Ⅴ 飛影ルート
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✴︎97✴︎Summer Lover
初夏の暑さから逃れるように訪れたショッピングモール、水着売り場の一画にて。
「どれも可愛いから迷っちゃいますね」
「未来さんには何色が似合うでしょうか」
「あ、これなんかいいんじゃないかい!?」
並ぶ水着を次々手にとり吟味している、若い女性客5人組がいた。
「未来、これこれ!これ着なよ!」
「ふざけて言ってる!?ムリだよ!」
申し訳程度に添えられた当て布に、少し触れるだけでほどけてしまいそうな細い紐。
かなり露出度高めのブラジリアンビキニをぼたんから薦められ、躊躇う未来。
「え~?なんでだい?これなら飛影もイチコロだと思うけどねぇ」
「……ぼたんならこれ着れるの?」
「いや、あたしは選ばないね。こんなほぼ裸みたいなのは…。公然猥褻レベルだよコレ」
「そう思うなら薦めないでよ!!」
未来なら着こなせると思ってさ!とぼたんは片目を瞑るが、納得いかないといった表情の未来である。
そんな二人の掛け合いに、クスクス笑う螢子、静流、雪菜たち。
飛影との初デートは明日に迫っている。
今日は静流招集の元に女子会が開かれ、未来の水着を皆で選ぼう!という話にランチ中なり、ショッピングモールを訪れた次第である。
「あたし的に飛影くんって彼女が露出度高いビキニ着るの嫌がるタイプだと思うんだけど、皆の意見は?」
「たしかに…。飛影さん、未来さんのことすごく大事にしてそうなイメージありますし」
静流の見立てに、ウンウンと螢子が同意する。
「飛影くんってやっぱ独占欲強いの?どうなの未来ちゃん?」
「え!?どうなんでしょう…」
「そりゃ強いに決まってるさね。幽助から聞いたよ、なんでも飛影が未来のこと触るなって言ったって」
「あ~!!ストップぼたん!」
顔を真っ赤にした未来が慌ててぼたんを止めに入る。
「なになに、飛影くんそんなこと言ったんだ!」
「ホント飛影ったら未来のこと大好きなんだねぇ」
「も~…その話禁止!」
恥ずかしそうにむくれる未来が可愛くて、なんだかんだ幸せそうで周りの四人はニコニコ笑っている。
「未来さんが今持ってるものも素敵ですね」
「これ?うん、可愛いなって思って」
雪菜が褒めたのは、未来が手に取っていたワンピースタイプの水着だった。
「未来ちゃんに似合いそうだね!ただせっかくのデートなんだから、もうちょっとだけ攻めてみてもいいかもよ?」
「せ、攻める…」
静流のアドバイスにたじたじになりつつ、他の水着も探してみる未来。
(あんまり露出してるのは恥ずかしいし…)
プールのチケットをもらった時は初デートが決まった喜びに気をとられていたが、期日が近づくにつれ飛影の前で水着になることに未来は緊張していた。
(あ、これいいな)
未来が目をとめたのは白いブラに、水色を基調とした花柄のボトムのビキニだ。
ブラにはフリルレースがついていて、ショーツと同色のショートパンツが付属しているため、セパレートタイプの水着であるが露出度を少し抑えている。
「可愛いですねそれ!試着してみたらどうですか?」
「うん!螢子ちゃんも何か着てみないの?」
「でもそんな予定ないし…未来さんが今度一緒にプールか海へ行ってくれるなら別ですけど」
「もちろん!皆で一緒に行こうよ」
「ぜひ!嬉しいです」
「何なに、ダブルデートの計画かい?」
盛り上がる螢子と未来を、猫顔になったぼたんが冷やかす。
「違うよー!今度女子だけで海かプール行こうって話」
「お、いいね!皆いつ空いてる?」
未来の提案に口々に賛成し、さっそく遊ぶ計画を立て始める五人なのだった。
皆それぞれ水着を購入し、一同はショッピングモールを出る。
「もうすっかり夏だね。はー、また霊界が忙しくなる時期がやってくるよ」
太陽の日差し眩しい道すがら、ぼたんがぼやく。
「それってお盆のことですか?」
「そうそう。魂が現世とあの世を行ったり来たりで霊界は毎年てんてこまいだよ」
「人間界もお盆の時期は霊でごった返してるもんね」
「雪菜ちゃんもまだ霊界にいるんだよね?」
前を歩く三人がお盆の話題に盛り上がる中、未来は隣を歩く雪菜へ話しかけた。
「はい。お盆の時期は私もお手伝いして協力したいと思います」
「そっか、えらいね!」
「いえ、いつもお世話になってるのでこれくらいは」
雪菜が兄を探すための拠点を人間界から霊界へ移して、一年ほど経つ。
「もう魔界へ戻る気はないので」
雪菜の発言に、目を見張る未来。
もう雪菜は二度と氷河の国へ戻る気はないということだろう。
(雪菜ちゃんは、やっぱり飛影のこと気づいてるんだろうか)
兄の正体が分かっているような素振りは見せても、決定的な言葉を雪菜が口にすることはなかった。
(兄だと怪しんでなきゃ、母親の形見なんて飛影に預けないと思うんだけどな…)
他人の親の形見なんて重いものを、躊躇わず受け取った時点で自分が兄だと名乗ったようなものなのに、どうやら飛影はその事に気づいてないようだった。
「二人とも早くー!」
未来が物思いに耽っていると、前を歩くぼたんに急かされた。
「あ、ごめん!」
「すみません!」
だいぶ三人と距離があいてしまっていた未来と雪菜が慌てて追いつく。
「今さ、まだトーナメント続いてるのかねって話してたんだよ」
「あれ、ぼたんコエンマ様と一緒に魔界へ観戦に行ってたんじゃないの?」
コエンマとぼたんに観客席で会ったと、飛影から聞いていた未来が訊ねる。
「それがね、未来が瘴気の毒で倒れたの見たら自分たちの身も心配になってさ…。幽助の一回戦終わったら帰ったよ」
霊界出身の者は瘴気に耐性があると言われてはいるが、実際に倒れた人間を見ると不安になったコエンマとぼたんは、早めに魔界を離れる決断をしたという。
「幽助、勝ってました?」
「圧勝だよ!」
グッとぼたんが螢子へ親指を立てる。
「あれから幽助どこまで勝ち進んだかね~」
「明日、飛影に会うから聞いてみるね」
魔界で観戦している飛影なら、トーナメントの状況を知っているだろう。
***
「幽助が24時間以上黄泉と戦ってる!?」
次の日、待ち合わせ場所である皿屋敷市内の小さな公園にて、思わぬ飛影の発言を復唱する未来。
「ああ。まだ長引きそうだったぜ」
「は~…すごいね。底なしの体力だわ…」
ちなみに飛影は未来が裏女に頼んで魔界から人間界まで連れてきてもらった。
おそらく幽助あたりに見繕ってもらったのだろう、飛影は水着やタオルの入ったプールバッグを下げている。
水を弾く眼帯まで売っていたらしく、魔界には便利なものが揃っているものだと未来は驚いた。
「じゃ、行こっか。プールワールドはね、ここから歩いて10分くらいだよ」
目的地であるプールワールドは、プールの他に温泉、岩盤浴、ジムが揃った大型レジャー施設である。
屋内プールなので肌が焼けないところが未来的に嬉しいポイントだ。
「しっかし24時間以上とは…。さすが魔界全土を巻き込んだ大会はスケールが違うね」
「三回戦はそんな戦いザラだったぜ。レベルが上がるにつれ実力が拮抗してくるからだろうな」
「ええ、そうなの!?まあ、三回戦まで勝ち残った人は猛者ばっかだろうしね」
他愛ない会話をしながら、プールまでの道のりを並んで歩く。
飛影と話しつつ未来が頭の片隅で考えるのは、服の下に着てきたビキニのことだ。
結局未来は白いブラに水色を基調とした花柄のボトムの、あのビキニを選び購入していた。
(緊張してきたな…。変じゃないかな!?)
お腹常に力入れて引っ込ませようかな、などと無謀な試みを真面目に考えてしまう未来なのだった。
***
(わ~!楽しそう!)
数種類のウォータースライダー。
流れるプール。
波のプール。
プールだらけの光景にワクワクして、未来は目を輝かせる。
カップルや友達連れも多く見受けられ、早く自分も遊びたいと気持ちが逸る。
(飛影はまだかな)
更衣室前で別れた飛影と合流するため、プールの入り口で彼を待っているのだ。
「未来」
呼ばれて振り返ると、青色のサーフパンツ姿の飛影が立っていた。
均整のとれた筋肉質な彼の上半身は、これまでも何度か見たことがあるのに今日はドキドキしてしまう未来。
(飛影……かっこよすぎる!)
眩しくて直視できないとはこのことか。
飛影の方も困ったように未来から視線を外して、お互い無言の時間が流れる。
「……ふふ、なんか照れるね」
沈黙を破ったのは未来だった。
ふっと一度笑うと、肩の力も抜けて緊張がとけてくる。
「行くか」
「うん!私まず流れるプールに行きたいな」
スタスタ歩き始めてしまった飛影に、未来も追いついて並んだ。
「飛影、その海パンかっこいいね!私の水着姿も可愛い?」
「……ああ」
「やった!」
飛影の本音を引き出したかったら、“はい”か“いいえ”で答えられるような質問をすればいい。
すると案外、ぶっきらぼうな言い方でも飛影はこちらが喜ぶ返事をしてくれると、未来は段々分かってきた。
「わー、冷たい!」
流れるプールに入水すれば、ざぶんと水面が波打つ。
「ちょっと寒い…!」
「大丈夫か」
「うん!流されてたらそのうち慣れるよ」
貸し出しされている浮き輪を持って、ゆったり水に流される二人。
「今日は似合わないって言わないね」
「何の話だ?」
飛影が疑問符を浮かべると、未来はポニーテールにしている自分の頭を指差す。
「髪型!前に結んでたら似合わんからやめろって言ったじゃん」
入魔洞窟で天沼と対戦した際、たしかに自分はそう言ったと思い出す飛影。
「あれは……」
未来のうなじにそわそわしてしまったからあんな発言をしたなんて、正直に白状できるわけがない。
「あれは嘘だ。忘れろ」
「じゃあほんとは似合いすぎって思ってたんだ」
「そこまでは言ってないだろ」
「素直じゃないんだから。未来ちゃん可愛すぎるって顔に書いてあるよ?」
冗談っぽく未来が飛影の頬をつつく。
しかし、飛影はとりあえず否定しないと気がすまない性分である。
「めでたい頭だな」
だからこうして、不必要な憎まれ口だって叩いてしまうのだ。
「またまた~」
その度、笑ってあしらってくれる未来に救われて。
キラキラ。ぷかぷか。
揺れる水面に未来の白い肌が映える。
気持ちいいね!と水にはしゃぐ未来を見ていると、もう訂正しなくていいかと飛影は思えてくる。
似合いすぎると思っていることも。
可愛すぎると思っていることも。
別に嘘ではないし。
自然と口角が上がって、飛影はバシャッと未来の顔に水をぶっかけた。
「ちょっ…もー、いきなり何すんの!仕返しだ!」
先ほどかけられたよりも多い量の水を、未来が手ですくい上げる。
油断していた飛影は、思いっきり水を顔面で受け止めてしまった。
「おい未来!」
「あはは、水の滴るいい男だよ飛影!」
傍から見れば、いちゃついているようにしか見えない光景だ。
「あーあ、極力顔と前髪濡らしたくなかったんだけどな」
「あれをやれば結局水をかぶることになるだろ」
飛影が指したのは、プールワールドで最もスリリングだと有名なウォータースライダー。
たしかに、スライダーに乗ればプールに飛び込むことになるのだから全身濡れてしまうだろう。
キャーッと客の絶叫が時折プール内に反響しており、その恐さを物語っている。
「いいね、次はあそこ行こっか。飛影こわくない?大丈夫?」
「オレのことより自分の心配をしとくんだな」
「余裕だね。ま、あとで私が慰めてあげるから大丈夫だよ!」
「言ってろ」
言い合いのようなやり取りをしているが、未来と飛影の口元は笑っている。
流れるプールを一周した二人は、ウォータースライダーへと向かうのだった。
***
恐いと話題のウォータースライダーはやっぱり恐くて、でも楽しかったり。
二人用のボート型浮き輪に乗るスライダーでは、互いの距離が近くてドキドキしたり。
波のプールの波が思いのほか高く激しくて、未来がプチパニックになったり。
振り返れば、いつも笑っていた気がする。
全ての瞬間が楽しくて、プールを満喫した頃にはお腹がペコペコになっていた。
プール内には様々な屋台が並んでおり、昼食をとるため二人はテラスの方へ移動し席を確保する。
「静流さんにもらったチケットと一緒にたこ焼きと唐揚げの無料券も付いてたから、交代で買ってこようか」
まず飛影がたこ焼きを買ってくることになり、未来は席番のためその場に残る。
「まじ!?そういう話は早く言ってよー!」
楽しかったなと未来が幸せに浸っていると、隣の女子高生らしき集団の話が耳に入ってきた。
「なんて告白されたの!?」
「シンプルに好きです、付き合ってくださいって」
「えー、おめでとう!」
どうやら恋バナで盛り上がっているらしく、幸せそうな姿が自分とダブって、未来は一週間前の飛影の告白を思い返す。
(好きだって、だから絶対生きろって…嬉しかったなあ。好きです、付き合ってくださいも素敵!)
しかし、そこで思い当たった懸念に未来の顔色は曇った。
(私、飛影に付き合ってって言われてない!)
好きと伝えて。キスを交わして。
めでたく彼氏彼女になったと未来は喜び、もちろん飛影も同じだと信じて疑いもしていなかったけれど。
(飛影に“付き合う”の概念ってあるよね!?私、飛影の彼女でいいんだよね!?)
魔界での価値観や恋愛事情が不明で、途端に不安になってくる。
(どうしよ、魔界では一夫多妻制が普通だったら…)
青ざめる未来の頭に、飛影と胸元を大胆に露出するセクシーな衣装を身に纏った女性が浮かび上がる。
何故か蔵馬と瓜二つなその女は、飛影の膝にのって甘えるようにしなだれかかっていた。
≪ひどい!私という存在がありながら浮気するなんて!≫
喚く未来を、飛影と女は蔑んだ目で見下すのだ。
≪いつオレがお前と付き合うと言った?≫
≪フフフ、本妻の座は渡しませんよ≫
≪あうっ≫
パシンと女が繰り出した鞭で追いやられ、退散を余儀なくされる未来。
「イヤーー!!!」
「未来、どうした!?」
突然叫んだ未来に、ちょうど戻ってきた飛影はギョッとする。
「あ……ちょっと変な想像しちゃって」
謎な返答に、ますます不可解そうに眉間に皺を寄せる飛影である。
「たこ焼きありがとう。次は私が唐揚げ買ってくるね」
飛影がトレーにのせて持ってきた美味しそうなたこ焼きは、食欲を誘う匂いを漂わせている。
「オレが行く。お前は座っとけ」
「いーのいーの!」
半ば強引に押し切って、未来は唐揚げを買いに向かった。
あのままじっとしていると、また悪夢まがいの妄想をしてしまいそうだったからだ。
「すみません、唐揚げ一つください」
唐揚げを売っている屋台に来た未来が、無料券を店員に渡し注文する。
おそらくバイトなのだろう、店員は高校生くらいの爽やかな青年だった。
「申し訳ありません!あと一分で揚げ上がるのでお待ちいただけますでしょうか」
ハキハキした喋り方と清潔感ある容姿は、客側として気持ちいいし好印象だ。
「あ、はい。わかりました」
一分くらいならと、未来は屋台の前で待つことにした。
「今日はお友達と来たんですか?」
「え?」
店員から話しかけられると思っていなかった未来は虚を突かれた。
彼氏と来た。
そう喉元まで出かかって口をつぐむ。
「……はい」
「そうなんですねー!いいですね、友達同士でプール!」
今は胸を張って“彼氏と来た”と言えなくて、未来は気づけば頷いてしまっていた。
「どこから来たんですか?」
「皿屋敷からです」
気さくな感じの青年は、続けて未来に質問した。
「マジすか地元一緒です!じゃあ皿屋敷中出身ですよね?ちなみに今何年ですか?」
「高三です」
「オレ高二なんでかぶってますね!廊下ですれ違ったことあるかもしれないですね」
「はは、そうですね~」
皿屋敷中学出身でないと訂正するのも面倒で、適当に未来は話を合わせておいた。
「じゃあ浦飯さんのこと知ってますよね?」
「浦飯!?もちろん!」
未来がこの話題に食いついて、心の中でガッツポーズする店員。
「有名でしたもんね~、浦飯さん。学年下なのに、あの人にはさん付けして敬語使わなきゃいけない気がしません?」
「あはは、そんな必要ないのに!でも気持ち分かるかも。不良で有名ですもんね」
クスッと吹き出して笑顔をみせた未来に、店員も嬉しそうだ。
「お待たせしました」
背の高い紙コップに店員がトングで揚げたての唐揚げを何個か入れていく。
「待たせちゃったんで、一個サービスしときますね」
「いいんですか!ありがとうございます」
何かまだ未来に話しかけたそうにしていた店員だったが、他の客が注文に訪れたため叶わなくなる。
「ありがとうございました!」
去って行く未来へ、元気よく告げ一礼した店員なのだった。
「遅かったな」
「ごめんね、お店行ったらちょうど揚げてる最中でさ。その代わり一個サービスしてくれたよ!」
テーブルへ戻った未来は、待っていた飛影の前に揚げたての唐揚げの入った紙コップを置いた。
お腹がペコペコだった二人は、いただきますをしてさっそく食べ始める。
「店員の男の子が皿屋敷の人みたいで幽助の話になってさ、びっくりしちゃった」
「幽助の知り合いか?」
「ううん。同じ中学だったってだけみたい」
「知らん奴とそんな話になったのか」
「ちょっとだけね。話しかけられたから」
どうせそいつは未来が可愛いから話しかけたしサービスしたんだろうと内心ムカつきつつ、飛影は唐揚げを口に放り込む。
昼食を食べ終わると未来と飛影は岩盤浴を楽しんで、あっという間に夕方になった。
(はあ~気持ちいい)
今日一日の疲れをとるべく入った温泉に、ちゃぽんと未来は浸かっている。
もちろん女湯と男湯に分かれているので飛影とは別だ。
(すっごく楽しかったなあ)
プールは当然のこと、初めてだった岩盤浴ももっと長時間やりかったくらい快適で楽しかった。
(そういえば、付き合う云々のこと…)
飛影とまた合流した昼食以降は、そんなこと考える暇もなく楽しかったので頭から抜けていた。
(私たち付き合ってるよね?って飛影に聞くの?いや!この関係は付き合ってると思うんだけど…でも確認して安心したいっていうか)
なんてモヤモヤ考えながら、風呂から上がり身支度を整えた未来は、飛影との待ち合わせ場所であるロビーへ向かう。
水泳のあと独特の、心地よい疲労感を足に感じて未来が歩いていると、見覚えのある青年と目が合った。
「今帰りですか?オレもちょうどバイト上がったとこで」
唐揚げ屋台の店員は、未来に気づくと光の速さで駆け寄った。
「何かバイトされてるんですか?ここ、シフト融通きくしオススメですよ」
「うーん、でも今はバイトは考えてなくて」
「あ!受験生ですもんね。すみません。てか馴れ馴れしいっすよねオレすみません!また会えて嬉しくてつい」
テンパってる様子の青年は、早口でそう述べた。
未来が目を見開くと、頬を薄く朱に染めた青年は意を決して切り出す。
「あの、連絡先聞いてもいいですか?」
「え」
「すごく素敵だなと思って…。すみません、ガツガツこられて怖いっすよね。別に怪しい者じゃないんで!あの、オレ骸工大附属高二年で、名前は―」
「おい」
その先は、現れた飛影により遮られた。
「未来、知り合いか?」
「昼に話した屋台の店員さんで…」
どう見ても飛影は機嫌が悪い。
無理もない。未来がナンパされている現場を目の当たりにしたのだから。
「あ…友達って言ってたの、男の人だったんですね」
首の後ろを触りながら、気まずそうに俯いて述べた青年の言葉に、ピクッと飛影の眉が反応する。
「……友達?」
怒りを孕んだ声色に、未来は凍りついた。
「行くぞ」
とにかく早くナンパ男から未来を引き離したかった飛影は、彼女の腕を掴むと荒い足取りでロビーの自動扉をくぐる。
「…っ…ごめんなさい!」
飛影に引っ張られながら、未来は後ろ手に振り返り、青年へ叫ぶ。
「いえ!」
気持ちのよい別れにしたかった青年は、精一杯の笑顔を作ると未来に応えた。
そんな彼らのやり取りも、飛影の怒りを増幅させる一因となっていることに未来は気づかない。
外に出て、しばらく進んだところで飛影はピタリと足を止めた。
「あんなことしておいて友達か。それともあいつの前で男連れだと知られたくなかったか?」
振り向いた飛影が、棘のある口調で未来を責め立てる。
「違うよ!そうじゃなくて、えっと…」
すぐに上手く説明できなくて、言い淀む未来に飛影の苛立ちは募っていく。
へらへら愛想よく笑っているから、隙があるからああやって声をかけられるんだ。
あの男、物欲しそうな目で未来のこと見やがって。
未来の中ではキスしても友達なのか。あの男にフリーだと思われたかったのか?
ムカムカムカムカ、とめどなく沸き上がる未来と男への怒りに燃える飛影。
「おい。黙ってないで何とか言え未来―」
「だって、私たちちゃんと“付き合おう”って言ってないから!」
しかし、まるで予想外の未来の反論に、急速に頭が冷えた。
「……は?」
「ごめんね飛影。私が友達と来たって否定しなかったせいで、飛影に嫌な思いさせたよね」
飛影が怒るのも当然だ。
邪推されても仕方ない。
逆の立場で、もし飛影に“彼女”ではなく“友達”と説明されていたら、自分だってかなりショックを受けていただろうと未来は思う。
「私たち、付き合おうってちゃんと示し合わせてないことに気づいて。私、飛影の彼女でいいんだよね?ってちょっと不安になったんだ」
正直に気持ちを吐露することにした未来が、ゆっくり選ぶようにして言葉を紡ぐ。
「たぶんね、私、飛影に付き合ってって言われたかったんだと思う。だからこんなにモヤモヤしちゃったんだな…」
どう考えても恋人同士の会話と時間を過ごしていたのに、本当にちゃんと付き合っているか自信が持てなくなったワケに未来は気づいた。
飛影から交際を申し込まれたいと、深層心理で欲していたからだ。
「や、言わなくても分かれよって感じだよね。めんどくさいこと言ってるね私」
「いや」
罰が悪そうに傾く飛影が、未来の言葉を否定する。
今度は未来や青年にじゃなく…ふがいない自分に苛立って、ごしごしと頭をかく。
そして、一度大きく息を吐くと、真っ直ぐ未来を見つめた。
「未来。オレと付き合ってくれ」
迷わず飛影に告げられて、未来の息が止まる。
「オレと付き合ってほしい」
もう一度、未来だけをその熱い瞳に映し飛影が言った。
「伝えるのが遅くなって悪かった」
大事なケジメの言葉をすっとばして未来を手に入れようだなんて傲慢だった。
痛感した飛影が潔く謝る。
「ううん。……嬉しい」
まさか飛影が本当に、しかもこんなすぐ未来の望みに応えてくれるなんて。
じわじわ嬉しさが込み上がって、未来の口元が緩む。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
花のような笑顔を咲かせて、かしこまった返事をする未来だった。
「飛影、もう怒ってない?」
「ああ」
「よかった!」
未来の喜ぶ姿を見ていると、自分がひどくちっぽけなことで怒っていたような気がしてきた飛影。
どんなに悪態をついていても、悔しいがまだまだ自分はガキだ。
もっと余裕を持って構えていたいのに、よりによって一番カッコつけたい未来の前で上手く感情をコントロールできない。
でも、それでも未来が共にいることを望んでくれるなら……その眩しい笑顔を、一番近くでこれからも守らせてほしい。
もっと大きい男でいられるように、努力するから。
決意を込めて飛影が未来の手をとれば、互いの指を絡めて握る。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
二人は手を繋いで、夕焼けに染まる道を並んで歩き始めた。
住宅街の中のひとけの少ないこの通りで、二人以外に歩く者は見当たらない。
「他に欲しいものはあるか」
付き合おうの言葉以外にも、未来が望むものなら何でも応えてやりたくなった飛影が訊ねる。
「じゃあ、一番欲しいもの言っていい?」
「構わん。何でも言ってみろ」
飛影に促されて、途端に大真面目な顔をする未来。
「私、飛影が欲しい」
驚き、大きく目を見開いて…呆れるように飛影が笑った。
「そんなもの、お前に全部くれてやる」
当然だとばかりの返事に、パッと未来の顔が輝く。
「言っとくけど私、一夫多妻的な考えは絶対受け入れられないからね!飛影は誰にも渡さないし私以外に絶対あげちゃダメだからね!」
何当たり前のこと念押ししてくるんだと飛影は怪訝に思ったが、あまりにも未来が必死なので「わかった」と言ってやる。
「代わりにオレにはお前をくれるんだろうな」
「うん。飛影になら私の全部をあげるよ」
からかうように訊ねた飛影だったが、澄んだ瞳で言い切った未来に面食らう。
「あれ、ちょっと顔赤い?」
「気のせいだろ」
そう。これは夕日のせいに違いないのだ。
きっと未来に他意はないのだろうと思いながら、“私の全部をあげる”なんて言われて照れてしまう飛影だった。
「今日、すごく楽しかったね」
「そうだな」
呟いた未来に、飛影も頷く。
初めての人間界の娯楽施設は新鮮で、スライダーの疾走感も飛影は気に入った。
何より、未来と一緒だから楽しめたのだろう。
「もっと色んなところへ飛影と行ってみたいな。またここにも来たいね」
飛影と一緒なら、どこへ行っても何をしても楽しくなるから。
微笑んだ未来へ、飛影が顔を寄せて二人のシルエットが重なる。
また二人の思い出が一つ増えた、あつい夏の夕暮れだった。