
ふざけた問いに、眉を吊り上げる飛影。
勘違いするな。
まだ認めたわけじゃないからな。
***
「あいつ成績落ちたりして」
「大丈夫。オレが保証しますよ」
微笑ましい再会を見届け、桑原家を後にした幽助ら四人が夜の住宅街を歩いている。
「じゃあ、オレたちはこれで」
この曲がり角で、反対方向に自宅がある蔵馬と幽助とはお別れだ。
「今日、すごく楽しかった。またね」
五人で集まるのはかなり久しぶりだったのに、まるで昨日も会ったみたいなノリで皆と話せるのが不思議だった。
きっとこれからも、そうなのだろう。
今度会うのがいつになっても。何年先でも。
五人はまた、いつものように笑いあえる。
「おう。じゃあな」
「未来、受験応援してるよ」
「うん!頑張るよ」
幽助と蔵馬の背中が見えなくなるまで手を振った後、何気なく未来は夜空を見上げた。
「今日は星が綺麗だね」
未来につられ、飛影も空を仰ぐ。
今日が雲一つなく晴れた日だったからだろうか。
それとも、今までもこんな夜はあったのに飛影が気づかなかっただけだろうか。
息をのむほど美しい満天の星空が、二人の頭上に広がっていた。
「あーあ。またしばらく飛影と会えないのか。寂しいな…」
受験勉強のため飛影と会う頻度を減らさざるをえなくなり、最近よく未来は寂しいと口にしていた。
星空の美しさが、切なさを助長させる。
「飛影、ごめんね。私の都合で…」
「別にお前のせいじゃないだろ」
納得できていない部分はあるだろうに、そう言ってくれる飛影の優しさに未来は救われている。
「今日、すっごく楽しかったね…」
また星空を見上げて、噛みしめるようにして未来が言った。
幽助がいて。
蔵馬がいて。
桑原がいて。
当たり前に隣には飛影がいて。
本当に、本当に楽しかったから。
だから。
「帰りたくないな…」
こんな夜は、ぽろっと本音がこぼれてしまう。
「未来」
「飛影」
互いの名前を呼ぶ二人の声が重なった。
「…なんだ」
「飛影に渡したいものがあるからこの後ちょっと時間ある?って言おうとしたんだけど…」
先に言えと飛影に促され、おずおずと未来が切り出す。
「オレもお前に話がある」
「え?」
未来は首を捻りつつ、飛影と共に近くの公園に入りベンチに腰をおろした。
「やっぱ昼間と雰囲気違うね」
しんと静まり返っているそこは、未来と飛影がデートでたまに使っていた公園だった。
百足では誰が聞き耳をたてているか分からず落ち着かない、鈴木の薬はいまいち信用しきれないという二点の理由から、飛影は未来が魔界へ行くのを嫌う。
そのため、二人の逢引場所は幻海邸や公園などの人間界に限っていた。
「そうだ、渡したいものってのはね」
忘れる前にと、ごそごそとバッグから未来が保冷材と共に包んだ袋を持ち出した。
「ガトーショコラ!チョコのケーキだよ。勉強の息抜きに作ったんだ」
バレンタインに作ったものの、百足で失くしてしまい飛影に渡せなかったという苦い思い出のある菓子だった。
「来年のバレンタインは受験の真っ只中で凝ったものは渡せないだろうなって気づいたら、作っちゃってた」
まじまじと驚いたように、かつ探るような視線をケーキへ飛影がおくっているのに気づき、未来が首をかしげる。
「あ、今食べられない?もうお腹いっぱい?」
「…いや」
じゃあ食べよう!とフォークや紙皿を未来が持ち出す。
もぐもぐ食べている飛影の感想を、ドキドキしながら未来は待つ。
「美味しい?」
「これと似たような物を、前に食ったことがある」
疑いが確信に変わった飛影が述べれば、未来が目を丸くする。
「え、どこで!?魔界にもガトーショコラって売ってるの?」
「たしかお前が百足へ来ていた日に、時雨からもらった」
飛影の返答は、未来にとってまるで予想外で。
「え、えー!それ絶対私が作ったやつだよ!時雨さん渡してくれてたんだ…!飛影にちゃんと渡せてたんだ!」
飛影から事の詳細を聞き、全ての合点がいった未来は甚く感動しているようだ。
「でさ、その時どう思った!?美味しかった!?」
「味気なかったな」
「え」
喜び難い感想に、未来のテンションは急降下した。
どんなに求めても、もう絶対に手に入らない物を一時だけつかませて。
溶けるような幸せを味わわせたあと、あっけなく消えていく。
誰かのような食べ物だと当時、飛影は思った。
「そ、そっか…。味薄かった?」
「今日のは、あの時と味が違った」
気落ちしていた未来だったが、飛影の言葉に目を瞬かせる。
「今日は前より美味しいってこと?」
「ああ」
あの頃、飛影はもう未来には逢えないと思っていて。
ガトーショコラを飲み込む度、深い虚無感に襲われた。
けれど、今は。
「よかった!えー、どうしてだろ?作り方変えてないのに」
未来が隣にいるからだろうな。
伝える代わりに、飛影は未来の唇を奪う。
絡んだ舌にチョコレートの味がして、うっとりと甘い心地に浸りながら未来は口づけに応えた。
「…美味いだろ」
「うん。……美味しい」
唇を離して飛影が訊ねれば、未来がこくんと頷いた。
未来が隣にいること。
あの時は奇跡に思えたことが、今は日常になっている。
実感すると、胸の真ん中あたりがツンとして…。
その感覚が苦しくて、飛影は未来を包むように抱きしめた。
未来が隣にいること。
当たり前だけど、当たり前じゃない。
「飛影。ずっと一緒にいるよ」
突然抱きしめてきた飛影の胸の内を察したのか、優しく告げて未来が彼の背中を撫でる。
「……未来」
未来に聞いてほしいことがある。
今からすごく自分らしくないことを言うと思うから、未来に顔を見られたくなくて。
未来の温もりを感じていたくて、抱きしめたまま飛影は続ける。
「今日はお前が楽しそうでオレも嬉しかった」
幽助、桑原、蔵馬に囲まれて笑う未来を見ているだけで、飛影は心が満たされていくのを感じていた。
未来のどんな顔も飛影は好きだけれど。
やっぱり、未来は笑顔が一番だ。
「アホ面でケラケラ笑ってたからな」
「あ、アホ面は余計でしょ~?」
こんな時でも意地悪な発言をしないと気が済まない飛影である。
「お前は親たちの前でもあんな風に笑っているのか」
「え?う、うん。笑ってると思うけど…」
質問の意図が分からなかったが、肯定する未来。
「今度会いに行かせろ」
びっくりしすぎて、飛影の腕の中で未来が固まった。
「な、なな…なんで!?飛影がそんなこと言うの意外すぎて…!」
「お前も氷河の国へ行きたいと言っただろう」
ちょっとふてくされたように飛影が指摘して、未来も腑に落ちる。
「そっか…」
飛影を生んでくれてありがとう。
飛影の故郷を知りたい。
同じような気持ちを飛影も持ってくれているのかなと思うと、未来は笑みを堪えきれなくなった。
「ふふっ」
「どうした」
「嬉しくて」
きっと今飛影に顔を見られたら、ニヤニヤしすぎだと眉を顰められるに違いない。
「ずっとそうやって笑っていろ」
けれど思いのほか飛影の口調がとても優しくて、未来は意表を突かれた。
「お前とこうなって、守りたいものが増えた」
未来を守りたい。
飛影の根底にあったその気持ちは、未来と付き合うにつれ徐々に形を変えてきた。
家族。もちろん幽助たち友人も。
未来が想う人々の存在を、以前よりずっと深く飛影は認識している。
未来を愛することは、未来の大切なもの全部ひっくるめて大事に思うことなのだと飛影が気づいたのはいつからだろう。
形見の氷泪石や雪菜だったり。
飛影が大事に思うものを、未来が大切にしてくれる人だったからか。
気づくようになったことは他にもある。
たとえば、今日の夜空の美しさとか。
世界が色づく。景色が変わる。
当たり前の日々が愛おしい。
「お前の大切なものを、オレにも守らせてほしい」
未来を笑顔にさせるもの。
守りたいという気持ちが、飛影に自然と芽生えていたから。
未来の両肩を掴み身体を離すと、だから、と飛影が続ける。
「ずっとオレのそばで笑っていろ」
真っ直ぐに未来を瞳に映して飛影が告げた。
未来は飛影を見つめたまましばらく何も言えなかったけど、たちまち両の口角をあげて。
「もちろん!」
花のような笑顔を咲かすと、勢いよく飛影の首に抱きついた。
「さっき言ったでしょ?ずっと一緒だよって。もし飛影が嫌がっても離れてあげないから」
その仮定のありえなさが可笑しくて、飛影が小さく吹き出した。
「本当にずっと一緒か」
「うん!」
コツンとおでこをくっつけあって、飛影が問えば未来が頷く。
「一生だな?」
「そうだよ!もー、飛影ったら疑ってるの?」
真面目な顔で念押ししてくる飛影が可愛くて、ちょっぴり呆れた笑みをこぼす未来。
確認し終えた飛影が懐から取り出したモノに、未来は数度瞬きを繰り返した。
「ちょっ…飛影、これどっから盗ってきたの!?」
「パトロールで得た報酬だ」
未来の懸念に反して、どうやら飛影が正当にもらったお金らしい。
「人間界で暮らせるくらいの額はあるか?」
ドキンと大きく未来の胸が跳ねた。
「あると思うよ…」
飛影が何を言いたいのか察して、未来の心臓が早鐘を打つ。声が震える。
「来年から一緒に住みたい」
月明りに照らされた飛影と、彼の後ろに広がる星空が美しい。
彼の告白を聞きながら、なんてことを未来は思った。
「飛影。もしかしてさっきのプロポーズだった…?」
「一生と言っただろ。……お前、我慢してるのは自分だけだと思うなよ」
受験勉強のせいで会える頻度が減って、寂しいとよくこぼしていた未来。
毎日会いたいと、もっと一緒にいたいと思っていたのは飛影も同じだった。
「…っ……」
「未来?」
みるみる瞳に涙をためていく未来に、ギョッとし焦る飛影。
「ちょっとびっくりしちゃって…嬉しくて…」
飛影がちゃんと考えていてくれたこと、そんな風に思ってくれていたこと知らなかった。
突き上げるような喜びが、未来の胸をいっぱいにして涙へと変わっていく。
「私、絶対大学受かるよ。来年春からアパートでも借りて一緒に住みたいな」
元々大学生になったら一人暮らしをしてもいいなと考えていたので、飛影の誘いは嬉しい申し出だった。
「五人で撮った飛影の分の写真、部屋に飾ってさ」
飛影から雪菜へ、雪菜から未来へと渡ったそれを、二人の帰る場所に置いておこう。
「受からんと許さんからな」
「うん」
頑張ろう。
飛影のためなら、何でも出来る気がした。
闇撫の修行に明け暮れていた時の気持ちを思い出す。
「じゃあ、合格したらうちの家に挨拶行かなきゃね。お母さんも皆、飛影に会いたがってるから喜ぶよ」
だいぶ涙の落ち着いた未来の頬に残った滴を、飛影の指がすくって拭う。
「あ、飛影のお母さんにも報告しに行こっか」
「いらん。この前行ったばかりだろ」
また飛影と未来が氷河の国へ赴くことがあれば、それはいつになるのだろう。
もしかしたら、ふたりの大事な相手がもう一人増えた時かもしれない。
ずっと一緒にいる約束を交わした彼らは、これから家族になるのだから。
「未来」
涙の跡をなぞるようにして、未来の頬から唇へと飛影がキスをする。
「愛してる」
求めるばかりが恋ならば。
与えたくなるのが愛だろう。
未来の大切なもの全て、飛影が守りたいと思ったように。
「私も。愛してるよ」
飛影のためなら、何でも出来ると未来が思ったように。
「春が楽しみだなあ…」
また未来が飛影の一番大好きな顔をしたから、つられて飛影も口元を緩める。
それは、ずっと忘れない笑顔。
そして、ずっと離さない笑顔。
このとき胸に刻まれた互いの笑顔を、ふたりはいつまでも覚えていて。
たまに思い出したように未来がこの日のことを口にする度、飛影は「そうだったか?」なんて照れくさそうにとぼけるのだった。
*fin*